「―…ぁ、 うッ…!」  
 冷えた地下洞の一角で、情欲の息が上がる――  
 仰向けに寝た男の上で金糸が踊っている。  
 篝火に照らされたそれ自体が、まるで、意思を持つ炎のように猛り、広がる。  
或いは夜明けの色にも近い、赤に照らされた豊かな白金の髪だった。炎に引きつけられる  
虫じみて、その周囲には男たちが群がっていた。  
 女が、踊っている。  
 寝そべる男が呻く。  
「くそッ…!我慢できねえ―…!」  
 張り出した腰を引き掴み、速射砲の如くに腰を繰り出した。がむしゃらな抽送を  
受け、女が仰け反る。仰のく頤に青く静脈が浮き出す――痙攣が、汗にけぶる肌を  
覆い尽くした。ぐったりと男の上に伏す身体に金糸が被さる。白濁が女へ吐き出され、  
特徴的な刺青を汚す。戦う事に特化した、伸びた手足から力が抜けた――  
 
 アルベルトは、血を吐くような思いでそれを見ていた。  
 噛み締めた唇から滴る血が、仕立ての良い服に落ちる。  
 何故こんな事に――赤く染め抜かれた視界の奥で、彼は、絶望と共にそればかりを  
考えている。  
 
 
 フロンティアをゆこう、と言い出したのはホークだった。ウハンジのハーレム事件に  
関わった事で新たな仲間…シーフのジャミルと遊牧民のアイシャを得、路銀にも余裕が  
出来た矢先の事である。  
「何でもよ…モンスターどもの溜めこみやがった宝があるらしいぜ。ここらで一発、  
一気に資金稼ぎと行くのもいいんじゃねえか?」  
 行儀悪く机の上に投げ出された足の向こうで、雄雄しい顔がにやりと笑う。陸では  
カッパみてえなもんだと嘯く男の、やはりこれが本質なのだろう。  
「おッ――いいねえ!どーも景気が悪ィ、辛気臭ェ話が続いたからよ。何も考えずに  
ちゃっちゃと稼げる仕事っての?歓迎だね」  
 ワインの杯を掲げて笑うジャミル。隣でナイフとフォークに苦戦していたアイシャが、  
皿から目を離さずに同意する。  
「そうだね。ところでさ、これ切りにくいね。ローザリアのとも違うの?ねえ、手で  
食べちゃ駄目かな?ねえねえ、肉には赤いこれをかけるんだよね?どうして?おいしいの?」  
 同意した、のだと思う。  
「知るか!黙って食えよォ、ああくそ、面倒くせえ―― 貸してみろ!」  
 わあわあと騒ぐ二人をあたたかな気持ちで見やり、小さく笑いながら、アルベルトは  
黙って杯を開けるシフを仰いだ。  
「シフはどうですか?私は…その、」  
 
「私は反対だね」  
 
 杯を静かに置き、ぐるりと面々を見やる。堂々たる女戦士ぶりだ。反対されたにも関わらず、  
ホークが勿体ぶって眉を上げた。楽しげに。  
「どうしたよ、バルハラントのシフ。臆病風にでも吹かれたか?」  
「珊瑚海のホーク!言っていい事と、悪い事があるっての、ママには習わなかったのかい」  
 彼にはこうした話を面白がる節がある。年長者二人の間には奇妙な信頼関係が形成されていて、  
意見が衝突しても、決して激昂したりはしない。お互いに、お互いの説にある理を知っているのだ。  
 突っかかるのもコミュニケーションの一環なのである。  
「ほーお?そんなら、世界の異変とやらにそそられてるって訳か?生粋戦士のバルハル族が、よ」  
「そんな大層な問題じゃないさ。あんたらの中に…」  
 荷から、スクロールを放る。  
「誰か、フロンティアまでの地図を持ってる奴は?」  
 ん?ん?と言う顔で、アイシャがジャミルとホークの顔を見る。ああ、と顎を撫で、  
「――そうか。街道がぶっ壊されてるとこがあるんだったな…」  
 ジャミルが嘆息する。  
 議論を重ねる三人(アイシャはまた皿に取りかかってしまった)を見ながら、アルベルトが  
思うのは別の事だった。  
 
 シフは自分の為に反対したのではないか――  
 世界の異変を追っているのは、アルベルトなのだ。イスマス陥落と言う、大国同士のバランス  
すらも崩してしまう現実を付きつけられた自分なのだ。彼女の責任は騎士団領で果たされた筈  
だった。あの時だって、彼女は自分の願いを汲んでくれたのだと思う。テオドールが開いた  
宴席は、自分達の別れの儀式も兼ねていた。それなのに――  
 
