一匹の巨大なザリガニが小さなテントの中でさっきからピクリとも動かずに座っている。目の前でチロチロと燃える火をぼんやりと眺めていた。
「ボストン、どうしたんだい」
ボストンと呼ばれたザリガニの背中から一人の老女が顔を出す。
老女は髪を大きく束ねており幾重にも重ねた布の服を着ていた。鮮やかな彩りで、はるか離れたロアーヌやピドナとはまた違う独特の特徴の服だ。かなりの地位にいるらしく両腕には重そうな金の飾りをつけた腕輪をつけていた。
「あ…いえ。別にどうしたという事はないのですが」
ボストンは外見からは予想も出来ないほどの美しい声と言葉遣いで老女に返答する。人間族のようにかなりの知能があるらしい。老女に向かって言葉をえらび会話をしている。
「そうかい。そりゃ、そりゃ。なに、もうすぐあんたの仲間も帰ってくるさ」
「はい、バイメイニャン様」
「様なんてつけなくていいよ。バイメイニャンで」
ケラケラとしわだらけの顔で笑う。ボストンもつられて笑ってくれたが、すぐに黙り込んでしまった。バイメイニャンはそんなボストンにあきれながらも、燃えている火を前にして座る。
地面には何十日もかからなければ作れないと思われるほど精巧なじゅうたんがひかれていた。足元を暖めてくれる。
「なぁ。迷惑だったかい?一番、術の力が優れてから選ばせてもらったのだけど。もし迷惑だったら…」
「そんな事はありませんよ。私も『最果ての島』からこんなに遠くまで、来る事ができ本当は楽しんでいるのです」
バイメイニャンの気遣いを遠慮して話をしようとする。最果ての島生まれのボストンは、四魔貴族のひとつフォルネウスによって一族ごと殺されそうになっている時、人間の仲間たちに助けられたのだ。
一族の危機が去った後は持ち前の好奇心により人間たちの旅についていくことに決めた。己の目で新しいものや世界を見てみたいという欲求もあった。
それから何十日も立ち、旅を続けた後、やっとこの不思議な部族がすむ村にやってきたのだ。
そこではこの老女バイメイニャンがおりある計画に手を貸してくれる代わりに術の力の高い人物を置いていく。つまりこの場合ボストンを置いていく事を条件に出されたのだ。
始めは貴重な戦力であるボストンを手放す事を拒んだ仲間たちも、協力をしないとアビス封印が出来ないという事。その弱みの為、しぶしぶとボストンを置いていく事を決めたのだ。
もう仲間が旅立ち一週間ほど立ったころだ。そろそろ帰ってくるに違いない。バイメイニャンの調べものももう終わる。その間、勉強もたくさん出来よく喋れるようにもなった。
やっとこの息苦しい室内から出て行けることになりそうだ。
「ボストン…。あんたと二人で暮らしてもう一週間だね。なんだか愛着が湧いてきたよ」
「そうですか。ありがとうございます。私もですよ」
しわがれた声だがどこか心に優しく響く。この不思議な感覚をかんじさせてくれるのがバイメイニャンの特別な力なのかもしれない。
そこから何故か二人の会話は止まり、それから何十分も時間が流れる。ボストンはそのまま火の前で座っているばかりだし、バイメイニャンは前で書物を呼んでいた。二人ともお互いを気にはしていた。
だがどうせ話をしてもまた途絶えるだけだ。何もしないのが幸いと、特にボストンはそう思いじっと体を縮めている。
体をちじめるうちに眠ってしまう。再度何十分もたったころ目がさめる。座っていたはずなのに、,なぜか頭は天井を向いていた。
「?」
寝ているうちに倒れてしまったのかと思い、体を起き上がらせるがうまく起き上がらない。まるで鎖か石でもつなぎ合わせたかのような重さがのしかかってくる。
そんなとき、横から影がひょいと出てくる。目を向けるとそれは、さっきまで書物を読んでたバイメイニャンだった。さっきより薄着のようにも思える。
