「青の月ラズリアはもう沈みましたか」
その優しい声音に危機感を感じ、ルビィは弾かれたように体を起こそうとして……起こせない。
「ちょっと、何これッ!!」
四肢を拘束されていた。闇の中でも輝く銀の鎖が、腕を動かそうとするたびにしゃらしゃらと鳴る。
どうやら大きな板のようなものに繋がっているようで、ある程度までは動かせるものの、根本的な
ところで自由が利かないようになっているらしかった。
その上、――趣味の悪いことに、着衣が上着だけになっている。
「何で捕まえられてるのよぉ!」
鎖から逃れようとして上体を引っ張ると、上着がはだけてふくらみとこすれ合う。桜色の乳首が
外気に晒され、思わず赤面した。
桜色、ではない。何かを塗られているのか、そこはほのかな緑の光を放っている。
「何なのよ……」
ぼうっと光る体を見て、怒りよりも危機感が先にたった。魔物などがいるなら、この光を標的として
襲いかかってくるのかもしれない。背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、ルビィは気を紛らわす
ように頬をふくらませ、『怒っている』お手本どおりの顔でひとりごちた。
その時、自分の隣でまたも金属がぶつかり合うような音が響く。
「ぅ……これは……、一体……」
聞き覚えの無いと思った、声である。女性のものだろう、かたくなで真っ直ぐな印象の声だ。
いや、本当に覚えがないのだろうか?
「もしかして――ジーンさん?」
「あなたは……」
名前は合致していたのだろうか、状況を忘れて、彼女の方もなにやら考え込む。しばし黙考した後、
何かに思い至ったように息を呑んだ。
「お前は、あの運び屋について魔物を解き放った犯罪者の一人ね!! 正確には貴方達もはめられた
のでしょうが、あれのおかげでドラゴンハートは奪われ、バーガンディの勢力からは」
「いや、それは……っ、」
触れてはいけないことであったらしく、かつて出会った女性冒険者のように延々とまくしたてられる。
その勢いにルビィが別の意味での危機感とあせりを感じてしまった瞬間、ふいに辺りが明るくなった。
「えっ?」
明るくなったというよりは、閃光に近い。灼けつくような衝撃に、二人は思わず瞳を閉じる。
反射的に流れた涙が乾きはじめた頃になって、ようやくまぶたを開けることができた。
『ようやく目覚めたようだな、か弱き者達よ』
「!」
歪みきっているがゆえに美しい、その声音。視界に入ったのは顎を覆う黒い仮面、赤い瞳、金の髪。
どこからどう見ても吸血鬼である人物以上にルビィの胸を衝いたのは、その隣に立つ女性だった。
「ティフォン!?」
名前を呼ばれた女性は無言のまま、自嘲を超えて自虐するような凄まじい笑みを浮かべた。
どうしてと問い掛けることもし難いまま、ルビィが口を開こうとする。
『ここは、ブラッディリーグのアジトだ。先刻リース・トーレスの塔に存在していたドラゴンハート
を入手し、現在はお前達を捕らえている』
先手を打って、答えてほしい疑問のほとんどを解決されてしまった。砕けようとする腰を何とか持た
せつつ、ルビィは派手に唇をゆがめてみせる。
「へえ〜、それでどうして、私やジーンさんをこんな目にあわせなきゃいけなかったのかなぁ?
