あのときから、もう半月が過ぎようとしてた。  
俺たちは最後のアビスゲートを閉じ、世界を救ったのと代償に、サラを永遠に失ってしまった。  
その後、トムはアビスリーグの残党の会社を倒すために、再び世界中を駆け巡る旅に出た。  
こうして残された俺たちは、シノンに戻ってはずっとしょげ込んでいた。  
俺はともかく、いつも強気で男勝りなエレンですら、最後の肉親のサラとの別れはさすがに堪えていた。  
そんなエレンが、唐突にミュルスに行こうと提案したのは昨日の夜のことだった。  
いつも俺がデートに誘うと、俺の下心を見透かしては断ってきていたのに、  
俺がエレンのデートの誘いを断れないことをいいことに、強引に約束を結んできたのだ。  
まったく、昔っからこいつはこんな感じなんだよなぁ、と最初は思った。  
でも、いざミュルスでデートをすると、確かにエレンはデート中ずっと笑っていたけど、  
その笑顔の下にはどこか、もの悲しげな顔が見えてた。  
その顔を見て、俺はようやくエレンが無理をしてでも俺を元気付けようとしてるのに気がついたのだ。  
俺はこいつの心遣いを無駄にしないように元気に振舞おうと努力したが、  
あいつの隠されてたもの悲しげな顔を見ると、元気に振舞うことができなかった。  
 
そんな風にしてミュルスでのデートを終え、シノンへ戻ってきたのは月と星が空を支配してる時間だった。  
マスターが帰ってきた俺たちを出迎えてくれる。  
「お、二人ともお帰り、今日は楽しめたかな?」  
「あぁ楽しかったぜ、マスター。  
今日は一日中外出してたけど、明日からはちゃんと、開拓の方の仕事をするんでそれでゆるしてくれよ。」  
俺は作り笑顔でマスターに返す。  
無論、俺もエレンも今日は楽しみたくても楽しめなった。  
「私、今日は疲れたからシャワー浴びたら、もう寝るね。  
夕食なら、ユリアンと一緒に向こうで食べてきたから大丈夫よ。  
それじゃあマスター、ユリアン、おやすみなさい。」  
エレンが奥へと入ってった。  
だが、気がつけば奥に入っていく瞬間の、あいつのその顔に笑顔はなく、  
変わりに、あのもの悲しげな顔があった。  
「おや、今日のはエレンが言い出しっぺなのに、彼女、あまり楽しくなかったみたいだね。  
なにかあったのかい、ユリアン?」  
あいつのあの顔にマスターも気がついたのか、尋ねてくる。  
「さぁね、でもあいつ、最近はいつもこんな調子だろ?  
気分転換に出かけたけど、結局失敗したんじゃないのか?」  
俺は詳しくは分からないというフリをしながら答えた。  
勿論、あいつがあんな顔をしてる理由は俺には分かっていし、分かってた。  
分かってたけど、どうすることもできなかった。  
俺はあいつを元気にしてやりたいと思ってたが、あいつも無理をしてでも俺を元気にしようとした。  
でもそれを見てた俺は嫌悪感を抱いて元気になれず、そしてあいつも元気になれず…  
もしも、俺もあいつを元気にしようとしても、  
あいつは今までのように俺の心を見透かして、俺が無理をしてるだろうと気づくだろう。  
それであいつは俺と同じように嫌悪感を抱いて元気になれず、俺も結局元気になれず…  
そんなマイナスの螺旋に俺たちは落ちていて、それに気づいた俺は、そんな状況にイライラしてきた。  
「マスター、俺も今日はもう休むよ、おやすみ。」  
俺もエレンが入ってったドアを開けて入ってった。  
 
