ゆっくりと振り向くあの姿が怖かった。  
今にも消えかけそうな後ろ姿は、もっと嫌だった。  
自分は欠片ほども望んでいないのに、  
 
 「みんな行ってしまう」  
 
それはほんとうに、……嫌だった。  
 
 ***  
 
「バジルおじさん」「ゲレイオス公」  
彼にとってはあの男が唯一の頼れる人間であり、同国人の生き残りという  
精神的な柱であったにちがいなかった、はずだ。  
裏切られ、見捨てられ、利用されて帰る場所すらなく。  
泣くまいとほお肉を震わせながら、彼はひきつった顔をあげていた。  
――――そして彼も、また。  
 
 
「買出しも楽じゃありませんよね、っ」  
誰に向けているというわけでないつぶやきを、彼女はよく口にする。  
それは彼女がひとりになってから、自然についた癖だった。  
よいしょとばかりに力を入れて、荷物を入れた皮袋を持ち上げる。  
「え〜っと、自然銀と朱鳥石が手に入ったから、精霊銀にして。  
廃石とヒノキを買ったから、余分の鋼と玄武石でダマスクスが  
できるなぁ〜♪♪ 楽しみ楽しみ、はやく改造屋に行きましょう☆」  
ここまでひといきに言った後で、彼女は遠慮がちに隣のほうへと目をやった。  
「そうだねお姉ちゃん、楽しみだねっ♪」  
「うん、……だねっ、ジュディちゃん」  
逆の方向からあどけない声がかけられて、その視線はあわてて向きを変える。  
夕暮れが、どうしようもなく目にまぶしかった。  
 
力強く、また理にかなった動作で剣がふるわれ、魔物が地に伏した。  
ざっとまきあがる砂に一瞬人影が見えなくなり、銀色の鎧が、鈍い光を放つ。  
「……見事だ、フランシス!」  
名前を呼ばれて、彼は戦化粧をした顔をゆるがせず礼をした。  
「いえ、これでいいのです」  
鎧は彼と魔物の血で、赤と黒のまだらに染まっている。だらだらと断続的に  
流れ出るそれを見て、プラティフィラムが治癒の術を唱えはじめた。  
 
 
宿よりは安上がりの酒場でとる夕食でも、彼は酒を口にしなかった。  
さして水質のよくない場所で日常的に飲まれているエールでも飲むか  
飲まないかといったところで、つねに鋭い目をくもらせることが無かった。  
「今日くらいは飲まないのかい?」  
蒸留酒をちびちびとやりながらローラが言うのに、彼は沈黙を保ったままで  
みじかく首を横に振る。底光りのする眼が、油断なく向けられていた。  
「ま、どうでもいいんだけどねぇ」  
台詞だけ聞けば皮肉げにも聞こえるのだろうが、ローラはすでにかなり  
できあがっていた。果実の果汁を混ぜ合わせたものを飲んでいるジュディ  
にまで、酒をすすめようとしている。プラティフィラムに言われて、  
よろけた足取りで席を立った。  
「私達は先に宿の方へ戻っていますから。あとは、お願いしますね」  
「……けしからん、」  
口の中でつぶやかれた台詞は、隣に座っている彼女の耳にだけ入ってきた。  
 
 
「なんだかなぁ、」  
いつものつぶやきも、隣で酔っ払いが寝ているとなると抑え気味にならざるを得ない。  
「私はあの人のことが気になってるのかな? 理解しようにも分からないよ、  
こんなことは初めてなんだから。なんとなく気になってどうしようもなくて、  
ああ私、いったいどうすればいいんだろ――――」  
なんだかなぁと、彼女は再度肩をすくめた。  
 
「簡単じゃないか、そんなこと」  
「ぅえっ!?」  
いつの間に目を覚ましていたのか、まだところどころ危なっかしいながらも  
ローラが上体を起こす。人生の酸いも甘いも知り尽くしたような、どこか  
達観したような口ぶりで彼女はこう続けた。  
「ミシェル……今のあいつは、危ないよ」  
 
