窓から夕刻の冷たい風が吹きこみ、その中に甘さと苦さを併せ持った香りが混じる。  
レスリー・ベーリングはふと手紙を読んでいた顔をあげ風の方向に瞳を向けた。  
自室の部屋から見えるのは樹木全体にけぶるような黄色い花をつけたミモザ。  
今年もそんな季節になったのかと彼女は少し疲れを感じた。  
もう一度手紙を軽く読むと長いため息をつく。  
そこへ扉をノックする音が聞こえた。  
「レスリー様、お休みのところ誠に申し訳ございませんが陛下がお呼びです」  
こんな夕刻に彼女を呼び出すのは滅多にない…かなりの重要事項なのだろうか?  
「わかりました。すぐに参りますからと伝えてください」  
「承知しました」  
扉から伝言の臣下の足音が遠のいていきレスリーはしばらく遠くを見つめていた。  
手に持っていた手紙をたたみ、もとの封筒に入れ直すと机の引き出しの奥へ入れ鍵をかける。  
そうしてドレスを着替えるために彼女は奥の寝室へと消えていった。  
 
 
鋼の13世の執務部屋には内務を取り仕切るムートン、諜報活動を主とするフリン  
そしてヤーデ伯の息子ケルヴィンが集まって深刻な顔を並べている。  
ギュスターヴ自身もかなり困った顔をしていた。  
なかでもケルヴィンは深刻と言うよりも顔を少し赤らめて皆の中にいる。  
「俺としても…マリーには幸せでいて欲しいからなあ…まあ…お前がそこまで言うのなら…」  
ギュスターヴが顎を片手で支えて考えながらしゃべるのをケルヴィンはいたたまれない  
気持ちで苦しそうに聞いている。  
「申しわけ…ありません、陛下」  
ヤーデ伯の息子は深々とギュスターヴ13世に頭を下げた。  
「まあまあ、ケルヴィン殿。カンタールの女癖の悪さをつけば向こうも何も言えないでしょう…  
 それよりも問題は…」  
ムートンはちらりとギュスターヴに意味深な目配せをする。  
ギュスターヴはそれに応えてゆっくり頷く。  
「ケルヴィン、わかっているだろうがナ国王には俺は何も言えないぞ?…にしてもこの縁組みは  
 ショウ王には逆鱗ものなんだ。どういう風に話を持って行くつもりだ、お前」  
ケルヴィンの額に冷や汗が吹き出る。  
彼はその背の高い体を小さく縮こまらせてひたすら羞恥に耐えるしかなかった。  
その様子を見てギュスターヴは喉の奥で笑う。  
「しかし…女一人に…今のお前の顔、見物だぞ」  
いつもなら黙って受け流せる言葉だったのだが、この時のケルヴィンは神経が高ぶっていることと  
もうひとつギュスターヴが知らない情報の為に一気に血が逆流するような怒りにとらわれた。  
「……女一人に…何もしてやれない男には言われたくないですな…」  
押し殺すような声で言い放った言葉は今度はギュスターヴに怒りの火をつける。  
「もう一度言ってみろ」  
いきなり険悪になってきた二人の間でフリンもムートンもどう取りなしていいのかおろおろしている。  
 
丁度そこへ扉が開いてそれとともに甘くそして苦い香りが流れてきた。  
そこにはいつものように男性用の服を着てマントを肩から流すレスリーが  
手に花を生けた透明な花瓶を持って立っていた。  
「…ミモザか…」  
鋼の13世はそのレスリーの姿を何とも言えない感慨で見惚れている。  
今まで気を高ぶらせていたケルヴィンもフリンもムートンも入ってきた男装の女性の  
どこか神聖な姿に毒気を抜かれて沈黙した。  
「ええ、こちらはいつも殺風景すぎますから…」  
レスリーは部屋の隅の小さいが繊細な一角獣ユニコーンの彫刻がなされたサイドテーブルへ  
その金色の光を灯したような黄色い花を入れた花瓶を置く。  
それから彼女はギュスターヴの正面に回り頭を下げて彼の瞳をのぞいた。  
「私にご用でしょうか、陛下?」  
いつのまにか陛下と言わなければならなくなった幼なじみの男にレスリーは  
内心の寂しさを隠して澄んだ声で用件を聞く。  
ギュスターヴはほんの少し躊躇って…レスリーに語り出した。  
「マリーのところへ行って…それとなくこちらの意図を伝えてきて欲しい。彼女の意志とか  
 …つまり、こちらへ戻ってくるようにとのことだ」  
やっぱりその事かと彼女は思う。  
テルムでギュスターヴの妹マリー会ったときはそこに彼らの母ソフィーが蘇ったのかと思うほど  
その容姿も、そして何よりその内面までもが似ていた。  
ソフィーに限りない思慕を寄せていたケルヴィンの驚きと狼狽ぶりは  
レスリーにも手に取るようにわかっていた。  
ソフィーへの思慕がマリーへの恋情へと流れていったのは無理もないことだったのだろう。  
しかしマリーはオート侯カンタールの妻である。  
そしてそのカンタールはギュスターヴの父12世が急死してから女あさりを始める。  
鋼の13世にしても妹マリーの不幸は始終気にかかってはいたことだった。  
ケルヴィンの恋心とギュスターヴの妹思いが合致したというか。  
 
「こういう役目はフリンが適任なんだが…あいにく目立ちすぎるし警戒されてしまう」  
「僕はそこいら中動きすぎたからね。オート侯のような聡すぎる人間には煙たがられているんだ」  
相変わらずの愛嬌のある顔をほころばせてフリンは言った。  
「でも…マリー様のご意志は固いと聞いております。そんなところへ私が説得に言ってもどうでしょうか?」  
マリーにカンタールとの離縁とケルヴィンとの再婚を勧める…  
マリー自身は夫に疎んじられようとカンタールに貞節を捧げている。  
ソフィーの影響の色濃い彼女の心根なら、多分頑としてこちらの申し出を受けないに違いない。  
「いえいえ、レスリー殿には時候の挨拶がてらやんわりとマリー様に様子をうかがう程度でよろしいのです。  
 正式な離縁の手続きとかはわたくしが乗り込んでカンタール侯に突き付けますよ…その前に  
 マリー様にはお覚悟をしていただけないといけないので」  
策士でもあるムートンは油断のない目をしてレスリーを見つめた。  
「……では、これはもう決定事項なのですね?」  
レスリーは少しまなざしをきつくしてギュスターヴを真正面から見返した。  
「そういうことだ」  
ギュスターヴはなんとなくレスリーから目をそらした。  
「わかりました。それでは出発日が決まりしだいすぐにオート領へ飛びますので…  
 下がらせていただいてよろしいでしょうか?」  
王はしばらく考えて頷いた。  
「夕刻の休憩を邪魔してすまなかった」  
レスリーが頭を下げて出て行こうとするところへ、今まで沈黙していたケルヴィンの声がかかった。  
「陛下、わたくしもいったん自室に戻らせていただきます」  
とギュスターヴの返事も聞かずにレスリーと一緒に執務室から出て行った。  
(あいつ…なんだよ…)  
彼はケルヴィンの普段の彼らしくない行動の数々に頭を捻っていた。  
 
 
執務室からレスリーと同時に出たケルヴィンは彼女に深々と頭を下げた。  
「すまない。私のわがままのために君を巻き込んで」  
レスリーは相変わらずの生真面目な彼の態度に微笑した。  
「いいえ、おかまいなく。ケルヴィン卿」  
「…ギュスターヴの前以外は呼び捨てにしてくれ。どうもその言い方は落ち着かないし敬語もいらん」  
「わかったわ、ケルヴィン。これでいい?」  
ケルヴィン自身はその声音でほっと一息ついた。  
「…レスリー…父上からの手紙にベーリングのご両親からの話が書かれていたよ…どうする?  
 ギュスターヴの野郎に聞かせてやりたいもんだ。お前がぐずついている間にレスリーは  
 他の男に掻っさらわれていくぞと」  
ケルヴィンの口調はフリンがよく指摘するようにギュスターヴそっくりになってしまっている。  
本人に言うと怒るのでレスリーは笑いながら黙っていた。  
「……ギュス…陛下には私から話すわ。多分このマリー様への使者の御用が最後の仕事になるのね…」  
そう言いながら遠くを見つめるレスリーの言葉にケルヴィンは目を見開いた。  
「え?…まさか…君は結婚話を受けるというのか?」  
すっかり暗くなった廊下の窓から星が瞬き始めている。  
その輝きのひとつを見つめながらレスリーはゆっくりと話し出した。  
「23年…ギュスと6つの時初めて会ってからそんなに経ったのね…本当に退屈はしなかったけど。でも私も  
 もう29なのよね。それでなくても行き遅れなのに結婚話があるだけでもありがたいと」  
 
「レスリー!」  
訥々としゃべり続けるレスリーに驚いてケルヴィンは叫んだ。  
「ギュスターヴのせいだな?あいつが曖昧な態度しか取らないから。…レスリー、早まるな  
 私があいつに言ってやる。王だろうとかまうか!いいかげんに惚れた女に」  
「だめよ、ケルヴィン」  
ケルヴィンの憤懣に対してレスリーは低くしかし強く諭した。  
「楽しかった…なーんて言うとふざけているけど…本当にギュスやあなた、フリンと居ると楽しくて…  
 でも、もう戦争や政治の話なのよね。…だからせめて私はソフィー様の代わりを…だめだったけど」  
少しうつむいている彼女の顔は暗さでその表情を伺うことは出来なかった。  
ケルヴィンは同い年の幼なじみの彼女にうまく言うべき言葉が見つからない。  
「レスリー…頼むから…君がいなくなると…ギュスターヴは…」  
レスリーは首を振りながらケルヴィンに一言一言噛みしめるように語る。  
「あなたやフリン…それにネーベルスタン将軍やらムートンがいるから大丈夫…それに私がいると  
 ギュスターヴが奥さんもらうのに変な噂がたっちゃ困るじゃない?  
 色々申し込みがあるようだけど受けようともしないんだから、ケルヴィンから何とか言ってあげてよ」  
(それは君のせいでもあるんだが…)  
彼女からの言葉に混乱気味のケルヴィンはとにかく落ち着かねばならないと思った。  
自身の恋愛もままならぬのに、いつも一緒にいたこの幼なじみ達の関係もどうすればいいのか…  
ため息をつきながら彼はレスリーと暗い廊下をゆっくりと歩いていった。  
 