「ボストン。あんたのおかげでほとんどの調べ物は終わったよ。でね。…最後にもう一つやっておきたいことがあるんだ」
「はぁ。何でしょうか?何でもやれますが」
この状況に疑問はたくさんあったが、こんな事も一週間のうちには何度も何度もあった。それもこれも実験という名でいじくりまわされた。
そのためこれも同じような事と思い黙って聞いている。どうせすぐに終わるしたいした事ではないと思っているからだろう。
しかし、次のバイメイニャンの言葉を聞きボストンは飛び上がりそうになるほど驚くことになる。
「実はね。あんたに私を抱いて欲しいんだ」
「…抱くですか?」
あまりにもあっけらかんと動じずに言いのける為、素直に答えてしまう。一分ほどお互いに何も言わずに沈黙の時間が流れた。
「ええっ!」
その真っ赤な体をこわばらせる。口をパクパクとあけて何もいえそうにない。
「なに驚いてるんだよ。嫌だねぇ。これも術の調査の内さね」
「そ、そんな…。ですがバイメイニャン様はこの私から見てもとても高齢…いやゴホンゴホン」
のどに手を当てて下手な事を言ったという後悔の顔をする。だがそんなボストンの様子は気にしていない。
「ふん!女の年なんて気にしないでいいよ!私がしたいと思ってるんだから、甘んじて受けな」
独り善がりのある物の言い方に、もう何も言えずに座っている。そんなボストンにバイメイニャンは近づくと耳元で優しく声をかけた。
耳元に伝わる暖かい息がいい気持ちにさせてくれる。ただこれは相手が高齢の女性でなければの場合だが。
「安心しな。わたしゃこれでもかなりの腕前なんだから」
バイメイニャンはこう見えても昔から何人もの男を渡り歩いてきていた。その間にいろいろな経験もつらい思いもしたが、ある分野がずいぶんと得意となっている。
それは性方面の事だった。バイメイニャンの美貌に惚れ、自分の家で囲おうとした金持ちやたくましい兵士たち。そんな男たちの欲望を一人で受けてきたのだ。
性の能力が、どんどんうまくなるのも仕方のないことだった。その言い換えるなら鍛えられた性の能力は今でも少しも劣ってはいない。
たちまち、ボストンの感じる場所を探し当てた。
「あんたみたいな殻だらけの奴に気持ちいいところがあるのか、どうか、わかんないけど。がんばってみるかね」
「バ、バイメイニャン様。冗談はやめてください」
「冗談じゃあないよ」
バイメイニャンの手がボストンの肩に置かれる。顔と同じくしわがかなり集まっている。一流の術使いであるため、ボロボロにもなっていた。
冷たい汗が何度も頭から流れる。ボストンは信じられなかった。人間というものは、こんな種の違う生物でさえ欲しがるものなのだろうかと。
確かに、昔より人間族は動物や魔物と交わり新たな種を作り出してきた。だから現にないとは言えない。でも自分が当事者になろうとは思えなかった。
(…なぜ、こんな事になってしまったんだろう)
頭を後悔の二文字が巡る。体を動かそうとしてみるが術にかかっているらしくかなり重く感じる。体の間に水でも入れられてるのではないかと考える。
だがすぐにその考えも吹き飛んだ。寝転がっている目の前に、バイメイニャンの顔が近寄ってきたからだ。
「目をつぶって…」
言われたとおり目をつぶると、なにやら口に押し付けられた。それは相手の唇だった。肉の感触がしていい事はいいのだが、なにしろ相手が相手だ。気持ち悪いという事もあった。
だがなれとは恐ろしいものだ。どんどんと気持ちよくなる。不思議な感じだった。
耳にシュルシュルと紐を解く音がする。たぶん服を脱いでいるのだ。バサッと離れた場所に服を投げる音がする。以外と簡単なようだ。さっきの豪華な服装と違った為だろう。
「さぁ、抱いて」
体をいっしょに横たわらせボストンの固い体に密着させる。体が相手を傷つけてしまわぬようボストンも最新の注意を払う。
