銀の月に照らされたメルビルの、  
ちょうど2人が初めて出会った場所である、宿屋コロンボの前に彼女はいた。  
クローディアはただ、静かに自らの腕に身に着けているムーンストーンを見つめていた。  
その運命石の輝きはまさに今、彼女を照らしているエリスの銀の月の輝きと同じであった。  
彼女はそれを見つめながら、今まで激流のごとく立て続けに起きた出来事を振り返っていた。  
 
オウルや森の仲間たちとの離別、自分の出生の秘密、皇帝陛下の奇病、  
シルベンの正体、ディステニーストーンであるムーンストーンの入手…  
 
とにかく、この短い間に彼女の身に対して、様々な運命が降り注いでいたのだ。  
それは非常に過酷なものであり、普通ならば心も体も壊れてしまうぐらいであった。  
だが、これらの事に直面していた彼女を支えてくれた人たちがいた。  
今、彼女がこうしてムーンストーンを得られたのも彼らのおかげであった。  
謹慎中にもかかわらず、皇帝陛下の病を治すべく立ち上がってくれた帝国の財務大臣であるパトリック。  
親衛隊長のネビルからの密令を受け、皇帝陛下の病を治そうとする自分たちに力を貸したジャン。  
自分たちの活躍を元に詩を作りたいと言い、その我侭のお礼に、と自分たちを助けてくれた吟遊詩人。  
そして…  
 
「大丈夫か?」  
突然聞こえたその声に彼女は少し驚いたものの、  
すぐに声が聞こえた方、ちょうど宿屋の入り口のあたりを向いた。  
そこには初めて森を出てから今まで、自分のことをずっと導き、護ってきたグレイがいた。  
彼もまた、いや、クローディアにとって彼が最も、自分のことを支えてくれた大切な人物であった。  
クローディアはそんな彼に対して、  
「あなたにまで心配されるなんて、そんなに酷い様子なの?私。」  
と、いつもの口調で返答した。  
普段のグレイはクローディアに対してあまり気をかけないのである。  
その為、自然と互いの会話は少なく、他者から見たら冷め切ったカップルにも見える。  
だがそれ故に、人見知りが激しいクローディアは、  
むやみやたらに自分に踏み込んでこない彼に対して自然と安心し、  
こうしてグレイと共に今まで旅をすることができたのである。  
 
しかし今、珍しく彼は彼女に踏み込んできたのである。  
「違う。あまりにも今まで通りだから、心配されるんだ。無理をするな。」  
確かに、過酷な運命に弄ばれている彼女には、支えてくれた人たちがいたが、  
彼らの支えがあっても多少弱気になるときもあるはずである。  
それでも、彼女は今までそのような態度や顔を見せたこともないし、  
現に今も普段通りの態度でクローディアはグレイと向き合っていた。  
「人に甘えるなんて、その方が無理だわ。」  
人見知りの激しいクローディアは珍しく見せたグレイの優しさを拒絶した。  
「やはり、お前は人とではなく、森に住む者たちと一緒にいたいのか?」  
グレイのその問いを聞くと、クローディアは一瞬顔を強張らせた。  
「…」  
「答えが返ってないということは、そういうことでいいのだな?」  
クローディアはしばらく間を空けた後、語り始めた。  
 
