夕陽と影が交錯する小道を漠然とした足取りで歩いていた。網膜に突き刺さる西日  
が山麓の向こうへ沈んでいく。  
 通り過ぎ去る風に誘われて視線を横に流した。遠い落日に塗られた山の連なりは、  
淡い銀世界のベールを纏って広がっていた。  
 暫く呆けてその景色を眺める。そこにある何時までも変わらない望郷は、だが今の  
青年に茫洋とした心境しか抱かせなかった。  
 夢を持って歩き出したその足で、青年は故郷の道を歩いていた。何も得る事無く、  
何も遺す事も無く。  
 外の世界に青年は初め心躍らせたものだ。だが、輪郭の無い夢という風景に辿り着  
こうと足掻けば足掻くだけ、現実は残酷にもその本性を青年に突きつけてきた。  
 食べる為に奪い、傷付け、虐げる。そんな人間の醜さを見、己もまた加担し、青年  
の理想は磨耗した。  
 呆然と地平の彼方へ沈みゆく夕陽を見つめる事にも飽き、青年ポールは再び帰途を  
進み始めた。  
「──誰だ!?」  
 近くの木々の狭間から人の気配を感じ取る。尋常ではない敵意がポールの肌をジリ  
ジリと焦がした。  
 俊敏な動きで死角から肉迫してくる複数の黒影。ポールは携帯していた細剣を手に  
し、奇襲に応戦する。上空から袈裟斬りに繰り出してきた一撃を掻い潜り、敵の胴に  
細い刃を反撃した。敵の脇腹に細剣が貫通し、衣服が出血に赤く滲む。  
 
 敵が地面に倒れる様を見届ける事無く、ポールは別の死角からもう一方の殺気に対  
応する。猛禽類じみた眼光を秘めた粗暴な視線に一瞬怯みかけたが、ポールは細剣に  
力を込めて抉るように突き出した。  
 上段に長剣を構えていた敵はスクリュードライバーの直撃を受け、上半身を血に染  
めてその場に沈んだ。長くはもたないか細い息を漏らし、震える動きで愕然と立ち尽  
くすポールへ──嘗ての部下へ憎悪の一瞥を叩きつける。その眼にどす黒く込められ  
た感情に、ポールは奥歯を小刻みに痙攣させながら一歩後退した。  
「貴様の、せいで……貴様が逃がした女共がアジト、を……頭領も、奴等に……」  
「俺は……俺はもう関係ない!」  
 己の過失を懺悔するようにポールは叫んでいた。彼の震えた声を鼓膜に染み込ませ、  
野盗の男は歪んだ笑みに血塗れの唇を猟奇的なまでに凄惨に吊り上げた。  
「そうだった、な。貴様は組織に身を置いている間も、そうやって目先の状況から逃  
げてばかりだったな……。ふ、ふふ……それでは何時まで経っても貴様は未熟者だよ」  
 ポールの心を見透かしたように、瀕死の野盗は死に際の戯言を途切れ途切れに続け  
る。  
「失う事も、奪う事も怖れ、挙句に生まれた土地へ無様に生き帰ったか。あぁ、無様  
だ。無様だなぁ……貴様はつくづく……」  
 最後まで言葉が続く事は無かった。一度大きく苦悶に息を詰まらせ、野盗は力無く  
頭を地面に落とした。使用した細剣を横手の藪に放り投げ、ポールは逃げるように足  
早に山道から立ち去っていった。  
 
 ポールがキドラントの村へ戻ると、眠りゆく世界に誘われて家へ帰っていく労働者  
がちらほらと見受けられた。  
「ポール! お前はもう聞いたのか!?」  
 商店の跡継ぎである昔馴染みの一人が、すっかり消沈しているポールに走り寄って  
きた。後からもう一人、若い漁師が何か制止の声を上げながら接近してくる。  
「お、おい……止せよ」  
 毛皮の服に身を包んだ浅黒い肌をした漁師が、ポールの顔を横目で窺いつつ跡継ぎ  
息子の肩をに手を置く。だってよ、と跡継ぎ息子も複雑な顔で漁師に首を回した。  
「な、なぁポール、ニーナは何か言ってたのか?」  
 ニーナと聞いて、ポールは一瞬だけ顔色を暗ませた。だが即座に平常を装い、問い  
たげな表情で二人の様子をちらりと観察した。  
「ニーナ? いや、特に何も聞いてないぞ」  
 ポールの返答に、二人の若者はそうか、とだけ口を開いた。ポールは改めて二人を  
凝視した。  
「ニーナが何かあったのか?」  
 ポールは語気を潜めて詰問する。答えなど与えられないと理解していながら、彼は  
昔馴染みの異様な様子の真相に喰いかかった。  
「いや、別に。そ、そうだ。俺、晩飯の準備しないと。最近母ちゃんの具合が悪くて  
さ」  
「お、俺も。妹が腹空かして待ってるから。じゃ、じゃあなポール! お前も早く帰  
れよ。ニーナが待ってるぞ」  
 
