恐ろしいほどの痛み。絶え間ない乾き。毎日襲ってくる悪夢。全てがどれも耐えれるものではなかった。
彼女はその全てを耐えようとした。人間として。だが、その願いも努力はいつも守れない。
だがそれを誰が責めることができるのか。彼女は戦ったのだ。必死に戦ったのだ。それでも守れないものは何時の日も存在する。
「痛い…痛いよ」
心の奥から搾り出すような声を出しながらアセルスが薄暗い廊下を歩いていた。壁でチロチロと燃える炎が、アセルスの苦しむ顔を照らしている。
額には汗がしみだしていた。緑色の髪も汗で少しぬれていた。ひどく寒そうに体を震わしている。
体を襲う苦痛が、ここ最近は更にひどくなっていく。痛みだけではない。のどの渇きもまた同じだ。この原因はひとつしかなかった。あの男のせいだ。
「…あの人に会わなければ。私は…」
目の前が眩み、フラフラと足取りがもつれていく。時々、壁に体ごとぶつかっていく。もう歩く事さえままならない。
だが少しでも先に進み、あの人に会わなければどうしようもない。あの人に会う事によりアセルスのこの苦痛を消え去る事が出来るのだ。
そんな時、アセルスの前に一人の男が立った。体中を黒い甲冑で包み、漆黒のマントを背負っている。顔を隠すため、異形の兜をかぶっていた。そのせいで顔がうまく確認できない。
「………」
アセルスは歩を止める事はない。この騎士にかまっている暇などないのだ。
「今日もあの方の寵愛を受ける気か?随分と…うらやましい事だな」
クックッといやらしい笑い声を出す。両手を大げさに振り、アセルスの通り道を邪魔しようとする。
一瞬立ち止まるが、すぐに手の下をしゃがんで通る。今のアセルスの目には騎士の姿は映っていない。今、望む者はこの男ではない。
腕の下をくぐりぬけられ、廊下の奥にアセルスは消えていった。
「ふん。せいぜい楽しむがいい。だがもし敵になれば…その時は、俺自ら八つ裂きにしてやる」
唾を地面に吐き出す。剣をスラリと抜き、アセルスがいた場所を突き刺す。カキンと金属がぶつかる音がする。軽く突き刺しただけなのに地面には深い穴を作っていた。
そして捨て台詞を残すと、体をひるがえし闇の中へ消えていく。目は赤く輝き、心の中には恐ろしい企みを残しながら。
数百段にも及ぶ階段が、アセルスの目の前にあった。この階段をのぼらなければ、あの人のもとにはいけない。だが体は今も苦痛にさいなまれている。気が遠くなりそうになりながらも、必死に足を踏み出し歩き出した。
「くはっ。はぁ、はぁ。…痛い」
何百段のぼった事だろう。気が遠くなりそうなほどの時間と苦しみを乗り越え、やっとの事で目的地の扉へたどり着く事が出来た。
「ここに、あの人がいるんだ。あの人が…いるんだ」
薔薇の花がいくつも彫られているドアを開く。とても重そうなのに、少し力を入れるだけで簡単にあけることが出来た。魔力の力が加わっているに違いなかった。
あの人の部屋は巨大な薔薇の上に作られていた。ずいぶん歩きにくそうな作りだがなんとか歩けそうである。足元を気にしながら歩き出す。
やがて中心に作られた大きな机が見えてくる。そこへ一人の人物が座っていた。座っている者は何も言わない。アセルスの姿は十分確認できているはずだ。
「オルロワージュ。…あなたでしょう?」
アセルスの声には、そこへ座る者への敬愛と尊敬、愛、恐怖、全てが入り混じり、また何も含んでいないように感じた。
立ち上がったのは別名、妖魔の君オルロワージュ。妖魔の頂点に立つ者だ。外見は人形のようにも見える。恐ろしいほど白い肌、子供のように細い腕や指がそのように見せる。
「…娘か。何のようだ?」
「あなたの血をいただきに参りました」
アセルスは、立ち上がったオルロワージュに近づき、いきなり服をやぶりさった。町の住人が何十日もかけ作り上げた最高級の衣服が無残にも千切れ、地面に散乱する。
その様子に何もせず、たた立っている。アセルスの行い、やることをすべてわかっているようだ。
「私の血を飲むがいい」
「言われずとも」
言葉が言い終わる前に、服の間にしまっていた布の塊を取り出す。布を解き鞘を抜くと、中から血で作ったかのような赤い刀身のナイフが出てきた。それを高らかに持ち上げる。手にはうっすらと汗が滲んでいた。
アセルスの目が赤くギラギラと光っている。視線は真っ白な細い喉を見つめている。ときおり喉が、こくりこくりと動く。
