「お手あらい?」
私は隣で寝ていた夫がベッドから抜け出すのに気がつくと、彼に背中を向
いたまま物憂げに声を掛けた。彼からの返事はなく、ドアノブをガチャリと
まわす音が聞こえそのまま足音が消えていったが、私は気にもとめなかった。
結婚してから5年経つ。夫婦の仲はすでに冷え切ってしまっていた。お互
いわずかでも刺激を求めようと出かけたバンガードへの旅行だったが、もは
や完全に金の無駄遣いに終わろうとしていた。
離婚の手続きの煩雑さを考えるとため息しか出てこない。
もう、寝よう――。
ドサッとベッドに夫が倒れこんできた。うっとおしい男…。
「何よ、また?」
邪魔くさくなり夫を押しのけようと後ろ手を伸ばしたとき、ヌルッと生暖
かい感触がする。
「ん?何、これは――――血!!キャーーーーーーッ!!!!」
振り向いた私の目に映ったのは、ほんの少し前まで私の夫であった人間の
血にまみれた巨大で、そして醜悪な鉤爪だった――――。
「ハイ、カーーット!!カット!カット!カーーーーット!!」
むくりと私は上体を起こすと監督をにらみつけた。しかし私が文句を言う
よりも早く、夫の役を演じていた彼が不満をぶちまけた。
「いい加減にしてくださいよ、これで何度目の取り直しなんですか!?俺た
ちもいい加減うんざりですが、基本的に水棲生物の彼なんかもう……」
彼の視線の先にはベッドの脇に大の字で転がるフォルネウス兵の姿があっ
た。気がついたスタッフが慌ててバケツに汲んだ海水を頭からかぶせてやり
介抱する。一旦休憩を挟むこととなった。
300年に一度の死食のときに出現するとされる「運命の子」の物語。史
実を元にしたとされる全3部作に別れた映画がツヴァイクの教授の手により
完成され、大ヒットして以来、各地では町おこしのため関連行事や後追い作
品が次々と生み出されていた。
私の出演する「バンガード殺人事件」も例に漏れずそんな後追い作品の一
つだった。
映画「ロマンシングサガ3」ではバンガード発進をめぐり様々な冒険が繰
り広げられるのだが、史実は異なる。殺人事件はもちろん、バンガード発進
のイルカの像など必要もなく、さらにはあの海底宮殿などは晴れた日であれ
ばバンガード先端から目視で確認できる程度の位置にある、島民200人程
度の小さな島にすぎない。
映画を観て来た観光客ががっかりして帰って行く姿が見られるなど日常茶
飯事だ。だがほとんどだましとは言え観光収入は町の大きな財源でありロブ
スター族が経営する観光協会の収益は造船業、漁業についで重要な産業とな
っている。市が関連映画を積極的に援助するのも理解できないことはない。
しかしあまりに理想的に脚色された物語と妹を助けるため必死で戦い抜い
たあの日々との落差を考えると少し寂しい想いがした。
休憩が終わりに近づく。シナリオは大幅に変更されていた――。
「んぁ…ねぇ、あなた。何か言って。ねえ、あなたったら……」
狼狽した声に、切なげな吐息が重なる。宿の一室、私はアイマスクをされ、
仰向けにベッドに拘束されていた。生まれたままの姿で――。
トイレから戻ってきた夫は沈黙を保ち続けている。首をもたげて、彼の立
てる音を聞き逃すまいとする一方で、限界まで開かれたまま固定されている
両脚をなるべく近づけようと身をもだえさせる。
見られている――それだけは間違いない。でもベッドの前に立っているの
は本当に夫なのだろうか。陰部を晒された全裸の人妻を、じっと見下ろして
いるのは誰なの?