 ***  
 
――――それからずっと、彼女は考えつづけていた。  
疎まれることも避けられることも、裏切られることにも慣れかけて  
しまっていた自分と彼が、どう違うのか。  
信頼していたものが崩れたとき、なにが必要なのかを。  
 
ずるりと、鉄製の脚甲のかかとがすべる。  
「きゃっ!」  
先刻倒した魔物の目玉を踏みつけてしまったようだった。ぬめりを帯びた  
足場が、彼女の体勢を容易に崩してしまう。  
そこに敵の攻撃が、「……っ!」  
岩場では転がって避けることもかなわず、ミシェルは反射的に剣の腹で  
顔をかばうような姿勢をとる。痺れるような衝撃が腕に――――  
伝わって、こない。  
「あれ?」  
間の抜けた声とともに目を開けると、すぐそこには無残に引き裂かれた  
魔物の死体が数体まとめて転がっていた。  
 
「なにをぐずぐずしているのだ! 早く立って、娘たちを守れ!!」  
見れば間近では、ジュディとプラティフィラムが数体の魔物を相手に術で応戦  
している。精神の集中を必要とするゆえに、多数相手では少なからず分が悪い。  
ぴしゃりとした彼の声音に押されて、ミシェルはつんのめるように立ち上がり剣を取った。  
 
「……そんなこととか、とてもじゃないけど覚えてるわけが無いですよね。  
このガントレットをつけてから、私、ぜんぜんいいことがなくて。  
それまでみたいに戦うことが出来ないから仲間には見捨てられて、  
それでなくてもどっかで嫌なこととかが起こったりして」  
星が虚空に密やかなきらめきを放っているなか、ミシェルははにかむように  
首をかしげた。言葉があとからあとからこぼれ出て、抑えようが無かった。  
「それで、えっと、何て言ったらいいのかな。よくないことがある度に、  
私はこうやって言葉にしてみることにしてるんですよね。ひとりになるのが  
嫌だってこともありましたけど、何となく、はっきりするような気がして。  
だから、ええっと……」  
「……それが私に一体、何の関係があるのだ」  
そんな硬い声がひびくのが、ひたすらに怖かった。  
隣にいる彼の頬は、ぴくりとも動かない。無理を言って連れて来た町外れの  
草原に、北よりの風がひょうと吹く。  
出来うる限りの陽気さで、彼女は笑ってみせた。  
「あ、あは、あははは……何言ってるんだろ、私。ごめんなさい、やっぱり  
嫌ですよね、こういうのって。私なにやってもダメで、上手くなんか出来なくて。  
呪われてるような女なんて、誰も頼りになんかしないですよね。だから――――」  
全身を襲った衝撃に、言葉が四散する。  
 
がっしりとした腕に、彼女は抱きしめられていた。  
「怖いか?」  
肩越しに問われた言葉の意味が、分からない。「何が、」  
「私が、怖いか?」『今のあいつは、危ないよ』  
『違う、そんなんじゃない……』  
彼は、寂しそうだった。孤独で、つらそうだった。  
それはまるであの日の自分のようで――――「フランシスさん」  
彼は、応えない。「フランシスさん」きつく抱きしめられて呼吸が苦しい。  
それでも彼女は、彼の名前を呼んだ。  
 
「フランシスさん、」  
それは幾度目だったのだろう、彼が唐突に腕を離し、自分を見た。  
その眼の深さ、するどさに、一瞬だけ動きが止まる。  
「――――怖くなんかありません」  
自然に、まるで今にも泣き出してしまいそうな、声がでた。  
「なんにもまともにできないような私ですけど、私は、あなたの気持ちが  
よく分かります。私も今まで、裏切られ続けてきたから」  
実際のところは自分がガントレットによって他人を裏切っていたのだとしても、  
「だから、その辛さもかなしさも、私にはよく分かります」  
いつになく簡潔に短く、言葉がでる。  
「……あなたにだったら、何をされてもかまわない」  
彼の眉がぎゅっと、ひそめられた。  
次の瞬間に、まるで獣のごとく引き倒されてしまう。「っ……!」  
息がつまりそうになるのも忘れて、ミシェルは目を見開いたまま空を見上げていた。  
 