俺は今日のお礼と、お詫びを言いたかったため、エレンの部屋の前に立ってた。  
だが、どこかであいつに拒絶されるという恐怖が心の中にあり、俺はドアの前で躊躇してた。  
しばらくした後、俺は心の中で覚悟を決めて、ドアをノックした。  
「エレン、まだ起きてるか?  
今日のお礼とか、言いたいんだが…」  
しかし、しばらくしても返事が返ってこない。  
もう寝たのかな、と思いドアを開けてみたら、ドアは普通に開いた。  
鍵もかけずに寝たのか、と思い、部屋に入りベッドを見てみるが、ベッドの上にあいつはいなかった。  
それじゃあ、まだシャワーを浴びてるのか、と思いシャワールームの前へと行くも、  
脱衣所には明かりもついておらず、シャワールームからもシャワーの音が聞こえない。  
ならどこへ行ったんだと思いつつ、他の部屋にいるのかと予想し、  
とりあえずは俺の部屋へと向かい、ドアを開けてみる。  
ドアを開けた先の、俺のベッドの上にあいつはいた。  
 
 
「エレン…」  
俺は、俺のベッドを占拠してるあいつの名を呼んだ。  
「うん…」  
あいつは無気力に、「うん」とだけ答えた。  
俺は、あいつの部屋であいつに言おうとしたことを語りだした。  
「今日は、その…、ありがとうな。  
それから…、ごめん。」  
まず、結論部分から俺は言い出した。  
「…、うん…」  
再びあいつは「うん」と無気力に答える。  
「今日は、俺を元気付けてくれるために誘ってくれたんだろ?  
それなにの、俺、全然楽しんでなくて…  
お前に対して、本当に失礼なことをしたと思ってる。  
本当に、悪かった…」  
「…、うん…」  
三度、あいつは「うん」とだけ答えた。  
そんな返答をするあいつに対して、俺はふてくされたと思い始めた。  
そりゃあ、俺の今日の所業を考えると致し方ない。  
「俺がお前にふてくされて当然だと、俺は思ってる。  
お前の心意気を踏みにじってしまったんだから、当たり前だろう。  
だから、本当に俺が悪かった、この通り、な?」  
頭をぺこぺこ下げながら両手を合わせて許しを請うという、ちょっとふざけた態度をとってみる。  
この態度なら、あいつはすぐに起き上がっては、俺につかみかかって大声で怒鳴り散らしてくるだろう。  
もしかすると、あいつにナイアガラバスターだの、稲妻キックだのをぶちかまされるだろう。  
最悪、斧を持ち出されてヨーヨーやらメガホークでそれを投げつけられることも考えられる。  
それでも、俺は今のこいつの姿を見ていられなかった。  
ここまで気を落としてるこいつを見たのは、今まで指で数えられるぐらいしかなかった。  
だが…  
「…、うん…」  
あいつは四度目の「うん」だけの返答をした。  
 
俺は無気力にただ「うん」とだけ答えるあいつに、悪戯心と苛立ちを覚え始めた。  
「…、俺は、お前のことが好きだ。」  
俺は唐突に、この半分修羅場な状況で、エレンに対して好きだと言ってみる。  
無論、これが俺の本心なのだが。  
「…、うん…」  
やっぱり帰ってきたのは「うん」の二言。  
「俺は…、お前と一緒になりたい。」  
「…、うん…」  
相変わらずの返答。  
ここで俺は、こいつにある質問をしてみる。  
「お前は…、俺のことが好きか…?」  
俺は心の中でどぎまぎしながらあいつの答えを待つ。  
半分イエスであってほしい心と、もう一方ではノーであってほしいという心があった。  
「…、うん…」  
あいつがすぐに否定するはずの質問にすら、無気力に「うん」と答えた。  
心の中で、俺は驚いた。  
これがこいつの本心なのかどうなのか、分からない。  
「…、本当だな?」  
再び俺はこいつに問う。  
今度は、心の中は全部ノーであって欲しいという思いで詰まってた。  
「…、うん…」  
しかし、こいつは見事に俺の思いを裏切る。  
ついに俺は、魂が抜けかかってるこいつに対して、とんでもない切り札を出す。  
 
「お前も…、俺の事が好きなんだから、俺…、お前を抱くからな…?  
いいな…?」  
俺はエレンに対して抱くと言ってしまった。  
心の中で俺はこいつに、俺を拒絶してくれと、先ほどよりももっと強く願う。  
拒絶されないと、俺は本当にこいつを襲ってしまいそうだった。  
俺を拒絶してくれ…、俺を突き跳ねてくれ…、俺を大声で怒鳴り散らしてくれ…  
頼む、エレン!!  
 
