ハリードは、若い女が苦手だ。  
   
 まず若い女って奴は空気が読めない。つまらない茶々で話の腰を折るし、ちょっとした冗談にも  
すぐにむきになって反論するか、或いは汚いものでも見るように眉をしかめたりする。  
 最も、ハリードのような男を唸らせる返しができる娘がいたら、それはそれで不気味だとも思う。  
 
 冒険者の娘もあまりよくない。  
 
 自分との能力差が違いすぎて、出来るクエストが限られてしまう。  
 更には情に流されて、冒険者にとって極めて大事な物をないがしろにする。  
 
 金だ。  
 
 金より大事な物は確かにあるだろう。だがそれが金の有用性を貶める事にはならない。  
 憐憫を覚えるのはいい。同情するのも構わない。  
 だがそれとこれとは話は別だ。  
 宿屋が、鍛冶屋が、酒場が、何を要求するのか判らないはずはないだろうに。  
 ハリードは無償の労働が嫌いだった。きちんとした仕事には相応の対価が払われるべきなのだ。  
 飯屋でうまい料理を食べたら金を払う。当然の義務だ。冒険者の仕事だって、それと変わらない筈だ。  
 それが判らない純粋さをまぶしく思う時もある。  
 だが、甘い。甘さは最後に自分の足元を掬うと、ハリードは思っている。  
 
 君子危うきに近寄らず。  
 故に、ハリードは、旅の途中に若い女と話す事が少なくなっていた。  
   
 あの夜、稲妻の振る名も無き村で、奮起の声を聞くまでは。  
   
 
 バンッ!  
 力強くテーブルが張られる。  
 ガシャンとグラスが倒れて、ボストンの甲殻をびしょびしょに濡らした。  
 ああ…とうめく彼を気の毒そうに見ながら、嵐を見越して自分のグラスを退避させていたロビンが  
溜息をつく。ブラックも然りだ。掌の中の杯を弄び乍、此方に非難の視線を向けてくる。  
 
「どうしてそう、わからずやなのよッ!」  
「それはお前の方だろうが!俺が難しい事を一つでも言ったか!?」  
 
 口論の発端は、極めて些細な事だった。  
 エレンの頼んだ酒を、ハリードがからかったのだ。曰く、お前がそんなものを頼むなんて珍しい。  
 エレンも最初は笑ってそれに受け答えていた。いつものように、右の眉毛を器用に動かしながら、  
おっさんはこれだからと揶揄を返していた。それがどうしてこうなったのか、この場にいる全員にも  
正確なところは判らないだろう。  
 
 じゃれあう猫達の片割れが、図らずも爪を相手にひっかけてしまって、本気の喧嘩になったのだ。  
 
「いいか!?あのレベルのモンスターを倒すってのは、3000オーラムでも安い仕事なんだぞ!  
 下手を打てば死ぬ確率だってある!そこを2000にまけてやったんだ!何の不満がある!?」  
「あんな小さい村から、2000オーラムも絞り取る事ないって言ってるのよ!」  
「―…またそれだ!弱者ってのは、全くお強い事だよ!勇者殿から無償で力を引き出しやがる!」  
 
 ダンッ!!  
 今度はハリードが机を殴りつけた。  
 ボストンが転げまわる。出来立てのスープの皿を頭から被ったのだ。  
 ロビンのアルカイックスマイルも流石に引き攣り、ブラックは右目だけでなく左目も覆った。  
 周囲の惨状など目に入っていないように、二人の喧嘩は白熱を極めていた。  
 
「最低だわ!そんな言い方しかできないなんて、見そこなったわよ!」  
「そりゃ結構!対価を支払えないなら、そいつには生きる価値が無いって事だ!俺達だってそうだろう!」  
「―口を開けば、金、金、金!金以外に価値がないの!?良い武器以外に興味がないの、あんた!」  
 
 これだから、とハリードは唇を曲げた。取りようによっては、侮蔑の笑いにも似た表情だ。  
 エレンも違わずそう受け取った。ほんのりと桃色に染まった頬が、屈辱を足されて赤くなる。  
 
「…強い人間しか、生きてちゃいけないの?」  
 
 しん、と空気が静まった。  
 今までのやかましさが嘘のように、一筋の波紋も立たない湖のように。  
 
「誰かを助けるのに、そんなに理由がいるの?友達が辛い時に励ましてあげるのも、見返りが欲しくて  
 やることなの?私は自分が死にそうな時に見捨てられるのは嫌!だから、私も出来る事をするのよ!」  
「いいか。お前がやってるのはな。議論のすり替えって奴だ。食い逃げはよく無いだろ?素晴らしい仕事をした  
 鍛冶屋の作品を、二足三文に値切る奴をどう思う?仕事をした。それに見合った報酬を貰う。それだけのことだろうが」  
「だって…!500オーラムが精一杯だった筈じゃない…冬を越せない人だって、もしかしたら…」  
「じゃあ、お前は責任が取れるのか」  
 
 びくりとエレンの肩が揺れた。  
 
「俺らの後にあの近辺へ行った冒険者がいるとする。500オーラムで依頼された魔獣退治だ。報酬は  
 相手の強さの目安になる。500オーラムなんて駆け出しの仕事だぞ。それだけの実力しか無い奴が、  
 同じ魔物にあって、命を落としたとしたら…お前はどうするつもりなんだ?   
 冒険者の命は、村人よりも軽いってのか!?」  
 
 エレンの口が何度か開閉した。  
 言うべき事を失って、途方にくれた様子がありありとわかる。  
 後に引けなくなった猫の片割れが、相手の肉を噛み破ってしまった瞬間だった。  
 
「―…もう、いいッ!」  
 
 喧嘩に負けた猫は、尻尾を丸めて逃げ出すと言う。  
 エレンのポニーテールが、駆け出した瞬間にくるんと丸まった。  
 あっと言う間に酒場の扉を潜りぬけたエレンの背を見つめていると、訳のわからない怒りがこみあげてくる。  
 何だあいつは。いきなり言いがかりを付けて来たと思ったら、癇癪を起こして挙句の果てに勝負を投げた。  
 所詮は女だ、といつもの苦い気持ちが込み上げる。  
 いや、正確には、”いつもの気持ち”とは違った。   
 諦観と自嘲を含んだ溜息ではなく、もっと激しい、怒りをまぶした思いがある。  
 
 (何だ…?)  
 
 それは、馴染んだ筈の曲刀が、うまく走らなかった時の落胆。   
 期待を込めたものにしか感じないはずの情動だ。  
 かみ殺した溜息が、見えない壁に阻まれた。三人の視線が突き刺さっているのに、ハリードは今更ながらに  
気付く。杯に手を伸ばした侭の姿勢で一瞬硬直すると、拳を固めてテーブルを叩いた。  
 
「くそ、判った―…連れ戻してくればいいんだろう!」  
 
 三人は何も言わなかった。  
 ロビンはマスクに隠れた筈の顔を雄弁に笑ませて、ブラックは杯を掲げて笑った。  
 ボストンはところどころ変色した甲殻を撫でながら、ふうと大きく溜息をついた。  
 悲鳴のような音を上げた椅子を無視して、ハリードもまた、酒場の扉を乱暴に開けたのだった。  
 
 

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