『・・・はぁ? ちょ、あんた何言い出すのよいきなり!?』
そう言って驚く彼女の、赤い瞳の中にある細い瞳孔が驚きでさらに細くなった。
『いえその・・・ですから、あなたのことが好きなんです。シルバー、さん・・・!』
彼女のその瞳と同じくらいに顔を赤らめつつ、吐き出すように言葉をつむぐ少年。
シルバーとは対照的な碧眼の持ち主、アルベルトだった。
なんでエロールの子の、こんな年端も行かないような子供から愛の告白を受けることになったものか。
・・・ちょっと考えてみた。
アルベルトとの初めての出会いはワロン島内にある自分と同じ名前を冠されたシルバーの洞窟。
ほとんど自分で名付けたようなものなのだが。
それはともかく、風のオパールの守護者として数百年、この洞窟を護り続けてきた。
来るもの来るもの、みんな屠り続けた。この場所の存在を知ったからには生かしておくわけにはいかない。
・・・容赦なく殺し続けてきた。魔物しかり、エロールの子もまたしかり。
そうしていくつの命を葬ってきたかとうに忘れてしまった頃、アルベルトたちがやってきたのだった。
今までに見てきたどんな魔物よりも、人間よりも貧弱でなよなよしくて。
だから今回の「挑戦者」もまた確実にハズレだと思った。
でも違った。彼と彼の仲間たちのその強さは今までに戦ってきた者達の遥かに上を行くものだった。
この「ブロンドの子供」を自分のこの鋭い牙に掛け深い傷だって負わせた。それでも彼は立ち上がり、仲間の助けを得て立ち向かってきた。
両者一歩も譲らない死闘の末に全力で戦って負けた。全力だったのだから悔いは無い。
それにようやく解放されるのだから、むしろ感謝していた。それでシルバーは人の姿に再び戻ることができ、
なよなよしいと思っていた少年、アルベルトにオパールを託してその場を去った。
―――まだ頼りない感じだけど、まぁ芯はあるわね・・・。
というのが彼女の評価。
去り際、彼が何か声を掛けようとしていたのは知っていたが、
ディステニィストーンの守護者であった者が人間と馴れ合うことはあまりよくない。
だからそのまま立ち去った。
その後、彼女は馴染み深い海の町パイレーツコーストへと向かう。
数百年いたカビ臭い洞窟から解放される。海の生気を思い切り吸い込んで大海原に出る。
この開放感はたまらない。これだから海賊という職業は止められないのだ。
しばらくは町に居座って、久々の海賊稼業を楽しんでいた。
それからしばらく経ったある日、アルベルトがやってきた。
彼と会うのはもう数ヶ月ぶりくらいになるだろうか。
久しぶりに見た彼の体つきや表情は一段と力強さを増しており、なよなよしさはもうどこにも見当たらなかった。
一瞬、別人かと思ってしまったシルバーだが、自分の託したオパールを肌身離さず持っていてくれていることですぐ分かった。
でもどうしてこんなところに来たのだか。
いろいろ旅の経緯だとか事情だとか現在の状況なんかを聞いたけれど忘れてしまった。
要はあたしの力を貸してほしい、仲間になってほしい。
これがここパイレーツコーストまで来た理由らしかった。
だからあたしが親分、あんたは子分ってことで「仲間にしてやった」。
・・・今となってはほとんど自分がアルベルトにくっついていってる立場にあるんだけれど。
海賊稼業も充分堪能したことだし、どこへ行くあてもなかったから別にそれはそれで構わなかった。
そうして一緒に旅を続けていったある日の出来事だった。
シルバーさんお話があります・・・だなんて、いやに神妙な面持ちでアルベルトに呼びとめられて。
