彼は人の子の如く目覚めた。彼は、本来目覚めてまず目にすべき景色とま  
わりの違いに気付いた。彼が見たのは、雑然として汚れた小さな部屋だった  
。その部屋は、創造されたモノどもの部屋そのものだった。  
 (どういうことだ。)  
 彼が目覚めるべき場所は、あの完全な場所だ。しかし彼はここで目覚めた  
のだ。  
 (何故だ。)  
 彼は原因を考えた。何故このようなことが起きたのか答えを出そうと頭を  
ひねった。だが浮かばなかった。あちらこちらと彼は動き回るが、創造され  
たモノのごとく創造されたモノがうごめく中で休むことなど、ありえなかっ  
たのだ。  
 彼は一つの答案を作った。その案は決して実現するはずがない案だった。  
 (誰かがわたしを、わたしの意に反してこの場所に連れてきたのか。)  
 この世界で彼の思い通りにならない事など、起きるはずがないのだ。彼が  
気がつかないままこの場所に辿り着いて眠る事もまたありえなかった。彼が  
眠っていたあの場所が眠っている間にこの様になる事もありえない。  
 (一体どういうことだ。)  
 彼はただただ納得がいかなかった。  
 
 彼は自分の姿を見た。裸だ。これもおかしい。気がつかない間に脱ぐはず  
がない。何者かに脱がされるはずがない。  
 (一体、わたしは、どうなったのだ。)  
 「おはよう!やっと起きたんだ。」  
 振り向くと、部屋の入り口に人間の女が立っていた。  
 彼女は、塔を上る無数の勇者達の一人だ。特に根気強く、決して諦める事  
が無く、強い心を持っていた。彼は、どんな困難が襲いかかろうとも屈託し  
ない彼女に、興味があった。彼女は面白い。彼女は見所がある。彼女ならや  
るかも知れない。彼女から、目が離せない。彼女の名は、ソルン。  
 「おはようございます。」  
 彼は迷った。言うべきか。言うべきなのか。彼は今まで、常に迷い悩む者  
に手がかりを授けてきた。だが今は彼の方が手がかりを必要としている。  
 (そんなこと、無駄だ。)  
 彼は世界の全てを知っている。その彼が理解できない事など、彼女に説明  
が出来るはずがない。彼の意地や自負などと関係なく、彼は彼女に聞かない  
ことにした。  
 「なんか不思議そうな顔してるね。」  
 「そう、見えますか。」  
 「うん。」  
 彼は創造されたモノと語らいに付き合ってやる。ソルンは彼を気遣ってや  
っているようだ。  
 だが、彼は無駄だと断じていた。  
 
 ソルンの言葉が彼を驚かせた。  
 「なんでここにいるか、キミはわからないとみた。」  
 彼は動揺を隠せなかった。  
 (こいつは、何を言いたいんだ。)  
 彼はソルンの次に放つ言葉を注意深く待った。  
 (わたしがわからないと思うなら、きみはわかるというのか。)  
 返って来たのは、ソルンの笑いだった。  
 「そうか。やっぱりわかんないんだ。じゃあね、教えてあげるよ。キミはね  
、あたし達がやっつけたの!そんで、あたしがここに運んで来てやったんだ。  
戦ったの覚えてるっしょ。」  
 彼は記憶を辿り始めた。  
 
 まるで、彼はソルンに助言を受けて示されたように思い出していた。  
 彼はソルン率いる4人の勇者の無謀な挑戦を受けてやった。そして、神の力  
でソルン達に絶望と驚愕を与え、後悔させた。  
 神の力はソルン達の理解と、ソルン達の強さをはるかに凌駕した。その手を  
振るえばソルン達は吹き飛ばされ、目を開けていられない眩惑を放ち、ゆるぎ  
ない4人の意志をも惑わしてきた。  
 ソルンを除いて他の三人は精根尽き果て倒れ伏していた。神の正体を現した  
彼は、残ったソルンにゆっくりと近づいた。ソルンは震えていた。悔し涙も見  
える。その手は、最期に足掻く手段を必死に探していた。矢尽き刃折れ、と言  
った言葉がよく似合う有様だった。だが、ソルンは悔し涙を流しながらも、ま  
だ希望を持ち闘魂を迸らせていた。ソルンは何かを手にとって構えると、彼に  
向かって飛び掛った。  
 彼の記憶はそこまでだった。  
 
 今、目の前のソルンは神を見て隠す事無く笑っている。  
 「思い出したみたいだね。記憶が無いのは、それはキミが負けた証拠さ!」  
 「そんな…うそだ…わたしが…。」  
 「負けたの!」  
 神はベッドに崩れ落ちるように座った。  
 神は、奏者のいなくなった楽器か、はたまた人形遣いのいなくなった人形かの  
如く、完全に動きを止めた。神が再び動き出した。  
 「そう言えば、きみ達はわたしに憤激していまいたね。打ちのめしてやっつけ  
てやろうと言う、はっきりとした殺意を持っていました。それが、そのきみが、  
何故わたしを助けたのですか。」  
 ソルンは顔を赤く染めてうつむいた。神も初めて見る仕草だった。  
 
