うるわしのアバロンといわれた都があるここバレンヌ帝国は、つい最近帝国第二皇子  
ジェラールが帝位を継いだばかりである。  
全土統一を志した父、前帝レオンと武勇誉れ高い兄の第一皇子ヴィクトールをソーモンに陣取った  
七英雄の一人クジンシーに次々と倒されて失いつつも、その後の混乱を見事に乗り切り  
ついに彼はそのクジンシーの必殺技を見切って退治した。  
そして運河要塞の倒したボスの口から再び洩れた七英雄のボクオーンの名前…  
ジェラールの頭はその時から七英雄達の伝説との乖離に悩んでいた。  
(七英雄とは何だ?…あれは…少なくともクジンシーのどこが英雄なのだ?)  
英雄どころか見かけ通りの化け物でしかなかったクジンシーのことから考えると  
ボクオーンもどうやら伝説とはかけ離れた存在であると容易に想像が付く。  
ここにきてクジンシーの情報をもたらした謎の女魔道士オアイーブに会わなかったことが  
ジェラールには悔やまれてならない。  
「皇帝陛下…また七英雄のことでお悩みですか?」  
帝国猟兵隊長のテレーズはレオンの代からの長いつきあいである若い新帝の心の内を  
聡く読み取って遠慮がちに声を掛けた。  
「お一人でお考えなさらず、事があれば我ら兵士が一丸となってあたる覚悟はございますから」  
大剣を携える帝国軽装歩兵のジェイムズは、新帝の王座の前にゆっくりとひざまずき礼を取る。  
その二人に感謝しながらジェラールは笑った。  
「ありがとう。とりあえず本の伝説ばかり読んでいた頭でっかちの知識では現実にはなかなか  
 対処が難しいと言うことだろうな」  
ジェラールは溜息をつきながら天井を何気なしに見上げると、上から何か白いものがひらひらと  
舞い降りてくるのが見えた。  
それをタイミングよくキャッチすると、白い紙でそこに書かれてある文章を読んで沈黙した。  
テレーズとジェイムズは長い間黙ったままの皇帝に首をかしげながら話しかける。  
「ジェラール様、どうなさいましたか?…それは一体…」  
ジェラールは困ったような顔をして二人にその紙を渡してよこした。  
そこには短い文章で以下のように書いてあった。  
 
 
              “皇帝陛下をいただきに参ります     仔猫”  
 
 
アバロンの酒場では帝国の正式な兵も、期間限定の雇われた傭兵達も入り交じって陽気な声を上げている。  
時々それがいきすぎて喧嘩の大声へと発展するが誰も特に構わない。  
帝国重装歩兵のベアもその重い鎧を脱いで、強い蒸留酒をゆっくりとしたペースで飲んでいた。  
彼の差し向かいには髪の毛を逆立て、派手な色粉で染めたフリーファイター…いわゆる傭兵の中でも  
ひときわ気性の荒いヘクターが、ベアとは違ってハイスピードで杯を乾していく。  
ふたりとも共にレオンの時代からの仲間で、特に示し合わすわけではないがこうしてよく酒場で  
一緒になり何とはなしに席を共にすることが多い。  
ベアはヘクターのスピードに感心しつつも自分のペースを守っている。  
ふと何かのふわりとした感触が彼の腕をふれた気がして見てみると、そこには金色の柔らかそうな  
髪の毛をリボンで器用にまとめた愛らしい顔の華奢な女性が立っていた。  
彼女の顔はアバロンのそこかしこで時々見知ってはいた。  
「よう、こそ泥。俺の懐を狙いに来たのか?」  
ヘクターは知り合いらしく、女性に対する態度としてはいささか礼を失すぎる物言いをした。  
「嫌な言い方。ちゃんと女盗賊と言ってよ」  
してみると彼女はギルドを形成するシティシーフの女性かとベアは合点した。  
(どうりで顔を知っていたわけだな)  
「あら、こちらは壁の旦那ね。いつも皇帝陛下の守りご苦労様」  
「壁…」  
重装歩兵の彼はパーティの…特に戦いにも出る皇帝の前に盾となって敵の攻撃から守るというのが  
攻撃よりも重要な任務なのであるが、盾と言われても“壁”と言われたことは今までにない。  
「お前も言い方考えろや。壁の旦那は傷ついているぞ」  
ヘクターはおかしそうに喉の奥で笑いつつベアの顔を眺めている。  
「壁…でもいいが…始めてそんなことを言われたので少し面食らっただけだよ」  
あまり物事にこだわらない性格のベアはそう言ってシティシーフの女性に笑いかけた。  
「まあ、こちらもいい男ね。あんたも見習いなさいよヘクター。女性に対する態度がなってなさ過ぎ」  
キレやすい性格のヘクターは、それを聞いて少しむかっ腹を立てたらしく憮然として彼女に言った。  
「うるせえ。とっとと消えろ。お前は泥棒なんだからしまいにゃこの旦那にとっ捕まえてもらうぞ」  
あんまりそういうことをしたくないベアは、大層なことになる前に立ち去ろうとした時この女盗賊が話しかけた。  
 
「お二人さんがいて丁度良かったのよ…ねえ…お願いがあるんだけど」  
ヘクターは目配せしながらわざと聞こえるようにベアに言いかける。  
「おい、早々に立ち去ろうぜ。こいつに関わるとろくな事にならない上にギルドに尻の…」  
「下品な言い方しないでよ。これはギルドとは関係ないわ。私の個人的な頼み事なのよ」  
ヘクターは珍しく真剣な顔を見せる女盗賊の顔をまじまじと見ながら大仰な溜息をついて見せた。  
「よけいにタチが悪そうじゃねえか…取りあえずろくな願い事じゃないな。地味に盗みに励んだらどうだ、キャット」  
「キャット…聞いたことがあるな…で、願い事って何だい?」  
何となく女盗賊――キャットのペースにはめられたベアはヘクターが牽制するのにもかかわらず  
思わずそう聞き返してしまい彼の舌打ちを誘った。  
残りの酒を飲んで早くこの酒場から出ようとする、ベアとヘクターにキャットは楽しげにその願いを話した。  
「うふふふ…あのねえ…皇帝陛下に夜這いをかけたいから協力して欲しいんだけど」  
その言葉にベアは酒を気管に流し込んでしまってむせかえり、ヘクターは口に入れていた酒を  
隣の席にたむろしているフリーファイター仲間へ向かって思い切り吹き出した。  
「ヘクター!てめえ、ひとの洗濯したばかりの服へ向かって何しやがんだ!!」  
彼らはヘクターほどでないにしても一様に気が荒く、些細なことで今にも喧嘩に発展しそうなところへ  
当の本人がむせ返りながら一番効果的な言葉をはいた。  
「ぶはっげほっげほっ…騒ぐんじゃねえ!…ごほっごほっ…ちゃんと金払うから静かにしろ!」  
おもしろいもので彼らは自分たちに効果的な代償のことば『金・女・酒』を聞くととたんに静かになってしまった。  
ベアは無言で苦しそうに涙目でしばらくむせ返っていたが、キャットに背を叩かれてどうにか落ち着いてきた。  
「あ…ありが…とう…いや…どうも…もう大丈夫…」  
ヘクターは落ち着いてくると、文句のひとつも言いたいところだったのだが非常な疲れを感じて  
そのままテーブルの上に突っ伏してしまう。  
ベアもしばらくものも言えないぐらいに疲れて頭を抱えて黙り込んでしまった。  
「あのさ…聞いていた?もう一度言っちゃおうか?」  
黙っていて何の反応も示さない軍人の二人に、キャットは恐る恐る声を掛けてみて伺った。  
「与太話は一度で十分。さー俺はいくぞベア。こいつに関わっていると骨の髄まで疲れ果てる」  
そう言って席を立ち上がろうとするヘクターに釣られてベアも軽く腰を浮かした。  
「もう予告状送っちゃったもん…」  
そのキャットの言葉に立ち去ろうとする二人は中途半端な体勢のまま再び凍り付いてしまった。  
 
