奈落へと続くかに思われる非常階段の深奥、崩壊へと揺れる世界の中心にソレは鎮座していた。  
 敵は《破壊》と《創造》を司る、古き神々が残したゆりもどしの為の最終防衛システム。  
「私が一体を引き受けます。貴方達はもう一体を!」  
 女神の言葉を合図に、私達は正真正銘最後の戦いへと全力で身を投じた。  
 全ての秘宝が女神像へと集まることによって発動する、この世の終焉が無慈悲な牙を剥く。  
 失われた旧世界科学の結晶は、恐るべき強さで荒れ狂い、私達に絶望を刻みかけた。  
「いいかエミリィ、俺が切り込んで兄弟が続く。ポンコツは俺等の後で兎に角撃ちまくれっ!」  
「最後尾のエミリィがとりあえず安全だと思うから。回復に専念して……飛び出しちゃ駄目だよ」  
 リッツが無数の剣を背負って地を蹴り、スサノオへと進化したマルムの巨体がその後を追う。  
 私は左右二体のパワードスーツを遠隔操作で操り、エミリィ御嬢様を守りつつ全火力を叩き付けた。  
「パパ、まっててね……わたしたち、パパと一緒にかえるから……みんなで、ママのところへ!」  
 ――正しく死闘だった。  
 リッツは振るう剣が砕けるたびに抜刀し、その都度未知の合金に数多の業物が散っていった。  
 サンブレードが、ディフェンダーが、むらまさが、ドラゴンキラーが破片となって宙を舞う。  
「くそっ、全然っ刃が通らねぇ。ならコイツだ! 取っておきだぜ、食らいやがれっ!」  
 澄んだ透明な刃が、砲撃の光に一瞬刀身を煌かせる……が、ガラスのつるぎも虚しく砕け散った。  
 直後、最終防衛システムから眩い光が放たれ、庇ったマルムごとリッツを飲み込んだ。  
 恐るべきメガスマッシュの威力に、御嬢様はいやしのつえを使い切るや駆け出していた。  
「リッツ! マルム! まってて、今ケアルを……あっ! やだ、こら、は、はなしてっ」  
『創造……再生……最終シークエンス発動』  
 抑揚に欠く冷たい機械音声が響いて、最終防衛システムから放たれた無数のコードが御嬢様に絡みつく。  
 私は迷わず脚部のキャタビラを唸らせ突進し……直後に十字砲火に曝され擱座した。  
 無情にも御嬢様は裸にひん剥かれて、その全身をぬめるコードが幾重にも埋め尽くしてゆく。  
「ふあっ、なかに入っ……ひぎっ! あ、あがが……や、やめ、んんんっ!」  
『最終シークエンス発動……秘宝……解放』  
 宙へと磔にされた御嬢様の秘裂へ、何本ものコードが容赦なく侵入してゆく。  
 リッツやマルムが優しく愛撫し慈しんできた性器が、無情にも引き裂かれんばかりに広がった。  
 最終防衛システムはただ淡々と、御嬢様の口も後も同様に犯してゆく……何故?  
 
 ……その答を叫ぶ声が凛として響き、私は立ち上がるリッツやマルムと一緒に振り返った。  
 
「最終防衛システムは二体一対、こっちのアルパが《破壊》を、そっちのオメガが《創造》を司るの」  
 私達の視線の先で、沈黙した最終防衛システムの上に倒れ込む女神の姿があった。  
 エミリィ御嬢様を模した身体は満身創痍で、翼は片方が根元からもげ、全身血塗れだった。  
 それでも女神は、マサムネを支えに弱々しく立ち上がり、搾り出すように言葉を紡ぐ。  
「アルパは女神を核に世界を破壊し……オメガは世界を創造して、女神を……」  
 ずるり、と血で滑って、女神は最終防衛システムの残骸から転げ落ちた。  
 苦しげに膝を突く彼女は、自らの胸へと手を当て、爪を立てながら語り続けた。  
「オメガは創造と同時に、新たな世界へ秘宝を散りばめるの。女神を78の秘宝に分解して。ただ……」  
 私は戦慄という名の電流が回路を駆け巡り、傷付いたボディが軋むのを感じた。  
 リッツは血が滲む程固く拳を握り締め、その傍らではマルムも呆然と立ち尽くす。  
「彼女は私と交わり、アポロンの妄執と一緒に私の精を受け……私と同質の存在になってしまったの」  
 そう言い放つと同時に、女神は絶叫を迸らせて自らの心臓を抉り出した。  
 温かな光が辺りを包んで、私達の傷が瞬く間に治癒し……女神は静かに立ち上がった。  
「救いは代価があってこそ。さあ、人間達よ……世界の《維持》を賭けて今こそ――」  
「やっ、かましぃぃぃぃっ!」  
 リッツの血を吐くような怒声が、女神の静謐なる声を遮った。  
「じゃあ何か? この大ポンコツは新しい世界を作って、エミリィを秘宝に分解してばら撒こうってか!」  
 静かに女神は頷く。  
 本来、来るべき時が、破壊と再生の刻が訪れれば……女神はそうして、世界を刷新する筈だった。  
 しかし新しき神々の野望と、人の探究心が秘宝を集め、《維持》の時代に女神を蘇らせてしまったのだ。  
「急いで! 揺れが激しくなってる……もう世界が持たない。破壊だけでなく、創造も止めなければ」  
 女神はしかし、もう余力無しとばかりにふらりと、背後の残骸に持たれてズルズルとへたりこんだ。  
 その視線の先で、コードに埋もれた御嬢様の白い肌に紋様が浮かび上がる……その数、七十と八。  
「破壊前に世界が創造される時、何が起こるかは私にも解らない……ただ一つ言える事は――」  
「…………よぉ、兄弟。世界とエミリィ、どっちが大事だ?」  
「…………聞くまでもないだろ、リッツ」  
 既にもう、リッツもマルムも女神の言葉を聞いてはいなかった。  
 ただ呆然と、御嬢様を掲げてそびえ立つ最終防衛システムを見上げていた。  
 ――私も、そんな二人に並ぶ。  
 もう、手持ちの火器も殆ど底を尽き、リッツの手には剣も無く、マルムも疲弊しきっていたが。  
 私達にはまだ、世界の存続よりも大事なものが残されていた。  
 
