鋭い息遣いが千切れ千切れに鼓膜を打つ。空気を振動させる刃と刃の激突は、両者の髪を激しく揺さぶり、その苛  
烈さを否応にも体現していた。  
「──そこだ!」  
 私の決着を確信する叫びと、白銀の軌跡が相手に向かって急迫していく。  
「くっ!」  
 咄嗟に身体を弾いて重心を逸らし、直撃だけは免れたものの、刀身を腹部に喰らったその大柄な体躯が壁まで吹っ  
飛んでいく。壮大な騒音を立てて彼が壁に激突し、空間が震えた。  
「っつ……やはり陛下には敵いませんね」  
 私と稽古をつけていたインペリアルガードのハンニバルが、一息吐いて壁から身を起こそうとする。  
「いや、お前の潔い踏み込みには毎回冷や汗を流しているよ」  
 ハンニバルへ歩み寄った私は、彼へ手を差し伸べた。私の行動に戸惑いを見せたハンニバルだが、変に畏まる事も  
無く私の手を取り、今度は私が力を引いて彼の身体を起こしてやった。こうして近くで並ぶと、私よりもハンニバル  
の方が一回り程度体格が優れている。日々の厳しい訓練の賜物だろう。  
 頼もしい事だ。彼等の帝国への忠誠と愛国心に、私は絶大な信頼を寄せている。  
「陛下、陛下っ!」  
「どうした?」  
 ハンニバルと他愛も無い会話を交わしながら稽古用の長剣を仕舞っていると、道場の入り口から宮廷お抱えの奉仕  
人が慌てた様子で駆け込んでくる。だが、私の姿を捉えて直ぐ、その狼狽に微かな馴れと呆れが混入されていった。  
「あの……また……ご来訪されているようです」  
 彼女の気まずそうなその言葉で、私は全てを察した。無意識に溜め息が漏れていく。横のハンニバルが、勇敢な顔  
付きに微笑ましげな色を込めていた。  
「困ったものですな、陛下」  
「まったくだ。よく飽きもせずに……」  
 嫌悪の無い愚痴を吐き捨て、私はハンニバルや連絡に来てくれた奉仕人を連れ立って道場を後にする。手渡された  
綿布で汗を拭いながら、心成しか急いだ足取りで階上の私室へと向かった。  
 扉の付近まで辿り着いた時に、ふと思い立つ。  
 何を急ぐ必要があるのだ? と。──だが、無駄に待たせた時の来訪者の理不尽な不機嫌の応酬を想像すると、そ  
れはそれで意味の無いものではないような気がしてきた。  
 
 私室に入り、私は室内に設備した私用の武器庫から愛用の装備品を取り出した。肌着の上に断熱服を通し、ハルモ  
ニアスーツの一式を丁寧に全身へ装着させていく。最後に庫内に立て掛けてあるデイブレードを収納した鞘を、ハル  
モニアスーツの腰部へと帯剣させた。全身大の鏡台で己の出で立ちを確認し、戦闘準備を完了させた私は私室から踵  
を返した。  
 
「遅かったじゃないの皇帝。今日こそ、私の力に恐れをなして逃げたかと思ったわっ」  
 我が統べしアバロン、その城下町の大通りに私が悠然と現れると、そいつは不敵な自信に満ちた啖呵を切った。周  
囲の国民は、既に日常風景と化したこの状況に、片や野次馬に徹する者、片や余計な被害を危惧して萎えた顔をする  
者と反応は多彩だ。私の姿に、憧憬と信仰にも似た熱い眼差しを注いでくれる者もいる。  
 すまぬ民よ、今日もまた色々と許してくれ。と、心の中で一応謝っておいた。  
「……どうでもいいが、街中でそんな大声を上げるな。毎日無駄に元気だなお前は、千年前から相も変わらずに」  
 肩の力を抜き、隙だらけの体勢で私は正面の来訪者に冷めた視線を向けていた。私の嫌味にも、来訪者は何故か不  
遜な笑みを深める。  
「ふん、そう言う貴方はそろそろ代替わりの時期なんじゃないの? 本当に不便ね、伝承の術って」  
「私の代で術の効力も尽きる。それは無い」  
 私の冷静な指摘に、正面で不自然な沈黙が生まれる。その反応を怪訝に感じたが、それも一瞬だった。  
 くすんだ黒の長髪。その下にある容貌は幼さが残るが、美しさの点で見れば均整の取れた優良な顔立ちだ。常に何  
かを見下しているかのような倣岸な光を湛えた鋭い双眸。流麗な筋を描く鼻梁。チャームポイント(自称)である凶  
悪な牙を覗かせる可憐な唇。  
 魔術耐性に富んだ薄い衣のみを纏うその未成熟な肢体は、所々の肌が濁った赤茶に変色している。その変色部位の  
骨格のように角張った筋肉が、不気味な隆起を描いている。まるで、そこだけがモンスターと挿げ替えたかのような、  
禍々しくも滑稽な容姿だ。  
 遥か昔、彼等が貪欲に酷使した同化の術による代償──いや、そこで得た力の象徴か。  
「今日こそ、貴方を倒して千年前の屈辱を晴らしてやるんだから」  
 鍔に邪悪な嘆きの顔を嵌め込んだ魔剣を右手に構え、七英雄の一人・クジンシーは子供のように楽しげな含み笑い  
を漏らす。もう一方の左手は、強大な呪いが女の顔面にように具象化し、周囲に数匹の悪霊が取り巻いているという、  
見るも不快な巨盾を装備している。  
 世界を救った伝説の英雄にしては、装具に関して趣味が悪すぎるとしか言い様が無い。昼間から軽い恐怖体験を強  
制されていい迷惑だ。  
「毎日毎日、御苦労な事だ。結果は見えているというのに」  
「う、うるさいわねっ! 今日は絶対に勝つんだから!」  
 この宣言が実現した事など、私が即位してから今まで一度も無い。可能性にすら触れも掠りもしない。  
 所詮、スライムに物理攻撃が通用しないのと同じ摂理だ。  
 