――答えなさいよッ!!」
「ちょっと、ルビィさん!」
少し冷静になったのか、ジーンが不安そうな顔をしてルビィを見る。
だが吸血鬼―ヴェントの言によると、確かトゥースという名だったか―は彼女の態度をまったく気に
かけず、むしろ面白がっている風情でこう続けてみせた。
『お前達が、リース・トーレスの仕掛けた封印を解くために必要な力を持っているからだ』
「はぁ? あの魔導師のおっさんの封印は、私たちが解いちゃったんじゃないの?」
『大魔導師と呼ばれるような人間は、流石に慎重だ。二重に封印をかけておいたのか、液状化する
儀式にも反応しない。厳重なその封印を解くためには』
トゥースの隣で、ティフォンが苦しげな表情をして唇をかむ。彼は恐怖で口も開けぬ様子の彼女に目
をやりながら、笑みを交えつつも獰猛な仕草で彼女らを指した。
『"混沌"の力を手にする神殿騎士と、かの大魔女の力を受け継ぐ"例外存在"――
お前達二人に、力を授けてもらわねばならないのだ』
「「どういうことッ……」」
噛み付くように反応した二人の腕から、がくりと力が抜け落ちた。
「……っ、あぁッ!!」
二人は突如として言うことを聞かなくなった体に驚愕していた。頭ははっきりしているし、腕などが
動かないわけではない。ただひたすら……体が熱いのだ。
「なん、なの、……これぇっ」
ぼんやりと輝き続ける乳首から、奇妙な感覚が沸いてくる。痺れるような、熱っぽいような、それは
欲望であり、快感であった。それはゆっくりと広がって、やがて体全体を冒しはじめた。
――板に接している、背中がむず痒くうずく。
「ひっあ……ああん……っ、どうしろっ、て、いうのよぉっ!!」
身をくねらせながらその感覚を受けるしかないルビィに対し、ジーンは流されようとする理性で禁じ
られた欲求に抗おうとする。具体的には鎖がまわされた手首を、板に向かって乱暴に叩きつけたのだ。
強い痛みが俗情をまぎらわせてくれるのに、騎士として女としてかすかな安堵を抱く。
しかし、それも一時のことにすぎなかった。
「あ、いやぁあ! っあ、ふ、うぁあッ!!」
痛みすら、快感に成り代わりつつある。細胞が潰されるような痛みがひこうとする、そのうずきが
そのまま狂おしい感覚に変わるのだ。なす術なし。そんな絶望的な思いが、二人の胸に去来する。
去来するそばから、圧倒的な性感が切ないほどに甘く、襲い掛かった。
「トゥースっ!! ……お、お願い、止めてやることは出来ないの……」
そんな二人の惨状を目の当たりにして、ティフォンが耐え切れず声をあげる。
「何も彼女たちでなくても、わ……私がっ!」
脳裏によぎる青年の顔を切り捨てて、目を閉じ泣きながら、言い切った。
『悲壮な誓いを固める……健気な女のふりか? エール』
赤い瞳で見つめられ、正面から抱きしめられて彼女の涙が止まる。
『怖いのか、私が』
その光景を見ずとも感じ取ったトゥースは、心底楽しそうにかちかちと合わない歯の根を鳴らせる
ティフォンの細い髪を梳く。荒々しい抱擁を解いて、再び瞳を凝視した。
『お前はまだ、私にとって必要な駒……言わば、人形だ』
「んっ」
顎の仮面がゆっくりと開き、ティフォンの唇にあらわになったそれが深く押し付けられる。
「ティフォン……」
『始めろ』
冷たく乾いた声で、トゥースが命じる。応じて現れたのは、黒い服と覆面を身に付けた者たちだった。
体つきからして全員男であろう、黒衣の者たちは五人。トゥースと、……ティフォンを計算に入れる
なら七人か。まず勝ち目の無い形勢を確認して、ジーンは固唾を飲んだ。
床に据えつけられた台の、さらに上に載せられた材質不明の冷たい板。一瞬冷静になるも、錯乱の種
となる欲望はおさまりをみせない。はじめの激しさこそなりを潜めたものの、今もまだ断続的に体の
奥深くでさざ波をつくっていた。
