今日も月は輝いていた。  
中空に浮かぶは青き月ラズリアと赤き月エローゼ。それらは深くくすんでいる夜空で  
インタリオのごとき静謐な光を放ち、ヴァフトーム騎士団廟の内部を包みこんでいる。  
その月を、ジーンは硬く見開いた瞳で見つめていた。  
 
「キャッシュ・バーガンディでしたね。――――彼はイスカンダール様の  
思想を理解し、それに賛同してくださるのでしょうか?」  
その声は張りつめたもので、これといった抑揚のない口調は視線の先にある  
文章をそのまま読み上げているかのようである。  
「ご心配には及ばないでしょう。兄さ……彼は、父上とは違います」  
その台詞に返答をよこした彼は、一見して頼りがいのありそうな風貌を  
しながらも、どこか底の知れない空気をまとった青年だった。  
「そうであれば、よいのですが……」  
振り返って続けようとした言の葉が、中途のままで途切れる。  
「どうしました?」  
彼の眼は一点で交差した月の光に触れて、紫を帯びた色に輝いていた。  
「……いえ、なんでもありません」  
ふっ、と力を込めて、息を吸い込む。  
「今この時にこそ、騎士団はイスカンダール様の思想へと返ることが必要なのです。  
そのためには――――私はどんな犠牲も惜しみません」  
それを吐き出した瞬間には、彼女は神殿騎士団きっての才媛、麗しの聖騎士……  
ジーン・ムーアに、戻っていた。  
 
だが。  
「本当に、そうだと言えますか」  
嘲笑と紙一重の笑い声に、ジーンは気圧された。  
「……何ですって?」  
胸に手を当てひとしきり笑った後、唐突に顔を引き締めて彼は口を開く。  
「僕には手にとるように理解できます。ジーン、あなたは明らかに、怖がっている」  
その声に一歩しりぞいた彼女に合わせるように、彼は大きく一歩進み出た。今にも  
鼻がぶつかりあってしまいそうな距離で、彼は演説でもするように台詞をつむぎだす。  
「それは七大驚異への畏れですか、それとも、自分の力への怖れですか。それとも、  
 
……英雄イスカンダールの力など、信じるに値しないことを理解することへの恐怖ですか?」  
「レオン!」  
続く台詞を聞いてしまうことは、絶対に嫌だった。反射的に叫んだあとで、どう  
しても歯の根が合わなくなる。ふらついた彼女を、レオンは背中に回した腕で支えた。  
法衣と革の手袋をとおしても温もりが伝わるようで、一瞬だけジーンの動きが止まる。  
「気を悪くさせたようですね。……しかし極論を言うなら、僕は彼の残した力が今の  
世界に必要だとは考えていないんですよ。ただ――――」  
「ただ?」  
濁った語尾をおうむ返しにしたジーンに向けて、彼はいつもと変わらぬ穏やかな  
笑みをことさらにゆっくりと浮かべてみせた。  
そして目を閉じ、何かを念じるようにくちびるを引き結ぶ。  
「それは……、」  
次の瞬間。突如目の前に現れた四角錐の硝子とも鉱物ともつかない物体に、ジーンの  
目は強く惹きつけられていた。  
 
