カトレア 『cattleya』 ラン科  
おもに熱帯に咲く花で、色は多岐に及ぶ。  
ランの女王と呼ばれるほどの美しさを誇る多年草である。  
 
花言葉はかすれていて、読めない。  
……あれはいつのことだったろう?  
 
 
 ***  
 
色の薄い金の髪が風になびいて、強い陽光に透きとおった。  
紅をひいた唇の、両端がきゅっとつりあがる。意図しないまま、  
彼女の口から少しかすれたつぶやきが口をついた。  
「ちょろいもんよね、」  
その手のなかにあるのは、白い布袋。じゃらりと重いそれは、  
おそらくは貴金属。石造りの建物のなか、強い反射光に時折  
透ける色とりどりの輝きはもちろんのこと、袋に使われている  
質素な麻の布地すらまぶしく見えた。  
 
と、街路の向こうからざわめきが近づいてくる。  
がしゃがしゃと音を立てる鉄の塊は、神殿騎士の一団だ。  
『まぁやつらの詰め所にもぐりこんだんだから』  
当たり前といえば当たり前、か。軽く嘆息する女性は軽装で、  
手にしているものといえば短剣の一振りのみ。  
しかしながら、彼女の表情は一片の変化もみせることがない。  
 
「追跡するのに気配を消さないってのは、問題があるんじゃない?」  
そして彼女はアーチ状の橋から大理石の町並みへと――――  
なんのてらいもなく、跳んだ。  
少し前の話だ。  
 
運び屋ギルドの近くにある、宿屋と酒場を兼ねた店は今日も盛況で  
あった。宿屋としてより、どちらかというと後者の方の利用者が多い。  
「あのさぁ、……いい加減飲みすぎじゃないのかよ……」  
そう口にする彼も、すでにろれつがまわっていない。赤い顔でグラス  
を傾ける仕草からは、得意でないのに無理に飲まされているといった  
様子がありありとみてとれた。  
その彼の相手――金髪の女性は艶やかなくちびるをゆがめ、挑発的に  
木のテーブルの上に胸を乗せるような格好をしてみせた。  
「神も悪魔も、酔っ払いには敵わないって言うでしょ」  
だから今日もこうやって、幸せに酒が飲めるのさ。  
「なんだ、そりゃ。いったい誰の言った言葉だよ?」  
その台詞に彼女は応えず、いとおしい者を見るような眼で果実酒の  
ボトルを抱えた。青年は無言でただ息をつき、無為な時間が過ぎてゆく。  
「……ティフォン、もう若くないんだからほどほどにしとけって」  
そんな台詞を口にする間もなく吐き気がこみ上げ、彼は慌てて席を立った。  
 
「おうヴェント、元気にしてるか?」  
――翌朝。運び屋ギルドに足を運ぶなり頭痛を助長するような声と  
ともに強い力で肩を叩かれて、彼はぐらぐらする胃を懸命に静めた。  
「すまん、頼むから今は、そっとしといてくれ……」  
「ん?なんだ、二日酔いかよ。情けねぇなぁ」  
いかにも頑健そうな体格の男が高笑いする。続いた台詞にますます気が滅入った。  
「おまえのアニキは根っからのうわばみだったんだぜ」  
この男はもと『ラファール』のメンバーだった人間で、兄について  
もよく知っていた人物である。毎度繰り返されるこんな言葉に、  
生来陽気なヴェントもいい加減うんざりしだしていた。  
「知ってるよ、それくらい……大きな声で話さないでくれよ」  
「まったく……ホントにだらしない男ね」  
 
苦笑したまま通りのいい声に振り向くとティフォンが酔いの欠片も  
無い顔でため息をついていて彼はその笑顔を張り付かせたまま、  
……なぜだかどうしようもなく、腹がたつのを感じていた。  
 
どん。  
そんな紋切り型の形容が似合う音がして、何者かにぶつかってしまった。  
「おっと、……すまないな」  
薄暗い路地でにやりと笑う男をにらみ、鼻先であなどりの表情を  
つくりながらその脇を通り抜ける。じゃらりと音がする袋を抱えて、  
ただ街路をアジトに向けて走った。……そこから目当ての宝石が  
抜け落ちていたことなど、欠片も気付かないままに。  
その時ティフォンは、長いくせのある黒髪の男のただよわせる  
かぐわしい香りがいつまでも鼻孔に残っていることをつよく感じていた。  
 
