共和国首都アバロンの酒場で夜遅くにささやかな宴が開かれていた。  
そこには20年前に七英雄を倒した皇帝とその近衛兵が揃っていた。あれ  
から20年が経ち、皇帝は退位し帝国は共和国になった。かつての近衛兵  
はそれぞれの充実した人生を生きている。テイワは商船を操る傍ら、商  
船のレースで何度となく入賞している。シーデーは結婚してフリーファ  
イターをやめ、今は行儀作法がよくできた清楚な妻である。軽装歩兵と  
して従ったジョンは建設庁の役人として順調に出世し、シーデーと結ば  
れた。デザートガードだったネマーンは数学の研究をしていて最近は研  
究者の間で人気が出てきている。  
 「そう言えばまだ結婚しないの?」  
 ネマーンがキグナスに聞く。皇帝だった頃の美貌は未だ衰えない。キ  
グナスは即位したての頃からその美貌に世界帝国のどの地域の臣民もが  
性別種族老若隔てなく魅了された。しかし打倒されていない七英雄が残  
り1人になった頃キグナスは独身を当分続ける意を強く示し、最終決戦  
を残すのみとなった時いよいよ強調して周囲に告げた。そして今尚世界  
中の女性の夢や希望を砕いている。  
 「ええ。」  
 元宮廷魔術師の最後の皇帝キグナスは優しく答える。  
 
 「どうだろう。ちょっと町内探検に行かないか。」  
 ジョンが言う。アバロンが久し振りなテイワとネマーンが喜び、5人は  
夜のアバロンを歩き出した。5人は歩いて、時々ジョンがシーデーと新婚  
の夫婦のように仲むつまじく戯れ、しばらくして地下墓地の近くにまで  
来た。  
 今まで静かに控え目に微笑んでいたキグナスが足を止めた。  
 「みんな、今、昔みたいに戦えるでしょうか。」  
 4人は不思議そうな顔をしている。キグナスが続けた。  
 「昔の皇帝の記憶によれば、タームがいる。いやみんなは知らないと思  
うけど、昔サバンナにいた、人間のように大きくて高度な社会や技術を持  
った恐ろしいシロアリの事です。それが近くにいる。」  
 4人はかすかに動揺したが落ち着いて言った。  
 「大丈夫だよ。ジョンの家の装備を持ってくれば行ける。みんな体術も  
術も出来るし、何と言っても、七英雄を倒した最強の5人だから。」  
 キグナスが安心して言った。  
 「じゃあいきなりですが、行きましょう。どうもすぐにあっちは乱暴を  
し始めそうなので。」  
 
 5人はアバロン地下に築かれたシロアリの巣に突入した。20年の歳月を  
感じさせない身のこなしで5人はシロアリを駆逐した。シーデーも本来の  
おしとやかさを抑えて武器を扱い術を使い敵の攻撃を受け流した。装備  
は二人とその予備分しかなく、それを5人に分配して戦いに挑んだ。やは  
り武器が足りなかった。やられこそしないものの攻めが弱かった。  
 「みんな、もうしわけないが、女王を叩く為に…。」  
 そこまで言えば十分であった。全員が一斉に攻撃を集中して突破口を  
開きキグナスを奥に行かせた。  
 
 そこには女王がいた。だが、それはまるで死体の様に色艶が悪かった。  
その陰から羽を持った青い女が姿を現した。  
 「一体誰かわかりませんが、ここまで進んで来た私達の再興の準備を  
邪魔させるわけにはいきません。」  
 「僕はこのアバロンの、いえ、ただの一市民です。一人の市民として  
このアバロンを滅ぼされるのを黙って見ているわけにはいかないのです。」  
 「ああ、あなたは嘘をついている。いや、嘘はついていないが、大事  
な事を隠している。あなたより前の代の皇帝がサバンナで巣を壊滅させ  
た時、密かに皇帝につけた卵から生まれたのが私です。私達の繁栄の為  
に、元皇帝さま、覚悟!!」  
 千鳥は博物館に飾ってある。ジョンの家の武器は残りの4人に持たせ  
た。キグナスは徒手空拳に近い。それを見て女王が飛び掛ってきた。だ  
が素手のキグナスが剣を握っている。風の術による物だった。女王を最  
強の剣士の斬撃が次々に襲った。そして、キグナスからなんとか離れ斬  
撃から遠ざかった女王にダイアモンドダストが襲い掛かった。女王は力  
尽きた。力尽きた女王にキグナスが近づいてきて、何かをした。キグナ  
スは振り返り巨大な抜け殻に斬撃を加え始めた。  
 