「七大驚異に隠されている力は、僕や貴女の役には立つと思うのですよ」  
その言葉を聞いているのかいないのか、彼女の眼はそれから離れることがなかった。  
 
「テトラフォース……と、いうのですか」  
見れば見るほど、それは不可思議な物体であった。鉱物のごとき固体であるよう  
にも、内部でうごめく液体を透きとおった容器に封じ込めているようにも見える。  
そして本質はどうあれ、それからは身震いするほどの『力』をひしひしと感じた。  
舞い上がってしまいそうな精神を抑え、ジーンはしばしの間深い呼吸を繰り返す。  
「確かに、すさまじい力を感じます。これがあれば、七大驚異の征服もわずか  
なりと容易なものになることでしょう」  
生真面目な表情で言ううちにも頬は熱く火照り、足もとがおぼつかなくなる。  
真紅のテトラフォース――その輝きは波のように緩急を繰り返し、それにつられる  
ように、いつしか体の内側がどくん、どくんとうずきはじめていた。  
「ジーン、この力の源は、一体なんだと思いますか」  
並みならぬ興奮に息があがりはじめている彼女の様子を知っているのか、レオンが  
普段と変わらない口ぶりで問いかける。声を出すのも苦しげな彼女が首を振ると、  
彼は目を閉じ顔をうつむけて、歌うように言の葉を口にした。  
「歓喜にふるえ、喜びに身をゆだねる乙女の姿です」  
「……!?」  
その台詞と時を同じくして、テトラフォースのなかにまがまがしい形相をした騎士  
たちの姿が浮かび上がる。それは亡霊のようにぼやけ、冷たい夜の空気に拡散した。  
「貴女にも見えたのですか、彼らが……それなら、話は早い」  
膝が砕けて床にくずれそうになる彼女を、レオンはまわした腕一本で支えている。  
「……レオン、あなた……まさか」  
「ええ、貴女の考えているとおりです」  
逃げようとするも、すでに体に力など入らない。  
それを思い知らされて驚愕する彼女の――今度は胸に、彼は手を伸ばした。  
 
「やめてっ、やめるのです、レオン・バーガンディっ!!」  
 
ジーンは弾かれたように彼から飛びすさり、ありったけの声で悲鳴をあげた  
『つもり』であった。しかし、実際のところは頭の芯が鉛のように重く、意志に  
反して内部で脈動する体はすでに彼女という枷から解き放たれてしまっていた。  
「っ、やめ、なさいっ……」  
そんな台詞を聞く義務が彼にあろうはずもなく、帯が解かれた。法衣の裾が  
乱れて、線のかたい足がのぞく。そこから先の勝手が分からないのか、数瞬  
沈黙が場を支配した。手で引き裂こうにも、鎧下には綿が挟み込まれている。  
「仕方ない、」  
かちりとかすかな音がして、彼の腰に手挟んである銀製の短剣が抜かれた。  
「――――!!」  
恐慌状態に陥りかける彼女をかえりみずに、音を立てて布が斬り裂かれる。  
化石鳥の持つひとすじの白い羽根で作られた装飾が無残に散らされ、漆黒の  
鎧下を引き裂いて白い胸があらわになった。ふわりと舞った羽根のなか、ところ  
どころに青さを残している体が二つの月の輝きを受けておぼろげな輝きを見せる。  
同時に腕がはずされて、彼女は耐え切れずに棺のひとつにもたれる形でくずおれた。  
楔を打ち込まれでもしたかのように動かない体で、のろのろと胸もとを隠そうとする  
彼女の腕をすかさずレオンがとる。  
「汗をかいているようですが、寒くはないですか?」  
普段どおりの、むしろ普段よりは軽い口調で言われても、彼女は顔をゆがめて首を  
振りみだし、声にならない叫びをあげることしか出来ない。気付けば下のまぶたが、  
小刻みに痙攣している。体内でくすぶる熱と内部で渦を巻く恐怖、そして――――  
 
あるはずのない期待で、そこには涙が揺れながら溜まっていた。  
 
……信じられなかった。嘘だと思いたかった。  
『嘘だと、思わなければいけない』  
神に捧げたはずの清き身、淡い色の乳首が硬く尖っているのはきっと肌寒さのせいだ。  
けれど、けれど。  
「これは……」  
 
彼女の意図するところを外れて、そこはぬめりを帯びて甘く疼いている。  
冷たく硬い石の褥に押さえつけられているジーンは、それに気付いた瞬間に漏れよう  
とした声を必死に抑えた。皮膚に張り付く手袋の感触を無視して、下唇を噛みしめる。  
脱力した体に何とか力を入れて、レオンの腕から逃れようと乱暴にくねらせた。  
しかし、武装したまま一方的にジーンの体を弄んでいる彼は、彼女の肘が自らの  
あばらを圧迫するように、右手一本で彼女の腕をたやすく押さえつける。  
けれど、なおも彼女は抵抗を止めない。  
「少し、大人しくしてくれますか」  
「んっ、く……あぁあっ!」  
冷ややかな声とともに、彼女はそのまま抱えあげられた。がらんと空虚な音をたてて  
留め金をはずされた部分鎧が石畳に転がり、その反響のなかでレオンの上に座らされる。  
――不安定な姿勢で肘を繰り出そうにも、まるで勢いが出ない。  
 