もう観念してバイメイニャンの要求に従う事にする。一回やれば自分はもちろん、相手も満足してくれるだろうという事だ。
さっき言われたことを忘れ、もう目を開く。
震える声でハサミを背中に回す。位置としてはちょうど抱きしめるような格好だ。
「か、顔が」
ボストンの目はバイメイニャンにくぎづけとなる。
「ああ?これかい。あんたがつらいと思ってね。…私も年だからねぇ」
ボストンの声が震える原因は、その変わりようにあった。バイメイニャンの顔がどんどんと若返っているように感じたからだ。
最初は見間違いかとも思えた。人間が、人間に限らず生命がそう簡単に若返るなどあってたまるものではない。かなりの長い年数を生きているボストンは聞いた事も出来るとも思えないのだ。
それは目の錯覚ではなかった。現に顔のしわはもとい指先やしぼんで地面を向いていた垂れた乳房が、どんどんと張りを取り戻してきた。顔もふくよかになっていく。
なにより、相手の体から術の力がどんどんと増してくるのを感じるのだ。これは生命やエネルギーの動向を知る上で大事だと聞かされていた。つまり本当にバイメイニャンは若返っているのだ。
「心配する事じゃないよ。あんたのエネルギーをうまく吸収して身体のバランスを調整した結果さ。簡単なもんだよ」
「そんな事が出来るのですか」
「ふふふふ。久しぶりの男。しかも高い力を持った男だからね。とっても気持ちがいいよ。いつもより楽なものよ」
顔や体はもう二十代、いや十代に見えそうなほど若くなった。声も昔のままの美しい声に変わる。昔、十数人の城や町の男たちを魅了したといわれる、その美しい顔も見えた。
ボストンは人間の女の美しさが微妙にわからなかったが、この時はとても綺麗で惚れ惚れしそうになった。どんなにお互いが違った世界に住んでいようが、美しいものは美しい。たちまちに魅了される。
くくっていた髪をバサリと解く。青い髪が腰まで垂れた。胸に顔を寄せすりすりと撫で付けてくる。
ピクンと今までほとんど反応しなかったボストンの男が反応した。さっきまでの老女の状態では、何の動きもなかったのに現金なものだ。
「おやおや。ここがこんなになってる。大きいねぇ」
ボストンたち最果ての島の住人たちが、全身を殻で覆っている事は外見からもわかる。そして生物である以上性交も、もちろん行う。
一族の男は股の殻の下に管のような透き通った男根をもっているのだ。それを使い同族の女の内部へ差し込むのだ。
性交は何度か経験し、もう子供まで出来ていたボストンだったがここに来て人間と経験する事に今一度恐怖を感じた。もしこのまま進んでしまったらどうするというのだろう。
ましてやバイメイニャンとの間に子供まで出来てしまったら、と。本当は若くなるだけで身体はもう子供を作れそうにないのだが、今のボストンにはそれが不安でならなかった。
そんな気持ちなど気にもしないように、手を使い股の間からボストンの男根を引っ張り出す。やはり透き通っていた。管のようと説明はしたが構造としては人間の男の物とそう変わりはしないのだ。
「ううっ」
「気持ちいいの?ボストン」
子供のように可愛い顔で見られ赤い顔をもっともっと赤くする。意外とナイーブな男だ。バイメイニャンはそんなボストンを可愛く思う。
若くなったのといっしょに、悪戯心が出てきたのかもっともっと恥ずかしくさせいたぶりたくなる。手始めに男根をゆっくりとこすってやる。
「うおおおぉぉ…おおお」
テントの中へボストンの雄雄しい声が響く。口をくいしばり必死に耐えているようだが、あまり効果は見られない。こんな事は始めての経験なのだから。
性交を繰り返したとはいえ、両腕がハサミで出来ている一族だ。自分の性器をこすった事もなければ触られた事もない。ただ入れて出すだけだった。それでも十分に満足だったからだ。
しかしそれよりももっともっと気持ちよくなれるとは。新鮮でもあり驚きでもあった。