黒衣の男たちが、一定の距離を保って板の周囲に並んだ。上半分の覆面から、薄黄色に濁った瞳が
わずかにのぞいている。その中の一人、黒衣に奇怪な意匠の首飾りが映える者が、一歩前に進み出た。
おそらくは彼らをまとめている者だろう、彼がくぐもった声で宣告する。
「まずはどちらから、犠牲になりたいのだ?」
ティフォンの登場で中断していたものの、それまでじたばたともがいていたルビィの動きが止まった。
ぎゅっと眉根をよせて、ふん、と鼻先で笑ってみせる。
「あ・の・ね・え。犠牲、とやらになるのが分かってて……何で進んでなりたいなんて言わなきゃ
ならないのよ!! だいたいが、大魔女? 私にそんな力なんて、あるわけがないじゃないッ」
ジーンの立場としても、それは全面的に肯定したいところだった。神のご加護がありこそすれ、自分
に"混沌"の力などありようはずはない。犠牲というにも、こんな不毛にして邪悪なことに加担する
のはごめんだ。ルビィの気勢がどこから湧くのかだけは疑問だったが、彼女の言に疑問は無い。
そう考えて歯を食いしばった彼女の前で、男は耳まで裂けそうに唇を引き伸ばした。
「どちらかを選ばねば、こうなるぞ」
指を鳴らした瞬間に、雷が疾る。木行の強力な攻撃術であるところの『召雷』――いや、『神雷』か。
合成術の力はまず、二人の間にあった小さめの台座を黒焦げにした。
煙を立てながら石の表面が焦げて崩れ落ちる光景に、ルビィのこめかみから汗が一筋伝いおちる。
「な、何よ! 私たちが死んでも構わないわけ!?」
「死んだとしても手順が面倒になるだけで、"力"そのものが引き出せぬわけではないそうだ。
お前達は、どうだ? 自分たちが死んでも、構わないのか?」
体の芯をつく衝動も忘れて、ルビィはその顔に空元気では隠せない恐怖の色をにじませる。
どうやら、威勢がいいのは何も分からないがゆえだったようだ。
――けれど、見捨てるわけにもいかない。
彼女を眺めてそんなことを思いながら、ジーンはもう一度、無理矢理に唾を飲み込んだ。
「っ……どうやら本気、みたいね……」
体は、確実に『これ』を上回る快感を求めている。その現実が、ルビィには痛いほど分かっていた。
脈拍とともに波を打つこの感覚では、もはや我慢がききそうにないとさえ思うのだ。犠牲、という
言葉の響きに感じた淫靡な心象が尾を引いて、ほのかな期待すら抱いてしまう。
……だが、
『ルビィ!』
それを怖いのと感じるのもまた事実。
「それならば、私が先に」
「ジーンさん!?」
『ルビィ?』
脳裏に浮かぶ影を払っても、彼女を陵辱の犠牲にしたくないと思ったのもまた真実であった。
儀式の生贄にされる乙女。それと形容するに相応しい空気をまとって、ジーンはさらに言いつのる。
「先にとは言いますが、ルビィさんには危害を加えぬよう。もてあそぶのは、私だけにして下さい」
「ちょっとっ……」
慌てるルビィに微笑をよこして、ジーンは「これも騎士の務めです」とだけつぶやいた。
首飾りの男がジーンに一歩近づき、ゆっくりと口を開く。
「それならば、この女を先に料理するとしよう」
瞬時にきびすを返して、男はルビィの顎をつかみあげていた。
「どうして……何故です!?」
「お前の勇気に、敬意を払ったまでだ」
戦慄を隠せぬ顔で背筋をこわばらせたジーンに目をやり、彼はにやにやと下卑た笑いを浮かべる。
彼女がこちらを睨みすえる視線を知覚して、それはさらに深まった。
「いやッ、やめなさいよぉ!」
座ったまま両足を開いて、ぎりぎりの長さに鎖が調節された。腰に当たる部分に支えを置き、腕の鎖
は天井から長めに垂らされる。この状態で、自分の体には手が届くものの、板をはじめとする物には
決して触れられない位置に……どうやらはじめから、配置されていたようだった。
上着の裾を肩口まではだけ、腰の部分を支えから繋がるベルトで固定される。
「見ないでッ……つぅっ!!」
