(怖い――)  
 天蓋付きの豪奢なベットの傍に立つ男女を、やわらかい月明かりが照らす。  
 男は式典で着ていたであろう、飾りのついた上着を雑に脱ぎ捨てベットに腰掛けたが、  
女は髪飾りも式典用のマントもそのままに、頑なな表情で窓辺に佇んでいた。  
(男が怖いなど――この歳になって――言えるわけがない)  
 この期に及んでまだ彼女――プルミエールは(やはり婚姻は早過ぎた…)と考えていた。  
 
 1307年、秋  
メルシュマン地方北部にあたる旧オート侯領とノール侯領はお祭り騒ぎであった。  
 ノール侯爵家を継いだ新領主であるグスタフと、  
大カンタールの末娘プルミエールの成婚の儀が執り行われたのである。  
 
 いきさつは扱く簡単で、侯爵家を継いだグスタフが  
彼女の養母ヌヴィエムを通じて結婚を申し込んできたのだ。  
 フィニー王家との確執やこだわりを、呪詛のようにあれほど幼い私に毎日吹き込んでいた姉が、  
まるで別人のように手放しで喜び、婚姻を推し進める姿は実の妹ながら空恐ろしいものを感じた。  
(使者が来たあの日、たまたま私が姉上の屋敷に滞在してて、なんだかんだと言いくるめられて  
足止めをくらってしまったが、否!こんなに話が上手く運ぶ等、あるはずがない!!)  
 そんな事を考えながらプルミエールは気を紛らわしていると――  
 いつの間にかマントを剥ぎ取られ、ネックレスの金具に手がまわっていることに気付いた。  
 思わず体を震わせてしまう。  
 グスタフは髪飾りを抜き取り、はらはらと零れ落ちる髪の毛を弄ぶ。  
「何故、震える。生娘ではないのだろ。怖いのか俺が?」  
 彼の声が彼女の耳元で響く。軽く耳に息がかかった。  
「あっ……はぁあ――」  
 今、自分でも情けない声を出したとプルミエールは一瞬恥じる。  
「俺達は夫婦となったのだ。何を怖がる必要がある?」  
 グスタフは首筋に舌を這わせながら、両手で肩からドレスを滑り落とした。  
 コルセットに引っ掛かり、形良い乳房だけがあらわになる。  
 貴族の令嬢のわりには、ややがっしりとした体型のプルミエールだが  
その乳房は柔らかく、彼の大きな掌にも納まりきれない程たわわに熟れていた。  
「私は――私はあなたの考えがわからない」  
 両の乳房を弄ばれながらも必死に堪える彼女は、虚ろな意識の中で尋ねた。  
「何故私を選んだのか?  
カンタールの名など、あぁ……今では飾りにもならないと言うのに。  
私のような没落貴族を相手にしなくとも、ん…ウゥン……今の侯爵家ならば、  
他国から王家の姫君ですら、正妃として迎えられるはず。  
王位継承権を持つなら直の事――」  
 彼の左手が下へ伸びようとする度に、彼女は自分の両手でそれを押し止める。  
 許してしまうと、理性が吹っ飛びそうになるくらいの快楽が押し寄せてきそうで怖かった。  
 
