【月下美人を探して】  
 
(もう、抑えきれない……)  
僕は苦々しい想いで、そう呟いた。  
サラが僕を助けるために、このアビスの奥底まで来てくれたことは、本当に嬉しい。  
自分の名前さえ判らない僕のために、命を懸けて。  
でも、やっぱり僕たちは一緒にいてはいけない――いけなかったんだ。  
(どうして――)  
僕はあのときサラの白い、仄かに薔薇色を含んだ手をとってしまったんだろう――。  
 
 
ポドールイはいつも夜に包まれていて、静かに月が輝く街だった。  
そこで僕はサラと出逢った。  
「一緒に行こうよ……ね?」  
差し出された手は白く、華奢で。――月光が似合うと思った。  
いつだって月は冷たく、孤独で。  
切れないものなどない、と賞される幻の大剣・月下美人が、  
その名前に「月」を持つのも当然だと思っていた。  
だけど、サラの手は。月の光の下で、柔らかく、温かく。  
僕はその夜、初めて月光が綺麗だ、と感じた――。  
 
 
アビスの、いや、死食の星のもとに生まれついた僕たちの『破壊の力』がひとつになる。  
黒炎が僕とサラを包み、グロテスクな文様を描きながら球体を形作り始めた。  
(だめだ……)  
僕は目を閉じ、凄まじいまでの「破壊」へと導く、抗えない甘美な引力に身を投げ出そうとした。  
すべてを――生けるものすべてを――道連れにして。  
けれど、そのとき。僕の心にかすかな望みが生まれた。  
 
――もう一度だけ、サラの顔が見たい。  
 
なんのために生まれてきたのか。  
なんのために生きているのか。  
自分は一体、何者なのか。  
 
なにひとつ判らず、望まない僕がたったひとつだけ、心に想ったことは。  
――サラと、いたい。  
ただその想いだけで、幾多のモンスターとの戦闘、  
アビスの幻影との熾烈を極める戦いを繰り返してきた。  
(サラ……)  
僕は隣にいるサラに視線を向けた。  
サラは――祈っていた。  
白い、仄かに薔薇色を含んだ両手を組み、ナッツ色の瞳をかすかに伏せて、祈っていた。  
僕の視線に気がついたのか、サラはゆっくりと顔をあげた。そして。  
(あきらめちゃ……イヤ。あきらめて……欲しくない、の)  
声は聞こえなかったけれども、胸に彼女の気持ちが伝わってくる。  
(……私、あなたのこともっと知りたい……あの世界で、もっとあなたと……いたい)  
サラが組んでいた指先を解き、僕に手を伸ばした。  
その手に黒炎が妖しく笑いながら、巻きつこうとする。  
(――っ!)  
僕は背中の大剣・月下美人をとっさに振り下ろし、サラの手を掴んだ。  
もうわずかな力さえ残っていないはずの腕に、確かな感覚が戻ってくる。  
(サラ……!)  
僕は彼女を引き寄せ、きつくその細い身体を抱きしめた。  
 
サラの唇がなにか言おうとして、かすかに開く。  
闇と炎が彩る視界のなかで、そこだけが春の花のような薄紅色。  
僕は引き寄せられるように、その唇に口付けた。  
(……んっ、)  
細い肩が戦慄く。ゆっくりと離し、僕は両手でサラの頬に触れた。  
(サラ……)  
もう一度、今度は押しつけるように唇を重ねた。  
舌先で彼女のふっくらとした口唇をなぞり、わずかな隙間から温かい口腔に忍び入る。  
柔らかく湿った感触に、頭の芯がとろけていくような気がした。  
サラの小さな舌もおずおずと動き出し、僕たちはなにかを伝えあうかのように、舌を絡めあった。  
(ぁ……っ、ん)  
サラの遠慮がちな息遣いが僕の身体を熱くした。  
僕は彼女の耳朶を含み、うなじから喉元、鎖骨にかけて口付けを贈る。  
胸元のリボンをほどくと、シフォンのブラウスがサラの足元に滑り落ちた。  
サラは頬を染めて俯き、両手で胸元を隠した。  
(隠さないで……サラ)  
僕はサラの両手をとり、自分の肩に乗せる。  
(……全部を見せて)  
僕たちは生まれたままの姿で、すべてを密着させて抱きあった。  
死食の年――たったひとつしか生き残らないはずの新しい命が、どうしてふたつ生き残ったのか。  
僕たちにも誰にも判らない。でも、今なら言える。――僕たちは。  
 
こうやって抱きあうために、ふたつ、生き残ったんだ。  
 
サラのなだらかに隆起したふくらみ。その上にある楚々とした粒を吸うと、  
(ああ……っ)  
彼女が背をそらせて、僕の肩を強く掴む。  
僕は徐々に固くしこっていくその粒を、舌の上で何度も味わった。  
指先でそれを摘んだまま唇を下降させ、彼女の肉の薄い腹にある臍まで唾液の筋をつけていく。  
サラの腹部が釣り上げたばかりの魚のように跳ね、滑らかな皮膚がふるふると波打った。  
(んぁ……あ……)  
初めて耳にする彼女の、熱っぽい声。  
 
