全く、とんでもない仕事を引き受けちまったもんだ・・・  
 
そう心の中で呟くと、ウォードは手製の煙草に火をつけ、吸い始めた。  
ここは南国のリゾート地、グレートアーチ。  
冬国生まれ冬国育ちの彼にとっては、この環境は居心地の良い物では決してなかった。  
今は夜中で日中ほどではないが、やはり慣れないものである。  
 
おっと・・・この台詞は不味かったな・・・  
 
先ほどの呟きに対して彼は妙なジンクスを持っていた。  
全部で3回、つまりあと2回ほど「とんでもない仕事」を近いうちに  
引きうけなければならなくなる、と彼はいつも思いこんでいるのであった。  
 
 
・・・ったく、どうにも調子が狂っちまうぜ  
 
そう思ってから、彼は2本目の煙草を取り出した。  
 
 
まぁ、この海の眺めは悪くないがな  
 
自分の故郷の海を少し思い出しつつ、美しい海を見つめていた。  
 
 
「あ・・・寝て・・・いなかったんですね」  
突然可愛らしさとはかなげなのが同居したような声をかけられ  
ウォードは声のした方へと振りかえる。  
 
「ああ、まぁ・・・ちょっと起きてたい気分だったのさ」  
「そう・・・ですか」  
声が自分の今回の雇い主と知ると、彼は再び海を眺めた。  
今回の雇い主・・・サラはウォードの傍へ寄る。  
「やっぱり・・・ウォードさんはここは慣れないですよね・・・?」  
「ん?ああ、まぁ確かに」  
「ごめんなさい・・・」  
「いや、いいさ」  
ここに行きたい、と言い出したのは彼女であった。  
彼らは4つのアビスゲートを封じが、事態はより一層困難になり  
これ以上抜き差しならない所まで来てしまった。  
もう、生きては帰れないかもしれない。  
誰もがそう思っていた。そして深淵へと向かう前に何か良い思い出を作ろう。  
皆で1人ずつ、好きなことをしよう、と話あったのである。  
「海・・・綺麗ですね・・・」  
「ん、そうだな」  
サラの呟きにウォードはぶっきらぼうに応える。  
「海はあんまり見ないのかい?」  
「ええ、ずっと・・・今までシノンからあまり出たことがないんです」  
「そうかい」  
 
南国の海を恍惚として見つめるサラを見て、思わず彼は口走った。  
「俺の故郷の海も悪くないぜ」  
「え・・・?」  
「確かに冬は厳しい所だが、毎年流れてくる流氷はまさに壮観ってやつだな。  
 それだけじゃあない。時折それに白熊だとか  
 アザラシなんかが乗ってたりしてなぁ。」  
「まぁ」  
サラは可愛い笑顔を見せる。ウォードは何かノッテきてしまった。  
「海だけじゃあない。俺は雪なんか見飽きちまったが、こういう場所にくると  
 やっぱり何だか恋しくなるってもんだ。そう、雪景色も良い。  
 寒い、本当に寒い所だが1日の仕事をやり終えて  
 あったかい食いモン食って、強い酒を一杯やりゃあもう最高よ。  
 挙げたらキリが無いな。とにかく、凄ぇ良い所なんだ」  
「そうなんですか・・・」  
「と、自分の故郷自慢してどうするんだか。今はリゾート中なのによ」  
「・・・いいですよ」  
サラの笑顔は気になったが、つい熱くなった自分を恥じ帽子を目深に被り直す。  
「本当に、外の世界を見れて良かった・・・私、もう何も後悔する事はない・・・」  
突然のサラの言った言葉を聞いてウォードはぎょっとした。  
「な、何を言い出すんだい!?」  
彼には今の言葉が死に行くものの言葉として聞こえたからだ。  
「一杯色々な所へ旅をして、色んな人とおしゃべりしたりして  
 そんな毎日が本当に楽しかった」  
「お、おい」  
「私、すごく幸せです。小さい頃からお姉ちゃんやユリアン、トーマスに  
 ずっと守られっぱなしで、ずっと外へ出る事はなくて一生このままだと思ってた。  
 それはそれで良かったけど、今の方がずっと良い。  
 本当に幸せ。本当に満足しています」  
サラの視線は何処か遠い世界を見ているように見えた。  
 