「私はあの迷いの森で育った。あの頃はあそこが私にとってのすべてだった。  
ずっと私はあの森で一生を過ごすんだと思っていたわ。  
森の外で人と共に暮らしていくことなんて、考えたこともなかった。」  
クローディアは多少うつむき加減ながらも普段通りの声で語る。  
それをグレイはただ静かに聞いていた。  
「私はあの頃、辛い事や悲しいこととかあったときは、いつも森の木々に寄り添っていたの。  
木は何も言わずにただ、私の気持ちを聞いてくれた。  
森の皆もそうだった。私に駆け寄ってきて大丈夫だって言ってくれた。」  
グレイは彼女の話を聞きながら、  
(互いの『気持ち』を読み取り合って会話をしていた、といったところか。)  
と頭の中で解釈をした。  
クローディアはそのまま話の続きを語る。  
「森にいた時は、気持ちだけですべてが伝わっていたわ。  
でも、ジャンと初めて森で出会ったとき、彼は言葉を多く使って私に語りかけてきた。  
それに彼の中に何か不信感もあった。」  
グレイはジャンのおしゃべりな性格を思い浮かべると、すぐに納得した。  
加えて彼女が感じた不信感に関しては、  
そのときのジャンは、皇女である彼女を探しに森に来ており、その皇女本人を見つけての状況だ、  
クローディアに対して「あなたが皇女だ」というのを伏せていたのだろう。  
「そして、森を出て初めてこの街に来たとき、ここは多くの言葉で溢れてた。  
それを見て私は怖くなったわ。  
なんでこんなに言葉を使わないと自分の気持ちを伝えられないのって思った。」  
 
ここまで静かに聞いていたグレイが突然口を開く。  
「人は、他人に伝えたい気持ちだけではなく、  
同じように他人に悟られたくない気持ちも持っている。  
自分が持っている気持ちのすべてを、さらけ出すことなどできない。  
だから、人は言葉を使って自分の本当の気持ちを隠す。  
それが、人として当たり前なんだ。」  
「だけど、あなたは違う。」  
クローディアは静かに、しかし激しく反論した。  
 
「あなたは何も語ろうとしない。あなたは何も尋ねてこない。」  
「それは前にも話したとおり、俺が無駄な話が嫌いなだけだ。」  
その『前にも』とは、騎士団領にある砦に住み着いたモンスター達のボスに挑むときだった。  
彼女の「敵は強いのか?」という質問に対してそっけない答えを返した時に、  
「会話にならないわね。あなたも人嫌いなの?」と言われたのだ。  
それに対しての返答として「無駄な話が嫌いなだけだ。」と言ったのだ。  
「私にとって、あなたは森の木々と同じ。  
何も語らず、何も尋ねず、静かに私のことを見守ってくれている。  
私が辛いときも悲しいときも、いつもそうして私のことを護ってくれた。」  
グレイはまた、静かに彼女の声に耳をやる。  
しかし、彼はここに来て、ひとつの矛盾を感じ始めていた。  
 
「確かに、あなたは面倒なことを極端に嫌っているだけなのかもしれない。  
でも、私はそれでもかまわない。  
私も必要以上のことを聞かれたくないから。  
ただ単に、お互いに気持ちが伝われば、それだけでいいと思ってる。  
どんなに言葉を並べても、結局伝えたいことは同じだから。」  
確かにそうだ、とグレイは心の中で頷く。  
どんなに多くの言葉で着飾っても、結局伝えたいことは一つの場合が多い。  
誰かに報告を行うときも、とにかく結果から伝えるのがベターである。  
途中経過などよりも、本人が本当に知りたいことをすぐに伝えるべきである。  
しかし、今の彼女を見ていると、  
そのように言っている彼女自身が、沢山の言葉で自分の伝えたいことを修飾している。  
その矛盾に対して確信しかけたときだった。  
 
「でも、どうやら気持ちだけで何かを伝えるの、私はもう、無理みたい…」  
クローディアのその一言は、  
グレイに自分は今までの話と矛盾していることを知っている、と言っているようであった。  
「何故だ?」  
グレイその矛盾はどこから起きているのかを尋ねた。  
すると、クローディアは少し声を荒げ返答した。  
それは今まで彼女の中で押し殺していた感情が、少しもれ始めていたかのようだった。  
「あなたと一緒に旅をする中で、どんどん言葉を使うことに慣れていってしまった。  
だから、こうして私は今、言葉を沢山並べてあなたに自分の気持ちを伝えようとしている!  
私は、言葉に頼り切って、気持ちだけを伝え合おうとしていない!  
だから、私は…」  
クローディアの声が縮まる。  
「言葉を使うことを覚えてしまった私は…、  
森の皆と一緒にいられなくなってしまったと思うの…」  
クローディアが迷いの森にいてはいけなくなった理由はもちろん他にもあり、  
むしろ、そちらの方が大きい問題だと思われる。  
だが、彼女にとってこの言葉を使うことを覚えてしまったことが、  
彼女の中では、彼女が迷いの森の住人と別れなければならない決定的な事柄となっていた。  
そしてそれは、彼女が森の住人の中にはいない、  
言葉を自在に操る「人間」である、ということを彼女に知らしめていたのである。  
 