当然ながら無理矢理局所を隠そうとした瞬間、快感に変わることの無い痛みが彼女の肩を打ち据えた。
よく分からずに顔を上げたルビィの視界に、魔法のものと思しき輝きをもつ鞭が目に入る。
打たれた箇所は薄く皮膚が裂け、熱感をもってひりひりと脈打っていた。
「あ……ぁ……」
「さあ、始めようか」
そう言って、男は首飾りの中心にはめ込まれた血のように赤い石を揺らした。
***
……ちゅぷ。……くちゅ。
くちゅり。
「はぁ、は……あっ、あぁ……ぁんっ」
淫靡な音に共鳴するように、石造りの部屋の中に喘ぎまじりの荒い呼吸がこだまする。乳首に塗られて
いた薬のおかげで、男性経験が無いはずのそこはとろけそうになっていた。勝手が分からないながら、
ルビィは欲望の波が命じるままに乳首をつまみ、陰唇をこすりあげる。汗か、薬が溶けたのか。つまむ
たびにぬるりと逃げてゆく突起の感触に、瞑目した体はますます燃えあがった。(――ない、)
「ひ、あ……ああぁ」
手のひらで色素の薄い乳輪を撫であげ、親指と人差し指で乳首をつまむ。ゆっくりとねじりあげて、
押しつぶすようにもみしだく。硬くふくらんだそこは湿って、指の圧力に負けずに勃ちあがろうと
する。たかぶる吐息に、小ぶりの乳房が細かに上下していた。(――死にたくない)
「ぁああっ……」
死にたくない。秘所のどこで感じるのかがつかめずに、今度は両側の乳首をつまむ。
生命の危険を明示され、その状況に恐怖しているにも関わらず、体が熱い。花開くように切なさと甘さ
を増してゆく吐息をはずませながら、ルビィは矛盾を振り切るように髪を振り乱す。
「どうやら初めてらしいが、それにしてはまずまずといったところかな」
首飾りの男はそんな彼女の足もとに広がる水溜りを眺めて満足そうに息をつき、唐突に指を鳴らした。
「あ……?」
残りのうち、二人が彼女の横につく。首飾りの男はその正面に立って、前開きの長衣の裾をはだけた。
「……い、っ」
嫌だ、と言おうとした瞬間に、視界の両端であの鞭が風を切った。
(死にたくない!!)
どくんと跳ねる心臓に、ルビィはきつく口を閉じる。その口に照準を合わせるように、男の剛直が眼前
につきつけられていた。それは剣呑さを感じさせるほどに血管を浮き立たせ、熱をもって脈打っている。
「さ、鎮めてもらおうか」
『これもお前のせいだ』そう言わんばかりの口調に、普段なら反応するはずの怒りも沸かない。
ちりん、と首飾りを揺らす、鈴のような音がする。赤い石が蛍のように光りはじめていた。
「ぁ……ん……」
ふっくらした唇に陰茎が触った瞬間、彼女はそれを包み込むように上体をそらせ、口中に含み入れた。
かすかに感じる潮の味と、それとは対極に位置するようなすべすべとした感触。憑かれたように舌を
這わせると、それは震えながらさらに質量を増してゆくようであった。
「んぐ……んんん……」
ぴちゃぴちゃと、水音が静けさのなかに充満してゆく。何かに飢えたように大きく口を開けて縁の部分
や裏側をでたらめに舐めあげるルビィには、裂けてしまいそうな口もとや不自然な姿勢で痛む体など
気になりもしなかった。
「ぁ……はぁ、ぁあっん」
すがりつくように右手を伸ばして男の欲望の根元に手を添え、あふれる液体をじゅるりとすすりながら
舌をひらめかせる。唾液で潤滑されたそれは、いまや彼女の口蓋を押し上げようとするほどに膨張して
いた。ぬるぬると少女の朱唇を陵辱するそれは、なまめかしい艶をもって輝いている。そうするうちに、
いつしか弄り続けている乳首とは明らかに違う場所から甘い痺れが湧き上がっているのに気付いた。
――死にたくない。そんなことを忘れるくらいに……――
「あっ、ふぅ……」
自然に、とても自然に、ルビィは秘所に向けてふたたび繊手を伸ばしていた。
どこがどう感じるのか、普段は細かに触れることのない場所のことはどうもよく分からない。