「……っ、」  
「もう逃げられませんよ」  
笑みを含んだ響きのいい声が、耳におぞましく侵入する。今はどこに浮かんでいるのか、  
それはあのテトラフォースに映っていた亡者たちのものであるようにも思えた。  
 
「いやっ、いやあぁ……」  
拒絶を意図するはずの声が、彼女自身にはどうしようもないところで甘くかすれる。  
薄い胸が震えながら上下して、その度に背中がレオンの鎧に押し当てられた。その痛みや  
冷たさを敏感に感じるなか、無雑作に愛撫されただけでも体は無軌道に燃えさかっている。  
薄くはりつめた白い肌は硬くごわついた布地の感触に悲鳴をあげ、小ぶりのふくらみが  
圧迫と開放を一瞬おきに繰り返されてめまぐるしく形を変えていた。  
二つの月はそれに複雑な陰影をおとし、どこかじっとりとした輝きを与える。  
「……ふ、んっ、うぅ……」  
手袋の指の合わせ目が、湿り気を帯びてとがりきった乳首にこすれた。痛みに近い  
感覚が、狂おしいまでの切なさとともにちりちりとせまってくる。身震いすると  
同時に鳥肌がたち、くぐもったあえぎ声が口をついた。乳房と秘所がつながって  
しまったような錯覚をうける反面、つながっていないが故に途方もなくもどかしい。  
「――感じるんですか」  
けれど、意識が理性のたがの外れた『向こう側』に行ってしまいそうになる瞬間に、  
そんなジーンを揶揄するような抑揚の言葉が容赦なく掛けられた。  
その台詞に反応して背筋が反り返るのをやめ、それにも関わらず乳房が張りつめる。  
じんじんと内部への入り口がうずいて、我慢がならなかった。  
 
「っい、いやあぁっ……もう……お願い、許してぇっ!」  
衝動にまかせて叫ぶ、まず彼女自身が理解できない。  
このまま行き着くところまで行って欲しいのか、いますぐに『汚らわしい』腕を、  
体を離して欲しいと思っているのか、いずれにせよこの体は、いっそ笑ってしまい  
たいほどに興奮し濡れきっている。経験のない少女の体ではもう、自らの許容を  
超えつつある快感にどう対処すればよいのか分からなかった。  
 
執拗なまでの乳房への愛撫から唐突に開放されて、ジーンは糸の切れた人形の  
ようにがくりと顔をうつむけた。荒い呼吸をはじめた時になって、ようやっと  
自分が高い声を出しつづけていたことに気がつく。ひび割れてざらりとした息の  
音が空間に満ち、それも潮が引くようにおさまりをみせた。  
さら、とかすかな音を立てて、レオンが細い金の髪をまさぐっている。  
もう片方の腕は、彼女がずり落ちてしまわないように腹部へまわされていた。  
休憩か猶予期間か、そのどちらかも考えられずに彼女が息をついた瞬間。  
「……っ、あ、あぁーっ!」  
髪から離れた右手が、股間に押し当てられた。親指が充血している突起をなぶり、  
人差し指と中指が内部に入り込む。腹部にあった左の腕は、胸元に舞いもどった。  
そして意識の速度の外側で、ぷつりとあっけなく抵抗がはずされる。  
きついというよりも生硬な感触のなかで、布地に包まれた指が動いていた。  
鈍痛と、時折襲う刺すような痛みにジーンはうめき声をあげる。  
「お、お願いレオン! もう……っ、もうやめてッ!!」  
ずるりと音を立ててうごめく指も、密着している自分の体温が移った鎧も、  
いつのまにかゆっくりと周囲を回転し始めたテトラフォースも、何もかもが怖い。  
けれど一番怖いのは、『あぁ"あれ"が――――紅く、輝きだした』  
 
