執務室のカーテンが引かれまぶしい昼間の光が入る。  
同時にその大きな窓が開かれて部屋にこもる澱んだ重苦しい空気が吹き払われた。  
ムートンは大きく深呼吸をしながら目の落ちくぼんだ顔をゆっくり振った。  
その前に座る若きオート侯爵カンタールはムートンほどではないがやはり疲れの見える顔をしていた。  
「これで全て成立…ですかな」  
声色に疲れがうかがえるもののムートンの強く押しのきいた調子は流石に失われていない。  
カンタールは黙って笑いながら頷いてムートンの隣にいる男の顔を見つめた。  
「ご苦労ですな。まさかあなたのような大物も一緒に来られるとは思いませんでしたよ」  
カンタールの強い眼差しを受けた彼は、その視線を正面から受け止めて真面目くさって言った。  
「ご冗談を。…まだ爵位も受け継いでいない不肖の者ですが」  
かなり素っ気ない様子で目の前の策謀家の名の高い支配者に受け流すように応える。  
ムートンは少し緊張しながらその話に割って入った。  
「ではカンタール閣下。わたくしたちは控えの間に下がらせていただきまして…お待ちしていますので」  
ムートンとその隣の男は椅子から立ち上がって退室しようとする。  
カンタールはもう一度その男の顔を見つめ返してゆっくり頷いた。  
「わかった……後で行かせる」  
その男とカンタールの視線が今一度交差した。  
 
男――“南の天馬”ヤーデ伯爵嗣子ケルヴィンと“北の獅子”オート侯爵カンタールは  
この後ほぼ生涯の大半を費やして戦っていくことになる。  
 
ギュスターヴ13世の家臣とその盟友は控えの間である人物を待っていた。  
緊張のうかがえる横顔を見せるケルヴィンにムートンは話しかけてみた。  
「やはり……切れ者でしたね。あの若さでいやはや末恐ろしい」  
「卿も一歩も引いてはいなかったよ。…予定通りの譲歩になってしまったが」  
そこで二人してもう一度長く深い溜息をついた。  
そこへドアが開いて「マリー・ド・ノール侯爵閣下です」のオートの家臣の先触れがあった。  
やがて控え室にゆっくりと旅支度のボルドー色の揃えと小さな帽子を着こなし  
ノール女侯爵となったマリーが伏し目がちに入ってきた。  
ケルヴィンとムートンは立ち上がって深く礼を取る。  
「……ご苦労様でした……ケルヴィン様?…あなたも?」  
マリーにとってケルヴィンの出迎えは予想外であったらしく小首をかしげて彼を見つめた。  
トマス卿の息子は軽く動揺しながらそれでもにこやかに彼女に話した。  
「ギュスターヴ陛下の名代として僭越ながらこの私も内務大臣と共にお迎えに上がりました」  
ケルヴィンの言いようにやはり緊張しているなとムートンは少々微笑ましく感じた。  
マリーの顔に悲しげな翳りが走るのをケルヴィンは後ろめたい気持ちで見つめる。  
「色々とお手数おかけしたようですね。…行きます…どうぞよしなに」  
3人はオートから離れるために、オート海軍の軍港に寄港しているギュスターヴ海軍の船へと歩みを進めた。  
 
 
そのオート領からゆっくりと軍船がこきだしていく。  
漣を立てて走る船の船尾からマリーは遠くなっていくオートの遠景を視界から消えていくまで見続けた。  
沖へ出る毎に気温が下がり風も強くなってきたのでケルヴィンは遠慮がちにマリーに声をかけた。  
「マリー様、冷えて参りましたのでどうか船室へお入り下さい」  
だがもはや海以外に何も見えない空間の方を向いたまま彼女はじっと立ち続けている。  
聞こえなかったのかとケルヴィンはマリーの前に回りその顔を見て胸を衝かれた。  
マリーは静かに涙を流していた。  
すすり泣く声すら立てないその泣き方はケルヴィンに衝撃を与えた。  
彼女はそうやってオートにいる間ずっと泣いていたのではないのかと…  
「ごめんなさい…入りますわ…」  
「…いいえ…」  
言うべき言葉が見つからずケルヴィンが言えたのはただその一言だけであった。  
彼は彼女の後ろ姿を見ながら自分の恋の前途多難さを噛みしめて溜息をつくしかなかった。  
 
「一度テルムに入られているのね。ケルヴィン…大丈夫だったかしら…フィリップ様と」  
心配そうにワイド屋敷の広い執務室で話しているのは男装の麗人。  
彼女は目の前にいる机の上に肩肘をついておもしろそうな顔をしている金色の長髪の男性に語る。  
「フィリップの方は気にはしていないさ。目に入っていなかったようだからな。ケルヴィンはともかく」  
レスリーが気にしているのは兄弟が再会した時のフィリップによるギュスターヴへの殺意に  
対するケルヴィン憤慨である。  
「2年も経っているんだ…とにかくフィリップも心配していた事だから一度は妹と会わさないとな」  
遠い目をして笑っているのは自分の弟と妹…それに親友の会見の場面を想像しているのだろうか。  
レスリーはそんなギュスターヴの様子に少し胸が痛む。  
テルム城内にあった家族の肖像画――ギュスターヴの部分だけ切り裂かれていたそれを  
見たレスリーは弟フィリップ公が兄にどれほど憎しみを募らせていたのか知っている。  
普通にいけば弟を可愛がっていたギュスターヴは、フィニー王家の仲の良い三兄弟の長兄で終わったはずなのに。  
「何だかんだ言ってあなたお兄さんなのねえ…年上なのに普段はケルヴィンの弟のようだけど」  
少し憎まれ口を叩いてそんな自分の気持ちを切り替えてみる。  
ギュスターヴは特に嫌そうな顔もせずレスリーの顔を見て黙って笑った。  
「お前はカンタールに会ったな。…どんな男だった?」  
レスリーの反応を待つように腕組みをしてそう鋼の13世は聞いた。  
「…そうね……魅力的な男性だったわよ…あれじゃあ女性にもてるでしょうね…才覚はあるし」  
思ってもいなかった人物批評にギュスターヴの表情は止まった。  
「…ではケルヴィンは困難な戦を強いられると言うことか…レスリー…」  
ギュスターヴの長い腕が傍らにいるレスリーの細腰に伸び自分の中へ引き寄せようとする。  
「…もうすぐ…マリー様がいらっしゃいます…お控え下さい、陛下」  
小憎らしくギュスターヴを拒否しようとするレスリーの体を、自分の中へ抱き取りその顔を自分の方へむけさせた。  
「二人だけの時は陛下と言うな。命令しただろう」  
二人の唇が重なり徐々に深くなっていく口づけとギュスターヴのレスリーを撫でる性急な手の動きの途中で  
扉の外からの衛兵の声が聞こえた。  
「陛下、マリー・ド・ノール侯爵様お越しになりました」  
 
 
長旅の疲れかもしくはオートでの気苦労の多かった生活のためかテルムで会ったときよりも  
23歳のマリーは少し痩せて年下なのに29歳のレスリーより上に見えた。  
「お兄様…ただいま戻りました。色々とご足労をおかけいたしました」  
ギュスターヴは椅子から立ち上がり跪くマリーを立たせてその腕の中に抱いた。  
「苦労かけたな…ここでは気兼ねなく過ごすがいい。レスリーに何もかも聞いてくれ」  
傍らにいるレスリーはマリーににっこりと笑いかける。  
「居てくださったのね、レスリー。…本当に良かった…!」  
「あの折は不確定なことを申し上げました」  
レスリーは決まり悪そうに下を向くと、上衣の裾から白い絹の下着が少し覗いているのが見えた。  
彼女は慌ててそれを押し込み、涼しい顔で笑うギュスターヴを軽く睨み付ける。  
彼はマリーの後ろでさっきから黙って控えているムートンにこの場にいない人物について聞いた。  
「ケルヴィンはどうした?一緒に帰ってきたんだろう」  
それを聞いてマリーはばつが悪そうに口ごもりながら小さく言い出した。  
「…あの…ケルヴィン様は……お疲れなので…」  
ギュスターヴはムートンの方を問いかけるように見ると、彼は両手をその場でゆっくり開き首を振って見せた。  
「またか…」  
ギュスターヴとレスリーは顔を見合わせて二人同時に溜息をついた。  
 
 
屋敷最上階…ギュスターヴやレスリーの私室がある同じ階にケルヴィンの私室もあった。  
警備上の配置だが、たとえばネーベルスタンなどは警護の最高責任者でもあるので  
すぐに緊急時に対処できる都合で彼の私室は1階に置かれてあった。  
そのケルヴィンの部屋の扉をノックしながらギュスターヴは傍らにいる衛兵に聞く。  
「いるんだろうな?…返事がないんだが…」  
「確かに入られました…真っ青でしたが…」  
やれやれと首を振りながら扉を開けてその中へ入ってみることにした。  
ケルヴィンの部屋には天井まで届く本棚があり、読書家の彼らしくサンダイル各地の珍しい稀書なども集められている。  
ギュスターヴが現在読むものと言えば政治関係、歴史書、兵法書の他にこれと言ってジャンルはない。  
感心しつつ部屋を巡り行くと、その奥にある寝室のベッドの上で彼の親友はうつぶせてぐったりしていた。  
「……おい…生きているか…?」  
ケルヴィンは顔を枕に埋めそのままの姿勢でゆるゆると片手を上げた。  
ギュスターヴは椅子を運んできてベッドの傍らに置いて座った。  
「……このざまです……申し訳ございません…が……そっとしておいてくだ…」  
「まてこら。寝る前にカンタールの感想を聞かせろ、この野郎。それとお前もレスリーも公務以外で敬語使うな」  
どこか駄々をこねるようなギュスターヴの言い方がおかしくて、ケルヴィンは上半身を起き上げた。  
「後でも聞けるだろう…私は今気分が悪いんだ…ったく…」  
まだ顔色の悪い彼は、思いやりのない親友にぶつくさ言いながらベッドの上に座り直した。  
「しかし…お前のその船酔い…なんとかならんものかね?ナ国海軍最強の『海の近衛部隊』といわれる  
 ヤーデ海軍の未来の指揮官になるんだろう」  
船酔いも酒酔いもしない鋼の13世は、親友の体質がよくわからず問いかけた。  
そもそも始めはムートンだけで迎えにやるつもりだったのだが、ギュスターヴはちょっとした悪戯心で  
 
