そもそもヒューズはジョーカーの担当ではなかった。  
だが、成果の上がらない捜査本部を見ていられなかったのと、「捜査官の第六感が働い  
た」とかなんとか言って、上層部には内密に、個人的にジョーカーを追っていた。  
グラディウスの連中がジョーカーを追っていることを突き止め、あわよくば一石二鳥の大  
手柄だ、と奮闘していたのだが。  
 
合法的に脱獄をしてのけた犯罪者、エミリア。彼女がグラディウスの中にいた。  
ヒューズは冷静になってから、彼女をディスペア送りにしたことを後悔していた。  
レン殺害の真相はまだ闇の中ではあるが、ヒューズはジョーカーにある可能性を見出  
していたのだ。これこそ「第六感」ではあったのだが。  
エミリアの証言を、心のどこかで信じ始めていたのかもしれない。  
取調室で向かい合った時、あんな状況にも関わらず、彼女の瞳は真っ直ぐだった。  
そのエミリアが今、犯罪組織に見を投じてまで、ジョーカーを追っている――。  
胸の内に渦巻くよくわからない感情を押し潰し、ヒューズはグラディウスの追跡を続けた。  
 
そして、ヨークランドの山岳地帯。  
古びた聖堂に、乾いた銃声が響き渡った。  
 
純白だった、血塗れのウェディングドレス。  
ブーケを持つべき手には拳銃が握られていた。  
足元には仇であり恋人であったらしい、男の死体。  
花嫁には決して似つかわしくない状況。  
しかし、炎上する教会を背負ったエミリアは、酷く刹那的な美しさを纏っていた。  
彼女もこのまま教会と共に消えてしまうように思えた。  
それを止める為に、駆け寄って彼女をつかまえなければ、などと思った。  
 
こんな詩的な感情は、自分らしくねェ―――そんな場違いなことを考えたのを、  
今でもよく覚えている。  
それでもヒューズの身体は、エミリアの元へと向かっていた。  
 
近距離で見る花嫁は――無表情に一筋の涙を流していた。  
 
背景には、燃え盛る古びた教会。  
この中には、グラディウスの連中がまだ残っているのだろうか。  
地面に横たわる男に一瞥をくれた。銃弾を受けた位置と出血量からして、既に絶命して  
いる事は明らかだ。ヒューズは小さく舌打ちをし、すぐにエミリアへ視線を戻した。  
やはり表情はなかった。  
「――ッオイ、しっかりしやがれ!」  
エミリアは正気を失っているようだった。赤を射し込んだ瞳は、ヒューズを捕えていない。  
震える肩を揺すると、拳銃が地面に落ちた。  
「私、私――」  
「仲間はまだ中にいるのかッ!?」  
「…みんな ……あぁ」  
エミリアの身体から力が抜け、ヒューズの腕にくたりと寄り掛かった。  
気を失ったようだった。  
 
圧倒的な炎から発せられる熱が、ヒューズたちを覆う。火の勢いは止まらない。この草  
地もすぐ火に侵されるだろう。教会の中から、天井が焼け落ちたような大きな音がした。  
早くこの場から離れなければ。  
ヒューズは意識のないエミリアを抱き上げ、走った。  
見知ったグラディウスの面々を思い浮かべながら。  
あいつらは、そう簡単には死なない。  
 
振り向いた。遠ざかる炎の中に黒い影が揺れたのを、ヒューズは見た。  
 
「良かったな。お仲間は…生きてるぜ」  
エミリアを安全な場所まで運ぶと、ヒューズはそのままその場を去った。  
 
 
その花嫁がどうなったのかは知らない。  
数日後、腐れ縁の幹部の男から、彼女がグラディウスを辞めた事だけを聞いた。  
 
 
あれからもう一週間が経つ。  
 
ヨークランドの聖堂炎上事件の捜査を行っていたところ、身元不明の焼死体が発見され  
たという。この火事の原因は火元がないことから術による放火と見られ、IRPOは殺人放  
火の容疑で犯人を捜索するらしい。手がかりはまるでなく、迷宮入りは目に見えている。  
ジョーカーの捜査本部は、既に亡き人物を追っていることになる。  
近いうち、彼らも解体されるだろう。なんだか馬鹿馬鹿しかった。  
 
