何時からの願望だったのか?
この世で一番大切な存在を、守りたいと願ったのは……。
まだ開かない瞼に、朝を知らせる光の明るさと暖かさを感じる。
それが合図となって、どうにか目覚めた。
昨日の記憶が曖昧で、何時眠りについたのかさえ思い出せない。
相変わらず朝が苦手だからか?
見慣れない光景。
この場所が何処なのか、それすら記憶にないはず。
不思議な感覚に身を委ねながら、ずっと待ち望んでいた柔らかさに包まれ眠りについた……何故か、
そんな気がする。
それなのに、何度も繰り返し見たあの嫌な闇に捕らわれてしまった。
俺がもう一人の自分と溶け合い、そして深い闇の底へ沈んでいく夢……。
目覚めた広いベッドの上であたりをみまわす。
テラスへと続くだろう、大きな窓にかかるカーテン。
不図、それが風に揺れているのが目に止まる。
それと一緒に降り注ぐ優しい光も、まるでこの先に早くこいと手招きするかの様に揺れていた。
望む全てが、そこに……?
想いが強すぎるから、こんなにも馬鹿げた幻想に惑わされる。
何ひとつ確実な記憶もないまま、酷く疲れた頭をすっきりさせたくてシャワーを浴びる為ベッドから抜け出す。
バスルームを探し当て少し熱めのシャワーを浴びると、その勢いの強さが刺激となって徐々に覚醒されていく五感。
頭の中でバラバラになったパズルのピースが、ひとつひとつカチッと音をたてて納まり始める。
色鮮やかな形となり記憶の全てが繋がり蘇った。
帰って来れたんだ!!
何もかも夢だと、全てが自身で作り上げた幻だと思っていた。
焦る気持ちが邪魔をして、思い通りに動けないもどかしさ。
雫が落ちるのも気にせず、優しい光に変えてくれたカーテンを勢い良く開け放った。
一瞬目が眩む光が遮り、全て奪い去られてしまう感覚に落ちる。
……夢だと……何もかもが幻影だと……
現実では守り抜く事などできないと最初から諦めていた。
それでも一番望んでいたもの。
大きな窓から続くテラスに躊躇いなく足を踏み入れると、髪から落ちる雫の跡が床へひとつまたひとつと
広がる。
これほど朝が苦手な事を悔やんだのは、後にも先にもこの時以外ない。
光に慣れた視界にその姿を見つけ、全てが現実だったとやっと理解する。
と同時に、ほっと安堵し目の前に存在している姿に暫し見惚れた。
穏やかな風がプラチナブロンドの髪を柔らかく靡かせ、照らす朝日が優しく包む。
テラスのフェンスに体を預け景色を堪能する愛しい女。
アニー。
キラキラ光り輝いているその姿は、永遠に鑑賞していたいと思えるほどの美しさだった。
それでも我慢できない俺は、確かめたくて触れずにはいられなくなる。
「きゃあ!!」
腕を伸ばし後から抱き締めると、酷く驚いた様子を見せた。
「……夢かと思った……」
他に伝える言葉が、あったのかもしれない。
しかし余裕などない俺は、やっと搾り出した声でそれだけ伝えるのが精一杯だった。
「……ブルー……?……どうしたの?……大丈夫?……」
耳を擽る優しげな問いかけが心地良く響き、返事の変わりに抱き締めていた腕の力を強めた。
後ろを振り返り見上げたアニーは、躊躇いがちに俺の髪へと手を伸ばし触れる。
「シャワー浴びたの?……ちゃんと拭いてないでしょ?……ちょっと待ってて、今タオル持ってくるから」
何も答えない俺に、とまどう様子を見せる牧野は腕の中から抜け出そうとする。
「嫌だ……もう少しこのまま」
再会した時から、どうかしてしまった俺の我が侭にアニーは小さく頷いた。
光が降り注ぐ幻想的な世界にいるから、夢じゃないかとの感覚に襲われるのは仕方ない。
「約束してくれ」
「なにを?」
「もう二度と俺の元から消えたりしないって」
「……消える?……って、あたしが? 」
