イシスの神官カイの身体に、阿修羅の魔力でミクロ化した魔物が侵入した!  
カイのもつ回復の魔力……その源である体内の「秘宝」、魔物はそれを狙っている。  
昏睡に陥った彼女の身体から、いま、秘宝が外に出ようとしている!  
秘宝の力が解放される、そのショックに彼女は耐えられない。  
秘宝を取り出さないと命が危ない。  
 
「カイ、しっかりしろ!」  
少年の腕の中で、神官カイはうっすらと目を開けた。  
「阿修羅の手先が、体の中で増殖しているの…。  
もう意識を保っていることができない。たすけて」  
「いったいどうすれば!」  
浅く短い息の下、カイはかすかに言い残した。  
「私のなかに、きて…」  
 
かつて巨人族がその大きすぎる体を縮小するために用いたという  
マイクローン化技術…。その装置が、ここイシス神殿には残されていたのだ。  
「こんなものが現代にまだ…」  
装置へと案内した神殿のスタッフは、少年を振り返った。  
「はい。今こそ、これを使うチャンスです!」  
「えっ」  
「あ……これを使えば、カイ様を救えます。カイ様を救ってください!」  
「えっ、おれ?」  
スポットライトの下、意識のないカイが搬送されてきた。  
「縮小光線を照射します」  
「カイの体の中に、って、ええっ!?」  
スタッフは少年を縮小し、注射器に詰めてカイに投与した。  
 
対流体速度、何ナノメートルなのか分からないが、ごぼごぼ泡立つ液の中を  
少年は高速で押し流され、やがて岸辺に流れ着いた。  
「げほっ」  
咳き込んで、大量に飲んだ液を吐き出した。  
「げっ、げほっ。…ここは…」  
薄暗い洞窟のように見えた。「カイの体内…?」  
 
手をついた床はやわらかく温かい。  
岸辺に寄せる波は、いまは穏やかに静まって、少年の息が辺りに響いた。  
遠い鼓動が聞こえる。カイの心臓の音か。  
 
よろめいて立ち上がったとき、洞窟の奥から細い灯りが差した。  
背の太刀に手をかけ、少年は緊張した。何者かが、近づいてくる。  
 
角を曲がって姿を現す。それは……カイだった。  
「あっ、やっぱり来てくれたのね」  
「…カイの体内にカイが?」  
「あなたをナビゲートするために、私も自分自身をミクロ化したの」  
「そんなばかな」  
ガラスのカンテラをきらきらさせて、カイはにっこり笑った。  
「よかった。来てくれて」  
 
カイは少年に近く寄って、すこし見上げて、すこし照れた。  
「マイクローン化装置『小さくなーれ』は、もとは第三異世界に存在したけど、  
私が発見して、神殿に置いたの。こんなこともあろうかと」  
「私のなかに、きて…って、そういう意味だったの?」  
「そうよ」  
「うーん」  
カイはくるりと背を向けて、振り向いて言った。行きましょう!  
 
「敵が物陰に潜んでいるかもしれないから、気をつけてね」  
 
カイ自身の体内。カイはこの洞窟をよく知っているのかも。  
長い髪を払って顔を上げる。カンテラの光に、銀の額飾りがきらめいた。  
エジプトの女神イシスの象徴、その三日月…。  
 
天地開闢よりこのかた、世界には無数の神々が生まれ、たがいに争った。  
争いの果て、神々は世界を77に分割し、各界をひとりの神が支配した。  
ここ第一世界のあるじはイシス。  
それから長い時が過ぎた――。  
西暦起源来、古き神イシスはとうの昔に世界を見捨てて去っていたが、  
その神官カイはいまも神殿で頑張っていた。その神殿をイセイオンと呼ぶ。  
 
「ハイ!おわり!」  
追想は断たれた。  
「人を見て、ぼっとしないの」  
「ごめん…」  
ふふっと微笑む。微笑んだカイが、ふと空を見つめて凍りついた。  
視線を追った少年は、  
「なんだ、あれ」  
体内洞の虚空中に、なにか、得体の知れない、何かが浮いていた。  
 
カイが呟いた。  
「あれは、病気」  
「病気?」  
「そうさ。俺は病気さ」  
「うわっ」 病気が喋った!  
「あれは謎の病気。阿修羅の手下よ!」  
 
病気とは何か。ミクロの世界に存在する細菌やらウィルスがそれともいうが、  
細菌やウィルスは「病原」であろう。病原は病原、病気そのものではない。  
いわば病気とは健康の対義であり、健康がそうであるように、抽象の概念であろう。  
 