 「キグナス!!大丈夫か!?」  
 残りのタームを殲滅したテイワ達が到着した。地面に倒れている  
巨大な抜け殻を示してキグナスが言った。  
 「ええ、御覧の通り。でも念の為、部屋を焼きましょう。」  
 ネマーンによって全ての部屋は焼かれ、タームの痕跡は全く無くなった。  
 「もし宴が今日じゃなかったら…。」  
 「皆様ご壮健で何よりです。」  
 「平和を守れてよかった。」  
 「ジョン、装備の手入れ手伝うよ。」  
 「皆ありがとう。本当に、ありがとう。」  
 夜が明け、最強の5人は武勇伝を洩らす事無くそれぞれの家に帰ってい  
った。  
 タームの女王だった女が、目を覚ました。目の前に美しい男がいた。  
 
 女はまだ意識に靄がかかっていた。その靄が晴れた瞬間、女は超音波  
を放とうとした。だが、出来なかった。  
 「ごめん。君が倒れた時、呪いをかけた。」  
 キグナスが申し訳なさそうな顔をした。  
 「世界を旅している時、遺跡で見つけた書物を研究して発見したんだ。  
君を守る為に、戦わないで済む為に、仕方なく使った。」  
 女は下腹部に違和感を感じた。子供を産めない気がする。  
 「ごめん。それも出来ない。本当にごめん」  
 女は征服と繁栄の野望が完全に潰えた事を知って脱力した。初めて相  
手をよく見た。どうやら自分を手当てしていた最中だったらしい。それ  
を出来もしない事で殺そうとした。自分は全く相手の手中で、それどこ  
ろか心配されていた。  
 「もう少し休んで。」  
 40代にさしかかっている美少年に促され、女は眠りについた。  
 
 女はキグナスにかける言葉に迷っていた。相手が元世界帝国の皇帝と  
は言え、自分はタームの女王。臣下の者のようにしたくない、と、女は  
思った所で気がついた。自分はもう女王でも何でもない。威厳の根拠も  
無く、覇道を歩む事もできない。女は自嘲してから口を開いた。  
 「どうもありがとうございました。あの、名前は何と…。」  
 「キグナスです。そう言えばあなたにも人間の名前があった方がいい  
でしょう。ジニアと言うのはいかがでしょうか。」  
 「よくわかりませんが、命の恩人から賜った名前、ありがたく頂戴し  
ます。」  
 
 ジニアと呼ばれることとなった女の傷は完全に治った。体の具合を確  
かめてジニアは気がついてキグナスに言った。  
 「本当にありがとう。お陰ですっかりよくなったんですが、あなたの  
邪魔をしてしまって…。」  
 「いえ、いいんです。あなたが元気になってよかった。あなたの予想  
通り僕はかつて皇帝でした。代々の意志や記憶を継いで行き、一種の超  
人となった者の一人です。そして僕の代の頃には帝国は全世界を支配し  
ていました。しかし、超人とは言え一人で世界全体を完全に守って率い  
て行く事はできないと、何より人々の望む事と僕のする事全てが同じに  
なるわけでもないと僕は思い、僕は帝国各地をそこに生きる人々の手に  
委ねました。そして僕は、恥ずかしい話ですが、疲れてしまった事もあ  
って全てを委ねる事にしたのです。今の僕は…。」  
 キグナスは本棚を指した。そこには、  
 『帝国皇帝回顧録 レオンよりキグナスまで』  
 と書かれた本があった。  
 「退位の直前に出したこの本の売り上げで暮らしてる若い隠居です。」  
 ジニアは言われずとも想像がついた。退位後に出して大政奉還を唱える  
者が出る事、まるで皇位に未練があるように思われる事、それをキグナ  
スは避けて退位前に出したのだろうと。  
 「キグナス、あなた、本当に細かい所まで気配りが利くんですね。」  
 キグナスがジニアを見る。  
 「ありがとう。ところでジニア、もしよければ一緒に旅に出ませんか。」  
 ジニアが不思議そうな顔をした。キグナスが言った。  
 「僕はよく、この歴代皇帝の記憶をたどって、縁の有る場所を巡る旅を  
してきたんです。どうですか。」  
 
