…私は心を捨てたクローディアを抱き続けていた。  
 卑猥な音と愛液の不協和音が続く。  
「あっ!あ…そ…そこっ…んあっ!!」  
 今までに無いほどよがり狂うクローディア。  
 なんて可愛いの。堪らない。私の手で壊してあげたいわ!  
「そこ…!?そこをどうしてほしいの…?言ってみなさい!」  
「い、いじって…っぅう…ん!」  
 弄りながら、甚振りながら問い質す。  
「いじって?いじってじゃないでしょう…  
  ほら、ちゃんと言いなさい!『いじって下さい』って!!」  
「い、いじって…くださっ……い…」  
 私はその言葉を聞いてゾクゾクと深い悦楽に浸る。  
 笑みが止まらない。止めたくない。狂喜こそ私の快楽なのだから。  
「ふ、ふふふっ…あははっ!!そう、言えるじゃない!  
   そうやって私だけの命令を聞いていればいいのよ…そうやって……!」  
 もう私の目には、私の指で口で翻弄される女の姿しか映っていない。  
 理性も思考もほとんど吹っ飛びかけている。  
 ただ、私はしっかりと感じていた。心の奥底である決意が固まっていくのを。  
 あの男。グレイを消す…という事。  
 
 …別に殺意を抱くのは今日に始まった事じゃないわ。   
 旅の最中、クローディアはあの男…グレイから離れないような行動をとっている。  
 いつも隣へ…いつも傍へ。片時も離れようとしない。  
 …私が怖いから?逃げたいから?そうじゃないわね。  
 私へはちゃんと『服従』してる。  
 だけど『女』としての感情が、無意識にあの男へと惹かさせていく。  
 言葉に出そうとはしないけど自然とね。まるで子供の恋の様。  
 それが鬱陶しい…憎い。癪に障る。  
 後ろから、右手にあるロブオーメンで切裂きたくなる程に。  
 でも、それは出来ない。それをすれば、  
 結果としてクローディアの心に『歪み』を残す事になるもの。  
 …その『歪み』が私への怒りや憎しみを生み、私に牙を向く事はありえない。  
 あの女に今まで植え付けた従者としての意識がそうさせる筈は無いから。  
 でももし…仮にそうして私と二人になったとしたら…  
 クローディアはどういう感情で私に従う事になるかしら。  
 きっと、私に対する恐怖や怖れでいっぱいになる。  
 『逆らえば、きっと私も殺される』そういう意識で従うでしょうね。  
 そうする事。それも一興ではあるけど…  
 言ったでしょう?私は心も身体も全て私のモノにしたいって。  
 それでは私に対する想いがあまりにも無いじゃない。  
 それに、恐怖で塗りつぶされたその心にはあの男の残影が残る。  
 私は『愛』が欲しいの。私だけ愛し、想い、従うその心が。  
 …全てが私だけのクローディア。それこそが望みなのだから。  
 ふふっ、嫉妬や憎悪から、支配欲…そして愛へ。人を想う気持ちなんて不思議なものね。  
   
 クローディアを犯しきった後、私は頭の中で計画を練った。  
 あの男が死んで、完璧にクローディアが私のモノになる計画。  
 何かに毒を盛る?それとも、あっさりと刺し殺す?…絞め殺すのもいいわね。  
 いずれにしても…ちゃんと『私の手』で殺してあげるわ。グレイ。  
 私の女を誑かしておきながら、のうのうと生き、このマルディアスの地を踏むなんて…  
 エロールが許したとしても、この私が許さないから。  
 