「いくわよ──!」  
 勝手に戦闘の幕を切り落としたクジンシーが、昼下がりの平凡な陽気に満ちた大通りを疾走する。驚異的な身体能  
力で一拍のうちに私の間合いへ踏み込んだクジンシーは、僅かに腰を屈めた姿勢で魔剣を下方から私の首筋へと吸い  
込ませてきた。秒以下で鞘からデイブレードを抜くと同時に、クジンシーからの第一撃を打ち払う。軌道を捻じ曲げ  
られた魔剣は、だが執念で再び私の頚動脈を噛み切ろうと再来してきた。地面を蹴って後方へ飛び退くと、空振りし  
た魔剣の切っ先が石造りの道路を派手に破壊する。破砕音と共に、破片となった石が四方へ拡散していく。その道路  
の小さな悲劇を一瞥し、デイブレードを下段に構えて立つ私は軽く頭を横に往復させた。  
「まったく、また内務の者から小言を言われるな」  
「言われなくしてあげるから、心配しなくていいのよ」  
 私の体内に位置する空間座標に、悪寒を伴った魔力が発生する。素早くその魔術力場から離れ、私の移動を豪速走  
行で追撃してきたクジンシーの直線的な斬撃を、デイブレードの刀身で軽々と受け止めた。鍔迫り合いとなり、私は  
至近距離に迫ったクジンシーの形相に呆れた視線を送る。私に照準を定めた禍々しい魔力の波動は、行き場を無くし  
て消滅していた。  
「ソウルスティールは効かんと、何度言ったら分かるのだお前は」  
「う、うるさいうるさいっ! 効くのよ、絶対効くんだから! だから逃げるな!」  
 言い分が無茶苦茶だ……。古代人に見切りの技術概念が無かったのは確実だろう。  
 その細腕のどこにそんな膂力が秘められているのか、鍔迫り合いで結果的に私の行動を封じているクジンシーが、  
残忍な笑みを広げ、再び切り札を発動させようと魔力を練成していく。……私は敢えて、限界近くまで指摘してやる  
のを待ってやる事にした。  
「とうとう終わりね皇帝!」  
「……どうでもいいが、このままではお前自身も、ソウルスティールの巻き添えを受けて自滅するぞ?」  
「──え?」  
 ソウルスティールの効果範囲内に立つ私の冷めた助言に、同じくその絶対死の発動領域に含まれるクジンシーの、  
勝利を確信した表情が凍り付いた。既にクジンシーの敵の生命を根源から奪い取る必殺術は、発動寸前まで魔力を事  
象化させている。  
「仕方の無い奴だな」  
「ぴぎゃあっ!」  
 私が空き手でクジンシーを押し倒し、自分もソウルスティールの発動から回避する。これはかつての先代が、この  
技術の性質を見極めて体得したその回避法の極意を、当代の私まで永く受け継がれてきたからに他ならない。  
「い、たたた……」  
 地面に尻餅をついているクジンシーは、命の恩人である私に礼の一つを述べるどころか、逆に非常に憤慨した業火  
の睨みを向けてくる。  
「皇帝、謀ったわねっ!」  
「いや、単にお前の誤算だろう」  
 
 付き合ってられん、と小さく嘆息を零した時、私は上空から新たな魔力の澱みを感知する。クジンシーから注意を  
逸らし、一度晴れやかな雲を点在させる空を見上げると、不自然な影の輪郭が自由な蒼を遊泳していた。  
 ──私が空飛ぶ変態を無関心に観察していると、地中から吐き気の催す毒々しい濃霧が沸いてきた。可能な限り剣  
でその毒霧を払いつつ、今度はこちらから先制に移るべく地を蹴る。  
 先程の物理的な抵抗は意味を成さず、クジンシーのイルストームによって猛毒に冒された私は、急激な体調悪  
化に眉を歪めた。膿むような粘ついた痛みが、肉体の節々から断続的に生まては消える。状態治療を施す暇を捨  
て、眼前に迫ったペインの魔力波を身を捩って躱し、術法に攻撃を変更したクジンシーへデイブレードの煌めく  
刀身を振り下ろした。  
「そんな単調な軌道、ゼラチナスマターにも届かないわ!」  
 俊敏な身のこなしでデイブレードの急襲を回避し、クジンシーは濃密な魔力圧で低空飛行を行いつつライフス  
ティールを連発してくる。私は波状して襲い来るライフスティールの直撃を受けて生命力を削られながらも、曰  
くゼラチナスマターにすら攻撃が読めると言われた事に剣士としての矜持の亀裂を喰らっていた。生命力の消耗  
よりも、精神的にそちらの方がショックだ。軽く行動不能に陥ってしまった。  
 地上から解き放たれたまま、クジンシーが魔剣の腹を横から力任せに叩きつけてくる。既になぎ払いの見切り  
も体得している私は、その相手の動きを封じるような刃の動きを難なくやり過ごした。  
「皇帝の動きを単調と言うが、クジンシー、お前はあまりにも攻撃パターンが少なすぎる。もっと戦闘を多角的  
に見据えるよう努力するべきだな」  
「うるさいわねワグナス! 気が散るから黙っててよっ!」  
 不気味な魔力を宿す、空に浮かぶ不自然な影──七英雄の中心的存在・ワグナスが、出来の悪い教え子に対す  
る教師のような口調で助言を言い落としてくる。だが、その厚意も苛立ったクジンシーの前では余計なお世話以  
外の何物でもなかったようだ。  
 私はデイブレードを振り払って太陽光線を連射し、クジンシーを牽制する。高熱の光線を掻い潜って突進して  
くる彼女を、聖光を織り交ぜた光の乱射攻撃で後退させた。  
「ああもう、近づけないじゃないの!」  
「クジンシー、お前はそうだから、千年前ジェラールに敗れた」  
「あれはマグレよ、ちょっと私の調子が悪かっただけ! もう、何しに来たのよお前!」  
 