オート侯爵領は熱いワイドとは打って変わって北からの冷たい風が心地よく肌の上を撫でてゆく。  
レスリー・ベーリングはここで初めて若いオート侯カンタールに会った。  
「どうぞごゆるりと、使者殿」  
21歳のカンタールは如才なく鋼の13世からの使いに丁重な挨拶をした。  
鋭い瞳にはレスリー訪問の本当の理由を知っていたかどうか伺うことは出来ないが  
おそらくは想定内の事ではなかったかと彼女は思っている。  
マリーはレスリー訪問をことのほか喜んでくれた。  
ソフィーによく似た美しいマリーの無邪気な顔にレスリーの胸は痛んだ。  
「ギュスターヴ兄様はお元気そうですね。ケルヴィン様もお変わりございませんか?」  
いきなり本案の主の名前が出て少しレスリーは面食らったがこれ幸いと話を振ってみる。  
「ケルヴィン様ご自身はお元気ですよ。それよりマリー様のことご心配なさっていました」  
マリーの表情が一瞬止まった…がすぐに悲しそうな顔になった。  
「…すべて…私がいたらないために、ケルヴィン様にまで余計なご心配を…」  
「いいえ。陛下もケルヴィン様もいつもマリー様のことお話になっておられました。何かお二人に  
 ご要望があれば私におっしゃって下さい。お伝えいたします」  
レスリーにはこれが限界だった。  
これ以上自分がケルヴィンを売り込むことは出来ない…後はムートンの出番になる。  
その時はマリーは確実にカンタールとの離婚になるのだ。  
いつの時代も支配階級の女は結婚の道具という第1の義務を負って生まれてくる。  
目の前にいるマリーは繊細で美しく、生々しい現実の中ではあまりに痛ましく見える。  
 
そんな同情を寄せるマリーが意外なことを言い出した。  
「私のことより、レスリー…あなたはお兄様とはどうなのです?ギュスターヴお兄様が結婚なさらないのは  
 あなたの存在が有るからだと思うのですが…」  
諸領にレスリーの存在がわかる術がない。さすが策謀家カンタールのお膝元である。  
どこで情報を集めたのかとレスリーは感心しつつ苦笑しながらマリーに語る。  
「それは違います、マリー様。陛下とはただの幼なじみ…ただそう言う噂があるようなので  
 今回のマリー様ご訪問の件のあと、私は陛下の前を辞したいと思っています…  
 ですから去っていくこの私に何でも御忌憚なくお話下さって結構です。  
 陛下は…マリー様に戻ってもらっても…」  
さすがに最後の言葉はレスリーにも言いづらくマリーの顔を見ることが出来なかった。  
マリーは少しの間、黙ってうつむいていたが顔を上げたときにはその瞳に強い光が宿っていた。  
「私は…戻りません。私にはあの人…カンタールの奥底がわかるのです。…自分の瞳が曇っていなければ。  
 そしてレスリー?ギュスターヴお兄様はご自身にアニマが無いことを負い目に生きてこられた方です。  
 ……自分の本心を打ち明けることすら兄は苦しいのです…どうか兄と話して…  
 私自身は…最早機を逸したのでしょうが…」  
真向かいに座っているマリーにソフィーの姿が見えた…いやその気がしただけなのかも知れない。  
レスリーの心の奥にソフィーの姿が蘇りその場所でレスリーは泣いた。  
しかしマリーの瞳を見つめている彼女自身の瞳には涙はなかった。  
 
オート領から戻ったレスリーの報告をギュスターヴ、ムートン、フリン、珍しく戦場から戻った大将軍ネーベルスタン  
そしてケルヴィンが熱心に聞いている。  
「私自身にはマリー様のご決意の固さをどうすることもできませんでしたが…」  
ギュスターヴは目を閉じて深くため息をついた。  
「仕方がないさ、後は頼むぞムートン。相手は名うての策略家、楽しんでこい」  
「まあ…非常に楽しみではありますがね」  
ムートンはやれやれと言うように、それでもギュスターヴの言葉どおり弾んでいるように見えた。  
そこへレスリーがギュスターヴの前にひざまずき、頭を垂れて話し出した。  
「家臣の皆様方がおそろいのこの機会にわたくしからの願いがございます。…長年陛下のご厚情で  
 側近く使えてきました自分ですが、実家からの願いもありこのたび結婚の運びとなりました。  
 ついてはこちらでの仕事の任を解いていただき、ベーリング家に戻りとうございます」  
その場にいた全員はしばらく言葉も出ないぐらいに驚く…話を知っていたケルヴィン以外は。  
ギュスターヴ自身はただひざまずき頭を垂れたままの彼女を見つめ続けていた。  
「…レスリー…?冗談…だよね?」  
フリンも始めて聞いたケルヴィンと同じく混乱して言葉がうまく出ない。  
「あ…ご結婚…しかし、その…レスリー殿は…ギ…」  
ムートンは日頃の能弁ぶりはどこへやら、つい口をすべらせそうになり慌てて手で塞いだ。  
ケルヴィンは沈黙したままギュスターヴの様子を観察し続けている。  
 
(この野郎…)  
少なくとも表面上は冷静な鋼の13世の鉄面皮ぶりにトマス卿の息子はイライラしてきた。  
いつまでも口を開かないギュスターヴに業を煮やして何か言ってやろうとした時に  
ようやくギュスターヴは言葉を発した。  
「いままで、ご苦労だった。仕事の引き継ぎはムートンに任せてくれ。…感謝している」  
そのギュスターヴの言葉にきれかけて殴りかかろうとしたケルヴィンを後ろから  
羽交い締めにして止めたのは無骨な武人のネーベルスタンだった。  
「ありがとうございます。…それでは陛下これで下がらせていただきます」  
レスリーはうしろへ2〜3歩下がって執務室の扉から出ていった。  
ネーベルスタンに捕まったままケルヴィンは叫ぶ。  
「なぜ止めない!いつまでレスリーに甘えるつもりですか、陛下!見損ないましたぞ  
 ご苦労だの感謝だのそんな言葉を彼女が聞きたいのではないんだ!…いいかげんにしろ  
 ギュスターヴ、レスリーを失ってまでお前は自由でいたいのか!!」  
覇王への遠慮も容赦もないケルヴィンの言葉は実はこの場にいる全員の叫びでもあった。  
彼らは全員万事控えめだが女らしい気遣いと男と変わらぬ仕事ぶりのレスリーに好意を持っている。  
執務室が水を打ったようにシンと静まりかえった。  
「…全員出て行ってくれ…一人にして欲しい…」  
そのギュスターヴの静かすぎる声色に全員胸を衝かれた。  
ネーベルスタンはまだ何か言おうとするケルヴィンを目配せで落ち着かせて外へと促す。  
二人の後にムートンもフリンも心配げな視線を13世に送りながら執務室を後にした。  
家臣達が全員いなくなった広い部屋で一人、ギュスターヴは天上を睨み付ける。  
「…そういえば…母上の言いつけを…守らなかったな…」  
母ソフィーの「レスリーを大切に」と言う最後の言葉を彼は耳の中に聞こえてくるのを感じていた。  
 
 
外に出た覇王の家臣達はそれぞれ沈鬱な表情で長い廊下を歩いている。  
そこへ寡黙で普段ほとんどしゃべらないネーベルスタンが一番最初に口を開いた。  
「陛下は最初の戦いの時と同じように恐れておられる。…あまりにレスリー殿を大切に思われるあまり  
 その先のことまで考えておられるのです。レスリー殿も陛下を気遣うあまりに身を引こうとしている…」  
ケルヴィンはきつく目を閉じて苦悶の表情をしていた。  
「…わかっているのです…あのふたりがどれほどお互いを…だから何とかうまくいって欲しい。  
 …わかっているつもりでも実はアニマのないギュスターヴの苦痛を…私は理解していないのでしょう」  
悲しげな顔をしてケルヴィンはギュスターヴと同じく術不能者のフリンを見た。  
「僕も…本当のところはギュス様…陛下の本心はわかりませんよ。レスリーは…」  
フリンにもどうしていいかわからず楽天的な彼には珍しいため息をつく。  
「陛下にご決心してもらうしかないのでしょうね…とりあえずは」  
内務大臣らしい言葉でムートンも廊下から窓の外の風景を眺めながら呟いた。  
部屋に戻ったレスリーの方はベッドの上に腰掛けて座り惚けたように壁を見つめていた。  
これでなにもかも終わったと思った…ギュスターヴとのつながりも何もかも。  
体が器ならその中に何も無いからっぽの状態はこういう事なのか。  
何も無いはずなのに喉の奥からせり上がってくるようなこれはいったい何だろうか?  
耳に聞こえてくる締め付けるような音が自分の体から発せられているのを知るのに  
レスリーはかなりの時間がかかった。  
見つめていた壁がぼやけて頬が冷たい。  
ようやく頭と体の状態が合致して今自分が涙を流し嗚咽していることがわかる。  
彼女はベッドに身を投げ出して引き絞るように泣いた。  
彼とともにあった年月を回想し自らそれを絶たなければならなかったことを。  
ギュスターヴにのめり込んでどうしようもなくなった自分を哀れんで…  
 