大袈裟だと、クスクス笑う。
「約束だ……もう二度と、俺の前から消えないって」
あまりにも必死の哀願に、コクリと頷いてくれた。
互いの想いは、何にも惑わされず重なり合う。
溺れるように求め合うキスは、初めて深く繋がった。
もつれ合い、サラサラと髪がわけ落ちて現れる白い項。
身も心も……全てがひとつになった証。
俺は何度もその白い肌にキスを浴びせた。
朱に染まった色香を放つ幾つもの証。
生の実感を刻み込む為、何度も繰り返し、行為の跡を彼女の項に残す……。
その証に、舌を使いなぞりもてあそぶ。
夢ではなかったと引き寄せられるように口唇で触れれば、くすぐったいと恥ずかしげな声をあげる。
それが俺を煽るのだとも知らずに。
真っ赤になった耳にも、そのまま舌を這わせ耳朶を甘噛みする。
鮮やかに蘇る、ゾクゾクするような、ドキドキするような、なんともいえない感覚。
もう会えないと諦めていた時を、少しでも取り戻すかの様に余すところなく触れたい。
二度と逃げない様にと、二度と消えない様にと、そんな願いをこめてしっかりと腕の中に閉じ込めた。
心行くまでその行為を堪能した後、ゆっくり向かい合い互いの瞳に互いを写す。
はにかむアニーの顔色は、これ以上染まらないだろうほどの赤。
それには、自然と柔らかな微笑みを浮かべてしまう俺。
「あなた……笑えるのね……」
このまま時が止まってしまえばいい……けれど、互いを求め合う様に時が動き出す。
口唇が触れる……キスまでの時間は、然程かからなかった。
この時この日をどんなに待ち望んだか。
やっと……この腕の中に……初めて愛しい大切な存在を……つかまえた。
触れ合う口唇の柔らかさに酔いしれながら、このまま混じり合い、同化してしまいたい。
そんな感情の激しさを抱えたまま、角度を変え深く何度も触れ合った。
あまりに夢中になり口唇が離れた瞬間、互いの熱い吐息が絡まり合う。
こんなにも近い距離に存在している事に心が震える。
少し近づけば、額を合わせ見詰め合う事のできる距離。
幻ではない、手に掴む事ができた、くすぐったいほどの幸福。
出会った頃と変わらない意志の強さが宿る瞳を見つめると、そこに隠し持つ弱さが顔を出す。
アニーの左手をそっと取り、薬指にキスを落とした。
「愛してる」
瞳には溢れそうになる涙、それが瞬く間に頬へと伝わる。
俺が持ちえる全ての優しさで包めるように、そして止める事などできないこの想い全てが伝わるように。
頬に零れ落ちた涙にキスをして、潤んだ瞳を見つめ囁く。
「これからはずっと一緒に……例え再び戦いのときが訪れても……永遠を誓って……何度でも、何度だって
巡り合いたい……」
コクリと小さく頷き、そのまま俺を見詰めた瞳には再び涙が溢れだした。
ぽろぽろと止らなくなった雫……
泣き顔は正直苦手だったはずなのに、見惚れてしまうほどの輝きを放つ。
ただ見詰めることしかできなかった俺を、消え入るような声で呼ぶ。
「……ブルー……」
微かに震える、アニーの指先が、求めるように近づく。
それを握り締め、その意外な細さに改めて気付き、俺は誓う。
二度と奪われない!二度と離れない!
「……ありがとう……」
空術でも時術すら敵わない魔法の言葉がアニーの口から零れたのは、抱き上げた俺に温かい手が
縋り付いた時。
その手にぎゅっと力が加わり、耳元で囁く声も震えていた。
「……あたしも……あいしてる……」
「今は……ただ、眠ろう……もう少し、ふたりで……」
暖かいひかりに祝福される様に背中を押され、再び二人だけの時に導かれる。
この全てが……夢では無い事を、心から願う。
俺はアニーの肩を抱くと、まだ溶け合った名残のあるベッドへ倒れこんだ――。
―END―