目元を覆う黒いアイマスク。ほんのりと紅に染まった頬。薄桃色の唇を半
開きにして、絶え間なく熱い呼吸を繰り返す。
「あなた?…ねえ、どうして何も言ってくれないの?」
そこにいるのが本当に自分の夫なのだろうか?宿に泊まった他の男性や侵
入者にこんな恥ずかしい姿を見られる。そんな恐ろしいことが、現実に起き
るはずがない――、私の必死でそう信じようとしている心理が、声や口調に
にじみ出ている。
「指で、ずっと指で責められて何度もイって…私、おかしくなりそうなの。
誰かに見られるかもと思ったら、余計に感じちゃって……」
舌が私のお尻の穴から愛液で濡れた陰唇を這い始めた。とても長い舌のよ
うに感じたが、陰核を刺激された瞬間私はのどを反らせ、媚びを含んだあえ
ぎ声を上げていた。
両脚は力を失って、閉じるのを諦めたように投げ出される。腰の動きが、
次第に激しさを増す。
快感から逃れるかのように身体をくねらせ、首を左右に振りたくった瞬間、
アイマスクがずれてしまった――。
「い、いやあああああッ!!!!」
大の字にベッドに縛り付けられた私の股間を嘗め回す長い舌。そして乳房
に伸びてくるのは巨大で、そして醜悪なかぎづ――。
「ハイ、カーーーーット!!!!ダメダメダメダメ!!」
無常なダメ出しがフォルネウス兵に向けられた。
「君さぁ、悪いけどさエロくないんだよね。う〜ん、そう。まずは爪。爪だ
よ、その長い爪で君おっぱい触れるの?しかもよく考えたら君、魚でしょ?
いや半漁人って言ってもどっちかと言うと魚だよね。ちんぽどこ?ち・ん・
ぽ!」
フォルネウス兵は凍りついたかのように身じろぎ一つしていなかったが、
監督の最後の台詞と同時にがっくりと膝を落とし背びれをうなだれさせたま
ま部屋を出て行った……。
どうやら監督はフォルネウス兵の出演は戦闘シーンだけに限定するらしく、
濡れ場は専属の男優を用いる方針に切り換えたらしい。代わりに部屋に入っ
てきたのは――ユリアン!?
最後にユリアンに会ったのは、確かロアーヌ城の一室。あの時はモニカ姫
との将来に対する夢を熱く語っていたはずのユリアンがまさか男優に転職し
ていたなんて…。
ユリアンは私に気がついていないのだろうか?再び撮影が始まり、その疑
念は消え去った。
「久しぶりじゃないか、カーソン牧場は変わりないかい?」
侵入者が人妻に跨り唇を奪うシーン、ユリアンは他の誰にも聞こえないよ
うに囁いてきた。ユリアン演じる侵入者の湿った唇が胸の麓から螺旋を描く
ように膨らみを登り、乳首に届く寸前ですっと離れていく。焦らしはユリア
ンの特技だとモニカ姫が言っていたのを思い出す。
「ああん…いやぁ…」
不自由な手足をくゆらせながら体の内奥から押し上げてくる快感美を、奥
歯をかみ締めて私は耐えていた。
「ハリードが言ってたよ、君は後ろの穴も最高だって。ランス行きの船の中
で船員と二人で君をサンドイッチしたのを懐かしんでたよ」
ユリアンの意地悪な言葉が次々と恥ずかしい想い出を掘り起こしてくる。
無意識にユリアンの指をいざなう腰の蠕動がはじまった。私は身体を大きく
反らせると演技ではない絶頂を迎えてしまった――。
その後、何度か方針が変わり最終的に作られた作品は市の広報としては卑
猥すぎるとして日の目を見ることはなかったが、辣腕市長が若い秘書を性奴
として、羞恥に震える彼女の肉体を利用して政財界をのし上がっていくその
物語は隠れた名作として語り継がれていくのであった。
主演男優のキドラント町長はこの作品を期に再度町長に当選、競演した若
き主演女優を実生活においてもその巧みな性技で魅了し続け、1年後彼女を
妻として迎え入れたとのことである。
めでたしめでたし