 
5日後、仕事の引き継ぎを済ませ全ての身支度を終えたレスリー・ベーリングはギュスターヴ13世の前に立つ。  
彼女はロイヤルブルーのベルベットの揃えに襟元から白いレースのブラウスを覗かせただけの  
簡素で清楚な姿をしていただけなのだが、その姿は若い寡婦のように寂しげで美しかった。  
いつもは垂らしたままのロングヘアもまとめられたことで余計に臈長けて見える。  
ギュスターヴは感慨深そうな瞳でレスリーの姿を見ていた。  
レスリーもギュスターヴのすっかり王らしくなった30歳壮年の面構えを見つめ続けている。  
思えば彼女が一番最初にギュスターヴに対峙したのは彼の泣き顔だった…  
フリンを殴りながら泣くギュスターヴの心の内を探りたくて今日までついてきたのだった。  
「今日までの陛下のお情けと」  
「レスリー」  
ギュスターヴは彼女からの退任の口上を途中で遮った。  
「…陛下はやめてくれ。ギュスでいい…昔の通りの言葉でしゃべってくれ…頼む」  
いつ頃からか陛下としか呼ばなくなったのは自分でもなぜかわからなかった。  
彼女は少し深呼吸して幼なじみの男に希望通りの昔の言葉で話し出した。  
「いままで…ありがとう、ギュス。楽しかったわ…ちょっと不謹慎かしら?」  
いたずらっぽく笑う彼女の顔は幼い頃よく喧嘩もしたレスリーのままだった。  
「退屈はしなかっただろう?」  
ギュスターヴもテルム城内の肖像画の前での彼女の言葉を繰り返した。  
「かなり大変だったわ。刺激的だったけど」  
二人で軽く笑い合った。  
それから二人とも言うべき言葉が見つからず執務室は沈黙の重苦しさに包まれる。  
ギュスターヴは執務机の向こうから手を出した。  
レスリーはその手を握り握手をする。  
暖かく大きな手は戦いに明け暮れる覇王にふさわしく骨張って硬い。  
ギュスターヴの通り名になった鋼の剣を縦横に操る手だ。  
「元気でね…ギュス…鋼の13世……私の…」  
レスリーの手はギュスターヴの手からするりと抜けていく。  
「レスリー!」  
そのまま小走りに執務室から出て行き扉を閉めて屋敷の廊下を進んでいく。  
(よかった…見られずに済んだ…!)  
滂沱と落ちる涙を拭いながら彼女は屋敷を出てワイドの港へと走っていった。  
 
レスリーが去っていった扉の方を見つめながらギュスターヴは苦悩する。  
(どうすればよかった…どうしてやればよかった…!)  
長い間何度も考えつくしそれでも結論のでない問答を再び頭の中で繰り返す。  
しばらく額に手をあててうつむきながら瞳を閉じていた彼だがその顔を上げたとき  
瞳に覇王にふさわしい強い光が宿る。  
彼は執務机の引き出しから紙を取り出しその上に何かを素早く書き始めた。  
それが終わるとよく通る声で外にいる護衛の兵士を呼んだ。  
「ムートンとネーベルスタン、それにフリンとケルヴィンをここへ呼んでくれ、至急だ」  
「承知いたしました…が、ケルヴィン卿はただいま出仕ボイコット中なのでは…」  
兵士は言いづらそうにギュスターヴの方を伺う。  
「全員港の方にいるはずだ。ケルヴィンが来ないというのなら殴り倒して引きずってでもここへ連れてこい!」  
と兵士の方が殴られそうな勢いで言われて彼は慌てて復唱した。  
「わ わかりましたっ!ケルヴィン卿らを殴り倒してここへお連れいたしますっ!!」  
あたふたと出て行く兵士を見ながら彼は次の手順を考えている。  
それは困難な戦局を打開するための戦略を練る鋼の13世にふさわしい不敵さであった。  
 
当のケルヴィンら家臣達はレスリーを見送るためにギュスターヴの言うとおり港にいた。  
「ここから船に乗って陸伝いに回りヤーデ伯爵領によられてシャルンホルストからインネル川に入り  
 グリューゲル…と言うわけですか。かなりな船旅ですなあ…」  
ワイドから滅多に出ないムートンには想像に余るもののようである。  
「ギンガーに乗っての陸路よりかなり安全で早いぞ。海賊は出るがね」  
ネーベルスタン将軍が言うとおりこの時代に最も発達している交通路は船であったから  
レスリーもギュスターヴの軍お抱えの船で故郷へ帰ることとなった。  
「帰っちゃうのか…寂しくって仕方がないよ。なんたって小さい頃からずーっと一緒だったから」  
いつもは明るいフリンもしんみりとして落ち込んでいた。  
「私も、フリン…お互い年取っちゃったわね。…ケルヴィン…トマス卿に何か伝言が有れば聞くわ」  
不機嫌そうにさっきからむっつりと黙り込んでいるケルヴィンはレスリーに促されて渋々口を開く。  
「いつも親不孝していますとだけ伝えてくれればいい…なあ、本当に行ってしまうのか?」  
あきらめきれないケルヴィンはレスリーに迫る。  
それへ笑いながらレスリーはケルヴィンとフリン二人同時に抱きついて最後の別れをする。  
「ごめんね…私だけが帰っちゃって。二人ともギュスの力になってあげて。彼の支えに…」  
ケルヴィンもフリンも深く長いため息をついて幼なじみの女性を抱擁した。  
「レスリー殿、何かあればいつでもお力になりますぞ。…私はあなたのファンでしたから」  
「ムートンの言うとおり、わたしも君が好きだったよ。陛下とは違う意味だが」  
レスリーは策略家の内務大臣と堅物の大将軍の珍しい言葉に思わず微笑む。  
「お嬢様、そろそろ…」  
ベーリングの実家から迎えにきた年老いた家令に促されて彼女は出発の時が来たのを知る。  
「みんな…本当にありがとう…」  
彼ら全員に別れの礼をとり、レスリーは船の甲板へと上がっていった。  
船乗り達に忙しく出発の命令が伝達されて、オールが船の中から一斉に投げ出されやがてゆっくり漕ぎだした。  
港から船が離れだしレスリーは甲板の端から手を振った。  
「レスリー!」  
港に残るケルヴィン達の姿がだんだん小さくなっていく。  
それへいつまでも手を振っていたのだが、彼らの姿が見えなくなると彼女の忍耐の限界が来た。  
彼女はその場に崩れ落ち、うずくまって嗚咽を上げた。  
その背中を家令は撫でてやるのだが、泣きじゃくる彼女を止めることは出来なかった。  
 
 
港を出てからどれほどの時間が経ったのかレスリーにはわからなかったが  
甲板から海と空を眺めているとあたりは紫色の暮色に染まっている。  
頭の中が空白で今何も考えられない彼女は手持ち無沙汰げに甲板をぶらついていた。  
「船長?後方から何か…あれは…海賊船かも!!」  
マストの上の見張り係は大声で叫ぶ。  
舳先で前方を監視していた船長は驚いて後方の方へ走っていった。  
「お お嬢様…海賊とは!」  
この海域に海賊が多いのはよく聞いてはいたのだがあまりに出没が早い。  
「大丈夫よ。ここには兵士達がいるのだし、鋼の軍団の力を彼らは知らないと見えるわね」  
おびえる家令を勇ましく力づけながら彼女は荷物から鋼の小剣を取り出した。  
護身用とはいえ術の干渉を受けないそれは普通の物より格段に攻撃力がある。  
(ギュス…守ってよ…)  
以前にギュスターヴから手渡されていたそれにキスして鞘から抜き出した。  
「レスリー様、危険ですから船室に入っていてください。あなたには毛筋ほどの傷も受けさせるなと陛下が!」  
護衛の兵士達の隊長が剣を持つレスリーを見て慌てて叫ぶ。  
「これでも一応手ほどきは受けているのよ…鋼の13世直々にね。船室にこもって攻め込まれたら  
 それで終わりでしょ?まだここで戦っている方が逃げ道もあるんじゃない?」  
切羽詰まった状況にそこまで判断するレスリーの強さに流石だと隊長は感心した…が  
彼女に何かあったときの事を考えると首になるどころではない。  
「しかし…」  
その時マストの上の見張りから再び大声がした。  
「船長、旗です!旗が揚がっています!」  
「旗だとー?海賊船のくせにたいした開き直り具合だな!こっちは鋼の13世の直参だ、かまうこたあない  
 こちらから乗り込んで痛い目に遭わせてやる!」  
船乗りの気性の荒いのは仕方ないが、その船長の言葉に隊長が何か言おうとしたとき  
「…待ってください…あれは…あの模様は…ドラゴン?…昇竜のマークです!」  
その言葉を聞いたとたんレスリーの手から小剣が落ち甲板へと突き刺さった。  
サンダイル広しといえども竜をエンブレムとしている人物は一人しかいない。  
 
迫ってきた相手の船の舳先に無造作に金髪を長く伸ばした人物がいた。  
レスリーが切れと言っても「面倒だ」とそのまま伸ばし、今ではそれが彼の特徴となってしまった。  
その男が停泊し並んだ二つの船の間に渡された板の上を歩いてレスリーの方へと向かってくる。  
レスリーとその後ろにいるベーリング家の家令に向かってよく通る声で言った。  
 