 
 翌朝、私の頭の中で計画は完成していた。少々荒っぽいけど、成功する自信はある。  
 準備を整え、私は条件に適合する日を待ったわ。…失敗は許されないもの。  
 
   
 以外にも運命の日は早く訪れた。神も私を味方してくれているのかしら?  
 その日は雲行きが怪しくなってきた為  
 私達は昼には旅を切り上げ、ブルエーレの宿へ向かった。  
 早めの決断が功を奏したのか…殆ど濡れずに宿へ着けたわ。  
 着いた途端、待っていたかのように雨が降り始めた。  
 雨は豪雨とも言えるほどよく降っている。  
 ……この雲の調子なら明日まで止みはしない筈。ちょうど良いわ。  
 雨音で音がかき消されるから、とても好都合。  
 私はこの日…計画を実行する事にした。  
 いつもの様に男部屋(201号室)、女部屋(202号室)と二つ部屋をとった後、  
 二人には内緒で私は女部屋の隣にもう一部屋(203号室)を借りる。  
 …誰もいない部屋を。  
 いつもの通り静かで会話の殆ど無い夕食を終え、私達は自分の部屋に戻る。  
 先に風呂に入るのはクローディア。これもいつもと変わらない。  
 いつもならその後、優しく抱いてあげるところなんだけど…   
 その日の私は紅茶を入れていた。  
 ワロン島産のディンブラ。…ただし、睡眠薬入り。  
 この睡眠薬、かつては私も少し飲んでいたわ。  
 以前から言うように、私は最初イスマスの跡継ぎとして教育を受けていた。  
 その自覚もあったのよ。だけど、アルベルトが産まれた途端  
 急にただの『ルドルフの娘』として扱われるようになり、蚊帳の外に放り出された。  
 ショックだったわ。今までを全て否定されたのだから。  
 眠れない日が続いた。だから私は……まぁ、そんな事どうでもいいわ。  
 もう昔の話だもの。今の私はただのディアナ…関係ない。  
 
 …でも、飲んでいたから分る。この薬の効き目。  
 即効性があって、とても寝つきが良い。しかも短時間のみの効果。それはいい。  
 ただ、注意しなければいけない事があるの。  
 副作用があって『健忘』というのが起る。  
 意味は簡単に言えば…記憶を喪失してしまう事ね。寝た前後の記憶が曖昧になる。  
 下手をすれば『自分が何をしたのか、何かをしていたのか』さえ分らなくなるわ。  
 ふふっ、だからこそ……今回にはちょうど良いのだけど。  
 そんな事を思っていると、部屋の扉が開いた。  
 入ってきたのはバスローブ一枚のクローディア…  
 いつ見てもその姿はとても愛らしい。壊したくなる程、ね。  
 私は例の紅茶を飲むように促す。  
「…良いお風呂だった?そうそう、良い葉が手に入ったから  
  茶を入れてみたのよ。飲みなさい」  
「えっ………」  
 クローディアは少し意外そうな顔をした。  
 あははっ、すぐにでも抱かれる気でいたのかしら?  
 …大丈夫よ。これが終わったらずっとずっと抱いてあげるから。  
 いつもと違う私を見てクローディアは不思議そうな顔をしながらも  
 言われるがまま私の真正面の席に着き、紅茶に手を伸ばす。  
 そして……躊躇いも無く飲んだ。私はそれを見て微笑む。  
「ねえ、クローディア…」  
 席からゆっくり立ち上がる。  
 そして、座っているクローディアの後ろに行き、抱きしめた。  
「貴方は誰にも渡さないわ。私だけのモノ。  
  だから貴方も私を愛し続けなさい。永遠に……」  
 その言葉を半分聞かずして、私の腕の中でクローディアは夢の世界へと堕ちた。  
「……答えは起きてから聞いてあげるわね」  
 私はそう呟き、頬にキスをした。  
 
「グレイ、いるかしら?」  
 私はグレイの部屋のドアをノックする。  
 ドアの奥から『何か用か?』と声が聞こえた。  
わざわざ訪ねに来てるのにドアも開けずに返事なんて…  
 相変わらず無愛想、礼儀がなってないわね。  
 それも今日が最後かと思えば清々するけど。  
「用があるの。…203号室まで来てもらえるかしら」  
「203?………お前たちの部屋は202号室じゃないのか?」  
「…ええ。でも、203号室へ来てほしいの。用があるから」  
 …私がグレイを呼ぶなんて事は滅多にない。  
 しかも呼んだ部屋は泊まっているのとまったく関係ない部屋。  
 さて、どう出るのかしら。自称『護衛』さんは?  
 ここで揉める様なら、今…全てを終わらせても構わないんだけど。  
 それだと面白くないのよね。色々と。  
 腰にあるロブオーメンに手を添えながら…彼の返答を待つ。  
「……わかった。すぐ行く」  
「ええ、待ってるわ」  
 意外にもあっさりと承諾。ちょっと拍子抜けね。  
 ただ…元とはいえローザリア王国薔薇騎士であった身。  
 単純な返事ではあるけど、私は感じていた。あの男の殺気の様なものを。  
 うすうすは『何か』を感じているのかしら?  
 それでもドアも開けずに私に詰め寄らない辺り、甘いわね。  
 …そうすれば『護れたかも』しれないのに。ふふふっ。  
   