“お前もマリーを迎えに行ったらどうだ?カンタールからみごと妹を奪還してこい”  
 
と冗談交じりに言ったところケルヴィンは本気にして二つ返事で受けた。  
慌てたのはもちろん言い出しっぺのギュスターヴである。  
 
その時ケルヴィンには交通手段の船のことなどすっかり思考から欠落していたのは言うまでもない。  
「…なんとかなるものなら…なんとかしているさ……情けない…よりによってマリー様の前で…」  
ケルヴィンは心底まいった風でそのまま首をがっくり落としてしまった。  
それを見てさすがにギュスターヴも可哀想に思い、気づかいというものを思い出したらしく白々しく笑いながら話す。  
「えー…あれだ。酒も数こなしゃ酔わなくなる。船酔いも回数こなせばそのうちに治るさ。大丈夫大丈夫」  
(こいつの無責任な慰めほどいらんものはないな…)  
ギュスターヴの即席の慈悲深さに、空気ほど軽い感謝をしてケルヴィンは聞いてみた。  
「で?オート侯の何を聞きたいんだ?お前にしては珍しいな…あんまり他の領主のことなんか気にしなかったのに」  
無理矢理ケルヴィンを起こしたくせに、ギュスターヴはそう聞かれるとなぜか歯切れ悪く言う。  
「…レスリーが魅力的だとか女にもてそうだとか……」  
吹き出しそうになったケルヴィンだが、こらえて不愉快そうに口ごもる友人に言った。  
「なんだ…覇王が形無しだな。焼きもちか。本当にレスリーに夢中なんだなお前」  
「うるさい。さっさとはけ。……大体人のこと言えるか?マリーの“昔の男”になるんだぞ?」  
「……」  
「……」  
共通の一人の男(しかも彼らよりかなり年下)の話題を大の男がどこかやっかみ半分で話していることの  
不毛さにここで二人共やっと気づいた。  
ケルヴィンはしかしどこか疲れた様子で虚ろな表情をしながら意外なことを言った。  
「もしかして…私はマリー様に残酷なことをしたのかも知れないな」  
「何言っている。あのまま妹を浮気亭主の虜にしておいて良かったというのか?」  
弱々しく言ったケルヴィンの言葉にギュスターヴは心外だと言わんばかりである。  
ケルヴィンはこれまで以上に真剣な瞳を覇王に向けて語った。  
「…カンタールがどんな男かと聞いたな?恐ろしい男だよ。頭は切れるし押しは強い。ムートンでさえ  
 互角に渡り合えるんだ、わずか21で。……別れた妻の心を未だにとらえるほどのな」  
最後のケルヴィンの言葉にギュスターヴは絶句した。  
親友の憂慮を何とかしてやろうと言葉を探すのだが、13世は今慰める術さえ持たなかった。  
椅子から立ち上がりその場を離れつつ思い出しように振り向いて、うなだれているトマス卿の息子に声をかける。  
「カンタールをマリーの中から追い出せ」  
ケルヴィンは何も言わなかった。  
 
1249年の新都建設当時から徐々に行われていたハン・ノヴァ移転準備は本格的に佳境に入り  
ワイドと新都の間を移動していたギュスターヴら首脳達もほぼハン・ノヴァの都の方に  
腰が落ち着けるまでになってきた。  
古代帝国の地に突如として現れたような覇王の都は夜でも明るく  
かなり遠くからの眺めでもその偉容ははっきりとわかり、詩人や記述者達は競って都を讃えた。  
もちろんマリーも一緒に宮殿に入りその一室を与えられている。  
「…少々落ち着きませんが」  
レスリーはマリーの部屋へ新しい調度品の手配をしながらそう説明した。  
マリーが落ち着いたところを見はらかって、花模様のついたティーカップに紅茶を注いですすめた。  
「ありがとう。あなたも座ってくださいな、レスリー。色々私の世話でお疲れでしょう?」  
レスリーは笑いながら緑色のクロスのかけられた小さな円形のテーブルの向かい側に座った。  
マリーはその笑っているレスリーを見て、オートで会った時よりも艶めいて美しくなったことに気づく。  
ギュスターヴに愛されて旨くいっていることがその所作からさえもよくわかる。  
それに引き替え自分がどんなに弱って涸れているのかまざまざと思い知らされてしまう。  
紅茶を飲みながら時々ぼんやりと視線を泳がすマリーに、レスリーは遠慮がちに声を掛けた。  
「ギュス…陛下はマリー様に会われるのを喜んでおられました。ここの部屋もご自分で手配されたんですよ。  
 忙しいのだから私が全部すると行っても聞いてくれませんでした」  
その時のことを思い出しながら覇王の恋人は柔らかく微笑む。  
「お兄様が…ご自分で…?」  
笑いながら黙って頷く彼女は、まるでそのギュスターヴの母親のような雰囲気さえ醸し出していた。  
そのレスリーは今このサンダイルで一番美しいのではないかとマリーは思った。  
「私は…ここにいて何をすればいいのでしょうか?…ただこのまま居座るのはお兄様にもあなた方にも心苦しい…」  
まるで迷い子のような頼りなさを感じてマリーは俯いてしまった。  
確かに何もせず居るのは気も滅入るし、何よりも離婚したという事実はマリー自身を頼りなくさせているに違いない。  
「居座るなんてとんでもございませんわ。ギュスターヴ陛下はマリー様に何かしてあげたくて仕方ないんですから。  
 ……もし何もせずいるのに気を遣われるのでしたら…わたくしから陛下にお話ししますので  
 厚かましいのですが、私の仕事をお手伝い下さらないでしょうか?…新都移転で手が回らなくなっているものがありますので」  
その話にマリーの瞳に少し輝きが戻ったのがレスリーには印象的だった。  
「本当に?よろしいのですか?…何か私にできるのなら…お役に立てるのなら…」  
彼女は遠くを見ながら後の方は独り言のように呟いた。  
レスリーはそんなマリーの様子に少し悲しくなった。  
商家の次女として伸び伸びと育った彼女には、王族の女達の宿命は限りなく哀れに見えてならない。  
 
マリーの行く末を案じつつ、持参したホール状の焼き菓子にナイフを入れようとしたところ  
そのナイフにマリーが気づいて言った。  
「レスリー…それは…もしや?」  
マリーが何に驚いているのかしばらく解らなかった彼女は、持っているナイフを眺めてああと合点がいった。  
「ええ。これは鉄製のものです。切れ味は凄く良いんですよ」  
「でも……アニマを遮る鉄製の物では…作業がしにくいのでは?」  
マリーはレスリーがなぜわざわざ鉄製の物を使用するのか、始めのうちは解らなかったのだが  
しばらくしてその理由に思い至る。  
「もしや……お兄様の為に?」  
レスリーはそのまま黙って微笑んだ。  
「陛下と…ギュスターヴ様と感覚を分け合いたいのです…あの方がたった一人でおられる世界を少しでも共有したくて」  
と彼女は照れくさそうに言う。  
少し頬を赤らめている彼女の顔は鋼の13世への深い愛情に満ちてマリーを揺さぶった。  
「でも…あなたには大変でしょう?」  
「始めは…でも馴れました。今はこの感覚の方が私には懐かしいものに。こうしてみると世界中の色々な気配が…  
 生物も無生物もアニマとは別のものを宿しているような気がしてならないのです」  
そこまで話すにはかなりの長い年月を彼女はアニマを使わず過ごしてきたのだろう。  
マリーはあらためてレスリーという女性の強さとそして情深さに感銘を受けてしまった。  
「お兄様は幸せね。あなたという女性がずっと傍らにいたのですから」  
切り分けた焼き菓子の一切れをマリーに勧めながらレスリーは恥ずかしそうに笑った。  
「どうでしょうか?よく喧嘩もいたしますし…陛下に対しても譲らないどうしようもない女ですから私は」  
マリーはそれを聞いて黙って首を振る。  
「王は…頂点にある限りどうしても孤独なもの。…それに対して対等に意見する者が実はありがたいはずよ  
 お兄様もあなたやケルヴィン様達がいて強い支えになっていると思います…あの人」  
マリーはそこまで言って自分の言葉に我に返り口ごもってしまった。  
彼女が洩らした“あの人”が誰なのかわかったレスリーにはケルヴィンの恋を思い  
ひそかに心中で憂えずにはいられなかった。  
 