 
無骨な指からは想像もつかないような手つきで、ショルダーガードが  
外されてゆく。そこから服につながっている革紐を解くと、いきおい  
上半身があらわになる。どこかうつろな眼をしたままで、フランシスは  
ミシェルの体を抱きしめた。流石に金属鎧はつけていないものの、鎖を  
縫いこんだ鎧下はいまだ身につけたままだ。  
あばらに細かな鎖がくいこんでしまって鈍い痛みがはしるけれど、  
……あの瞳を見てしまってはもう何も言えはしない。  
薄い舌がひらめいて、首筋を撫でるように触れた。くすぐるような動きは  
性急で、それでもどこか優しさが残っているような気がした。  
手のひら全体で乳房を愛撫されると、剣だこのざらつきが乳首に触れる。  
「あっ……う、フランシスさ、んっ……」  
ひくりと乳首がふくらみはじめ、はずむ呼吸に肌が色づきはじめる。  
繰り返し繰り返し名前を呼んでも、彼は返事をしない。ざらつき傷んだ  
指で乳房をもてあそびながら顔を上げ――――「やっ……ああっ!」  
 
ゆっくりと、それがもう一方の乳房にふせられた。  
 
濡れた舌の細かなざらつきを、薄い肌は鋭敏に感じ取っていた。  
張りつめた乳房は荒い息を抑え切れずに浅く激しく上下している。  
甘い感覚が、そこから股間へと直結でもしているかのようにはしった。  
はぁはぁと息がはずんで、もう何も考えられなくなってしまいそうだった。  
内側から何かがあふれだしてしまいそうなおびえと疼きが体を支配している。  
「っは、あっん……さん、フランシスさんっ……」  
どうにもならない、どうにもできない。  
熱っぽい感覚が堰を切りそうになったとき、ふっと彼が顔をあげた。  
一瞬のうちにその顔のなかで、諦念と哀切と苦痛と葛藤が混ざり合い渦になる。  
複雑な表情が一体誰に向けられているのかわからないままに、彼女は  
けだるさの残る上体を起こした。動きを止めたフランシスの顔を抱き、  
そっと額にくちびるをおとす。何も言わないまま、彼女は彼のからだに  
やわらかいそれで触れはじめた。  
 
――――自分と彼女は一体何が違うのだろうかと、彼は考えていた。  
孤独のなか孤独に耐え切れずに誰かを求める彼女と、誰かに忠誠を誓い  
誰かに依りかからねば自分の足で立てもしなかった自分とが。  
憎しみか悲しみか衝動的に彼女を抱きしめていて、それに気付いてしまった。  
どこかで自分は彼女達を見下していた。アンリ王子の信頼にたる人物は自分  
だけなのだと、たかをくくっていた。なのにそれが、この結果である。  
バジル・ゲレイオス旗下の衛士―自分を支えていた基盤をなくして、  
彼は何を信じて、何を頼っていいのかすら分からなくなっていたのだ。  
「……おい」  
かすれて押さえ込まれた、声が出る。  
気がつけば彼女は、彼の服をはだけようとしていたところだった。  
わずかに視線を上げて、けげんそうに彼の顔をみつめる。  
「……もういい、やめてくれ……すまないことをした」  
ぞんざいな口調にまた、自己への嫌悪が深まりをみせる。  
自分の唾液で左の乳房を濡れ光らせたままで、彼女は呆けたように自分を  
見ている。「――――嫌です」  
 
