ゴドウィン男爵の謀反を平定した時にロアーヌ王宮の玉座の間に顔を揃えた8人は  
運命みたいなものがいろいろ交錯して、世界中の様々な仲間と力を合わせて  
なんと死食の輪廻を解放するっていう途方もない偉業を達成してしまった。  
で、今日再び、すべての始まりだったその場所に、その8人が集まっていた。  
 
ロアーヌ『王』国の爵位の正式な授与栄典。主役はユリアン。  
カタリナを従えて彼に男爵位を授けるミカエル王。  
その光景を我が事のように感激するモニカ姫。  
経済界の若きいち盟主として堂々参列するトーマス。  
絢爛な雰囲気に完全に気後れしながらもユリアンに賛美の眼差しを送るサラ。  
 
そしてサラと仲良し姉妹であるはずのエレンは、なぜか彼女とはほんの少し距離を置いて  
呑気な様子のハリードの隣に立って栄典を複雑な思いで見てた。  
 
で、栄典はつつがなく終わった。式後みんながユリアンのそばに集って改めて彼を祝賀する。  
「あのっ、お、おめでとう……!」  
「ありがとう」  
「大出世だな!」  
「いや、ほんとは男爵って言ってもかっこだけなんだ。トムのほうがすごいよ」  
ユリアンは、男爵なんていう偉い身分になっても、ユリアンのままだ。  
でもエレンには、やっぱり、彼に大して複雑な気持ちがないと言えば嘘になる。  
「もう、ユリアン男爵、ね。……本当におめでとう」  
たぶんユリアンも、エレンにそんな思いがあることを察している。  
でも、てゆうかだからこそ、ユリアンはそんな彼女の祝福をまっすぐに聞いてくれて、  
毅然とした笑顔で、それに応えてくれた。  
「ありがとう、エレン」  
彼のそんな態度が、エレンはなんだか嬉しかったり寂しかったりした。  
ユリアンはやっぱり変わったかも。中身も立派になった。  
……こいつをそうさせたのは、モニカ様なんだろうな。  
 
「お前なんか変じゃないか」  
「まあ、べつに……」  
「そうか」  
ハリードもけっこう早くからエレンの様子に気付いたみたいだ。  
エレンは、ユリアンにも、そしてサラにもなんか思うところがあるみたいだ、って。  
「サラ、あたしは…先に帰るけど、あんたは大丈夫よね。……彼がいるもんね」  
「うん……」  
「あ、やっぱりなんか今は気まずいけど、さ。あたし、嫌だとは絶対思ってないからね……」  
「うん。ありがとう」  
ハリードは黙って、そんな姉妹の妙なやりとりを見つめた。  
 
「シノンまで送ってってよ」  
「…OK。送ってやるよ。無料でな」  
「ふふ。お金取るんなら頼まないって」  
エレンはサラを残して先にシノンに帰るつもりのようだが、  
ハリードはその理由は尋ねずに、彼女を送ることをただ快諾した。  
 
ハリードはエレンを背に、シノンまでの夜道を駆る。  
そしてエレンの実家、カーソン農場に辿り着くと、エレンはハリードを引き止めた。  
「あがんなよ。どうせヒマなんでしょ。いっしょに飲も」  
 
「ここの離れがあたしのサラの部屋。親はあっちで従業員はあっちの舎に住んでるの」  
「立派な農場だな」  
「グルメロアーヌってね。でも、立派なのはあたしのおじいちゃんや両親よ……」  
「ふうん…」  
 
「じゃ、ユリアンの爵位に乾杯…」  
「ああ」  
ハリードはまた黙ってエレンの酒に付き合ってくれた。  
 
ハリードは優しいな、ってエレンは思う。  
なんで自分がサラ達より先に帰っちゃったのか、なんでこんなとこで乾杯なんかしてるのか、  
なんで自分がセンチメンタルになってるか、一切詮索しようとしないところに、  
一緒に旅をしててもよく感じた、彼流の思いやりを感じた。  
リビングのソファーに彼が座って、自分はカウンターにもたれて、些細な雑談をしながら飲んだ。  
でも……酒が入ると、彼女の心は少しほころび始める。  
彼の無言の思いやりにもっと甘えたくなってしまった。  
今度は「聞いてほしい」って思うようになってくる。  
「ねえ、ハリード。……あんたさ、ユリアンとモニカ様のこと、どう思う……?」  
ついに、さりげなくだけど、エレンのほうから話を振ってしまった。  
「……………………そうだな」  
「……」  
「俺は、嬉しいと思ってるよ。俺ができなかったことを、あいつがやってくれたようでな」  
 