 ***  
 
最近酒量が多いと、チームを組んでいる仲間に言われた。  
好き放題に跳ね上がっている髪をヘッドバンドで押さえながら、  
不服と不安の入り混じった顔で。その表情は『彼』がついぞ  
うかべなかった類のものであったことも手伝ったのか、  
――――今日の彼女は不機嫌だった。  
 
「おいっ、あんまり大きな足音立てると魔物の音が聞き取れな」  
「あんたの声の方がよっぽど大きいわよ、ヴェント」  
荒野を歩きつつ、目に付いた小石を蹴りつける。小さくするどい  
音をたてて、石灰質のそれが砕け散った。  
ワンダとキムバーリーをむすぶ荒野は、今日も白々しいほどに晴れわたっている。  
先の見えない岩の隙間を軽々と抜けて、ティフォンはなげやりに駆け出した。  
「あっ…おいっ、ティフォンっ!」  
ヴェントの声にも振り向かない――――振り向けない。  
冷静な部分で危険を承知しつつも、ティフォンは走る。ヴェントから、  
……ブリズの影から、思い出から、のがれるために。  
彼の声が遠くなる。彼の影が見えなくなる。  
そしてキムバーリーに近づいたころに、「う……そっ、」  
 
見たことのない、魔物が現れた。  
 
「ちっくしょう……なんだってんだよぉ、一体」  
赤みまじりの輝きを放つ銅の槍。ティフォンの姿を追いながら、彼は  
いつのまにかヒノキでできた槍の柄を、感覚がなくなるほどに力を入れて  
握りしめていた。落ち着いているわりに時として歯止めの利かなくなる  
彼女のことが、彼にはまったくといって理解が出来ない。  
うっすらと『分かる』のは、彼女が自分の兄を知っているということくらいで――  
「そういう……ことなのかよ!」  
自然と前に進む脚。ぎり、と、奥歯がくいしばられた。  
 
舌打ちをひとつして、ティフォンは相手と距離をとるべく跳びすさった。  
得物といえば、手のなかにある短剣一振りのみ。  
いまいましさと自分の失敗を悔やむ感情に、彼女の表情は引き裂かれている。  
柔らかくなめしてあるのみの革の服も同様、ところどころが食い破られていた。  
そいつが運び屋ギルドでまことしやかに噂されていた巨獣だと、彼女は知らない。  
不相応なまでに大きいあごで突っ込まれ、肺の中の空気を吐き出してしまう。  
「ぐっ……」  
苦しい呼吸の中仕返しとばかりに短剣で突いてみるものの、まるで効果が無い。  
距離をとればあごの攻撃に、距離をつめれば噛み付きにやられる。  
せめてここにと浮かぶ人影は、彼の――――  
「ティフォンっ!」  
「ヴェント!?」  
無理やりに崖をくだったのだろう、すりきずを作った頬に誇らしい笑みを  
浮かべて、彼女を守るような位置で槍を構えるのは若き運び屋見習い。  
「アニキのかわりなんて、オレはごめんだからな」  
陽光に輝く槍を、彼は鬼神のごとき気合を込めて繰り出した。その穂先は  
獣の急所をあやまたず貫き、こめられた気が背を突き抜ける。「――独妙点穴、」  
どさりと、あっけなくくずおれた魔物の体を数瞬の間油断無く見つめて、  
ようやっと安心したかのようにヴェントが振り返る。  
「痛っ……」  
乾いた痛みが、彼女の頬にはしった。  
 
平手で彼は、ティフォンの頬を張った。そしてその腕で、彼女の細い肩を抱く。  
「ヴェント……」  
「無茶もムリも、絶対にするなよ。オレはアニキの代わりになんてなれないけど、さ」  
と、そこまで言って呆けたような相手の顔が目に入る。  
そして、自分が言おうとしたことに思い当たって愕然とした。  
「あー、っと……も、もう、分かるよな? 言わなくても。ティフォンはほら、頭がいいし」  
お茶をにごすような笑いを浮かべつつ手を離そうとして、彼女にその手を取られる。  
「言ってよ、ちゃんと、最後まで」  
ひとつひとつ区切られた言葉がヴェントを揺さぶる。でもと言う機先を制して、  
さらに台詞が続けられた。「言ってくれなきゃ、……分からないから」  
ありふれた言葉であるはずなのに、なぜかその時――――分かったような気がした。  
もう一度彼女の体を抱きしめて、耳もとでささやく。  
彼女は涙を流しながら、霧が晴れたような表情でうなずいた。  
「ヴェント、」  
「どうした?」  
 