「…くぅ。もっとお願いします。もっと、もっと」
この気持ちよさ、手触りを味わいたい。そう思い懇願する。バイメイニャンは必死の願いにケラケラと笑う。
「面白いねぇ。大丈夫。やってあげるから」
指に力をいれる。キュキュとボストンの性器をしめる音がする。更なる快楽が体を襲っていた。指先ひとつひとつの動きが目をくらませるほどの快感を生み出す。
「ううっ。そんな…わ、私がこんなに早く?」
体の震動が次第に大きくなる。もう耐え切れなくなっている。普通なら一時間はかけるものなのに、この射精を促す早さに驚いていた。
まるでボストンが気持ちよくなるリズムを知っているかのようだ。こする速度はどんどんと増していく。薄透明の管に下に何かが溜まっていく。
「や、やめてくださいっ!」
つい力を振り絞って両腕で押してしまう。一生懸命しごいていたバイメイニャンはゴロンと床に飛ばされてしまう。
「あぁ!大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄る。この頃には体の動きもある程度だが自由になっていた。頭を抑えながら起き上がる。
「大丈夫。そんなに心配しなくてもいいよ。でもいきなり突き飛ばされる打なんて
ホッと息をついた。もし下手に頭でも打ってしまったら一大事だった。見た目は若くとも中身はまだ老女かもしれないのだ。下手な事は出来ない。
相手は自分が何ともないことを確認すると、起き上がりてくてくと歩いてくる。目の前に立たれ腰の位置に目が当たる。ついドキンと驚いてしまった。そこにはバイメイニャンの陰部がありありと見えたのだから。
陰部は薄い毛に覆われており、うまく確認が出来ない。好奇心からか、中を見たくなってきた。
「…よいしょっと」
たぷたぷとゆれるももの肉を持ち上げる。腰のあたりまで近づけると両側に引いて開いた。それによりバイメイニャンの陰所がますますよく見えてくる。股からは汁がタラリとおちてきた。
「や、やめてったら。恥ずかしいよ」
「素晴らしい美しさだ…」
目にうつるものはピンク色でキラキラと輝いている。これが人間の女だった。初めて見るものなのにとても美しいと思えた。
その美しい場所を自分で支配できたらと、ボストンは考える。バイメイニャンは恥ずかしがり顔を両手で隠していた。可愛いしぐさだ。とてもさっきまでの女性とは思えない。体が若くなると、心まで若くするのだろうか。
そんな様子を見てますます愛しくなったボストンは股の管をうまく伸ばし、女へ入れようとする。バイメイニャンもそれに気づき、腰をいやいやとさせるが本気で拒むわけではない。
相手をうまく誘い挿入をうながそうとしているのだ。動きがまたうまくますます肉欲を誘う。これも数十年にわたる経験から来るものなのだろう。
「それでは行くぞ。あ…痛かったらすいませんね」
つい緊張から口使いも乱れる。
「き、来て。…ああっ」
場所を定め、ゆっくりと挿入する。ずぶずぶと沈む音と一緒に、歯を食いしばる音が聞こえる。
中はなかなかにきつい。ちゃんと入るかも微妙だ。ボストンのものは大きく、かなりの長さがある。すべては入らないかもしれないが、それでも奥まではなんとかいれようと腰を動かす。
そのかいあってか、なんとか入れることが出来た。こんな時、異人種だと困ってしまう。もし愛し合ってもこの部分が問題になってしまうからだ。
だがボストンとバイメイニャンはうまくいったようだ。管はおくまでにゅるにゅると蛇のように生えながら差し込まれていった。
(これが人間か。…われわれとはかなり違うのだな)
初めて人間の中を体験する。一番に思うことは、その不思議なまでの暖かさとまわりから攻め立てられるような感触だった。そのふたつがうまく交わり感度をどんどんと増してくる。
放出する事ではなく楽しむ事を優先させた形なのかもしれないと思った。現に性器を締め付けられいい気分だ。