どきん  
 
「俺は自分の姫さんを守れなかったが、あいつは守りきった。心から尊敬している。  
 ユリアンは、俺なんかよりずっと、本当に強い男だ」  
いきなり核心的な答えだ。どきっとした。  
エレンは彼がなんのことを言ってるのか知ってる。  
ゲッシアのファティーマ姫。彼は姫と恋仲だったのに、それを失ってしまっている。  
カムシーンを得たトルネードなんて名実ともに最強の剣士になったっていうのに、  
彼は自分の心の傷が消えるってことはないんだ。たぶん一生。  
 
どきん…  
 
…………これってきっと、普通誰にも言わない、ハリードの本当の心の奥の気持ちだ。  
彼が晒してくれたのなら、自分の今の心の中のことも、さらけ出そうと思えてくる。  
もしかしたら、彼は、自分がなにか話したそうだってことも気付いて、  
さきに彼のほうから(滅多に開かない)心を開いて、話しやすくしてくれたのかも。  
 
エレンは話し始めた。  
 
ユリアンってさ、前は、あたしのことが好きだったのよ。  
でも、振ったの。だってあたしはあいつには恋愛感情はなかったんだもん。  
そしたらさ、その男は、美人のお姫様と恋をして、男爵にまでなっちゃったのよ。  
そんな将来性を秘めてた男を振っちゃうなんて、あたしって、バカ?  
それにあたし、今ね、モニカ様に嫉妬してるの。  
自分のほうがユリアンを振ったくせにね。  
しかも、あたしは今だってユリアンに恋愛感情なんて持ってないわ。  
自分はユリアンに恋してないくせに、あいつが自分を見なくなったことは不満に思ってるの。  
モニカ様があたしからあいつをとったって思ってるの。  
 
最初はぽつぽつ話してたけど、だんだん加速してくる。  
 
「あたしって最低でしょっ」  
「いや。ちっとも」  
すると、ハリードは即答で否定した。かなり力強く。  
「な、なんでよ。最低じゃん……」  
「なら、聞くけどな。……もし、俺が、姫以外の生きてる女にも今また惚れたら、俺は最低か?  
 その女が他の男を見ていることに嫉妬したら、お前は俺のことを最低だと思うか?」  
 
どきん  
 
彼は、なに言ってるんだろう。  
「…………思わない。でもそれは違う」  
「違わないさ。人は誰だって最低な部分があるんじゃないか。誰かが最低ならみんな最低さ。  
 それが普通なんだ。だからお前だってそれが普通だ。お前は最低なんかじゃないさ」  
「でも」  
「お前は最低じゃない」  
 
人間なんて誰だっていつも自信満々に生きてるわけじゃない。  
今心の傷をちょっと見せたハリードにそう言われると、そう思えてくる。  
ユリアンのことを彼に話してよかった。受け止めてくれて嬉しい。  
でも。  
「…………」  
「話は、それで終わりか?」  
「え……?」  
「もう自分は最低じゃないって思えるか?」  
まだ思ってない。まだ思えないと思うことがある。いろいろ思ってばっかり。  
「お前がユリアンに、なにかしらあるだろうってことくらいは、なんとなく察しはついてた。  
 でも、それだけじゃないんじゃないか……って気がするんだよな。  
 せっかくだからついでに話してみろよ。少しは気が晴れるかもしれないぜ」  
「…………」  
「もちろんお前の気が進まないなら話すことはないがな」  
「ううん。…………あんた、やっぱ大人だね。ありがと」  
エレンはいつの間にか空いた二人のグラスに、また酒を作って、また喉に流す。  
けっこう飲んでるかも。  
 
「この旅を終えてさ、みんなすごく成長したのに、あたしだけなんにも成長してないの。  
 男爵になったりさ、大商会の社長になったり、王様でしょ、お妃様でしょ、神王様でしょ。  
 あんただって本物のカムシーンのトルネードじゃない?」  
「…………おい。それは肩書きのことを言ってるのか?」  
「それ、も……あるけど、それだけじゃ、ない……」  
「じゃあ、なんのことだ」  
「…………」  
まだ、他人には誰にも秘密なことを、彼に打ち明けるべきか、一瞬悩んだ。  
 
「………サラがね、妊娠したんだって……。あの彼との間の子だって……」  
 
つづく。  
 

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