頭の中ではそこを通る血が目の前にあるかのようだ。耐え切れなくなる。刺せ、刺せと頭の中で誰かがアセルスを呼ぶ声が聞こえた。その声に従い一気にナイフを振り下ろした。
ナイフは見事にのどに突き刺さる。肉を切る感触がナイフごしに伝わってくる。妖魔最強とはいえ、肌の強さは人間とかわらない。魔物ともほとんどいっしょだ。プツプツと神経が切れる音がした。
「やあっ!」
掛け声と共にふかぶかと突き刺さったナイフを引き抜くと、喉から真っ青な血が見えた。青い血は妖魔特有のものだ。人間の血が赤いのに対し、妖魔の血は青い。
この不思議な色の血を巡り人間の中にはオルロワージュを狙っている者までいるくらいである。
血は、アセルスの顔やオルロワージュ自らの体に降り注いでいる。最初のうちはぽかんとして、様子を見ていたアセルスだったがハッと気づくと口を大きく開く。
「うあああああああああぁぁぁっ!」
部屋全体に響く大きな叫び声を上げ、傷口向かって噛み付いた。噴き出る血は、アセルスの口の中いっぱいに広がっていく。
喉からの血は、アセルスの喉へ叩きつけるほどの勢いで飛び込んでくる。必死に飲み干そうとするが次から次へと吹き出る血液に対応が間に合わない。口の端から少しずつ青い血が垂れる。
「ぶはっ、はぁ。はぁ。はぁ。」
ついに飲みきれなくなったのか、口を離してしまった。だがその頃にはほとんど血は止まっていた。しかしもったいないのか、舌を蛇のようにチロチロと揺らし傷口を舐める。
「美味しい…。あぁ」
やっと飲み足りたのか、跡がつくほど力を入れ握り締めていた指を外し離れた。
顔を恍惚させてポカンと口をあけている。血の味の余韻を楽しんでいるのだ。血の味は鉄の味とも呼ばれるが、アセルスにとっては途方もないほどのごちそうへと変わる。
まるでチョコレートのように甘く、喉へ優しく解けていく。飲んでも飲んでも飽き足らない。体に少しずつ力が戻っていくようだ。
「ああ。くっ」
口元の青い血をぬぐい、息を整える。体の所々に青い点が飛んでいた。ぼぅとしながら自分の服を持ち上げたり、眺めたりしている。だが様子がだんだんおかしくなる。
いきなりバタンと地面に崩れ落ちる。目と顔は真っ赤になっている。のたうち苦しみながら、声にならない叫び声を上げた。
「…あ…!あぁぁ!!……ぁっ!」
体中をかきむしり、なんとか落ち着こうとするがまったく効果がない。自分の自制心だけではなんともならないのだ。
それも仕方ない事だ。オルロワージュの血をたらふく飲み尽くしたのだから。あの程度の血など、オルロワージュは力ですぐに増やせるし、傷の回復も出来る。問題はない。
現に大量の血を流したまま立っていたオルロワージュはケロリとしていて何もこたえていないように立っているままだ。顔は苦しみもしていない。痛みもない。傷は何時の間にか塞がっていた。
一番の問題は、アセルスのほうだった。血は別名、生命の塊とも呼ばれている。全ての栄養源や、命の源が含まれている為だ。それは妖魔の血も同じ事だ。違うのはその密度だった。
そこらの下級妖魔、中級妖魔と違いオルロワージュの青い血は誰もがあこがれるほどの力を持っている。あの時、少しの血でアセルスを生き返らせたほどの力を秘めた血なのだ。
まだ必死に人間を保っているアセルスとはいえ、この血の力は受け止めきれない。妖魔であればまだ耐えれるし、人間であれば妖魔に一瞬で成り代わっている。
それなのに妖魔にならずに、まだ人間としてギリギリの場所にいることが出来たのはアセルスの力ともいえただろう。しかし、耐えられなかった。
「やだぁっ、体が、力が溢れて来るっ!助けて、助けてぇっ!」
体の奥ふかくより、何かがはじけ飛んでくる感覚だ。どんどんと体温があがり、今にも燃え上がりそうになる。地面に汗がいくつも流れ落ちた。
ふと、目の前にいるオルロワージュが見えた。彼はさきほどから裸のままだ。まったく恥ずかしがろうともしていない。
心臓がドクンとなり、彼を求めろと呼びかけてくる。もう止めることはできない。
アセルスは近寄り体に抱きついた。抱きしめて見ると両腕で体を包み込めるほどでやはり人形のようだと思った。視線は胸を向いていたがだんだんと下に向いてくる。
そこは不思議な事に大きく立っていた。目を開き、口元でにんまりと笑う。形は人間と変わらない。だがそこもやはり白い。恐ろしいほどに体の色が変わらない。妖魔とはみなこのようなものなのだろうか。