ヒューズは事件の一部始終を目撃していたのだから、捜査官として報告の義務はあった  
のだろう。ただ、彼にその気はなかった。何故だかはわからなかった。  
 
現在午後十時過ぎ。ヒューズは今日の仕事をとうに終え、本部内の、隊員用簡易宿舎と  
して設けられた個室のベッドに横になっていた。妙なだるさが体を襲う。  
自宅に帰るのも面倒になり、今夜はここに泊まろうと思っていたのだ。  
天井は低い。完全防音の狭い部屋。無音空間。  
目を閉じて暗闇が訪れると、冴えた脳では強制的に思考が展開される。  
 
暗闇に浮かび上がる、圧倒的な赤。白い花嫁。手には拳銃。足元には死体。  
そして、彼女の表情は―――。  
 
あれから一週間。ふとした瞬間にあの日の情景が鮮明に甦り、ヒューズの脳を支配する。  
その度にどうしようもない衝動と、くすんだ感情が沸き起こる。  
その感情は、薄れていくどころか日に日に増幅しているような気すらする。  
炎上する教会と花嫁の情景も、あの時のまま、はっきりと思い浮かぶ。  
彼女は――今何をしているのだろう。  
 
ヒューズは体を起こし、首を振った。どうにも自分のペースが取り戻せないでいる。  
「……飲みにでも行くか」  
とりあえず思考を止めたかった。  
 
「丁度良かったヒューズさん、お客様がお見えですよ」  
1Fでエレベーターを降りてホールに出ると、受付嬢に声をかけられた。  
妙に弾んだその高い声に、自分に来客?ありえねえ、っていうかなんで今なんだよ  
面倒くせェ――と思いきり不機嫌な顔を作って、客人を見遣ると。  
 
「ああ、その顔。変わりないわね」  
 
見覚えのある豊かな金髪、整った体躯。主張する青の瞳。  
――エミリアが、微笑みを浮かべて立っていた。  
「……お前、なんで」  
彼女が自分に笑顔を向けるのはこれが初めてだ、とヒューズは思った。  
 
 
もしかしてこれから飲みにでも行くの、と訊かれたので頷くと、私も行くと言い出した。  
金も無いことだし、半分以上水で薄めたような酒しか出さない酒場で手を打とうと  
思っていたのだが、エミリアが一緒となるとそうもいかない。口には出さなかったのだ  
がどうやら表情を読み取ったらしく、お酒ならあるわ、うちで飲みましょ、と言われた。  
腕を引かれ、後はされるがままだ。受付嬢の不気味な笑顔を思い出し、ドールに告げ  
口されないといいな――などと無駄に思考を巡らせた。  
 
行動が読めない。表情も読めない。笑っているのに笑っていないようにも見える。  
彼女の笑顔はひどく不安定だ。  
「脱獄してから、グラディウスに入ったの。 IRPOなら知ってるでしょ、グラディウス。  
…もう、やめちゃったけど」  
全部知ってるよ。ヒューズは心の中で呟いた。  
オレンジ色の間接灯が、真夜中の部屋を灰明るく照らしている。床に座ったエミリアは  
クッションを抱きかかえてソファに寄り掛かり、右手にグラスを遊ばせている。  
もう氷しか入っていない。床には空き瓶が何本も転がっている。  
「あ。この犯罪者め、またディスペア送りだ!とか言い出すんじゃないでしょうね」  
「言わねぇよ」  
「あそ」  
エミリアはつまらなそうにそう言うと、空のグラスを煽った。勿論口内に流れ入るのは  
氷が溶けた僅かの水だけだ。それでも喉を動かして飲み干すと、漸くグラスをテーブル  
に置いた。そして大きく溜息をつくと、クッションを両手で抱き締めて顔を埋めた。  
 
ヒューズはベッドの上で胡座をかいて、その様子を見ている。酒は殆ど飲んでいない。  
沢山あったアルコール類はエミリアが次々と空けてしまったし、とにかく飲む気がしない。  
感情が表に出易いタイプ(らしい)ので、部屋が暗くて助かったとヒューズは思った。  
彼は困惑、焦燥していた。  
 
――― 一体こいつはどういうつもりなんだ?  
 
