メルー砂漠の熱砂で靴を焼き炒めるようにして、七英雄のノエルは深く重い  
一歩を地に刻んだ。  
 「暑い…。」  
 砂漠が暑いのは当然だが、長年この砂漠に親しんでこれほど暑いのは初めて  
だった。想定しなかった暑さがノエルを苦しめた。七英雄とはいっても、もう体  
力の限界に達する所だった。  
 「もう…、ダメだ…。」  
 そう呟くと焼けた砂にノエルの体が落下した。ノエルは目を閉じ何も考えら  
れなくなった。  
 
 ノエルは何かを感じた。手首足首に何かを感じる。口にも何かを感じる。そ  
して、それらの無機質な感触とは違い、柔らかい感触を胸に感じる。  
 「…国の…どもとは…鍛え方…わぁ…逞し…綺麗…」  
 段々と聴覚がはっきりしてくると、音が聞こえてきた。音は人の声だとわか  
った。独り言のようだった。ノエルは目を開けた。  
 「あっ!!あ…あ…目が覚めたんですね!!よかったあ…。」  
 胸に感じていた柔らかい感触と声の主はやはり同じ女だった。年の頃はわか  
らないが三十路くらいか。胸が大きいのがはっきりとしない頭でもわかる。体  
を柔らかくしならせている。  
 ノエルは自分の手首足首の事を思い出してそれを見た。そこには、鎖のつい  
た枷がついていた。口には猿轡がはめられていた。  
 「ごめんなさい、暑さで頭がまいって、暴れて舌噛んだり体が傷つかないよう  
にと。もう少し我慢して下さいねぇ…。」  
 女は申し訳なさそうに言った。  
 
 部屋は快適だったが、外の様子が明かり以外まったくわからなかった。  
おそらく、暑さからして砂漠の近くであるようだ。女は甲斐甲斐しくノエルの  
世話をしてくれた。  
 「スープが出来ました。まだ回復していないようなので口移ししますね。」  
 そう言って女はスープを口に含むと、ノエルの猿轡を解いて、開かせた口と自  
らの口をつなげた。女の口からスープが伝わってくる。スープを伝え終わると、  
また女はスープを口に含んで口移しした。それが皿が空になるまで続いた。  
 「じゃあ、また少し我慢して下さいねぇ。」  
 そういうと女は綺麗な猿轡をノエルにした。  
 夜が来る前に、女がぬれた布を持ってきた。  
 「きれいにしてあげますからねぇ。」  
 アルコールの香りがする冷たい布でノエルは全身を拭って貰った。手械足枷も  
この時ばかりは一つづつ外しては着けていた所を拭った。全身を清められた後ノ  
エルは布団をかぶせられた。  
 「それでは、お休みなさい。」  
 女が耳元で囁いた後、頬にキスをした。ノエルは夢の世界に落ちて行った。  
 
 ノエルの夢の中でもベッドに横たわっていた。ノエルは酷く消耗していたが、  
ありがたい事に妹のロックブーケが魚を取ってきてくれた。しかしその魚は、おいし  
いかまずいかふつうの味かわからない、魚だった。ノエルはロックブーケが喜ぶので  
美味しいフリをして食べられない魚を食べていたが、耐えられなくなってある日  
死んだフリをした。  
 ロックブーケは大粒の涙をこぼし、死んだフリをしているノエルの口に食べら  
れない魚の料理を突っ込もうとした。  
 
 脂汗を滝のように流してノエルは目が覚めた。  
 「おはよう。すっごい汗、きれいにしてあげるからねぇ。」  
 ベッドにひじをついていた女はまた布を取りに行った。女は先に目が覚めてい  
たようだ。布を持って戻ってきた女は早速ノエルの体を拭いてくれた。  
 一通り体を拭いた後、女が既に拭いた股間に跪いた。ノエルが不可思議に思っ  
ていると、女がノエルの分身を口に含んだ。  
 「!!」  
 猿轡から言葉にならない驚きが漏れた。女はノエルの分身を口に入れたまま、  
頭を前後させた。往復が止んでようやく開放されたかと思うと、口の外に出され  
た分身が女の舌で舐め上げられた。思わず腰が浮く。分身の先端まで舐め上げる  
と、女の舌は分身の先端を舌で回るように突いた。突きながら、女の手が珠玉を  
摩っていた。体力がまだ万全でないノエルには、苦行に近かった。何度か腰が浮  
き上がって沈んだ後、ノエルは盛大に噴出した。全てが女の口に納まった。目を  
つぶって喉を鳴らした後、今までに見せなかった淫靡な気配を微かに伴って女が  
目を開いた。  
 