 「どうしたんだソルン。」  
 「…ソルン…、…正気…か…。」  
 「何考えとりゃあすかソルン!!」  
 気がついた三人とソルンが帰ろうとした時、ソルンのした事に三人は驚いた。  
ソルンは、ばらばらにされた神を元通りにしていた。  
 「あいつを、あんな酷い奴を、駄目だソルン!!」  
 「…ソルン…、…やめ…よ…。」  
 「ばらかすどころか塩まいたったってバチ当たれせんよ。ん?神様ぶった切った  
らバチなんて当たるわきゃないか。」  
 「大将が口を開くぞ!!控えい!!」  
 ソルンの一声で三人が黙った。  
 「こいつはすっごく強かった。でもね、この通りあたしはやっつけた。完璧に  
やっつけたんだ。あたしは確実にこいつに勝てる。だからさ、こいつはもうあた  
しの思うがままって事。悪さなんてしたらまたこうやって懲らしめればいいよ。」  
 「うんうん。で、どうして助けたんよ。まさか、まさか奴隷にするん?」  
 「ふっ、ふふっ、ふはは、ふはははははっ。実は、あたしこいつに…、こいつの  
事好きになっちゃったんだ。」  
 三人が尻餅をついた。  
 「今までずっと助けてくれてさ、頼もしくってカッコイイなあ…なんて思っちゃ  
ったり、優しいなあとか甘えちゃいたいなあとか…。こいつの正体がわかった時は  
スッ極、憎かった。でもね、倒してからさ、なんとなくわかったんだ。こいつの寂  
しさとか、死にたくなっちゃいそうな退屈とか、こいつも色々あったんだろうなっ  
て。そしたら、なんか切なくなっちゃう位ますます好きになっちゃって…。」  
 「まあ、まあ、まあ、ソルンが言うなら仕方ないよな。神様をぶった切っちゃう  
ソルンだぜ。」  
 「…もう…わたしは…相手に…ならない…な…。」  
 「おそぎゃあのう。ほいじゃあ、帰ろまい。」  
 
 「と、こう言うわけでキミを連れて来たわけだ。あれ、どうしたの。ちょっと。」  
 神は泣いていた。大粒の涙を流して、顔を真っ赤にして神は泣いていた。  
 「困ったな。」  
 「…りがと…。あ…りがと…う。」  
 聞き取れるか聞き取れないかギリギリの声で神が呟いた。  
 「よしよし。全く、こんな泣き虫だったなんて思わなかったよ。まさか甘えるど  
ころかあやしてやるだなんて。ほらほら。…しょうがないな、たっぷり泣いていい  
よ。」  
 神は一日中泣いた。ソルンに年下のように慰められながら、時に声に出して、神  
は泣いた。  
 
 「わたしに同情してくれたなんて…。絶対に誰にも理解されないと思っていたん  
です。ソルン、あなたにおれいがしたい!どんなのぞみでもかなえてあげましょう  
。」  
 そこまで言った時神は爆笑するソルンに殴り飛ばされた。  
 「よりによってあの時の言葉か!!」  
 そう言いながら満面の笑みで、ソルンは頬を押さえて倒れてる神の前にしゃがん  
だ。  
 「じゃあねえ、あたしのお婿さんになって!」  
 神の目に、かすかに涙が浮かんだ。  
 「ええ、喜んでなりましょう!!なりましょうとも!!」  
 
 結婚式が開かれた。あの長かった旅で出会った者が全員集まった。三人は  
 「新郎?あいつは功労者さ。いつも助言をくれてたんだ。そんで仲良くなって、ね。」  
 と来賓に紹介した。誰もそのシルクハットの男が神だとは思わないだろう。  
 「胴上げするぞ。そうれ。わっしょい。」  
 
 「わたしは、彼らに、…。」  
 「もういいんだよ。ねえ、神様…。」  
 二人はベッドに潜り込んだ。  
 「神様の体って本当に綺麗だね。女の子でも嫉妬しちゃうくらい綺麗。」  
 「ふふ、ソルンがかわいいのはわかっていましたよ。ずっと見ていましたから。そ  
れにしてもやっぱり、かわいいね。あ、誤解しないで。そんな覗き見はしてないから。」  
 「してても許してあげる。あぁ、はんっ。神様ってこっちもお上手なんだね。」  
 「ソルンが好きだから、精一杯頑張ってるんですよ。神様だからとかそんなの  
じゃないですよ。まあ少しは使ってますけどね。頑張ってみてるんですけど、張  
り切りすぎちゃってますか?」  
 「ううん大丈夫。ああぁ…すごいよ…。すっごい…。いいよ…。」  
 「ソルン、言いにくいんですけど、その、交わっちゃいますけど、いいですか。」  
 「そう言われるとこっちも恥ずかしくなっちゃうな。いいよ。大丈夫。我慢す  
るのは慣れてるから。それに、好きな人なら尚更へっちゃらだよ。」  
 「じゃあお言葉に甘えて。いきますよ。」  
 「あぐっ!大丈夫心配しないで。そんなに弱くないから。」  
 「はぁっ、はぁはぁ、はぁっ、ソルン!!」  
 「うあああっ神様!!あたし大好き!!かわいそうなあなたが大好き!!」  
 「ソルン!!ソルン!!」  
 「あああっあ、はぁ…。」  
 
 神はソルンには逆らえない。そもそも、逆らうと言う発想が無い。誰も神とわか  
らないシルクハットの男は今、ソルンの虜だ。だが、ソルンこそは今まで決して会  
うことが出来なかった存在だった。そんなソルンが、愛しい。虜になるほど愛しい  
。ソルンも神が愛しい。神を憐れみ慈しむ、ソルンを何と呼べばいい。讃えるでも  
仕えるでも奉じるでもない。創造されたモノなのに、創造した主を愛でてやる。ソ  
ルンは神の理解を超えていた。ソルンの愛に包まれて神は深くまどろんだ。神は人  
の愛を知る。  
 (おわり)  
 

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