――――私を、抱いてくれる?  
「今、ここで。」  
 
 ***  
 
いつ魔物が襲ってくるのか分からない。双方ともに、傷はけっして深くない。  
……けれどこんなにも体が火照っているのは何故なのだろう?  
「ん……っ、」  
革の服越しに乳房をつかまれて、ティフォンはあえいだ。ごわごわとしたその  
感触はいつもなら忌避しているうえに、彼の技巧はお世辞にもあるなどと言えない。  
けれどもどかしい快感が水のように体をつつみ、砂のような理性に、まるで透きとおる  
ようにしみわたる。立ったままの足がふらついて、エメラルド色の瞳がじわりとうるんだ。  
 
――――もうどうなってもいい。  
 
「……服をっ、脱がせて……」  
「でも、」  
あんまりといえばあんまりな彼女の台詞に、ヴェントはたどたどしく動かしていた  
手を止める。まぎれもない困惑と不安が、そこにはあった。  
「いいから、お願い……」  
けれど愛しい彼女は、懇願――哀願にちかい口調で自分をかきくどいている。  
「私を守って、くれるんでしょ?」  
周りには誰もいず、強かった陽光は少しずつ夕闇へとのみこまれかけてゆこうと  
していた。夕暮れでも夜でもない空白の時間が、ヴェントをさらう。  
 
気がふれたような勢いで、彼はティフォンの着衣に手をかけた。上着をとり後ろ手に  
手触りのいい服をはずして、ひやりとした外気に雪花石膏のごとき肌が露出する。  
下の方をどうするか迷っていると、彼女はぴったりとしたそれを自ら取り去った。  
ところどころにあざの出来てしまった、均整の取れたというには少しだけ胸が大きく  
腰もくびれた体が、直立したままでヴェントを見つめていた。  
「どうしたの?」  
あなどりとは紙一重の口調で、ティフォンがくすりと笑う。  
「いや――綺麗だなと、思ってさ」  
そんな言葉すらうわすべりになるような彼女の裸身がすぐそばに、確かにある。  
ヴェントは息をついて、布の山の上に彼女を倒した。  
きめの細かい肌を撫でながら色の薄い乳首をつまみ、かるくねじっては押しつぶす。  
若者らしい乱暴で忍耐の足りない愛撫であるにもかかわらず、彼女の声があがる。  
「っ……そんなに、強くしないで……いやっ、いたぁ……」  
「でも、ティフォンのここ……濡れてるぜ?」  
ぬるつく股間に無雑作に手をやられ、花びらをくつろげて指が入った。ざらついて  
生硬な感触をした襞を、執拗に中指の先がくすぐる。親指の部分は、硬くせりあがった  
芽の部分を撫でるようにしていた。  
「優しく、して……」「分かってる」  
そう言った舌の根も乾かぬうちに、激しい動きが彼女を襲う。  
 
「っい、やあぁ、ヴェント、っ……ぁあんっ!」  
びくびくと襞が痙攣して、彼の指が強くしめつけられた。  
 
弾んでいた息が少しづつおさまってゆく。ヴェントは乱れながらもどこか一線で  
平静さを保ったまま仰臥している彼女に合わせるように、その髪を撫でていた。  
肌に光る汗が少しずつ冷えて結合をうしない、ゆっくりと胸をつたってゆく。  
「何もしないの?」  
「え?」  
ふと声をかけられて、ヴェントははじかれたように顔をあげた。  
「何もしないのって、言ってるのよ。あなたはこれで満足なの?」  
「いや、それは……」  
据わりきった眼にたじろいでしまう。ティフォンは体を起こして、彼の  
上着をすべりおとした。服の襟もとからのぞく肌に、そっと唇を這わせる。  
「何もやる気がないのなら、……私がやってあげるわ」  
甘えたような雰囲気はもう無いに等しく、期待と不安が彼の脳裏によぎった。  
 
 
「うっ……あ、」  
温かくなめらかな口内に、猛りきった剛直をくわえられてヴェントはうめいた。  
「大人しくしてなさい」  
両の手で捧げ持つようにヴェント自身をとらえ、身じろぎする彼をティフォン  
が制する。くちゅりと水音がひびいて、再度股間に顔が伏せられた。  
弾力のある舌が、くびれた部分を裏側から攻め立てる。  
「一回、出しておいた方が長持ちするからね」  
彼女が何を言っているか分からないままに、快楽の淵へと追いつめられる。  
「ティフォン、オレっ……もう、出る……いきそうっ、なんだけど……」  
「いいわよ、ちゃんと飲んであげる……」  
ぴくりぴくりと独特のリズムで脈を打ちはじめたそれを、彼女はつよく吸った。  
「んっ、くぅ……」  
内臓までも吸い出されてしまいそうな、圧倒的な快感が長くつづいた。  
茎の部分をニ、三度しごいて、ティフォンが精液をしぼり出す。そして  
それだけでは飽き足りないとでも言いたげに、舌をおどらせはじめた。  
 