 二人は世界中をまわった。サバンナでタームの女王の遺した巨大な  
腹を見て、カンバーランドの抜け道を歩き、宝石鉱山の中に入り、そ  
して、人魚伝説が残る村に来た。  
 
 「ここで、時の皇帝が踊り子と恋に落ち、皇帝は踊り子の正体を見た。」  
 「そして皇帝は踊り子と添い遂げる為に蛇と卵を奪い合うような事ま  
でして薬を完成させ、二度と陸に戻ってこなかった。感動するけれど、滑  
稽な所もある話ですわね。」  
 そう言いながらジニアはキグナスと寄り添い、二人水面を見つめた。二  
人は、お互いを見詰め合った。そして…、  
 「あの、入水心中はどうかやめてください。ここ、観光名所ではあるん  
ですけど、そんな人がよく来るせいで地元だとこの辺り怖がられてるんで  
すよ。」  
 あわてた顔で誤解して止めに入った少女に二人は思わず笑ってしまった。  
 
 村の宿でジニアとキグナスはベッドに横になった。  
 「キグナス…。」  
 ジニアがキグナスの手を取る。キグナスもジニアの手を取った。  
 「ジニア、僕達も長く長く、愛し合おう。」  
 「はい…。」  
 ジニアがキグナスの上に体をかぶせ、胸にその身を預け、顔にほお擦り  
した。キグナスが少し震えた。  
 「ご、ごめんなさい。私ったらいくら愛し合ってるからっていきなりみ  
だらな…。」  
 「い、いえ、いいんです。それより、人間の男性は初めてなのでしょう。  
大丈夫ですか。」  
 またキグナスは心配してくれる。優しさにジニアが赤らむ。  
 「あの、キグナスはどうなの。」  
 「実は僕もです。下手に落胤騒ぎを起こしたりして、退位した後の世界  
を乱したくなかったんです。」  
 ジニアは、涙をこぼした。  
 「こんな、こんないい人に統治されて、きっと人間達は幸せだったでし  
ょうね。」  
 「そしてこれからはもっと幸せになって欲しい。君も含めて。」  
 二人はまた寄り合い、お互いを抱きしめた。  
 
 「うっ。」  
 ジニアが顔をゆがめる。  
 「大丈夫。大丈夫です。平気…。」  
 ジニアが我慢して言う。  
 しばらくしてキグナスが突く。  
 「くっ。」  
 たまらなそうな顔でまたジニアがうめく。突かれる度にジニアが声をも  
らした。  
 「きっ気持ちっいいいっ気持ちいいんですっ。うあっ。ううっ」  
 声を上げるジニアの唇にキグナスの唇が重ねられる。そして  
 「ジニアっ。出るっ。」  
 キグナスのつま先が強張る。  
 「あああああっ。」  
 叫んだジニアがキグナスにもたれかかった。その背中にキグナスがそっ  
と手を回してやる。ジニアの胸のふくらみをキグナスはその胸に感じてい  
た。キグナスをしっかりと抱きしめながらジニアは涙を流した。その涙を  
キグナスが受けた。  
 「ありがとう、ジニア。」  
 
 「そうかそうかとうとうやったか。それにしてもキグナスはキグナスで  
幸せ者だな。こんないいお嫁さんもらって。まあシーデーが一番だけど。」  
 「まああなたったら。」  
 「こりゃ例え皇帝の頃でも暴れ出す子は出なかっただろうな。文句のつ  
けようが無いんだから。」  
 「おめでとう。これでとうとう世紀の悶々に終止符が打たれたわけだ。」  
 小さな結婚式は終わり二人はアバロン郊外の小さな粗末な家に戻った。  
 「皆さんいい人達ばかりですね。キグナスはやっぱり全然孤独じゃない。こん  
な友達がいるんだから。」  
 しかしキグナスは軽く笑っていった。  
 「そう、皆とてもいい友達だよ。でも、一つだけ絶対に分かち合えないと  
ころがあるんだ。」  
 ジニアには何が言いたいかわかっていた。それを言葉にした。  
 「伝承された物ですね。」  
 「うん。そして、君が初めての同類かもしれない。」  
 そういってキグナスはジニアをゆっくり抱き寄せ首筋に口付けした。  
 「キグナス、お願い。」  
 キグナスは少し顔をジニアから離した。ジニアが首を横に振った。  
 「そうじゃないの。して。」  
 