「……、うん…」  
こいつのその二言に、俺は絶望した。  
そして、俺は先ほど言ったことを実行するために、こいつを仰向けにし、覆いかぶさった。  
 
「エレン、後で後悔して泣いたって、俺は知らねぇぞ…」  
俺はどうにかなりそうな頭の中で、必死に振り絞って善意を出す。  
しかし、こいつはそんな必死の善意に対しても、相変わらず、  
「……、うん…」  
と、二言だけしか返してこない。  
見限った俺は、ついにエレンの唇を奪う。  
だが、エレンとキスをしたのはこれが初めてじゃない。  
幼き日のままごとで、俺たちが夫婦を演じたときに、  
こいつにせがまれてやったのが、俺にとっても、こいつにとっても初めてだった。  
あの時以来の、二度目の口付け。  
でも、無邪気ながらも照れくさそうに交わしたあの時のとは違って、  
今は悪意を抱きながら俺はこいつの唇を奪ってる。  
俺は唐突に、エレンの力無い唇をこじ開け、舌を口の中に進入させる。  
しかし、突然の出来事にもかかわらず、こいつは何も反応しなかった。  
俺の舌にも自分のを絡ませてこず、まったく動かそうとしなかった。  
何も反応を示さない俺はさらに憤りを感じ、唇と舌を離した。  
互いの唇の間で、互いの唾が光る糸を作ってたが、こいつはそれを拭おうともしない。  
 
俺は糸を拭った後、今度はエレンの愛撫を始める。  
ときに優しく、ときにねちっこく、ときにいやらしくエレンの体を貪る。  
キスとは違い、こういうのは初めてだが、明らかに女性なら嫌がるであろう、  
胸やお尻も、服の上からだが揉み解した。  
しかし、それでもこいつは何も反応もしない。  
そこで、俺は服の舌に手をもぐらせて、エレンの肌を直に触っていく。  
胸も、お尻も、そしてこいつの秘部も、全部俺の手で触ってった。  
これなら声も上げるはずだし、女としても黙っていられないはず。  
そう思ってたが、やはり反応が返ってこず、感情がないかのように見える。  
それでも、俺が「今度はここだ」などと言うのに対しては反応してくれた。  
ただし、「うん」の二言だけだが。  
 
エレンの服を剥ぎ取る際も、こいつは抵抗せず、俺に身を任せてた。  
俺は裸になったエレンの秘部に指を入れて、弄り始める。  
見る見るうちに、俺の指の周りに愛液がつき始めた。  
どうやら、一応体は反応してるらしい。  
だが、本人自身はまったく反応せず、声すら上げようとしない。  
俺は自分のズボンを下ろして、自分のものでエレンのものを擦る。  
そして…  
「エレン、挿れるぞ。」  
俺はエレンに挿入の旨を伝える。  
引き返すなら、今だった。  
互いに男女経験がない者同士、どうなるか分からなかった。  
でも、俺の中ではもう、自分からは引き返せなかった。  
エレンが拒まない限り…  
「………、うん…」  
エレンは拒まない…  
俺はその後、黙ってエレンの中に挿れた。  
全て挿れた後、エレンからは鮮血が痛々しく流れ出てた。  
だが、エレンは何も反応しない。  
俺は確かめにエレンに尋ねる。  
「動くからな…」  
「…………、うん…」  
痛々しい鮮血が見られるから、破瓜の痛みがあるはずなのに、  
それでもその声音は、相変わらず魂がどこか別の場所にあるかのようなものだった。  
生きてるけど、死んでる。  
死んでるけど、生きてる。  
不謹慎ながら、そんな表現が合うような気がした。  
 