 不自然に引き攣った空虚な愛想笑いをその場に残し、二人は去っていった。数分そ  
こに突っ立っていたポールも帰宅を再開させた。見慣れた道に見慣れた家の並びを歩  
く。古ぼけた外灯に淡く照らされた雪国の小さな村は、彼がここを旅立つ前日から時  
間が止まっていたかのように、長閑で退屈な日々を重ねていた。  
 こんな筈じゃなかったのに。ポールは何かを成し遂げる事も無くキドラントに帰っ  
てから、悪夢のように自分の無謀さと理想の尊さに苦しんだ。  
 どこで何を間違えたのか。いつ道を踏み外してしまったのか。それすらも一切わか  
らない。  
 ただ、目の前にある現実だけが全てで、こうして毎日を虚ろに過ごす自分がいる現  
在が世界で、非道な行いに加担していた過去が紛れも無い事実だった。  
 だから、怖かった。そんな自分が、この平和を絵にしたような貧しい村に帰ってく  
る事など赦される筈も無いと思った。  
 本当にそうだったなら、どれだけ無様で、どれだけ虚しい救いに絶望する事ができ  
ただろう。  
 それすらも叶わなかった今となっては……。  
 すっかり日は沈み、星空が天高く散りばめられていた。  
「あっ……ポールっ」  
 幾つになっても童女のように高い声が、俯いて歩いていたポールの耳を打った。  
そこで歩を止め、顔を上げる。小さな家屋の玄関先で頻りに辺りを見回していた女の  
影が、小走りにポールの前まで近寄ってきた。  
 
 わざわざ外に出てまで自分の帰りを待っていたニーナに、ポールは疲れたような苦  
笑いしか返せなかった。ニーナはポールの胸中を察しているのか判然とさせない表情  
で、微笑をポールに向ける。  
「どうしたんだよニーナ。何か買い足しに行かなきゃいけないなら、今から行ってこ  
ようか?」  
「ううん、違うの」  
 小さく首を振り、ニーナはポールと並んで家まで歩く。少し顔を伏せ、嬉しそうで  
いて、どこか寂しげな笑みで目許を緩めた。  
「いつ帰ってくるのかなって、ずっとポールを待ってただけだから」  
 責めるでもない、恨むでもない、純粋にそれだけの意味を込めたニーナの言葉に、  
ポールは胸の奥に錘を詰め込まれたような気分になった。  
 今すぐこの場から逃げ去りたい気持ちだった。勝手に家を飛び出して、勝手に長い  
間一人にさせて、互いに早いうちから両親を亡くし二人で苦楽を共にしてきた最愛の  
女性をずっと寂しい想いにさせ、そして何食わぬ顔でおめおめと帰ってきた自分が世  
界の誰よりも憎かった。  
 そんな自分に呪詛の一つも吐かず、ある日突然玄関の扉を開けた自分の姿に、ただ  
涙を浮かべて嗚咽まじりに「お帰りなさい」と呟いたニーナに、どんな償いを、謝罪  
をすればいいのかも思い浮かばない。  
 
「早く晩ご飯食べよ。冷めちゃうよ」  
 玄関を潜り、暖炉の利いた居間でニーナはシチューの準備をする。脚がくたびれた  
椅子に腰掛け、ポールはぼんやりとその背中を眺めた。  
「この椅子ももう駄目だな。今度買い換えよう」  
 ニーナが二人分の晩餐を食卓に並べる。永らく忘れていた温かさがポールの心を掻  
き乱す。  
「それ、わたしのお父さんとお母さんが生きてた頃からあるものね」  
「そうだったかな……。今度、色々物入りな奴を揃えにツヴァイクまで行かないか?  
 あそこなら安く手にできる物もあるだろうし」  
 ポールの向かいに座ってスプーンを手にしたニーナが、仄かな至福を灯した笑顔で  
嬉しそうに戸惑った。  
「珍しいね、ポールがそうやって誘ってくれるのって」  
「そうか?」  
 懐かしい味に浸るこの時だけが、今のポールにとって即物的な慰めでもあった。  
「うん。昔だって、いつもわたしはポールに置いてけぼりにされてたんだよ。ほら、  
これ覚えてる?」  
 笑顔を絶やさず、ニーナは胸元に手を入れ、質素な糸で彼女の白い首にかけられた、  
神秘的な光を宿す小さな結晶を取り出した。  
「これ、小さい頃にポールが近くの洞窟で拾ってきてくれた石。危ないって何度も止  
めたのに、ポールったら案の定スラッグミュートの毒に冒されて帰ってきて……わた  
し、あの時は本気でポールが死んじゃうって怖かったんだから」  
 