「これが欲しいのか?」
首を振り目の前にそそり立つ、オルロワージュの性器をむんずと掴む。あまりに勢いが良すぎた為、握りつぶしてしまうのではないかと心配されるほどだった。
「はぁ、オルロワージュ。…体が、体がぁぁぁぁっ」
ため息を吐きながら大きくそそり立つそれを愛しく、優しく見つめる。体はあんなに細いのに、そこはこんなにも大きい。そのギャップがとても面白く思えた。
少しずつ顔をそこへ近づけていく。指は胸から下腹、太もも、足を柔らかくそわせる。
目の前で天井を向くモノの先端にキスをする。プゥンと液の匂いがした。嫌な気持ちにはならない。むしろいい気持ちになりそうになる。
元来、妖魔は快楽を求める事にとぼしいといわれているがそうではない。妖魔の君は何十人もの姫をもっている。他の妖魔も程度はあるものの、それぞれが愛人らしいものも持っているのだ。ただ単に自分の興味が向かなかったり、執着心が薄いだけの事なのである。
そして、今オルロワージュの関心はアセルスに向けられた。もう何十日も使っていないそこをペロペロと優しく舐めているアセルスの頭に手を置く。
ぐっと力を入れる。押し付けられた口の中の竿は深く喉に突き刺さる。いきなりのことに吐き気がこみ上げ、喉がつまりそうになる。
「うぇっ。げっ。ゴホ。ゴホ」
のどを抑え竿を吐き出した。地面にひざをつき、目をつぶりのどの痛みを我慢する。キッと相手の顔を睨む。
「…いきなり何をする!」
「ふん。娘。おまえが欲しそうな顔をしていたからな」
「そういうことをするなら、もう止めてしまうぞ!オルロワージュ」
「いいぞ。…やめる事が出来るなら…な」
意地悪そうに笑う。アセルスはクッと苦々しく壁を見つめた。やめれるわけなどない。こんな中途半端な所で止めてしまったら、今度はたまった力が体を壊してしまうだろう。
仕方なくまた口を押し付けピチャピチャと舐め始めた。その様子を笑って眺めているオルロワージュ。
「そうだ…おまえはそうするしかないんだ。自分が人間である以上はそうするしかな」
アセルスを最初ここへつれてきた時、オルロワージュは自分でも何をしているのかと思ったことがあった。だがいまとなってはこの娘を連れてきて本当に良かったと思っている。
たびたび訪れてくるこの娘。体だけではない。血を求めさまよう娘。必死に人間であろうとする娘。全てが面白い玩具のように感じるのだ。
竿の下にある玉をもいっしょにコロコロと舌で舐め転がす。随分とみだらな格好だ。まだなれていない所はあるものの十分に気持ちがいい。
前の時オルロワージュがやってみろといったら、本当にやりだした。それ以来、気に入ったのか毎回このように責めてくる。別に悪くはないのでそのままにもしている。
何分舐めつづけただろう。もう竿も玉もぐちゃぐちゃの唾だらけだ。竿の頭からだらだらと流れ落ちている。
「もうそろそろいいでしょう?」
アセルスは、オルロワージュに背を向ける。そして大きく足を広げ尻を向けた。
とてつもなく恥ずかしいのはアセルスも承知である。だが、そろそろいれて、この興奮を抑えてほしかった。そのためなら恥ずかしい事にためらいはしない。
「人間の娘。…まるで雌犬のようだな」
からかいの言葉を投げかけられる。なぜかそれがうれしくなる。自分が変態にでもなってしまったのかと疑うが、そんなことを気にしている場合ではない。
竿をゆっくりと近づける。がいきなりいれたりはしない。先の首の部分を使い割れ目にそわせるのみだ。感触が気持ちよく感じ、情欲をそそる。
「くそっ。じ、じらすな。早く来てっ」
肉の割れ目はもう蜜があふれるほどにぬれている。必死に来て、来てと懇願してもじらすばかりで相手は一向に体を押し入れようとしない。ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべるばかりだ。
もう耐え切れない。燃えあがりそうなほどの体も抑えて置けない。尻を恥ずかしく広げまっているのに意地の悪い事だ。ついに体が火のように熱くなってきた。
「ここで壊れられてもつまらんな。…いくぞ」
「ひっ!ひぃぃぃぃ〜。いいっ。いいよぉ」
ずぶりと差し込まれた竿は、膣壷の奥まで入っていく。まるで竿にちょうどあわせたかのようだ。蜜が挿入を容易にしたため、以外と楽に入った。