だからルビィは、左の手のひらで股間全体をもみ込むような品性の欠片も無い動きをしてみた。
「や、あ……!」
と、陰唇だけを擦っていた時とは明らかに違う感覚がはしり、反射的に腿がびくりと跳ねる。手首側
に近い柔らかい部分で押し付けたそこは皮膚に包まれて、まるで男のもののようにこわばっていた。
陰唇に感じる鈍い感覚に、電流を流されるような感覚がからみあいはじめる。(……い、ぃ――)
「ん、ぁ……くぁっ」
口に含んだ陰茎にのどが詰まってしまいそうなのに、その隙間からもれる声は鮮やかさを増していた。
「ぁ……っあ、あっあっ」
いったん手を離して、今度は指先で肉芽をさするようにする。痛みとも感覚の麻痺ともつかない、
『快感』をそのままあらわしたような衝撃に身を任せてただあえぐ。呼吸にあわせて、秘所の奥からは
愛液が湧き水のようにとめどなくあふれだしていた。(気持ち、いい――)
「はぁ、はぁ、はぁ……っ、あぁ、あんっ!!」
本当に気持ちがいい。楽しいことを知った子供のように、妄執に憑かれたオトナのように、
ただ快楽だけを求めて指を動かし男自身をむさぼるルビィの姿に、首飾りの男はにやりと笑った。
「恋に焦がれる者がそのように淫らな姿を目にすれば、果たしてどう感じるのだろうな」
「!?」
俗情にかすむ彼女の目からは、歪みに歪んだ彼の口許がのぞいているのが分かるのみである。
それでも、『ルビィ』
耳は確かにとらえていた。近づいてこられる、故郷の、故郷においてきたはずの、幼なじみ――
『ルビィ?』「っい……」
手の動きが止まる。口から吐き出されるように、男の欲望が姿を現す。
「いやああああああぁ――――ッ!!」
ひび割れた声音が、本当にあざやかに響き渡った。
「ゃ……いや……いやぁ……っ」
何も分からない。分からない。分からない、子供のように、目を閉じ首を振る。
じんじんとした痺れがひかない股間が、まるで罪の象徴のようにすら感じられる。
『ルビィ』「いやぁ……ぃやなの、」
ヒロユキだ。何でここにいるのか。どうして自分を見ているのか。目を閉じても視線が分かる。
まぶたの裏側に焼きついた赤い光を感じる。
「死にたいがために力を渡そうとして、そのような事をしているわけではあるまい」
「あ、あ、……ぁあっ」
体ごと拘束されている上着を、無理だと分かっていながらのろのろとした動作で体に被せようとする。
見られたくなかった。聞かれたくなかった。これは夢だと思おうと思った。
「お前はただ――」(聞きたくない!!)
「お前のためだけの快楽を、思いを寄せていた者を見捨ててまで求めようとしていただけだ」
「違う!! 違う、違う違う違うちがう――!!!!」
首飾りが輝く。赤い宝石が聞こえない音域の音をたてる。山羊の意匠の瞳が輝く。
『ううん、嘘じゃないだろ。』
「!」
ヒロユキ。笑っている。微笑んでいる。ヒロユキ。
『だって、ほら』
「あ……」
鎖を解かれて、後ろからそっと抱きしめられる。あばらの隙間に、彼の腕が優しく食い込んだ。
『胸、触っていい?』
「あん……っ、」
答えを返すまでに、少しだけかさついた手のひらで乳房を包み込まれる。五本の指で、少し力を入れて
ふくらみを揉みしだかれた。乳首が器用に、二本の指で転がされている。
『気持ちよくなってもいいんだよ』
(!! ……本当に構わないの? 気持ちよくなっても、いいの? ……赦して、くれるの……)
「何、言ってるの、痛いでしょ、痛いってば――」
ヒロユキ。
そう言って、彼女は泣きながら微笑んでいた。
「あ……あっ、あん」
再度、ルビィの口からあえぎが漏れはじめた。左の手で胸を愛撫しながら、右手を股間にあてがう。
気の向くまま存分に乳房を揉み、乳首をねじりつぶし、肉芽の包皮を剥きあげ、擦った。
池を作っているにも関わらずさらにあふれる愛液に、自分が全て流れ出してゆく。
