ここ、サガ3学園で俺の人生が変わろうとした。俺の名前はユリアンだ。  
ある日突然、俺の日常を崩した奴が居たからだ。その名はミカエル理事長。  
学園を仕切る若き秀才。何をするにしても無駄が無く、かといって機敏が利き、  
その顔は女性という女性をときめかせる程に美しく気高い……!!  
で、そんな凄い理事長がよりにもよって俺に頼み事を申し立たれた。  
俺は特にこれといって能力が有る訳では無く、学力は人並みで普通。  
体育の授業だけは、まぁ…得意な方だが、幼馴染のエレンと比べるとどうしても見劣ってしまう。  
それはさておき、俺は理事長にこの学園に通うモニカの護衛を頼まれた訳だ。  
 
そう、理事長室に呼ばれた俺は……  
 
「護衛……?」  
間抜けな声で俺はそう答える。  
ミカエル理事長は顔色を変えず、そのまま話を続ける。  
「ああ、そうだ。是非君にやって貰いたい。モニカは常にあらぬ男子生徒が  
付き纏っているとの噂が最近目立ってきている。最悪は対処をして欲しい」  
妹想いの理事長なんだな……と、そう思い、俺は黙って引き受けた。  
 
それが事の始まりだった。  
 
それからというもの、俺の周りには四六時中モニカがべったりとくっ付いている。  
何を言ったらこうなれる?のか、思った以上に密着している様な気がする。  
モニカの制服姿は可憐で愛らしく、また、私服の時が気になるくらいの綺麗な顔立ちだ。  
兄のミカエル理事長もそうだが、この遺伝?は羨ましいものがあるな、と思う。  
だけど俺には心に決めた人が居た。それは幼馴染のアイツ………  
「ねえ?どうしたの?あんたがモニカさんと一緒だなんて、信じられない」  
と、エレンの声が聞こえる。  
「うわっ!エレン、いつから居たんだ!?」  
先程の空想を想い、バッと顔を真っ赤にさせる俺。  
かといって心の呟きが聞こえている訳でも無く、我に返り一息吐く。  
そしてエレンの顔を見て、こう応えた。  
「ははは…、俺が誰と居ようが気にする必要無いじゃないか」  
と、笑って誤魔化す俺に、エレンは少し不機嫌になってしまう。  
――どうして???(汗)  
「あら、こちらはどなたですの?」  
にこやかに隣に居るモニカが尋ねてくる。  
それを引きつった顔でエレンが応える。  
「私はユリアンの幼馴染ってだけよ。気にしないでね」  
気のせいか火花が散っている気がする。いや、気のせいだろう……きっと。  
だいいち、エレンには意中の相手が居るんじゃなかったか?  
確か……そう……、嵐の様に勉強を叩きつけるトルネードの……ハリード先生……。  
学園中の裏話くらいまでに発展して、密かにデキているんじゃないかと仄めかされてたぞ。  
なのに俺には女の子や一人や二人が気に喰わないってか??  
……なんて、そんな訳無いか。やはり気のせいだろう。  
俺は心にとある疑問を封印し、話を切り出す。  
「じゃあ、そろそろ帰る頃だし、モニカを送ってかなきゃいけないから。またな」  
手を軽く振ってさよならの合図をする。  
モニカも会釈をしながら立ち去ろうとする。   
「ま、良いけどね……またね」  
エレンは先程よりはマシな顔をして見送ってくれた。  
ただ少し、冷たい目線を感じる。  
 
 
サガ3学園の保健室。その一角のベッドに座り込む人影が居た。  
黒髪で褐色の肌をした男が無精髭を生やして澄ました顔をして読書している。  
 
そこに遠慮がちな音をした引き戸が開かれる。  
 
「やだぁ……ポールってば…」  
「だ、大丈夫だよ。ここは人気が無い…で、有名だからさ。ハァハァ」  
「あん…、そんなところ………早いよ……」  
「お、俺…、もう我慢できそうにない…」  
入ってきた者達は既に先客が居る事を知らない。  
男はカーテン越しのベッドに座っているから気づかないらしい。  
聞き覚えのある名前に、男は影ながら心の声で呟く。  
(……俺が担当している生徒だろうな。チッ、授業はいい加減な癖にそういう事だけは…か)  
男は教師として制する為にか、カーテンを大きく開け、怒鳴る。  
「おい、お前ら!宿題を増やされたくなかったらとっとと帰ることだ!!」  
「きゃあっ」  
この声は女の子の方である。  
男女のカップルと言った所か、女の方は立ち竦み、ポールという男の方は  
へっぴり腰で慌てて立ち去ってしまう。  
「彼女を置き去りかよ……」  
自分の事では無いが、情けない気持ちになる。  
すぐさま、女の方も慌てて去っていったが。  
 