僕はもっとその声が聞きたくて、執拗にサラの敏感な場所を探した。  
こんな「破壊」がもうすぐそばまで来ている場所で聞く、サラの喘ぎ声は。  
あきらめかけていた僕の中に強い願いを呼び起こす。  
(サラ……君と、いたい……もっと……)  
 
サラが、欲しい。  
 
薄く生えた若草の手触り。その真下にある亀裂を指でそっと撫であげる。  
(ひぁん!……ぁ……だ、め)  
途端、溢れでてくる蜜。僕は喉を潤す砂漠の旅人のように、その場所に唇をつけた。  
なんて――甘い。「破壊」の誘惑よりも、もっと濃く、深い、甘味。  
花びらのような襞を押し開くと、そこには水滴がきらめく珊瑚色の果実。  
僕は迷うことなくそれを食んだ。  
(あんっ! ああ……!)  
無意識のうちに足を閉じようとするサラの太腿を押さえつけ、  
僕は何度も蜜を舌ですくい、果実になすりつけた。  
ひくんっ、とサラの身体が弓なりに跳ねる。  
(へ、ヘン……なんだか……あ、熱い……)  
彼女の訴えに僕は顔をあげた。  
(僕も……熱い……サラ)  
頬を火照らせたサラが僕にしがみつく。  
僕は熱が滾った下肢をくつろげ、サラの花びらにあてがった。  
(い、っあ……あ、ああ――――っ!!)  
サラの内部は熱くて、柔らかくて、狭くて……。  
僕はいっきにのぼりつめてしまいそうな自身に歯を食いしばった。  
唇を噛みしめたサラの目元から、つぅ……と一筋の滴が流れる。  
(サラ……苦しい……?)  
僕の問いを、小さく首を振ってサラは否定する。  
 
(痛い……でも、嬉しい……)  
(痛いの……ちゃんと感じる……私、まだ生きてる、の)  
(熱くて……温かくて……ひとり、じゃなくて……)  
サラがゆっくりと濡れた睫毛をあげ、僕を見つめた。  
(あなたと……一緒に……生きてる……)  
僕は彼女の背を折れんばかりに抱いて、動きはじめた。  
 
球体の向こう側で「破壊するもの」と戦う仲間たちの意志の熱さ。  
僕を外からも内からも包み込むサラの熱さ。  
そして、生まれて初めてなにか必死で渇望する僕の熱さ。  
そのすべての熱さが交じり合い、溶け合い、ひとつになる。  
 
激しくなる僕の動きにサラの呼吸が荒くなっていく。  
(あ……あ……っ……な、なにか……く、る……!)  
サラがより強くすがり、額を僕の肩に擦りつけてうわごとのように呟く。  
交差した熱が激流のように身体の中を駆け抜け、突き上げる衝動に僕は彼女をただ抱きしめる。  
遠くなる意識を繋ぎとめるように。  
(……サラ!)  
僕は彼女の名前を呼んだ。  
 
音もない。光もない。なにもない――  
(世界は終わったのか……)  
覚醒するなかで僕は探していた。  
――なにを?  
大切なものがあったはずだ。確かに、あったはずだ。  
うっすらと瞼をあげると、射し込む――銀色の光。  
(ああ……月、だ)  
いつだって月は冷たく、孤独で――。  
(違う)  
僕は目を見開き、立ち上がった。  
一枚の鏡がそこにはあった。  
ただ違っていたのは映っているのは僕ではなく、ひとりの少女だった。  
僕と同じようになにかを探している瞳をしていた。  
僕が手を伸ばすと彼女も手を伸ばす。  
僕が近寄ると彼女も近づく。  
そして、僕が唇を寄せると彼女の春色の唇も寄り。  
触れ合った瞬間――「破壊」の力が逆回転をはじめた――。  
 
「さよなら……サヨナラ! お姉ちゃんっ……!」  
サラがずっと一緒にいた姉に別れを告げた。  
姉――エレンもサラを止めなかった。  
 
僕たちは知ってしまったから。  
世界のために、生けるものすべてのために、僕たちのために。旅立たなくてはならない  
アビスのゲートはすべて閉じ、「破壊」の力を「創造」に変え、  
僕たち「宿命の子」の役目は終わったようにみえた。  
でも、僕にはあともうひとつだけ、やらなければならないことがある。  
腰には氷の剣。背中には月下美人。二振の大剣。  
どちらもサラと旅をしている間に手に入れたものだ。  
この幻の名刀たちに誓って、やり遂げなければならない大切なこと。  
僕は歩きだしたサラの前に立ちふさがった。  
驚いているサラに手を差し出す。そう――今度は僕の番。  
 
「一緒に、行こう――サラ」  
 
サラの白く、仄かに薔薇色を含んだ指先が僕の手に触れた。  
 
 
僕とサラは岩陰に腰を下ろし、月を見ていた。  
明日の朝には何処かに向かって旅立つ。  
――何処へ、行く?  
「そうだね……」  
僕の肩に頭を乗せながら、サラは微笑んで言った。  
 
――あなたの名前、探しに行こうか?  
                           【 FIN 】  
 

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