 ニーナが眉尻を下げて思い出話に場を和ませる最中、少し前屈みになって見たが、  
ポールはそれを入手した経緯もその石自体が何かも記憶に無かった。  
 自分にとってどうでもいい事は寝て起きれば忘れる彼の性格を熟知しているニーナ  
は、釈然としないポールの反応に小さく頬を膨らませ、すぐに諦めたように溜め息を  
吐いた。  
「何かの原石でもないみたいだけど……」  
 その結晶そのものが放っているかのような青白い光に魅入られるかのようなニーナ  
を見て、ポールはあぁ……と相手に気付かれない微かな吐息で合点した。  
 それをプレゼントした時のニーナの嬉しそうな笑顔がもっと見たくて、世界中の神  
秘や不思議を手にしようと冒険家を夢見た自分を思い出した。  
 だが、それももうどうでもいい。そう、ポールは内心で言い聞かせた。  
 これからはこの村で適当に生業を見つけ、平凡という地獄で束の間の理想に身を焦  
がした愚かさを断罪する人生も悪くない。  
 そう何度も言い聞かせて、未だ胸で燻る情熱の火を完全に消そうとしていた。  
 食事が終わり、ポールは早々と寝る仕度も済ませ、寝室に入った。寝台に腰を下ろ  
し、窓に刳り貫かれた夜空を見上げる。その先に、未だに見知らぬ感動が溢れている  
と妄想し、それを頭を振って打ち消しては、それでも視線は遥かへと向いてしまう。  
 理想と現実のジレンマに、ポールは遂に両手で頭を押さえて蹲ってしまった。  
「ポール? どうしたの?」  
 寝間着に着替えて寝室に入ってきたニーナの不安げな声に弾かれて、ポールは咄嗟  
に平静を取り繕った。ほんのり湯上がったニーナの肌は、普段の彼女とは思えないく  
らいに嫣然としていた。  
 
「もう寝るか。今日はなんだか疲れたよ」  
 苦笑して言い、ポールは寝台に掛けられた敷布の中に入ろうと身体を滑らせた。  
 そのポールの身体に柔らかい腕が回される。不意に横から抱きついてきたニーナに、  
ポールは少々動揺した。  
「どうしたニーナ?」  
「ポール、あの……。今日、その……」  
 吐息のような弱々しさで火照った声を囁くニーナは、潤んだ瞳で愛する男を上目遣  
いに見上げた。  
「……しよ」  
 一息だけそう零し、ニーナはポールの唇を塞いだ。やけに積極的なニーナに心の奥  
で言い知れない違和感を抱いたポールだが、上の空で相手の求めを疎かにしないよう  
余計な雑念を取り払った。  
 窓から流れ込む星明りだけが室内に満ち、夜の静寂を絡み合う舌の交響が撫でる。  
幾度も角度を変えながら互いの舌を貪り、若い男と女は寝台の敷布に埋もれていった。  
掌を重ね合い、混ざり合う唾液が二人の味覚を酔わせる。  
「んはっ、んっ、ポール」  
 ポールはニーナの上着をたくし上げ、星明りを反射させる結晶の左右で露になった  
二つの果実に掌を添えた。片方の手はスカートの中に忍び込み、軽くすり合わされた  
太股の谷間を指が舐める。  
 舌先で首筋に濡れた軌跡を辿られながら、ポールの愛撫でニーナは堅く両目を閉じ  
て身を捩った。  
 
「久しぶり、だね」  
 ニーナが輪郭の滲んだ瞳でぼんやりしながら、ポールの腕に手を伸ばした。徐々に  
熱を上げていくニーナの白い肌をポールの手と舌が這い、女の興奮を促していく。  
 脚の付け根を指が通ると、ニーナは悪寒のような刺激の漣に背中を浮つかせた。  
 ポールは途端に動きを休め、上体を起こし怪訝な眼差しでニーナを見遣る。  
「どうしたんだニーナ……?」  
「え?」  
 唐突な疑問に思考が回らなかったニーナが、ポールの顔へ不思議そうな目を向ける。  
だが、それ以上に釈然としない視線が自分に向けられている事を自覚し、そして気付  
いた。  
 自分の頬が、熱く濡れている事に。  
 ポールは夕暮れ時の、昔馴染みの様子を思い出す。  
「何かあったのかニーナ?」  
「う、ううん。何でもない。あはは……どうしちゃったんだろ、わたし」  
 苦労と孤独に耐えてきた細い腕で涙を拭い、ニーナは充血した目で笑った。気まず  
い空気を追い払うように、今度はニーナが起き上がってポールに抱きつく。  
「ね、今日はわたしにさせて」  
 言うや否や、ニーナはポールのズボンに手を差し込む。既に熱く滾っている男根を  
ニーナの五本の指が包み込んだ。中腰になっていたポールは呆気に取られるままに半  
裸にされる。  
 