ともあれ。阿修羅の手下「謎の病気」。  
それ、としか言いようのないそれは、カイを見つけてニヤリ病み笑んでいた。  
 
「カイ、やつを知ってるのか?」  
「私の体は謎の病気におかされて…。私の体からすぐに出ていって!」  
「そう邪険にすなや」  
 
謎の病気はカイの体を舐めるように眺めて、彼女に不快感の症状を起こした。  
「おまえのアレをさあ、おれにくれよ。いいだろ、なあ…」  
「ダメ。お前なんかにあげない」  
「ナニをさ?」  
カイはかっと赤面した。  
 
『新しき神』を名乗る者たちがいる。  
古き神々が滅び去って既に久しい。世界は支配する神を失い、  
主のないまま、数千年のときを経た。人間はじめ生き物たちは、  
神々によって築かれた秩序に従い、ありのまま数千年を生きてきた。しかし…  
 
力を求める者たちがいる。古き神の秩序をいまや覆し、世界に自ら神となるべき力を。  
阿修羅はもと仏法の天竜八部の一つであるが、さいきん独立し、  
手下を集め徒党を組んで、異世界間に勢力を伸ばし始めた。その狙うもの。  
 
「秘宝だよ秘宝。おまえのアレ」  
病気は病んでいた。  
「ダメよ! 秘宝とはなにか、おまえや阿修羅は知っているの?」  
りんと響いたその声に、洞窟が、謎の病気さえ、一瞬ぴーんと静まった。  
 
「…秘宝とは…」  
静かに語りだすその声は、陰にたたずむ少年だった。  
 
「秘宝とは、世界を創った古き神々の遺産。  
秘宝を巡り、多くの者が争った。  
ある者は秘宝を手にし、  
ある者は敗れ去り、消えていった。  
それは素晴らしい 力のシンボル」  
 
語りつつ歩みを進める。すらりと剣を抜き放った。  
 
「んっだァ? やる気か小僧!」  
病気がぶわと膨れ上がる。カイが押し殺した悲鳴を漏らす。  
「うへへッ?」  
その体を剣光が一文字に裂いた。絶叫し、病気は跳ね飛んだ。  
ひと太刀くれた刃を右手に下げ、少年は弓手に腰の拳銃を抜いていた。  
 
「アシュラの名はおれも聞いてるよ。  
すいぶんな悪党らしい、ってな。悪党に秘宝は渡せない」  
「お前も秘宝探しか?悪党だな」  
「おれは冒険家だ」  
銃声が響き、病気の表面に火花が散った。哄笑し、病気は荒れ狂った。  
二転三転、剣を伏せ、身を沈め、少年の眼が猛禽のようになる。  
かすかな笑みすら…。かすかに、視界にカイの姿があった。  
 
闘志に燃えた少年が、一瞬、曖昧な表情になった。  
その隙を病気が狙った。剣が薙ぐ。既に戦い、秘宝を争い。  
 
「ある者は、秘宝を手にし」  
病気が病毒を吐く。とんぼを切ってそれをかわす。  
少年の左の銃口が追撃を抑えた。二連射、間を潰し、さらに剣が追う。  
 
「ある者は敗れ去り、消えていった」  
剣風に乗り、少年は笑うようだ。敵が病気だろうが何だろうが…!  
 
「それは素晴らしい力のシンボル」  
打ち下ろした剣をすり抜ける。病気はカイの前に立った。  
 
「…!」  
「カイいただき」  
「しまった!」  
硬直したカイに、病気は欲望のまま圧し掛かり、衣服をちぎり、  
床に押し開いた体に……カイの体に、ぽっと光がともった。  
 
「ぎゃっ?」苦鳴して飛び退く。「回復の魔力!」  
肌を押さえ、カイが身を起こす。健康的な癒しは、病気には耐え難い。  
頭上から少年の剣が叩き斬った。  
 
 
うっすらと暗い体内を、少年とカイは肩を寄せて歩いていた。  
カンテラの光に照らすカイの横顔は、まだ緊張は解けない。  
元気に見せて、やはりカイは衰弱していた。  
残り少ない力を使って、彼女は急速に消耗した。  
 
