「ん…っ、はぁ…ン…んっ…」  
 
 今の自分の瞳に写るのは、ずっと想い続けてきた愛しい人の初めて見る表情だった。  
暗闇が広がる天幕には、乱れた吐息が小さく聞こえ、少女の奥から放たれた  
甘酸っぱい香りがいやらしく漂う。ランタンに小さく燈された明かりが、二人が重なる影を  
弱々しくも大きく浮かび上がらせていた。  
 お互いの体温をすがるように感じ合い、お互いの瞳の中に写る、自分の淫らな姿に  
思わず目を逸らす。  
 「ん…んんっ…!」  
 堪え切れなくなった想いへのむず痒さを隠すように、彼は少女の唇を深く塞いで行った。  
少女の温かく柔らかな舌を求めて、彼女の口中を少々強引に抉じ開けて行く。  
なれない為か、己から逃げる彼女の舌を、器用に捕らえ絡め取って行く。  
少女の小さな口から溢れた唾液が静かに零れ落ちる。  
 
 「ジャ…ミル…… ジャミル…っ!」  
 「…ッ、アイシャ…」  
 消え入るような小さな声で、お互いの愛しい名を呼び合う。  
 いつも呼ばれていた自分の名の筈なのに、初めて耳にするような、自分ではない不思議な  
錯覚に陥る。普段の子供っぽい彼女からは、とても想像できない吐息交じりの甘声が、  
彼の感情を、身体を更に高まらせて行く。  
 「ン…い…や…、く、苦しいよ…」  
 ジャミルの激しいキスからやっと解放されたアイシャが、息を整えながら訴えてきた。  
 「悪ぃ…大丈夫か?」  
 「うん…び、びっくりした…」  
 そう呟くと、アイシャは恥ずかしそうに顔を赤らめ、彼の胸元に顔を埋めた。  
 「…やさしくするって約束したのに…」  
 「そーだっけ?」  
 ジャミルはいつものように少しおどけて答えると、自身で覆っていたアイシャから身体を離し、  
彼女の隣へ横になった。その隙に、アイシャは彼に中途半端に脱がされ、はだけた上着を  
さり気無く整える。  
 「さ、さっきそう言ったじゃない…!…あ、また意地悪する気でしょ!」  
 とぼけたジャミルに、アイシャは頬を膨らませて厳しく指摘する。  
 「あっはっは、お前も鋭くなったな〜。最初は俺の言う事全部信じてたのになぁ?」  
 おどけた口調ながらも、アイシャを優しく抱き寄せ、暗闇の中ですら眩しい彼女の見事な赤毛を、  
ジャミルはそっと撫で始めた。  
 「…もう、ジャミルの意地悪は、ホントに出会った時から直らないんだから…」  
 未だに膨れた頬はそのままだが、アイシャはジャミルの背中へ、しっかりと自分の腕を回して行く。  
 こんな状況になろうと、今まで築き上げた”素直になれない”、という気持ちを、お互い照れも  
あるのだろうが、なかなか消し去る事ができない。自分達の不器用さを、ジャミルは心の中で  
苦笑しつつ、それもまた心地良く感じていた。  
 
 
 * * *  
 
 
 ここまで辿り着くのに、随分時間が掛かった。  
 二人が初めて出会ったのは、世界最大の都市と言われるクジャラートの首都エスタミル。  
世界最大とは聞こえはいいが、海を挟んで南北に分かれた街では貧富の差が激しく、  
暴力、犯罪、貧困などが絶えない。世界一治安の悪い都市としても、また有名であった。  
 そんな街で起こったある事件を探っていたジャミルに、たまたま救出されたのがアイシャであった。  
初めて会った頃は、きれいな女の人、と思い込んだアイシャの誤解を解くのが大変だった。  
故郷の村から突然攫われたと言うアイシャを放って置けず、遠く離れたガレサステップへやら、  
足を踏み入れれば二度と出てはこれないと恐れられている、カクラム砂漠の更に下の地底へやら…  
行く行くは世界を破壊する邪神・サルーインをも封じる、気が遠くなるような長い旅路であった。  
 
 それも今日、ここで終わりである。  
 出会った時に二人が交わした「必ず故郷へ送り届けてやる」という約束を、ジャミルは  
きちんと果たしたのである。  
 本来ならば旅の途中で達成される筈であった約束だったのだが、祖父と念願の再会を果たした  
アイシャは、祖父や故郷の村人達が住まう地底には残らず、ジャミル達のサルーインの復活を  
阻止するという目的の旅へ、そのままくっ付いて来たのだ。  
 その目的も無事に果たし、激しい戦いを共にしたパーティーも解散となり…ジャミルは  
アイシャの本当の故郷である、ガレサステップにあるタラール族の村へと、彼女を送り届けに来たのだ。  
 

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