 全ては私の手の中。ここまでは順調。  
 せいぜい足掻かせてあげるわ。グレイ…  
 
 203号室。番号が違うだけで、他の部屋と比べても構造に変化は無い。  
 キィ…と静かに部屋の扉が開く。  
「ようこそ、グレイ」  
 静かに、はっきりとした口調で私は客人に声をかける。  
 …グレイの腰には以前、リガウ島の草原の穴で手に入れた古い刀をつけていた。  
 多少なりと覚悟を決めて来た…という事かしらね。  
 私はというと…部屋の最奥で右手にロブオーメンを持ち、左手でクローディアを抱えている。  
「どういう状況か…分ってるわよね、グレイ?」   
「…」  
 睨むような目でこちらを見ていた。  
 私はグレイに対して笑みを浮かべ余裕を見せる。  
「…まずは、ドアを閉めてもらえるかしら?」  
 後ろを向かずにグレイは言われるままドアを閉めた。  
 …油断は出来ない。あの男の刀の技術は旅を一緒にしていたから分かるわ。  
 5メートル程度は離れているけど、あの刀なら技次第で届く範囲。  
 とはいっても…彼が護りたかった『モノ』は私が抱いている。  
 隙さえ見せなければ、あの男が何も出来ないのは分ってた。  
「何時ごろから、気付いていたのかしら?」  
「…最近だ。お前達の雰囲気が何か変わっている事に気付いたのは。  
  お前がさっき部屋を訪れた時、何か…こうなる予感のようなものを感じてはいた。  
  今のその姿を見るまで…信じたくは無かったが」  
「ふふふっ、それじゃ…護衛としては失格ね。  
  信じたい?信じたいですって?それは単なる思い込みよ。  
  私だって色々信じてきた。その為にそれに応える為に、様々な努力をしたわ。  
  けど…相手はそれを見もせず、相応しい者が現れると私など捨てた!  
  信じるなんて、馬鹿な事。そんな事を言っているから甘いのよ。  
  これが『現実』なの。分るかしら?グレイ」  
 私はそう言い、クローディアの頬を舌で舐める。  
「っく…」  
 怒れ。怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ。もっと怒れ。  
 私が今まで感じてきたものはこれ以上なのだから。  
 自分の無力さ、弱さを噛み締めなさい。そうでなければ面白くないわ。  
 
 歯を食いしばりながら、グレイは私に問いかけてくる。  
「…望みは何だ?金か?まさか帝国を強請るつもりなのか?  
  そいつの皇女としての何かを利用する気か?」  
「どれも違うわね。それに…皇女?何を言ってるのかしら。  
  …クローディアは私のモノよ。身体も心も全て私のモノ。  
  誰にも国にも渡さない。…貴方にもね、グレイ」  
「…狂ってるな」  
「狂ってる?どうかしら。私は自分の気持ちに素直なだけよ」  
「クローディアを離せ…」  
 じり…とグレイが一歩踏み出す。  
 腰にある刀に手を添え『離さなければ斬る』と脅している様に。  
「そうね…まずはその手にしようとしてる刀を渡してもらえるかしら?  
  それが気になって話にならないわ」  
 私はロブオーメンをクローディアの首に突き付け、子供のように微笑む。  
 脅したって無駄よ…主導権は私にあるの。  
「…」  
 グレイは言われるがまま腰の刀をはずす。  
「床に滑らせて渡してちょうだい」  
 要求どおり、鞘ごと刀がツーっと床を滑ってきた。  
 私は足の裏でそれを受け止める。…これで難関は突破ね。  
 たぶん、どこかに小型剣くらいは隠し持ってるでしょうけど…  
 …あの男は小型剣の使い方を分っていないわ。  
 間合いを詰めないと何も出来ない。そして、腕は私のほうが上。  
 ………さてと、話飽きたし、顔も見たくないし…そろそろ殺そうかしら。  
 私はわざとグレイを挑発する行動に出る。  
「ねえ、グレイ。貴方…クローディアにキスした事あるかしら?」  
「…」  
 