「予告状…って…」  
「あっ…あっ…あほか。夜這いに予告状送るヤツがどこの世界にいるんだ!!」  
とうとうヘクターは酒場中に響き渡る大声を張り上げて、そこにいる全員の注目の的になってしまった。  
「おい…ヘクター、声が…もう遅いか…あーあ」  
ベアは先ほどから自分を襲っている目眩は、酒だけのせいではないはずだと自分に言い聞かせている。  
3人は一瞬だけ衆人の注目を浴び酒場のスターになってしまったが、移り気な客達はすぐにそれぞれの話題に戻り  
やがていつもの喧噪が戻り始め彼らはほっとした。  
「……ジェラール様もいずれはお妃お迎えになるんでしょ?その前にと思ってさ」  
もごもご言いごもるキャットの様子に、少しヘクターは興味を引かれて取りあえず椅子に座り直した。  
「当たり前だ。レオン様もヴィクトール様もご逝去されてしまったんだからジェラール様には世継ぎに励んで…  
 …って…まさかお前その辺を狙っているわけじゃないだろうな?…それで既成事実を作って帝国に揺さぶりを」  
「あんたねえ…私を一体なんだと思ってんのよ。…それはいいわ。協力してくれたらここの酒代1ヶ月分と  
 ツケも全部払ってあげるわよ〜」  
酒と聞くと目のないフリーファイターの瞳の色が違ってきた。  
「えらい剛毅なことで。何でそこまでするのかはさておいて…もう少し報酬に色をつけてもらわないとなあ」  
良い反応が返ってきたのでキャットは嬉しくなってヘクターの強欲さに乗ることにした。  
「ふふん…付け入ってきたわね。いいわよ私で出来ることならね」  
それを聞いてヘクターがチョイチョイと指を動かして耳を貸せの合図をする。  
キャットがヘクターの口許に耳を近づけると低い声でヘクターは要求をした。  
「一回やらせろ」  
キャットはすかさずヘクターの右足を自分の履いている、その尖ったヒールのサンダルでふみつけて  
声にならない叫びを上げさせた。  
 
「☆♪※##!!!♀★!〜H▼〆!!!!!!」  
 
「ふう…」  
その二人の様子を眺めながらベアは結局自分も巻き込まれたのかと深く溜息をついた。  
 
「ふざけておりますわね。皇帝を盗む猫なんて」  
テレーズは強固だと考えていた警備のアバロン宮殿に、簡単に人が入れる隙のあったことに腹を立てている。  
ジェイムズは宮殿中を走り回って侵入者の追跡を試みたのだがすでに気配すら掴めなかった。  
「もう一度兵士達の配置を考え直さねばならんと言うのに、ベアとヘクターはまだなのか?」  
彼も部下の兵士達に二人の呼び出しを何回も行ってその苛立ちが頂点に達しようとしていた。  
(無理だと思うなあ…彼女ならば)  
“仔猫”に心当たりのありすぎるジェラールは、そんな二人にひそかに悪いと思いつつ沈黙を守っていた。  
運河要塞潜入の際に世話になったシティシーフの彼女ならモンスターもいない城の侵入など  
造作もないことに違いない。  
彼女が自分の何を狙っているのかは解らないが、七英雄の事でここ最近憂慮していたジェラールは  
何とはなしに久々に楽しくなって来ている…もちろんジェイムズとテレーズに心の中であやまりながら。  
「呼び出されてきましたが、何ですかね、この騒ぎは?俺は確か警備当直じゃないはずですが」  
さっき酒場でキャットに会ったところから、おおよそ呼び出されることを予想していたヘクターは  
そう白々しく装いながら皇帝のいるこの玉座の間にかったるそうに入ってきた。  
「緊急だ。それと陛下の前ではちゃんと礼を取れ」  
ジェイムズは自分と同じ大剣使いのヘクターの態度の悪さにいつもながら腹が立つ。  
これで腕が立たなければ即刻皇帝に注進して解雇してやれるのだが、戦闘では鬼神の如くという  
言葉がついてでる彼の戦い振りには一目を置かざるを得なく、そんなところもジェイムズには苛立ちの要因になっていた。  
(いつもながら固いやつだ)  
そう考えながらもヘクターは一応黙ってジェラール皇帝の前に跪いて礼を取った。  
「すまんな、休憩中なのに…うん?どうしたんだヘクター。右足を負傷したのか?」  
さっきキャットに踏まれて流血し包帯を巻いた右足を、目ざとくジェラールに見つけられた傭兵は慌てて言い訳した。  
「あっ…えーと…キャ…いやつまり猫にひっかかれまして…」  
かなりしどろもどろの彼にテレーズは首をかしげ彼の“猫”と言う言葉に素早く反応した。  
「あなた“仔猫”について何か知っているの?」  
「え?」  
 
 
そう言われても何のことか解らないヘクターは、一緒に入ってきたベアとともに顔を見合わせる。  
ジェイムズはそんな二人に黙ってあの紙を見せた。  
もちろん二人ともそれを見たとたんに、何のことか思い当たったのだがどうにか顔には出さないで過ごせた。  
「ほー…大胆ですなあー予告状とはー(あのバカ猫余計なことしやがって!)」  
「うーむ…アバロンは猫が多いからー(わざわざ宣言しなくても…)」  
ジェイムズは何となく気の抜けた言い方をする二人に首を捻った。  
「ベア……どうしたんだ、お前?酔っているのか」  
とんちんかんな反応を示す同僚におかしなものを感じて軽装歩兵の彼は突っ込んだ。  
「あ…それそれ…そんなに飲んでないつもりだったんだが…ははは……はーっ」  
馴れない気づかいにヘクターより疲れている彼は、早くこの件が終わって欲しいと心から祈る。  
「そういうことで、陛下をお守りするためにそれぞれのクラスから衛兵を増員して欲しいの  
 特に陛下の3階の御部屋の回りと2階の屋根周りにも配置しなきゃ」  
テレーズがそう言ったところへ  
「それはまずい」  
と同時に言ったのはヘクター、ベア…それになぜか狙われた当事者のジェラールの3人であった。  
テレーズとジェイムズ…それにヘクターやベアの驚いた視線を浴びて若い皇帝は慌てた。  
「い いや…そんなことに人員を割かなくても多分この予告状は子供の悪戯のようなものだと」  
テレーズは弟のように思うジェラールに言い聞かせるように強く言った。  
「簡単に宮殿に侵入できる者の予告を“子供の悪戯”と片付けるのにはかなり無理がありましょう…  
 それにベアもヘクターも何がまずいって言うの?」  
今度は自分たちにお鉢が回ってきた彼ら二人はどう言うべきなのか焦った。  
「あの…あれだ。その…屋根の上なんかに兵士置いたら宮殿が重みで…崩壊!」  
「そうそう。兵士達の鎧は重いし」  
よくわからない理屈のヘクターの持論に、一応ベアも助け船を出したのだが、当然他の二人にはそれは受け入れられない。  
「…なあ…お前達…まだ酒が残っているんじゃないか?」  
さっきから噛み合わない話をしている重装歩兵と傭兵に、ジェイムズはかなりの不審顔である。  
その時宮殿の入り口の方から衛兵の大声が響き渡った。  
「侵入者だー!奥へ行ったぞ!」  
 
「俺とテレーズで迎え撃つからベアもヘクターもジェラール様をお部屋まで護衛しろ!」  
「あなたたち、酔っていちゃダメよ」  
急いで玉座の間から出て行くジェイムズとテレーズに、すっかり酔っぱらいの判を押されてしまった二人は  
茫然としながらジェラールに話しかけた。  
「…えー…陛下そう言うわけで私室まで護衛いたしますので、俺の後ろにおつき下さい。ベアは陛下の後ろな」  
「あ ああ」  
「…すまないな。それじゃあ頼むよ」  
何となく色々と腑に落ちない3人は、そのまま玉座の間から3階にあるジェラールの私室までぞろぞろと行進する。  
二人をねぎらいながら部屋に入る皇帝を見届けてから、ヘクターとベアは顔を見合わせた。  
「あいつ……手助けも何もいきなり侵入かよ!勝手な小娘め」  
「…よくよく考えたら俺達…自分たちの主君への夜這いを手助けているんだよな…これって」  
そう言って悩むベアの肩に手を置いてヘクターは真剣な瞳を向けた。  
「これはジェラール様がこれからお妃を娶られるための“実地訓練”だ。幸い女の方はそれを望んでいる」  
ヘクターはそう言いながら頭の中で1ヶ月分の酒代とツケ代金の計算を始めた。  
フリーファイターの口許に不気味な微笑みが現れていくのを眺めながら、精神的に疲れたベアは天井を仰いだ。  
すると何か上から白い物がフワフワと落下してくるのが見える。  
ベアがそれを掴もうとすると気づいたヘクターが素早く横取りした。  
それに書いてあることを見ながら彼ら二人は何度目かの石化状態に陥る。  
 