 アバロンの昼の空を気ままに漂流して我々を傍観するワグナスと、地上のクジンシーが、親子のようなやり取  
りを交わしていた。偶然現れた新たな七英雄に、観戦客の国民が驚きと好奇の声を上げている。携帯映写機で写  
真を撮っている者もいるが、ワグナスは気を悪くするどころか写りが良くなるように高度を下げる。その辺り、  
彼はサービス精神が旺盛なのか、単に目立ちたがり屋なのか。「最強! ワグナス最強!」という一部の国民の  
声に、ワグナスは優越感に浸りつつ満足気に頷いていた。いや、ここはアバロンなのだが……我が愛するアバロ  
ンでは、現在ワグナスが流行しているのだろうか……あ、「最強はやっぱりノエルだよね」と囁いた少女に、ワ  
グナスが烈火の如き嫉妬の目を向けた。  
 止めろ男女、普通に少女が怖がっている。むしろ、普通にお前の姿が恐怖だ。せめて両目から流れている血を  
拭け。今度からは下半身も揃えて来い。  
「何言ってるのよ、私達の中で最強なのは、このクジンシー様に決まってるでしょ!」  
「ソウルスティールさえ見切られなければ、議論の余地はあったのだが」  
「きしゃーっ! お前のそういう澄ました態度は昔っから腹立つ!」  
 ワグナスの余計な一言に憤怒で顔を真っ赤に沸騰させたクジンシーが、空に浮かぶ同胞にソウルスティールを  
容赦なく連発する。アンデッドでもない筈のワグナスは、ソウルスティールを生身で受けても平然としていた。  
成る程……ある意味、最強だ。  
 クジンシーが上空の同胞へ気を向けている隙に、瞬時の精神統一を経てエリクサーを詠唱し、身体状態を万全  
まで回復させる。体内から細胞を腐食させていた毒素も解除され、霞んでいた五感が正常な輪郭を取り戻してい  
った。  
「──あぁ! ワグナスの所為で皇帝が回復しちゃったじゃないの!」  
「お前が不注意なのが悪いのだろう」  
 売り言葉に買い言葉でワグナスと舌戦を繰り広げていたクジンシーが、地団駄を踏みそうな勢いで癇癪を起こ  
していた。  
「もう、仕切り直し! てやぁっ!」  
 クジンシーが魔剣で宙を裂断し、そこから鋭利な風圧が発生した。大気を引き裂きながら迫り来るカマイタチ  
をデイブレードで弾き飛ばし、クジンシーへと接近する私は、はたと今、自分がどんな顔をしているのかに気付  
いた。  
 ──私の唇は、薄い孤を描いている。この気持ちの昂ぶり、この鮮明な充実感──  
 私は、笑っていた。声に出さず、決して笑顔とまでは言えないほどの、微小な表情の変化ではあるが。  
 この少女との、クジンシーとの決闘を、私は間違いなく楽しんでいるのだ。  
 
「どうしたクジンシー、世界を救った英雄の力はその程度か!」  
 自分の心境を自覚した途端、私は動きを活発にさせていた。私の挑発に可愛らしく逆上したクジンシーは、口  
腔から凍える吐息を放出してくる。大気を急激な温度低下に見舞いながら展開する冷気を振り払い、クジンシー  
との間合いへ踏み込んで頭上へ振り被ったデイブレードで全力の一撃を繰り出す。私の強撃は掲げられた巨盾の  
前に無意味に終わり、視界の隅へと距離を取ったクジンシーは、再び生命略奪の術法を展開させる。背後では、  
冷気の直撃を受けた街頭の柱が一瞬にして氷結していた。  
「当たれ、当たれっ!」  
「……無駄だ、ソウルスティールは諦めろ」  
 休み無く発生する魔術力場が、私の居た空間で虚空へと散る。それでも、何かに憑りつかれたかのようにソウ  
ルスティールのみを繰り返すクジンシーに、私は奇妙な違和感を覚えた。  
「どうしたお嬢ちゃん、陛下はピンピンしてるぜ!?」「無駄だって気付かないのかしら?」「それでも七英雄か  
よ!」  
「黙りなさいよ! どうしてっ、どうして当たらないの! この、このっ……」  
 目の端に透明の雫すら浮かべて、クジンシーは泣きそうな声を上げる。私はその悲痛な表情を前に、回避行動  
を続ける事ができなくなっていた。練成されたソウルスティールの結界が私を取り込み、だが何の効果も生み出  
さずに無へ消える。  
「……何故、そこまでしてその技に拘るのだ?」  
 私の呟きの疑問は、クジンシーに届く前に溶け消える。やがて絶え間ないソウルスティールの発動に魔力を著  
しく消耗させたクジンシーが、荒い呼吸を繰り返しながら武装を身構えた。  
 そろそろ、決着時か。  
「また出直して来い。私は何時でも相手になってやる」  
「減らず口をっ!」  
 ……どちらがだ。私は全身の筋肉を撓め、デイブレードを下段に構えて臨戦態勢に移す。  
 脚力を爆発させ、私は流れる動きでクジンシーへと駆けた。  
「──?」  
 私が放つ清流剣のフェイントを眼前に向かえたクジンシーの表情から、不意に感情が漂白される。その瞬間の  
クジンシーの変化に僅かな疑念を抱いたが、私は停滞すること無く無心の一撃を叩きつける。  
「な──」  
 クジンシーの姿が、消えた。その予想外の神速移動に驚愕の呻きを漏らした私の身体に、ハルモニアスーツを  
貫く強烈な衝撃が打ち据えられる。  
「が、は──ッ!」  
 乱れた血流が口腔へと鮮血を溢れさせ、私の身体は宙を滑っていた。私が激突した民家の壁が、盛大な音を立  
てながら崩れ散る。木屑と化した壁に埋もれて、私はハルモニアスーツの直撃を受けた部分が抉り飛ばされてい  
る事に目を見開いた。デイブレードが手から零れ落ち、喉へと押し寄せてきた血を惜しげもなく吐き出す。  
 