「レスリー・ベーリング嬢を我が元にもらい受ける」  
 
レスリーは男の処へと駆けだしてその腕の中に飛び込んだ。  
ギュスターヴはレスリーを強く抱きしめて唇に口づけを落とし込んだ。  
 
その後ろに真っ青な顔をしふらふらになっているケルヴィンが何か封筒のような物を持っていた。  
「大丈夫か…?…フリンに任せた方がよかったんじゃないか?」  
ギュスターヴは船酔いで憔悴しきっているケルヴィンを気遣わしげに見ている。  
「うる…さい…いきなり人を引きずり回しやがっ…うっぷ…これだけは…私が…」  
板の上を危なっかしい足取りで渡りそのまた後ろにいるフリンに「落ちませんように」と祈られながら  
ケルヴィンはベーリング家の家令にその封筒を渡した。  
「これは…陛下からの…うっ…レスリー嬢への誓約書だ…これから君は正式な特使となる…心して帰るように」  
言うだけ言うとケルヴィンは慌てて乗ってきた船に戻り奥の船室へ直行した。  
「がはははっ!陸の男はさざ波ぐらいの揺れでも弱いな!」  
銀帆船団の船長は相変わらずの豪快な笑いで陽気に言った。  
(あれのどこがさざ波…)  
ギュスターヴがどこで海賊である彼らと知り合ったのか全然見当が付かなかったのだが  
酒場にいる船員のバットという男に話しかけると彼は二つ返事で追跡を引き受けてくれた。  
船足はなるほど速かったのだが夕刻の大波をかき分けるように進む船の揺れは  
ケルヴィンをダウンさせ、フリンもケルヴィンほどではないがかなり酔ってしまった。  
「…誓約書…?…それ……ん…」  
問いかけるレスリーの唇をギュスターヴは再び塞いだ。  
「お前にも後で渡すよ。それよりバット、奥空いているか?」  
外見は荒っぽそうだが瞳はかなりの知性を感じさせるバットは親指で行けと合図した。  
「女とおこもりかい。お前もなかなかおさかんらしいな、ギュス」  
ギュスターヴはレスリーを抱き上げると船室の方へと消えていった。  
後に残されたフリンに船長は聞く。  
「ギュスの野郎、一体今何しているんだ?何ならこの船に雇ってやってもいいんだぜ」  
サンダイルに名を轟かす時代の風雲児を知らないのかとフリンは気が抜けそうになる。  
「…まあ…色々と。戦争とか政治とか…その他種々雑多…」  
「なんだ。雑用係かい。始めて会った頃と変わらんな〜」  
「雑用…」  
高笑いして自己完結した船長を横目で眺めながら、バットは何もかもわかっているような顔をしている。  
なるほど物事にこだわらない船長と、わかっていても何も言わないバットはギュスターヴと気が合いそうだ。  
フリンは封書を持って茫然としているベーリング家の年老いた家令に近づいた。  
「それをレスリーのご両親に渡して欲しい。それと軍の諸君はこれよりこの特使殿の護衛の任に変わった。  
 行き先はグリューゲルだがヤーデ領に立ち寄る必要はなくなったので、念のために」  
ベーリング家からきた彼はその言葉を聞いて深くため息をついた。  
 
ギュスターヴはレスリーを抱きかかえたまま使われていない船室のひとつに入る。  
質素…というより何もない部屋には古びた布貼りの椅子が置かれていた。  
それへレスリーを座らせるとまた口づけを開始した。  
今度は強く…開いたレスリーの唇の隙間からギュスターヴは舌を忍び込ませて彼女の口内をまさぐる  
「うん…ギュス…」  
レスリーの暖かい舌を自分の舌で舐めながら彼の手は彼女の上着のボタンを外しにかかった。  
深く濃い高貴な青色の上着の下の白いレースのブラウスを引き上げて  
その中の柔らかな膨らみを激しく掴み揉み始めた。  
彼女は苦しげに喘ぎ始めその喘ぎさえもギュスターヴの口づけに取り去られてしまう。  
彼はブラウスをはだけてその中の白い豊かな丸みの頂点を口に含んだ。  
「あ…くっ…」  
お互い肌に触れるのが初めてだったわけではないのだが、密着させ快楽を求め合う目的のような  
ものではなかったので二人とも性急になっていた。  
ギュスターヴの手はすぐにレスリーのロングスカートの裾をまくり、絹のストッキングを履いた  
両脚をなぞって薄い下着へと伸びてゆく。  
それをもどかしげにはぎ取って下へとずらし、むき出しになった彼女の秘所の中へと指を滑らせる。  
「ギュス…ターヴ…!」  
舌を差し入れられ絡められ喘ぐことさえままならない激しい口づけを続けつつ彼は幼なじみの女性の  
暖かく湿った体の中心部をその指で探り濡れた音を響かせた。  
重い鋼の剣を操る指は王侯と言うより武人の物で長く太くレスリーの中心を攻め立てる。  
口づけが一瞬止んだ時にレスリーは言わなければならない事を言おうと思った。  
「…私…あなたに…」  
しかし再び口づけが襲い、体の中心ではギュスターヴの指が休みなく蠢いている。  
「後だ…」  
彼はレスリーに今しゃべらせたくなかった…自分がしっかり掴んだ物を放したくなくて焦っていた。  
(…どうせ…わかってしまうわね…)その時ギュスターヴは…  
 
ギュスターヴは自分のズボンの前をずらして中から己の起立した物を取りだして十分に潤った  
レスリーの秘められた壺へと侵入させ始めた。  
「ギュス!ああ!」  
濡れていて痛みがなかったとはいえギュスターヴのものはレスリーの中を圧迫し圧倒する物量と大きさで  
彼女はより一層の激しい喘ぎを上げた。  
レスリーを椅子に押しつけるかたちでギュスターヴは中へ中へと突き進んできた。  
彼の体がレスリーの体に押しつけられその絹のストッキングを履いた両脚を広げてゆく。  
「俺のものだ…レスリー…」  
自分の物が奥まで進んだのを確認して前触れもなく激しくレスリーを突き上げた  
「はあっ!…ギュス!あっあっあっ」  
椅子の背に押しつけられて下半身を密着させたままギュスターヴは肘掛けに手をついて  
レスリーの中に押し込むように自分のもので突き上げ続ける。  
二人とも惹かれ合っていながら慎重なために今日まで関係を結ぶことを躊躇っていたが  
今はどちらも一刻も早く身も心も結ばれて頂点を迎えることを渇望する。  
限界が来つつあるギュスターヴは肘掛けを掴む両腕をレスリーの体に回しきつく抱きしめる。  
レスリーの中のギュスターヴが脈動し蠢いて内壁の隅々にまで膨張していく。  
彼女はギュスターヴの逞しい体を抱き返して、彼の肩に顔を乗せるとその激しい息づかいが耳に聞こえた。  
その息づかいに合わせるかのようにレスリーの呼気も荒くなっていく。  
背中から何かが這うような痺れが彼女の内壁へ伝わりギュスターヴのものを締め上げた。  
言葉にならない叫びを上げてレスリーはいった。  
締め上げられたギュスターヴも耐えるのをやめて恋人の中へと吐精する。  
「…レスリー…!」  
仰向けになって脱力した彼女を自分の腕の中に抱き取りゆっくりついばむように口づけする。  
レスリーの結い上げた髪がほどけふたりの顔を隠した…  
 
 
一方ケルヴィンの方はと言うと、耐え難い吐き気と頭痛に悩まされ船室のベッドとも言えない  
薄汚れたスプリングの悪い簡易の寝椅子に横になっていた。  
生まれて初めての船酔いの凄まじさに、海軍提督もしていたネーベルスタン将軍はやっぱり  
凄いとつくづくその平衡感覚の狂った頭の片隅で考える。  
そんな時に木の壁を通して隣の船室からひそやかな声が聞こえてきた。  
聞き覚えのある男女の…やがて女のなんとも艶めいたあきらかな歓びの声が洩れてくる。  
(あいつら〜!陸に着くまで我慢できなかったのか!)  
驚きにしばらく船酔いを忘れていたが、ひときわ艶めかしいレスリーの嬌声が洩れてきて  
ケルヴィンは別の頭痛が増してきたように思えた。  
(なんか…俺って凄い間抜けな気が…)  
それもこれも親友のギュスターヴのせいだと思うとどうにも気が収まらない。  
陸に着いたらイヤミの一言でも言ってやろうと言葉を考えつつ、彼は耳を塞いで隣の閨事から  
気をそらし吐き気をこらえながら船室で悶々としていた。  
 
 
ようやくワイドの港に着いた時、あたりは静まりかえり空は満天降るような星空になっていた。  
待機していた兵士が船の回りに集まってきた。  
ケルヴィンは憔悴しきった体を引きずりながら船室からおぼつかない足取りで出てくる。  
「大丈夫…なわけないよね…」  
フリンは真っ青な顔のケルヴィンに控えめに声をかける。  
陸に降りて少し歩き回ってみると幾分か頭痛が治まり気分も良くなってきた。  
「…死ぬかと思った…いろいろと…」  
やがて残りの男女連れが海賊船の船室からゆっくり出てきた。  
(…あれ?)  
出てきたギュスターヴとレスリーの姿にケルヴィンは首をかしげる。  
どこか不機嫌そうなギュスターヴの後をなぜか悪びれた様子でレスリーがうなだれて付いていく。  
その様子はフリンにもわかったらしい。  
「…ギュス様とレスリー…喧嘩でもしていたの?」  
「いや…?…喧嘩どころか…これ以上なく…」  
口を滑らしかけて慌てて吐き気を堪えるふりをして歩き出していく。  
ギュスターヴとレスリーを先頭に護衛の兵士に守られた一団がワイドの町中を  
ぞろぞろ歩いていく様は結構な話ネタにもなりそうな眺めであった。  
「とりあえず、これで一件落着だ。もう誰がなんと言おうと私は休むぞ」  
「…無理矢理に話を収めようとするところもギュス様に…」  
「何か言ったか?フリン?」  
「いいえ、何でもございません、ケルヴィン卿」  
小高いワイドの町の一番上にある元ワイド侯屋敷…今はギュスターヴ所有になっているそこへ  
帰りついた時にはみんな物も言えないぐらい疲れ果てていた。  
中からムートンとネーベルスタンが出迎えてギュスターヴとレスリーは王の私室へと二人して消えていった。  
それを見届けてからケルヴィンはフリンに言った。  
「フリン、つき合え。どうにも飲んでからでないと寝付けそうにない」  
「でも…船酔い、大丈夫?僕はギュス様ほどお酒強くないんだけど」  
「大丈夫だ。私もギュスターヴのようなウワバミではないからな……まったくあの二人には…」  
二人してため息をつきやれやれと首を振る。  
それでもケルヴィンとフリンの顔には安堵の微笑みが浮かんではいた。  
 