次の瞬間、彼は風の鳴る草丘に引き倒されてしまった。  
 
「な、何をするんだっ、やめろ、やめないか!」  
乱暴に振り払われて、彼女は小さく声をあげた。  
「す、すまん。しかしだ、お前は私にそのようなことをする義務など」  
「義務なんかじゃありませんっ!」  
一声わめいて、自分の声の大きさに驚いたのかミシェルが力を抜く。  
「同情かもしれないけど、ほんとうは分からないんですけど……今は私、  
――――私じゃ、信用にはたらないんですか?」  
「……なんだと?」  
「あなたがこの先どれだけ裏切られたって、私はあなたを信じることができると  
思いますから、……今のあなたの気持ちが、私には痛いほどによく分かるから!」  
いつもはぼんやりとして危機すら楽しんでしまうようなところのある  
彼女だったが、この時ばかりは彼の眼にどうしようもなく真剣にうつった。  
魂そのものをさらけだしてしまったような悲鳴に呼ばれるようにして、  
フランシスはミシェルの頬に手を伸ばした。「あ……」  
そのまま両手で包み込むようにして、栗色に近い黒の瞳を注視する。  
「後悔しないな?」  
一言だけ、短く簡潔につむがれた台詞。  
途方もない重みをもって響いたその言葉に、ミシェルはゆっくりとうなずいた。  
 
ふたたび、今度は気遣いのみえる動作で地面に体を倒される。  
子供じみた仕草で下着ごとスパッツを脱ぎ去ってしまうと、フランシスが  
まぶしいものでも見るような眼でこちらを見ているのを感じた。  
「ひ、ぁ……っ!」  
唐突に、指が乳房に激しく躍った。節くれだった指が濡れた乳首をつまみ、  
右の方のふくらみには顔が伏せられた。くすぶっていたままの快感に火がつく  
のはたやすいことで、くるおしいほどに切ないあの感覚が即座に彼女を  
支配しだした。「っ……フランシスさっ、…そんなにすると…乳首だけなのに……」  
せりあがる快感に気恥ずかしささえ感じて、彼女は泣き出してしまいそうだった。  
けれど彼は、言葉では応えない。ミシェルの焦る気を察して、そっと足を  
くつろげると股間に手を伸ばした。すでにとがり肥大しきった芽を、  
優しい手つきで摩擦される。「っあ――――ああぁっっ!!」  
ひときわ高い声をあげて、ミシェルは躊躇なくのぼりつめた。  
 
正直なところ、体の芯には疲れが残っていた。  
寝ころがったままの彼女に体重がかからないよう、フランシスは両ひざを  
ついた姿勢のままで黙っている。『…もう何もしないのかな、これ以上』  
いくら色々と振り切ったとしても、彼ならばやりかねない。  
『このままじゃ私が満足しただけで、全然意味が無いじゃない』  
「フランシスさん、」  
するりと彼の体の下を抜けて、にっこりと微笑む。  
「フランシスさんも気持ちよくならなきゃだめですよ」  
 
そして有無を言わさずに、器用に鎧下を脱がせてしまう。  
傷跡だらけのたくましい体があらわれるがはやいか、ひきつれた  
それのひとつひとつにくちづけをしはじめた。  
その刺激はくすぐったいがれっきとした快感となって、彼を包み込む。  
肩口から胸元にはしる傷、脇腹に三本並んだ爪あと、……下半身に  
辿り着くころには、股間のものはすでにそそりたっていた。  
粘り気の少ない液体がにじむそれを見て、ミシェルは少しだけ顔を  
赤らめた。ぽつりと、一言だけ言葉が口をついてでる。  
「……こんなに、大きいんですか」「ああ、……そうだ」  
率直な物言いに、フランシスまで顔を赤くする。その間にも、彼の  
剛直は彼女の視線をうけてまた少し質量を増していた。  
一転しておずおずと、ミシェルはそれに手を伸ばした。弾力のある  
硬さをもつ茎を握り締めるように、そっと上下に擦りはじめる。  
そうするうちに少しずつ怖さが薄れてきて、手だけでなくそっと、  
くちびるを近づけた。  
わずかに、フランシスがうめく。先端の部分に接吻して、ミシェルは  
そのまま口中に剛直をおさめた。軽く上下させながら、たまに舌を  
おどらせる。苦みばしった味も汗の匂いも、気にはならなかった。  
「もういい、やめろ」  
つよい快感に耐えかねて、フランシスが腰をひく。それにつられるよう  
にして、ミシェルは収縮をはじめたそれを引っぱる羽目になった。  
「うっ、く…」そんな声とともに、どろりとした液体が口内にあふれる。  
彼女は反射的に、それを残さず飲み込んでしまった。  
 