最初本部に押しかけてきた時は、冤罪の恨みを晴らしに来たのかと思った。  
どうやら、違うらしい。しかし、ヒューズは他に理由を見つけることができずにいる。  
数時間こうして飲んで話しても、だ。  
話――と言っても、ほぼエミリアが一方的に喋ってるだけなのだが。  
モデル時代の話や、ディスペアから脱獄しグラディウスに入り、あれこれ任務をこなして  
――そういう内容を、延々と喋っている。その上かなり酔っているらしく、話がループしている。  
ペースを崩されて大人しく聞き役に回っていたヒューズも、いい加減うんざりしてきた。  
こんなの、壁に話してればいいじゃないか。  
 
「おい」  
「何よ」  
「お前が苦労したのはわかったからさ。何で俺のとこに、IRPOになんか来たんだ?  
目的を言え目的を。気持ち悪ィ」  
「…目的?」  
エミリアはクッションから顔を上げ、ヒューズを見た。エミリアの色素の薄い瞳に間接灯  
のオレンジが緩やかに差し、不思議な色を作り出していた。揺らいだ光を携えて。  
ヒューズは少し怯んだ。  
 
「目的」  
 
エミリアが、反復しながらゆっくりと立ち上がる。ヒューズが見下ろされる形になる。  
灯りを背にして立っているため、ヒューズにエミリアの表情は判らない。  
見えたところできっと解らない。  
ベッドに歩み寄る。  
近づく。  
ぼんやりと顔が伺えた。目が合っている。エミリアはヒューズの目を見つめている。  
ヒューズは自分が今どんな顔を見せているのかわからなかった。  
勿論、エミリアが何を思っているのかも。  
近づく。  
手を伸ばせば触れられる距離にまで。  
 
ベッドの前まで来て、エミリアが足を止める。  
顔が、近づく。大きな瞳が潤んでいる。  
さすがに整った顔だなぁ、と場違いなことを思う。  
目の前の、潤んだ瞳が閉ざされる。  
 
―――唇が、触れた。  
 
「まさか――言わないとわからない?」  
 
声は掠れていた。  
 
ヒューズとて、経験が浅いわけではない。そこまで鈍感なわけでもない。  
エミリアの瞳の訴えと熱を孕んだ声、何より触れた唇からして、彼女の意思は明らかだ。  
ただ、エミリアが自分に求める理由だけが見えなかった。  
「…わからねぇな」  
「意地悪ね」  
「いや…だからなんで俺なんだ?」  
「うるさいわね。男なら黙って据え膳喰らいなさいよ」  
「男をなんだと思ってんだお前」  
「黙って」  
再度唇が塞がれる。今度は触れるだけのキスではなく、鳥のようにしっとりと啄ばむキス。  
ジンの香りが移される。唇が離れると、エミリアが小さく息をついた。  
「…抱きなさい」  
至近距離で見るその瞳は情欲に濡れていた。  
 
「――仕方のねえ女だ」  
 
ヒューズはその色に誘われるがまま、エミリアを乱暴にベッドに押し倒した。  
噛み付くように口づけてやると、エミリアはそれを待っていたように激しく応えた。  
舌を入れ、絡め合う。アルコールととエミリアの身体が放つ甘い香り、そして自分の煙草の  
苦味が混じりあい鼻腔を突き、それはヒューズの情欲をひどく掻き立てた。  
とどまることは、とうに叶わなかった。  
 
「……んッ、ぁ」  
迷彩のジャケットを脱がし、キャミソールをたくし上げて手早くブラジャーを外してやる。  
エミリアの身体は酔いからか既に熱を帯びていて、僅かな感触にも敏感に反応し、声を  
上げる。求めて首に回される腕は強く、ヒューズは思わず笑ってしまった。  
それを誤魔化す為に胸元に顔を埋めて、鎖骨の窪みを舐め上げてやる。そのまま首筋を  
なぞるように上へと舌を移動させると、エミリアの身体がビクビクと反応を返した。  
登りついた先の耳を食むと同時に、右手で、露わになった丸い胸に触れる。  
「ふぁッ、――やっ」  
「嫌?」  
また笑い、手を止めてエミリアを見ると、閉じていた瞼から不機嫌そうな瞳が覗いた。  
「…やっぱり、意地悪ね、あなた」  
「そうかなぁ。どっちかっつーと意地悪される方が好きなんだけど」  
「変態」  
「よく言われるぜ」  
「うわ、サイテー、…アッ!」  
胸の中心を指でつねると、一段高い声が上がった。  
「ちょっと…黙っててもらえる?」  
「あっ、待っ…ゥン」  
右手で柔らかな胸を撫でながら、キスで唇を塞いでやる。優しく舌を絡めながら、手は激  
しくエミリアを犯し続ける。緩急をつけて揉みしだき、時折胸の飾りを強く刺激する。  
唇を離すと、小さな唇から甘い嬌声が漏れた。  
 