ギュスターヴの私室は元ワイド侯の私室にあたり屋敷でも最上階の奥まったところにある。  
何回か呼び出されてそこへ入ったことはあるのだが相変わらずの殺風景さである。  
ギュスターヴの好みもあるが、彼はあまり調度品とかには構わないらしい。  
しかし今日は入室したとたんなにか嗅ぎおぼえのある香りがほのかに漂っていた。  
ギュスターヴはレスリーが入ると扉の鍵を閉める。  
彼女は部屋の真ん中の処まで行ってギュスターヴ背を向けて立っていた。  
「……誰なんだ…?」  
背後からギュスターヴの声がかかる…それはかすかに苛立ちを含んでいた。  
やはりわかってしまったかとレスリーは何と言っていいのかわからずに沈黙するしかなかった。  
「レスリー…」  
ギュスターヴは自制しようと自分の中の感情を抑え込むのだがどうしようもない怒りがその声色に絡む。  
「私…29なのよ……初めてだと思っていた?」  
船室の交わりの際レスリーに処女である印が見られなかった。  
彼女の言うとおり29歳の成熟した女性なら当たり前と言っていいのだが  
ギュスターヴにしてみれば足下をすくわれたような気持ちである。  
少年の頃からずっと自分の傍らにいたので、そこに他の男の入る隙が有ったとは全く考えられなかった。  
鋼の13世は最愛の女に裏切られた思いで感情をうまくコントロールできない。  
「そんなことは聞いていない。相手の男は誰なんだ」  
自分でもみっともないとは思うのだが、大声にならないのが精一杯でもはや制御できなかった。  
 
「相手の男なんてもうとうに忘れたわよ!何よ自分だって派手に女遊びに興じているくせに!」  
今度はレスリーの感情が爆発する。  
ギュスターヴはレスリーに近づいて彼女の両腕を掴む。  
「誤魔化すな!そいつに惚れていたのか?ならば名前を教えろ。殺してやる!」  
彼は正に鬼気迫る瞳でレスリーの顔を睨み付ける。  
真正面からギュスターヴを見つめ返すレスリーの瞳に涙が溢れてきた。  
「…あなたを…あきらめるために…グリューゲルの実家に里帰りした時に…でも…あきらめられなかったのよ…  
 全然好きにもなれなかったし…名前も顔も…本当に忘れたわ…」  
ギュスターヴは驚きつつレスリーを抱きしめ溜息をついた。  
「バカなことをしたな…」  
「ええ…ええ!自分でもそう思うわ…でもあなたのせいよ…ギュス…」  
彼はレスリーの唇を塞ぎ彼女の舌を絡め取り何度も角度を変えて口づける。  
「勝手な人…勝手な…!」  
涙を流しながら自分を責めるレスリーを彼は愛らしいと思った。  
「ああ…そうだ。俺という人間は本当に…許してくれ…愛しているんだ、レスリー…」  
機嫌を取ると言うより赤子をあやすように、口づけを何度も重ねながらギュスターヴは彼女を抱きしめた。  
「あなた…なんか大嫌い…よ……愛しているわ…ギュス…」  
体の力を抜いてゆくレスリーを抱きかかえて彼は奥の寝室の方へと歩いていった。  
 
そのギュスターヴの寝室に入ったとたんあの芳香が強く香った。  
レスリーはやっとその正体に気づく。  
「……ミモザ…?」  
ギュスターヴは微笑みながら部屋の角が見えるようにと、抱きかかえたままレスリーの顔を向けてやる。  
そこには過日レスリーが執務室に持ってきた花瓶にあの時と同じく鮮やかな明るい黄色の花が挿してあった。  
いつの間にか執務室から消えていたので不思議には思っていたのだ。  
「気に入ったのなら…言ってくれれば良かったのに」  
ギュスターヴは彼の大きなベッドの上に恋人を下ろしながら照れくさそうに笑った。  
「…いや…これは…内緒だったんだ…鋼のギュスターヴが花を生けている姿なんて誰にも見せられないだろう?」  
その言葉にレスリーは驚く。  
「あなたが…自分で…?」  
ギュスターヴはいたずらを見つかった子供のように下を向いた。  
「…あの花を…お前だと思っていた……ここへ持ってきて毎晩お前の香りを抱いて眠っていた…見つかってしまったな…」  
彼の幼子のような純情にレスリーは泣きたくなるほどの慕わしさを感じて自分から彼の唇に口づけた。  
ギュスターヴは彼女の唇を舌でそっと開き、自分のを侵入させゆっくりと口内をまさぐった。  
レスリーの衣服のボタンを外しながら現れていく彼女の白い肌に唇を滑らせてゆく。  
その肌に赤く残る烙印を押しながら、彼女の衣服を全て取り去った後彼も素早く衣服を脱ぎ捨てた。  
部屋は炎のクヴェルが埋め込まれたランプがベッド脇にあるだけでほの暗い。  
そのランプで照らされたレスリーの白い裸身は息を呑むほど美しかった。  
「あんまり…見ないで…もう若い娘じゃないのよ…」  
ギュスターヴの見つめる瞳から己の体を庇いクヴェルの明かりから身を隠そうとする。  
その彼女の体の上にギュスターヴの逞しく重みのある体が覆い被さってきた。  
「隠すなよ。お前は綺麗だ…よくぞ今まで我ながら我慢してきたものだ」  
恥じらうレスリーの震えるような唇を塞ぎ、中にある彼女の舌を柔らかく舐め上げる。  
ふとその動きが止まり彼女がギュスターヴの顔を見ると、彼の瞳は今までにない真摯な色を湛えていた。  
「…もし…お前に…子供が出来て…その子が…」  
 
その子が“術不能者”だったら。  
 
最後まで言わなくてもレスリーにはわかっていた。  
今日までギュスターヴがレスリーを抱かなかったのも、結局はその事に行き着くのである。  
彼の瞳は故郷のグリューゲルで始めて見た彼の泣き顔の中の瞳と同じで深く傷ついていた。  
鋼のギュスターヴはもはや泣かない。泣くことが出来ない。  
だから代わりにレスリーが彼のために泣く。  
「どんな子供でもあなたの子なら私は欲しいわ…アニマのない子だったらあなたは愛せない?」  
ギュスターヴの瞳に光が戻る。  
「そんなことは絶対にない。…だがその子は生まれてきたことを呪うかも知れない」  
それはギュスターヴ自身の告白でもあり、最も知られたくない彼の中の負の部分であった。  
レスリーは両手で彼の顔を挟み力強く言った。  
「ではそんな子供が生まれてきて良かったと思えるような世界にして。あなたが変えて。鋼のギュスターヴ」  
ギュスターヴは全身に暖かい血が注ぎ込まれたような感覚を覚える。  
彼は笑いながら彼女の瞳にキスをした。  
「かなわないな。俺を煉獄から救うのはいつもお前だ。…生んでくれるか?俺の子を」  
レスリーは彼の逞しい裸の体に抱きつきかすれた声で囁いた。  
「じゃあ…私の中に…あなたの子供を…ちょうだい…」  
 
舌を絡め合い口内を舐めてまさぐり合う二人のそれは口づけと言うにはあまりにも激しすぎた。  
ギュスターヴが送り込む唾液をレスリーは何度も何度も飲み下していく。  
彼の舌はレスリーの唇からようやく離れ、首筋を舐めおとがいを這い鎖骨を巡り行く。  
その大きな手で彼女の白い豊かな二つの膨らみを掴みゆっくりと持ち上げるように揉み始めた。  
「あっ……ん…」  
ギュスターヴの手は円を描くようにレスリーの柔らかな乳房を揉み上げてその感触を楽しむ。  
恋人の白い乳房を自分の愛撫によって薔薇色に染めていく事はギュスターヴの血を熱くさせ  
その血流は彼の腰部からその先端へと流れていく。  
乳房の先端に唇を近づけて口に含みゆっくり中の舌を動かすとレスリーの喘ぎが激しくなった。  
「あっはっあっ……」  
白い首筋をのけぞらせて両の乳房の上にあるギュスターヴの頭を軽く掻きむしる。  
口内でレスリーの乳首を転がし、時々甘噛みしながら彼女の上げる艶っぽい嬌声に聞き入る。  
「だめ……ギュス…そん…なの…あっ…あ…」  
乳首だけでなく乳房全体に熱い舌を這わせ、持ち上げるように巡らせながらその柔らかさをとっくり味わう。  
再び丸みの頂に戻り今度は音を立ててついばみ始めた。  
空いた片方の乳房の方へはその無骨な手で緩く揉み、乳首を少しねじるように摘みレスリーの吐息を荒くさせる。  
彼女は自分の体の中心が潤みだしていき、透明な蜜を溢れさせているのを覚えた。  
そこへギュスターヴの長い指が草むらを探りながらわき出る泉の源に触れる。  
「俺を迎えてくれるのか…?…こんなに…」  
レスリーの耳元に囁きながら恥じらう彼女の蜜壺の中に太く長い指を侵入させる。  
「…はっ…あっ…いや…言わないで…」  
頬を染めシーツに顔を埋めて首をいやいやと振る彼女は、いつもの毅然として清楚な彼女ではなく  
ギュスターヴの愛技で変えられてしまった淫らで可愛い一人の女にすぎなかった。  
「もっと…だ…もっと声を聞かせてくれ…」  
彼女の秘所の中でギュスターヴの指が際限なく蠢き、とろりとした愛液が彼の指を濡らす。  
レスリーの首筋を舐めていたギュスターヴの舌はそこから彼女の鎖骨を下がり胸の谷間を通って  
臍の下の草むらを濡らして一番熱い部分へと達した。  
「ああ!…ギュス!あっ…くっ…やめ…」  
レスリーの中から溢れてくる透明な蜜を濡れた音を立ててり舐め取り、さらに薄紅色の突起に  
舌を尖らせて小刻みな振動を与えると再び溢れ出す彼女の愛液。  
指を入れてはその導き出された蜜をギュスターヴは丹念に舐め上げる。  
ついにレスリーは尖った声を発し体を曲げて達した…  
 