ありえないほどに足を開かされて、ミシェルは思わず彼の顔から  
目をそむけた。ひざが胸にあたりそうな姿勢は、さすがにつらい。  
けれど興奮と快感は燃え盛るばかりで、股間はすでに十分すぎるほど潤っていた。  
ぐっと彼女のふとももを支えて、フランシスが眼で問いかける。  
「……だいじょうぶです、」  
その言葉にうなずいて、彼はそっと彼女の体に体重をかけた。  
自分の体の中に、相反する異物が侵入しつつある。初めての感覚に、ミシェルは  
涙をこぼした。彼のほうも気がついたのか、中途のままで動きを止める。  
「いいのか? 本当に……」  
アンリのこと以外ではじめて、声が揺らぐのを聞いた気がした。  
「かまいません、フランシスさんなら。後悔なんて、……絶対にしません」  
「……分かった、少しの間だけ、我慢しろ」  
そして徐々に力が加えられ、ある一点でずるりとフランシスが入り込む。  
「あっ、」  
あっけないまでに処女膜がやぶられて、ぴったりと体が密着していた。  
じんじんとする痛みをこらえるミシェルにあわせるように、彼も動かない。  
肌寒い中で、フランシスの体温だけが温かかった。  
「あん……っ」  
やがて痛みがおさまりをみせはじめ、疼くような感覚が股間に感じられるようになる。  
「どうした?」  
いぶかしげに尋ねるフランシスに、彼女は頬をそめながら「動いて」とつぶやいた。  
「大丈夫なのだな、」  
言いながら彼も我慢の限界であったようで、遠慮がちながらも素早く  
腰を使いはじめた。襞を剛直が擦りあげるたびに、痛みと快感がないまぜに  
なった刺激がミシェルのからだ中をかけめぐる。  
「あっ、ああぁ……感じるっ、フランシスさん……気持ちいぃよ……」  
深みにはまり込んでしまうような感覚に、自然と涙がこぼれる。  
その涙をそっと吸いながら、フランシスは彼女に応えるように激しく動き出す。  
「っあ、いゃ……っ、気持ち、いい……いっちゃうぅ!!」  
襞が脈とかみ合わないリズムで痙攣をはじめ、体全体を貫くような快感に  
背中が反り返る。たぎるフランシスの熱を感じて、ミシェルは目をとじた。  
 
気がついたときには、宿屋の部屋のベッドに寝かされるところだった。  
「うあ、すみませっ……」  
見ればかなりいびつながらも、服まで着せられてしまっている。  
これ見よがしにため息をつきながらも、フランシスの目は笑っていた。  
「ではな。……体を冷やさぬように気をつけるのだぞ」  
「あ……、行っちゃうんですか……?」  
「当たり前だろう、どうして女人の部屋などで夜を明かせるものか!」  
考えに考えるまでもなく、朝になれば他の視線がうるさいだろう。  
それは彼女にも分かっていた。  
だから。「っ――――貴様、何を」  
「まだ、一度もしてなかったから」  
彼女はフランシスの存外にやわらかい唇に、そっと自分のそれを重ねた。  
「いいな、気をつけるのだぞ!」  
声を落とすことも忘れて、あわただしい足取りで彼が部屋を後にする。  
その様子を目にして、ミシェルはそっと顔をほころばせた。  
 
 
いつ裏切るか分からない、振り向くその姿が怖かった。  
もう戻ることのないような、今にも消え去りそうな後ろ姿は、もっと嫌だった。  
――――けれど。  
 
彼女はもう何も、怖くないと感じていたのだった。  
……さあ、としずかな音を立てて、真夜中の雨が降りだしていた。  
 
 
 ― end. ―  
 
 

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