「アルベルト!」  
 はっとして顔を上げる。  
 物思いに沈んでいた内に、随分と話は進んでしまったらしい。  
「おめーの意見を聞くぜ。リーダーはおめーだって、姐さんがよ」  
 ジャミルの親指がシフを指した。  
 アルベルトの視線に気がついたのか否か、先ほどと代わらず淡々と杯を干す彼女。  
 異変に関するめぼしい情報は無い。ならば――  
「…わかりました。フロンティアに行きましょう」  
 驚いたように彼女が目を上げる。  
 ホークとジャミルが歓声を上げて、手を叩き合った。  
「いいのかい」  
「ええ……シフには、もう少し良い武器を使って欲しいと思っていました。長い旅になるでしょうし、  
暫く懐の心配をしなくても良いのは、魅力です」  
 返答は無かった。何かおかしい事でも言ったろうか、と不安になりかけた矢先。  
 弾けるようにシフが笑った。  
 バルハル族の装飾品がじゃらりと鳴る。肩が震えるぐらいに、笑っている。何が起こったのかと、  
唖然とした三人の視線を受け、訳のわからぬままにアルベルトは茹蛸になった。  
「あんたは――…、」  
 目じりの泪を拭って、シフが肩に手をかける。  
「もう少し、自分本位になっていい」  
 耳元で囁かれて、今度こそ、青年の顔は熟れた林檎のようになってしまった。  
「ねえ、何て言ったの?シフ?なんでアルベルトは……」  
 声を上げかけたアイシャの口をジャミルが塞いだ。  
 ともあれ、一行は、フロンティアへと舵を取る事になったのだ。  
 
「オラァッ!終わりじゃないぜ、さっさとしろッ!」  
 吐精した男が気持ち良さげに鼻を鳴らす。待ちかねた一人がシフの肩を掴み、無理矢理に  
引き起こした。常ならば、己よりも巨大な魔物相手に一歩も引けを取らない彼女の右腕は、  
今は力なく垂れ下がっている。  
 その手を男が掴む。べっとりと茂った陰毛の中に導く。そそり立つ剛直を握りこませ、  
掌を被せて扱く。僅かなあらがいの光がシフの瞳に映ったが――一瞬だった。  
「口、開けろ」  
 膝立つ彼女に群がった一人が、頤を引き上げて、強く掴んだ。目を閉じ、大人しく唇が  
開き――  
「ん、ぐ……!」  
 口腔に捻じ込まれた性器が遠慮なく抽送を開始した。喉奥を突き上げられて、女戦士が  
苦しげに悶絶する。右手は休まずに傍らの男の性器を扱きたてていたが、目の前の痴態に  
満足できなくなった男は、強引に髪を引き掴むと扱かせていた性器へシフの顔を押し付けた。  
「へへッ、こっちもしゃぶってくれよ――」  
「……、 ――…ああ…」  
 承諾か、喘ぎか。  
 判別は出来なかった。  
 判断する気も無かった。  
「チッ…貧乏籤引かされちまったぜ…」  
 耳元で呟く男の声が、妙に反響して煩い。  
 喉が乾く。目の奥がひりつく――  
 
 
 フロンティアへと行く道は一つ。大陸を横切る街道を、ひたすらに進むのみである。  
徒歩で一日と言う訳には行かない。生憎馬車に乗る事が出来なかった一行が、野営地を探す  
途中に洞穴を見つけ、探索を始めた直後の事――  
 
 何が起こったのか、咄嗟には判らなかった。  
 崩落音。アイシャの悲鳴。ジャミルが上げた焦燥の声。ホークの怒号。シフの――  
 シフの悲鳴。  
 彼女があんな声を上げたのを、久しぶりに聞いた。  
 ピットトラップに掛かったのは、ジャミルとシフの後を歩いていた自分だった。  
 
 罠。だとすれば、答えは一つ。  
 ――野盗のねぐらに行き当たってしまったらしい。魔物の巣窟であるこの街道に、まさか  
陣を構える野盗があるとは思わない。ジャミルを責められはしなかった。  
「ッ!」  
 背に衝撃が走り、呼吸が止まる。ハーフプレートが落下のダメージを緩和してくれたとは言え、  
すぐには動けないだろう。  
「――アルベルト!今行く―…」  
 ランタンが壊れてしまった。灯り一つ無い暗闇である。濛々と上がる砂煙の中、ロープの落下を  
知らせる音。足音が近づいてくる――  
 
 ――足音?  
 