 
              “今皇帝確認  入り口の見張りよろしく    仔猫”  
 
 
ジェラールはその広い皇帝の部屋に入ってゆっくりと奥の方へと歩いていった。  
バレンヌの代々の皇帝に使われてきたそこは何室もつながり、緊急の際の隠し部屋も揃っている。  
それらを通りながら奥の寝室へと進むと、窓から冷たい夜風が吹き込んでいた。  
その開いた窓を閉じながら彼は後ろを振り向きもせず言葉を発した。  
「やあ、久しぶりだね。君なら見つからず来られると思っていた」  
そう言って笑いながら後ろにいる“仔猫”に挨拶をする。  
キャットは少し照れくさそうにジェラールの顔を盗みながらその場で俯いていた。  
「お邪魔していました、陛下。突然ですが陛下からいただきたい物がありましたのでこのような手順になりました」  
以前会った時とは違ってえらく固い言い方をする女盗賊に、ほんの少し緊張感が感じ取られた。  
「…どうしたんだい?運河要塞での宝だけじゃ多分足らないのじゃないかとは考えていたんだけど…  
 町中にいるヘクターあたりに言いつけてくれればちゃんと報酬は出したよ。いくらぐらい?」  
思い切り勘違いしているジェラールに、キャットは足音も立てず素早く近づく。  
名前の通りまるで猫だと彼が考えていると、その細い腕をジェラールの首に巻き付けて抱きついてきた。  
若い皇帝の体はそれだけで強く反応し下半身に熱いうずきを覚える。  
「私を一晩もらっていただきたいのです…それが報酬」  
キャットはジェラールの首に巻き付いたまま顔をすり寄せてきた…人なつこい猫のように。  
「それでは逆じゃないか…なぜ…(こういうときは何も聞くな)…って…あれ?」  
突然自分の頭の中で入ってきた思考にジェラールは思わず声を上げた。  
「どうしましたの?」  
キャットはその白い顔に、少しだけつり上がり気味の大きな瞳を潤ませて皇帝の顔を見上げた。  
その仕草のひとつひとつがじゃれつく仔猫のようで、ジェラールには何とも刺激的である。  
いきなり頭の中を割って入ってきたその“声”に従うのが得策かと、キャットの薄紅色の唇に自分のを重ねた。  
ジェラールは彼女の閉じた唇を舌で緩く開けてその中にある濡れた舌に絡め始めた。  
「う…ん…陛…下…」  
うっとりと瞳を閉じてジェラールの舌の動きを追いながら、キャットの体から力が抜けていく。  
その彼女を腕の中に抱き上げて、ジェラールは天蓋の付いたベッドの上にキャットの体を横たえた。  
キャットの服は軽そうな布の着ると言うよりまとっている感じで、そのブラウスに手を掛けて彼は言った。  
「私も男だから途中で止めると言うことはできない。それでもいいのか?」  
しかし言い終えるが早いか、キャットのしなやかな体が抱きついてきて耳元に吐息のように囁く。  
「はい、陛下……お願いします…」  
「ジェラールでいいよ…」  
 
彼は彼女の熱を帯びた唇に再び自分のを重ねて塞ぎ、お互いの舌で口内をまさぐりつつ服を脱がせて  
唇から舌を滑らせながら顎から首筋…鎖骨へと流れていった。  
裸になったキャットは華奢すぎるほど細く、その体を抱きしめれば折れるのではないかと思った。  
自身も衣服を全て脱ぎ捨ててその細い体の上に慎重にゆっくりと乗る。  
「嬉しい……」  
しなだれるように自分の体の上の男に、その細い手をまといつかせてキャットは囁いた。  
妙な成り行きだが自分に抱かれることを、これほど望んでいる女性に対して木石ではないジェラールは  
運河要塞でも危険を顧みず働いてくれたことといい、しだいに愛しさが募ってきてその愛撫の手を激しくさせていく。  
キャットの細い体についた小ぶりだが、形の良い乳房を強く弱く波をよせるように揉むと  
彼女はすぐに喘ぎ始めてジェラールの本能をたたき付けるような切ない声を上げる。  
「あっ…ああ…ジェラールさ…」  
自分の名前を洩らすその唇に食指を動かされて強く塞ぎ、中にある柔らかな彼女の舌を求めた。  
絡め取られ引き上げられるジェラールの舌の動きに合わせて、キャットも自分の物で彼の動きを追った。  
男の舌と女の舌が絡み合い湿った音と喉から呻くような音が混じり合って皇帝の私室に響く。  
文弱だと言われ続けてきたジェラールだが、ここ最近の目の回るような出来事によって戦いに  
明け暮れた結果、その体は急速に筋肉が発達して逞しさを増している。  
キャットは皇帝の体を掌で愛しそうに撫で上げてしがみついた。  
そのキャットの愛撫にジェラールは遠い昔の幼い頃の悲しい記憶を思い出す。  
 
あの仔猫はどうなったのだろう…どこへ行ってしまったのだろうか…  
 
「ジェラール様?」  
動きの止まった皇帝に、腕の中のキャットはその澄んだ瞳で顔をのぞき込んで問いかけた。  
ジェラールは照れくさそうに笑いながら、再びキャットの朱い唇を求めた。  
そのまま口づけを続けながら、彼女の柔らかな乳房を揉みようやく放した唇をその頂点に持っていく。  
上唇と下唇で交互に触れながら、その舌で可愛らしい蕾のような乳首を揺さぶりながら舐め  
やがて口内に運びながらゆっくりと舌を蠢かす。  
キャットは痺れるように跳ね上がり細い体をムチのようにしならせてジェラールの技巧に応えた。  
「う……くっ……ジェ…ああ…はあ…」  
その状態でキャットの頭に手を伸ばし、髪をまとめているリボンを緩やかに外してベッドの上に解き放った。  
柔らかで始終空気をはらんでいるような軽さの金色の毛は、彼女にふさわしくまるで毛並みの良い猫だった。  
そのまま乳房への愛撫を続けていると、なぜかキャットの体が小刻みに震えてきた。  
愛技に反応して…というよりも寒さのために震えているような感じである。  
(そうなのか…)  
ジェラールはその事に気づいて、キャットの緊張した顔を両手で挟んで微笑んだ。  
「初めてなんだな?…うかつだったよ。もっと早く気づくべきだった」  
キャットはその言葉に大きく瞳を見開いて、目尻から光る物を落とした。  
「でも…私は…私…」  
頭の回転が速く口の回る娘なのだが、この時ばかりは何を言うべきか言葉を紡げなかった。  
そのキャットにジェラールは優しく顔を撫でてその唇に軽く口づけた。  
「いいんだよ。私に任せてくれるかい?…悪いようにはしない」  
いつのまにか自分の方が積極的になっているなと心の中で苦笑いしながら彼はキャットに囁いた。  
彼女はやはり涙を流しながら、そう言うジェラールの首に再び巻き付きしがみついた。  
「お望みのままに、陛下…」  
 
とはいえジェラールにとっても処女は始めて経験する。  
とにかく彼女になるべく痛さを感じさせないように運ばなければいけないと考えて慎重に  
キャットの体を愛撫し始めた。  
その唇に軽く…深く何度も口づけを重ねながら、固くなった彼女の体を溶かすように緩やかに手は動く。  
 
(肝心なのは緊張を解くこと)  
 