少年の剣はとどめには至らなかった。謎の病気は呪い散らしながら、  
体内洞窟を奥へと逃れていった…  
 
カイの衣服はずいぶんひどく裂かれてしまったが、  
少年の上着を借りて肌を繕った。二人は、今はただ道を辿った。  
「やつはどこに?」  
「…血流に乗って移動してる。わたしの秘宝を探している」  
「秘宝はどこに」  
「…」  
なぜかカイは口ごもった。洞窟の中は穏やかな暖かさに包まれて  
それがカイの体温だと分かると、少年は落ち着かなくなった。  
その気分を、カイは感じたかもしれない。  
 
やわらかい壁にもたれて少年は休んだ。拳銃を抜いて確かめる。  
先の戦いで撃ちつくしたままだった。弾倉を空けて薬莢を落とす。  
「あっ、ダメ」  
「なにが?」  
「私の中に、ゴミを捨てないで」  
「ああ……ごめん」  
言われるまま謝って、少年はひとつずつ拾った。六連発を装填する。  
 
カイの中にカイがいるという、この状況はどう考えればいいのだろう。  
足元のピンクの粘膜を見ていた。なんとも異常な世界だ…。  
しかし少年は、こんな異常な世界をいくつも越えてきた。秘宝を求めて。  
 
「村を出てから、変なモノと戦うようになったよ。最初の敵は、  
公道のトンネルに巣食ってた、ラムフォリンクスという翼手竜だった」  
「ジュラ紀の生き物ね。それがなぜ現代に」  
「みんな秘宝を探しているんだ」  
力を求める者たちは、時空を超え、世界を超えて秘宝を探し始めた。  
 
「秘宝を集めてどうするの。まさか、神になる気?」  
「えっ」  
唐突なカイに、少年は言葉に詰まった。  
 
「べつに神なんて…。おれは父さんを探して家を出たんだ。  
父さんは秘宝を探してたから。きっかけは、そんなこと」  
「あなたのお父さまって……帽子をかぶった、ちょっとかっこいいおじさま?」  
「知ってるの?」  
 
イシス神殿、古代遺跡のイセイオン、神官カイのもとに、その人はしばらく滞在した。  
冒険家だという。インディみたいな。  
「ふらっとやってきて、秘宝のことを尋ねて」  
神官カイのもとに、しばらく滞在した。  
「で、いまどこに」  
「また、ふらっといなくなって…」  
根っから根無しの冒険人生。  
 
「そうか…」  
あちこちに足跡を残しながら、確かな手がかりは何もない。  
母さん放って何してんだ。カイの所にもいただなんて…。  
「わたし、秘宝なんて知りません、って言った」  
少年は顔を上げた。いたずらっぽく、カイは微笑んだ。  
 
「私の体の秘宝のことは、誰にも教えたことないの」  
「そうか」  
少年も、笑顔を返した。  
 
 
ぶつぶつ…  
「やめろ…癒しはやめろ…」  
ぶつぶつ呟きながら、謎の病気は進行していた。  
 
扉は破られていた。  
 
「謎の病気が、解除キーをハックして破ったのよ。  
ほんとなら、この扉は秘宝がなければ開かないはず」  
「病気の進む方が早い?」  
「…急がなければ」  
 
カイの体内にドアが建てつけてある…。  
通路をふさぐ扉は、取っ手も取っ掛かりもなく、そのうえ鍵がかかっていた。  
カイがぺろっと指を舐めて押し付けると、扉は開いた。生体解除キーは、  
特定の分子構造とか、電気的なインパルスに情報を載せて鍵とするのだそうだ。  
それが何箇所、何重にもなって、侵入者を厳しく拒む防疫システム。  
 
その扉は虫が食ったようにいびつな穴が開き、破られていた。  
カイに続いて少年も扉をくぐった。さらに彼女の奥へと進む。  
目の前で、ふらっとよろめいてカイがくずおれた。  
「カイ!」  
「病気が進むにつれて、身体がきかなくなるみたい…」  
 
丸まった背に手が触れると、カイの体がぴくんと震えた。  
「触らないで!」  
「ご、ごめん」  
 
病気の性質が分かれば、対処法も分かってくるはずだ。  
たんに「病気」という病気はない。たとえば感覚が鈍るとか、筋肉が弱るとか。  
カイに侵入している「謎の病気」は、それとは違うようだった。  
「こんな病気…こんな病気って…」  
 

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