・・・で。
お茶でも一杯とアルベルトの部屋に案内されて、ずずっとお茶をすすっていたらば
『あなたが好きです』だなんてイキナリ言われるもんで。
すすっていたお茶を思わず吹き出してしまうところだった。
・・・特にまぁ、初めて会った時から今までを思い返してみて、この子に告白される理由なんて見当たらないんだけど。
でも今あたしの目の前にいるこの子は間違いなく本気で言ってるらしかった。
『ねぇ?』
『・・・! は、はいっ!!』
ちょっと声かけただけで何、この反応は・・・。よっぽどオンナに対する免疫でもないのかしら。
それにしてはあたしなんかに告白だなんて、変なトコで度胸が据わってる。
『あんた、本当にあたしのことが好きなわけ?』
って、さっきからアルベルトの様子を見てれば自分を慕ってくれていることくらい分かりきったことなんだけど、
それでももう一度聞かずにいられなかった。
『・・・はい!』
顔を真っ赤にしちゃってうつむき加減で答えるところがまたいじらしい。
しっかしねぇ・・・目の前でまた「なよなよしい少年」に戻っちゃったこの子が
ドラゴンのあたしを倒しただなんて信じられない。
喉元に噛み付いてやったら簡単にきゅうって声あげて死んじゃいそう。
じつに無防備にその場に佇むアルベルトが美味しそうな見えてきた。
『そっかそっか、あんたの気持ちはよ〜っく分かったよ』
『え・・・それじゃあ!』
あたしの言葉を聞くやその瞬間、アルベルトの表情は晴れやかになる。
『でもねー、あんたがどのくらいあたしを好きなのかよく分からないんだよ』
『そ、それは・・・!』
またしても口ごもるアルベルトを見て思う。
なーんで人間ってこんなにハッキリしない動物なんかなーって。
『要はさ、人間ってアレでしょ?手つないだりキスしたりとか、何かそういうことしたいんでしょ?』
『えあ、あっと、その・・・は、はい・・・!』
表現が直接的すぎたのかアルベルトは耳まで赤くなりだした。それでも一生懸命答えるところは良い。
―――いいじゃん、そんなまわりくどいことしなくたってさ・・・。
『あたしたち竜族には人間みたいな習慣は無いからさ。そういうのってぜんぜん興味ない』
そう斬り捨てたら今度はその表情が凍りついた。このままだとショックで自殺しそうな勢いだ。
『・・・ううん、あんたの事は嫌いじゃないよ。』
それを聞いてまた表情に変化が表れる。・・・アルベルトって本当に面白い。
『あんたたち人間ってさ、お互いが好きになったら愛を確かめるだとか、快感だかを得たいとかそういう理由でさ、身体交えるんでしょ?』
『・・・。』
『ま、あんたも一端の人間の男だからね。そういうのが無いってこと無いのは分かってるよ』
『・・・。』
『返事は?』
『・・・はい!』
『素直でよろしい』
『あたしたち竜族はそういう人間みたいな感情ないし、強い奴と交わってさらに強い子供を残すってのが目的だし。』
『は、はい』
『でもあたしは。あんたたちと同じ人間として生きる道を選んだから。正直なところね、あんたにこうやって告白されて・・・すごく嬉しいよ』
あーあー・・・あたしもあたしで何言ってんだか。気付いたら自分の頬まであっつく火照ってる。完璧、アルベルトにうつされた。
『・・・あんたがあたしを好きだって証拠、みせてよ』
『・・・わ、わかりました!』
この子もついに吹っ切れたかな。何か意を決した顔付きに戻ってる。
―――あたしと戦った時は仲間もいたけど今度はあんた一人だけだよ。あたしを倒せるんかね?