「ヒロユキっ、ヒロ、ユキぃっ……あぁ……気持ちいい……気持ちいいよぉ!!」
『この場にはいない』――いようはずもない男の名を呼んで、自由の身になったはずのルビィは先刻
以上に、自傷に近いほど激しく自慰行為にのめりこんでいた。
その光景に、満足そうに頬肉をひきつらせた首飾りの男が指を鳴らして合図する。それに応じて、鞭を
手にして脇に控えていた二人の男が着衣をはだけ、気付かぬ生贄に矛先を向けて剛直を擦りはじめた。
「ぁあ、ああ、あんっ、気持ちいい……いいっ……いいの……」
『……綺麗だ。とっても綺麗だよ、ルビィ』
――体をまさぐる荒れた手のひら。短く切ってやったのに伸びて、首筋をくすぐる髪の毛。
まばゆすぎる赤い光で開けられぬ目の代わりに、触覚は何もかもを鋭く受け止めていた。
だから。
「さあ、もう一度だ」『ごめん、俺……も、我慢できそうに無い……』
と差し出されたたかぶりを、迷わずに口に入れて見せたのだ。右手で股間を愛撫しながら左手で支えて、
意外なほどに大きなものをほおばってあげるのだ。
「ぁあ……美味しいよ、ヒロユキの……」
『うっ……く、上手だよ、ルビィっ……』
しゃぶりつき、舐めあげ、吸い付く。その行為のひとつひとつに、彼は感じてくれる。気持ちがいいと
……必要なのだと、言ってくれる。(――とてもうれしい)
『……指、入れてごらん』
ヒロユキが、優しく微笑みながら、こう続けた。
ヒロユキは、優しい。酷いことをしない。殺したりしない。気持ちがよくなる事を、赦してくれる。
だからルビィはよろこんでうなずき、自分のなかにそっと指をさし入れた。
「ああ――っ!!」
ぷつりと内部で何かがやぶれて、一筋の血があふれだす。痛みと、それを圧倒的なまでに凌駕する
快感に身を震わせながら、唐突に己のやったことに気がついて、ぽろぽろと涙があふれた。
「ごめんね、ごめんねヒロユキっ……私、わたしっ……」
乙女の証を好きな男に捧げる前に、自分で捨ててしまった。泣きながら、手が止まらない。
内部のざらつきをひっかくように撫でる彼女に向けて、ヒロユキは小さくうなずいた。
『いいんだよ、俺は、ルビィが幸せでいるなら』 「し、あ、わせ……」
幸せ? 幸せ、しあわ、せ――(そう、私は今――)
しあわせ。
「ヒロユキ!」
「さあ生贄よ、穢れてもらおうか」『あ、ごめんっ俺……いっちまいそうだ……ッ!』
「うくっ、ぐっ……!!」
口中で、びくりと肉茎がはじけた。衝撃で吐き出してしまい、粘りのある熱い液体がルビィの顔に滝
となって降り注ぐ。鼻筋、髪の毛、眉、まぶた、頬、くちびる、限りがなく噴き出してくるような
精液に、すべてが白く染められてしまう。同時に脇の二人も彼女に近づき、両肩から胸、わき腹から
下半身にかけてを盛大に汚す。首飾りに比べれば量はさほどでなかったものの、それまで乱れつつも
美しかった体を汚すには、それは十分以上のはたらきを果たしていた。
「ああ、ああああ……あぁんっ!!」
そして、それらの奔流はルビィの指と呼応して、彼女に盛大な絶頂をもたらす。
堆積していた快感の澱は彼女のなかの壁をつらぬき、波涛となってはじけとんだのだ。
びくびくと体がふるえて、指を締め付ける内部からは大量の愛液が噴出する。
『ルビィ、気持ちがいいかい?』
「あ……、ヒロユ、キ……」
愛しい者の声を間近で聞きながら、ルビィは霞のような意識をためらうことなく手放していた。
自らの言動に悔恨の情を抱きつつも――ジーンには何が起こったのか、まるで分からなかった。
恐怖に震えていたはずのルビィが嬉々として自慰を行い、最後にはこの場にいない何者かの名を叫んで
男たちの陵辱に歓喜した。仰向けに拘束されたままかろうじて目に入れることが出来たのは、快楽に
ふるえる彼女の背中だけだった。
むせかえるような悦楽の余韻で、空気がよどんでいる。