痛みすら快感だと思い始めている自分。  
襞を丹念にさぐる尖った布の先が内部のざらついた部分を撫で上げ、大きな手が  
左の乳房を揉みしだき、首筋がついばまれ、その全てが異様なまでに、心地よかった。  
体の奥から、切実な感情がこみあげてくる。「ふぅ、あぁあっ……レ、オンっ……」  
すっと伸ばしていただけの脚が、いつのまにか軽く、開いていた。  
「お願い、入れて……っ、私の…なかにっ!」  
 
ぐらりと、自分のなかで何かが崩れたような気がした。  
 
がっしりと太股を抱えられて、ジーンの脚が大きく開いた。ずらしたズボンから  
のぞいている剛直は張りつめ、反りかえっている。いやいやをするように首を振る  
彼女の体重を支えながらレオンは角度を定め、一気に内部に自身を挿入した。  
声にならない悲鳴をあげて、彼女が背筋をこわばらせる。すでに痛みなどないかの  
ようで、一瞬うめいたのちに顔をうつむけ、次にはあえぎながら腕で胸元を押さえた。  
「っあ、ぅああぁ……熱い、熱いっ! レオン、レオ、ンっ……」  
緩急をつけた腰の動きに静止が加わり、それはジーンをさらに焦らし、昂ぶらせる。  
ずるり、と生々しい音を立てて襞を擦りあげる熱が、今の彼女の全てを支配していた。  
 
――――少しずつ溶けていた理性など、今にいたってはどうなっても、構わない。  
 
「は、ぅあっ……ん、あぁあっ!」  
自分からむさぼるように腰を動かしはじめた彼女に、レオンはかすかな笑みを浮かべた。  
徐々に腰をずらし、ジーンの体を前に倒す。「あ、ふぅうっ……、」  
後ろから腰を抱かれて、彼女は今にも崩れそうな膝を意識せずに目を閉じた。  
先刻までとは角度を変えて、快楽のかたまりが肉体を、意識を、深くえぐりだす。  
その感覚が鋭角的な立体を構成しはじめ、脳天から股間までを一直線につらぬく――――。  
「ああっ、いい……気持ちいいっ、レオン、いいのッ……もう、もうだめぇ!」  
うわごとのように断続的につづくあえぎが波のように寄せては引き、ついに  
彼女は魂そのものをさらけだすような叫びをあげた。  
痙攣する内部が剛直をきつく強い締め付けをはじめ、わずかなうめきとともに彼女の内部に  
精が放たれてびく、と下腹が波うつ。  
泡のたった愛液と白濁と、少量の血液にまみれたレオン自身が引き抜かれたとき、  
彼女は完全に自失してごとり、と肩口から石の床に倒れこんだ。  
 
……そのすぐ近くでは真紅のテトラフォースが奇妙な共鳴音を奏でつつ、  
紫色をした二つの月の光を浴びつづけている。  
 
レオン・バーガンディはなかば以上に冷め切った眼で、蒼天に浮かぶ真昼の月を見ていた。  
ガデイラの中心部に位置するバーガンディの屋敷は、いつになく人気がない。  
静まり返った部屋でベルベットの緞子ごしに空を眺める息子に、  
マクシミリアン・バーガンディ公は氷のような厳しさののこる声でこう口にした。  
 
「……レオン。このところジーン・ムーアという名の神殿騎士が不穏な動きをみせている  
ようだが、彼女はどういった人物なのだ?」  
 
その台詞に、彼は生真面目そのものといった面持ちでこう答えをかえす。  
 
「ご心配にはおよびませんよ、父上。少し可愛いだけの、お人形のようなものです」  
 
「それならよいのだが……」  
何も知らぬまま思索を続ける父を、彼は落とし穴を目の前にして遊ぶ子供を見るような  
目をしてただながめている。  
 
 
――――レジナ・レオ―ヌ祭まで残すところあと10日あまり、  
彼らは何も知らぬまま、一点で致命的にかみ合うことのない時を過ごしていた。  
 
 
 
 fin.  
 

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