「…」  
「…」  
普段ならば静かな夜の大広場に、沈黙が戻ってきた。  
その大広場に唯一立っていた2人は、目線を合わせず少しうつむいていた。  
広場を照らしていた銀の月も、いつの間にか雲をかぶってる。  
そして幾分かたった後、クローディアが顔を上げ、静かながらに再び沈黙を破った。  
「グレイ…」  
グレイはクローディアを見る。  
グレイの目にはクローディアのヘイゼル色の瞳が入ってきた。  
この広いマルディアスの中でも、代々バファル帝国皇帝の家系の者でしか持たないという、瞳。  
グレイの眼の先にあるその瞳はかすかに潤んでいた。  
「私、言葉を使わずに、あなたに私の今の気持ちを伝えたい…  
でも、どうしたら伝えられるのか、わからないの!  
それに、もしも伝える手段を見つけたとしても、  
あなたがそれを受け止めてくれるかどうか、それが怖い!」  
クローディアの声は先ほどよりもさらに強くなっり、体も震えていた。  
だが、この言葉以後、クローディアから言葉は出てず、三度沈黙が広間に訪れた。  
だが、先ほどの沈黙とは違った。  
2人は互いをただ見つめ合っていおり、銀の月も、再び顔を出してその2人を照らしていた。  
 
「…、クローディア。」  
今度はグレイの方が静かに言葉を紡ぐ。  
そしてクローディアはグレイを見つめながら、彼の言葉に耳を傾ける。  
「お前の好きなようにすればいい。  
俺はそれを受け止める、それだけだ。  
だから、安心しろ。」  
グレイはクローディアを見つめる。  
その顔はいつも威圧感をかもし出している彼にしては珍しく、  
どこか、穏やかな感じがしていた。  
ふと、クローディアの足が1歩ずつ動き出す。  
その歩みは最初はゆっくりしたものだったが、すぐにそれはスピードを上げ、駆け足となった。  
そして彼女の体はグレイに重なった。  
グレイは彼女の全体重をただ静かに受け止める。  
そのままグレイが反動から体勢を立て直した後、クローディアの顔を見ようとすると、  
彼女はそのままグレイの服を強くつかみながら、彼の胸に顔を当てていた。  
そしてクローディアはさらに震えだす。  
グレイはすぐにわかった。  
そして、彼女の背中に自分の手を回し、ただ一言だけ語りかけた。  
「お前もよくやった…」  
 
クローディアは、声を殺して泣いていた。  
初めて、彼女は人前で涙を流したのだった。  
 
しばらくした後、彼らは宿屋コロンボの一室にいた。  
パトリックは今回の件で謹慎処分が解かれ、  
明日から再び財務大臣として働く準備をする為に、自分の屋敷に戻っていた。  
ジャンも同じく、宮殿の親衛隊詰め所にて、徹夜で今回の件の報告書を書くらしい。  
吟遊詩人も、メルビルへ帰る途中に寄ったウェイプのPUBにてすでに、  
「新しい詩が書けそうです、ありがとうございました。」と言って、勝手に離脱していた。  
つまり、宿屋のこの部屋には今、グレイとクローディアの2人しかいないのだ。  
そして彼らは今、部屋の中で抱きしめ合い、口付けをしていた。  
2人が名残惜しそうに唇を離し合ったときに、2人の唾液が混ざり合った1本の糸ができた。  
その糸は蜘蛛の糸のごとく細いものの、窓から差し込む銀の月の光に照らされ、輝いていた。  
しかし、その糸も彼らの顔がある程度離れ合うと「ぷつッ」と途切れてしまった。  
そのまま2人は同時に全身の力を抜き、後方にあるベッドへと倒れこんだ。  
 