「はぁぁぁぁ〜。大きい。…しかも何だかこの感じ不思議」
ため息と喘ぎ声が混ざる。目をつぶり頬は朱色に染まる。久しぶりの男の性器だ。人間ではないが、長い人生の中で似たような生物との体験もある。
だから別に気にもなっていない。下手な事を言うならば人間よりも気持ちいい場合さえあるのだ。それが今だった。
少しずつ腰を動かす。ボストンもそれに気づくと動かしてみる。うまく合わさった腰同士が上手にタイミングを合わせて振れていた。
ゆっくり、早く、ゆっくり、早く。いい感じだ。
ふとボストンは目の前にある乳房を、力を調節しながらはさんでみる。ぐにゃりとつぶれる。
それがまたバイメイニャンは気持ちいいようだ。ハサミについているトゲもチクチクと部分部分、特に乳首の先をつく。
「ああー。いいよ。いい。来て。一気に来てえっ!」
もう人の目など気にもしないという風に大きな声で鳴く。ボストンも他人など気にする暇などない。必死に腰を振り、肉欲をどんどんとむさぼっていく。限界へどんどんと近づいていく。
それはバイメイニャンも同じようで中がぐつぐつと煮えたぎるほど熱くなる。肉はぎゅうぎゅうにしまり管を押しつぶそうとまでする。内部は生き物のようだ。
「い、いく。いくぞぉっ!」
ついに精の塊が噴出した。管から黄色くなった液体がどくどくと流れ込む。さきほど性器をしごかれたまった分も放出する。
白色ではなかったのはあまりにも多い量と濃い密度の為、色が変わっているのだ。臭いも相当なものだ。一気にテントの中へ、精液の臭いが充満する。
「うううぁぁぁ。あっ!あっ!」
「うおおおおおっ!」
必死にしがみつきながら、射精にたえる。ボストンも少しでも精液を送り込もうとする動物の本能が働き、両手のハサミと体の殻をうまく使うとがっしりと捕らえてしまった。そのことによりまったく動けず、全ての精液が余す所なく内部へ送られていく。
内部では管を通った精液が、奥ふかくまで飛び出していった。その濃さに驚きながらも、まるでみだらな雌のように腰を振り快感をむさぼっていく。二人の腰の間では蜜と精で、もうぐちゃぐちゃだった。
「出てる、出てる。凄い!凄いよ!ボストンッ」
何十秒もたっているのに、一向に放出が収まる気配はない。本当にボストンの一族の生命力、性交の力に感服する。この生命力がなければ、あんな小さな最果ての島や、フォルネウスに襲われても生き残る事は不可のうだったに違いない。
あふれた液体はじゅうたんをぬらす。どれも湿るほどみだらな液を吸っていた。
一分ほど越えた頃、やっとの事でお互いの動きが静まってきた。終わりが近づいているらしく、息をなんとか整える。
相手のほうも落ち着いてきており、抱きしめる手の力を弱めた。さっきは無我夢中だったので、気づかなかったが所々が傷ついていた。己の殻のせいだろう。
痛みにこらえ、自分を愛してくれたのだ。その優しさに心奪われ、たまっていたモノを全て吐き出す。そこへ愛情もいっしょに込めて。
「うっ!」
「あん…あぁ」
最後に少しの喘ぎ声をあげると二人は倒れてしまった。目はうつろで何も見えてはいない。体の重さがじゅうたんをへこませる。
眠っていた二人が目をさめると、今まで充満していた臭いは全て綺麗なほどなくなっていた。夢かとも思えた一夜だった。だが夢ではない。
その証拠にじゅうたんはまだ湿りを取り除いてはいないからだ。体をあげたバイメイニャンは微笑みながらボストンに声をかける。
「これで実験は終わり…。ありがとう。あなたのおかげで、術の研究も出来たし…いい気分にもなれた」
じゅうたんで横になりながら、ぽつりぽつりとつぶやいている。そんなバイメイニャンをボストンは黒く真珠のように光る目で見つめていた。
「私は驚きました」
「?」