「……皇、帝?」  
 私を打ったのが自分だと夢にも思っていないような、クジンシーの呆然とした呟きが小さく空気を揺らした。  
周囲は、我が目を疑うような急展開に言葉を失っている。上空のワグナスも興味深そうに、ふむ、と楽しげな吐  
息を漏らしていた。  
 私は重度の脳震盪に意識を明滅させながら、ある可能性を強引に納得する。  
「まさ、か……お前、にも、閃きの素質があった、とは」  
 口の端から顎を大量の血で汚しながら、私は全く考え及ばなかった展開に、いっそ清々しい笑みを浮かべる。  
 クジンシーが放ったのは、紛れも無く光速剣だ。恐らく彼女は、自分が新たな剣技を修得した事にすら気付い  
ていないだろう。今までモンスターを吸収する事で更なる成長を遂げていたのなら、戸惑うのも頷ける。  
 意識が、消えていく。全身の力も奪い取られ、私はその場に倒れ込んだ。  
「皇帝──皇帝っ!」  
 五感が遮断される最後に、クジンシーの場違いな叫び声を聞き取った。  
 
 無意識の深海から意識が浮上する。現実の水面へと顔を出した私は、網膜を刺す人工の灯火に低く喉を鳴らし  
た。全身を包む柔らかい感触と静けさ、嗅ぎ慣れた空気から、王宮内の寝室に運ばれたのだろう。  
 クジンシーから喰らった腹部の損傷は完治していて、包帯も巻かれていない。宮廷魔術師が治癒術法を処置し  
てくれたと見て間違いない。  
 機能を取り戻していく感覚で、私は室内に存在する別の気配を捉えた。薄く開けた眼だけを動かして、気配の  
正体を視界に収める。直後、言い様の無い疲れが溜め息となって私の口から漏れた。  
 窓は、夜の闇を遮る紗幕が閉じられている。陽が沈むまで気を失っていたようだ。  
「……緊張感の無い奴だな」  
「んぇ? あっ、皇帝起きたんだ」  
 豪快に呷っていた酒瓶を応接用の机に置いたクジンシーは、口元を拭いながら長椅子を立ち、こちらまで小走  
りに移動してくる。私の湿度を含んだ目を受け、だがクジンシーは私の視線に込められた心情など理解も及ばな  
い様子で小首を傾げていた。そういう表情を見ると、この少女が七英雄であり、かつてソーモンの町を拠点に侵  
略の限りを尽くしていたモンスター軍の首領とは夢にも思うまい。  
 ……そんな事はどうでもいい。  
 勝手に他人の戸棚から酒を取り出し、あまつさえ私が楽しみにしていたコルムーン原産の希少な珍酒を開封す  
るとは……。嫌がらせに狙ったとしか思えない。  
「まぁ、いい……。それよりも」  
 コルムーンの珍酒の方は、また取り寄せればいいだけの事だ。年間生産量が極めて少なく、たとえ私の名を語  
ったとしても容易に入手できるかは運任せだが。  
「──とうとう、負けてしまったな」  
 私が妙な感慨を抱きながら敗北を認めると、当初その言葉の意味を飲み込めなかったクジンシーは、数秒遅れ  
て気付いた素振りを見せる。無邪気に勝利を威張ると推測していたが、それを裏切ってクジンシーは不自然に黙  
り込んでしまった。  
 
「どうした?」  
「え? ううん、何でも……」  
 歯切れ悪い返事も、私の怪訝を増幅させるしか効果が無い。無理に追求する事無くクジンシーを眺めていると、  
彼女は一度大きく息を吸った。  
「──無し。今日のは、勝ち負け無し!」  
「何故だ? あれ程まで勝ちに執着していた筈だろう」  
 私が純粋に問いかけると、再び沈黙が返ってくる。私は布団の中から上体を起こし、寝台の傍で無防備に突っ  
立っている七英雄の少女を改めて見遣った。その姿は、強大な戦闘能力を有しているようには見えないほど弱々  
しい。  
「じゃあ」  
 クジンシーの切り出す声は、微細な震えを帯びていた。  
「じゃあ……私、もうアバロンに来ちゃいけないの……?」  
「いや……来るな、とは言わんが」  
 クジンシーの奇妙な変化に、私は微かな動揺を禁じ得なかった。  
 嫌な雰囲気だ。  
「まさか、それだけ永く生きておいて他に友達の一人もいないのか?」  
 だから、私は冗談めかしてそう口走っていた。かの伝説の七英雄を前に、友達という単語も滑稽なものだ。  
 私の言葉を耳にした瞬間に、クジンシーの顔から感情が消え失せる。冷水を浴びたかのように強張ったその顔  
は、何かを必死で堪えているかに思えた。  
「……いもん」  
「なに?」  
 脱力したかのように深く項垂れたクジンシーは、まるで覇気の無い囁き声を発した。  
 少女の顔を隠す前髪から、一粒、二粒と小さな水晶が床へ落下していく。  
「友達なんて、いないもん!」  
 痛々しいほどの大声で、クジンシーは叫んでいた。僅かに覗けた瞳は、小さな涙の洪水を形成している。それ  
は今でも滾々と湧き出て、湛え切れずに雫となってクジンシーの頬や床へと押し出されていった。クジンシーが  
強く目を閉じた時、一気に涙が溢れ出る。  
「みんな、みんな私を仲間外れにしてっ……里で、暮らしてた頃だって、みんな無視してっ。皇帝だけだもん。  
遊んでくれるの、皇帝、だけだもん……っ」  
 遊びにしては、相手を本気で殺めようとしたり生命力を削ったりと、熾烈に過激な内容だと思うのだが……。  
そんな下らない思考を粉々に砕き、私は心の奥底に押し込めていた感情を吐き出すクジンシーに何も言えず、た  
だ彼女の嗚咽から目を背けるしかできなかった。  
 不意に、以前古代人の村へ赴いた時に聞いた、この少女の通称を想起した。  
 嫌われ者のクジンシー──  
 何が原因で里仲間からそこまで忌まれるようになったのか、私は知らない。現にクジンシーに非があり、蔑ま  
れ、疎外されたのかもしれない。  
 