 
よく晴れたハン・ノヴァの朝は、夏場であることに加え日差しが強く気温がどんどん上昇していく。  
早くに目が覚めたケルヴィンは寝汗をかいた体を洗おうと、階下の湯浴み場へ行くべく寝室から  
出ようとして隣部屋に人の気配があるのに気づいた。  
レスリーが来ていつもの如く花を生けてくれているのだろうと、上着を着ながら扉を開けて  
そこにいる女性を見て驚いた。  
「マリー様?」  
そこにいたのはレスリーではなくて紅い薔薇を生けているマリーの姿だった。  
「おはようございます、ケルヴィン様。…お起こししてしまいましたか?」  
予想外の人物に驚いたケルヴィンは、それでも自分の疑問を彼女に言うことはできた。  
「あなたがなぜ?レスリーに何か支障でもございましたか?」  
マリーは微笑みながら薔薇の刺をとり、茎を切りつつケルヴィンの問いかけに応える。  
「レスリーにお仕事を少し分けて貰いました。…お邪魔かも知れませんが…何かしていないと…」  
そこで彼女は少し焦ったのか、取っている薔薇の刺で指先を傷つけてしまった。  
「痛っ」  
「マリー様、お手を…大丈夫ですか?」  
心配して訪ねるケルヴィンに寂しげに笑いながら彼女は力なく頭を振った。  
「…だめね…私ときたら……これじゃレスリーの足を引っ張ってしまいますわね……これほど役立たずとは…」  
最後の投げやりな言葉に強く反論しようと、後ろを向いているマリーの前に回ってケルヴィンは言葉を呑んだ。  
彼女はあの船上の時のように声も立てず静かに涙を落としていた。  
トマス卿の息子の体に劇的な衝動が走り涙を流すマリーの体を強く抱きしめた。  
「ケル……ヴィ…」  
「そんな言葉を言ってはいけない。誰もあなたを役立たずなどとは思っていません!…少なくともこの私は」  
彼は腕の中のマリーの瞳をのぞき込みそのまま視点を逸らさず見つめ続けた。  
しかしマリーは泣き続け、その唇から絶望的な言葉を始めて言い放つ。  
「……それならば…なぜ…!…あの人は…何が私の…悪い…!」  
 
堪え続けていた想いが一旦出ると止まらず、マリーにもどうして良いのかわからない激情に捕らわれる。  
ケルヴィンはそのあまりにも悲しい言葉を叫び続けるマリーを止めたくてその唇に自分のを重ねてしまう。  
「ケル……」  
「…落ち着いて…マリー…」  
ケルヴィンはマリーの離婚のきっかけのひとつでもある、自分の思いに対する後ろめたさと  
彼女の心を未だにこれほど捉え乱れさせている、カンタールへのどうしようもない嫉妬が入り交じって  
その激しい感情で更に深くマリーへの口づけを続けた。  
彼女の薄く開いた唇の隙間から男の舌が侵入し、そこにある震えたものに触れる。  
それを自分の方へ寄せるように、ゆっくりと巻き上げ始めたところでケルヴィンを正気づかせた。  
茫洋とした表情を浮かべるマリーの唇から自分のを放してそのまま彼は跪いた。  
「ご無礼を…申し訳ありません…しかし」  
ケルヴィンはこのような様子のマリーに言うべきかどうか迷ったがこの機会しかないと決心した。  
「…テルムでお会いしたときからずっとお慕いしております。…ここにこういうあなたを必要としている  
 男がいることをお心に留めていただきたく、不躾ながら申し出させていただきました」  
我ながら固すぎる言い方だとは思ったのだが、取りあえず自分の気持ちは伝えることが出来て  
ケルヴィン自身は第一関門を通過したような気持ちになる。  
マリーの様子はと言うと跪いたケルヴィンを見つめたまま、その視線が固まったように動かない。  
「マリー…様?」  
そこへ開いた入り口の扉からフリンが少し賑やかに入ってきた。  
「ケルヴィン、町中に酔い止めの良い薬草が売っていたから買ってきたよー…ってマリー様?」  
その言葉をきっかけにマリーの時間は再び動き出し、少し慌てるようなそぶりで部屋から出て行ってしまった。  
「どうしたの……ケ…ケルヴィン?」  
そこには鬼のような形相でフリンを睨み付けるトマス卿の嫡男の顔があった。  
 
「フ〜〜〜〜〜リ〜〜〜〜〜ン!」  
 
ハン・ノヴァの首脳達は支配者の意向もあって食事などは一同会しての事になるのが多い。  
朝食の席で本日はギュスターヴ、レスリー、フリン、それにケルヴィンらが強い日差しの  
差し込む明るい食堂で一緒になっていた。  
ギュスターヴは先ほどから時折喉の奥で堪えきれぬような笑いを立てて  
レスリーにその都度睨み付けられている。  
「…とりあえず…言うだけは言ったんならよかったじゃないか。お前には船酔いが…」  
そこまで言って吹き出しそうになった自分の口許を覆ってケルヴィンの溜息を誘う。  
告白の前に何があったのか、むろんギュスターヴはおろかフリンも知る由もない。  
「笑いたきゃ遠慮せず思いっきり笑えよ。…食べているときに我慢は体の毒ですよ、陛下」  
公務以外の席では陛下と呼ぶことを嫌がる、ギュスターヴの気持ちを十分わかってのケルヴィンの意趣返しである。  
しかしそんなことぐらいではギュスターヴもいっこうに堪えてはいない。  
「ごめんよ…そんなこととは知らず…余計なことをしちゃったのか…」  
ケルヴィンの為と気を利かせて薬草を持ってきたことが、彼の告白の仇となったのかとフリンはいたたまれない。  
ケルヴィンは黙って頭を振り再び長い溜息をついて、そのままギュスターヴに視線を合わせた。  
「いや…あの時は気が高ぶっていたのでつい…すまないなフリン。おもしろがる奴の方がタチが悪い」  
レスリーはそのまま頷き彼女もギュスターヴに視線を合わせる。  
しかし鋼の13世は悪びれもしないで、さっきから落ち込んでいるヤーデ伯の息子に真面目くさった顔を向けた。  
「ちゃんとマリーの部屋のベッドも大きいサイズのを選んだんだから無駄にするなよ?」  
一瞬ケルヴィンはギュスターヴが何を言っているのかと思ったが、すぐその意味するところを察して唖然とする。  
レスリーはレスリーで目を見開いて覇王の言葉に驚いた。  
「呆れた……どうりで自分で手配するってきかないと思ったら…そう言うことなのね…」  
(独り身には刺激の強い話だなあ…)  
フリンは朝っぱらからのどう考えても、サンダイルの覇王の首脳達の言葉とは思えない会話に黙って聞き入るしかない。  
「…気を利かせてくれてどうもありがとう…陛下のご厚意はこのケルヴィン、ありがたくて涙が出そうでございます…」  
鋼の13世の憎たらしい笑い顔を見ないようにして、ヤーデ伯の息子は頭を抱えてうつむいた。  
 
 
マリーの方も先ほどから頭の中に靄がかかったような状態で、一人部屋でぼんやりと座っていた。  
レスリーに届けてもらった銀の盆に載った朝食一式に、手もつけぬまま窓からの強い日差しに瞳を向けている。  
ケルヴィンの告白は実はマリーにとってはそれ程意外でもなかった。  
ワイドに来る前に立ち寄った、テルムにいるもう一人の兄フィリップにそれらしいことを言われていたのだ。  
「なるほど…付添人に未来のヤーデ伯爵とはな。…どうする、マリー?ノール女侯爵の相手としては不服かも」  
珍しく笑いながらフィリップはおもしろそうに言っていた。  
離婚した後に戻るのなら普通は実家のテルムなのに、なぜかギュスターヴのハン・ノヴァの方へ引き取られるのは  
そう言うことだったのだと今さらながら彼女は気づいた。  
マリーのノール女侯爵就任は実はカンタールとの離婚理由の配慮からであった。  
ノールはオートの仇敵である。  
フィリップのフィニー王就任と共にマリーのノール侯爵位就任がサンダイルに発表され  
それをよしとしないカンタールがマリーを離縁した…というのが公的理由としてムートンが練った案である。  
むろん周辺諸国は本当のところは知っているのであろうが、表面上の理由としては文句のつけようがない。  
いずれマリーは病気の療養を理由に、ノールの爵位も領地もフィリップへ明け渡すという算段もできている。  
どこまでも自分の意志ではない自らの身の振り方にマリーは何もかも煩わしくなってきた。  
ケルヴィンの前で思わず取り乱してしまったことに、彼女は自身の本心を考えてみる。  
ケルヴィンは貴族らしくどこまでも礼儀正しい誠実さを持つ、マリーに対してごく控えめな男であった。  
その彼に抱きしめられ口づけを受けた時に、抵抗しなかったのは自分のあさましさではなかったのか?  
カンタールに受け入れられなかった自分をそのままケルヴィンへと受け渡す事は  
あまりにプライドの無さ過ぎる行為だと、マリーは自分自身がひどく哀れな女に思えてきた。  
誠実で真面目な男だが彼の腕は強く、その口づけは熱かった…  
マリーの瞳に涙が滲む。  
オートにいた頃から押し殺していた感情が一気にあふれ出てきて彼女の心を掻き乱していた。  
 
それからのマリーの態度と言えば、表面上はあまり変わらないように思えるのだが  
ケルヴィンにとっては微妙に固くなっているように思えて、つくづく早まったかと何度目になるか  
わからない溜息を誘われ続ける。  
(ギュスターヴのやつ…よくもったよなあ…)  
彼のレスリーへの想いがいつ頃からかは正確にはわからないが、ヤーデの屋敷での再会の時が  
おおよそのきっかけにはなったのだろう。  
それをつい最近まで自分一人の中に気持ちを持ち続けていたのは、彼の術不能者という  
どうしようもない理由からだと思うのだが、それにしても精神的によく保ったものだとその点は感心している。  
そんな物思いをしながら昼の休息の時間の中、自分の部屋で待っていると花を入れ換えるために  
いつもと同じ時間にケルヴィンの思い人が入ってきた。  
「…マリー様。いつもご苦労様です」  
「……いいえ…」  
あの告白から微妙に視線を合わせてくれないマリーだが、今日はなぜかケルヴィンにその澄んだ瞳を向けてくれた。  
そうされるとそれはそれで彼にとっては顔に朱をのぼらせるほど慌てるものである。  
何と言っていいのか全く言葉が思いつかないケルヴィンより先にマリーが呟くように口を開いた。  
「……なぜ……私なのでしょうか…」  
自信なげに視線すら弱々しく、そして悲しげな顔を目の前の男に向けてマリーはケルヴィンを見つめた。  
少ない言葉だがその意味を直ぐに飲み込んでヤーデ伯の息子は強く彼女に言う。  
「あなただからです。……私にはあなた以外誰も…」  
ケルヴィンの体の中から急激に衝き上げる感情が起こり、その衝動でマリーの華奢な体を抱きしめた。  
女性に対しては日頃から紳士的であるべきと己を戒めている彼なのだが  
最早その熱情は戒を破るに十分すぎるほどの量をケルヴィンの体中に行き渡らせていた。  
自分を抱くケルヴィンの腕が次第にその力強さを増し、マリーはその腕の中で立っている足下から  
力が抜けていくような感覚を覚えて思わずケルヴィンの体にしがみつく。  
その時ふとケルヴィンの肩越しに彼の書斎の机が見えてその上に載っている  
女性の肖像画立てが偶然にもマリーの視野に入った。  
それは彼女によく似ていてしかも彼女よりは年上であろう美しい女性の絵…  
一瞬のうちにその人物の正体がわかると共に、マリーの心の内に言い難い哀しみと怒りが同時に沸き上がった。  
その瞳から時ならぬ涙が落ちるのを見て、彼女を抱くヤーデ伯の息子は驚く。  
「マリー…さ…」  
彼女はそのケルヴィンの腕の中から逃れるように彼を押しやり、悲痛な表情でその顔を見つめた。  
「私……は……私はソフィーお母様ではありません…!」  
マリーの口から思わぬ人物の名前が洩れてケルヴィンは暫時息が詰まった。  
その彼を置き去りにして、マリーはそのまま彼の部屋から逃げるように飛び出していった。  
 