ボストンの口を開いて出た言葉は感動にあふれていた。今にも泣き出しそうなほどだ。
「人間の素晴らしさに、驚きに。普通の暮らしを続けていたなら、こんないい思いは出来なかったはずです」
「やだ!ずいぶん恥ずかしい事を言うんだね。あんたは」
片手で体をポンポンと叩く。人間全体を誉めるようには言ったが、その全てもろもろの思いはバイメイニャンに注がれていた。だから恥ずかしくも思ったのだ。
それから黙りきっていたが、ボストンの頭にはあるひとつの考えがあった。とても恥ずかしい事で言い出そうか、迷っていたようだが口を開いて話して見る。
「もうしわけありませんが…もう一度お願いしてもよろしいでしょうか?バ…バイメイニャン」
「もしかしてやりたいのかい?ふふふっ。あんたは本当にいい男だね」
答えとばかりに唇を押し付ける。目の前にはさっきまで震えていた美しい女の姿があった。
「いいよ。やろうじゃないか」
ボストンはいきりたった。この世にふたつといない美女と再度交わる事が出来るのだ。この若いからだ、美しい顔、感度のある秘所、どれもが魅力的だった。
しかしその淡い思いは、少し変わる事になる。
「ああ、後もうひとつ。わたしがこうして若くなれるのは、一日のうち何十分だけだから。今度は元のよぼよぼのままいかせてもらうからね」
「…え!?」
「いいねぇ。燃えてきたよ。大丈夫さ。年をくっても私は丈夫なんだからね。…ただボストン、本気のあたしにあんたが耐えれるかねぇ?」
またもや後悔したが、もう遅い。ずいぶんと乗り気になったバイメイニャンは止められれず、すぐに体の上へまたがってくる。
先ほどかいた汗は全て冷や汗となって変わった。もちろん目の前には若いバイメイニャンではない。いつのまに元に戻ったのか、年を取った方が近づいてくる。
抱きしめられ、さきほどのしわがれた声が聞こえた。
「楽しもうねぇ。ボストン」
「おーい、帰ってきたぞ」
テントの入り口を開け、ロアーヌの騎士ユリアンを筆頭に妖精やぞうといった不思議な面々が顔を出す。その中にはバイメイニャンの弟子ツィーリンの姿もあった。
奥にいたバイメイニャンが出てきた。服はいつものとおり、とても豪華なままだ。だがボストンがいない。
「おかえり。もう少し時間をかけてもよかったのにねぇ」
バイメイニャンは、ずいぶんと口惜しそうな、名残惜しそうな声でブツブツ呟いているがユリアンたちには、なぜ不機嫌になっているのかわからない。
とりあえず一刻も早く仲間の様子を確認したいというのが本音だ。どこかと聞くとなんとテントの奥の方へいるという。何やら目をむいて話をしようとしていない。仲間たちは不安になった。
(もしかしてバイメイニャン様。…あのザリガニみたいな男と)
ツィーリンの冷たい視線がバイメイニャンに突き刺さる。にやにや笑いながらそっぽを向くが黙ったままだ。ツィーリンは頭を抱える。
仲間たちは意外と広いテントの奥へ足を踏み入れた。真っ暗で何も見えないのだが、明かりを照らす事により内部がわかる。
真中にゴソゴソと動くものがあった。体の大きさからするとボストンだろう。
「おい!ボストン。帰ってきた…うわぁ!」
顔を上げたボストンは、なんと別れた時にはあんなに真っ赤だった体を青い色に変えていたのだ。ひきつった顔と、やせ細った体が痛々しい。
体を引きずりながら、弱弱しく笑顔を見せる。だが今にも倒れてしまいそうだ。
「お…おかえりなさい」
それだけ言うとまた地面に体を倒し気を失ってしまった。それからまた一週間の間、バイメイニャンの元で治療を行うボストンの姿があった。
もちろん仲間たちもいっしょにいる状態である。今度は安心して治療を行っていた。ただ時々、バイメイニャンとボストンがいなくなり仲間たちの心配の種にもなった事もある。
その時に限って、フラフラの体と幸せそうな顔をするボストンとバイメイニャンの姿が見られるのだった。