「……どうしたの?二人が慌てて帰ったようだけど」  
 
またも突拍子も無い来訪者、エレンが現れた。  
放課後のこんな時間に何の用があるのかと男は気にかける。  
「こっちが聞きたいくらいだ。お前こそ、もう帰ったらどうだ?」  
訝しげにエレンが立つ引き戸まで近づく。  
「ハリード先生こそ、どうして今日は無精髭なんか生やしてるの?」  
話を逸らすエレン。気のせいか、少し不機嫌だ。  
「これは昨日受験勉強で勤しむ生徒の為に、日夜明け暮れてだな……」  
と、髭を手で擦り、欠伸をしながら男…もとい、ハリードが応えた。  
「ねえ、少しだけ居させて……。ここ人気が無いって有名だから、少し落ち着きたいの」  
エレンはそう言い、少し潤ませた目をする。  
この女でも上目遣いをするんだな、とハリードはふと思う。  
「構わん」  
 
即答で快い返答をする。  
しかし、直ぐに再び会話が紡がれた。  
「だが、その有名な噂を馬鹿正直に受け取るな。それは俺が流したデマだ」  
「え!?」  
エレンはきょとんとした顔でハリードを食い入るように見つめる。  
「俺が静かにここで読書に励みたかったからだ」  
真顔でハリードがそう答える。  
エレンは驚きの表情で少し時が止まったかのようだ。  
そしてハッと息を潜ませ、次に何かを思い出したかのようにふつふつと怒りが  
込み上げてくる様をハリードは察し、少々焦りだす。  
「どうした?いきなり怖い顔をして!?」  
「……怖い、ですって!!」  
エレンはキッとハリードを睨み付け、一気に捲くし立てた。  
「それじゃあ、私とハリード先生が付き合っているっていう噂が先立っているのは、  
全部ハリード先生自身の仕業なの!?」  
どす黒い炎をバックに、エレンは殺気立っているかのようだ。  
「はあ!?なんだそれは!??」  
突然の内容で目を仰天させるハリード。  
「知らないって白を切る気?私は迷惑してんのよ!!」  
声を張り上げてエレンはガッと一撃を喰らわそうと足を出す。  
その瞬間、ハリードは喰らうどころか、さらりと交わし、  
とはいえ狭い場所での格闘だった為に思い切り転げるような体勢に陥り、  
知らず知らずの内に二人が密着し合い、覆い被さるように二人は倒れた。  
「!?」  
気がついた時には時は既に遅し。二人の唇と唇は既に重ね合わさっていて…  
「んぐぐっ」  
 
バッと全身を勢い良く起こし、上に乗っかかっていたエレンは背中を逸らす。  
「ちょっ、どうして既成事実まで作ってしまうわけぇ〜!?」  
拳を握り締め腕で口を塞ぎ、真っ赤な顔をしてエレンが喚く。  
「私…は、初めて……ファーストキスだったのに〜〜〜!!!」  
泣き入りそうな瞳で慌てふためく。  
それを静止しようとハリードは落ち着いた声で、  
「だ、大丈夫だ。カウントしなければ良い…」  
と言い終えるが早いか遅いかの内に、エレンは一発ハリードにタイガーファングを喰らわした。  
 
