ファティマ姫を、「裏切る」。彼女に愛の忠誠を誓った後も、随分沢山の女たちと  
枕を交わしたが、今度の不貞ばかりは完璧だ。何故なら、おれは、エレンを愛し  
ているから。そして、エレンも、おれを愛しているから。  
興奮と罪の意識に乱れる思いの中で、ハリードははっきりと、今まで目を背けて  
いた真実を受け入れた。それは、恐ろしいことであると同時に、気の狂うような  
喜びをもたらしてくれた。ファティマ姫と共に、永遠に失ってしまったと信じて疑わ  
なかった喜び――生への情熱と、欲望。  
 
「…抱いても、いいか?」  
 
腕の中で、緊張に満ちた体が、びくりと震えた。抱き寄せる力を強め、エレン、と  
掠れる声で懇願する。  
 
「お前を、抱きたい」  
 
エレンの腰に、じいんと厚ぼったい痺れが走る。息が止まる。ハリードの抱擁が  
はじめて女を抱く少年みたいに無我夢中で、抱きすくめる相手をほとんど気遣って  
いないからではない。  
 
「エレン…お願いだ、おれは」  
 
深い声が、欲望の響きを充たして耳に滑り込む。こんな喋り方も、するひとなんだ…。  
愛剣を閃かせ、モンスターの血煙の中を駆けるハリード。どれだけ皮肉屋だろうが、  
憎まれ口ばかり聞こうが、この世の中で、彼が立ち向かえないものなんてない。  
相手が孤独だったとしても、おんなじこと。  
そう、信じていたのに。  
 
なのに、今。どうして、そんな声で。  
あたしを…呼ぶの。  
 
「や……」  
 

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