ここはファシナトゥールの針の城。
領主ともいえる魅惑の君オルロワージュの気まぐれで、普通のちょっと気の強い少女だったアセルスは妖魔と人間の中間という存在になってしまった。
「妖魔らしくしやる」
と綺麗な召し物を与えられ、教育係をつけられ戦闘訓練を行っていた。魔物を妖魔武具に取り込んで強くなれるのが妖魔だが、アセルスにはまだそれが出来ない。
だが妖魔の身体能力と人間の成長性、くわえて剣の才能があるのかアセルスは見る見る内に上達していった。
「そこまで!」
先輩妖魔のイルドゥンの終了の声で今日の訓練は終わった。
「お疲れ様でした。アセルス様。」
教育係の優しい白薔薇姫が労いの言葉をかけてくれる。
「無駄な動きはほぼ無かったが反応が遅れている事が多かったぞ。」
イルドゥンは褒めてくれているようだが反省点も指摘する。
最初はこんな訓練に付き合う事も無いと思っていたが、投げ出すのも癪な気がしたので妖魔になるための教育とやらを甘んじて受けている。
アセルスは与えられた部屋に戻って白薔薇姫と別れようとしていた。
「あ、白薔薇……」
「何でしょうアセルス様?」
「えっと……ううん、やっぱり何でもないんだ。ごめん。」
「そうですか。何かありましたら遠慮なさらずお申し付け下さい。 それでは失礼致します。」
白薔薇姫が一礼して部屋から立ち去って行った。アセルスはため息をついて周囲を確認する。外も一日中薄暗く古式ゆかしい灯りが部屋を照らしている。
アセルスは穿いているパンツと下着を膝まで下ろした。恥かしさに顔が赤くなる
「どうしよう……」
妖魔になってからお腹はあまり減らなくなったが人間としての生理機能は殆ど健在だった。汗もかくし、人間だった頃と比べると頻度は遥かに少なくなっているがトイレにも行く。
針の城にトイレはないから町まで行かないとならないのだが。どこに行ってたのかとイルドゥンがデリカシーの無い事を聞いてきたりもしたけど、分からないのかもしれない。
白薔薇姫も半分人間の妖魔を相手にするのは初めてなのかもしれない。だから気がつかないのかもしれない。
人間の女性でもあるアセルスには月よりの使者…生理がきていた。
訓練中に動きが鈍くなったのもそのせいだ。汚してしまった下着を見てただでさえ憂鬱だというのに暗澹たる気持ちになる。
下着も上質なものが与えられていたが「シルクのパンツなんて初めてで最初は気持ち悪かったけど」上下一着ずつのみだった。
「着たきりすずめでいろってことなのか…。」
怒りを覚えたが、妖魔たちがアセルスの体の事を知らないようにアセルスも知らない。妖魔に新陳代謝はない。汗もかかなければ垢も出ないので
衣服を汚すのは戦闘行為でのみなのだ。戦闘行為でも汚れ一つつかないであろう者達もいるが。
物思いに耽っているとドアの向こうに誰かがいる気配がした。アセルスは慌てて下着とパンツを穿く。
「は、はい、どうぞー」
「失礼致します。シーツを換えに参りました。」
白薔薇姫ではなく侍女らしき女性がやってきた。この人も妖魔なのだろうか。
テキパキとシーツを換えている侍女にアセルスは尋ねた。
「ねぇ。こんな事聞くのはあつかましいかもしれないけど、着替えは?」
突然馬車で轢かれてこんなところに連れられた事を考えるとあつかましいという事はないのだが。アセルスは人が好いのかもしれない。
「私が仰せつかったのは、シーツの交換だけです」
「あ、そ、そう…」
侍女は手を止め、アセルスの目を見てそう応えた。すぐに作業に戻ってシーツの交換を終えると一礼して去っていった。
「はぁ…困ったなあ……」
白薔薇姫に相談するべきかあのオルロワージュに文句の一つでも言うべきか。事が事だけにどちらも避けたいのだけれど。
町に出た時に換えの下着と服、それに生理用品を買いに行こうと思ったがアセルスはお金を持っていない。
白薔薇姫に借りようかオルロワージュからせびるかという選択肢が浮かんだ。
「そういえば…」
着ているドレスの内ポケットにハンカチが入っていた。まだ未使用の綺麗なシルクのハンカチだ。これもあの針子が作ってくれたのだろうか。
時間が分からないので町に降りて、トイレを使えるか分からない。イルドゥンに咎められるのも嫌だ。まあつっけんどんに「私の勝手でしょう」とでも言えばいいのだけれど。
「ごめんなさい。」
頭に浮かんできた針子の少女に謝罪して、アセルスは立ち上がり、下着を膝まで下ろしてシルクのハンカチを使って汚れをふき取る。
とても人には見せられない姿だ。脂分である血液は染みになってしまって取れない。それでも経穴で汚れたクロッチの部分を直に股間に当てているのは
自分の体から出た物とはいえ、気持ちの良いものではない。
ある程度汚れをふき取ったら今度はハンカチを折って汚れていない部分を表裏にして股に挟む。そして下着とパンツを穿いた。
「これでいくらかマシかな。明日白薔薇にお金を貸してもらおう」
と思っていたら。
「やあ、ここの生活にはそろそろ慣れそうかい?」
「きゃあぁぁぁぁぁッ!!」
背後から突然声をかけられた。ゾズマ窓辺に座ってた。妖魔になってからというものも誰もいなくても気配を感じたり出来るようになっていたが、今回は全く気付かなかった。
「随分と驚かせてしまったみたいだね」
「あ、あ、あ、あたりまえじゃないっ!!勝手に人の部屋に入ってきて……!」
「ああこれは失礼。君の様子がちょっと気になってね。面白いコトはないかと思ってきたんだけど……」
(わたしの様子って? み、見られた?もしかして見られたの?)
羞恥に顔を真っ赤に染めて口をパクパクとさせるアセルス。ゾズマは悪びれた様子も無く続ける。
「考え事の最中だったのかな。妖魔ってのは思考は割りとシンプルだけど、人間は色々と考え込んでしまうからね。まあ楽にしなよ」
アセルスを励ましにでもきたのだろうか。ただ興味があって覗きにきたのか。恐らく後者だろうけど。
「い、いつからいたんだ?」
「ついさっきさ」
「わ…たし、…その…」
「? ここから逃げる算段でもしてた…訳じゃないみたいだね。まあいいや。それじゃあまたくるよ」
「今度からはドアから入ってきて。ちゃんとノックもして。入れてあげるかどうかは知らないけど」
「つれないな。ま、覚えておくよ」
そう言ってゾズマは消えた。
「いつからいたんだろ…。見られてた?見られてたの? それとも見られてなかった? 声かけられた時なら、わたしもうズボンはいてたよね。」
アセルスの思ってる通り、ゾズマはアセルスの行動を見てはいなかった。
「カーテンくらい…。ううん、そもそも妖魔の城なら簡単に入れるなんておかしいんじゃない」
ゾズマが前会った時になんか言ってたけど忘れた。