「……さ、もう十分でしょ?」  
「あ、ああ」  
ひきつった顔でティフォンの瞳を見つめつつ、ヴェントは彼女の背に腕をまわした。  
そのまま徐々に、体を倒してゆく。衝撃がないように横たえて、  
――――彼はすこしだけためらいを見せた。  
「どうしたの?」  
ティフォンがいぶかしげな顔になって、下のほうから彼の顔をのぞきこむ。  
ヴェントは照れと逡巡がないまぜになった表情で、笑いながら視線をそらした。  
「いや、……上手くできるかどうか、分からなくて」  
アニキみたいにという部分は、かろうじて口にはださない。  
「どうしていいか、分かんなくなっちまってさ……情けないな」  
そんな自分を、彼女はどんな表情で見つめているだろう。  
「そんなことないわよ」「え?」  
思わずかえりみたティフォンの顔はどうしようもなく、優しい。  
「弱い部分をみせてくれるだけで、女はうれしくなるものよ。  
自信だけあっても、迷ってばかりでも、物足りないからね」  
わずかに混じった懐古のひびきに、彼女はみずから苦いもののまじる笑みを浮かべた。  
「少なくとも私は、嫌いじゃないわ」  
「オレも……ティフォンみたいな女の人は、嫌いじゃないよ」  
どちらも好きだといえないのは、意地か、それとも矜持のなせるわざか。  
なにもかもを振りきって、ヴェントはティフォンのなかに侵入した。  
 
「きつ……っ」  
きゅっ、と、襞が締まる。おおきく体をつらぬかれる、一種異様な感覚に彼女の  
体がしなった。奥まで入って、少しだけ動きを止める。インターバルのあとで、  
彼は留め金がはずれたかのように激しく腰を動かしだした。  
「ああっ……すごいっ、感じる……ヴェントっ!」  
「っく……う、ティフォン、っ……」  
熱く熱い体をきつく抱き合い、逃がしはしないとばかりに背中に四肢をまきつける。  
 
――――満たされている。  
何とはなしに彼女はそう思い、鮮明になりゆく感覚をさらに研ぎ澄ませようとしていた。  
 
 ***  
 
ようやくきちんとした手当てを受けることの出来た肌を撫でて、ティフォンはため息をついた。  
「ま、あとが残らなかったらそれでいいんだけど」  
キムバーリーの商業地区にある宿屋の窓から、遠い目をして外を見る。  
今日も空が高く澄みわたり、名も知らぬ鳥が大きな円を描いて飛んでいた。  
……悠然と翼を広げる彼らに、以前は彼の影を重ねていたはずであった。  
『けれど、今は違う』  
と、街路の方から音が聞こえる。がしゃがしゃとやかましく鳴るそれは、  
おそらくは金属のたぐい。強い陽光に、色あせぬ麻の布がきらめいた。  
「起きてたのか、ティフォン!」  
元気に、頬に薬草を固定した布を貼り付けた青年が駆けてくる。  
「いつまでも起きないから、ほれ。予備の武器とか、買ってきたんだ」  
そう言いつつ、片手だけを使った不自然きわまりない動作で短剣を渡す。  
それを指摘することはできるのだけど、彼女はわざとそれをしなかった。  
『どうせまた、つまらないことでも考えてるんでしょ』  
「ティフォン、……ほら!」  
かくされていた右手を差し出されて――不覚にも少しだけ、涙がこぼれた。  
「馬鹿……」「馬鹿たぁ無いだろ、馬鹿たぁ!これでも、一生懸命探したんだぜ?」  
白いカトレアの花を手にして、ティフォンは涙をながしたままにしている。  
風にふわりと、薄い金色の髪が舞った。  
 
 ***  
 
カトレア 『cattleya』 ラン科  
おもに熱帯に咲く花で、色は多岐に及ぶ。  
ランの女王と呼ばれるほどの美しさを誇る多年草である。  
花言葉は魔力、成熟した魅力、そして――――  
あなたは美しい。  
 
 
 ―end.―  
 

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