 だが、孤独だったのだ。今私の目の前で涙を流す少女が数え切れない時間を孤独に怯えていたのは、確かな事  
実なのだ。  
「……そうか」  
 まったく……。殆ど口癖のようになってしまったその一言を心の中で呟いた私は、あやすようにクジンシーの  
頭に掌を添えた。私が掌へ本当に微力を加えると、壊れた人形のようにクジンシーが私の胸元へと埋まってくる。  
精神を熱で浸してくるような、魔性に満ちた独特の香りが、クジンシーの髪から漂ってくる。私の寝衣に、異形  
の腕でしがみ付いてきたクジンシーは、肩を震わせて咽びを上げていた。  
「来ないって、思ってた、のに。私、なんて、っ、相手になんか、されてないって、思、っ、てた、のに」  
「来ない……果たし状の事か?」  
 私が聞き返すと、クジンシーは微かに頷く仕草を見せた。  
 私が現在の地位を継承して間もない頃、永い年月をかけて復活を果たしたこの少女から一通の書状が渡されて  
きた。  
 本人の言う通り、古風極まる果たし状だったわけだが。更に直筆と思われる。  
 私は書状の内容通りに封印の地の最深部まで赴き、そこで私を待っていたこのクジンシーと、千年の時を経た  
一騎打ちの決闘を繰り広げたわけだ。  
 その時の勝敗は、改めて言う必要もないだろう。何故かこの娘を不憫に思った私は、致命傷だけは避け、クジ  
ンシーが抵抗の意思を見せなくなった時点で帝都へと帰還した。  
 それからだ。毎日のようにクジンシーがアバロンに現れ、私との決着を欲するようになったのは。  
 それにしても、正々堂々の戦いを望む旨を記した書状を放置するとは、どういう了見だ。クジンシーがそんな  
無礼千万な事を危惧していたのは心外だった。一人の戦士たる者、果し合いに応じるのは厳粛な礼儀でもあると  
いうのに。  
「それから、それから……私、皇帝の事しか、考えられなくって……皇帝の事、頭から離れなくって……責任取  
りなさいよ、バカぁ」  
 クジンシーの一方的な吐露を聞き終え、私は薄地の魔導衣越しに彼女の背中を擦ってやった。  
 ソウルスティール。ライフスティール。それは、この少女の不器用な逃避だったのかもしれない。他人の温も  
りを知らないこの少女は、素直に誰かを求める事ができず、一方的に奪う事で他人と繋がった気分に浸ろうとし  
ていただけだったのかもしれない。  
 だが、私が、この少女が渇望していたその温もりを教えていたのだとしたら──  
「もういいだろう。もう泣き止め」  
 硬質の前髪を掻き揚げ、目許に残った英雄の涙を、親指の腹で拭い取ってやる。小さな頭を撫で、私は本人の  
許可も得ずに濡れた軌跡を刻む頬に唇を寄せた。近くで漏れた戸惑いの吐息も歯牙に掛けず、私は唇を少女の素  
肌の上に滑らせ、少女の唇に触れ合わせる。  
「んっ──?」  
 薄目を開けた間近に、クジンシーの狼狽に見開かれた瞳があった。クジンシーの熟れた花弁の番を、啄むよう、  
静かに唇で甘噛みを繰り返すと、クジンシーの双眸で揺れる驚きが溶けていく。  
「はぁっ──。な、何、皇帝……」  
 私が一度口付けを止めると、クジンシーが半開きの口で呆けたように呟く。  
「責任を取れと言ったのはそちらだろう。今更、何、ではない」  
 
 細く華奢な双肩を押し、クジンシーを寝台へと導いた。まだ状況の流れを完全に把握できていない様子だが、  
その幼さの残る表情は、私が何をしようとしているのかを正確に認識している。  
 数千年も生きた身で「これから何をするの?」等と世迷い事を言うようなら、問答無用で窓から放り投げてや  
るところだ。  
「嫌なら、少しだけ待つ。ソーモンへ帰れ。それ以降は聞かん」  
「嫌……なんか、じゃない。でも、私──ひゃっ」  
 承諾を得た瞬間に、私はクジンシーの首筋へ吸い付いていた。首から鎖骨の辺りに口を這わせながら、右手で  
クジンシーが羽織っている魔導衣の簡素な留め金を外していく。はだけた襟元から手を挿し入れ、奥に実る果実  
の片方へと掌を忍ばせる。普段から魔導衣越しに見ている時の印象とは違い、その部位は小柄な体格に似合わず  
程々の発育具合だった。  
「ん、ぁっ!」  
 膨らみに辿り着いた指を乳房へ沈めると、クジンシーは甲高い声を上げて背筋を反らした。肩や頚動脈の上に  
口付けを降らせていた唇を、魔族特有の尖った耳朶へと移動させる。  
「……本当はもう、復讐などどうでもいいのだろう?」  
「あ、ぁ……んんっ」  
 掌の胸の愛撫を続け、私は耳元で囁き、音を立てずに吐息を吹きかける。それだけでクジンシーは敏感な反応  
を見せ、責められた耳も己の意思を持っているかのように上下に跳ねる。  
「わ、たし……こんな、姿……」  
「気にするな。人間であるか、そうでないかの境など、本来そう難しいものではないのかもしれない。そう在り  
たいと思う心は、まさしく人間のものだろう」  
 今なら、私は解る事ができる。彼等の想いを。  
 人間として生きたい──他の連中は兎も角、クジンシーは一際その想いを強く抱いているのだろう。  
 だが、戻れはしない。その葛藤を、叶わない願いを、醜く変貌した己の姿に酔いしれて偽り続けてきたのだろ  
う。  
 彼等の本当の願い。それは自身等を裏切った同胞への復讐などではなく、ただ変わり果ててしまった自分を受  
け入れてくれる世界への憧憬なのかもしれない。  
「嘘……気持ち悪いでしょ、こんな姿。こんな私を、誰も受け入れてくれる筈ない。私は、ワグナスみたいに悟  
れない。ダンタークやスービエみたいに割り切れない。ボクオーンのように強がれないし、そもそもノエルやロ  
ックブーケはまだ人間でいられてる──私達は、こんな風になるなんて思ってもいなかった。ただ、強くなれる、  
みんなを見返せるって──」  
「もういいんだ、クジンシー。私はお前を受け入れる。どんな姿になろうと、お前はお前だ」  
 クジンシーの懸念を断ち、再び唇を触れ合わせた。だが、私も内心で罪悪と自嘲の念に哀れみを感じていた。  
 私の存在意義。それは、遥か先代皇帝のレオン様より続く、打倒七英雄の為にオアイーブから授けられた秘術  
の結晶なのだ。代々積み重ねられてきた能力、その想いの集大成といっても過言ではない。  
 そんな私が、こうして過去に七英雄と称えられた宿敵の一人と肌を重ねている……。先代から呪われても、自  
分の行為を正当化する論弁の余地も無い。  
 