(…それにしても…)  
まるで処女のような反応だ、とヒューズは思った。もちろんレンという婚約者もいたのだ  
し、それはあり得ないのだけど。チャラチャラした女だと思っていたが、見た目とは違って  
身持ちが固いのだろうか。もしかしたらレン以外に身体を許したこともないのかもしれない。  
(……レン)  
かつての後輩の姿を思い出す。無邪気で、真っ直ぐな性格の好い青年だった。  
その純粋さが災いしたのか、悲しい末路を歩んでしまった青年。  
自分は今、その後輩に振り回された不幸な女に触れている。  
 
エミリアの整った体のラインを確かめるように手を動かしながら、ヒューズは思考する。  
 
思えば――エミリアはあの日、全てを失ったのだ。  
愛する婚約者の復讐の為に手にした拳銃で、かつての婚約者を殺め、  
それと同時にグラディウスという居場所も奪われた。  
勿論今でもアニーたちに会いに行けば、きっと暖かく接してくれるだろう。  
でも、きっとそれだけだ。同じ世界には戻れない。出来てしまった壁はもう越えられない。  
そして誤りだったとはいえディスペア送りにされたエミリアに、世間はこれまで通りに接し  
てはくれないだろう。彼女がどんなに胸を張って生きようとしても、人々は目を逸らす。  
人間がそうした生き物だということは、ヒューズはわかっている。  
 
(――独りきりなんだな、こいつ)  
 
自分の手の中で乱れるエミリアを見下ろしながら、ヒューズは気が付いた。  
彼女をここまで追い詰めたのは誰だ。  
勿論レンでもあるし、エミリア自身にも原因はあるのだろう。  
でも、自分が後輩の死にあそこまで動揺しなければ。  
あの時――エミリアの話を真摯に受け止めていれば。  
きっと彼女がここまで傷つくこともなかったのだろう。  
 
ヒューズの脳裏に、あの映像が再生された。  
――無表情の花嫁。  
目の前のエミリアの顔と重なる。  
 
「エミリア、」  
 
何を言うつもりなんだろうか。名を呼んでから、しばらく逡巡する。  
自分を見上げるエミリアは、愛撫によって息を荒げ頬を染め、次の言葉を待っている。  
ゆらりと揺らぐ瞳の色が、ひどく危うげに輝いて。  
 
「その、俺に――何ができる?」  
 
――なんて気の利かないセリフだろう!言ってからヒューズは頭が痛くなった。  
 
売女を相手に甘い睦言を囁くのには慣れている。  
その場を高め楽しむためだけの、薄っぺらな嘘を吐くのには。  
だが、本当に恋愛と呼ぶに値する経験は――ほとんど積んでいないに等しいのだ。  
こんな状況で女にかける言葉を、ヒューズは持ち得ていなかった。  
 
しかしその情けない問いに、エミリアは一瞬戸惑いを見せた後、微笑んで見せた。  
それは今日自分に見せた初めての笑顔だ――何故かヒューズはそう思った。  
 
「…全部…終わった後にね。ホントは私、グラディウスに残ろうと思ってたの。  
でもルーファスに、お前はもう使い物にならないって言われちゃった」  
ヒューズは、その幹部の男のすかした面を思い浮かべる。  
エミリアがもう戦えなくなったのは、戦う理由を失ったからであろう。  
誰だって、理由がなくては銃は握れない。剣も振るえない。  
ヒューズも、ルーファスらも同じだ。  
「自分でもわかってた。だから、全部忘れて、新しい人生を楽しもうって、そう思ったの。  
でも――」  
エミリアの顔がまた無機質なものに変わる。  
 
俺に――何ができる?  
 