しばし気絶するハリード。  
 
意識が回復を向いかけたと判断した際に、ハリードは気を取り直してエレンに詰め寄った。  
「とにかく俺が流したのはここの部屋の事くらいだ。無関係さ」  
何事も無かったかのように取り繕う。  
エレンはそれでも納得出来ていない部分が有る様で、顔は怖いままだ。  
ふぅ…と一息吐き、ハリードは保健室の鍵を密かに閉め、エレンの前に立ちはだかる。  
「なら、事実にすれば良いだけの事だ。俺は構わないぜ」  
と言い、ハリードはエレンの顎を掴み唇を口元に寄せようとする。  
「……っ」  
エレンが止めてと言おうとするまでに、既に唇と唇は重なり合っていた。  
今度は故意でされている所為か、戸惑いを隠せそうにない。  
再び顔を赤らめ、強く拒絶する事も無く、瞳を閉ざしてしまう。  
「んっ…、んんぅ……ちゅ………」  
熱いキスを交わす。口付けは時に激しさを増し、舌先で転がすように遊び耽る。  
気がつけばハリードの手はエレンの胸を触っていた。  
大きな膨らみを触る感触は、まるで触れた手を包み込まれているような感じだった。  
ハリードの指先がエレンの乳首があると思われる部分を突くように揺さぶる。  
「ぁっ……」  
ひきつけを起こしながらも敏感に感じ取るエレン。  
彼女の頭の中では霧のような靄がかかっていた。  
その中にユリアンの存在が居た。ユリアンの存在が彼女の中で引っ掛かりを感じさせる。  
「ユリアン……」  
吐息の中に彼の名前を呟かせた。  
ハリードは微かに聞こえる言葉を読み取り、先程までの行為を止めた。  
「……止めだ。生徒に手を出すのは問題外だな。それに男の名前を呼ばれちゃあな」  
ニヤリと含んだ笑みをし、エレンに触れていたハリードの手は離れていく。  
「……ハリード……」  
悲しい顔をしてエレンはハリードを見つめる。  
「そんなに悲しい顔をするなって。これはさっきエレンが俺を攻撃した仕返しってヤツだ。  
濡れ衣を含めて…な……」  
含みのある笑みは、いやらしい感じがした。  
「その代償にしては大き過ぎるわよ…」  
ぶつくさ不貞腐れるエレン。  
そして、行為とふと呟いてしまったユリアンと叫ぶ声が脳裏に焼き突き出し、  
恥ずかしさで頭がいっぱいで、居た堪れずに早々にエレンは立ち去っていった。  
 
「エレン……、俺は……本気だけどな……」  
聞こえるか聞こえないかくらいの声で、その声は保健室で呟かれた。  
 
 
ユリアンはミカエル理事の頼まれ事を守るべく、  
学校の帰り道もモニカと一緒に帰宅する事を命じられていた。  
その帰り道の出来事である……  
「ユリアンさん……」  
モニカは彼の名前を呼び、ぴたりと歩く足を止めた。  
「どうしました?モニカさん」  
前に立っていたユリアンは、不思議そうにモニカの方を振り返る。  
「いえ…、その……」  
小声で何やらぶつぶつと呟き始める。  
そしてそれはユリアンにも聞こえる言葉を成す。  
「エレンさんとは…、どういった関係ですの?」  
おどおどとした声を発しながら、モニカは遠慮がちに尋ねる。  
けれど、ユリアンにしてみれば突拍子も無い内容なので驚く。  
「えっ…どういった……って」  
正直、どう答えて良いか解らない。好きな人ではある。  
だからといって付き合っている訳では無い。余計な事は言わない方が良い。  
そう思ったユリアンは、簡単な答えで返事をした。  
「ただの幼馴染さ」  
「そうですの……」  
返事を聞き、モニカ自身は少しホッとした様な安堵感が見られた。  
足は歩き出し、何かを考え込むように黙り込んだかと思えば、足を止め、  
意を決したように早歩きをしてユリアンの前に立ち、足を止める。  
「どうしたのですか?モニカさん」  
帰宅当初からモニカの様子は少しおかしかった。  
今度は何だろうとユリアンは内心冷や冷やする。  
「……ユリアンさん。実はわたくし………」  
重い口を開け、モニカは衝撃的な言葉をユリアンの前で発する。  
「わたくし……、ユリアンさんをお慕いしておりましたの。  
 もちろん、お兄様がこんな事をユリアンさんにお願いされたのは今日初めて知りましたわ。  
 けれど……わたくしは、前々からユリアンさんが好きでした」  
顔を赤らめ、モニカは必死にそう言う。  
訴える瞳はとても真剣で、勇気を出そうと握り締めたか弱い拳は震えていた。  
こんな事を初対面に近い存在から言われたら、どう思うだろう?  
そんな恥ずかしさでいっぱいだけれども、今この機会を逃したら、  
言えなくなる様な気がして、勇気を振り絞って言ったのだ。  
 