グレイはクローディアのその長い髪を撫で上げた後、再びクローディアに唇を寄せた。  
そして、そのまま首筋へとゆっくり手を持っていき、愛撫をする。  
その手はいつもはめているグローブはなく、筋骨に覆われた大きな素手があった。  
しかしその愛撫は以外にも、いつも無愛想で、戦いばかりに身をおいている人のものとは思えないほど、  
その硬い手がやわらかく感じるぐらいに、優しいものだった。  
その意外にも優しい愛撫に、クローディアは必死に声を上げないように我慢する。  
「我慢する必要はない、出したければ出せ。」  
気にしたグレイがそう言うも、それでもクローディアは声を堪える。  
 
グレイは自分の手を今度はクローディアの胸へと持っていく。  
彼女の胸はかなり豊かで、彼が今までであった女性の中でも、一二を争うぐらいの大きさであった。  
彼はその豊かな乳房を服の上からゆっくりと揉み解す。  
クローディアの表情は多少歪むも、まだあまり変わらない。  
そのままグレイは服の中へと手をもぐらせ、直に彼女の乳房を揉む。  
そしてクローディアのその大きな乳房の中心にある乳首を優しく摘み、こねた。  
さすがに応えたか、彼女の顔が一気に歪んだ。  
グレイはそのまま休まず、彼女の秘部へと直接手を進め、ゆっくりと周りを撫でる。  
クローディアが彼を握る手がさらに強くなった。  
それでもクローディアは声を上げずに堪えきった。  
「なぜ、お前はそこまでして我慢するんだ?  
俺は別に我慢しなくてもかまわないと言ったはずだが。」  
グレイはクローディアに問いかける。  
クローディアは息を多少乱しながらも彼に強くしがみつきながら答えた。  
「私…は…、そこ…まで…、弱…い…ひ…とに…、見られ…た…く…、ない…か…ら…」  
多少あきれながらも、グレイは彼女の服を脱がし、自らも服を脱ぎ捨てつつ、  
身に着けていた古い刀も、脱ぎ捨てた服のそばに置いた。  
 
クローディアの裸体は、まるでエリスやアムト、ニーサなど、  
マルディアスを支えてくれている女神のごとく美しかった。  
戦いで受けた傷が多少見受けられるものの、それらはすべて浅い物だけで、  
一生体に残ってしまうほどの深い傷は、どこにも見受けられない。  
それに対し、今まで多くの戦いに身を晒していたグレイの裸体には、無数の傷が刻まれていた。  
浅い傷や深い傷、古い傷に新しい傷…  
確かに、彼女と出会う前に負ったと思われる傷も見受けられるが、  
彼女は、ごく最近受けたと思われる生々しい傷を見ると、  
いかに、彼が自分のことを護ってきてくれたのかということ、戒められた。  
それはまるで、いつか吟遊詩人が彼らに語っていた、  
皇女であるクローディアの遠い祖先にあたる、バファル帝国皇帝レリアIV世と、  
彼を護衛していた女戦士、ローザ・ライマンと同じような関係にも見えた。  
だが彼らは、この2人とは決定的に違った関係を結んでいたのだった。  
 
先ほど彼女の秘部を愛撫したときに、すでにそこが濡れているのをグレイは確認していた。  
そして、再び指で軽く触れて確認すると、  
その指と彼女との秘部との間に、先ほど彼らが唇を寄せ合ったときにできたような糸があった。  
「挿れるぞ。」  
グレイのその短い問いに対して、クローディアは頷いた。  
そしてそのまま、自身の一物を握りながら、彼女の秘部へゆっくりと挿れ始めた。  
グレイは彼女の顔を見ながら、躊躇なく深々と腰を入れ続け、ついには2人は重なった。  
ここでようやく、グレイはクローディアとつながっている部分を見る。  
そこからは赤々と血が流れていた。  
やはりな、とグレイは思った。  
自身の今までの人生の9割を、老婆や森に住む生き物達と共に迷いの森で過ごしていた彼女だ。  
男を知らない処女であるという想像は簡単にできる。  
「痛くないか?」  
グレイは再び問いかける。  
「確かに…、痛いわ…」  
彼女は否定しなかった。  
しかし、その表情は苦痛にまみれたものではなく、とても穏やかなものだった。  
「でも…、悪くない痛みよ…」  
微笑みながら、クローディアは続けた。  
その様子を見て、グレイは多少安心したようだった。  
 