 夜、ノエルは布団をかけられてキスされた後に目をつぶって考え事をしていた  
。あの時見せた目をその後も女は二度と見せなかった。ノエルはあの目が気にな  
った。まるで、隠していた本心が出たような目だった。  
 その時気がついた。今までの手厚い看護はどこか普通ではなかった。体を拭か  
れている時に胸に頬擦りされた。脚や腹に舌を這わされていた様な気がする。ス  
ープの口移しも妙に濃厚だった。思い出してみると口移しの間、背中や首に手を  
回されていた。少しでも気分をよくしようと焚いてくれた香りを嗅ぐと妄想がよ  
く思い浮かんだ。  
 女が胸を強調して体をくねらしているのも、今考えてみると誘惑するつもりだ  
ったのだろう。  
 
 ノエルに冷や汗が浮かんだ。  
 大体、この手枷足枷はいつになったら外れるのか。この猿轡も。ノエルは音を  
立てないように鎖を引いた。だが、鎖の頑丈さよりも体力が落ちている事の方が  
先によくわかった。体力は回復する。しかしそれはまだ先だし、回復してもこの  
鎖が外れる強度かわからなかった。ノエルは音を立てずに手足を下ろした。  
 ノエルは音を聞いた。戸に鍵をかける音だった。何故鍵をかけるのか!!枷は  
発作で体が傷つかないようにするためだと聞かされた。しかし戸が開いたからと  
言って危険になるとは思えない。ノエルの戦慄が、険しくなった。  
 そう言えば、倒れた日の陽射しは妙に暑かった。術か!?  
 「あら?起きてた?」  
 女がベッドの横に立って優しい声をかけた。ノエルは寝たフリを続けた。  
 「私さあ、まだ相手がいないんだよねぇ。婚期を逃さないうちに見つけたいん  
だけど、私ってちょっと理想が高いの。現実の人じゃなくてお話の中の王様や王  
子様みたいな、凄く凄くいい人と仲良くなりたいのよ。昔話に出てきた七英雄の  
ノエルみたいな人が、ね。」  
 ノエルの顔中が汗まみれになった。女がその汗を舌で舐めた。ノエルが目を開  
いてもがいた。  
 「素直にしてればいいのに。」  
 皿のように見開いた目でノエルは女を見た。恐怖で沈黙していた事に気がつい  
たノエルは必死に猿轡のまま叫んだ。  
 「体にこたえるから静かになさった方がいいですよ。」  
 女はベッドに上がると、ノエルの上にうつ伏せになってノエルのもがきを抑え  
た。  
 「恐怖に震えていても、帝国のボンクラどもよりずっと絵になるわぁ。」  
 女が衣服を脱ぎだした。十分に男を服従させる裸体だった。その持ち主はノエ  
ルを恐怖させている。  
 「ああ、ノエル様…。」  
 女がノエルの顔に迫ってきた。その時、戸が破られた。驚いて振り向いた女は  
戸を破った相手につかんでベッドから引き摺り下ろされた。  
 「帝国のボンクラで我慢なさい。ね!!」  
 飛び上がって女は荷造りして夜の闇の中に飛び出していた。  
 ノエルを助けに来たのは、やはり勇ましくもかわいらしい妹のロックブーケだ  
った。  
 「あれは帝国軽装歩兵のグレタです。全く何て恐ろしい事を。」  
 ロックブーケが体の拘束を解いてくれた。解きながらも、その鍛え上げられた  
裸体に熱い視線を送っている。  
 「ろ、ロックブーケ、今日は色々あった。さあ服を着せて寝かせてくれないか  
?お前も寝なさい。」  
 「お兄様大丈夫です。やっちゃいけない限界くらいはわかってますから。」  
 そういうと鼻息荒いロックブーケは兄に飛び掛った。  
 (おわり)  
 

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