俺は腰をエレンに打ち据え始めるが、やはりエレンには反応は見られない。  
「どうだ!? 痛いか!? 気持ちいいか!?」  
俺は自然と声を荒げながら、エレンに聞いてた。  
「…、うん…」  
この返答も相変わらずであった。  
ここで俺は、無意識ながらに何を思ったのか、心にもないことを聞いてしまった。  
「お前は、結局俺じゃなくても、こうやって股開くんだろ!?  
俺じゃなくても、お前は別にどうでもいいんだろ!? あぁ!?」  
俺は、そんなことを言った後で、それは絶対無いだろうと思った。  
俺たちは長年を一緒に過ごしてきた上に、一緒に生死を共にした仲だから、  
事はどうであれ、恋人という仲でなくても、こうやって体を重ねることを許してくれたんだろう、と。  
だが…  
「…、うん…」  
エレンは聞いてはいけない質問にも「うん」と答えてしまった。  
俺は、何も考えられなくなった。  
「ふざけるな…、ふざけるなよ!!  
てめえは俺の女なんだ!! 俺以外に股広げるのは許されねぇんだよ!!」  
「…、うん…」  
エレンの力ない頷きが聞こえた。  
俺はエレンに憎悪を抱きながら、力強く腰を打ち付ける。  
エレンを壊して、俺だけのものにしたい、そんな思いがあったんだろう。  
だけど。  
「てめえは俺の…、俺だけの…、俺…だけ…の…、俺…」  
段々と俺の腰の動きが鈍り、そして止まった。  
こんなの、エレンの死体でやってるのと同じじゃないか…  
エレンは生きてるのに…、エレンは俺の傍にいてくれてるのに…、それなのに…  
俺は…、エレンのぬくもりとか…、いろんなものを感じたいのに…  
俺は…、俺は…  
 
俺はいつの間にか泣き出していた。  
今までエレンに対してこめていた力も全て抜けきり、半ば今までのこいつと同じようになりかけてた。  
俺が動きを止めてからどのくらいたっただろうか?  
そんなときだった。  
「…、ユリアン…」  
不意にエレンが、ようやく俺の名を呼ぶ。  
俺はふと、エレンの顔を見る。  
エレンの目には、俺と同じように涙があふれ出そうだった。  
「…、ごめん…なさい…」  
相変わらず力はないものの、その声音には感情が戻ってた。  
「こうすれば…、ユリアンを元気付けられると…、思ってた…  
けど…、だけど…、どんどんユリアンが…、怖くなってって…」  
その一言で、ようやく俺は我に帰った。  
そして、今まで俺がしてきた所業を思い出した。  
エレンが怖がるのも、無理は無かった。  
いや、普段のエレンならこんなもの怖がらずに、逆に俺に対して金テキでも食らわしてるはずだ。  
それなのに、これを怖がる彼女に対し、それを不思議がらない俺がいた。  
そして、目の前の震えてる女の子が、いつも強気なエレンだと認識できる俺がいた。  
「俺…、俺…、取り返しのつかない…ことを…」  
俺は自分の所業に対して、酷く後悔した。  
俺の一番大切な女の子を、こんな辛い目にあわせてしまった。  
俺は…、やっぱりあのときのような、この女の子の夫にはなれない…  
いや、なる資格なんて俺にはないんだ…  
「違うの!」  
エレンが声を荒げ、俺を呼び戻す。  
「私、ユリアンを拒絶するのが怖かった!  
私が拒絶したら、ユリアンが独りぼっちになっちゃうんじゃないかって思えて…、だから…  
だから…、怖かったの…」  
エレンの目からは、俺にも負けない大粒の涙がポロポロと流れ落ちてた。  
そして自然とエレンからしゃっくりが出始める。  
 