 真正面に座り込んだニーナは、もう一方の手も加えてそっと男根を握り、音も無く  
息を吸って腰を屈めた。  
「は、む……」  
 先端の鮮やかな色がニーナの口内に飲み込まれる。敏感な刺激が走り、ポールは詰  
まった呼気を呻いた。亀頭を口に含んだまま、招き入れたそこを舌でもてなす。  
 唇も亀頭に擦り付けて快感が生まれるように気を留め、縦筋に沿って舌先をなぞら  
せる。  
「んっ、んぅっ……は、ちゅっ……」  
 そのまま舌を下降させ、幹に唾液の後を付けながら愛しげにキスを繰り返す。  
 ニーナの口唇愛撫を受けて男根は更に膨張し、それ以上の快感を欲するかのように  
小さく脈動した。  
 それに応えるように、ニーナは熱心に男根の裏筋に舌を往復させる。  
 今更帰郷したところで、他の男に娶られていてもおかしくはないと心のどこかで諦  
めもあったポールだが、このニーナの相変わらずな愛撫パターンを目の当たりにして  
その考えはどこかへ消えていた。  
 動きに慣れが無いわけでもないが、まだどことなくぎこちない。  
 その経験と羞恥心が交錯する絶妙な刺激が、最後にニーナを抱いた時とまったく変  
わりがなかった。  
「ポール、わたし、久しぶりだから……はむ、どう、かな」  
 痛いくらいに屹立した男根を横から咥えて顔を上下させながら、ニーナは不安げに  
ポールの顔色を窺った。申し訳程度の力でニーナの掌が陰嚢を揉み、ポールは思わず  
喉を震わせた。  
 
「い、いや、気持ちいいに決まってる。でも、そんなに無理しなくていいぞ。もう十  
分だから」  
 感謝の意味を込めて髪を下ろしたニーナの頭に掌を置いて撫でる。それでもニーナ  
は動きを止めず、逆に淫欲に囚われた遊女のように早く男根に限界を迎えさせようと  
躍起になった。  
 夜の生活には人一倍潔癖が強く、ちょっとでも変質的な性的趣向には拒否感を示す  
ニーナの今のような発情した姿は、漠然と現実味に欠けていて、そして嘗て無い色香  
に満ちていた。  
 初めて口でしてくれた時も、嫌がりはしなかったものの、その顔色は終始陰鬱な色  
に染まっていた事をポールはおぼろげながら思い返していた。  
 過去を振り返っていたポールは、陰茎が生温い粘膜の世界に飲み込まれて現実に引  
き戻される。  
 ニーナが根本まで咥え込み、そして息苦しそうに鼻で息をしながら先端まで首を引  
き、再び口内を肉棒で刺し貫いた。  
 最も射精を促される動作になり、一気にポールの中でそのまま果ててしまいたい欲  
求が加速していく。  
「んふ、んぅ……ちゅ、じゅ……。ポール、ポールっ……」  
 無意識のうちに中腰になっていたポールの腰に縋りつき、ニーナは無我夢中のよう  
に顔を激しく前後に振りたくった。その間、ニーナの手は自分自身へと伸び、折り重  
なった肉の層を五本の指で掻き乱していた。  
 
 男根を頬張るニーナの口からは唾液が飛び散り、自分の指で慰める陰部からも性の  
唾液が零れて大腿を伝う。  
 ここまで乱れたニーナの姿と初めて出逢い、ポールの局部はその可憐な面を穢した  
い衝動に膨れ上がった。  
「ニーナ、出るから」  
 引き剥がそうと彼女の額に手を当てたポールだが、執念じみた頑固さで股間から離  
れなかったニーナの口内に精を放出してしまった。  
 粘ついた熱が口を満たし、ニーナは目の端に涙の粒を湛えながら迸る精液を受け止  
めていた。  
 慌ててポールが処理をしようとちり紙を取ろうとすると、ニーナの喉が鳴った。  
「お、おいニーナ」  
 ようやく陰茎から離れたニーナは、目を閉じて懸命に口に溜まった精液を嚥下して  
いた。  
 初めて食道を通る異物感に、ニーナの肢体は興奮とは別の汗が染み出ていた。  
「はぁ、ふぅ……」  
「そこまでしなくてよかったのに」  
「嫌、だった?」  
 ネチャネチャとした口調で、ニーナが問いかける。  
「嬉しくないわけないじゃないか。最高だった」  
 ポールはニーナを抱き締め、改めて敷布へ寝かせるようにゆっくりと押し倒した。  
 