「……(またか)……(こういう時はあまり出てこないで欲しいものです…父上)」  
ジェラールは時々閃く身に覚えのない考えが、どうやら亡き前帝、父親のレオンのものであることに気づき始めている。  
会見の覚えもないのにオアイーブの顔がまざまざと蘇ったりするのは、伝承法によるもうひとつの副産物なのだが  
今のジェラールにはまだそこまで思い至る余裕がない。  
少しむきになって強めの口づけをし彼女の口内をまさぐり舌を絡め合った。  
「う……く……」  
苦しげにキャットは呻きジェラールの舌に必死で合わせようとする。  
我に返った若い皇帝は口内から舌を抜き、キャットの首筋に移動してその細く白い首筋を舐め上げる。  
ゆっくりと…極めてゆっくりとその繊細な皮膚の上に舌を滑らせて行きこんもりとした  
乳房の膨らみへと移動しつつ手で掴み、その頂きを舌で揺り動かしながら口に含んだ。  
「あっ……はあ…」  
シーツを掴み首を駄々をこねる子供のように振りながら、彼女は乳房を這い回る皇帝の舌の動きに  
身をゆだねながら悶える。  
片方の乳房へその湿ったものを移動させながら、ジェラールは右手をキャットの下腹部に伸ばし始めた。  
腹部からその股を割って彼の熱い手が茂みをまさぐり、その中を分け入って突起に触れた。  
「ああ!」  
全身敏感になっていたキャットは、それだけで悲鳴に似た叫びを上げ大きく体を湾曲させる。  
その愛らしい処女の草むらの間に、ジェラールは指を入れ中でゆっくり指を動かす。  
覚えずキャットは皇帝の指を自分の蜜でたっぷりと濡らし、喉の奥から媚を含んだ喘ぎを絞り出した。  
「はっ…あ…あ…へい…か…」  
「ジェラールだ…」  
ことさら自分の名前を強調するのはこの世にいないのに、自分の思考と能力(つまり伝承法によって継承した)の  
一部を占める父親レオンへの反発からかもしれない。  
指で秘所をまさぐり続けられ閉じることも出来ないその両脚を、キャットはベッドの上で泳がせていると  
ジェラールにその足を捉えられて間に体を割り込まされてきた。  
そうして指が抜かれ、その代わりに固く弾力のある異物が、彼女の入り口を押し開こうとする。  
「あうっ…!」  
痛さと緊張の為にキャットの花弁は固くすぼみ、男の起立した物を受け付けない。  
バレンヌ皇帝は大きく深呼吸をしてそのまま溜息をついた。  
 
「ごめんなさい…」  
謝りながら顔を覆うキャットの手を自分の手で解いて、唇でその涙の後を瞳から追いながら彼女の物に達して口づけた。  
それでもまだ涙を流し続ける彼女の顔を優しく撫でながら彼女に微笑みかけた。  
「いいよ…謝ることはないさ…始めはみんなこういうものらしい」  
そう言って、猫のように柔らかな髪の彼女の頭ごと体の中に抱えて横たわった。  
ジェラールの腕の中のキャットは、彼の顔を見上げてその頬に指でそっと触れてみた。  
「私を見て…時々悲しそうな顔をされるのは…なぜ?」  
やっぱり聡い娘だと思う…いや自分が顔に出し過ぎなのか…ジェラールは苦笑して彼女にぽつりぽつりと話し出した。  
「昔飼っていた猫を思い出したんだ」  
「……」  
キャットは何も問い返さず、そのまま皇帝の口許から切れがちに語られる昔話に聞き入った。  
 
ジェラールが幼少の頃、彼はアバロンの城下町で弱り切って死にかけていた白い仔猫を拾った。  
母親の影響で動物好きな彼は、必死で看病して仔猫はどうにか命を取り留めた。  
可愛くなってジェラールにも馴れ始めた頃、仔猫は突然彼の前から消える。  
あきらめきれないジェラールは自分一人で探そうとするが、父親のレオンに厳しく止められる。  
それに反発してこっそりと探していると、彼の兄のヴィクトールやその頃からアバロンの宮殿に一緒に  
住んでいたテレーズが捜索を手伝ってくれた。  
…しかし幼い彼らの仔猫探しを家臣達が知らぬはずはなく、やはりその背後から護衛の兵士達が  
動員されていたことを母親から聞いて、ジェラールは仔猫のことをあきらめざるを得なかった。  
「あなたは皇子。勝手な行動を取れば周りの人間を巻き込むことを考えなさい。…仔猫は自由になりたかったのよ…」  
その頃すでに病気がちで床に伏せったままの母親はそう言って彼を諭した。  
ジェラールには仔猫が母親の消えていく命の象徴のように思えて仕方がなかったのだ。  
そうして事実彼の母親はそれから程なくこの世を去った…  
 
「自分一人でどうにか出来ると思っていたんだよ。…今でもどうしようもないくせに」  
あの頃味わった挫折を思い出してジェラールは苦く呟く。  
そこへキャットが彼の顔を両手で撫でながら楽しそうに言った。  
「あなたでしたの、ジェラール様。あの時は美味しいミルクをごちそうさまでした」  
ジェラールは一瞬自分の腕の中にいる女性が、本当にあの時の仔猫のように錯覚した。  
それ程彼女の言い方は自然でジェラールの経験と被っていた…ミルクをやり確かに雌猫だったのだ。  
キャットはジェラールの髪をとかしながらうっとりと話し続ける。  
「恩知らずでお許しを。…月があまりに美しかったものですから…それから帰り道を忘れたの」  
クスリと小さく笑う彼女は可愛くもあり妖艶でもあった。  
「月がか……君はあの頃からドジなんだ」  
ジェラールも楽しげにその話に乗る。  
キャットはそこで声を低くして少し悲しげな声色で皇帝の顔を再び撫でた。  
「探し回りましたが、あの頃とは違って大きくなられたあなたがわかりませんでした。…でもやっと…」  
彼女はそう言って自分からジェラールの唇を塞いだ。  
「そうか」  
ジェラールは嬉しげに彼女の体を強くかき抱いた。  
「そうか…」  
もう一度言うと今度は彼の唇がキャットの朱いものを塞ぎ、そのまま深く激しく口内に攻め入った。  
 
ジェラールの舌の動きの調子や癖に慣れてきたキャットは、彼に合わせて自分のものを絡める。  
彼はキャットのしっとりとして柔らかい舌の感触を、存分に楽しみ味わってそこから  
彼女の首筋を吸いつつ舐めて紅色の印を残す。  
彼の両手は彼女の両の乳房を、同時に円を描くように持ち上げては揉む。  
キャットは全身に汗をかき、ジェラールはその甘い匂いを放つそれまでも舐め取った。  
その貪欲な舌は自分の手で形を変化させている、彼女の乳房の先端へと進み尖らせて揺さぶりを掛ける。  
「あ……あっ!」  
しなやかに…まるで猫が伸びをするように、彼女は体を反らし皇帝の愛撫に鋭く反応する。  
キャットの乳房は再び若き皇帝の熱い口内に飲み込まれその蕾を翻弄される。  
堅い蕾が花開く前に首をもたげるように乳首は突起し、ジェラールの舌で更に刺激を与えられ  
より一層その白い体はシーツの上で激しくのたうつ。  
同時にもう片方の乳首も男の指で、強くそして弱く摘まれ捏ねられてキャットは細い悲鳴を上げた。  
「あ…あっあっ…くっ!」  
バレンヌ皇帝は腕の中の女盗賊の処女の体を、いたわりつつも雄のたぎるような欲望をぶつけ始めた。  
その舌と手はキャットの乳房からようやく離れて、鈍く光る唾液の軌跡を体に残しながら  
彼女の腹へ臍へそして草むらまで達した。  
そこを自分の舌でたっぷり濡らしながら、中に潜んでいる紅色に染まった小さな突起を唇で挟んだ。  
「いや……はずか…しい…」  
羞恥に目元を染め涙を滲ませたキャットは、そう言いつつもジェラールのなされるがままに体を開く。  
彼女の体の中心の突起を、皇帝は舌でじっくりと舐め上げながら彼女の腰を緩く揉む。  
手の動きと舌の動きでキャットの中心は熱くなり、そこから男の為に温んだ蜜を滲み出させた。  
彼女は自分の最も恥ずかしい部分に顔を埋めて愛撫する皇帝の頭を柔らかく撫でる。  
 