「では、動くぞ。  
悪くない痛みならば、手加減するつもりはないが、かまわないな?」  
再び彼女は頷く。  
それを見てから、グレイはゆっくりと自身の腰を動かし始める。  
彼の腰が深々とクローディアに打ち込まれるたび、彼女の顔が歪む。  
それでも、グレイは先ほど確認を取った通り、手加減をせずにその運動を続ける。  
「…、ぅっ…! …、ぁっ…!」  
ようやく、少しずつながら彼女の口から声が漏れ始める。  
「…、グ…レイ…」  
「どうした…?」  
グレイがすぐに応ずる。  
「わ…たし…に…、うくッ…!  
お…お…い…、かぶ…さっ…て…」  
すぐにグレイは自身の体を彼女に覆い被らせる。  
それに反応するかのように、クローディアは腕を彼の後ろに回し、抱きつく。  
そしてグレイは、彼女に覆い被さったことにより、動きやすくなった腰をさらに速く動かす。  
「んふッ…、はぁッ…、ひゃぁ…、あッ…!」  
甘い声が、クローディアの口からさらに溢れ出た。  
グレイは彼女の声から、彼女が痛みだけでなく、快楽も感じてきていることを確信した。  
2人は互いの性器の擦れから来る感触だけでなく、互いの体温や体重、吐息や脈動、  
そしてぬくもりなどを感じあっていた。  
そして、2人はいつの間にか、このままつながっていたいと想い始めていた。  
クローディアはそれと一緒に、これからも彼に支えてもらいたい、と想いながら…  
グレイもそれと一緒に、これからも彼女を最後まで護り通したい、と想いながら…  
 
クローディアが、苦痛と快楽の中から必死になりながらも、彼に対して耳打ちをした。  
「わた…し…、だい…じょ…ぶ…、だか…ら…、そのまま…、なか…に…、  
キ…ス…、んくぁッ…!  
しなが…ら…、おね…が…い…!」  
グレイがその言葉を聞くと、彼の中で先ほどまで想っていたことが、  
ある問題によって塗りつぶされそうになった。  
 
『俺は、皇女であるクローディアと、ずっとこのままの関係でいていいのか…?  
彼女はいつか、帝国の皇女としての生活を送る道を選ぶかもしれない。  
それを考えると、例え彼女が大丈夫だと言っていても、  
彼女をこのまま孕ませてしまうかもしれないという危険に、  
本当に晒しても良いのか…?』  
 
しかし、その問題はすぐに先ほどの想いでさらに上書きされた。  
グレイは金銭や権力、世間体などに左右されない、独自の価値観を持っていた。  
その特殊な価値観は時に、彼の力を事の善悪を問わずに振るわせていたのだ。  
そして、彼の価値観が今、彼に下した決断はこうであった。  
 
『帝国や皇女など、そんなもの、今の俺と彼女には関係ない…  
クローディアは…、俺にとってみれば唯の、クローディアという女性だ!』  
 
そう決断したとなると、彼はすぐにクローディアに口付けをし、自身の舌を彼女の舌に絡ませた。  
口腔も、性器も、体温も吐息も脈動もぬくもりも気持ちも、  
2人のすべてが、重なり合い1つのものとなった。  
彼と1つになった途端、クローディアの膣壁が、  
今まで以上にものすごい勢いで、彼の一物を締め上げ始める。  
それに答えるように、グレイの動きもさらに速さを増す。  
ここから、2人は一切語らなくなった。  
今の彼らは、言葉ではなく、別の手段を用いて互いの気持ちを通わせあっていたのだった。  
互いが互いを刺激し合い、激しく互いを欲し、互いが想いを寄せ合い、  
そしてそのまま2人は…  
 