「同情で、私を抱くの?」  
 ふと、クジンシーは切なそうな瞳を私に向けていた。  
「それは卑怯だな。先程の話にその問いを続けられたら、私の全てが欺瞞になってしまう。この愛しさも、全て  
が」  
 返答を濁し、クジンシーの口を塞ぐ。互いの指を絡めながら、深く繋がっていった。片腕がモンスター化した、  
クジンシーの指のざらついた感触が新鮮だった。  
 私が密閉された空間で舌を進ませると、クジンシーは望んで扉を開いてくれる。私の舌がクジンシーの中まで  
伸び、先端同士が出逢った。  
「ん、んく……はぁ、あむ……んん……んっ」  
 欲望の赴くままに、目を閉じて舌を絡ませ合った。魔導衣の裾を腕から引き抜いて、脱がす。外気に晒された  
魅惑的な膨らみを、改めて揉み崩した。程好い硬さを残すその乳房を変形させる度に、クジンシーの眉が悩まし  
げに歪む。  
 舌を舐め合い、唾液を交換する。甘さと苦味が混合した粘液を、私は嚥下していった。クジンシーも、私の舌  
から垂れてくる唾液を、顎を上げて飲み下す。  
「──つっ!」  
「え? 牙、当たっちゃった……?」  
 舌先に細い痛みが走ると同時に、私は反射的に顔を後ろへ引いていた。血の酸味が口内に広がっていく。だが、  
この程度ならすぐに止血するだろう。少女の頬を撫でて、私はクジンシーの胸部の愛撫に集中する。  
「もう、硬くなっているな」  
 私が桜色の先端が興奮で膨張しているのに気付き、人差し指と中指の関節で軽く挟んでみる。  
「や、ぁ……いちいち言わなくて、あっ!」  
 反対の乳首を舌で突付き、細く尖らせた先で乳輪を擽る。口に含んで吸引してやると、クジンシーの口が甘い  
吐息を奏でた。掬い取るように乳首を根元から舐め上げ、赤子のように吸い立てる。  
「ここはどうだ?」  
「あっ! だ、めぇ、そこ……はぁ、ん……」  
 再び乳房への口撃を開始する私が、異形との融合部位である腹部を通過し、手を雌の秘境へと向かわせる。魔  
導衣の丈をたくし上げ、足の付け根へと手を潜り込ませた。クジンシーは咄嗟に膝を立てて私の動きを拒もうと  
するが、羞恥に顔を背けながらも、徐々に足の緊張を緩めていく。だが、私が自分の秘部へと触れようとする事  
への緊張は、見るからに明らかだった。  
「……ん、大丈夫。皇帝の好きにしていいから……」  
 私の思考を読んだかのように、クジンシーは真っ直ぐに私を見つめて決意を表す。  
 私は、行動で答えてやった。脇腹や腰へも口付けをしながら魔導衣を完全に剥ぎ取り、陰部を隠す白い布地の  
上に指を滑らせる。  
「は、ぁ……や、なに、ふわぁって……」  
 布地の上から恥丘に指を往復させると、クジンシーは鼻にかかった声で恍然と呟いた。両足は、膝を折り曲げ  
てすぐに伸ばしたりと、陰部の刺激に敏感に反応している。  
 