まずい。何かヤバイぜ。ウォードは直感的に思った。  
「何言ってるんだ!皆生きて帰るに決まってるだろうがよ!  
 馬鹿言っちゃあいけないぜ!」  
別に彼女はこれからの事とか死ぬとかといったわけではないが  
思わずこう言ってしまった。  
妙なことを言ってしまった、と後悔したウォードはどんな応対が返ってくるのか  
そんな思惑があったが、彼の予想に反してサラは寂しい笑顔で応えた。  
「私、知っているんです」  
「私がどんな運命を背負っているのか」  
「もう・・・皆さん知っているとは思いますけど・・・」  
その言葉を聞くとウォードは凄まじいほどの戦慄を感じた。  
彼が少年だった頃、一度だけあった奇妙で不吉な感じの1年。  
毎年楽しみにしていたアザラシや白熊の新しい子供が見れなかったあの年。  
あの時は何でかはわからなかったが、今では知っている。それが何だったのか。  
 
死食。  
 
そして彼はもう1つの事実を最近知ったのだった。  
目の前にいる可憐な少女こそが、その死の年から免れた者であることを・・・  
彼女は、その事実を耐え難いその事実を受け止めていた事を彼は悟った・・・  
 
しかし、彼の生来生まれ持った熱い血はそんなサラの諦めに似た  
今の言葉と覚悟は何か面白くなく、腹が立った。  
「あのなあお嬢ちゃん、俺が言うのも何なんだがよ、人だろうが動物だろうが  
 生まれたからにはそれなりのモンってやつがあるんだよ。  
 自分では選べないそれなりのな。  
 ロアーヌの王宮にうまれりゃあ、貴族として生きるって言う運命がある。  
 冬国にうまれりゃあその寒さを凌いで生きるって言う運命がある。  
 まだまだ、あるがよ、大なり小なり運命ってのは必ずあるんだよ」  
こんなのは自分の柄じゃない、だがそんなこと言っている場合じゃない  
そんな思いがいつになく彼を雄弁にさせた。  
「お嬢ちゃんの運命?ああ、知ってるさ。だからどうした。  
 運命なんてぇのは仕事みたいなもんさ。  
 仕事はしっかりこなさなきゃなんねぇ。それが人ってやつだ。  
 それに対して諦めてどうするんってんだ」  
自分でも、もうわけがわからなくなってきたが、思うのままに喋り続ける。  
「それでデカイ仕事が終わった後は必ず良い事がある。  
 お嬢ちゃんの言う幸せってやつさ。必ずだ。だから諦めるなよ!  
 ・・・と、悪かったな。うるさいお小言を言っちまって」  
サラは目を閉じ、少し嬉しそうに微笑んでいた。  
 
「本当に・・・幸せに・・・なれますか?」  
「あ?あ、ああ・・・なれるさ!そうとも!」  
「嬉しい・・・」  
何か・・・妙な雰囲気だな・・・?  
慣れない説教なんてものをしたのと、自分の思惑と違う態度を取り続ける  
サラと付き合っている内に段々と彼は混乱していた。  
「でも・・・もし、もしもなれなかったら・・・?」  
まだそんな事を言うのか。ウォードはつい、カッとなってしまった。  
「あああ!もう面倒くせぇ!じゃあ俺がしてやるよ!  
 俺ン所へ嫁に来い!信じられないくらい幸せにしてやる!  
 世界で一番の嫁サンにしてやるよ!」  
とんでもない事を言ってしまっているが、この期におよんで弱気になっている  
彼女を発憤させる為だ。これくらい阿呆なこと言ってもかまやしないだろ。  
そう思っていた彼だが、また裏切られることになった。  
「じゃあ、約束。絶対、守って下さいね」  
彼は生涯忘れられないであろう、この瞬間を。  
彼女は笑っていた。今までのような寂しげだったり愛らしい笑顔ではない。  
女性特有のいわゆる小悪魔的な笑顔だった。  
してやったり、と言わんばかりの可愛いけど憎めない笑顔。  
 
 
全く・・・とんでもない仕事をひきうけちまったもんだぜ・・・  
 
 
 

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