荒い息を吐いて喘いでいるレスリーの唇を塞ぎ笑いながら言う。  
「……まだ…俺は入っていないぞ…?」  
少し目元に涙をにじませてレスリーは悲しげに…しかし甘い声で恋人に抗議した。  
「…ひどい男……わざと…でしょ?」  
そのつもりはないのに声に媚が混じってしまうのは体の奥にまだ歓びの熱が残っているせいだろう。  
そんな彼女がギュスターヴには愛しく仕方がない。  
「機嫌直せよ…ちゃんと……してやるから」  
そうして再び抱きしめようとすると彼女はその厚い胸板をやんわりと押し返してきた。  
「怒っているのか?」  
「ええ…怒っているわよ…」  
レスリーはそう言うとギュスターヴの胸をそのまま押して体をベッドの上にゆっくり倒す。  
何をするつもりだとギュスターヴが考えていると、彼の唇を求めレスリーの開き気味の唇が重なってきた。  
そこへ舌を差し込んでやると彼女もそれに合わせて絡めだす。  
しばらく濡れた音を立てて絡め合う舌をレスリーはギュスターヴの顎から首筋…そして逞しい胸板に  
這わせていき男の乳首を舐め上げて下腹部へ降りつつある。  
ギュスターヴの筋肉の感触は意外なほど柔軟だった。  
レスリーは以前に「固まった筋肉ではいざというときに素早く動けない」と彼が言っていたのを思い出した。  
なんとなく彼女がどうしようとしているのかギュスターヴには見えてくる。  
レスリーの豊かな乳房が押しつけられ彼女の舌とともにギュスターヴの体の上を這い回ると  
彼の腹部から下腹部のあたりへと否が応でも焔が走る。  
そうして起立したギュスターヴの体の中心へとレスリーの舌は迫ってきた。  
「レスリー……」  
彼女のしなやかな指がギュスターヴ自身に触れ、愛しげにさすり続けるとそれはどんどん固く締まっていく。  
その頭の溝の部分に沿って舌を這わし舐め続け、口内に侵入させゆっくりと舌を蠢かせた。  
蠢きは先端から根元の方へと降りていき、そこにある睾丸の周りを巡っていく。  
刺激に貫かれ熱い快楽を覚えてきたギュスターヴはつい失言を洩らしてしまう。  
「……お前…初めての男にも…いてっ」  
腰のあたりをつねられあわてて彼は口を噤んだ。  
 
(今は…命を握られているのと同じか…)  
レスリーの気も知らず不埒な考えをしながら、取りあえず彼女の技巧に身をゆだねようと思った。  
彼女は口内から彼の物を解放すると今度はその白絹のような乳房でそれをしごき始める。  
豊かで柔らかく暖かいそれに刺激されて彼の男根はより一層の成長を遂げていく。  
「なんでそんなやり方を知って……くっ…」  
再びギュスターヴの物はレスリーの口内に飲み込まれ丹念に舌で舐め取られながら  
上部から根元へと降りていく…彼女の指は睾丸を愛撫しながらギュスターヴの腰のあたりをさまよう。  
ギュスターヴはそんなレスリーの顔や頭を愛しげに愛撫する。  
彼の物は固く大きくふくれあがり天井を向いて起立し成長しきっていた。  
上部の方へと移動してむき出しの笠の部分を含むと口内に苦さが広がってきた。  
「限界だ…レスリー…頼む…」  
しかしレスリーは口から彼の物を放そうとしない。  
舌を動かしあきらかに彼の爆発を促そうとしている。  
「そこへ…いいのか?……」  
ギュスターヴが遠慮がちに聞くとレスリーはそのまま頷いた。  
(知らないぞ…)  
そうは思ったが自分の最愛の女にそこまでやってもらうのは正直嬉しいことではある。  
気分がこの上なく高まりその高揚は彼の体の中心へと流れていった。  
レスリーの舌がゆっくり蠢く…  
最高潮を迎えたギュスターヴは堪えきれず忍耐のたがをはずして恋人の口内へ放った。  
彼女はその勢いの奔流を受け止めて彼の精を喉を鳴らして飲み込んだ。  
ようやく口腔から彼の物を解放してレスリーは潤んだ瞳でギュスターヴを見つめた。  
頬が薔薇色に染まり唇が赤く濡れている彼女の顔はぞくりとするほど美しい。  
たまらず今自分の物を飲み干したその唇に口づけて口内を舌でまさぐるとまだ苦さが残っていた。  
「こんなものを…よく…」  
とろりとした少し焦点の合わない目線でギュスターヴを見つめて言う。  
「…だって…あなたが好きだもの…なんだって…それに…ごめんなさい…」  
レスリーはギュスターヴ以外の男と関係したことをやっぱり悔いていた。  
ギュスターヴは彼女の体を思い切り抱きしめてその耳元に熱く囁いた。  
「もういい…もう…お前は最高だ。東大陸の覇王を陥落させたんだ…サンダイル最高の女だ」  
 
顎に舌を這わせながらレスリーの唇を塞ぎ二人して狂おしいほど舌と舌を絡め合う。  
抱き合ったままベッドに倒れ再びギュスターヴの大きな手がレスリーの体を這い回る。  
ただそれだけで彼女の体の中心は熱く透明な蜜を溢れさせギュスターヴの為に反応した。  
レスリーのくびれた腰のあたりからその豊かな乳房に向かって彼の大きな手が  
柔らかに揉み上げながら何度も何度も体を往復する。  
レスリーの突起したその乳首の周りを舌で回りながら口に含むと、敏感になった彼女は軽い悲鳴を上げた。  
「はあっ!…ギュス…」  
ギュスターヴのもう片方の手は彼女の体の中心へと降りていき、その濡れた壺の中へと指を飲み込ませる。  
彼女の中は指すらも絡め取るように蠢き彼の手に蜜を滴らせて濡らす。  
「あっ…あっ…ああ…」  
彼女の中で指を動かしその上にある赤く染まった突起を刺激すると彼女の体が弓なりに反っていった。  
「あっ…あん……あああ……はっ…」  
レスリーが喘ぎながら足を動かせるとギュスターヴの固く引き締まった男根が何度も触れる。  
彼自身のそれも起立しその先端から先走りの液体を滴らせ彼女の腿の間を濡らした。  
そろそろだとギュスターヴはレスリーの白くすんなりと形のいい足を持ち左右に広げて  
その間に自分の体を割って入らせた。  
彼女の濡れて光るその秘密の深淵に自身の太く長い雄の武器をあてがってゆっくりと沈めていく。  
「あっ……くぅ……ギュスターヴ!!」  
レスリーの中は船室での時より暖かく彼の竿を喰らい込み奥へ奥へと導いてゆく…  
挿入の刺激で少しきつくなっていた内壁がギュスターヴが進む毎にゆっくりと弛緩する。  
自分を受け入れるために彼女がその緊張を自分でときほどいてくれているのだろう。  
目元に涙をにじませている彼女に深く口づけて彼女の顔を優しく愛撫しながらかすれた低い声で話す。  
「…いい女だ…俺にはもったいない。…だがもう誰にもやらん…レスリー…」  
「…ギュス……」  
レスリーもギュスターヴの汗ばんだ顔を愛しげに撫でながらもう一度口づけを交わしあった。  
 
それからギュスターヴはより挿入を深くするためにレスリーの両脚を自分の肩に上げた。  
そのまままた突き進むと少しきつく感じたところがあったが強めに押し込むと奥で自身の先端が  
止まった箇所がありそれ以上進めなくなった。  
「あっ……あっ…そこ…」  
レスリーの表情を伺うと少し眉をひそめているのだが痛みのためではないようだ。  
「どうだ?……苦しいか…どうやらお前の最深部まで行ったらしいぞ…」  
彼女が嫌がるならやめるつもりでギュスターヴはレスリーに聞いた。  
「違うの……そのまま……やめないで…」  
恥ずかしそうに消えるような声で自分の要求を恋人に訴えるレスリーを思い切り抱きしめたかったが  
この体位では今は無理だった。  
「わかった…もちろんやめないよ」  
そう笑いながら言ってレスリーの浮いた腰をしっかりと両手で支えるとゆっくりと自分の下半身を動かせていく。  
最初のその動きでレスリーは喉の奥からひきつるような喘ぎを発した。  
子宮の中へギュスターヴの固い先端がぶつかりそれは強烈な刺激になって彼女の官能を揺さぶる。  
ギュスターヴも自身の物がその狭まった入り口に行き来するたびに刺激される初めての  
感覚を全身で受け止めその体の奥に焔を燃やしていく。  
「は…あっ…あっ…あっ…」  
しだいに動きが激しくなっていくギュスターヴの腰のリズムに合わせてレスリーの吐息も激しさを増す。  
浮かされた自分の下半身の中心に太いギュスターヴ自身が抽送を繰り返しているのが見えてしまう。  
それは自分の愛液にまみれてぬめって光り淫猥でかつ熱くなる光景であった。  
なおかつその結合部から蜜が溢れ自分の腹の方へ降りていくのをギュスターヴが見ていると思うと  
羞恥とほんの少し嗜虐的な気持ちにもなる。  
にしても今全身で自分の全てを愛してくれているギュスターヴが彼女にはたまらなく愛しい男であった。  
 