マリーが出て行った後の書斎でケルヴィンは机の上にあるソフィーの肖像を見ていた。  
(違うんだ……そうでなければ…これほどの…)  
マリーの誤解を解く前に彼はあらためて己の心中を振り返り、今は亡き佳人への想いを考えてみた。  
確かに始めて見たマリーの容姿に母のソフィーの面影を見て我ながら取り乱したのだが…  
日が経つにつれてソフィーへの淡い思慕とは違う激しい、どうしようもなく体のうちを荒れ狂うものを  
募らせてケルヴィンは夜も昼もなくその苦しさに理性すら忘れそうになっていた。  
貴族としての冷静な判断と自覚を、日頃から父であるトマス卿から厳しく戒められているというのに。  
(溺れてみないとわからないものだな…恋というのは)  
唇に薄く自嘲の笑いを浮かべてケルヴィンは顔を覆ってやるせない溜息を深くついた。  
 
 
その頃マリーは自分でも驚いた自身の激しさに捕らわれて長い回廊を行きながら考えていた。  
取りあえずレスリーのところに戻って何か手伝うことはないか聞こうと  
彼女の部屋を訪れたのだがそこにはレスリーは居なかった。  
それならば多分ギュスターヴのところだと思い、一番奥の自分の兄の部屋へと足を運ぶ。  
覇王の部屋を守る衛兵に軽く会釈をしてその部屋に遠慮がちに入室した。  
広い部屋を歩いてみると、マリーの耳にすすり泣くような女性の声が小さく聞こえてくる。  
もしやギュスターヴとレスリーは、喧嘩でもしているのではないかとその声がする奥にある  
兄の書斎へと忍び歩きをしながら様子をうかがった。  
書斎の扉が少し開いていたのでマリーはそっと中を覗いてみた。  
そこにはギュスターヴの膝に乗っているような体勢で、レスリーが覇王の首に腕を回している。  
彼らの下半身は大きな机に隠されていてわからなかったが、何が行われているか一目瞭然であった。  
「……あ……は……ああ…」  
苦しげにしかし艶と甘さをその声に含ませてレスリーは下から揺さぶられていた。  
「……まだ……か…?」  
ギュスターヴも喘ぎながら体の上の恋人の体をゆっくりと愛しげに撫でながら聞く。  
「もう……すこし……」  
レスリーはより一層声を細くしながらギュスターヴの体にしがみついた。  
「…じらすなよ……」  
顔を近づけたレスリーの唇を貪りながら彼は激しく彼女に向かって突き上げ始めた。  
レスリーの体を強く抱きしめながらギュスターヴの瞳はレスリーへの愛情に満ちている。  
その様子にマリーは深く心を打たれながら、そっと気づかれないようにその場から離れた。  
「…見られたぞ」  
「……え……?」  
何のことかわからないレスリーは最後の段階を迎えながら細い声でギュスターヴに聞いた。  
「いや……なんでも…」  
鋼の13世は笑いながら共に頂点を迎えようと恋人の体をきつく抱きしめた。  
 
 
マリーは兄の部屋から出るとなぜか涙が再び溢れて仕方がなかった。  
自分があれほど愛されなかった為なのか、それとも結局は愛さなかったせいなのか。  
部屋に戻ろうと廊下を歩いているとその先にヤーデ伯爵の息子が心配げに立っているのが見える。  
ケルヴィンは泣いているマリーに近づくとその手を取って話しかけた。  
「どうか……私の話を聞いて欲しい…」  
今の涙は彼のせいではないのだが、それを告げることもなくマリーは素直に彼に従って  
ケルヴィンの部屋へ再び招き入れられた。  
マリーが入った後の入り口の扉を閉じずに少しだけ開け、ケルヴィンはそこに小さなテーブルを  
挟もうとするのを見て彼女は黙って頭を振った。  
ケルヴィンは暫くマリーの顔を見つめながら、入り口の扉を完全に閉じた。  
そのまま食事用の大きなテーブルに入れてある椅子を引いてマリーに席を勧める。  
「こちらへどうぞ」  
だがマリーはその瞳をケルヴィンの方へ向けたまま、椅子にも座ろうとせず彼の瞳を見続けていた。  
溜息をついてケルヴィンが先ほどの誤解を解こうと、口を開きかけたところへ彼女からの言葉が放たれた。  
「……ケルヴィン様…私…」  
「はい?」  
一旦うつむいて言葉を切り再び顔を上げたときのマリーの悲痛な顔をケルヴィンは生涯忘れなかった。  
「……わた…しは……カンタールとは……始め…の夜……1回…だけ………た…」  
その瞳から滂沱と涙が溢れていくのを彼は衝撃を受け瞳を見開いて見守っていた。  
マリーの体から力が抜けていく。  
床に倒れ込む寸前の彼女の体を素早くその腕の中に抱き取り  
その広い胸にきつく抱きしめ喉から絞り出すように言う。  
「なんと……むごいことを…!」  
この時劇的に自分の中で涌き起こった激情と本能について、ケルヴィンは後々になってもよくわからなかった。  
あるいは彼は狂っていたのかも知れない。  
マリーの涙で濡れた顎から自分の唇を這い上がらせて喘ぐ彼女の唇を求め塞いだ。  
すでに開いているその口許から自分の舌を差し入れて中の物をまさぐり舐め上げる。  
絡められて息をも継がせてくれない、思わぬケルヴィンの激しさに体を任せてマリーは喘ぎ続ける。  
その彼の広い背中に手を這わせながら、夢中で男の舌に翻弄されていた。  
トマス卿の息子はマリーの華奢な痩せた体を軽々と抱き上げて奥の寝室へと無言で向かう。  
 
ケルヴィンの重厚な様式の大きなベッドの上に儚げなマリーの体が横たえられる。  
彼女のドレスの胸元にその大きな手が伸ばされた時マリーは黙って瞳を閉じた。  
肩口から脱がされてゆくのを感じながら、マリーはひどく従順な気持ちになっていく…  
ケルヴィンはマリーのコルセットを外す時に、なかなか外せない紐をその手で引きちぎってしまった。  
体から一切の物が脱がされたのを感じ、羞恥を感じながら暫くしていると重量感のある  
熱いものが自分の全身を全て覆うようにゆっくりと乗りかかってきた。  
薄目を開けるとケルヴィンの顔が再び迫り、彼女の唇をそのまま塞いでしまった。  
「う……ん……は…」  
激しさを増していくケルヴィンの唇と舌…その彼の顔に手を添えてマリーは呻きながら唇をまかせる。  
二人で絡め合う舌は次第に摩擦で熱を募らせていき、口内の温度を上昇させそれは全身の  
血流に乗って体中の本能を呼び起こさせてゆく。  
その本能に支配されてケルヴィンはマリーの首筋を何度も舐めてから鎖骨へと舌を這わせる。  
右手を彼女の抜けるように白い乳房へ伸ばし、その柔らかい物を緩やかに揉み始めた。  
「ああ……あっ……あっ…あ!」  
揉むだけでなくただ掌を這わせたりその指の股の間に尖った乳首を挟んだりと翻弄されて  
マリーの吐息は次第に追い詰められたものと成りつつある。  
愛撫で翻弄したその乳首をケルヴィンは口に含みその舌で巻き込むようにして舐め上げる。  
尖った頂きは過敏に反応してそこから痺れるような刺激を行き渡らせた。  
「くっ……あっ……ケル…」  
マリーは纏まらない頭の中でぼんやりと、オート侯との初めての夜の記憶を手繰ろうとしていた。  
痛みしかなかったようでもあるし…その他に何があったのか…?  
そこまで考えてふと自分の体の上にいるケルヴィンの存在に気づきその最早薄れてしまった  
カンタールとの記憶を振り払おうとした。  
ケルヴィンへのすまなさにマリーはその頭を抱えるように撫でて目尻から涙を落とした。  
しかし…彼は体の下の女の微妙な変化に気づいたのか、それとも元々彼の頭の中にあったのか  
その表情に次第に苦悩と憂愁を滲ませてマリーの体を撫で続ける。  
ケルヴィンの手はマリーの金色の恥毛へと伸ばされてきた。  
マリーの繊細さにふさわしい薄い色彩のそれさえ、儚さをたたえてケルヴィンの瞳に映った。  
指をそこへ埋めて中にある薄紅色の突起を探り当てて捏ねる。  
「あ……だ……いや……ああ…」  
言葉に軽い拒否はあっても彼女の体はケルヴィンの指を受け入れている証拠にすぐに愛液を滲ませ  
ベッドの上を泳ぐように身をくねらせる。  
その彼の指は彼女の秘壷に向かって緩やかに侵入始めた。  
「ああっ!……ケルヴィン!」  
 