 少しの間、軽い愛撫やキスで空白を間に合わせる。ニーナの花園は既に蜜に満たさ  
れ、結合の瞬間を心待ちにして妖しく蠢動していた。  
「ポール、また元気になってきたよ」  
 淫靡に上気した顔に熱っぽい笑みをのせ、ニーナは再び硬直してきたポール自身を  
そっと撫でた。  
 あぁ、と頷き、ポールもニーナの間に割って入る。  
「じゃあ、いくぞ」  
「うん」  
 ニーナの華奢な脚を押し開き、ポールは濡れそぼった入り口に先端を宛がった。  
 昂ぶった鼓動に任せ、そのまま躊躇いもなく突入していく。  
「んん、あぁ……っ!」  
「きつっ……」  
 挿入だけで、ニーナは過敏に肢体を戦慄かせた。処女のような膣圧にポールは一思  
いに貫いた事を僅かに悔やんだ。  
 流石に自慰くらいはやっていただろうが、やはり今まで他の男に抱かれた経験など  
考えられない、膣自身も長く結合を忘れていた感触だった。  
「血は出てない、よな」  
「う、うん。痛くはないよ。大丈夫」  
 想像以上の不安に駆られたポールが結合部に目をやると、膣内の蜜液が男根の挿入  
で外に押し出され、自分自身を受け入れているニーナ自身が更に淫猥で魅惑的な様相  
になっていた。  
 
「動いて、ポール。いっぱい気持ちよくして……」  
 ニーナに誘われるまま、ポールは律動を開始した。膣肉の圧迫すら曖昧になりそう  
なほど溢れ出  
てくるニーナの愛液は、運動の衝撃で淫らな音を奏でる。  
 押し殺すように漏れ出ていたニーナの声も、ポールが動く度に音階を高め、快楽に  
支配された雌の鳴き声に変わっていった。  
「ポール、もっと、もっとっ……!」  
 背中に爪を立て、ニーナはうわ言のように何度もポールを求めた。ポールは腰の動  
きでニーナに絶え間無く刺激を与え、二人の激しい息遣いがどちらのものか判別でき  
ないくらいに溶け合っていく。  
 直線から円、そしてまた直線へ、加え緩急様々な速度でポールの肉棒がニーナの膣  
を蹂躙する。  
「はぁ、あ、あぁっ、ポールっ! 気持ちいいよっ、ポール」  
「ニーナ……」  
 じゅくじゅくと熟れた膣に男根が出入りする度、卑猥な蜜が濁った音を立てて飛沫  
となり敷布へ垂れ落ちる。汗ばんだ身体を折り重ならせ、ポールとニーナの腰がぶつ  
かり合う。  
 高鳴る鼓動が同調し、二人の快感は際限なく高揚していく。寝台が軋み、陰部が叫  
び、ニーナが鳴き、寝室は性交の交響で満たされていった。  
「あ、あっ、ポール、ひぐっ……イ、くっ……!」  
 
 もう幾往復かもわからなくなるほどの律動の果てに、ニーナの嬌声が断続的なもの  
になり、更に強くポールの背中に爪を埋め込んだ。  
 その痛みに気が回らないくらい、ポールもニーナを悦ばせる事に集中していた。  
「ニーナ、そろそろ……」  
 ポールが達しそうになって腰を引こうとするが、それをニーナが両脚で止めた。し  
がみ付くように腕と脚をポールの身体に回し、ポールの熱を今度は下の口で吸い取る  
ように膣肉が蠢いた。  
「ポール、中にっ」  
「うぁっ……」  
 ポールの男根から二度目の射精が放たれる。子宮口にまで爆ぜた精の結晶は、ニー  
ナを満たされた安らぎに昇天させた。  
 汗まみれで、蛙のように両脚を広げ、それでもニーナは荒い呼吸を繰り返しながら  
たおやかに微笑んだ。  
「ありがとう、ポール」  
 身体を洗いもせず、二人は熱と湿気を吸い込んだ敷布で密着して寝転がった。  
「なにがさ」  
 ポールの腕に擦り寄っていたニーナが、猫のような動きで男の胸板に顔を寄せる。  
「初めて、中に出してくれたよね」  
「そうだったっけ。でも、今の家計じゃ子供を養う事だって難しいし」  
「うん……そうだけど。……そう、だよね」  
 憂いと安息が混在したニーナの瞳は、やがて眠りに落ちて瞼の奥に隠れる。  
 