(シフ、駄目だ…)  
 
 ロープを手繰る音ではない。まだ、皆、上にいるのだ。  
 後方から足音がする。ほんのわずかで、耳を地面につけたアルベルトにすら幽かにしか判らない。  
気配。複数。舌が干からびる。声が出ない。  
 
(シフ……!)  
 
「アルべ―…」  
 
 動くな、と言う声を聞いたのを最後。アルベルトの意識は、闇に飲まれた。  
 
 
 
 かがり火が赤々と燃えている。  
 引き摺られるままに、恐らく洞穴の最奥へと連れ込まれた。  
 ――油断したのだと思う。確実に。推測ではなく、事実として。  
 アルベルトが落ちたその瞬間、頭よりも先に体が動いた。身体が望む時には逆らわない。それが  
シフという女だった。  
 乳首をこねる指は荒れ果てて、快楽よりも痛みを訴える。だが、それを堪える事は容易だ。  
シフは戦士だったので、苦痛の類には慣れていた。  
「どうだ、俺のはデカいだろう。こいつでまた、たっぷり気をやらせてやるからな…」  
 口腔を侵す肉は確かに太く、顎が軋んだ。抽送が開始され、飲みこめなかった唾液が滴り落ちる。  
賊は四人いた。二人がシフの口を侵している。寝転がった男の顔に座らされての口淫だった。  
 あまりに屈辱的な姿勢に、だが、心の奥は冷え切っていた。己の剣の切っ先のように。  
 
 アルベルトの顔が、死人のように白い。  
 賊は四人いた。一人は、アルベルトの喉元に、刃を当てているのだった。  
 
 罠だと知って、自分は飛びこんだのだと思う。ジャミルが慌てて止めたような気もするし、  
ホークは奥を警戒して、既に抜刀していた。気配に聡いアイシャもまた、己の弓を取り出していた。  
 大丈夫だと、言った気がする。  
 奥から回ってくれと。奴は私が守ると。  
 何が起こるか判っていたのかは――思い出せない。  
 
「――、 んッ…!」  
 肉芽を玩弄する舌先が、すぼまって蜜壷に進入した。空いた手が抉るようにして、再び  
充血しきった肉芽に取り付く。強く揉み込まれて背が跳ねた。  
「ああッ……!」  
 男達の責めは執拗だった。アルベルトに向かって足を開かされ、舌と指で絶頂を極めさせられる。  
貴族的な容貌を持つアルベルトを、精神的に嬲る事をも見越しての責めである。  
 下司めとの嘲弄は、快感に流される。  
 成熟した女体だ。経験が無い訳ではない。旅に出てから一度も潤わなかった性器に、蛇のような  
執念で男達が群がっている。堪えられなかった。既に幾度か剛直を埋めこまれ、シフのそこは  
とろけきっていた。  
「ほら、イク時はイクってよォ…あの坊ちゃんに教えてやれよ!」  
 抽送が速くなる。包皮が剥かれ、直接舌先でこね回される。  
「あぁッ―…、 ――… 、く……!」  
 浮きそうに為った腰を男達に押さえられ、一際強く剛直を喉へと押しこまれる。  
 瞬間、シフの身体が絶頂に跳ねた。痙攣は長く続き、バルハル族の白い肌が、うっすらと桃色に染まる。  
 アルベルトの顔が歪む。判りやすい事この上ないのだ。あの坊やは――  
 そんな顔はしないでいいのだ、と、伝えたかった。  
 頂へと上り詰めながら、彼女が悔やむのは、アルベルトの悪夢を増やしてしまうだろう後悔だった。  
 
「ふう―… へへ、たっぷり出たぜ…」  
 ずるりと肉棒を引き抜き、射精途中の白濁を、その肌へ塗りつける男達。  
 飲みきれなかった精液が、彼女の唇から滴り落ちる。  
 目を閉じ、浅く息を吐くシフは――いっそ凄絶なほどに美しかった。  
 
 こんなシフは見たことがなかった。  
 
 その視線は氷刃のように鋭く、右腕から繰り出される斬撃は天下無比。実は存外陽気で、  
懐の深い戦士――今までのイメージが、一瞬にして塗りかえられる。  
 咽かえるような女の芳香。  
 ぐったりと身を投げ出したシフの唇に、野盗の一人が貪りつく――  
「――やめてくれッ…!やめろッ――…!!」  
 突然暴れ出したアルベルトは、だが、関節を決められて呻くしかない。  
「煩ェッ!大人しくするんだな―…へッ、最後に見た景色がコイツで、テメェは幸せものだぜ!」  
 獣のようなうめきをもらし、拘束から逃れようと身を捩る。  
 死は不思議と怖くなかった。心のどこかが既に死んでしまって、名誉や使命が遠いものに思えた。  
 視界の端で、刃がぎらりと光り――  
 