マリーの中は暖かい…その暖かさに急激に体中の血が騒ぎ出し、彼の体の中心へと向かう。  
濡れた粘りを含んだ音を彼女の中心で立てて、その指で恋しい女の禁断の場所を犯していく。  
喘ぎ腰をくねらせて激しく悶えるマリーにケルヴィンは最早指では物足らなくなってきた。  
その秘められた場所から男の指が抜かれ、一瞬の寒さを覚えたが直ぐにもっと存在感を示す  
逞しい肉の剣が彼女の中を分け入って突入しようとしてきた。  
「……あっ……あ……はっ!」  
苦しげにマリーは息を継ぎながら彼の物を受け入れようと白い両肢を懸命に開いている。  
その様子に我に返ったケルヴィンは少し後退しようとしたのだが…  
「き……て……おね……がい…」  
両腕を伸ばし瞳に涙を湛えたマリーに全ての堰を破られて、その男の剣を女の鞘へと収めようと進む。  
そのままマリーの体を抱きかかえ容赦なく己の物を彼女の奥へと沈めた。  
「……くっ…う……」  
これはマリーの中に入りながら彼女の内部の動きに思わず呻いたケルヴィンの声である。  
緊張のために収縮した彼女の中は挿入されたケルヴィンの男根をその内壁で縛り上げ  
蠢き尚かつ彼の武器の回りに透明な蜜を滴らせて滑りを加えた。  
苦しげに呻き続けるマリーの唇を強く貪ってから、抱きしめたまま彼はあの頂点を迎えるための運動を始めた。  
「あっ!……」  
最初の動きで内壁が強く擦り上げられマリーは痛みを伴って思わず声を上げる。  
そのマリーの様子を見ても、すでに彼の意志はマリーの中へ挿入されている肉の剣に支配されて  
生々しい欲望だけが全てを占めている為に配慮できる余裕はなかった。  
その男の象徴に体全てを支配されて彼はマリーを貫き突き上げ続けた。  
「あっ…あっ…あっ…」  
規則正しいケルヴィンの突き上げる動きに、マリーも合わせるようにその唇から喘ぎを洩らし続ける。  
耳元に死の寸前を思わせるような彼の激しい吐息を聞かされて、マリー自身もその呼気に合わせる  
ように次第に喉から絞り出す激しい息づかいへと変化してゆく。  
擦れ合う自分の内部から彼の動きに合わせて、自身がおかしいほどの愛液を溢れさせているのが自覚される。  
痛みを伴った彼からの刺激は今では同時に始めて覚える快楽をマリーの中から  
涌き起こらせて彼女の内部の入り口と襞に収縮を促し、ケルヴィンの成長した物を急速に締め付け始めた。  
ケルヴィンの動きは狂ったような激しさを増して、マリーの最も奥の部分へと固い先端をぶつける。  
彼の胸の内は嵐のような感情が吹き荒れてケルヴィンの息をより激しくさせる。  
「あはっ…!…い……くっ……あああ!!」  
マリーの絶頂とほぼ同時に極限を迎えたケルヴィンの先端から熱い奔流が解き放たれる。  
彼女の体は鞭のようにしなやかに激しく曲がり、男からの精を受け取って果てた。  
彼は沈みゆくマリーの唇を激しく貪りながら彼女の隣に体を横たえた。  
 
 
マリーは隣でいまだに激しく息を吐いているケルヴィンの肩に腕を伸ばそうとしたが  
彼は何を思ったかいきなり起き上がって、マリーに背を向けベッドの傍らに腰を掛けてうなだれた。  
そうしてその頭を抱えて激しく懊悩し始めた。  
「ケル……」  
その様子に彼が気分でも悪くなったのかとマリーが語りかけようとして彼から思わぬ言葉を聞く。  
「……あなたの中には…まだカンタールがいる…」  
喉の奥から絞り出すような苦悩に満ちたその声は、マリーの体と思考の自由を奪った。  
「……これ…では…これでは私は……あなたの薄汚い情人にしかすぎない……!」  
否定の言葉を紡ぎ出そうとマリーは唇を動かすのだが、殴られたも等しい衝撃のために  
喉の奥と胸のあたりになにか詰まったようになって何もしゃべることが出来ない。  
ケルヴィンは脱ぎ捨ててある自分の衣服を取り、手早く身につけ始めるとマリーの方を振り向かず  
寝室の入り口の扉に手を掛けた。  
「私は出て行くからあなたはゆっくりしていくといい」  
そのままマリーの顔を見ないで彼は寝室から出て行った。  
その様を張り付いた視線のまま、ケルヴィンが出て行った扉の方を見ているマリーの瞳から  
ひとしずくづつ冷たく光る滴がベッドの上に落ちてシーツに染みを作っていく。  
ついにはマリーの涸れた喉の奥から、苦しげに呻くような嗚咽がせり上がって哀しみの感情が  
体全体を痺れるように揺さぶり彼女を震えさせた。  
「あ……あ…う……うっ…」  
マリーの激情は久しくオートの地で忘れていた声を出して泣くことを蘇らせる。  
シーツを掴んで身もだえするように、広いベッドの上でトマス卿の息子がゆえに長い間激しく泣き続けた。  
 
 
二人の間に何かあったのは確実なのだが、もちろんそれをこの夕食の時間に聞くことは  
ギュスターヴを始めそこにいる全員がひかえた。  
レスリーもムートンも気遣わしげに黙々とただ食事を続けるケルヴィンとマリーを見守るしかない。  
それぞれ食堂に入ってきたときから、お互いに視線を合わさずやつれた顔を見せるのは  
個人の私生活に構わないネーベルスタンにも、そのおかしさは気にならざるを得なかった。  
ギュスターヴはその二人に特に構おうともしないで、いつもと変わらず気楽に食事を取っている。  
そんな緊張感のある夕食の場にフリンが遠慮がちに入ってきた。  
彼の顔は滅多なことでは深刻には成らないのだが、今はその表情は固くギュスターヴの目を引いた。  
「どうした?…仕事か…何があった」  
どういうべきか迷っていたフリンは13世の問いかけに促されて、思い切って彼の情報をその場で言った。  
「さる○月×日、テルムの城内においてフィニー領主フィリップ閣下がファイアブランドの儀式を執り行われた由  
 ……その儀式は失敗に終わり、フィリップ様はやけどを負われたようです」  
家臣らの間に緊張が走りムートンらは一斉にギュスターヴの方を見た。  
覇王はその瞳に怒りをみなぎらせて激しく言い放った。  
「あの……バカ野郎…!!」  
ムートンは内務大臣の立場から素早くフィリップを庇おうとした。  
「フィリップ様のお立場もわかるのです。フィニーの民の間にはかの儀式を通過しない者は支配者と認めない…」  
そこまで言ってムートンは大きな失言をしたことに気づいた。  
しかしギュスターヴの怒りはムートンではなく、別のものに向けられていた。  
「だからなんだ?人間でなくたかだか炎のクヴェルに全ての権限をゆだねるのを理解しろと?いいかげんに  
 古くさいカビの生えた意味のないセレモニーなどやめないとあの地の人間全て」  
「ギュス!」  
 
怒りの激しさに肩を震わせ恐ろしい発言をしようとする彼の体にレスリーは強くすがった。  
首筋に抱きついている彼女の体を撫でながら少し落ち着いた彼は深く深呼吸をした。  
サンダイルに恐れられている覇王とはいえ、普段は滅多なことで声を荒げたりしないギュスターヴの  
始めて見る怒りの凄まじさに家臣達は彼の別の一面を見る。  
そして未だ触れればその傷跡から新しい血が吹き出る鋼の13世のトラウマの深さも…  
「…悪かった……とりあえず…明日にでもフィニーに出発することにする。フィリップに  
 これからのことを指示しなければ」  
怒りの収まった覇王は気を取り直して今後の方針をうちだす。  
「わかりました。後のことはお任せ下さい」  
ムートンも直ぐに切り替えて覇王の指示に全面的に補佐することを決心した。  
ギュスターヴはふと思いついて斜め前に座っているマリーの顔をのぞき込んで緩やかに笑った。  
「お前も一緒に来るか?この間会ったばかりとはいえ心配だろう?」  
マリーに断る理由もなく長兄のいつもどおりの表情に安心して頷いた。  
「お願いします、ギュスターヴお兄様…同行いたしますわ」  
そしてギュスターヴは傍らに心配げに寄り添って彼の肩に手を載せている最愛の人の  
その手の上に自身の大きな手を重ねて言う。  
「レスリー…お前も一緒に来てくれないか?」  
いくらレスリーにとはいえ滅多にこのような懇願などしない彼だが、彼女は微笑んで頷いた。  
「お供いたします、陛下」  
ケルヴィンはそんな二人を心の底から羨ましいと思う。  
マリーの方へ悲しげな視線を向けて、ギュスターヴに頭を下げながら言った。  
「道中お気をつけていってらっしゃいませ。陛下…マリー様」  
マリーの方も頭を下げる彼に寂しそうな瞳をあてた。  
 
ギュスターヴ13世の紋章をつけた旗が翻る船が停泊する。  
そこにはギュスターヴらを見送るケルヴィンとムートン達もまぶしい日差しの中顔を揃えている。  
「陛下、どうぞ短気を起こされませんように。私も忙しいんですから」  
ムートンはいつも通りに13世に向かって軽口を含んだ言葉で笑いながら送る。  
「大丈夫だ。その点は公務だしな……レスリーもいるし」  
そう言って鋼の13世は隣のレスリーの体に手を回して彼女に笑いかける。  
「ワイドからの移転荷物の運送が思ったより遅れているので私は手が離せませんが…フィリップ様によろしく」  
ケルヴィンはギュスターヴとレスリー…そしてマリーの顔を順に見ながら頭を下げた。  
「うん。後は頼むぞ」  
後ろからネーベルスタンが近づいて来た。  
「出航の用意が出来ました。ご乗船願います」  
彼が船長として同行するのを決めたのは、フィニーの民へのある種のデモンストレーションでもある。  
サンダイルに知らぬ者のない英雄の同行は、確かに覇王とその弟の示威を強める効果があろう。  
ギュスターヴ、マリーそしてレスリーの順で船に乗りそれはゆっくりと港を離れていく。  
今一度ムートンとケルヴィンは頭を下げて彼らの航海を見送った。  
マリーの瞳がケルヴィンに注がれる…  
彼は瞬きもせずにいつまでも彼女の姿を見続けていた。  
 