「没落貴族か……お前はカンタールの血に誇りをもっているのに、  
そんな自分を蔑むような事を言ってはいけないな」  
 グスタフはそっと耳たぶをはみながら彼女に囁いた。  
 たったこれだけの事で腰から下が痺れてくる。  
 とても立っていられないが、彼の大剣を軽々と振り回す逞しい両腕が、  
彼女を捕らえて離さない。  
 コルセットの紐も緩められ、着ているものもすっかり脱がされてしまった。  
 温室育ちとは違う肉感的なその体は、グスタフに烈しい劣情を与える。  
「家を捨てた身なのに何故、爵位を継いだの?何故、私の前にまた現れたの?」  
 胸と太ももに絡み付く腕が彼女に熱い痺れをもたらす。  
 ともすれば漏れでる喘ぎ声に唇を噛み締め、プルミエールはグスタフの攻めに必死に堪えていた。  
「私はあなたの事なんかこの一年間、これっぽっちも思い出さなかったわ!  
サウスマウントトップの事も、エッグの封印の時の事すら、何も――何も!!」  
 震えと痺れ、恥辱と恍惚が彼女をさらに頑なにさせる。  
「一人で今までやってきたんだもの。  
これからだって、変わらずに生きていけたはずよ!  
なのに何故、私の前にまた――夫婦だなんて、私と――」  
 グスタフの方へに向き直ったプルミエールは涙を浮かべていた。  
「あなたはジニーを選ぶかと思ってたのに……」  
 そう呟いたと同時に彼の口唇と自分のを重ね合わせていた。  
(言ってしまった。私のわだかり――家同士の事等関係ない。  
私はこの人とジニーの間を勘繰っていたのだ。  
この人は私ではなく、ジニーを選ぶかもしれない。  
だから私はこの人の元から離れたのに)  
 軽く触れてきた口唇をグスタフは舌でこじ開けからめてきた。  
 驚いたプルミエールはそれを避けようとして下に滑り落ちていくが、  
彼はその体を軽々と抱き抱え、そのままベットに寝かした。  
「落ち着け、プルミエール。今こうして俺が正室として迎えたのは、プルミエール、お前なんだ」  
 グスタフは暗示をかけるように優しく呟くと、そっと彼女の頬を撫でる。  
「俺が選んだのは、お前ただ一人だ。  
ジニーは明るくて、面白い娘だとは思うが、まだ子供じゃないか」  
 そういうと彼はなれた手つきで、プルミエールの腰から秘所へと手をのばした。  
「!!ハァアぁ………んン」  
 彼女は激しく背中をのけ反らせた。初めて触れられたその場所に敏感に反応してしまう。  
 もうそれだけで、頭が朦朧としてくる。  
 グスタフはクチャっといやらしい音を立てて指を深く沈めていく……  
「グスタァ……フ」彼女は困ったような悩ましげな声を上げた。  
 グッと勢いよく指を入れ奥にたどり着きそうになった時、彼は眉をひそめた。  
「プルミエール、お前……」  
 彼女は屈辱的な表情を浮かべる。顔のみならず、耳までも朱に染まった。  
 
「この歳で初めてだなんて可笑しいでしょ。男嫌いの姉に育てられたせいか男が怖いのよ。  
一度仕事仲間に寝込みを襲われて以来、もっとダメになったわ。  
殿方の喜ばせ方も知らないのに、恥ずかしくて……  
だから私、生娘ではないって言えば結婚を諦めてくれると思ってあんな事……」  
 勝ち気な彼女が声を震わせ、懇願するように告白をする。  
 グスタフはプルミエールを愛しく感じた。  
 彼は彼女の恐怖心を和らげるかのように、首筋から二つの膨らみに優しく口唇を滑らせ愛撫する。  
 膨らみの頂きを口に含むと、見る見るうちに硬くなった。  
「あぁ、んふぅ……うぅん」  
 初恋――だったのだろうか?  
 幼い頃テルムで出会った赤毛の少女。悲しげな顔で街中に佇んでた。  
「あっ、あぁ……グスタフ、グスタフゥ!」  
 たった一度出会ったっきり、ずっと心の奥底に眠っていた君。  
 その君が今こうして、俺の名を呼び腕の中で震え、息を弾ませて俺を受け入れようとしている。  
 そこは蜜ですでに溢れ、彼の指にネットリと絡んできた。  
 しかも先端の肉芽は膨れはじめ、まるで男のまらのように固くなっている。  
「グスタフ、私……ハァ、ハァ……もう」  
 乳房に舌を這わせ、指で秘所を弄んでいるだけだというのに彼女は限界らしい。  
(俺の方も我慢の限界か)  
 グスタフはまだ早いと思ったが、彼女の辛そうな顔がまた、自身のモノに漲りを与えてくれる。  
「いつもはこんなに早くないんだが――」と、彼女の耳元で囁くと、  
 片腕でプルミエールの左足を持ち上げ、ぐっと中に入ってきた。  
「!!」彼女が声にならない悲鳴を上げる。  
「うっん、アァァ、んん!!」  
 グスタフが落ち着くようにくちづけをする。  
 舌が絡み付き、噛みちぎられるのではないかと思うほどプルミエールの呼吸は乱れていた。  
 彼はゆっくり、焦らすように腰を動かす。ヌチャヌチャっとあのいやらしい音が響いてくる。  
「はぁん、あぁ……ん。んン、グスタァフ」触れた口唇から甘いよがり声が漏れ出す。  
 グスタフはその声に従って早く突きだす。  
「ぁッんん――!……いィやァァ!あぁ、ハァハァアアン!!もっとぉ、グスタフッ!!」  
 口唇を離したプルミエールは羞恥心などかなぐり捨て、あられもない叫び声を上げる。  
 途端、グスタフ自身の体にもざわざわっとした痺れのような物が走った。  
 彼女の手が――まるでその動きを催促するかのように――自然と腰にまわってきたのである。  
「くっ、……プルミエール!!」  
 ビクビクと別の生き物のようにうごめく膣の締め付けに、彼自身がもうもたない。  
「あっ――!はぁッんん――!!」  
 彼女の腰もグスタフのそれに合わせ動き、突き上げた瞬間、  
処女の明かしである痛みが、鈍くプルミエールの中へ突き抜ける。  
 そしてそのまま二つの繋がりは、痙攣を伴ってベットに沈んだ。  
 ドクドクっと何かが流れ込む感触が自分自身を充たしていく。  
 