「あっ……あっ…ギュス……いい……いい!…好きよ……好き…」  
レスリーは加えられる快楽のためにうわごとのようにギュスターヴに囁き続ける。  
「…俺も…だ……ああ……俺の…」  
送り込む抽送が鈍くなる…レスリーの中のギュスターヴは成長し続け彼女の内壁を埋め尽くして  
なおかつ膨れ上がり続けた。  
自分の体の隅々までもがギュスターヴに占められ征服され全てを投げ出し屈服させられてゆく。  
今ここでこのままギュスターヴに殺されても構わないとさえ思う。  
彼の腰の動きが小刻みになってゆきそれが止まりかけようとしていた。  
レスリーの背筋からむず痒いようなしびれが走りそれは彼女とギュスターヴとの接点へと流れていく。  
「くっ……そんなに…絞め…!」  
恋人からもたらされた強烈な拘束にサンダイルの覇王は思わずうめき声を上げた。  
「はっ……あっ…ああああっ…ああ!」  
頂点を迎えたレスリーはギュスターヴを締め付けたままシーツを掴んで高い悦びの声を上げて行った。  
彼女とほぼ同時にギュスターヴも絶頂を迎えてその中に熱い男の精を存分に吐いた。  
肩からかけていたレスリーの足が下がり落ちる…  
そのままギュスターヴは気を失ったレスリーの体の上へと崩れていった。  
 
レスリーが気づいたときにはギュスターヴの体の中にすっぽりと抱かれていた。  
彼は何も言わないで微笑んでいた。  
「それほど長くはなかった…」  
それを聞いて自分がやはり幾分かの間闇に落ちていたことがわかる。  
ふとまだギュスターヴが自分の中から退いていないのに気がついた。  
「ギュス……あの………あっ…」  
彼女の体の中で再び彼の物が蠢いている…ギュスターヴはレスリーに口づけながら言う。  
「もう少しつき合ってくれ」  
腕の中の彼女を強く抱きしめるとそのまま上半身を起き上げてレスリーが自分の上になるようにした。  
「はっ……ああ!」  
萎えるどころかまた成長し始めた彼の強い男根が、体の中をまっすぐ貫き文字通りの串刺し状態になる。  
先ほどと同じく最深の子宮まで届いている感触に彼女は震えた。  
「……膝を…つけることが出来るか?」  
ギュスターヴに言われてゆっくりとベッドの上に膝をついた。  
彼はレスリーにひとつ口づけるとその手で彼女の腰をしっかりと支えて下から上へ突き上げ始めた。  
強烈な刺激と感触はレスリーに呼吸することさえ忘れさせた。  
「……くっ……はっ…はあ…あっ…あっあっあっ!」  
ギュスターヴの物は急速に成長し彼女の入り口と内壁を攻めてその欲望の限りを叩きつけた。  
彼の手は腰からレスリーの乳房へと移動して下から持ち上げて激しく揉み上げる。  
ゆらゆらと頼りなく首を振るその顔の開いた朱い唇にギュスターヴは自分の指を入れた。  
「うん…ん……ん」  
彼自身を飲み込んでいたその口内でレスリーは舌を緩やかに動かしその指を味わう。  
彼は順番に自分の指をしゃぶらせて、彼女の口内を攻めながら下から突き上げ続ける。  
引き抜いた彼女の唾液に濡れたその指を顎から首筋に滑らせ彼女の乳首へと軌跡を描いた。  
尖って固くなった敏感な頂に触れられレスリーは切ない声で嘆願した。  
「ギュス……私……もう…」  
膝をついていられなくなったレスリーは上気した顔でギュスターヴに手を出す。  
少し無茶をしたかと反省して、ギュスターヴはレスリーの上半身をその胸の中に抱き取った。  
「悪かったな。後は俺と一緒だ…まかせてくれ」  
腕の中で熱に浮かされた瞳で自分を見るレスリーと激しい絡み合う口づけを交わすと  
腰をうねらせ彼女の中をかき回すようにしてから突き上げた。  
 
「はうっ!……ああああっ!」  
船での初めての交わりから何度も貫かれて、レスリーの体はギュスターヴの愛技にすぐ反応するようになっている。  
突き刺されているその部分から彼のために蜜を滴らせギュスターヴの下腹部を濡らす。  
たえまなくやってくる陶酔に彼女は自身を見失いそうになり、より一層ギュスターヴの逞しい体にしがみついた。  
「……ギュス……ああ……おかしく…なるわ…」  
「なってしまえ……一緒に…もろとも……」  
ギュスターヴ自身も尽きることのない欲望に支配されて、ただ愛する女の中へ己の雄の柱を突き上げ続ける。  
深い快楽のために流し続けるレスリーの涙を何度も吸い取ってやり、開いた唇を貪り舌を舐め絡める。  
レスリーはギュスターヴの汗で張り付いた髪を手でとかし、その額から高い鼻梁を通り頬を愛撫する。  
お互いに瞳を見交わしもう一度深く口づけるとさらにレスリーの中でギュスターヴの物の成長が進み  
突き上げることさえ困難になってきた。  
陶酔が急激に強い刺激となってレスリー背中から腰部へと走り彼女の内壁の襞の隅々まで襲う。  
それはギュスターヴの物を締め上げて彼の限界を破ろうとしている。  
「くっ…ああ……レスリー…」  
腕の中のレスリーの柔らかい体をきつく抱きしめて自分の爆発を知らせる。  
レスリーもその強いギュスターヴの裸の体を抱きしめてそれに備えようとした。  
ギュスターヴの激しい息づかいがその耳元に聞こえて彼の逞しい胸に喘ぎながらすがりつく。  
彼女に再び劇的な快楽の頂点が訪れ体の中の愛しい男の物を締め付け上げて妖しく蠢く。  
「あっあっあっ……ギュスターヴ…!!」  
首筋をのけぞらせて体を反らしながらレスリーは絶頂を迎えた。  
その体をさらに激しく羽交い締めにしギュスターヴは全ての忍耐を放棄して  
その成長しきった男根から彼女の中に激しく射精した。  
彼女の子宮はその全てを受け取り熱く胎動して震える。  
そのままゆっくり体を回転させてギュスターヴがレスリーの体の上に乗った。  
彼の今まで見たこともないほどの優しい瞳を見て微笑み返しそのままレスリーの意識は遠のく…  
意識が消える寸前にミモザが強く香った気がした。  
ギュスターヴはそんな恋人の体を撫でながら自分も眠りについた。  
 
 
鋼の13世は窓のカーテンの隙間から洩れる儚い光りでその瞳を開けた。  
腕の中にはこの世で一番大切なものが一心に眠りを貪りただ彼の為に体を寄せている。  
気だるさと離れがたい気持ちを無理に追い払い、慎重に起こさぬようレスリーの傍らから起き上がる。  
何か彼女が小さく寝言を呟いたが、何を言っているのか聞き取れない。  
その口許に柔らかな笑みが浮かんでいく様は頑是無い幼子のようであった。  
濡れて扇情的だったその朱い唇は今は乾いてギュスターヴの保護欲をかきたてる。  
顔を寄せてそっと自分の唇で触れるとまた微笑みが広がった。  
(何を夢見ているのやら…)  
彼女の裸の体を包み込むように上掛けを掛けてやりながらギュスターヴはベッドから降りた。  
その逞しい裸体のまま寝室から出て隣の部屋へと行くと、戸棚の中からワインボトルを取り出した。  
“ヤーデ・ロイヤル”の銘があるそれはトマス卿からの贈り物でケルヴィンの里ヤーデ伯領では  
最も有名な輸出品でかつサンダイル世界の名酒中の名酒であった。  
ギュスターヴはグラスにそれを注ぎ込むと眠気覚ましに一気にあおった。  
飲み干したグラスを置くと今度は執務机の引き出しの中からひとつの封書を取り出す。  
それをしばらく点検するように眺めて、納得がいくと再び寝室の方へと戻っていった。  
部屋の片隅のチェストの上にあるミモザの花瓶から一房その鮮黄色の花を取ると  
持っていた封書を眠っているレスリーの枕元に置き、その上にその一房を置いた。  
そのまま出て行こうとしたのだが、ふと部屋の隅のサイドテーブル上のミモザに再度目が止まった。  
しばらくそのいくつもの灯りがともっているような黄色い花を見ていてあることを思いつく。  
彼は今度は高さのある頑丈そうな戸棚の中からある物を取りだした…  
 