「どうした?離れたくなかったのか?」  
甲板からもう見えなくなったハン・ノヴァの方角を見るマリーにその兄は笑いを含んだ声で訪ねる。  
「お兄様……」  
自分とケルヴィンの事はこの兄であれば見抜いているのだろうと思いそのまま正直に語った。  
「私が悪いのです……誠実な優しいひとを傷つけてしまった…」  
「あいつも昔から生真面目すぎるからなー…マリー、俺に遠慮はいらんぞ?嫌いならふれ」  
「お兄様!……嫌いだなんて……いえ…そんな…」  
マリーは驚いて思わず口走ってからギュスターヴの誘導にひっかかったことに気づいて口ごもった。  
それを微笑みながら見て鋼の13世はマリーの俯いた頭をゆっくり撫でた。  
「とはいえ…あいつほど良い奴も他に心当たりが無いしな。…お前をくれと俺に土下座したよ。  
 いくら親友とはいえプライドの高いあいつがそこまでするかと思った」  
「ケルヴィン様が…」  
始めて聞いたケルヴィンの話に驚きつつ彼の港での寂しげな姿が浮かぶ。  
そして思い出すのは彼の人の強い腕、熱い吐息……自分の体を這った唇…それに…  
瞳から涙が幾滴も落ちた。  
ギュスターヴはそのマリーを抱きしめてやる。  
「そこまで……の人を……私は……傷…」  
「大丈夫。……俺とレスリーのようにうまくいくさ、心配するな」  
マリーは甲板上の遠くの方で自分たちを見守っているレスリーの姿を見つけた  
彼女と目が合いレスリーは頷いて微笑んでくれた。  
 
フィリップのやけどは思ったよりも軽く元気そうであった。  
彼の妻シュッド侯爵の三女クリスティーナはその腕に2歳になったフィリップ2世を抱いていた。  
侯爵から二女エリザベートの方をすすめられたのに、わざわざ術不能者の彼女を選んだという  
曰く付きの女性であったが、フィリップはこの妻をことのほか大切にしている。  
マリーはなぜ術不能者の女性を選んだのかフィリップの複雑な心中を思うと胸が痛む。  
「2世が7歳になった時に改めて儀式を受けさせろ」  
と言うギュスターヴの意をフィリップは存外素直に受け入れた。  
「早く体を治せよ。小さい息子がいるんだ。…もう無茶はするな」  
「無茶をしているのは誰なんだ」  
ギュスターヴの言葉に取りあえず反論したものの、それ以上実兄には何も言わなかった。  
マリーはギュスターヴと連れだって出て行こうとするとフィリップから呼び止められた。  
「マリー」  
ギュスターヴは暫く立ち止まってそのまま入り口の方で待っているレスリーと共にクリスティーナに  
挨拶をしてフィリップの部屋から出て行った。  
「お前痩せたんじゃないか?…いや、前より綺麗になった気もするな。さてなにがあったのか」  
ギュスターヴには相変わらずきつい口調でもマリーにはテルムにいる時から  
ことあるごとに自分を庇い続けてくれた優しい兄であった。  
「好きな男がいるのなら遠慮せず飛び込め。…もうお前は十分苦労したんだからな  
 あいつも……その点では私と同じ考えのようだから」  
フイリップはマリーの瞳をのぞき込んで珍しく笑う。  
「ありがとう…フィリップお兄様…私は…もう大丈夫ですから」  
「と言うことは…なるほど……例の伯爵の息子の彼か」  
マリーにそういう男がいるのであれば、普通は交際範囲からハン・ノヴァに共にいる彼なのだろうが  
それにしてもギュスターヴといいフィリップといい、二人の兄に見抜かれてマリーは朱くなるしかなかった。  
フィリップはそんなマリーを抱きしめて語りかけるように言った。  
「大丈夫。……お前ならきっとうまくいくよ…幸せになってくれ」  
ギュスターヴとほぼ同じ事を言ったフィリップに驚きつつも、3人に流れている兄弟の血にマリーは感謝した。  
「お兄様もお幸せに」  
 
「ギュス、こっちへ来てみて……ほら!」  
階下へ降りる階段の踊り場でレスリーが珍しく興奮して叫んでいるのに13世は首をかしげる。  
「何はしゃいでいるんだ?」  
手招きするレスリーはなぜか嬉しそうにギュスターヴを見て笑いかける。  
彼女のところまで降りていきレスリーの指さす方向を見て彼は瞳を見開いた。  
そこにはフィリップの部屋で見つけたギュスターヴの部分だけ切り裂かれた家族の肖像画が  
綺麗に修復されて堂々と掲げられていた。  
「子供の頃のあなたってやっぱりきかん気そう。マリー様本当に可愛らしい…フィリップ様もお小さいし  
 …この頃のソフィー様やっぱり今のマリー様に生き写しね…それに…」  
彼らの父ギュスターヴ12世が、今のギュスターヴによく似ているという感想は流石にレスリーには言えなかった。  
ギュスターヴ自身はその肖像画を感慨深そうに黙って眺めている。  
突っ立ったままの彼の腕に抱きついてレスリーはここぞとばかりにサンダイルの覇王をからかう。  
「ねえ…嬉しい?嬉しいんでしょ、ギュス」  
「うるさいなあ…なんだよお前、おかしいんじゃないか」  
そのまま大いに照れながらレスリーを置いて、その場から早足で立ち去り城の入り口へと向かう。  
レスリーは笑いながら背の高い彼の後を嬉しそうについていった。  
マリーは彼らの後ろ姿を眺めながら、肖像画に向かって小さく呟いた。  
「…ありがとう…お父様…お母様。私に二人も兄を与えてくださって…」  
 
テルムから帰った時ケルヴィンはいなかった。  
「ワイドからの物資運送で少し問題が…それでケルヴィン殿が自らワイドへ行かれたのですが」  
ムートンは少しばつが悪そうに戻ってきたギュスターヴらにそう話した。  
「船で?……大丈夫か、あいつ…」  
親友のどうしようもない船酔いを考えて、鋼の13世はレスリーと顔を見合わせる。  
マリーはケルヴィンに逢えないと知ったとたん、体中の力が抜けていくような脱力感を覚えひどく失望する。  
どうしても今彼の顔が見たかった。  
彼が帰ってくるまでこの焦燥感と戦うのかと思うとマリーは憂鬱で仕方がない。  
しかし予定日が来てもケルヴィンの船は帰ってこなかった。  
船が予定通り着かないのはよくあることなのだが、2日たち3日…4日目にギュスターヴは  
ついに軍に捜索の命令を出す。  
「しかし1週間遅れの場合もありますし、4日ぐらいなら」  
ムートンはそう言ってギュスターヴの顔を見たのだが、彼は珍しく焦った顔をしていた。  
「忘れたのか、ムートン。この時期洋上に荒れ狂うものを」  
ギュスターヴに強い視線を向けられムートンは暫く考えてはっと気がついた。  
「熱帯低気圧…!」  
「そうだ。……特にワイドへの航路はそれの多発地帯になっている…念のために他の領地にも捜索の要請を頼む」  
彼の言葉に切羽詰まったものを感じ、加えて捜索範囲の広さと楽観できない事態に改めてムートンは気づく。  
それらを踏みしめている足下が崩れるような思いで聞いていたマリーは兄に強く言う。  
「要請を出すときはノール侯爵の名前でも出してください、お願いします…お兄様」  
マリーの強ばった必死の表情に頷いてギュスターヴは深く息を継ぐ。  
「それはありがたい」  
それからすぐに各領地に物資輸送船の捜索要請が出されたのだがもちろんオートも例外ではなかった。  
「ほほう……13世の他にノール侯爵の名前もあるぞ…よほどの人物が乗っているのだろうな」  
カンタールはそう言って要請の書類を眺めていた。  
「実は…フィニーのフィリップ様からも同じ捜索要請が来ているのですが」  
その臣下の言葉にカンタールは21歳と思えぬ凄味のある笑いで応える。  
「さすが兄弟だな。…取りあえず3隻だそうか。沿岸を重点的に調べろ。その次は無人の島だな」  
「えっ……捜索の船を出されるのですか?」  
カンタールが正直に覇王の要請に応じるものと思わなかった家臣はその意外さに驚いた。  
「あたりまえだ、早くしろ。遅いと文句言われるのはかなわん」  
慌ててオートの港へと走っていく臣下達のざわめきを眺めつつ、オート侯爵カンタールは低く呟く。  
「せめてもの罪滅ぼしだ…マリー…」  
 
ハン・ノヴァの宮殿はそれからケルヴィンの船の捜索についての情報を集めるために灯りが絶えることはなかった。  
ギュスターヴも指令を出すためにほとんど眠らない…それはマリーについても言えた。  
まんじりともせず家臣達に混じって情報がくるのを待つマリーはほとんど食べず再び痩せてくる。  
レスリーのせめて眠ってくれと言う懇願もマリーの耳に入らない。  
ハン・ノヴァ首脳達の疲れが頂点に達した時、ようやくケルヴィンの船は戻ってきた。  
到着予定日から10日経っていた。  
 