「ほら、こんな風に…」  
 私はグレイの方を見つめながら、クローディアの口にキスを仕掛ける。  
 ただ、眠っているから口はあまり開かない。私は舌で無理矢理こじ開けた。  
 クローディアの口内と私の舌が触れ合い、どちらのとも分らない唾液がこぼれる。  
「こんな事した事無いでしょう?どう…悔しい?」  
「やめろ…目障りだ」  
 思ったとおりの反応をしてきた。なんて単純なのかしら。  
「どうして?…やっぱり悔しいのかしら?」  
 私はクローディアの胸も触り始める。  
 寝ていても多少感じているのか、口から吐息が漏れていた。  
「そんなのを見せてどうする気だ!!やめろ……」  
「別に意味はないわよ?ただ私が楽しいだけ」  
 明らかに怒りを見せている。見ていてとても面白い。  
 私はそんなグレイを見て冷笑し、指を遂にクローディアの下腹部へ  
 持っていこうする…………その時だった。  
「…っ!!やめろ!!」  
 グレイはそう叫ぶと、拳を握り締め真正面から突っ込んできた。  
 ただ何も策も無い、ただ単純な怒りのみで。……馬鹿な男。  
「ふふっ…そう。そんなに返してほしいなら返してあげるわよ。  
  ほら、受け取りなさい!」  
 私は猪の様に突っ込んでくるグレイに向かってクローディアを突き飛ばした。  
 彼の眼には完全に私が見えなくなり、バスローブ1枚の女で覆い隠される。  
 驚いたグレイは足を止め、私へ向かっていた事も殺意も忘れて  
 とっさに…無意識ともいえるのかしら。クローディアを抱きかかえた。  
 その刹那、ドスッと鈍い音が部屋に響く。  
 
「………それが、甘いって言ってるのよ」  
「がっ…はっ……」  
 ポタポタ…とグレイから赤い生臭い液体が床へ垂れ出していた。  
 クローディアを抱きかかえたグレイの背中には…私のロブオーメン。  
 …完全に心臓に到達している。腕に狂いは無い。  
「ああ、でも…私のクローディアを抱きかかえてくれて感謝してるわ。  
  もし、あのまま倒れてたら、大切な顔…怪我してたかもしれないものね。  
  ……さようなら、グレイ」  
 私はにっこり微笑むと、彼の背中からロブオーメンを抜く。  
 グレイは言葉も発せずクローディアを抱きかかえたまま、倒れた。  
 ………この程度なんて。人の命など、脆いものね。哀れな程…  
 
 クローディアの上でうつ伏せで死んでいるグレイ。  
 私は今までの『礼』をこめて一度足で頭を踏んであげた後、その死体を少し足でどかし、  
 血塗れになりながらも、未だ寝ているクローディアを若干引きずり出す。  
 …そして、彼女の手にグレイの血の付いたロブオーメンをそっと握らせる。  
 グレイに強姦でもされそうになって…抵抗して思わず刺してしまった。  
 演劇の脚本としては駄作ともいえるシナリオだけど、  
 何も知らない『クローディア』から見れば…どうかしらね?  
 私は軽く微笑むと何事も無かったかのように、203号室を後にした。  
 
 部屋に戻り、シャワーを浴びる。  
 返り血も、あの男への憎しみも思い出も全て洗い流すかのように。  
 シャワーを浴び終え、ハーブティーを飲む。  
 こういう時はカモミールがいいわね。リンゴに似た甘い香りが心を落ち着かせる。  
 ………。  
 さて、そろそろ薬が切れる頃かしら。  
「ぁ…!!きゃぁ…あああ!」  
 隣の203号室から悲鳴のようなものが聞こえた。  
 私は笑みを浮かべ…目を閉じ、カモミールを一口飲むと立ち上がる。  
 …今まで長い準備も、時間も全てはこの時のため。  
 クローディアの心から私を…かけがえの無い存在にするためのね。  
   
 私が部屋に入ると、返り血にまみれたクローディアはグレイから離れ  
 手にロブオーメンを持ちながら壁に背をつけ放心状態で座り込んでいた。  
「クローディア…貴方……」  
 目の前に惨劇に驚いた顔をする私。…内心はほくそ笑んでたけど。  
「ひっ…!?ち、違う、私じゃない…私じゃないの。  
  私、こんなことして無い…!」  
 私の思った通り…いえ、それ以上に混乱してた。  
 冷静に見れば、互いに向き合って倒れていたのに背中からの刺し傷、  
 部屋が全然違う等、おかしな点は一杯あるわ。  
 でも、目覚めた彼女には3つの事実しか映って無い。  
 どうしてこうなっているのか何も覚えていない自分。冷たくなって死んでいるグレイ。  
 …そして、その彼の血が付いた武器を自分が持っている。という事。  
 