部屋にはベッドが2つ。そのうち1つはまったく使われていなかった。  
そして、もう一方のベッドでは、グレイとクローディアの2人が裸で抱きしめ合っていた。  
クローディアの秘部からは、グレイが彼女の中で撒いた子種と、  
先ほどまで、彼女が処女であったという証の血が少しだけ、あふれ出ていた。  
「何を考えているんだ?」  
グレイがクローディアにささやく。  
「私が、シェリルと最後に会ったときに、彼女に言われたことを思い出していたの。」  
シェリル…、彼らが旅先のPUBでであった謎めいた女性であり、  
その正体は、闇の女王として恐れられた、悪き三柱の神の一柱であるシェラハであった。  
記憶をなくし、自分のせいで他人が不幸になると思い込んでいた彼女から、  
2人は、彼女が見てきた様々な不幸な話を聞いていたのだ。  
その中の一つとして、彼女がシェラハとして覚醒する直前に、  
彼女がクローディアを見て、思い出した話があった。  
 
…帝国のとある貴族の娘の話。  
  身分違いの恋が実らず、憤死していったという…  
 
「私は…、このままあなたと一緒にい続けることができるのかしら…?」  
クローディアは不安げになっていた。  
グレイもまた、彼女と交わっている途中に、彼女との身分の違いという問題が頭をよぎっていた。  
 
しかし、すでに自分の価値観で進んでいる彼は、彼女に対してこう呟いた。  
「お前は、運命に負けずに、自分の道を歩むんじゃなかったのか?  
ディステニーストーンや打倒サルーインなどといった、  
くだらない運命に立ち向かおうとしているのなら、  
その程度のことで音を上げてどうする?」  
グレイは、クローディアがシルベンと交わした約束を掘り返しながら、  
自身にも、同じようにそう言い聞かせていた。  
グレイもクローディアと同じように、シェリルからこのような話をされていたのだ。  
 
…リガウ島の有能な将軍の話。  
  大切な国を守る為に強い武器を求めるも、それ武器で守りたかった国を滅ぼしてしまったという…  
 
それはまさに、グレイがクローディアに出会うほんの少し前に手に入れた、  
今、服のそばに置かれている古刀の、以前の持ち主のことを言っているかのようであった。  
そして、前の持ち主のようにこの刀に操られるがまま、自身が護るべきもの…、  
自分の腕の中で、今抱きしめているクローディアを自ら殺してしまうのではないか、  
という不安が、グレイの中には少なからずあった。  
だが、グレイの屈強な精神力は、その不安に屈しようとしなかった。  
 
「俺も、自分の道を歩んでいく覚悟だ。。  
誰かが決めた運命に、簡単に『はい、わかりました。』といって従うのは、俺は御免だからな。  
自分の道は、自分で決めさせてもらう。  
そしてどうやら、しばらくその道は、お前の道と重なっているようだ。  
いつまでその道が重なっているか、俺にはわからない。  
だが、お前と道が重なっている間は、約束どおり、俺は必ずお前を護り通す。  
たとえ、誰が何を言おうとも、俺たちの前に立つ敵が誰であろうとも、な…」  
クローディアを抱くグレイの腕に、一瞬力が入る。  
「グレイ…」  
クローディアはそれっきり黙り込んで、彼に抱きつきながら、そのまま寝息を立て始めた。  
グレイは彼女の安らかな寝顔をしばらく見つめた後、  
自身の身に着けていた古刀へ振り向いて、睨む。  
いつも自身に語りかけてきているその古刀は、このときに限って何も語ってこない。  
その後、彼は再び彼女の方へ向き直して、  
彼女と共に久しぶりに、安心して深い眠りについたのだった。  
 
窓の外では、エリス神とされる銀の月が、  
彼女の腕のムーンストーンが発するものと同じ、白銀色の輝きを魅せながら、  
これから大きな運命に立ち向かおうとしている恋人たちを、静かに見つめていた。  
 
 
 -了-  
 

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