 
強風と波にもまれ洗われてケルヴィンの乗船していた船は、幽霊船のような凄まじい姿をさらしていた。  
ケルヴィン自身もそれにふさわしい幽鬼のような姿で立っている。  
元の形骸の残らない上衣に殆ど裸の上半身、強い太陽に焼かれた無精髭の顔は  
端正な顔をしていた貴族の面影はなく、その辺のならず者か海賊よりも迫力があった。  
「ただいま戻りました……物資の殆どを波にさらわれて被害を出したことをお許し下さい…」  
そう言って頭を下げるケルヴィンをギュスターヴはがっしりと力強く抱きしめた。  
「よく…戻ってくれた」  
そう一言だけ言って親友を抱きしめたままサンダイルの覇王は沈黙した。  
この件ではギュスターヴ自身が相当強くまいっていたのを知っていたレスリーやムートン達は  
誰もがその目元に薄く光るものを湛えていた。  
親友同士の再会のその後ろに、硬い表情のマリーがケルヴィンの方を見たままその場にたたずんでいる。  
それに気づいたギュスターヴは、ケルヴィンを解放してやり彼女の方へやった。  
「色々とご心配をおかけしました」  
変わらぬケルヴィンの笑顔と声を聞き、体中から力の抜けたマリーの視界が暗転して彼女はその場に昏倒した。  
 
結局ギュスターヴの早い段階での捜索開始と、ケルヴィンの慎重さが功を奏したといえる。  
熱帯低気圧に遭遇した彼は、ワイドのある南大陸とハン・ノヴァのある東大陸の間の通称“ミドルランド”で  
嵐が行き過ぎるのを待っていたところに、ギュスターヴ軍の捜索船と遭遇したのである。  
「マリー様…あなたが行方不明になってから殆ど眠らないし食べもしなかったのよ…」  
マリー自身の部屋の女性には不似合いなほど大きなベッドで眠るマリーの額を拭いてやりながら  
レスリーはベッドの傍らに椅子で座ったケルヴィンに語りかけた。  
「後は私が見ているから…もういいよ、レスリー。君にも心配かけた」  
湯浴みして服を着替えて軽く食事を取り、こざっぱりした彼は直ぐにマリーのもとへ来た。  
「無理しないでよ?あなたも疲れているんだから…何かあったら呼んでね」  
水を入れたボールを持ってレスリーは部屋から出て行った。  
ケルヴィンはかすかに薄く唇を開けて眠るマリーの顔を飽きもせず長い間眺めている。  
時々首を振るのは眠りが浅いのか…それとも何か夢を見ているのか…  
彼女の額に乱れかかった金髪を整えてやろうと額に手を伸ばすとまぶたが揺れ  
幾たびか薄く覗いた後に澄んだ瞳が完全に見開かれた。  
「気がつかれましたか?…御気分はいかかです、マリー…」  
最後まで言う前に彼女の手が伸ばされ、その細い腕が蔓のようにケルヴィンの首に絡んできた。  
「あなたなのね…もう逢えないのかと気が狂いそうだった…!」  
その痩せた体をケルヴィンの方も急激に涌き起こった激しい感情と共に強く抱きしめて頬をすり寄せる。  
「海の上で君のことばかり考えていた…顔を見るまで死ねないと!」  
激情のままにマリーの唇を求め強く塞ぎ、開いたそこから激しく舌を絡め合った。  
しかしマリーの体のことを考えて口づけをやめ、彼女の体をベッドに戻そうとするも彼女は  
ケルヴィンに抱きついたまま離れようとしない。  
「抱いて…欲しい…」  
「それは…今はだめだ。君を殺してしまうかもしれない」  
ケルヴィンを見つめるマリー瞳に涙が溢れる…首を振りながら必死で抱いて欲しいと訴える彼女に  
体の中心が熱くなり身も心も抵抗できなくなった彼はマリーの白い夜着を脱がせた。  
寝室の扉に鍵を掛けてつい今し方着たばかりの新しい衣服を脱ぎ捨て裸になり  
白蝋のように白く細い彼女の体の上にゆっくりと乗る。  
「…痩せて……ちゃんと食べてくれ。…思うように君を抱くことも出来ないじゃないか」  
責めている口調なのだがケルヴィンの声色は限りなく優しかった。  
「大丈夫…明日からちゃんと……」  
ケルヴィンの言葉がたまらなく嬉しいマリーは泣き笑いで彼の耳元に囁く。  
彼の唇が再び彼女の唇を襲った。  
マリーが苦しくないように口づけも息が吸い込めるように唇の端を塞がなかったり  
舌を絡めても緩やかにと気をつけようとするのだが、彼女自身が強く請求して果たせない。  
男冥利に尽き嬉しいのだが、弱ったマリーの体のことを考えると気が気ではない。  
 
「いい子だから言うことを聞いてくれ…心配なんだよ」  
「平気…死にはしないわ……だからもっと……」  
そう言ってケルヴィンの下半身にその白い足を絡めてくる。  
彼はその足を腿からゆっくりと撫でてふくらはぎを緩く愛撫し、今度はまた腿の内側をさすり彼女の  
足の間の草むらをその指でまさぐり始めた。  
すでにそこは男を受け入れるのには十分なほど濡れていてケルヴィンは愛撫を続けながら  
彼女の耳元に唇を近づけて囁いた。  
「こんなに…待っていてくれたのか……マリー…愛しているよ…マリー…」  
体の内側からマリーへの熱い思いと欲望が沸き上がり、次第にケルヴィンの指が激しく動き始める。  
「あっ……そう……よ……愛しているわ……ああ…私の……」  
始めてはっきりとした自分への愛の言葉を聞き、彼の中の欲望はより熱を帯びて高まっていく。  
男の指に嬲られ突起し朱に染まっていく肉芽に唇を寄せ、ケルヴィンは舌を使って緩やかな動きを与えた。  
自分の恥部にいつの間にか顔を埋めている彼に驚く間もなく、熱い舌がそこを縦横に巡り  
彼女は恥ずかしさと刺激とそして覚え始めた快楽に思考が乱れて吐息が早くなっていく。  
「…だめ……ケルヴィ……ん…」  
初めての時のあの激しさとは違って、自分の体を労りながらの彼の愛技は非常に緩やかなのだが  
かえってその微妙な舌の動きは、水面に落ちた水滴の波紋が広がるようにじわじわと  
マリーの体の奥底にある女性本能を呼び覚まし火をつけた。  
ざらついたケルヴィンの舌が、彼女の秘められた場所を舐め上げて巡りゆき別の生き物のように  
蠢いてマリーのそこから止めどなく暖かい蜜を彼のために降らせる。  
ケルヴィンはそこから長い腕をマリーの二つの乳房へと伸ばして、それらを掌に収めて  
持ち上げるように始めは緩く、次第に早さを増しながら揉み始めた。  
「はっ……は…あ……あっ」  
秘所と乳房と同時に二つの場所を攻められて、マリーの体はその雪白の肌から薄紅の花びらを散らし  
ケルヴィンが間断無く送る刺激と快楽でうねるように身悶えしてシーツを掴む。  
更に彼はその舌を乳房の頂きへと移し、尖って固くなったそれを舐めながら今度は手の方を  
再び彼女の下肢の間へと伸ばし中をまさぐりつつ入れてゆく。  
 
「うっ……くっ…」  
薄目を開けて唇を半開きしているマリーは、その上気して薔薇色に染まった頬も相まって扇情的で美しい。  
自分が彼女をこう変えたと言う男の征服感がケルヴィンを突き動かしその唇に口づけを送る。  
固く凝り起立してきた彼のものがマリーの腿に当たる。  
マリーは何のてらいもなくそれに手を伸ばして触れてみた。  
熱く固く……なのに滑らかな手触りのそれが自分の中に収まることが少し信じられなかった。  
そうしている間にも脈打って大きくなっていく…  
「マリー……嬉しいんだけど、あまり触られていると…その…」  
遠慮がちに声に笑いを含みながら喋りかけてきたケルヴィンに気がついてはっと手を引っ込めた。  
恥ずかしそうに枕に埋めようとする彼女の顔を撫でながら、彼は両手で優しく自分の方へと向かせた。  
笑いかけながらその唇に口づけ、マリーの濡れた女の深淵に自分の男根をあてがってその先端で  
入れること無しにその周りを巡っているとマリーから可愛い抗議が来た。  
「……意地悪な…ひと…」  
焦らされてそこからなかなか先に進んでくれないケルヴィンに消え入るような声で訴えかける。  
愛しさが募りはやる自分の気持ちを抑えながら、再びその唇を強く塞ぎ耳元に囁く。  
「…待たせて…悪かった…」  
そう言って今度こそ自分のものを、彼女の潤んで滑ったその花弁の中へゆっくりと押し入りながら収めていく。  
マリーの中は入り口から直ぐにケルヴィンのものをくわえ込んで、押し包みながら奥へ奥へと導いてくれる。  
どこか縛るような中の動きは、彼の固く引き締まったものを更に刺激して成長させていく。  
「あっ……ケルヴィン…ケル…」  
自分の体の奥へと深く差し込まれて、なおいまだに成長していくケルヴィンの逞しい男の剣の  
圧倒的な存在感に自分の元に帰ってきてくれた、彼の確かな肉体を感じて目尻から光るものを落とした。  
ケルヴィンは落ちていくその涙を吸い取りながら、自分のものを根元までマリーの中へと収める。  
ケルヴィンの濃い草むらとマリーの儚いそれとが彼らを隔てている唯一のものとなった。  
自分に笑いかけるケルヴィンの口元が優しい…マリーはその唇に指を伸ばしてなぞる。  
ケルヴィンは彼女の細く白い指に沿って自分の唇をゆっくりと這わせる。  
剃り切れていない彼の髭のざらついた感触もマリーにとってはたまらなく懐かしいし嬉しい。  
マリーの瞳から再び涙が落ちる。  
急激にあの遭遇した熱帯低気圧にも似た激しさが胸の中を駆けめぐり、ケルヴィンはマリーをきつく抱きしめると  
彼女の中へ挿入されている自分のものを突き上げ始めた。  
 