「――…ッ!!」  
 
 悲鳴だった。  
 男の鋭い呼気が、大気を劈いた。  
 何かが、床に吐き出される――  
 肉片だ。ピンク色をしていて、先が尖っている――シフに覆い被さった男が、どさりと倒れた。  
 口腔には、何も、残っていなかった。  
 ぽかん、と仲間の死体を賊達が見下ろす。一瞬である。だが、それで、彼女には十分だった。  
「きさッ……!」  
 立ち上がりかけた男の髪を引っ張り、振りかえりもせずに後方に叩きつける。組織を立つ音。  
 シフへと斬りかかる筈だった仲間の刃が、その喉から、生えていた。  
 自分が刺した仲間の死体に覆われ、叫喚する賊に、シフは構わなかった。  
 彼女が大またに一歩、距離を詰めたのは――  
「くッ――来るな!こいつの…!」  
 アルベルトの喉もとに付きつけられた刃が、逡巡する。賊の心の動きが、手に取るようにわかった。  
向かってくる女戦士に向けるべきか。それとも人質を優先するべきか。迷っているのだ。  
どちらか。どちらにすれば、自分は死ぬことがないかと。  
 血濡れた女の唇が、三日月に攣り上がり――  
 
「あッ… ぐッ……」  
 
 銀光。思わず、アルベルトは目を瞑った。生暖かいものが降り注ぐのが判る。肩を掴んでいた手が、  
外れて行く。素晴らしい速度で投擲された剣は、賊の舌を噛み切った時に、腰から拝借した物なのだろう。  
「…下司野郎ってのは、結局どちらも選べないものさ」  
 いつもの、少しばかり呆れたような、  
 ……とどめをしくじったアルベルトにかける時のような、  
 シフの、  
 声がした。  
「大した奴らじゃなかったね。――荷物もさっさと捌かないで、女襲うなんて三流だよ」  
 もう一人はさっさと逃げちまったしね、と、笑う。どこか遠くから聞こえてくるように思う。  
「――…、」  
 息が、  
「アルベルト…」  
 できなかった。嗚咽を堪えているのか、それすらも判らない。衣擦れの音。咽るような精臭を、  
なにかで洗い流す音。腰に剣を履く時に、装飾具が立てる囁きが聞こえた。  
「アルベルト、大丈夫かい」  
 肩に手が掛かる。  
「ッ―……!」  
 何も言えなかった。掛かった手を掴んで抱き寄せ、その胸に顔をうずめる。饐えた男の臭いが  
移っている。安堵。怒り。無力感。何もかもが押し寄せてきて、呻くしかなかった。涙も出なかった。  
 あやすように背を叩かれる。  
 何もかもを見とおされる気がして、謝罪の言葉すら出てこなかった。きっと笑うだろう。  
珍しい事じゃないと笑うだろう。あんたが気に病むことじゃないと。  
「――、すいません…… シフ……!私は、」  
「…判ってるよ。判ってる」  
 違うのだ、と言いたかった。判ってしまった事があった。付きつけられたのは刃だけではなく――  
 
「――…アルベルト!シフ!」  
 唐突に響いた声に、びくりとしたのは、多分どちらともだ。慌てて手を離す。暖かい体が離れる気配。  
「ホークか。どうだい、首尾は。そっちはもう…」  
「聞くまでもねえだろうよ。が、ちょいとばかし深くてねえ…おまけに奴ら、魔物まで飼ってやがった」  
 遅れたが、大事ねえようで安心したぜと。その声に、弾かれたように顔を上げる。きっと見るに  
耐えない顔をしてしまったろう。沸きあがってきた怒りを堪える事が出来なかった。  
 が―…  
「じゃ、先に野営張ってるぜ。後でな」  
 ホークの、そんな顔を見たのは始めてだった。  
 気づかない筈はないのだ。ここで何があったか。  
 それに気づいて、アルベルトはもう一度打ちのめされた。  
「まったく、あいつは…」  
 シフが笑う。  
 自分は、やはり――笑うことが出来そうに無かった。  
 賊の血がこびりついた床に、二人の影が、長く落ちている――  
 
(終)  
 

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