数百年前の吸血鬼が甦り、開拓村を襲っていると言う。その吸血鬼はかつて聖杯に
よって倒された。その聖杯は今、ジャミルが持っている。用意は揃った。ジャミルの
新たな自慢話が、ここ、ニューロードの最果ての先で生まれる。
ジャミルは敵を退け退け、吸血鬼の潜む地下の奥深くに足を踏み入れた。そして、
災厄の根源と対峙した。
「ジャミル、この女の人がバンパイアなのかな?」
「女の人だなんて思わなかったよな。」
ジャミルもダウドも、想像していたのはオールバックで背が高い貴族風の男だった。
だが、もうこの女以外にそれと思しい者などいなかった。ジャミルは気を取り直して
進み出た。
「よーしダウド、バンパイアやっつけるのオレな!!」
「へえ、もうやっつけれる気でいるんだ。」
バンパイアは動じていなかった。余裕と、かすかに可笑しそうな気配を漂わせてい
る。ジャミルは少しむっとして、取って置きの切り札を出した。
「見ろ見ろすっげーだろ!!オレせいはい持っとんだぞ!!おまえこれでたおして
やるぜ!!」
ジャミルは聖杯を持って気合をためながらポーズを決めた。バンパイアは笑いをこ
らえながら言った。
「すっごいじゃんジャミル君。それ使って見せて。お姉さんに使ってる所見せて。」
「よーし、お望み通り見せてやんぜ!!」
ジャミルは掛け声をあげながら勢いよく構えた。そして、使った。
「ひっさつ!!ゴソゴソのパァーッ!!」
しかし何も起こらなかった。
「もう一回!!ゴソゴソのパァーッ!!…そんな、『大事な最後の切り札だからバ
ンパイアと戦うまで温存しておくように』って書いてあったの守ったのに。オレが悪
い子だからダメなのか…。」
バンパイアは今や隠す事無く笑っていた。笑いながら下僕を呼んだ。下僕が来て、
何かをそっと置いた。初めて見たが、ジャミルにもダウドにもわかった。
バンパイアの下僕が慎重に腫れ物に触れるようにして持ってきた物、それは、聖杯
だった。
「何でせいはいがここにあるんだよ。ダウド、オレ達きちんとカタコームから持っ
てきたもんな。おまえが持ってんのニセだろ。」
「この子達に説明してやって。」
「畏まりましたあ!!私めはバンパイアになる以前はそこそこ腕の立つすけべえな
頭の悪い戦士でありました。しかしここにいらっしゃる幾ら言葉を使っても表しきれ
ない貴い高貴なお方にお褒めいただき、ある夜、近く復活するバンパイアを倒す為に
聖杯を持ってくるよう命じられ、その通りに私は聖杯を持って帰ってまいりました。
そして、何とありがたい事か、私は聖杯を持ち帰った褒美に眷属にさせていただいた
のでありますう!!」
「そしてその後、いかにも聖杯っぽい骨董品を代わりに納めて、ついでに手紙も添
えて置いたの。書いておいたこと守ってくれてありがとねージャミルくんとダウドく
ん。」
ジャミルもダウドも喋る事ができなくなっていた。我に返ったジャミルが唸りなが
ら唾を飲んだ。生きて帰れる望みがあるかジャミルは不安だった。それはダウドも同
じだった。悩み慄く二人の前に、バンパイアが近寄ってきた。ジャミルを見ている。
悪い遊びをしようとしている緊張と極上の美味を前にした垂涎を思わせる眼差しに気
がついてダウドが飛び出した。
「やめろ!!ジャミルはオレがまもる!!」
「ダウドくんは後ね。ちょっと待っててね。」
バンパイアはダウドを横へ軽く押しやってジャミルにまた一歩近づいた。ジャミル
が叫んだ。
「ダウドに手を出すな!!」
「ジャミルのこといっじめんなよー!!おばさん!!」
その瞬間人間離れした速度で無数の往復ビンタがダウドを襲った。見る見るダウド
の目に涙が浮かび、大声で泣き出した。
「折檻が好きなら、あなたの時はそう言う風にしてやるよ!!」
バンパイアの一声でダウドは泣き止み、ジャミルも竦み上がった。
「さて、ジャミルくん、お姉さんとあそぼうね。」
ダウドに見舞われた往復ビンタを見て臆したジャミルだったが勇気を出して何とか
喋った。
「オレ達を、血を吸って家来にするのか。いやだ!!やめろ!!」
「それは最後ね。お姉さんはね、従順な家来と遊ぶよりも、気が強くて歯向かう人
と無理矢理遊ぶのが好きなの。ジャミルくん達にはちょっとビックリするような遊び
かもねえ。」
言うが早いかバンパイアがジャミルに近寄ると、ジャミルの頬に吸い付いてきた。