そう言って自分を見下ろす男の瞳を覗いた瞬間、エミリアは眩暈に襲われた。  
 
 
全てを失い、未来への希望も奪われ、底なしの闇に足を踏み込んで。  
――私は、このまま闇に呑まれてしまうのだろうか  
そう思った瞬間、とてつもない悪寒に襲われた。  
嫌、そんなのは嫌――!  
どんな障害があっても、自分には乗り越えられるだけの力があると信じていた。  
誰かに頼ることなく、自分の足で歩けるはずだと。  
なのに、実際にその状況に陥った自分は、もう闇しか見えなくなっている。  
そこは冷たい。  
 
誰か――助けて。  
 
闇に足をとられながら、必死に手を伸ばす。その手は真っ赤に染まっている。  
縋るものを探した。何でも、誰でもいい、どうかこの手をとって。  
凍えてしまう。温度を分けて。  
 
彷徨う体が動いた先は、ひどい思い出だけがあるはずの場所だった。  
 
何かを言おうとするエミリアの瞳は不安げだ。  
これまで、光の中だけを歩いてきたのだろう。  
初めて知った暗闇は、容易に彼女を飲み込んでしまったのだ。  
虚ろな瞳は闇と光の間で揺らいでいる。その色から、ヒューズは全てを汲んだ。  
 
行くべき場所を失ったエミリアがヒューズのもとを訪れたのは、ほんの一欠片でも、  
自分を頼りにする気持ちがあったのかもしれない。ただの偶然だったのかもしれない。  
自分を選んだ理由などどうでもいい。  
エミリアが自分の身体を求めて来たというのは、強ち間違いでもないのだろう。  
彼女は人の温度を欲している。応えてやりたい。  
自分に彼女が救えるのなら、どんなことでもしてやりたい。  
 
「もういい」  
ヒューズはそう言うと、エミリアの髪を撫で、額にキスを落とした。  
「――わかってるから」  
自分が今してやれることは、彼女を抱くことだけだ。  
自分の存在を彼女に刻み付けるように、強く。  
 
大きな瞳に、朧な光が宿った。  
 
二人はもう何も身に付けていなかった。  
お互いの肌がぴたりと触れ合って、熱を分かち合っている。  
繰り返される激しいキスと乱暴なほどの愛撫が、エミリアを高めていく。  
「ふ、…ゥんッ」  
ヒューズは、淡い桃色に染まる乳首を舐めたり甘噛みしながら、エミリアの膝に手を移し  
足を開かせた。力の抜けた足は容易に開き、秘部が露わになった。そこは仄かな照明を  
受け艶かしく輝き、既に求めていることをヒューズに示していた。  
膝から、内腿を撫で上げるようにして徐々に中心へと向かう。  
柔らかいそこに行き着いたヒューズの指に、熱い液体がとろりと絡んだ。  
「濡れてンな」  
甘い液が絡む指を確かめるように舌で舐め上げ、再び秘所へとあてがう。  
「……ッ、ア」  
撫でるように触れてやると、嬌声と共にエミリアの身体が小刻みに震えた。  
ヒューズはエミリアの閉じられた目蓋に口付けを落とした。  
「…ヒュー、ズ」  
目蓋がゆっくりと開けられると、透き通った涙が一筋零れ落ちた。長い金の睫毛に縁取  
られた瞳は変わらず濡れていたが、先刻までの不安定さは消えているように思えた。  
暖かい安堵と純粋な昂ぶりが呼んだ涙だった。  
「ヒューズ、ヒューズ」  
己を呼ぶ高い声にキスを返し、ヒューズは潤みに満ちた秘所を指で開くと、  
朱に染まった突起の先端に触れた。  
「は、アアん…ッ!」  
一際高く甘い声を上げてエミリアの身体が痙攣し、透明な水が溢れた。  
その水は、突起を弄りひくつく襞をなぞる度に、ヒューズの指を濡らしてゆく。  
「ふっ、あっ、ア――」  
乳房を揺らし淫らに喘ぐエミリアの姿に、ヒューズ自身も高まりを覚えていった。  
 
エミリアは、体中から伝わるヒューズの温度と匂い、そして訪れる感触に、  
えもいわれぬ感情が湧き上がるのを感じていた。  
何か、善くないものが落ちて行くような。暖かいものが沁みこんで来るような感覚。  
忘れていた――求めていたもの。満たされる。  
 
ただ抱いてくれればいいと思っていた。娼婦と同じような扱いでも構わないと。  
ほんのひと時でも、誰かが自分を求めてくれればそれで満足だと思っていたのだ。  
しかしヒューズはそうしなかった。自分の闇を暴き、まるで恋人のように触れてくれる。  
それがひどく嬉しくて――錯覚すら起こしてしまう。  
例えそうだとしても、エミリアはその甘い錯覚に溺れることに決めたのだった。  
 