 ……呆気に取られる女神に、古き神々に……人間の力を示す時が訪れた。  
 
「彼氏達、正気? ふふ、君達みたいな人間がいるから、まだ世界は《維持》の時代なのね」  
 女神が笑って、マサムネをリッツへと放る。  
 リッツはその煌く刃を素手で掴んで受け取り……滴る鮮血と共にそれを投げ捨てた。  
 一瞬、呆気に取られる女神に、リッツとマルムは不敵に笑った。  
「もう秘宝なんざいらねぇ……待ってろ、エミリィ! 今助けてやる……行くぜ兄弟っ!」  
「うんっ! リッツ、僕に最後の手段があるんだ。一か八か、賭けてみない?」  
 いつもの悪巧みを湛えたマルムの笑みに、クククと笑ってリッツが頷く。  
 まるで旦那様や奥様、村の住人達に悪戯するような気軽さで二人は駆け出した。  
 たちまち最終防衛システムは、四基の砲台から苛烈な砲撃を浴びせて行く手を遮る。  
 私も二人に続いて突撃を繰り返し、火だるまになって転がりながらも立ち上がった。  
 既にもう、体力は限界を超え、僅かな精神力だけが私達の支えだった。  
 ――そう、気合や気迫といった普段は無縁な精神論に、気付けば私も吼えていた。  
「くそっ、エミリィは俺達のもんだ! 秘宝だとか女神だとか、うざってぇんだよ!」  
「リッツ、奴の中央にハッチがあるだろ? あれが奴の切り札……それを使わせるっ!」  
 マルムの意図するところを察して、私は残された火器で砲台を潰しにかかった。  
 バルカンほうが火を吹き、なけなしのミサイルが乱舞してビームライフルから光が迸る。  
 その間もリッツとマルムは、私を援護するように囮となって逃げ惑った。  
「君達、あまり追い詰めないで……あれを、スターバスターを使わせては駄目!」  
「うっせぇ、偽エミリィは黙ってな! 見てろ、人間様の底力ってもんをよぉ!」  
「まあ、僕はモンスターだけど……きたっ! リッツ!」  
 地獄の門が重々しい音を立てて開き、その奥に星をも砕く宇宙開闢の光が集束し始めた。  
 全弾を撃ちつくした私は、潰し損ねた最後の砲台を見上げ、次いで御嬢様を見やる。  
 既にもう、コードが絡む御嬢様の身体は、78の秘宝へと弾ける瞬間を迎えていた。  
「さあ、創造主を気取る機械の偽神よ。僕は、ここだっ!」  
 真正面から飛び込むマルムの、その右腕が砲台に撃ち抜かれて千切れ飛ぶ。  
 その時、私と女神は信じられない光景を目の当たりにした……マルムが、自分の腕に――かぶりついた。  
 たちまちその肉体は原子レベルで再構成され、爆風の中へと消えて行く。  
「よお、テムジン……エミリィのこと、頼むわ。あばよっ、楽しい旅だったぜっ!」  
 煌々と輝く最終兵器の前に、一本の剣が現れた……それは身を賭して最後の進化を遂げたマルムだった。  
 その柄にリッツが手を沿え引き抜くや、ルーンを刻んだ黒い剣はおぞましい金切り声を上げて吼え荒ぶ。  
 全てがスローモーションで、光の中へと消えてゆく……リッツは最後の一振りで、渾身の一撃を……  
 それは、スターバスターが放たれ、その恐るべき波動が周囲を薙ぎ払うと同時だった。  
 