「ん、あ……ひぁ、ぁ……ゾクゾク、する……皇帝、気持ち、いいよぉ」  
 手首を捻り、小振りな尻へと掌を置きながら、親指を割れ目に沿って上下させた。クジンシーの切ない喘ぎ声  
が、夜の静けさを蟲惑的に乱す。閉じた秘花を親指で執拗に解され、クジンシーは電流を浴びたように腰を痙攣  
させる。両手は寝台の敷布を握り締め、爪先も敷布の中へと沈み込んでよがっていた。  
「んぁ、あ! そんな、汚、いっ!」  
 クジンシーの抗議を無視し、太股の間に顔を埋めた私は鼻先を恥丘に摺り合わせた。そこに漂う熱気と汗、そ  
して雄の劣情を掻き立てる独特の香りを堪能する。寝台の奥へ逃げようとするクジンシーの細い腰を両腕で固定  
し、早速布地の上からもう一つの唇を舐め上げる。ざらついた感触の奥で、誘うような肉の柔らかさが私に愛撫  
を没頭させた。  
「あ、あ……んん……ふぁ……」  
 私の陰部への口唇愛撫に囚われ、クジンシーはされるがままに嬌声を押し殺していた。大腿の内側へ掌を置き、  
強引に外へ押し開く。私の眼前には薄い布一枚で隔てられたクジンシーの性器があり、はしたなく両脚を開脚さ  
せている体勢に、頭上から熱い悲鳴が漏れてきた。まるで自分から淫らに男を求めているような痴態に、上目遣  
いで一瞥したクジンシーの顔は恥辱で激しい紅潮を見せていた。  
 もっとクジンシーの甘い歌声を引き出そうと、私は先程よりも愛撫の勢いを強めた。クジンシーの背中が撓り、  
室内に少女の媚声が響いていた。やがて私の舌に新たな温みが触れ、一度顔を離して布地の状態を確認する。  
「染みができているな。かなり溢れてきたようだ」  
「バ、カ……一々、言わないでよぉ」  
 クジンシーの反応一つ一つが面白く、つい意地悪く言葉を紡いでしまう。私が布地の結び目に手をかけて手早  
く解くと、クジンシーの秘部がランプの灯火に照らされて露になる。頭髪と同じ色の淡い茂みの下で、鮮やかな  
肉色の雌の神秘が、唾液を垂らしながら扇情的に照っていた。  
 もう一度陰部に掌を添え、未成熟な陰唇を撫でた。直接敏感な部分に触れられ、クジンシーが性感の濃い詰ま  
った呼気を吐き出す。大腿裏から下腿部全域へと融合化を遂げている右脚を寝台の上に優しく押し付け、私は立  
てた中指をクジンシーの中へと侵入させていった。強い圧迫感と抵抗感に締め上げられながら、彼女を傷付けな  
いように遅々と指を埋没させていく。クジンシーはそれだけでも辛そうに呼吸を荒げるが、膣を擦られて快感を  
得ているのも判然としていた。  
「あ、あっ、ん、はぁ」  
 指先を膣肉に擦り合わせると、クジンシーは目の端に涙を湛えて官能に打ち震える。引き抜き、また突き刺し、  
膣を撫で、花弁を押し開こうと掻き混ぜる。  
「う、ぁ、なんか、変……真っ白に、あ、あぁぁ──!」  
 クジンシーの身体が激しく脈動し、収縮する膣が私の指を食い千切ろうと絡み付いてきた。  
 どうやら、軽く官能の境地へ達したようだ。虚ろに酸素を肺へ取り入れるクジンシーは、四肢を虚脱させて敷  
布に沈んだ。  
「皇帝ぇ……」  
 絶頂の余韻も冷めやらぬクジンシーが、両の大腿を擦り合わせながら甘えた声を上げてくる。  
「いいのか?」  
 ここまで行為を済ませ、私も十分に昂ぶっていた。無言を了承と受け取った私は、寝衣から限界まで膨張した  
分身を外気に晒す。私のそそり立つ分身を見たクジンシーの顔に、初々しい困惑と不安が閃いた。  
 
 ……まさか、本当に生娘だったとは。  
「優しくする」  
「……うん」  
 その想いに偽りはないが、そんな上辺だけの言葉にも、クジンシーは安心したように小さく頷いてきた。  
 押し広げたクジンシーの脚の合間に腰を進め、先端を膣口にあてがう。クジンシーは両手で敷布を握り締め、  
結合への不安と期待に固く目を閉じていた。  
「行くぞ」  
 言うや否や、私は一定の速度を保ちつつ慎重にクジンシーを貫いていった。中は愛液に満たされ、肉が溶けそ  
うなほどの熱に火照っている。  
「あ、い、痛っ──い!」  
「力を抜け、余計に痛むぞ」  
 私がクジンシーの秘所を開拓していく中、今まで歯を食い縛って異物の挿入に耐えていたクジンシーが、純潔  
の証が突き破られる衝撃に掠れた悲鳴を上げる。私はそれでも止まる事なく、一気に根本までクジンシーの中へ  
押し込んだ。  
 完全な結合から少し経ち、私とクジンシーの結合部から青紫の鮮血が流れ出てくる。  
「はぁ、はっ──。ん……一つに、なれたんだ……皇帝と……」  
 恍惚として言い、目の前の少女は涙目を笑みに細める。  
「そんな小恥ずかしい台詞を言うな……お互い、青臭い年頃でもないだろうに」  
 七英雄としての畏怖など感じられない、一人の乙女として、クジンシーは余裕のない顔で初めての性交の感慨  
に耽っていた。何もしていないのに、クジンシーの開花したばかりの恥帯は私の怒張を淫靡に咥え込んでくる。  
それだけでも十分な刺激となって、私に射精への欲情を与えてきた。  
「いいよ、動いて。私、大丈夫だからっ……」  
「……悪いな」  
 クジンシーの健気な虚勢もあるが、それ以上にクジンシーの中を掻き乱し、征服欲を満たしたい雄の本能を抑  
えられない。淫靡な圧迫感から怒張を引き抜き、そして貫く。なるだけクジンシーに負荷がかからないよう配慮  
しているが、私がじっくり味わうように動く度、クジンシーは喉の奥に痛みを押さえ、堪え切れない苦しみに顔  
を強張らせる。寝台が軋み、往復する男根へ愛液が絡まる淫らな旋律が、私を快感の高みへと連れて行く。  
「あ、う……ぎ、んっ……皇、帝、気持ち、いい?」  
 クジンシーの潤んだ瞳に縋られ、普段とは正反対の女としての慎ましい仕草に、私の中で嗜虐的な炎が芽生え  
る。徐々に律動の速度を速めながら、眼下で荒く上下する乳房を乱暴に揉みしだいた。乳首を強く抓むと、クジ  
ンシーの声が詰まり、膣腔が魔性の蠢動を起こす。  
「あぁ、気持ちいいぞ。凄い締め付けだ」  
 私も呼吸を乱し、加速する性欲に任せてクジンシーを突き立てる。もう、彼女の苦痛に憂いを抱く余裕などな  
かった。上体を屈めてクジンシーの身体を抱きかえると、容赦なく性の杭を熱の悦楽へ打ち込んでいく。  
「──っ」  
 腰の奥底から吹き荒れる衝動は、尿道へ収束して一つの迸りとなった。膣に埋もれて暴発する怒張は白濁の滾  
りを放出し、女の象徴を浸蝕していく。全てを吐き出そうと脈動を続ける私の分身は、同じく全てを吸い上げよ  
うと蠢く秘腔の刺激に精液を摘出されていった。  
「熱、い……皇帝の……」  
 放心状態で呟いたクジンシーは、目の端に涙を残し、幸せそうに疲労の睡魔へと意識を手渡して脱力した。  
 