「んッ、ふ…――ッ!」  
ヒューズの指がエミリアの中に割り入った。十分に湿っていたそこは、無骨な指の侵入を  
容易に許した。すぐに二本に増やされ、息を吐く暇もなくエミリアを掻き乱す。  
その度にくちゅくちゅと鳴り響く淫らな水音に、恥ずかしさと興奮が湧き起こる。  
「イヤッ、あン、…あ、あっ」  
指の動きに合わせて嬌声が上がる。くらくらする。酔いのせいではない。  
ヒューズの熱の篭った吐息が、エミリアの首筋をくすぐる。  
 
こんな刺激じゃ満たされない。  
もっと、もっと。  
早く、早くヒューズが欲しい。  
信じられない自分の想いに気付いて、エミリアはまた眩暈を感じた。  
 
ヒューズは普段の姿からは想像できないような、優しい触れ方をしてくれる。  
愛撫が弱いとかではなくて、エミリアの心と身体を思い遣りながら抱いてくれているのが  
伝わってくる。それは…それはとても嬉しいのだけれど。  
 
 
「あ、ンッ、――はぁっ」  
指の動きが激しくなる。来たるべき侵入を容易にするための、準備の指使いとは違う。  
このまま自分だけを先に達させるつもりなのだろうか。  
嫌だ。――早く、一緒に――いきたい。  
 
敏感な箇所を執拗に攻めたてる指に登りつめてしまいそうになるのを堪えながら、  
エミリアはヒューズの肩を押して身体を起こさせた。  
彼の下腹部に、既にそそり立っているものが見えた。  
「……指じゃ、なく、ッて」  
途切れ途切れになる声は甘く掠れ、既に限界が近いことを示していた。  
「…来て。早くッ、もう、私―――」  
「――了解」  
ヒューズは余裕のなさそうな笑顔を浮かべた後、キスをくれた。  
声も少し上擦っていて、それが更にエミリアの情欲を掻き立てた。  
二人分の汗の匂いが鼻をつく。  
早く早く早く。  
 
(ヤバいな)  
ヒューズは唇を下へと滑らせ、ぴんと立った乳首に音を立ててキスを落とした。  
そして糸を引く指を抜き、既に体積を増した自身をエミリアの入り口にそっとあてがった。  
その熱さにびくりと身を震わすエミリアを、ヒューズは心底愛しく思った。  
はじめはもっと、自分の存在を刻み付けるように激しくしてやろうと思っていたのだが、  
不安定なエミリアをいたわる気持ちが行為を優しくさせていた。  
ヒューズとて、エミリアの身体の感触や息づかい、声、彼女の全てに煽られて、  
そういつまでも紳士的に振舞える自信はなかったのだが。  
(……持つかな)  
ヒューズのものは、指などとは比べ物にならないほど大きくなっていた。  
つまりもう限界が近いのだ。早く突っ込んでしまいたい衝動に駆られたが、そんなことを  
してはエミリアが痛いだけだ――と、残った理性が止まらせた。  
 
「……いくぜ」  
「―――ふぁッ」  
 
ゆっくりと進み、まずは先端だけを飲み込ませる。  
愛液にまみれ物欲しそうにひくつく入り口は、小さな音を立ててヒューズを迎え入れた。  
首に回されたエミリアの腕に力がこもる。顔は伏せられ、表情は伺えない。  
震えながら小刻みに漏れる熱い吐息が、ヒューズの胸元をくすぐる。  
 
しかしどうやら快感で震えているのとは微妙に違うようだ。  
肩が上下し、苦しげな呼吸が繰り返されている。ヒューズは焦った。  
 
「わ、悪い、もしかして痛い――」  
「違ァ――うッ!」  
 
エミリアの顔が上げられた。  
その頬は濃朱に染まっており、震える瞳からは涙がぽろぽろと零れ落ちた。  
体中を駆け巡る熱が行き先をなくし、彼女がとうに限界を迎えていることは明らかだった。  
 
「エミ――」  
「もっと…もっと乱暴にしてよッ!  
痛くしたっていい、ううん、痛くして。もっとあなたを感じたい、の…」  
 
ぷつり、何かの糸が切れた音がした。  
 
「――バカバカバカッ、もうッ、こんなこと――言わせないでよこの鈍感!」  
 
最後まで言うが早いか。熱い塊がエミリアの中を一気に突き上げた。  
 
「ふぁァ――……っ!!!」  
その声が含むものは、痛みだろうか。快感だろうか。  
入り口に対して大きすぎるヒューズのそれは、半ば裂くようにしてエミリアの最奥まで  
飲み込まれた。ぎちり、という音が聞こえた。  
ヒューズはエミリアの中の狭さと締め付けに驚き、背中に立てられた爪の痛みが、  
快感で完全に破壊されかけた理性を呼び戻した。  
「ちょっ、やっぱ…」  
 