ここまで大泣きするエレンは、俺が見た中ではエレンの両親が亡くなったとき以来だった。  
開拓作業中の事故に巻き込まれ帰らぬ人となった両親の墓の前で、エレンは一人で泣いてて、  
それを見た俺はエレンを抱きしめて、「俺がいるから、大丈夫だって」って言ったっけ…  
もしかしたら、つい最近も、俺の見てないところでこうやって泣いてたのかな…  
そう思ってると、俺の体が自然と動き出して、エレンを抱きしめだした。  
エレンが目を丸くして、俺を見てくる。  
そして、俺は、あの時言った言葉を一字一句間違えずに、エレンに言った。  
「俺がいるから…、大丈夫だって…  
エレン、お前は…、独りぼっちじゃないから…」  
何故、俺はエレンに独りぼっちじゃないと言ったのか、分からなかった。  
でも、今のエレンを見ると、俺が独りぼっちになってしまうことよりも、  
それによって自分が独りぼっちになることを恐れてる、そのように見えた。  
だから、俺は自然と最後の一言も言ったのかもしれない。  
エレンは俺の腕の中で、あの時と同じように大声を上げて泣き始めた。  
俺も、エレンと一緒に再び泣き始めた。  
俺は泣きながらも、エレンのぬくもりをようやく感じてた。  
 
しばらくして互いに泣き止んだ後、俺たちは口付けをしてた。  
初めてのものとも、先ほどのものとも違う、キスだった。  
とてもやわらかく、暖かい。  
唇を離すのを惜しく感じた。  
その後、先ほどからずっと挿れっぱなしだった、俺のものを動かし始める。  
するとエレンが痛みで顔をゆがめた。  
「だ、大丈夫か?」  
「う…ん…、へーきだから…」  
「うん」で返してきたが、先ほどの「うん」とは違う。  
俺はエレンを気遣いながら腰を打ち据える。  
いくらかすると、慣れてきたのかエレンが「もっと動いても平気」と言い出した。  
エレンの許可をもらい、俺は動きを早くする。  
「あ、はぁ…、うぅん…」  
あの普段のエレンからは想像できない、甘い声が聴こえてくる。  
「エレン…」  
俺は名前を呼んだ。  
「ユリアン…」  
エレンも俺の名前を返す。  
今、エレンのぬくもりを十二分に感じてる。  
さっきまでのものとはまったく違う。  
互いが互いを想ってるから、だから気持ちいいんだ…  
俺はそう思ってた。  
しかし、もっといっぱいぬくもりを感じたかったが、そろそろ限界も近かった。  
「エレン、そろそろ…」  
エレンに意思を伝える。  
すると、エレンも俺に頼み事をしてきた。  
「ユリアン…、お願い、手…、つなぎながら…、一緒に…」  
俺はエレンと両手をつなぎながら、ラストスパートをかける。  
そして、俺はそのままエレンの中に、全てを吐き出した。  
物理的なものだけではなく、今までエレンに抱いていた思いだとか、  
俺とエレンとの思い出だとか、そういったものも全部一緒に吐き出してった。  
それと一緒にエレンからも、エレンが今まで俺に抱いていた思いだとか、色んなものが俺に流れ込んできた。  
こういった意味でもようやく、ずいぶん遠回りをしたものの、俺たちは一緒になることができた。  
互いに吐き出し終えた後、俺はエレンの上に力無く覆いかぶさって、こう言った。  
「俺、お前のことが、好きだ…」  
「うん…」  
エレンは手をつなぎながら、力無く、しかし、心をこめて「うん」と答えてくれた…  
 