 何となく普段以上に沈着なニーナに違和感が拭えなかったが、ポールも少し遅れて、  
眠りという別の夢に心の癒やしを求めて瞼を伏せた。  
 何の夢を見ていたのか一切判然としない。幼い頃の追憶だったような気も、悪事に  
手を染める愚かな自分の姿だったような気もする。  
 気怠さが漂う室内に、開け放たれた窓から朝の肌寒い外気が流れ込んでくる。低く  
呻いて目を開き、ポールは寝惚け眼で寝室の天井と向かい合った。  
「……ニーナ?」  
 隣にはもう、最愛の女性は居なかった。朝餉の準備に階下へ下りたものかと推測し  
たポールだったが、それにしては家の中が不自然に静かだった。  
「何だ、これ」  
 上体を起こして目に入ってきた机上の紙に気を取られる。寝台の縁に移動して手を  
伸ばし、そこに書かれている短い文面を目で追う。  
 ポールの顔が凍りついた。  
 
 今までありがとう 最後にもう一度貴方に会えて本当によかった  
 
「ニー、ナ? 嘘だろ?」  
 言葉通り寝台から飛び起きて服を着る。顔を洗う事も無く家を出ると、ポールは全  
力で昔馴染みの家まで疾走した。  
「おい! 起きてるんだろ!? 開けてくれ! 俺だ、ポールだ! おい!」  
 
 近所迷惑も考えず、ポールは一心不乱に玄関扉を何度も殴打する。応対にそれが開  
けられると同時に顔を出した商人の息子の胸倉を掴み、そのまま奥へ押しやるように  
詰め寄った。  
「ニーナに何があったんだ!?」  
 ポールの形相に表情を気まずく引きつらせた若者だったが、奇妙な落ち着きをすぐ  
に取り戻し、ポールの睥睨から目を逸らした。  
「……生贄だよ」  
「生贄?」  
 あぁ、と昔馴染みは小声で肯定した。  
「最近になって、近くの鉄鉱に凶悪なモンスターが住み着いちまったんだ。だから、  
村が襲われないように住民を……」  
 そこまで聞いて、ポールの顔が更に険しくなり、締め上げる胸倉が軋む。けどな、  
と今度はポールが怯むほどの視線を向け、若者が低い声で切り出した。  
「お前のせいだよ。ニーナは自分から生贄になるって言ったんだ。勿論、みんな反  
対した。自分がそうなるのは嫌だけど、それでもニーナみたいな、あんないい娘が  
モンスターの餌になるなんて誰がよく思う? ポール、お前が勝手にあいつからい  
なくなって、あいつがどれだけ寂しい思いを過ぎしてきたのかわかるのかい、えぇ  
?」  
 若者の叱責は、最後までポールの耳に届く事は無かった。ポールは一目散に自宅  
まで戻り、思考が纏まらないまま部屋という部屋を見回った。  
 
 発見した目ぼしいものは刃毀れをした長剣と、一発でも撃てば壊れてしまいそう  
な草臥れた長弓だけだった。  
 この村を出て行く時、少ない貯金をはたいて購入した長年の相棒達だった。  
 昨日の、かつての同胞の死に際の言葉がポールの頭で再現される。  
 ──そうやって目先の状況に逃げてばかりだったな  
 ──失う事も、奪う事も恐れ、挙句に生まれた土地へ生き帰ったか  
 そして、今度も逃げるのか?  
 ニーナを助けに行かなくては。そう心が身体を突き動かしてくるが、相反してモ  
ンスターと対峙する恐怖に脚が震える。  
「俺は、口だけじゃない。俺は……!」  
 部屋の壁に掛けてあった帽子を乱暴に掴み取り、被りながらポールは走り出した。  
彼が前に進むと腰に掛けた長剣が金属の音に鳴り、背負った長弓が揺れる。  
 人里から離れてくると野生のモンスターの生息区域に差し掛かる。頭上から高速  
で下降してくるバイターの嘴を辛うじて躱し、行く手を阻むロックパイソンの長躯  
を長剣の一振りで薙ぎ払う。旅人の成れの果てとなったスケルトンが繰り出してき  
た死の一撃が肩口に裂傷を刻んだが、それだけではポールの動きを阻止するのは叶  
わなかった。  
「ここか。くそ、岩で入り口を閉めやがってっ……」  
 森から開けた川辺に到着し、不自然に置かれた岩を横へ移動させる。一瞬の停滞  
も惜しみ、ポールは岩の奥に続く洞窟内へと侵入していった。  
 