「う…ごいて、」  
 
か細い声で下された命令は本能の火を煽る。  
「動いて、動いてぇッ、早くッ!ヒューズが欲しいの―――!!」  
「――――!!」  
 
決定的な哀願は、理性の枷を塵と化すのには十分だった。  
 
「いあっ、あふッ、う――あぁっ」  
繰り返し繰り返し、最奥まで激しく突き上げられる。  
それに合わせて体中に電流が走るような痛みを伴う快感がエミリアを襲う。  
「ンっ、あ、あぁ、」  
圧倒的な質量が自分の中に出入りしている。そこに隙間はなく、裂けるような痛みが  
下腹部にもたらされているのだが、今のエミリアにとってはそれすらも最高の快感に摩り  
替わってしまう。ヒューズとひとつになっている。私たちはお互いを求め合っている。  
お互いの体液がもたらすぐちゅ、ぐちゅり、と耳を犯す淫靡な音と共に、  
エミリアは登りつめて行った。  
「はァ、あっ…も――ヒュゥ…ズッ」  
「…なぁ」  
エミリアは何度も波に呑まれそうになる意識を必死で留めながら、  
耳元で囁く熱く低い声を聞いた。  
「名前、呼べよ」  
「、ッ、ヒュ――」  
 
「俺は――ロスター、だ」  
 
「ロ…スタ…ぁ、ロスタ―――!」  
初めて知った。私に光を分けてくれた、彼の本当の名前。  
仕事上の、捜査官としてではなく、彼は今、ひとりの男性として私と繋がっている。  
それを証明する愛しい名をエミリアは何度も呼んだ。  
彼も自分も一気に限界に近づいていくのを全身で感じた。  
「…ッ、俺、もう――」  
「ね…ぇ、私もッ、呼んで――」  
「――エミリアッ」  
「ロスター、ロスタ―――」  
 
名前を呼び合いながら、二人は貪るようにキスをした。  
そして、どくり、どくり、と自分の奥でヒューズが弾けるのを感じると同時に、  
エミリアも頂点に達した。  
中がヒューズの熱いもので満たされてゆく痺れに――エミリアは強い光を視た。  
 
エミリアが意識を取り戻したとき、ヒューズは彼女を抱き締めて柔らかな金の髪をいじっていた。  
目が合ったが、相変わらずかける言葉は見つからなかったのでとりあえず笑って見せると、  
エミリアも自然に零れた笑顔を返してくれた。  
そこには本来の光が宿っていた。  
 
「…どん底で浮かんだのがその憎らしい顔だなんて。  
訳がわかんなくて泣きたくなったわよ」  
「そりゃあ光栄でございます」  
「あなたって、ほんっとに、バカ」  
「バカなほうが長生きするんだぜ?」  
「…その通りかもね」  
 
ちょっとだけ見習うわ、と笑いながら、エミリアはヒューズの腕の中からすり抜けた。  
ヒューズは逃げていった温度に少し名残惜しさを感じながらも、ジャケットを羽織る白い  
背中を見つめた。その凛とした姿に、密かに笑った。  
もう―――大丈夫かな。  
 
カーテンの隙間からは既に白んだ空が伺えた。  
 
 
「ありがとう」  
 
去り際、白い陽光を受けてエミリアは綺麗に笑った。  
ああ。彼女はやっぱりこうして――光の中で笑っていなければいけないのだ。  
ヒューズはまた、彼らしからぬことを思った。  
 
 
それから。  
彼女が自分に会いに来ることはなかったし、ヒューズから行くこともまた、なかった。  
 
後日同僚から、クーロンのイタメシ屋に新人の美人ウエイトレスが入ったという話を聞いた。  
すっげえスタイルよくてさ。金髪の明るい良い子なんだよ。彼氏いるのかなぁ。  
そわそわと話す同僚を横目に、ヒューズはその制服姿を想像して独りごちた。  
 
「……そのうち、行ってみるかな」  
 
でも、もう彼女に闇祓いは必要なさそうだ。  
そう思った瞬間胸に穴が空いたような気持ちを自覚して、  
ヒューズは苦笑いを零した。  
 
 
end  
 
 

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