アセルスは犬のようにハッハッと息を吐きながら、相手に合わせみだらに腰を振る。気品など、少しも感じ取る事は出来なかった。それほどまでに頑張っているのに、体の火照りは収まるどころかどんどんと高ぶっていくのだ。
「もっと攻めてやろう。そらっ」
パンッといい音がした。アセルスにあわせ腰を振ってやる。犬のような姿で二人は重なり合っていた。
オルロワージュのものを夢中で貪る。右に左に腰を振る事によって、中がかき回され液体があふれる音が小気味よく聞こえている。
「ああぁぁぁ。気持ちいい。気持ち…いいっ」
どんどん速度はます。が、とたんに止まったり、また腰を振ったりと幾度もアセルスはもどかしい思いをした。
「出して。お願い。出してっ!」
「言われずとも」
一度動きを止める。そして大きく振りかぶり、差し込んだ。先端からどくりどくりと精液が噴出される。
「あああああああああっ!」
大きく頭を動かし天井を見上げる。アセルスは体を戻そうとするがつい勢いがつきすぎ、地面に顔をぶつけてしまった。少しヒリヒリして痛い。
溜まっていた精液は、少しずつ少しずつ注ぎ込まれる。突き抜けるような快感は得れないが、長い長い快楽を楽しんでいる。
アセルスの方も、うまく腰を動かし受け止めている。ときおり竿にしっかとはまっている割れ目を締め気持ちよくさせようと努力する。
「…うっ」
アセルスの後ろから、ため息が聞こえた。気持ちよいようだ。それに調子をよくして何度も何度も締めてやる。
「へへっ。どう?なか…なかのものでしょう」
息を切れ切れながら吐き出しながら、顔だけ後ろを振り向く。エヘヘと顔を赤くして笑っていた。目には快楽か、痛みか、なんなのかはわからない潤んでいた。
(……!)
思わず腰を掴んでいた手で顔を覆う。オルロワージュはうろたえていた。人間の娘に心を動かされるなど、信じられなかった。
迷いを振り払うように尻を掴む。ぎゅっと握り締められてつぶれる。体を奮い起こし、頂点に向かってのぼっていく。
「いやあああぁぁぁっ!いいっ!いいよっ!…くるっ」
「受け取れ!娘!!」
二人は歯を食いしばる。体中の力を使いオルロワージュは精液を送り込んだ。奥まで恐ろしいほどの量が送り込まれた。それと同時にアセルスが泣き声、喘ぎ声を部屋いっぱいに叫ぶ。
一滴も残らないほどに搾り出す。絶え間なく送られる液は、アセルスを休ませようとしない。あー、あーと喘ぎ声も止まらないままだ。
「ううぅっ」
一声泣いたと思ったその時、二人はがっくりと地面に倒れた。全て注ぎ込まれたそこは竿をいれていても、精液を流すのだった。
アセルスは胸に頭を落とし、ゆっくりと眠りにつく。体中が汗にまみれてしまった。もちろんオルロワージュも同じだ。
オルロワージュはまるで、恋人のようにアセルスを抱きしめる。そして頭を優しく何度も何度もなでてやるのだった。
アセルスは数分間の間、素直に髪を撫でられていた。が、やがてけだるそうに立ち上がった。血の疼きもやっと収まった。
地面に脱ぎ散らかした服を簡単に身に付けると、出口に向けあるいていく。足取りは鈍い。
「もう帰るのか?」
「ええ。ここにいたら妖魔になってしまいそうだから」
簡単にそう答える。別に皮肉ではなさそうだ。だが決していい言葉などと思って使ったわけでもない。
ただオルロワージュにはそう言うことで、アセルス自分に対し何かラインを定めているつもりなのだろう。
「お前は、もう妖魔だ。あの血を貪る姿はそれ以下だ…」
「私は人間よ。それ以上でも以下でもないわ…」
たよりない足取りとは違い人間の部分は確固とした力強さにあふれた言い方だった。
妖魔の君は、その言葉にも表情を変えない。
「さらばだ…娘よ」
返答はない。バタンと扉を閉める音のみが聞こえた。裸体のまま、横たわっていたがやがて起き上がる。顔は微笑み、とてもうれしそうだ。
妖魔の君がこんなに楽しそうにすることがあっただろうか。数十年も昔に、似たようなことはあった。その時は配下の困惑とは別にとても楽しそうな様子だった。オルロワージュは何を望んでいるのか…。
階段をゆっくりと下りる。もうこんな事が何回続いただろう。苦しみに耐えようと誓っても、血の因果からは逃げ切れない。頭の中には後悔の二文字がぐるぐると回っている。
(あの人は今も私を娘と言っているのか…。私はあの人を父と思うのか?それとも何と思えばいいのか?)