 蒼穹から舞い去っていく風が涼しい。早朝にアバロンから馬を走らせて数刻、私はソーモンに健在する元領主  
の古館へ赴いていた。  
「皇帝、ソッチカラ来ル、珍シイ」  
「そうだな。こうしてソーモンへ訪れたのは数百年ぶりか。見張り御苦労、今日も元気に死んでいるか?」  
 正門の前で持ち場についているドレッドナイトへ、私は軽快な皮肉を返していた。  
 クジンシーが復活し、ソーモンは再び彼女の拠点となった。その当初は住民も突如とした魔物の侵略に恐怖し  
た。  
 しかし、私とクジンシーの決闘が笑い話として広まっていく際に、住民は、館を占拠するだけでそれ以上の危  
害を加える素振りのないクジンシーを住人として受け入れ始めていた。  
 ある意味、こうして人間とモンスターが親しげに会話を交わすなど、奇跡だ。  
 既に世界は平和ではないのか? そう思えてならない……あ、またワグナスが空中遊泳を楽しんでいる。今度  
は数匹の竜が同行していた。なんとなく次元の彼方へ消えろ、あの重力無視の変態は。  
「……御館様、最近、変。ズット、ボーットシテル」  
 私が正門に手を掛けた時、見張りのドレッドナイトが心配げに漏らした。上半身の言葉に、下半身の屍の獣が  
神妙に首肯している。  
 奴の意識が個別に存在していたのは、驚きだ。  
 館内を進み、二階の広間へと向かう。私の訪問に、館内に居るクジンシーの僕達は物珍しげな視線を注いでく  
る。殆どが骸骨種や悪霊種なので、私へ集まる視線の気配にまるで生気が無い。  
 階段を上り、クジンシーの玉座が設えられた広間へと上がった。  
「……」  
 雄大な作りの玉座の上で、七英雄の一人が間抜けな顔を構えていた。隙だらけだ。ここはお茶目に、クリムゾ  
ンフレアの不意打ちで挨拶してやろうか。  
「……皇帝」  
「呼んだか?」  
 正面まで歩み寄った私が応えてやると、クジンシーの視線が焦点を取り戻す。  
「──ぴぁ!? こ、こ、皇帝、どうしてこんな所に居るのよ!」  
 一瞬で玉座の背凭れへと飛び退いたクジンシーに、私は適当に相槌を打った。  
「特に用があるわけでもないが。強いて言えば、貴様に会いに来た。それだけだ」  
 私が返答していると、クジンシーも落ち着きを取り戻して玉座に座り直した。その頬に、僅かな朱が浮かんで  
いる。  
「あんた達、ちょっと外して」  
 広間でひしめき合っている悪霊類や、床掃除をしていたヒューリオンは、クジンシーの唐突な命令に釈然とし  
ない反応を返した。  
「御館様、マダ掃除終ワッテナイ」  
「出てけ、いいから出てけー! あと、ヴリヴリに朝ご飯あげておいてよね!」  
「リョ、了解」  
 クジンシーの癇癪を受けて、広間は一斉退室の様相に騒ぐ。  
 
「……大変だな」  
 私が、傍を通り過ぎようとしていたロアへ話しかけると、そいつは凶悪な顔で小さく溜め息を漏らした。  
「モウ、慣レタ」  
 それだけを言い残し、ロアは空間を移動して消えた。  
 広間に私とクジンシーだけが残され、長閑な静けさが生まれていく。クジンシーが私を上目遣いに一瞥し、だ  
がすぐに視線を引き剥がしてくる。会話の糸口が掴めないと、その態度が言っているようなものだ。  
 まったく、不器用にも程がある。  
「いい天気だ、折角だから何処かへ出掛けるか。ここへ来たのも、今日は休暇だったからな」  
 私が提案してやると、クジンシーは子供のように食い付いてくる。まぁ、見た目で言えば、人間十代半ばの少  
女と言ったところだが。  
「じゃ、じゃあ、準備するから。外で待ってて」  
 玉座から飛び降りて個室へ急ぐその後ろ姿を見届け、私は広間から踵を返した。正門を潜り、興味本位に裏庭  
へと移動した。  
「──こ、これは……流石に愛玩動物として認めるのは難しくないか?」  
 顔を出した裏庭には、クジンシーの家来達が巨大な蛇に命懸けで餌を与えていた。家来達が掲げる下位モンス  
ターの肉を大量に摂取するその蛇は、漆黒の胴に獰猛な三つの頭部を持っている。  
 ヴリヴリ──国際憲法で最高級危険モンスターに指定されているヴリトラを飼うとは、恐るべし七英雄……。  
これはやはり、厳重注意の必要があるのだろうか。  
「皇帝、礼ヲ言ウ」  
「素晴らしく嬉しくないな」  
 スカルロッドからの突然の礼に、私は素直な気持ちを口にしていた。  
「御館様、ズット独リボッチダッタ」  
「……」  
 気のせいだろう。だが、このスカルロッドが笑っているように見えるのを、錯覚にはしたくなかった。  
「デモ、最近ハ楽シソウ。元気ナ御館様ヲ見ルノハ、ミンナ嬉シイ」  
「そうか」  
 私の無愛想な相槌に、スカルロッドは満足気な気配を見せた。モンスターに感謝されるとは、私も人として末  
期かもしれない。  
 ……悪い気はしないが。  
「こーてー!」  
 離れた場所から、私を呼ぶ少女の声が届く。裏庭を後にしようと家来達に背を向けると、小柄な衝撃が身体に  
抱きついてきた。  
 魔導衣から人間の普段着へ着替えた、クジンシーだ。融合化した腕の硬い肌触りが、私の腕に絡まる。  
「で、何処へ連れてってくれるの?」  
「私は何処でもいいぞ。お前が望む場所を言え」  
「えー、じゃあ白蟻の巣。あそこの湿気って結構好みなのよ」  
「……それは勘弁してくれ」  
 昼下がりのソーモンを、二人で並んで歩く。  
 この世界に生きる、人として。  
 

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