苦労して視線を移すと、吹き抜けに近い部屋の高台から吸血鬼が哄笑を交えた目でその光景を眺めて
いた。その隣ではティフォンという女性が、薄い金の髪を一寸たりとも揺らさず直立している。
『まず一人、か。よくやった』
吸血鬼の台詞に、拘束を外したルビィを横たえた首飾りの男が優雅に一礼する。
その直後に一転し、とげを含んだ視線でジーンを見据えた。
身に付けているのは下帯一枚という形ばかりの均衡の上で、彼女は意地半分観念半分といった風情で息
を呑む。体の火照りやうずきを感じる端から切り捨てて、ぎらつく瞳で応戦しようとする。
「貴方たち……恥を知りなさい!」
が、吐き捨てるような勢いで紡いだ台詞にも、男はにやにやとしながら首を振るだけだった。
「君は何も分かっていない」
覆面の奥で、その眼が嘲弄の光を放つ。山羊の首飾りから輝きの一切が失われていることに気付かない、
ジーンは欲望を怒りに変換するかのように眉根をつりあげた。
「分かっていない? 何を根拠に、そのような世迷い言をほざくのです! 罪無き乙女に望まぬ仕打ちを
加えることなど、神はお許しになっておりません!!」
「それはそうだろうね」
子供の遊びに付き合う大人のように、気の入らない口調で男は返答する。
その言葉に怒りをかきたてられたのか、ジーンの眉だけでなく、下のまぶたにも力が入る。
そんな彼女の首筋に、男は壊れやすいものを愛でるように触れた。
「っ……」
じん、とした感覚が、瞬時に体の奥深くへと行き渡る。
「君の体は、その"望まぬ仕打ち"とやらを受けることを望んでいるようだね」
優しい声音が、心底憎かった。
「私は、神に、イスカンダールにこの身を、捧げた者です」
一語一語、食いしばった奥歯の隙間からかろうじて出た声は、ひびわれるほどに熱く凍りついていた。
かの英雄の導きを受ける者が、このような所業を赦せはしない。屈してたまるかとも思う。
騎士達に崇められた時の感覚を思い出しながら、ジーンはこの瞬間にも『聖女』であろうとしていた。
「そのような俗情に身をやつすなど、出来るものでは、……ありません」
高らかな声音とはほど遠くとも、そこに込められている思いは変わらない。
なのに。
吐息が熱くなる。のどの震えさえも胸元につたわってしびれを生む。
『くぅ……』
乳首がむずむずとしている。触れられた首筋が、今もまぼろしの触覚を追想している。
初めて感じる感覚にうるむ瞳で相手をにらみつけるのが、彼女に出来る精一杯だった。
その気勢に首飾りの男が観念したように肩をすくめる。
「ふむ……どうやらこちらは、素直になってはくれないようだ」
かといって、鞭を使うのも味気ない。そう考えたのか、手にしていた凶器を放り出す。
「ならば、まずはかたくなな体をほぐしてやろうか」
ふたたび、心底楽しそうに指を鳴らして、残りの二人に合図をした。
「馴染みの深いもので、相手をしてやりなさい」
「えっ……あ、はあぅっ!」
滑らかで枝葉が多く、芯が硬くて柔らかな物体が男たちの手に握られ、わき腹をさっとかすめた。
「鎧からむしるのはしのびなくてね。少し前、運び屋どもが一つ目の封印を解くために倒したものだ」
白に青と灰色がかかった、……化石鳥の羽。
「あ、っく、ふぅあっ!」
何というか、それは快感などではけっしてなく、ただひたすらくすぐったい。
腹や首筋や脇の下など、すっと撫でるように通り過ぎてゆくたび、たまらなくおかしくなった。
「きゃっ、あ、あははははっ……」
場違いなことに笑い声が口をつく。仰向けの背中を浮かせ、涙を浮かべて自由の利かない身をよじる。
冷めた部分は不安を覚えながらも、快感におびえる一面は喜んでこの感覚を享受していた。
どれくらい、体を波打たせていたのだろうか。時間の経過がよく分からない。
「あは、っは、あ、あぁん」
羽が体をかすめるたびに、腕や腰のあたりがびくりと跳ねる。敏感になっている肌に触れられた後には