そうしておもむろにベッドに腰掛ける。
パイレーツコーストで再会して、一段と逞しくなったアルベルトを見て。
あたし自身、この子のコト少しだけ見直したのも事実。
今日の告白で変な度胸だけど、それを見せ付けられて少し惚れたってのも間違いない事実。
竜族には無い、人間だけが持つ愛ってのがどんなもんか知りたいから。
これからアルベルトが、あたしにどんな手解きをしてくれるのか楽しみになった。
『あのっ!シルバーさん。失礼、します!』
2人でベッドに腰を掛ける。上ずった声でぎこちない断りの挨拶を入れ、シルバーにおずおずと顔を近づけるアルベルト。
―――そ、あんたの手解き、まずはキスから入るわけね。
などと呑気に構えるシルバー。しかし例え年端もいかない少年とはいえ数々の冒険をこなし試練を乗り越えてきた一端の男である。
逞しさが垣間見えるようになった端正な顔立ちに近づかれるとうろたえてしまう。
顔が近づくほどに際立って見える彼女とは対照的な青い色をしたアルベルトの瞳。
そのうちあたしと同じ色に染まっちゃうんじゃないかと彼女が思うくらい、その瞳には熱がこもっている。
10センチ、5センチ、1センチ・・・距離は徐々にせばまってゆき。
トクン、と、鼓動がはねた瞬間、ついにお互いの唇が触れあった。
『・・・!』
『・・・んん〜!』
心臓が飛び出そうになるくらいのプレッシャーと戦いつつアルベルトはひたすらに無言で。
人間の習慣に不慣れなシルバーはドキドキとしつつも思わず顔をしかめてしまう。
―――ん〜・・・とりあえず感想。口と口を合わせるなんて、やっぱなんか変。
ああ、でも。他人の唇がこんなにあったかくて柔らかいなんて知らなかったな。
シルバーが人間になってから、違和感を感じるところはいくらでもあった。一番は日向ぼっこもしてないのに身体がぽかぽかしてるということ。
竜にはこのような体の機能は無い。最初から温かい血の流れる仕組みがあることを、人間になって初めて実感したのだった。
そうして口付けをしている今。他人の温もりが自分以上に温かいものだとも分かった。
―――鱗で覆われたりしていない体だから直接に相手の体温を感じられるんだ。
こうして2人で寄り添ってさ。・・・アルベルトに両肩しっかり抑えられちゃってる。
きっと必死なんだろうね。こうして口付けしてるってだけでも。手、震えてるよ?アルベルト。
大丈夫だって。あたしはどこにも逃げないから。
シルバーもまた気がつけばアルベルトの首に手を回していた。
アルベルトからの温もりを自然と求めていた。
だんだん、だんだんと強くなってくる。互いに求め合う気持ちが強くなりキスに表れてくる。
『っん・・・っん・・・はぁ、あ・・・アル、ベルト・・・!』
『シルバ、さん・・・!んっ、く・・・』
互いの名前を呼びあう。そうしてちゃんと目の前にいることを確かめあった。
不意に、アルベルトがシルバーの口の中に舌を差し入れた。
シルバーが彼の唇を覆うようにキスしていたらの、いきなりのカウンターだった。
―――・・・なに? なんなの? ねえ、これはどういう事なワケ?
『ちょっ・・・!もうアルベルトぉ!!』
いきなりの出来事に、思わずアルベルトをぶっ飛ばしていた。
―――ああもう!ついさっき告白された時とおんなじじゃん。ま〜たイキナリやられた。
今みたいにするのも愛情表現だかの一つなんだろうけど。
さっきからそうだけど、いきなり仕掛けてくるのは反則だっての!
『あ・・・。いっけねっ!』
は、と我に返ったシルバーはベッドに仰向けに転がるアルベルトの様子を見る。
『おーい、しっかりしな!』
紅潮したアルベルトの頬をぴしぴしと叩きつつ声を掛けるも彼の目はとろん、としていて。
さらに焦点の定まらない瞳でシルバーの顔を見上げている。
―――なんつー情けない顔してんだかね・・・。
それでも意識はしっかりしているようで
『・・・あ、ああ、すみませんいきなり、あんなこと・・・』
などと謝罪の言葉をぼそぼそ述べ立てている。
『ああいや、あたしの方こそ悪かったよ。力加減しなかったから痛かったろ?』
『いえ、良かったです・・・シルバーさんとのキス、すごく良かったです』
―――? なんだろ、あたしの言ってんのは吹っ飛ばしたコトなのに。今のキスがそんなに良かったってこと?