 アルカノイドのアシッドスプレーを上体を屈めてやり過ごし、上から頭部へ長剣  
を突き刺して絶命させる。不規則に痙攣する八本の腕もやがて静止した。  
 巨大蜘蛛の死骸を飛び越え、悪霊の呪術を打ち払い、悪魔の獰猛な牙を斬り倒し、  
ポールは一度も立ち止まりもせず奥部へと急いだ。  
 行き着いたそこは暗い空洞だった。一切の視覚が利かない闇の深淵にポールは到  
着した。  
「ニーナ? ニーナ、居るのか!?」  
 息を切らしながらも、ポールは全力で叫ぶ。何も見えないと知りつつ懸命に周囲  
へ視界を巡らせる。  
 不意に横手の岩陰から人気がした。はっと振り向くポールの先に、怯えた様子の  
ニーナが顔だけを出してきた。  
「ポー……ル? どうしてここに居るの?」  
 信じられない声色で呟き、ニーナが岩陰から男のもとへ歩み寄ってくる。  
 やっとこの場で再会を果たしたような錯覚に、ポールはうちからこみ上げてくる  
衝動を抑える事ができなかった。自分からも近寄り、長剣を手にしたままで力強く  
ニーナを抱き締める。  
「痛いよ、ポール。それに肩、怪我してるじゃない!」  
「そんなのどうだっていい。ニーナ、早く逃げよう。お前が生贄になる必要なんて  
どこにも無いじゃないか」  
 ポールの説得に、だがニーナは迷いのある表情で小さく首を横に振った。  
 
「でも、それだと村のみんなが……あ……」  
 ポールも嫌でも感じ取る。闇の奥から、巨大で不気味な魔の気配がこちらへ押し  
寄せてくる振動を。  
 甲高い不協和音が村人を日々恐れさせるモンスター自身の鳴き声と知ると、ポー  
ルも奥歯を噛み締めて闇へと対峙した。腕で言葉も無くしたニーナを出口の方へと  
押しやる。  
 闇から無数の光が現われ、ポールとニーナを射抜く。薄明かりに曝け出されたモ  
ンスターは、数え切れないほどのネズミの群れだった。  
 ネズミの群れは知能を持っているかのように、敵の力量を見定めるかの如く粒さ  
に武器を装備しているポールをその緋色の眼球で観察している。  
 僅かでも不審な行動をとれば、瞬時に群れの猛攻に晒されるのはポール自身も容  
易に想像できた。  
「ニーナ、早く逃げろ。こいつは俺が食い止める」  
 自分の服の裾に縋り付いていたニーナを更に後ろへ押す。小さく巨大なモンスタ  
ーの威容に身体を震わせながら、それでもニーナはポールの腕を引いた。  
「そ、そんな。ポールも一緒に逃げよう! 勝てっこないよ、わたしだけ逃げるな  
んて嫌っ!」  
「いいから早く行け!」  
 怒声と悲鳴に反応し、ネズミの群れが二人の声を掻き消さんばかりの大合唱を上  
げて突進してくる。咄嗟にニーナを通路へと突き飛ばし、ポールは逆にネズミの大  
群へと突撃した。  
 
 自棄のように長剣を叩き落すが、俊敏な動きで回避され、死角から数匹が噛み付  
いてくる。  
「ぐ、ぁ……! くそ、この、野郎……」  
 成す術など無かった。どれだけ果敢に撃退しようと動いても途方も無い数の前に  
行動を阻害される。  
 前を向けば後方からの不意打ちを許し、背中の肉を服ごと噛み千切られる。噴水  
のように、ポールの鮮血が闇の中で舞い上がった。  
 爪が頬肉を削ぎ、男の片目を血に染めた。長剣を掲げる腕は爪と牙の猛威を受け、  
流血塗れの中に鮮やかな脂肪と骨が見え隠れしていた。  
 腹部に強烈な突撃と横薙ぎの爪を喰らい、ポールは吐血しながら数メートルほど  
闇の奥へと吹き飛ばされる。抉れた腹筋から潰れた腸を道連れに多量の出血が溢れ  
た。  
 堪えきれない全身の痛みを脳が処理しきれず、感覚が薄れ立ち上がる気力が完全  
に奪い去られていった。  
 闇の空間にポールの血の海が広がっていく。  
「ニー、ナ」  
 残った微かな力で頭を持ち上げる。その先に、ネズミの群れに徐々に追い詰めら  
れていくニーナの弱々しい姿があった。  
「ポール……」  
 ニーナの助けを請う声を耳にして、ポールは無力な自分に目頭の熱を感じた。  
 