 ……私は白い闇の中、宙を舞う御嬢様をなんとか抱きとめ……そして世界の揺れが停止した。  
 
「じゃあママ、おやすみなさい! いこっ、テムジン」  
 エミリィ御嬢様に手を引かれて、私は一緒に寝室へと歩く……ここは故郷の、旦那様の御屋敷。  
 私達はあの後、無事に旦那様と合流して帰郷し、既にもう半年が過ぎていた。  
 ――戻ったのは旦那様と、御嬢様と、私と……たった三人。  
「きょうもテムジンに、ご本よんであげるね。えーと、きょうはね、どれがいいかなー」  
 スターバスター発射の瞬間を攻撃され、最終防衛システムは全てを飲み込み爆縮した。  
 二人の少年を道連れに。  
「ふふっ、きょうはこれにしよ! ね、テムジン……」  
 女神の話では、塵も残さず消え失せたか、因果地平の果てへと飛ばされたか。  
 少なくとも、あの二人はもうこの世界からいなくなってしまった……一瞬で、永遠に。  
「むかしむかし、あるところにさんにんの姉弟がすんでいました」  
 女神はあの後、世界の中心に残った。  
 遠い未来へと残された古き神々の遺産、二つの最終防衛システムを修復するため。  
 御嬢様の姿を借りた女神は、破壊と創造のシステムを補完する為に、己を三つに分けた。  
 破壊、創造、そして維持……運命の三女神として、今も彼女は世界の中心にいるだろう。  
 こうしている間も、運命の糸を手繰り、紡いで――断ち切っているのだ。  
「いちばん上のお姉さん、ウェンディはおとなになるのがいやでした。うーん、なんでだろうねー」  
 旦那様は故郷に戻るや、ガーディアンズを驚くべき手腕で再建した。  
 しかし旦那様自身は既に一線を退き、今は御嬢様達の旅の足跡を追う旅に出ている。  
 あの二人の、リッツとマルムの思い出を集めて回っているのだ……最愛の御嬢様の為に。  
「そんなあるよる、ウェンディのところにようせいのティンカーベルを連れて……」  
 御嬢様は……エミリィ御嬢様は、身体のどこにも異常はないと女神は、三女神は言った。  
 しかし最愛の二人を失い、御嬢様のお心は砕かれ、引き裂かれてしまった。。  
 旅の記憶もなく、まるで全てを忘れたように童心に返られてしまったのだ。  
「なんと、ピーター、パンが、あらわれ、ネバー……ラン、ド……むにゃむにゃ」  
 私達の旅は終わり、秘宝は再び伝説となり、世界は救われ存続し……平和が訪れた筈だった。  
 何もかも失ってしまった、それでも温かな家族の元へと帰ってきた御嬢様だけが……ん?  
 ――次元震反応!? いや、そもそもそんな物を何故私が検知でき……ああ、そうだった。  
 私はまだ戦闘用の……遥か太古の昔、天駆ける星船だったころのシステムが生きているのだ。  
 その時、次元震の中心である特異点が三次元世界にむき出しになり、部屋の窓が突然開いた。  
「リッツ、どうやら違うリージョンに出ちゃったみたいだよ? ヒューズ達とはぐれちゃった」  
 妖精が飛び込んできた。  
 その音に御嬢様が、眠そうに瞼を擦りながら身体を起こす。  
「ほえ、ティンカーベルだ……じゃあ、あなたは……」  
「構ゃしねえよ、兄弟! IRPOもガラじゃねえしな……って、ここは! ……エミリィ」  
 私は驚いた……タイタニアになって燐光を振り撒いているのは、姿形こそ違えどマルムで。  
 そしてそれに続いて現れた少年は、間違いなくリッツだった。  
「あなたは……ピーターパン。じゃない……リッツ、リッツだよね? リッツとマルムだよね!」  
 御嬢様の虚ろな瞳に大粒の涙が浮かんで、確かに生気が蘇る。  
「おうよ! 戻って来たのか? おい兄弟、夜這いの夜以来だな、この窓……で、どうする?」  
「リッツ、ゲートが閉じる……行き先不明だけどまあ、とりあえず先に行ってるよ。待ってるから」  
 ふわりと羽根を翻して、マルムが閉じゆく小さな次元の断層へと消えた。  
 それを見送り振り向くと、リッツが手を差し伸べ、御嬢様は迷わず――  
 無論、私も後に続いた……なぜならば。  
 
 私はT260J、個体識別名テムジン――御嬢様をお守りする戦闘メカにして執事だからである。  
 
 ……NEVER END……GO TO THE "GODDESS OF DESTINY"!!  
 

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