「ジェラール様……私も…」  
そう言うと彼女は皇帝の体の下へ自分の体を潜り込ませ、下へ下へと下がりながら  
すでに固く起立している彼のものを軽く握りしめた。  
それを細い指で柔らかく撫で上げると、ジェラールが止める間もなく自分の口内へと運んだ。  
「キャッ…ト……う…」  
暖かい彼女の口内は、思わずジェラールが呻いてしまうほど心地よかった。  
制止させるつもりだったのだが、彼女の舌がジェラールの竿を捉えて蠢き始めると  
その理性は快楽の本能で忘れられてしまった。  
男の体を知らない彼女が、まさかここまでしてくれると思わなかったジェラールは  
中腰で跪き彼女が奉仕しやすいようにその体位を取った。  
ジェラールの物をくわえ、足を曲げて腹ばいになっているキャットは、飼い主に戯れている猫のようだ。  
彼女の舌が亀頭の溝に沿ってゆっくりと動き、それは彼が何度か経験した女の内壁とは違う  
蠢きと刺激が貫くような快楽を与えて肉の成長を早めた。  
陶然となったジェラールは腰を動かして、彼女の喉の奥を少し突いてしまった。  
「ん…!」  
苦しさにいったん彼の物を口内から解放して、涙目になりながら下を向いて咳き込んだ。  
「ごめん!…つい」  
ジェラールは咳き込むキャットの体を抱いて、その背中を緩やかに撫でた。  
収まってきたキャットは軽く咳をしながらも皇帝の腕の中で嬉しそうに笑った。  
「…少しは…感じていただけましたか?」  
腕の中の彼女は愛らしく、ほんのりと紅をはいたような頬をしていた。  
若い皇帝の最後まで残っていた理性はその彼女の媚態で焼き切れようとしていた。  
「感じたとも…ああ…とてもだよ。…私の仔猫…」  
ジェラールはキャットの唇を今まで以上に激しく貪り、再びそのベッドの海の中へと沈んでいった。  
 
その頃宮殿の入り口の方は、真夜中も過ぎたというのに大騒ぎになっていた。  
確かに侵入者の気配があるのだが、すばしっこいのかなかなかそれを捕獲できないでいる。  
ジェイムズとテレーズは怒り焦っていた。  
「一体どんなヤツなんだ!気配はあるのに捕まえることが出来ないとは」  
大剣を握りしめて今にもそれを振り回しそうな勢いでジェイムズは叫ぶ。  
日頃は寡黙な男なのだが、故ヴィクトールの親友でもあった彼はテレーズと同じくジェラールを  
守ろうとする気持ちが人一倍強い。  
その新帝ジェラールに害なす者が侵入しているという事実に、ジェイムズは腹を立てていた。  
「落ち着いてよ、ジェイムズ。あなたらしくないわ…それで確かにこの場所から動いていないのね?」  
テレーズはジェイムズを宥めながら、猟兵の部下達に侵入時の状況を確認した。  
「はい。先ほど言ったようにすぐに入り口と各場所に行く通路は塞ぎましたから、この場から出ていないはずです」  
猟兵の部下の確信を持った言い方に、テレーズもジェイムズも首をかしげながら辺りを見回した。  
見回しながら二人の視線は天井へと吸い寄せられる。  
テレーズの弓を持った手が、矢をつがえてゆっくりと上がり、天井へ向けて素早く解き放った。  
その矢はねらい澄ましたところに衝撃音を持ってあたり、なにか上から影のようなものがその場に落ちた。  
「ミー!」  
「え?」  
緊張に身を固くしていた帝国兵達は、そこにいる“侵入者”の姿を見て呆気にとられた。  
小さく白く…おびえた大きな瞳で彼らを見ているもの…  
「仔猫…?」  
それは確かに白い小さな仔猫だった。  
おびえながらもテレーズの足下へと近寄り、何度もすり寄ってその人懐こいところを見せている。  
「まさか……これが…侵入者…?」  
その場にいる各クラスの帝国兵の部下達は決まり悪そうに謝った。  
「申し訳ありません!猫だとは思わずこんな大騒ぎを!」  
しかしジェイムズとテレーズはお互い顔を見合わせて…そしてだんだん青ざめていった。  
「しまった!陽動か!!」  
二人はそのままその場から駆け去っていった。  
 
皇帝の部屋の入り口の前で、重装歩兵と傭兵は石化も収まり時間が経つにつれて退屈を覚えてきた。  
ヘクターに到ってはその場で腰を下ろして、自分の大剣の手入れまでし始めている。  
しかしなぜかベアの顔がだんだん気遣わしげになってきたのをヘクターは気づかずにいた。  
「…やれやれ…今頃は首尾良くベッドに潜り込んでいるんかね、あのお転婆猫は」  
言うともなしに呟くヘクターの言葉はベアの耳には入らなかった。  
「おい?…あんまり真剣に考えるとバカバカしいぜ。…まあ、お前は正規兵だから…」  
夜這い手伝いに悩んでいるのかと、軽く慰めにもならない言葉を掛けてみたのだが、ベアからは意外な言葉が返ってきた。  
「……なあ…あの子…まさか…」  
遠くを見ながら途切れがちに言う重装歩兵の言い方は豪快な性格の彼らしくない。  
何を考えているのかとヘクターが重ねて聞こうとすると、通路の向こうからジェイムズとテレーズが駆け寄ってきた。  
二人とも目をつり上げて切羽詰まった様子なのは一目瞭然だった。  
「どうした?侵入者は捕まえたのかい?」  
ヘクターはそんなわけ無いことを百も承知の上で彼らに白々しく聞いてみる。  
そこへジェイムズが殴り掛からんばかりの勢いで目の前の傭兵に迫った。  
「そこをどけ!侵入者はこの中にいるはずだ!」  
「なん…だと?」  
一瞬ヘクターはばれたのかと絶句したが、皇帝の部屋が今どういう状況になっているのか思い出して  
素早く彼らの勢いを遮った。  
「俺たちがここで見張っていたから、誰も侵入していないのは確かだ(冗談じゃねえ…今はいられたら)」  
いつも怖い者知らずな彼なのだが、この時はどんな戦闘状況よりも焦りまくった。  
だがジェイムズとテレーズは、傭兵と重装歩兵の大きな体をかき分けて、今にも皇帝の部屋へ突入しそうな勢いで言う。  
「どきなさい!ジェラール様のご無事を確認しなければ!」  
「早くどかんか!陛下に何かあったらお前の命ひとつの償いで済むものじゃないんだぞ!」  
「ここは俺たちが守っていたと言っているだろーが!」  
その時彼ら三人の言い争いを黙って見続けていたベアが、その巨体の天辺からあたりを震わす大音量で叫んだ。  
 
「やかましい!侵入者は無かったと言っている。俺たちが信用できないのか?!」  
 
豪放磊落、陣形インペリアルクロスの前衛でパーティの盾役を引き受ける勇猛な彼だが  
日頃大きな声で怒ったことなど滅多に無い。  
その彼の一喝は命知らずのヘクターでさえも一瞬竦み上がらせた。  
ジェイムズとテレーズは、同僚からの思わぬ大声に物も言えずに固まる。  
(お前の声が一番うるさい)  
とヘクターは驚かされたことで悔し紛れに心の中で突っ込みながら、ベアの言葉に便乗してさらにたたみかけた。  
「これでも帝国兵の端くれなんだがな。…お前らもちったあ落ち着け」  
ベアの一喝とヘクターの意外な言葉に、ジェイムズもテレーズもやっと我に返ってきた。  
テレーズは高ぶった気持ちを静めるために、深呼吸をして自分に言い聞かせるように言う。  
「……そうね…酔っぱらっていても二人ともクラスの隊長なんだし…」  
「…酔ってねえ…」  
ジェイムズもようやく落ち着いてきて、ベアとヘクターの顔を見比べながら彼も大きく溜息をつく。  
「悪かった…どうやら冷静さを欠いていたようだ。…で、引き続きここの警備を頼めるか?  
 俺とテレーズはもう一度入り口の方を探ってくるから」  
いざとなると切り替えの素早いジェイムズは、そう言って真剣なまなざしをヘクターらに向ける。  
そう下手に出られると、本来どこか人の良い部分のあるヘクターは、自分たちの陰謀(?)の為に  
彼ら二人を欺し通していることに軽く良心が痛んだ。  
「あー…任せとけって。ジェラール様御自身もお強いんだから、お前らは入り口方面に専念してくれればいいぜ」  
ジェイムズは意外そうな顔をしてフリーファイターの顔を見て笑った。  
「ひ弱だのなんだのと、散々ジェラール様をくさしていたお前がそう言うんだから間違いはないだろう。頼むぞ」  
「じゃあ、ベアも引き続き頑張ってちょうだい」  
そう言って軽装歩兵と猟兵の二人はその場から去っていった。  
ヘクターは一喝した後からずっと黙り込んでいるベアに、声を掛けようかと思ったがその憂わしげな顔を  
見てそういう雰囲気でもなさそうだと判断してやめた。  
そのベアはヘクターが失念しているあることを考えていたのだが。  
 