 だが、ふと霞んだ視界で気付く。あの群れの中に、一匹だけ一際不可解な行動を  
とるネズミがいる事に。  
 その一匹がポールへ振り返り、そして紛れも無く、凶悪な牙を生やしたその口を  
残忍な笑みに歪ませた。  
 明確に、知性を持った生物の挙動だった。  
「なら……、な、ら、奴を殺せば、この群れはきっ、と……」  
 襤褸のような肉体を叱咤し、ポールはよろめきながらも起き上がった。微かに身  
体を動かすだけで、脳に耐え難い激痛が殺到する。  
 死の臭いの孕んだ呼吸を落ち着け、ポールは紐越しに背中で担いでいた長弓を取  
り出す。弾かれた長剣を取りに行くには条件が悪すぎる。  
「ニーナ……俺、本当どうしようもない男だけどさ。これが、最期にお前にしてや  
れる、精一杯の事だ」  
 激痛が渦巻く肢体で、血塗れで既に神経すら通っていないような腕で、使い物に  
なるのかすら疑わしい一本の矢を構える。痛みと血に滲む視界で、微かな余力を振  
り絞って狙いを定める。  
 ニーナを餌にしようと迫っていたネズミの群れが、背後に生まれた不穏な気配に  
意識を誘われる。群れの統率と担っている一匹のネズミが率先して弓矢を構えてい  
るポールへと奇声を上げて飛びかかっていく。  
 ポールが構えた矢が闇を蹴散らす閃光を纏っていく。  
 
「フラッシュ──アロォォォォォ!!」  
 その閃光は幾筋もの光の刃となって前方へ高速で飛散し、ネズミの群れを圧倒的  
に滅ぼしていく。  
 ポールの眼前に迫っていた群れの元凶も、光の矢の直撃を受けて大量の血に埋も  
れていった。  
 あまりの射撃の衝撃に、ポールの腕が破壊された。スケルトンから受けた斬撃の  
傷を節目に、男の腕が粉々に粉砕される。  
 身体も必殺の一撃の負荷を殺しきれず、ポールはそのまま虚脱して仰向けに倒れ  
た。  
「ポ、ポール?」  
 先程の光で全てが終わったと察したニーナが、よたよたとネズミの残骸を越えて  
倒れたままのポールの傍に近付く。  
 膝を屈め、凄惨な姿となった愛する男の顔を覗き込む。そして全てを把握したニ  
ーナの顔が蒼白に転じた。  
 ポールは息をしていなかった。顔の半分を潰された片目から流れる赤黒い鮮血で  
染め、微かな動きも見せずにいた。  
「嘘、だよね? ねぇポール、嫌だよ。いつもの冗談なんでしょ? 起きてよ、こ  
んな所で寝ると風邪ひくよ? ねぇポール、ポール!」  
 即座に溢れ出てきた涙で顔をくしゃくしゃにし、ニーナは狂ったようにポールの  
身体を揺さぶった。それがどれほど無駄な行為なのか、そんな事にも思考が回らな  
い。  
 
 肉片となって周囲に散ったポールの腕を手で掻き集め、嗚咽を漏らしながら肩口  
から復元しようとする。どれだけ服が汚れ、指を切っても、ニーナは止めようとは  
しなかった。  
「嘘……嘘……お願い、誰か助けて! ポールを、わたしの大好きな人を、お願い、  
お願いだから……助けてよぉ……」  
 ニーナの大粒の涙が、昨日楽しげにポールへ見せた首飾りの結晶に落ちる。  
 その涙に呼応したかのように、突然その結晶が自ら光を放ち始めた。呆然となっ  
て、ニーナは涙を拭うのも忘れて結晶の光に見惚れる。  
「え……?」  
 その神秘的な光がポールの遺体に降り注ぐ。ニーナは涙塗れの眼を限界まで見開  
いた。  
 その夢のような現象は一分と続かなかった。温かな輝きの先に待っていたのは静  
寂だった。  
 余りの不思議な出来事に放心しているニーナの瞳に映る男の顔は、いつもと変わ  
らない血色のいい寝顔に戻っていた。  
 
「まさかあれ、結界石の破片だったなんて」  
 生贄の惨事から数日後、ポールとニーナは二人でツヴァイクの港に訪れていた。  
 ポールが持っている手荷物は携帯できる簡単な日常必需品と最低限の着替えのみ。  
「もう、待ってるだけの女でいるの、嫌なの」  
 潮の香りに満ちた風を受け、二つに括った長い髪を手で押さえながらニーナが言  
った。  
 そっか、とポールが返す。  
「またいつか、二人でキドラントに帰ろう」  
 ポールが乗船の受付を開始したピドナ行の船へと歩いていく。ニーナがそれを小  
走りに追い、隣に並んだ。  
「二人じゃないよ」  
「え?」  
 何を言っているのかわからない様子のポールに微笑み、ニーナは彼の手を自分の  
腹部に当てた。  
 そこに眠る確かな命の鼓動は、二人の旅立ちを祝福するかのように、ただ優しい  
母性にたゆたい泳いでいた。  
 

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