「ああ……ああ……ああっ!」  
マリーの体の中心は逞しく熱い男のものに隅々まで擦り上げられて、わななくように蠢きケルヴィンのものの  
回りに暖かく滑った愛液を雲霧のように降らす。  
体を揺らしながらケルヴィンの唇はマリーの首筋を吸い、舌で舐め上げてその下の乳房へと移動する。  
片腕で支えながら自分のやりやすい位置へとマリーの体を持ち上げてその胸に舌を這わせた。  
突き上げと同時に自分の乳房まで蹂躙されて、マリーは息付く事も出来ない男の攻勢に  
つい甘やかな抗議を洩らしてしまう。  
「ずる…い……私を…こんな…に…」  
加え続けられる愛撫と突き上げに息も絶えがちに快楽を覚えて、彼女はケルヴィンの日焼けした顔を撫でた。  
彼は含んでいた乳首から唇を放して、その愛らしい恨み言を言う唇を塞ぎ舌を絡める。  
「私を変えたのは……君なんだよ…マリー」  
そう言うと彼女の体の奥を貫いている自分のものを、のめり込ませるように腰をゆっくり突き動かす。  
ねっとりとしたその動きは突き上げるのとは違う刺激を、結合部と最も深い部分に与える。  
「は……あ……あ…」  
喘ぎながらマリーは膣壁から愛液を滴らせ、ケルヴィンの肉の剣の周りを巡り外へ流れて  
彼女のベッドの白いシーツを濡らす。  
淫猥な音がケルヴィンが動くたびに自分の体から発せられる。  
そのまま再び強く抱きしめられて、マリー自身も体の上のケルヴィンの背中に腕を回し精一杯抱きしめた。  
初めての時よりその体は遭難した時の食料制限と苦難のために痩せてはいるのだが  
ひ弱さは感じさせず、むしろ引き締まった感じが逞しさを持ってマリーの肌を通して解る。  
「…苦労したのね…」  
ケルヴィンはそう言うマリーの唇を自分ので覆ってから笑う。  
「…いや……それより…禁欲の方が…」  
ケルヴィンのどこかからかう口調に顔を赤らめながらマリーは小さく彼の耳元で囁いた。  
「…ばか」  
そのマリーの囁きを合図にケルヴィンは激しく腰を揺さぶってきた。  
体の内部全てを擦り上げられるような激しい突きに彼女は一瞬息が止まる。  
ケルヴィンは自分のものをぎりぎりまで彼女の中から引き出して、再び思い切って彼女の中に押し込んだ。  
「うっ!」  
 
激しくマリーを攻めていても、彼女に障りがないかと様子は窺っているのだが、その一方で彼女を  
自分の愛技でもっと乱れさせたいという願望も併せ持つケルヴィンもやはり男である。  
ケルヴィンのもので貫き突き上げ続けられているマリーは、白い肌を朱に染め焦点の合わないとろりとした瞳を  
彼の方へ向けその唇を半分開けて、熱い吐息と共に男にはたまらない艶っぽい喘ぎを洩らす。  
自分によって感じているのだと確信をして、ケルヴィンは腰の動きをますます早めていった。  
マリーが滴らす蜜が次第に絡むような粘りを帯びてくる。  
それと共に彼女の内壁がケルヴィンの男根を締め上げ始め、彼女の入り口も同時に男の根元を締め付ける。  
「くっ……」  
不覚にも放ちそうになったが、まだ彼女が登り詰めるまでは堪えなければいけない。  
マリーは体の中心で脈動している彼の逞しく固い肉の存在に圧迫されて、勝手に蠢く自分の内壁のぜん動に  
引きずられながら快楽の頂点を持っていた。  
ケルヴィンの唇がマリーの唇を求め激しく貪りながらその中に唾液を注ぎ込む。  
マリーは教えられたわけでもなく、そうするのが当然とばかりに愛しい男のそれを飲み下した。  
彼の唾液に媚薬でも混じっていたのかと思うほど、急速にマリーの体の中心が潤んで熱を帯びてくる。  
そこへ全て集約されるような強烈な戦慄にも似た官能が訪れた。  
「あっ…あっ…ああ!…あああ!」  
成長し尽くして膨れ上がったケルヴィンのものを襞という襞が縛り上げたまま頂上へと導く。  
男の腕の中で白い体をしなやかな獣のように反らしてマリーは快楽の頂点を迎えた。  
ケルヴィンは彼女の法悦の表情を確認してから、ようやくたがを外して女の体の中へ己のものを放った。  
二度…三度……断続的に自分の中に注ぎ込まれる彼の熱い精を陶酔の中で受け取り  
マリーは無意識のうちにそのしなやかな両脚をケルヴィンの体に絡める。  
彼から受け取ったものを全てこぼすまいと、まだ繋がったままの下半身を彼の下半身へと密着させた。  
そのマリーの気持ちに気付いてケルヴィンもその体をより強く抱きしめる。  
まだ荒い息を吐く彼は唇をマリーの顎から耳…涙を流す目尻に来てそれを吸った。  
再びそこから下へ降りてゆき喘いでいるマリーの唇を求めお互い舌を絡め合って貪る。  
部屋の引かれたカーテンの隙間からまだ夏の昼下がりの名残の光りが洩れている…  
そんな覇王の都の一室での出来事であった。  
 
抱き合ったまま交歓の余韻に浸っていた二人だったが、ケルヴィンの方が身じろぎし始めると  
「まだ…夜まで…ここにいて」  
とマリーは訴えるような眼差しで恋人の顔を見る。  
ケルヴィンは始めてマリーが自分に甘えているのだと気づいた。  
ようやく身も心も投げ出せる愛する男が出来たのだからそれは当然といえるだろう。  
父親のギュスターヴ12世はフィリップと彼女をギュスターヴとソフィーが去ってから  
自分の子供として扱わなかったと聞く。  
たとえフィリップという兄がいても、それはどれほどか弱い女性にとって寂しいことだったか想像できる。  
ましてや嫁ぎ先での夫の冷たさに耐えなければならなかった彼女の悲しさはいかばかりであったか。  
彼女を抱きしめてからその唇に口づけて、笑いかけながら静かに言う。  
「夜までは…だめだよ」  
「どうして…?」  
悲しそうな瞳をするマリーに彼は、あの年長者の不思議に安らぐような威厳を出して父親が娘に諭すように言う。  
「ちゃんと夕食は食べなさい。もちろん私も一緒だけど。…その後は」  
ケルヴィンは最後に含みを持たせて笑いながらマリーの頬をその手でゆっくりと撫でる。  
彼女は少し驚いたような顔をした後にその顔を和ませて素直に頷いた。  
「…はい」  
マリーもう一つ気になっていた事を遠慮がちに聞いた。  
「船酔い…大丈夫だった?」  
聞かれたケルヴィンの方は決まり悪そうに、しかし少々嬉しげにそれに答えた。  
「それが…なぜか平気だったんだ…緊張のせいもあるけど以前海賊退治で船に乗っていたことを思い出したせいかな?」  
「あら、それならよかった。…私を迎えに来てくれた時かなり酷かったみたいだから」  
やっぱり覚えているのかとケルヴィンは深く溜息をつく。  
「マリー…頼む……忘れてくれ…」  
嫌そうに頼むケルヴィンの様子にマリーは可笑しそうにクスクス笑っている。  
再び溜息をつきながらケルヴィンは二人の足元に使われずに固められていた上掛けを取ると  
それを自分とマリーに掛けながらくるまった。  
「とにかく夕方までは休んでおこうか。…にしても…」  
とあらためてマリー自身に不似合いな大きな天蓋付きベッドを見渡して笑う。  
マリーはケルヴィンの視線に気づいて前々から不思議だったらしく首を傾げて言った。  
「ええ。……ギュスターヴお兄様が手配してくれたらしいのだけど…サイズ間違えられたのね」  
その件について何も知らないマリーは無邪気に兄の間違いだと思いこんでいる。  
それがなぜかたまらなく可愛く思えてケルヴィンはマリーを抱きしめた。  
「どうしたの…?」  
その問いかけるマリーの唇に口づけてケルヴィンは笑った。  
「いや……兄上のご配慮に…感謝だな」  
 
 
ハン・ノヴァの覇王の豪奢な執務室で、ギュスターヴ達は輸送船遭難の事後処理に追われていた。  
「とにかく一人の死者も出さなかったのは良かったですな。ケルヴィン卿のお手柄でしょう」  
ムートンは書類を見ながら輸送船の被害状況を計算していた。  
「で、あいつらどうしている?」  
ギュスターヴはレスリーにマリーの部屋へ行ったケルヴィンらのことを聞く。  
「…しばらく二人だけにしてあげて。…まあ…そう言う事よ」  
とレスリーは覇王に笑いかける。  
「ふむ……さっそく俺の采配が当たったか。…何にせよ、これからどちらかのベッドが毎夜無駄になる」  
ギュスターヴは笑いながら人ごとのように言っているそこへ内務大臣からの突っ込みが入った。  
「陛下も人のことは言えないでしょう。…レスリー様の処とどちらが“無駄”になっているんです?」  
それに対してここぞとばかりにギュスターヴはムートンに訴えた。  
「俺は一緒の部屋にしろと言ったんだ。だのにこいつときたらけじめだのなんだのと…」  
レスリーももちろん覇王に負けていない。  
「四六時中ベタベタまといつかれるのは鬱陶しいのよ。私だって一人の時間は欲しいわ」  
「鬱陶しいとは何だ!」  
だんだん騒ぎが大きくなっていく覇王の首脳陣達のレベルの低い会話を聞きながらフリンは呟く。  
「ああ…刺激が強い」  
 
そう言うわけで覇王の都ハン・ノヴァでは夜ごと二つのベッドが確実に空き“無駄”になっている。  
 
 
The End  
 

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