お互いの口内に舌を入れ合う濃厚な口づけを何度も繰り返しながら、ジェラールは部屋の入り口の気配に気づく。  
「ベアか…」  
その腕の中のキャットも重装歩兵の声に気づいた。  
(ヘクター……壁の旦那も…ごめんね…)  
巻き込んだ二人に心の中でひそかに謝りながら、キャットはジェラールの体にしがみつき片足を絡めた。  
体を密着させるとジェラールの体の中心に付いている物が、否応なしに自分の腿のあたりに押しつけられて  
弾けるような力を持って主張しているように思える。  
彼女はそれを軽く握りそのまま揉みながら手を上下させると、たちまち起き上がって先端が腿に当たった。  
「…君の中に入りたがっている……だめか?」  
皇帝の顔は笑わずに真摯なものだった。  
キャットはその唇に軽く口づけてより強くジェラールの体にしがみついた。  
「ごめんなさい……私から誘っておきながら……その前に…もう一度…」  
ジェラールとキャットはそのまま体を回転させて上下を逆に持っていく。  
皇帝の体の上に乗った女盗賊は、その体の上をゆっくり這いながら下へと降りていった。  
ジェラールの起立したその肉の柱を両手で掴み、その先端の穴に沿って舌の先をちろちろと動かす。  
舌先に痺れるような感じと苦さが広がったのは、すでに先触れが来つつあるのだろう。  
キャットは躊躇わずに、その口内にジェラールの物を収めながら、中で舌を回転させるように蠢かせた。  
起立した柱にまんべんなく舌を這わせて、自分の唾液でそれを光らせてゆく。  
その柱を少し倒して根元にある袋に舌を這わせた後にやはり口内へとそれを運んだ。  
「ああ…」  
ジェラールは熱い溜息を洩らした。  
双の玉の中心に舌をあてがい上下に動かされると、感じたことのない痺れるような刺激に彼は呻く。  
キャットは少し強めにジェラールのものを握りながら、再びその根元から裏の部分に舌を往復させて  
先端の部分へと到達し再び口内へと運んだ。  
舌をゆっくり動かすたびに口の中で男の物が成長していく。  
ジェラールは猫の毛のように柔らかなキャットの金髪を撫でて彼女に低く囁いた。  
「…キャット……もういいよ…それ以上されると堪えることが出来ない」  
 
 
彼女はそれを聞いてようやく口内から、彼の太く長く成長したものを解放して皇帝の顔を見つめた。  
どちらも示し合わせた訳でもないのに、キャットはジェラールの下へと体勢を入れ替えて彼を待った。  
彼はキャットの体を抱きしめて口づけし、その口内を舌だけでなく歯列から全てまさぐり舐め上げる。  
そうして上気し熱に浮かされた瞳でこちらを見つめる彼女の草むらに手を伸ばしその深淵に指を入れた。  
すでにそこは潤んではいたのだが、皇帝の指が侵入してくると強く反応し、暖かな蜜を彼の指に降らせる。  
「……いいか?」  
彼女の耳元で熱い息と共にかすれた低音の声で呟く。  
キャットは夢中で頷いて、その細いしなやかな下肢を右と左にゆっくりと開いていった。  
間にジェラールの体が入ってきたとほぼ同時に、その濡れぼそった花弁の中心へ男の固い剣が押し寄せてきた。  
今度は緊張が走る前に男根の先端がするりと侵入してゆく。  
「は……あ…あ…ああ!」  
男の物での苦しいほどの圧倒される感触に、悲鳴じみた細い声を上げながらそれでもキャットは体を開き続けた。  
激しい痛みのために、強く力を入れて瞑った瞳の端から涙がこぼれてゆく。  
ジェラールはそれを吸い舐めながら、彼女に何度も深い口づけを繰り返し慎重にその奥へと進んだ。  
キャットの唾液でたっぷり濡らされていたせいもあって、思った以上にスムーズに侵入は進む。  
自分の先端が彼女の奥へと当たる感触がしてジェラールはそこで止まった。  
しかし彼はそのまま上下に腰を動かす事をせずに、つながりながら自分と彼女の結合部を擦り合わせるように  
ゆっくりと回転させてキャットに緩く刺激を与える。  
「あ……ジェラー…ん…うん…あっ…」  
一番敏感な肉芽を擦り上げられ、体の奥にジェラールの固い先端が触れて蠢き、その両方の刺激を  
一度に与えられてキャットは両手でシーツを強くねじ掴んで悶えた。  
押しつけられ擦り上げられて、彼女は次第に痛みよりも快楽の熱さが体の中で勝っていき  
そこから愛液を溢れさせジェラールも共に濡れた。  
それがジェラールの目的だったのだが、自分と彼女が十分潤ったと見て彼は上下に腰を揺り動かしてきた。  
「あっ……あああ!はっ……く!」  
 
緩やかな動きではあっても、何もかもが始めてのキャット自身には感じたことのないものである。  
ジェラールの体の一部が自分の中を行き来するたびに、言い様のない感触を覚え震える。  
突き上げられる不安定な体は左右に揺れて、安定を取ろうとする本能で彼女の両腕は空を掴む。  
ジェラールはその手を自分の掌と合わせ強く握ると、ベッドへと押しつけてより一層激しく突き上げ始めた。  
キャットは体を曲げて激しく反らし、その唇から熱い吐息と快楽の喘ぎを洩らしてきた。  
「ああ!…ジェラール…さま…!ジェ…ラ…」  
もう一度叫ばれた皇帝の名前は彼自身の口づけによって途中で遮られた。  
キャットの体の中心を擦り上げ出入りするバレンヌ皇帝の逞しい肉の剣は、そのたびに成長を遂げて  
彼女の体の内部を圧迫し続け、それが為になお一層の潤滑の蜜を滲ませ溢れ出させる。  
お互いの茂みは彼女のものと…それに皇帝自身が漏らすもので濡れて張り付き絡み合って熱を帯びる。  
「はっ…あうっ!……いい……ああ……ラール様!」  
突き上げる皇帝の動きが激しく小刻みになって行き、キャットの両の乳房も男の振動に激しく揺らされる。  
ついにははっきりと快楽の声を上げ始めた彼女の顔は妖艶で蠱惑的だった。  
「……キャット…私の…仔猫…!」  
熱を帯びた感情に突き動かされてジェラールは彼女の体を強く抱きしめた。  
キャットも彼の体を溶け合えとばかりに抱きしめて瞳から涙を流して甘く囁いた。  
「嬉しい…ジェラール様」  
その言葉になお刺激されてジェラールは、抱きしめた彼女の体をより密着させやわらかな尻を引き寄せる。  
再び突き上げを開始するとお互いの耳に、つながった部分からの淫猥な音が否応なしに響く。  
彼女の中で皇帝の若い剣は隅々にまで成長し、さらなる強い刺激と痺れを与えながら  
その動きはだんだんと鈍くなる。  
「私…変……あ……」  
キャットは自分の体の中で、自身の意志を置き去りにして勝手に動く、皇帝が侵入している自分のものに  
苦しげにうわごとの如く呟いた。  
 