弾けるような音を立ててバンパイアは吸い付いた口を離した。ジャミルは頬を手で触
れて、大慌てで足掻いた。
「うわ、うわー!!きもちわるい!!」
闇雲にジャミルが暴れてバンパイアに手を振り回した。武器で傷つきながらさも楽
しげに、次はジャミルの唇をバンパイアが強引に奪った。また、音を立てるほどに強
く吸いながら。ジャミルは驚かされた。そして息苦しくなって、口を離された時大き
く口を開いた。そこを狙っていたかのように、バンパイアの唇が割り込んできた。割
り込んできて、舌をジャミルの口の中に入れてきた。ジャミルの口の中で踊るように
バンパイアの舌が動き、ジャミルの心臓の鼓動は速まり、首を反らした。
「ジャミルくん、どうだった?」
「あ…あ…。」
今までにジャミルした事がないようなキスをしかけた後にバンパイアが楽しくてた
まらなさそうな顔でジャミルに聞いたが、ジャミルは完全にバンパイアの言葉が頭に
入っていなかった。
「せっかく楽しい事してるんだからジャミルくんも堪能して欲しいんだけどなー。
もっとしっかりしてよ。さっきの勢いはどうしたのかなー?」
「はっ、あ、あ、うわー!!」
「そうそうその調子。」
必死に抵抗するジャミルの顔にバンパイアはその胸を押し付けた。離れようとする
ジャミルをそのまま追い詰めて壁にジャミルは背中をつけてしまった。逃げ場が無い
ジャミルの顔に、バンパイアの胸が押し付けられた。顔が胸で押され、頬が胸で押さ
れ、顎が舌から胸で押し上げられた。
「ぷはっ、はあ、はあ、はあ。」
「窒息しないでねジャミルくん。じゃあ次は、おべべを脱ぎましょうね。」
「あ、赤ちゃんみたいに言うなよ!!うわっ!!か、かえせ!!」
一瞬でバンパイアはジャミルの上半身を裸にした。隠そうとする腕をつかんでまた
壁に押さえつけ、バンパイアがジャミルの体をあちこち口付けし始めた。吸い、舐め
て唇をつけ、甘い噛みし、ジャミルに未体験の感触を与える。ジャミルは手を伸ばし
きり、喉をそらせて苦しそうに息をする。その口にまたバンパイアが口を被せた。人
並みの大人の男なら見ただけで感嘆の声を洩らすキスだ。女がバンパイアだとわかれ
ば深く悩むほどのキスだ。
「ああ…ああ…あ…ああ…。」
「すっかり疲れちゃった?でもね、ジャミルくん、まだまだこれからだよ。しゃき
っとしようねしゃきっと。ここから先はすっごいよ。」
消耗して抵抗が弱ったジャミルを横にするとバンパイアがそのジャミルの下半身を
まさぐりだした。そして見つけた。それを外に出し、手で摩り始めた。
「ああっ!!うああっ!!うううっ!!」
「あ、元気になってきたじゃん。いいぞいいぞジャミルくん頑張れー。」
バンパイアの手が更に勢いを増す。ジャミルの短い叫びも勢いを増した。
(オレ、どうなっちゃうんだろう。こいつに血を吸われるのはわかってるけど、そ
の前にどうなるんだろう。)
ジャミルは辛うじて残っていた冷静な部分で考えたがすぐに感覚の波に押し流されて
考えられなくなった。
「あっー!!あっー!!」
「お姉さんもちょっと燃えてきちゃった。いいよいいよ。いいねいいねえ。」
声を殺して静かに隅で泣きべそをかいていたダウドは完全泣き止んだ。だが、バン
パイアに押し倒されて組み付かれているジャミルを見てまた涙が目に浮かんだ。だが、
その時気がついた。一瞬呆気に取られた。ダウドは最早要塞の地図を手に入れたも同
然だった。聖杯は今手付かずで置いてあった。
「すごいでしょう。たまらないでしょう。いいのよ出して。お姉さんの胸に向かって
出しなさい。出したら次は…。」
「そこまでだおばさん!!」
ダウドの声で鬼の形相でバンパイアが振り返った。そして鬼の形相が蛇ににらまれた
蛙よりも情けない顔になった。
「ひっさつ!!ゴソゴソのパァーッ!!」
取り乱したバンパイアは逃げ出した。逃げるバンパイアを聖杯を持ったままダウドは
追いかけ、我を忘れて逃げ回ったバンパイアは力尽きて煙のように消え去った。
「ダウドだいじょうぶか?」
ジャミルが服を着なおしながら追いついてきて言った。
「だいじょうぶじゃない。まだ痛い。すっごい痛い。それよりジャミル変な臭いがす
る。お風呂はやく入ろう。」
「ああホントまいった。」
(おしまい)