ギュスターヴは未だ眠気の残る体を伸ばしながら、階下の執務室へ行くための長い廊下を歩く。  
ちょうどたまたま自室から出てきたケルヴィンと鉢合わせになり二人とも少し気まずかった。  
「……おはようございます、陛下」  
少し堅めの挨拶をしてケルヴィンはギュスターヴの瞳をのぞき込んだ。  
「昨日はご苦労。……それと…色々すまなかった」  
少し照れくさそうにケルヴィンに謝るギュスターヴは幼いときからの彼と変わらない。  
それを見てケルヴィンも何となく嬉しくなってギュスターヴの顔を見ながら笑う。  
「なんだよ」  
「いえ、別に。ところでレスリー…様はまだお休みで?」  
微妙な言い方にギュスターヴとしても苦笑するしかない。  
「疲れただろうからな…今日は一日ゆっくりさせてやりたい。お前の方こそ船酔いはどうなんだ」  
「どうやら収まりました。…海賊船で追跡とはいい経験になりましたよ。ところで陛下」  
ケルヴィンは真面目くさった顔をしてギュスターヴの顔をまじまじと見つめた。  
少し気味が悪くなったギュスターヴはその場に止まってケルヴィンの言葉を待った。  
「なんだ?」  
「陛下の今朝のお顔……非常に見物ですぞ」  
それを聞いたとたんに鋼の13世は思いっきり顔をしかめて親友に言う。  
「お前……しつこいぞ…」  
ケルヴィンは高らかに笑い長い廊下をギュスターヴを置いて歩いていった。  
 
吸い込んだ空気に花の香りが混じりそれでレスリーの目が覚めた。  
しばらくどこにいるのかぼんやりと考えてあたりを見回している。  
一番最初に戻った記憶は昨夜のギュスターヴとの激しい交情。  
体中を愛撫されたのは記憶というより忘れがたい感触として未だレスリーの皮膚に残っている。  
その彼は傍らにいなくてそこには白い封書がミモザの一房とともに置いてあった。  
時々ギュスターヴはこういう驚くほど繊細なところを見せる。  
堂々たる支配者なのではあるがどこか傷つきやすい少年のような面も持っており  
レスリーはそれらもひっくるめてギュスターヴを愛している。  
封筒にはギュスターヴの紋章…登りゆく竜のエンブレムのすかしが入っており彼自身の公式な  
物である証明ともなっている。  
蝋でシーリングされそれにもやはり竜のエンブレムが印刻されている。  
ただの手紙でないことは確かなのだが、レスリーにはどんな内容の物なのかわからない。  
それを開けようとしてふと空気が揺れて部屋に漂うミモザの香りが流れた。  
寝室の片隅にあるサイドテーブルの上のミモザの花瓶に目をやって  
その下にある長い大きな物に気がつく。  
(ギュスの……剣?)  
そのまま近づいてみると花瓶の下のテーブルに鞘に収められている大きな剣がもたれさせてあった。  
意匠を見るとやはりギュスターヴ自身が戦場で振るう彼の剣に間違いはなかった。  
鋼のこの剣は普通の物より長く重くあのネーベルスタンでさえも操ることが出来ない。  
ギュスターヴは自身で鍛えたこの剣を持って戦場で縦横無尽に駆け回る。  
レスリーはそこに到るまでの彼の苦悩と苦労を見てきたので、ギュスターヴの分身のこの剣すらも  
愛しい男のものとして感慨深く見つめた。  
彼女は裸のままそのギュスターヴの鋼の剣の柄に口づけしそっと体の中に抱いた。  
それにしても昨夜この部屋に入ったときにはこの剣はここにはなかったはずである。  
今日ギュスターヴ自身がここに置いたのには違いないのだろうがその理由がよくわからなかった。  
花瓶の下におよそ似つかわしくない物騒な武器を置く意味が。  
騎士は剣で誓いをよくする……それは命がけの究極の誓いなどの時によく行われたりする。  
 
“…あの花を…お前だと思っていた……ここへ持ってきて毎晩お前の香りを抱いて眠っていた…”  
 
昨夜のギュスターヴの告白が蘇る…レスリーは誓いと言う言葉にはっとした。  
(誓約書……まさか…)  
レスリーは震える手でその封書を開け始めた。  
 
「ということで今年は柑橘類の生産向上のためにワイドの住民を200人ほど雇って農地を開拓いたします」  
「……いいんじゃないか…」  
「住民がいない間物騒なので町の警備にさらに50人ほどの兵士を配備いたします」  
「……いいだろう…」  
「…なお兵士の補充はネーベルスタン将軍に一任してすでに募集は始めております」  
「……うん…」  
「………あのですね、陛下。ポーズだけでもよろしいですから聞くふりしてくれませんか…」  
ギュスターヴはまるで気のない様子でムートンからの報告をあさっての方向を見ながら肩肘をついている。  
ケルヴィンら他の者もいつものことなので特に気にすることもなく苦笑していた。  
ムートンはやれやれと言う感じて首を振り他の話を切り出した。  
「ところで陛下、建設中の新都ハン・ノヴァのことですが」  
「おお、どうした?」  
話題が切り替わったとたん身を乗り出すように聞くげんきんさにもはやムートン自身何も突っ込まない。  
「整地も終わって街の建設に取りかかっているのですが…全部歓楽街になさるおつもりで?」  
「え?」  
ギュスターヴ自身きょとんとした顔をしているところを見ると、話が行き違っていることには間違いなさそうである。  
「え ではございません。建設担当者が“陛下のご希望です!”と全都歓楽の都にすると言い張っておりますが」  
「えーと……俺そんなこと言ったっけ?」  
そこへケルヴィンが笑いを堪えるような顔で話に加わってきた。  
「雇われた労働者達も“ギュスターヴ公ならそうするだろう”と納得していましたが」  
「おいおい…いくらなんでも言いがかりもはなはだしいぞ。…どうなってんだ?」  
ムートンは吹き出さないように笑いを堪えながらギュスターヴに忠告した。  
「それは日頃の行いが全部ワイド中に筒抜けですからなあ……これにこりて少しはお…いえレスリー様の事も」  
言い直したムートンに微苦笑しながらギュスターヴは静かに言った。  
「ここにいる全員知っていることだから良いぞ。…にしても日頃の行いねえ…」  
ギュスターヴが女と遊ぶのは抑えがたかったレスリーへの欲望処理のためであったのだが  
それは知られたくないしレスリー自身にも言いたくはなかった。  
(情けない…それなら女たらしで通した方がましだ)  
 
黙り込んだギュスターヴに内務大臣は遠慮がちに話しかけた。  
「では…建設担当者に陛下のご希望が違う旨、伝えてよろしいのですね?私自身少しおかしいとは思っていましたが」  
「(少しだけかよ)頼む……善処してくれ………そうだ」  
ギュスターヴはその時思いついたことに嬉しそうな顔をした。  
「視察にいくぞ!俺自身が伝える。そうだ…レスリーも一緒に」  
話があれよあれよと進んでいくのに慌ててムートンは口を挟んだ。  
「何をおっしゃっているんですか!今これだけ忙しいのにロードレスランドまで陛下に行かれると」  
「だってここにいても報告聞くばかりだし」  
「だいたい王はあちらこちらに飛び回るものじゃございません!それでなくとも危険な」  
「……可愛い恋人を旅行に連れて行ってやることも出来ない…」  
「……わかりました……なんとか都合おつけいたします……」  
これが鋼の13世がレスリーへの愛情を始めて他人の前で告白した瞬間であった。  
ケルヴィンもフリンもようやく長年の肩の荷を下ろし二人でひそかに笑いあった。  
言い負けたムートンも調子を狂わされ頭を抱えて、忍び笑いをしているネーベルスタンと一緒に書類に書き物を始めた。  
しばらく報告から解放されたギュスターヴは窓の方へ近寄っていって外を眺めた。  
けぶるような一面の黄色い花をつけたミモザの木が、その香りを風に乗せて執務室の中へ入る。  
レスリーはそろそろ目を覚ました頃だろうかと晴れた空を見上げながら屋敷の最上階に思いをはせた。  
何か贈ってやりたいが、宝石やドレスより花を贈られるのを喜ぶ女性である。  
ならばハン・ノヴァまでの視察旅行の時に船室を花でいっぱいにしてやるか…だがミモザはもう終りの時期  
これからは何が良いのか…薔薇かそれともウィスタリアか…  
ついでにヤーデから彼女が食べたがっていた杏を買い込んでやってもいい…  
サンダイルの風雲児、東大陸の覇王と呼ばれ畏怖されている男は最愛の女のことを考えながら  
限りなく優しい気持ちになっていくのであった。  
 
レスリーは顔を覆って嗚咽していた。  
しかしそれは哀しみのためでなく、あきらかに喜びの涙であった。  
いまふたたび封書の中身の書類の内容に目を通して新たな涙を流した。  
その書類にもやはりギュスターヴの昇竜のエンブレムのすかしが入っている。  
後日同じ内容のものを受け取ったレスリー・ベーリングの両親はそれを見て  
娘の平凡な幸せを永遠にあきらめることになった。  
指に摘んだミモザの一房にキスしながらレスリーは呟く。  
「ギュスターヴ……私の旦那様…」  
書類にはこう書いてあった。  
 
 
 
                            誓約書  
 
        私13世ギュスターヴ・ユジーヌはレスリー・ベーリング嬢に永遠の愛と忠節を誓う為に  
        レスリー嬢と正式に婚姻の結びを契ることをここに宣誓する。  
        なおレスリー嬢の身の安全確保のためこのことは全て秘密にされるが  
        レスリー嬢が望み何か事あれば以下の4人の立会人のいずれかによって公式に証明される。  
 
 
                                 1250年ワイドにて  ギュスターヴ13世  
 
 
                                     立会人 内務大臣ムートン  
                                     立会人 大将軍ネーベルスタン  
                                     立会人 ヤーデ伯爵嫡男ケルヴィン  
                                     立会人 諜報員フリン  
 
 
 
 
End  
 

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