 
「…それで…いいん…だよ…」  
抱いているキャットの頭を撫でながら、自分のものを締め付け始めた彼女の内部に自身も呻きつつ  
ジェラールは途切れがちに囁く。  
これ以上突き上げるのは最早無意味だと考えて、彼は彼女の内部に静かに留まることにした。  
汗まみれの二人はお互い顔を見交わして軽く笑う。  
ジェラールは瞳を閉じて、薄く半眼のキャットの唇に始めは軽く触れ、やがて開いた隙間から舌を差し入れて  
彼女の舌を巻き上げる激しい口づけで攻めた。  
お互いの口内を舌で攻め込む動きは、そのまま二人の官能をも揺さぶって結合している部分へと  
奔流になって流れ込み急激な電流のように刺激した。  
ジェラールの逞しく成長した男根は膨張し続けキャットの内壁を押し広げ、彼女の襞の隅々まで  
その肉の存在感を強く主張し体の内部から彼女を衝き上げる。  
キャットの内壁はその衝撃を受けて反応し、反射するように皇帝の剣を押し包みそして強く締め上げてきた。  
「…くっ……あ……はあ……う……」  
内部で圧迫される苦しさに彼女は喘ぎ、ジェラールの体にすがりつきその耳元で激しい息づかいを聞かせる。  
限界が来そうな皇帝は、それでも彼女の頂点を辛抱強く待ち、その体を優しく撫でた。  
始めはこの娘から誘われたのに、いつの間にか自分の方がイニシアティブを取ることになったのは  
一体どういう事かとジェラールは耐えながらひそかに自嘲した。  
その彼女の締め付けがより一層きつさを増して彼のものの破裂の引き金を引こうとする。  
「…くっ……キャット…」  
名前を呼ばれそれがきっかけとなり、彼女の内部からその衝撃が涌き起こってキャットに絶頂が来た。  
「あああ…ああっ…あああ、ジェラールさ……!」  
糸を引くような細くしかし強い悲鳴じみた快楽の声を上げて、皇帝のものを締め上げながら彼女は達した。  
ジェラールもそれを見届けてから耐えに耐えたものを彼女の中へ激しく放つ。  
体の内部に放たれたジェラールの男の精は、暖かい春の驟雨のようだとキャットは思った。  
うっとりとその暖かさを味わいながら、自分の体の上で激しく息を継ぐ皇帝の体にゆっくりと抱きついた。  
ジェラールも腕の中のキャットの華奢な熱い体を強く抱きしめて応える。  
お互いの体を労をねぎらうように撫で合って顔を見合わせた。  
汗まみれの顔をほころばしながら二人は深く…さらに深く口づけを交わし合った。  
 
ジェラールは枕元にあった夜着を着て前をかき合わせながら、身支度を調える女盗賊の姿を見ていた。  
彼に背を向けたまま少しうなだれて着衣する彼女は淋しそうに見える。  
「自分が……こんなに暴走するとは思わなかったよ」  
少し苦笑いしながら己を振り返り背を向けているキャットへと声をかけた。  
キャットはこちらを向こうともしないで、それでも笑いを含んだ声で皇帝に話しかける。  
「…私も……自分が…欲深いことがよくわかりました、陛下」  
ジェラールの名前を呼ばずに、陛下と固い言い方に変えた彼女の話し方は次第に沈んでいく。  
リボンを頭に巻き付け、器用にその柔らかな金髪を元の通り猫の尻尾のように纏め上げた。  
全ての身支度を終えたはずなのに、それでもキャットはジェラールに背を向けたままこちらを向こうとしない。  
もう一度皇帝はその背に向かって少し切なげに声をかけた。  
「……皇帝の猫にはなってくれないのか?」  
キャットはそれを聞いても、うなだれたまま沈黙を続けこちらを向こうとしなかった。  
月明かりで明るかった皇帝の部屋は、その月を覆い隠す雲が流れてきて真っ暗になった。  
ジェラールは枕元のランプの灯りをつけるべく、腰掛けていたベッドを立ち上がろうとすると  
ふいに闇の中で甘い香りと、柔らかなくすぐるような気配が彼に巻き付き、唇に柔らかいものが押し当てられた。  
ジェラールはそれを思い切り抱きしめ、柔らかなその中へ濡れた自分の舌を入れて激しくまさぐり  
相手もそれに応えて激しく絡め合う。  
それは一瞬の出来事のようでもあり、長い時間がかかったようにも思えた。  
腕の中のものが猫のように素早くするりと彼の中から抜けてゆく…  
月明かりが部屋の中を再び照らした時には、最早“仔猫”の姿はどこにもなくて窓がひとつ開き  
冷たい夜風が吹き込んでいるだけであった。  
ジェラールは窓へ近寄り月の煌々と照る外を見る。  
もちろんそこからも誰の姿も見えなかった。  
そして皇帝の手にはリボンがひとつ握らせてあった。  
 
 
              “全て受け取りました ありがとう    仔猫”  
 
それにはそう書いてあった。  
 
 
ヘクター自身最も苦手な待ちの態勢が続き、退屈を持て余して生あくびばかりが出る。  
皇帝の部屋の入り口のもう片側にいる重装歩兵のベアは、相変わらずのだんまりのままである。  
(本当に…黙っていやがると“壁”だぜ…まったく)  
最早彼から沈黙の理由を聞き出す気力もない傭兵は、再び大剣の手入れでもするかと考えている  
ところへジェイムズとテレーズがやって来て二人に笑いながら話しかけた。  
「ご苦労様。入り口もどうやら異常は無いみたい…取り乱すと判断が狂うわね」  
「疲れただろう?俺たちが交代するよ。少し休んでくれ」  
好意からそう言う二人なのだが、ヘクターにしてみれば非常に焦る申し出である。  
「いや……別に俺たちは」  
なんと理由づけようか迷いながら話していると、皇帝の私室の入り口の扉が開き中から皇帝自身が出てきた。  
「ジェラール様!」  
ジェラールは笑いながらその場にいる全員を見て言葉を掛ける。  
「皆、ありがとう。…しかしクラスの隊長ら自らが護衛の必要も無いと思う。いつもの通りの警護に戻ってくれ  
 ……ヘクター、ベア…もう終わったので…いいぞ」  
最後の言葉は低く、近くにいる二人以外には聞き取りにくいものだった。  
その言葉に二人は勘が働いて、皇帝に跪くと同時に場を離れる礼を取った。  
「では、我々はこれで。…ジェイムズ、テレーズ後は任せるぞ」  
ベアはそう言うと、彼の巨体からは考えられない素早さで、階下に降りる階段の方へ去っていく。  
残されたヘクターの方もその後に続きながら、ふと思い立って軽装歩兵に声を掛ける。  
「おい、たまには酒場へ息抜きにこいよ。一杯ぐらいならおごってやる」  
とフリーファイターは気前の良いことを言いながらその場から消えていった。  
声を掛けられたジェイムズは暫し驚きながら、それでも嬉しそうに笑っていた。  
彼らを見送りながらジェラールは傍にいるテレーズに言うともなしに呟く。  
「…仔猫が帰ってきたよ。…大きくなって…私の元に」  
始め“仔猫”の言葉にはっとしたが、一緒に探し回った当人である彼女はすぐに何のことか思い当たった。  
「あの時の?それならようございました。…何しろあれからレオン陛下にこってりと絞られましたからね」  
テレーズはその時のことを思い出して楽しそうに微笑んだ。  
しかしジェラールの方はその想い出とは別の物思いにとらわれていた。  
「でもまた去っていった。…どうも私の元には留まれないらしい…皇帝だからかな」  
うつむいて目を閉じながら笑うバレンヌ皇帝は誠に寂しそうであった。  
テレーズは何となく声を掛けるのをはばかれて、ジェラールのその横顔を伺っている。  
(仔猫は…自由に…か)  
皇帝の口許から切なげな溜息が洩れた。  
 