まぁ・・・この呆けた顔にそのまんま書いてあるわね。
シルバーも確かにアルベルトの温かさや柔らかい感触を味わっていた。
少々アルベルトに悪いが、実際のところはというと少しだけ子羊やら仔馬の肉を食べた時のこと思い出していたようである。
―――あたしの口の中に舌入れたとき、そのまま噛み付いてやったらどんなに驚いたんだろなぁ・・・。
などと想像をめぐらせ、口を押さえて飛び上がるアルベルトをイメージしてシルバーはくすくす笑った。
仰向けになったままのアルベルトの上に跨る。
『ね、今の続きしてみなよ?』
『・・・よろしいのですか?』
『今度はぶっ飛ばしたりしないよ』
『わ、わかりました。』
余韻から醒めて少し言葉もハッキリしてきたアルベルト。
そうして話もそこそこに、どちらからともなく、シルバーとアルベルトは再び甘いキスを交わし続けていった。
『ね、これで、いいの・・・アルベルト・・・?』
『はい。あの、とても・・・お上手です、シルバーさん』
『も、ばっか言わないで、よ・・・んっ』
夢にまで見た愛しい人が、いま自分と口付けを交わしている。
さっきのキスの余韻から醒めてもまだこれは夢なんじゃないかと疑いたくなる。
だが、頬をつねったって目覚めることは無い、これは確かに現実だ。
シルバーとのこの瞬間がずっとずっと続けばいいのにとアルベルトは強く願う。
もちろんそんな事が叶うはずがないことは分かっている。
叶うはずも無いから、だからこうして彼女に精一杯の愛を捧ぐ。
シルバーのうっとりとした深紅の瞳、薄桃色に染まった頬、柔らかな唇と舌。
舌を差し入れてやると懸命に吸い付き、甘い吐息と声を漏らす。
荒々しく呼吸をするたびに2人の口は離れる。
しかし、すっ・・・と薄く引かれた2人の蜜の糸がその口付けの濃厚さを物語っていた。
そうして再びお互いを放すまいと深く深く、舌を絡ませる。
シルバーのなまめかしさたるや、先ほどまでアルベルトにとり憑いていた羞恥心と消極的な気持ちを忘れさせ、
さらに気持ちを昂揚させるのに充分すぎるほどのものだった。
アルベルトの中で芽生えがおきた。今なら・・・と。
『シルバーさんっ・・・!』
昂ぶった衝動からアルベルトは、自分に覆い被さるような格好でいたシルバーを引き寄せ抱きしめた。
そうして今度は彼が彼女をベッドに押さえ込む形で見下ろしていた。
『アルベルト・・・!?』
彼の行動にまたしても目を丸くするシルバー。
『あ、の・・・ごめんなさいシルバーさん、私はっ・・・!』
いって、服の上からシルバーの胸元を強くまさぐる。
『ひぁ・・・!』
初めて与えられた刺激に思わず声が上がる。。
―――ああきっとこれから「本番」になるんだ。
彼女の直感がそう告げた。
『ん、あんっ・・・! あ、アルベルト』
胸を触れられる刺激に息を上げ、喘ぎながらも彼に問いかける。
『あたしの、“初めて”に・・・なってくれるんでしょ?』
『・・・!?』
その言葉を聞いてアルベルトの動きがピタリと止まった。
『そ、それは・・・本当なのですか?』
シルバーからの思わぬ問いかけについ聞き返してしまう。
『・・・初めてったら、初めてよ!・・・人間になる前からも含めてね!』
聞き返されて強気に答えるシルバーだが、その顔は先ほどのアルベルトよろしくとても赤い。
『えええ・・・。』
ますます驚くアルベルト。
それもそうだろう、彼女は数百年という長い年月を生きてきた、もとは竜。
彼女には失礼に思われるだろうが人間の姿であれ竜の姿であれ、
いずれにしても「多少の嗜み」はあるものとアルベルトは思っていた。
自分でさえ「紳士教育の一環」としてそれなりの女性の経験というものを積んできたのだ。
しばらくの沈黙の後、アルベルトが口を開く。
『シルバーさんさえ、よろしければ』
シルバーもまたポツリと一言。
『・・・ありがと。』
―――あたしの方が年長で。この子はまだまだ青い子供だってのに。
でもいいんだ。あたしを解放してくれた初めての人間があんたなら、
も一つの初めてもあんたに・・・あげる。