 
翌日、2人で一緒にフロアに顔を出すと、マスターが挨拶を交わしてきた。  
「お、二人ともおはよう、昨晩は楽しめたかな?」  
マスターの冗談に聴こえないその一言に俺たちは吹いた。  
「マ、マスター、変な冗談やめてよ!!  
私とユリアンはそんな関係じゃ…」  
相変わらず素直じゃないエレンが返す。  
その顔には、あのうつむいてるもの悲しげな彼女の顔は見えなかった。  
そんなエレンを見てると、俺は昨晩のことを全部話し出したかった。  
「いやいや〜、エレン、嘘はいけないな〜、嘘は。  
俺の親父は言ってたぜ、そんなくだらないことで嘘をついちゃいけないって。  
俺たち、一つのベッドの上d…」  
肝心な部分を全部言い終わる前に鉄拳が飛んできた。  
相変わらず痛い拳だった。  
「ユリアン、今度そんなこと言おうとしたら、こんなんじゃすまないからね?」  
今の彼女の笑顔の奥には、仁王・明王・観音の3体が一緒に見えた。  
ようやく、完全復活ってところですか。  
俺は痛がりながらも立ち上がって、「悪い、悪い」と平謝りをする。  
それをエレンは軽く流しながらも許す。  
そこには、いつもどおりの幼馴染としての関係が、俺たちにあった。  
 
「あ、そうそう、君たち宛に手紙が着てるよ。  
ランスのヨハンネスさんって方からみたいだ。」  
マスターが不意に手紙を取り出して、差出人の名を口にした。  
それは意外にも、あのヨハンネスさんからだった。  
俺たちはその手紙の封を切って中身を見る。  
手紙には、「至急、ランスの私の家まで来てくれ」とだけ書いてあった。  
短い内容だったが、その手紙を見た俺たちには、また戦いに赴くのだろうという思いがあった。  
そしてこの手紙が、サラをアビスから助け出せる唯一の手がかりになるだろうと思った。  
「また出かけるのかい、お熱いお二人さん?」  
マスターが微笑みながら俺たちを見てくる。  
「…、あぁ、マスター、ごめん、また開拓作業手伝えなくなって。」  
俺は昨日の約束を破ることに対して、マスターに許しを請う。  
「そんなことぐらい、気にしない、気にしない。  
それに、もしかしたらサラも連れて帰ってこれるかもしれないんだろ?」  
マスターは、俺がエレンに見透かされてるのと同じように、俺の考えを見透かしていた。  
俺ってやっぱり分かりやすい性格なのかな、と思ってしまう。  
「いや、『かもしれない』じゃない、『必ず連れて帰ってくる』から。」  
俺は強い意志で、サラを連れて帰ってくると、マスターに、そして傍にいるエレンにも約束した。  
 
ランスへ向かうために、ミュルスからツヴァイク行きの船に乗ってる間、俺はエレンに尋ねた。  
「一応聞くけど、引き返すなら今のうちだぜ?  
もしかしたら二度とこの地に戻ってこれないかもしれないし。」  
「戻ってこれないならそれでいいよ。  
私は、みんなと一緒にまた、楽しく暮らせるならそれでいいから…  
それに、ここであんたと別れて、あんたが二度と戻ってこれなくなったら、  
一体、あんたはどうするつもりなの?  
そんなの、私は嫌だからね。」  
確かにそうだ。  
こんなやり取りを見てると、俺はエレンが大人になったのかなと思った。  
ロアーヌのPUBでそれぞれの道を歩み始め、俺たちはそれぞれ大人に成長してった。  
でも、彼女だけはその道に迷っていたようだった。  
それでも、散々迷ったからこそ、今の彼女は俺たちの中で一番大人になったと、俺は思う。  
そうして彼女が大人になったからこそ、一緒に今までの暮らしを取り戻せる、そう思えてきた。  
俺はそんな、変わった彼女の手を黙ってつなぐ。  
彼女は騒ごうとせず、何も言わないし、顔にも笑顔は無く、ただ水平線を見詰めてるだけだった。  
でも、今の俺には分かる。  
今エレンは、心の底から笑ってるんだって。  
 
 
 
   fin  
 

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