 今だ乱れる二つの鼓動が重なり合い、ぼんやりとした意識の中で、  
「……相変わらず、変な髪型ね」  
 プルミエールはグスタフの髪を撫でながら、らしくない事を考えていた。  
(こんなことなら、殿方を喜ばせる術もきちんと習っておけばよかったわ)  
 この婚姻を推し進めた姉の真意はわからぬまま。  
 大カンタール復活の為というのなら、それでも構わない。  
 結果、私とグスタフの子がメルシュマンの地に安寧をもたらしてくれるなら、  
私は喜んで彼の子を産もう。  
 あの幼い日出会った、背の高い青年に恋い焦がれてから何年たったのか。  
 私はこの人にすべてを任せたい!!  
「グスタフ――いいえ、閣下」  
 プルミエールは、横で彼女の髪を弄んでいるグスタフに対して改めて切り出した。  
「私はあなたの妻になりとうございます」  
「神の前で誓い合った夫婦ではないか。何を今更――」  
「いいえ、あの時の私は――形だけではなく、真の意味で夫婦になりたいのです。  
ですから……、今一度この体に御情けを頂戴しとうございます」  
 プルミエールは体を震わせグスタフに抱きついた――  
 
 
 1308年、春  
 女領主として辺境を治めているヌヴィエムの屋敷に使者が訪れた。  
 
 ――ノール侯妃プルミエール様御懐妊!!  
 
「ああ、プルミエールがとうとう……」  
 使者からの手紙を読んだヌヴィエムは目頭を熱くした。  
「おめでとうございますとお伝えください。御出産が近づいた頃、御屋敷へ伺いますからと……」  
 使者にそう伝えた彼女は思わず天を仰ぎ見る。  
(お父様、忘れ去られたあなたの娘があなたの血をフィニー王家に齎したのです。  
あなたが離縁したマリーの孫とあなたの娘が――)  
 ヌヴィエムは少し笑みをもらした。  
(プルミエール、幸せになって頂戴。  
カンタールに捕われすぎた私とは違う人生を、と思ってこの話に乗ったけれど  
やはり後悔もあった。これも私のエゴなのではないかと。  
でもこれで間違ってはいなかった。あの二人は惹かれあっていたのだから)  
 彼女は初めてグスタフに会い、結婚の話をする時の彼の表情、  
そして、その話を聞いたプルミエールの満更でもない顔を思い出して可笑しくなった。  
 使者との謁見をおえると、彼女は忙しく仕事に取り掛かった。  
 あと半年もしないうちに私の甥か姪が産まれる。  
 それに立ち会うためにも仕事を片付けておかねば。  
 ヌヴィエムの心はあの少女時代以来、何年ぶりかに晴々としていた。  
 
 
                              Fin  
 
 

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