 キグナスはジニアの胸にキスをしていた。キスの一つ一つがジニアをしび  
れさせふるわせた。  
 「キグナス、凄いよ。」  
 胸へのキスをやめ、キグナスの手がジニアの胸にかぶせられた。そしてや  
さしくもむ。ジニアが息をはずませる。  
 「ねえキグナス。わたしも同じのやっていい?」  
 返事を聞くまで我慢できずジニアはキグナスの乳首を口に含んだ。  
 「はぁっ」  
 予想外にさらにかわいらしい声を出してキグナスは首を振り上げた。それ  
を見てくすくすとジニアが笑う。  
 「キグナス、かわいい。」  
 空いた乳首も手でなでてやり、口にした乳首も唇と舌で遊ぶ。キグナスは  
ますます切なげな声をあげて胸を反らせ、涙さえこぼしそうだった。  
 「ご、ごめんなさい。ちょっとやりすぎたかも…。」  
 「はぁっ。き、きにしないでっ。気持ちよかっただけだから…。さあ…。」  
 迎え入れるキグナスにジニアは腰を下ろして行った。  
 「キグナスっ。ああ…キグナスっ。」  
 
 結婚からもう40年以上が過ぎた。美しかったキグナスの命を老いが蝕み、  
何度目かの記憶を巡る旅の途中でキグナスは倒れ、立ち上がることが出来  
なくなった。  
 「ジニア、どうやらもう間もなくのようだ。よくお聞き。」  
 「よく聞いてるわ。何。」  
 キグナスはつらそうに一息置いて、また話し出した。  
 「君にかけた呪い…、あれは僕の命が尽きるとともに解けるようになっ  
ている。もう、君を縛るものは無くなる。そうしたら、…。」  
 ジニアが声を荒げて言った。キグナスに怒ったのは、最後は何年前だっ  
ただろうか。  
 「あなたねえ、この誇り高き私がいやいや奴隷になんかやってたわけ  
ないでしょ。大好きよ。私、きっと私があの戦いで勝っていてもきっとあ  
なた助けてた。そして、力の限り愛してたっ。」  
 ジニアの叫びを聞いてキグナスは黙った。長く黙っていた。ジニアが  
心配し出した頃やっと喋り始めた。  
 「ジニア、僕は、帝国の最後の皇帝だった。だが、まだ伝承法は効い  
ているんだ。もしも君が僕をそんなに愛しているのだとしたら…、伝承  
法が作用してしまう。今僕が持っている意志と記憶が、君に受け継がれ  
るんだ。君は、耐えられると思うかい。」  
 伝承法の事は大体知ってるつもりだった。だが、それはキグナスの代  
で終わったと思っていた。もうこれ以上伝えられる事は無いとジニアは  
思っていた。キグナスは伝承法の限界が来る前に英雄達との戦いを終わ  
らせていた。  
 「キグナス、それって、もうこの上ない幸せじゃないの…。」  
 キグナスはそれを聞いて安心し、目を閉じ、息を引き取った。そして  
光が差し込んできた。ジニアは自分自身の肩を抱いて目を閉じた。そし  
て誰にともなく呟いた。  
 「きっと、先代の想い人が跡を継いだら、こんな気分だったんだろう  
ね。キグナス、私はもうさびしくない。」  
 
 キグナスの言うジニアに辛いと思った使命、それは、  
 「今の世界には極力影響を与えないまま、世界の危機が来た時には守  
れるようにしておく事」  
 だった。ジニアはタームの女王として生まれた。寿命は長い。この細  
心の注意と苦労が必要だとキグナスが言った使命は、だから長く続く。  
だがジニアは気にならない。キグナスが言うほど注意を払うことも疲れ  
ることもない楽な使命だった。そしてキグナスと共にいれる事がうれし  
かった。今日もジニアが骨を折る事無く世界は平和に一日を過ごした。  
そしてジニアは客船から夕日を見る。  
(完)  
 

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