「…落ち着いて、クローディア」  
 クローディアに近づき、しゃがみ込んで  
 彼女の右手に手を添えてロブオーメンを離させる。  
 …半狂乱して振り回されたら大変だもの。  
「でも…っ……グレイが…グレイが……!」  
 私はそっと、そんな彼女の頬を手で撫でる。  
「いいの。もう…それ以上言わなくていいわ。  
  こんなに血で濡れて…怖かったでしょう………」  
 手の暖かさを感じたクローディアは、涙目になりながらこちらを向く。  
「私……何も思い出せなくて……気がついたら、私の上にグレイが倒れてて…  
  もう、冷たくなって……て……手にはグレイの血がいっぱいで…  
  思い出そうとすると頭の中にはグレイの赤い血しか浮ばなくて………  
  やっぱり、私が…私が……グレイを…ああああああっ!」  
 そこまで言うと拒絶するように頭を抱えるクローディア。  
 優しく私は笑みを浮かべ…全てを受け止めるかのように抱きしめた。  
「大丈夫…大丈夫よ。私がついてるわ。  
  …だから無理に思い出さないで。そうやって自分を苦しめないで。  
  どんな事があっても、私は貴方の味方よ。クローディア…」  
 その言葉を聞いてもう我慢の限界だったのかしら。  
 堰を切ったように泣き出し、血まみれの手で私を抱き返す。  
 
「ひっく、っう…ディアナ…ディアナ……」  
 私の名前を連呼しながら、私の胸で泣いている。  
 …私の名を『呼び捨て』で呼ぶのは実は今まで無かった。  
 友情というものを除いて、人が人を『呼び捨て』で名を呼ぶのは、  
 その人を想えなければ出来ない事。互いに心を許し合い、認め合わなければ出来ない事。  
 …クローディアは今、私を『ディアナ』と呼んだわ。  
 それは私を心に受け入れたという事。私の存在が大切だという事。  
 ベットの上だけでなく今、こうしている時でも私を愛しているという事。  
 …。  
 あははっ!遂に…遂に私は欲しいモノを完全に手に入れた!邪魔者ももう誰もいない。  
 手放さないわ。私の傍でいつも付き従うのよ。そして永遠に愛し続けなさい。  
 地位も名誉も、金も何もいらない。私は私のクローディアさえいればそれでいい…  
   
 この私の幸せそうな姿…偽りの愛をくれたナイトハルトに見せてあげたいわね。  
 ねえ、アルベルトしか『見てなかった』お父様…お母様?あはははははっ!!  
 
 
―――――――――――――  
 
 
〜メルビル・エリザベス宮殿〜  
「…報告は以上です」  
 皇帝に対して、報告書を読み上げているのは親衛隊長のネビル。  
 ブルエーレの宿で起きた殺人・誘拐事件…公には殺人事件とだけ公表されている。  
 つまり、ディアナの起こしたグレイ殺害についての話だ。  
 グレイという監視兼護衛役が殺され、次期皇女のクローディアが行方不明。  
 外見では分らないが、宮殿内部ではこの異常事態に大騒動となっていた。  
 報告を聞き、絶望にうな垂れながら皇帝は問う。  
「…クローディアが生きている可能性は?」  
「ジャンの報告によれば、護衛の者の遺体はほぼ抵抗した様子も無く  
  短剣で背後から心臓を一突きされていたそうです。かなり手練れた者の犯行に間違いありません。  
  ですから、生存は絶望的かと……思われます」  
「…」  
「しばらくは…全力で捜索を続けるつもりです」  
「頼む…」  
「後…ローバーン公へはその情報、まだいっておりません。  
  そちらに関してもこちらから根回ししておきます。では…」  
 ネビルが去った後、皇帝はベランダから空を仰いだ。  
「クローディア…」  
 
 
―――以降、あの二人がどこへ行ったのか結局…誰もつかめなかった。  
   迷いの森周辺で見かけた、という情報もあったが定かではない。  
    
   …ディアナの弟、アルベルトがサルーインを封じる3ヶ月前の話である。  
 

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