「ギュスターヴ様、何処へ行かれるのでしょうか?」
王室の影に身を潜めたヨハンが語りかける。
真紅のマントをなびかせたギュスターヴ王は、こう言いながら王室を抜け出して行ったという。
「私にも一人の時間というのは必要だからな」
『語られぬ歴史、ギュスタ−ヴ王の情事』
ギュスターヴは街に出る時はいつも金髪のロングヘアを束ねてポニーテール状にし、服装はただの平兵士が着る鉄の鎧に着替えている。
理由はもちろん、ギュスターヴ王という事はバレないようにする為だ。
(しかしその人並み外れた美貌は隠せない為、バレバレだったという話だが)
彼が街に出て行くのは、もっぱら酒場だった。
しかも平民が来ることの多い、安い酒を出す酒場だ。
彼は幼少の頃、術を使えない為に差別の対象となっていた。
そのせいか否か、彼はお高くとまった貴族連中と酒を飲むより、
自らをさらけ出して酒を飲む平民達と酒を飲む事を好んだ。
そして彼はとある酒場で一人の女性と出会う事になる。
踊り子、マリーグレーンである。
彼女の歳はまだ16歳であった。
しかしその美しい顔、成熟した体は、16歳の少女では無かった。
ギュスターヴの歳は40代半ばではあったが、一目で彼女に恋をした。
マリーグレーンもまた、40代半ばには見えない恐ろしい美貌を持つ彼に恋をした。
ギュスターヴはマリーグレーンの為に家を買い与えてやった。
その他、必要な物は全て揃えてやったという。
ある日、マリーグレーンがギュスターヴにこう言う。
「何故、私のような者の為にここまでなさるのです?」
ギュスターヴは答える。
「私はこの歳で初めて恋というものをした。お前にだよ、マリーグレーン」
あながちそれは嘘では無かった。
ギュスターヴは暇があれば、その美貌を利用して女遊びをしていた。
それは20代の頃より続いている事で、親友のケルヴィンもこれにはほとほと呆れていた。
しかし突然、ギュスターヴはぴたりと女遊びをやめてしまう。
一部の平民達は「女遊びをし過ぎて、種が尽きた」などと噂する者がいたが、
その理由はやはりこのマリーグレーンの存在なのだろう。
それ程まで、このマリーグレーンは美しかった。
ギュスターヴは街に出るたび、マリーグレーンに会いに行っていた。
そしてマリーグレーンに買い与えた家で、幾度となく愛し合ったようだ。
ちなみにマリーグレーンに対してギュスターヴはグスタフという偽名を使っていた。
以下、ハン・ノヴァ新聞局クリス・ロッドフォードの取材レポートより
(ちなみにクリス・ロッドフォードは1265年に謎の死を遂げる)
「グスタフ様・・・ああっ・・・はぁっ・・・」
「マリーグレーン、お前はどうしてここまで美しいのだ・・・」
白く、ほどよく脂肪のついた柔らかい体を、凛々しい筋肉質の体が突き続けた。
10代の張りのある胸が激しく揺れる。
それはあまりにも美し過ぎる光景であった。
男と女、どちらも人並みはずれた美しい顔と体をしているのだ。
そんな二人の情事がさびれた貸家の一室で行われているのだ。
「ああっ・・・ふうっ・・・ひあぁっ・・・」
マリーグレーンの目の焦点が合わない。
ギュスターヴは彼女の体を包み込み、唇も包み込んだ。
「ふうぅぅ・・・あふっ・・・あっ!!グスタフ様ぁっ!」
「くうっ・・・マリーグレーン!!」
二人は必要以上に密着し合い、事が終わってからも1時間は離れなかった。
そしてギュスターヴはマリーグレーンの家を出て、
何事も無かったように城へと帰って行くのだった・・・。
上記のような事をギュスターヴは幾度となく繰り返した。
もちろん、側近のケルヴィンにその事が伝わらないはずがない。
「ギュスターヴ、君は最近街へよく出かけているらしいな」
「それが、どうした?」
真紅のマントに身を包み、腕を組んでふんぞりかえる彼の姿は雄々しいのだが、
どこか動揺を隠せないようにも見えた。
「あまりはしゃぎ過ぎるな。たかが踊り子の娘ごときに」
突然ギュスターヴがケルヴィンに掴みかかった。
ケルヴィンは瞬き一つせず、ギュスターヴを見る。
これは明らかにギュスターヴの「負け」だ。
ヨハンがゆっくりと歩み寄り、掴んだ手をゆっくりと離した。
「ギュスターヴ様、少し休みましょう」
ケルヴィンは部屋を出ていく二人をゆっくりと見送った。
そして一言、こう言った。
「平民1人に固執する王は、終わるぞ・・・」
「何故です、何故ですかグスタフ様!?」
マリーグレーンが部屋を出ようとするギュスターヴの腕を掴んだ。
その華奢な体から、どうしてこのような力がでるのか?という位の力であった。
彼女の瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れている。
「すまぬ、マリーグレーン。私はもう二度と来れない、会えないのだ・・・」
「何故なら、私はギュスターヴ王だからだ」
マリーグレーンがゆっくりと腕の力を抜いていった。
「分かって・・・おりました」
部屋には張りつめた沈黙が訪れていた。
「・・・最後に私を抱いて下さい、ギュスターヴ様」
「・・・・」
無言でギュスターヴはマリーグレーンを抱き、熱い口付けを交わした。
そして、最後の情事を始めた。
「ふうっ・・・・あっ・・・」
ギュスターヴは丹念にマリーグレーンの全身を愛撫した。
体の部位を一つも余す事なく、その口に含む。
そして、ゆっくりとマリーグレーンの中へと入って行く。
彼女は泣いていた、体が動くたびに泣いていた。
「うううぅぅ・・・あああぁぁぁ・・・」
嗚咽とも、喘ぎ声ともとれない、何とも悲痛な声であった。
そして、ギュスターヴは果てた。
それと同時に、マリーグレーンは大泣きを始める。
ギュスターヴはそれを見ても何も言わず、服を着た。
「ギュスターヴ様・・・楽しい日々を有難う御座いました」
目を真っ赤に腫らしたマリーグレーンが精一杯の笑みを作っていた。
ギュスターヴは「うむ」と一言言うと部屋を出た。
彼の頬には水滴を一粒流れた。
外は夕日がよく映える快晴であった。
そして1269年、運命の日。
絶対的なカリスマを誇ったギュスターヴ王はこの世を去る。
そしてこのニュースは世界中を駆け巡った。
ハン・ノヴァにこの悲報が届いたその日、
子供を抱えたまだ10代の女性がハン・ノヴァを去るのが目撃されている。
そして1305年頃、彼女の孫と思われるグスタフという男が歴史に登場するのだが、これはまた別の機会に。