キャットは月明かりを避け、時々流れる雲が作り出す闇をぬって、アバロン宮殿の2階の屋根を駆ける。  
そこから地上へと降りたいのだが、どのルートも衛兵達が配置されていてそれを許さない。  
どうしたものかと考えていると、聞き覚えのある間の抜けた口笛が左の方向から流れてくる。  
(ヘクター…)  
いつも酒場で飲みながら吹いている傭兵隊長のものに間違いなかった。  
彼女は足音も立てず慎重にそちらの方向へと素早く移動しながら口笛の音を追った。  
他の衛兵達に見つからないように忍び足でそこへ行くと、大きな体のベアと派手な髪型のヘクターが  
宮殿屋根の下から手招きで合図しているのが見えた。  
キャットは少し助走をつけ踏み切って飛び上がり、そのシルエットは月明かりの中で一瞬だけ浮かび上がる。  
片膝を立てて着地し、何の物音も立て無かった彼女の身ごなしの見事さにベアは正直感嘆した。  
「これで完了…!…ってか?逃走経路までちゃんと考えろよな…まったく」  
ようやく面倒事が終わったとヘクターは肩の荷を下ろして、大きく体を伸ばしながらそこから立ち去ろうとする。  
だが女盗賊のついてくる気配がしないので、後ろを振り返ると彼女はまだ着地の体勢のままうつむいていた。  
片膝を立てもう片方を跪いたままそこから動こうとしない。  
「どうしたんだよ。着地の時挫いたな。お前でもドジ踏む――」  
ヘクターの言葉はそこで切れた。  
うつむいた彼女の顔の直ぐ下の地面に、何か黒い染みのようなものが出来ては消えてゆく。  
それは彼女の顔から落ちる光るものが絶え間なく作っているものだった。  
ここで始めてヘクターは打たれたように気づいた。  
「…キャット…お前……本気……だったのか?」  
キャットの傍に戻ると彼女はそのまま近づいてくるヘクターに駆け寄り、その胸に取りすがってしがみつく。  
声を立てずに“仔猫”は泣いていた。  
夜這いなどというどぎつい言葉に韜晦していたが、少し考えればなぜそうしたいのか思い至りそうなものである。  
これはヘクターのような女馴れした男がよく陥ってしまう陥穽のようなものだった。  
傭兵は己のうかつさに心の中で毒づきながら、低く彼女に囁いた。  
「ばかだな……本当に…」  
震えながら嗚咽し続けている彼女の体を抱きしめてやりながらその背中を緩く撫でる。  
そのことに気づいていたベアは大きく溜息をついて頭上を仰いだ。  
月は東に沈みかけて日は西から昇りかけているアバロンの空。  
まだ“仔猫”は泣きやまなかった。  
 
あれから3日経ちベアとヘクターは再び酒場で、いつもの如く差し向かいで酒を飲んでいる。  
入店したとたん酒場の主人から「話は聞いているよ」と1ヶ月間のタダ酒を約束された。  
そのへんはキャットがちゃんと話をつけていてくれたのだ。  
ついでにヘクターの残っていたツケも綺麗に精算されていたのだが、当の本人の飲むペースは  
なぜかベアのペースよりも遅かった。  
浮かない様子で飲むフリーファイターの様子は彼に似つかわしくない。  
その彼がぼそりと呟く。  
「…ジェラール様…俺たちのこと…知っていたのかね…」  
「…さあな…」  
義理堅いキャットの口から二人のことが洩れたとは思えずベアは気の乗らない返事をした。  
あまりその返答にも期待しないで再びヘクターは言う。  
「…皇帝陛下のお妃てのは、やっぱりそれなりの身分とかいるんだろうな…」  
ヘクターが何を考えてそんなことを聞くのかもちろんベアにもよくわかっていた。  
「…特に…こうと決められているわけではないが…臣下達や民達の納得を得ないと難しいだろう。  
 もちろん皇帝の権限で押し切ることも出来るが…それはどうかな」  
ヘクターとベアは同時に溜息をついた。  
あれからキャットに会っていない。  
顔をそらしながら一瞬だけかいま見た瞳は、泣き腫らしたせいで真っ赤だったのを覚えている。  
「……あれからまた泣いていたんだろうな…」  
「……だろうな…」  
酒がすすまずどうにも景気の悪い二人はそろそろその酒場を出ようと腰を浮かす。  
「ヘクター、また女の子泣かしたの?」  
いきなり聞き覚えのある声がして二人とももう少しでひっくり返りそうになった。  
「キャット!」  
同時に二人の帝国兵から名前を呼ばれて、キャットは嬉しそうに笑っていた。  
彼女の手の中には小さな白い仔猫が一匹小さく鳴きながら甘えている。  
「その猫…」  
「うふふ……この子にも色々と働いてもらっちゃったからミルクあげようと思って」  
もちろんその仔猫は、キャットが宮殿での陽動に使ったものであったのだが、二人はその事を知らなかった。  
仔猫をあやす彼女はいつもよりどことなく大人びて、彼女を見知っているヘクターは少しまごついた。  
その彼女を下から見上げながら彼には珍しい真剣な顔で彼女に問うた。  
「もう…大丈夫か?」  
これまたキャットには今まで聞いたことのない優しい声だったので彼女はゆっくりと微笑んだ。  
その顔はいつものお転婆な彼女とは思えぬ色香を放って荒っぽい傭兵の胸を衝く。  
「ありがとう……ヘクター…壁の…ベアさんもありがとうございました」  
17歳の娘らしく28歳のベアに向かって年下の年長者への謙った物言いに変えた。  
「ベアでいいよ…さん付けはどうもくすぐったい」  
いきなり名前を呼ばれてベアは大いに照れた…そこに彼女が変わった理由も考え合わせて  
その想像に少しベアは顔を赤らめる。  
 
彼らに可愛らしく笑いかけながら、キャットは二人を驚愕させる言葉を言った。  
「それで…2回目の相談なんだけど〜」  
もじもじと恥ずかしそうに言う彼女は愛らしいのだが、そう思う余裕もなく二人は絶句する。  
「…え…?」  
「に……かい目…?」  
彼女によって何回目になるかわからない石化状態に陥れられて、そのまま二人とも頭の中が真っ白になった。  
頬を染めながら恥ずかしそうにするのだが、最早ヘクターのあまり長くない気はキレかけようとしていた。  
「うん。脈ありだったから、また忍び込もうかと。今度は食事代1ヶ月分でどう?」  
ベアの頭の中はそのまま真っ白の状態だが、ヘクターは金がらみになるととたんに石化が解かれる男なので  
その申し出にまたしばらく考えてしまうのは悲しい性である。  
彼はまた彼女を指で呼び寄せて取引の話を始める。  
「…2回目だな。1回目より難しくなる。…てことはその分もっと上乗せして貰おうか」  
ヘクターはそろりとその足をキャットから守るべく、テーブルの下へと移動させ彼女の顔を伺う。  
キャットも身構えてヘクターの言葉を持った。  
「…何を…上乗せするのよ…?」  
ヘクターの移動した足元を見ながら、それが為に次に何を要求してくるのかわかった彼女も傭兵を伺う。  
「1回目と2回目のたまった分、満月亭でやら」  
もちろん最後まで言うことが出来なかったのは、ふみつけではなくてフリーファイターの顔に  
女盗賊の抱いていた仔猫が飛んだからなのだが。  
 
「この…★※##§@▼!!!!hk痛●▽ーーー!!!〆〆☆☆☆*∞糞△刀[ーー!!!!!」  
 
(お妃だのなんだの心配しているやつが言うセリフか…)  
ベアは呆れ顔で仔猫と格闘している、ヘクターの姿を眺めながら心の中で突っ込む。  
それを腕組みして憤然とした表情で眺めながら、キャットはベアにはにっこり笑って話す。  
「壁の……ベアは乗ってくれるわよねえ?もうあなただけでいいかも」  
楽しげに無邪気にはしゃぐ彼女を見ながら、身も心も疲れた重装歩兵は頭を抱えて呟く。  
「勘弁してくれ……パリィ…」  
 
 
 
 
アバロン宮殿の3階にある皇帝の私室は、月夜になるとその窓が開けられていた。  
そこからその月を眺めながら、何かを待つ風情のジェラール皇帝が何度か見られたらしい。  
キャットの2回目が実行されたのか、はたまた3回目以降がどうなのかは  
伝承法によって引き継がれた最終皇帝の記憶の中に残っているのかもしれない。  
 
 
 
 
The end  
 

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