痛みにも近い感覚が、じんじんと脈をうちながら遠ざかっていく。それがとても、気持ちがいいのだ。
まるで、痛みが劣化したものが快感ではないのかと思うほどに心地いい。
「ひぃ、い……っ」
笑い声が、いつの間にか途切れ途切れになっていた。
腹筋が苦しい。それなのに、軽く広げられた足の間がひくつきはじめる。閉じることを許されない両足
の間が、ぬるついた液体で満たされはじめていた。
意識が混濁するなか、呼吸が少しずつ甘い色に彩られてゆく。
がらんとした空間に響くその色に、男たちが素早く目配せをした。
「!? い、っああ、ぁはあッ!!」
羽の標的が、その瞬間に変わった。
腹や首筋などのあたりさわりがない部分から、そうではない部分に。
「くぅ……っひ、ひぁ……」
ジーンの声音が、急激にほどける。
……すなわち、ぴんと硬くなった乳首に微妙な刺激が襲いかかったのだ。
湿り気を帯びた乳首に、適度に硬さをのこした羽の刺激は強すぎる。勃起した頂点の部分をひっかく
ようにして、それはこれまでと同じ規則的な動作のまま、ゆっくりと掃くように動かされていた。
痛みがはしり、それが快感に変換され、波がひきかけた頃にまた痛みがやってくる。
「やぁ、あ……ひぃーッ!」
それと呼応するように、同じように潤んでいた股間にも羽の魔手が迫った。
多数の繊維が生むわずかで断続的な振動が、会陰、花弁、突起から陰毛まで一直線に加えられる。
手ぬるいとすら感じられる刺激は、この状況では逆効果……
いや、功を奏したというべきか。
「はぁ、あ、ああぁ……ぁあっ」
声が次第に甘く、切ないものになってゆく。
緩い快楽の連鎖に、ジーンの瞳には薄く霞がかかりはじめていた。
すっ、すっ、と前後を繰り返す、羽の動きは止まらない。
単調な動きは理不尽にしてじれったく不親切で、いつまでも焦らされているようだった。
「あ、あ、い……やぁぁ……」
だが、最小限の刺激から生まれる快感の激しさに、ジーンはきつく目を閉じていた。
機械的であるがゆえに、じれったくも着実に快感の頂きは近づいてくる。
すがるものが無い状況下で、強引に首もとへ顔をうずめようとした。
力の入らない秘裂は、今やしとどにうるおっていた。こわばった腿が、無意識のうちに揺れる。離れて
いるはずの乳首の感覚すら股間に直結しているようで、どうしようもなく切なかった。
鉛のように重く鬱積していた性感が山を作り、その尖端へと、追い込まれる。
「はぁ、はぁ、は、っ、あぁッ」
しびれきっている突起にも、羽が無慈悲で無機質な動きを続け――
「あぁ――――ッ!!」
ついにはじけた。
じれったい刺激が連続していたためか、小ぢんまりとした絶頂である。それでも初めて知った感覚に、
ジーンは高い声をあげてくるめき、酔いしれた。
「はぁ……はぁ……っ」
体中から力が抜け、荒い息が空間にこだまする。消耗した体には、心地よい響きだった。
けれど、声は彼女を安息にひたらせてはくれない。
「満足していただけたかな?」
皮肉っぽく、悪意を持って、それはジーンの耳に深い自己への嫌悪となって伝わる。
うめきとも舌打ちともつかない仕草をして、彼女は四肢に力をいれ、歯を食いしばった。
「随分と高い声をあげていたが、どうだ、十分体はほぐれたかね?」
「もう一度言わせたいのですか? ……恥を知れ」
それに反応したのかどうか、男は微笑むのをやめない。笑いながら、彼女の下肢に手をかけた。
「ほう、それならば、証拠を見せてもらおうか」
「やめて! やめなさいっ……」
有無を言わさずに、下帯がはぎとられる。透けそうになったそれを、男はしげしげと眺めた。
「これが聖女さまの本性なのですね」
「…………ッ、」
知られてはならないことを、あからさまになっていることを、明らかなものにされた。
『他意の無い微笑み』を向けられて、ジーンの頬にひとすじ、涙が流れた。