このことの後はいつも昔の事を思い出すのだった。
あのおばさんの家に元気よく駆け出した日。馬車に轢かれ体中を駆け巡る激痛に襲われ、一生を終えた時。その後、あの男の血を受け生き返ったとき。針の城での覚醒。
全てのことがまるで昨日のように思い出すのだった。
針の城での生活は、窮屈なものでありつらいものだった。教育係のラスタバンは殴る、蹴るなどのスパルタ教育で鍛えてくる。
まわりの妖魔のほとんどはアセルスを疎ましく思っている。
それも仕方ない事だろう。高貴なる上級妖魔の世界に人間の娘が入ってきたのだ。しかも自分たちの主、オルロワージュの血を受けるなどという夢のようなことまで授かっている。
羨望と妬みが入り混じる目で常ににらまれている状態だ。そんな中、白薔薇と呼ばれる美少女はただ優しかった。ねたみ、ひがみの心をもたず、純粋な心でアセルスに優しくしてくれた。
アセルスはどんどん白薔薇にに惹かれていくことになる。だが白薔薇の姫は女だ。アセルスも女だ。お互いに理解しあう事は出来ても、自分の欲望をぶつける事は出来ない。
ほとんど袋小路の状態で、悩みも苦しみも日に日につのるのだった。
更に襲ってきたのは乾き、痛みだ。人間と妖魔の中心にいるアセルスはアンバランスな体で、常にどちらかに引っ張られている。その差が苦しみを引き起こすのだ。それを抑えようとしてもどうしようもないのは前述のとおりである。
ある日どうしようもなく、耐え切れなくなったアセルスはオルロワージュの部屋へ忍び込む。そこで静かに眠っていたオルロワージュに噛み付き血を飲もうとしたのだ。アセルスの血はオルロワージュを望んでいたのだ。
無論、妖魔の君も気づいていた。だが誰も呼ばず抵抗もしなかった。そればかりか吸血をおこなった、アセルスに向け優しい手でいたわり血の叫びを治してくれた。
最初は信じられず、部屋で泣いた。陵辱されたと思った。
だがそれはちがう。彼がああして力をとってくれなければ自分は壊れてしまうのだ。でもあの男に会うのは嫌だった。だけどまた来ている。それも今日をいれて四回も。なぜか最近は自分から望むようになった。しかも淫らに、いやらしく。
今でもオルロワージュが怖い。恐ろしい。それなのに怖さといっしょに、こんなにも惹かれている。胸がいっぱいになる。自分も恐ろしかった。
「私は…どうしたらいい」
ぽつりとそれだけつぶやくと、途中の窓から空を見上げる。風は頬を叩き、髪をなびかせる。
アセルスの言葉を聞く者も、答えてくれる者もいない。空は暗闇に染まるのみ。
服の袖についた青い血を見た。真っ青な血で何一つの例外を許さぬように真っ青だ。
それが、自分のあいまいな血を馬鹿にするようで悔しくなる。しかしこの血でさえアセルスの中で生きているのだ。
ふと心が動き、大粒の涙を流す。涙は大地に吸い取られ消えた。…アセルスの血はまだ紫のままだ。