「……モニカ…さん」  
ユリアンはその熱い想いにグッとくるものを感じ、感動してしまう。  
何より、こんな綺麗な女性から告白してくれる事はとても不思議な現象で、  
嬉しいって気持ちが何故か大きく出てしまい、自分の気持ちと対になって誤魔化された。  
自分が好きな女性は、自分の事をただの幼馴染でしか見ていない。  
その上で更に言えば、自分はその好きな女性に、想いを伝えた事は一度も無い。  
冗談めいた言葉なら幾らでも言えた。ただそれは彼女側の真剣さを損なわせた。  
こんな本気な台詞が果たして今の自分に言えただろうか?  
その勇気がとても輝かしくて、そして何より、こんな自分に好意を抱いてくれて、  
とても嬉しくて心に羽が生えたように舞い上がりそうになる。  
「モニカ……」  
思わず抱き締めそうになる。  
離れられないくらい強く抱き締めたくなる。  
守りたくなる女性、そんな存在に見えた。  
 
――が、だからといって彼女の存在を忘れられるくらい、  
ユリアンの理性は脆いものでは無かった。  
 
それを察したモニカは、自分自身が言った言葉を悔い入りそうになり、  
張り裂けそうな気持ちを心の納め、手で顔を隠しその場を去ってしまう。  
「はっ!モニカさん!!」  
急に立ち去られ、後を追う余裕さえ無かった。  
突然居なくなりだしたモニカを必死で追いかけようとしたが、  
どこで道を過ってしまったのか、モニカの居場所が突き止められない。  
彼女の足で、そんなに早く走れる訳も無いのに!!  
 
そこでユリアンは、ミカエルの言葉を思い出した。  
「モニカは常にあらぬ男子生徒が付き纏っているとの噂が最近目立ってきている」  
もう一度。  
「あらぬ男子生徒が付き纏っている」  
 
言われた台詞を思い返し、ユリアンはとんでもない失態を犯した事に気づく。  
事件が解決するまではモニカを一時も目を離してはならない事を。  
「ちくしょうっ!!俺の馬鹿野郎!!」  
自分の不甲斐無さに腹を立てた。  
モニカを守るはずだったのに、自分が呆然としていた所為で、  
彼女に危険が迫っているかもしれないと思うと。  
とにかく、一人で見つけるには少し時間が立ち過ぎている。  
このまま内密に探すのみでは、モニカに万が一の事があったら……。  
そう思い、ユリアンは近くの公衆電話から、ミカエル理事長に繋がるように電話をかけた。  
発信音が流れ、受話器を取る音が聞こえた。  
「こちらは理事室です。何か理事長にご用件でしょうか?」  
受話器を取ったのはミカエル理事長に親しい保険医のカタリナ先生のようだ。  
「あ、あの…、俺は3-Cのユリアンです。実はミカエルさんに………」  
ユリアンはカタリナ先生なら全てを打ち明けても大丈夫だろうと思い、  
ミカエル理事長に頼まれた事やモニカと離れ離れになってしまった事を打ち明けた。  
「……そう。それは困ったわ。私達も直ぐに探しに行きますから、ユリアンさんもお願いね」  
カタリナ先生はそう言い、受話器を切った。  
少し慌てていたようだ。やはり心配なのだろう。  
「困ったな……。とにかく、根気良く探そう」  
こうして街中を駆け走り、必死でモニカの行方を探すユリアンだった。  
 
一方その頃、モニカは……  
 
先程の台詞の恥ずかしさで逃げ出した事を酷く後悔していた。  
あそこで逃げなければ笑って過ごせたかもしれないのに。  
そんな思いでいっぱいで、悲しく泣き崩れてしまう。  
「ユリアンさん……」  
彼女の想いはサガ3学園へ入学してから淡い恋心が芽生えていたのだ。  
入学したての頃、道に迷っていた自分を、ユリアンが助けてくれた。  
そんな些細な出来事だけど、その行為がとても紳士に思えた。  
実際にそれから、色んな事をモニカに教えてくれたから。  
でもそれは、入学式当日、出会った時だけの出来事。  
それ以降は兄であるミカエルが目を光らせている為に慎んできた。  
こうして接触出来たのは、奇跡とも言えるのではないかと思うくらいである。  
 

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