(ああ…こんな男だったなんて。意外なもんだね…)  
 バーバラは、自分を見つめる灰色の瞳の中に、意外と人間くさい感情がこもっているのを見て取り、  
心の中でつぶやく。  
 失望ではなく、純粋な感嘆だった。  
 
 
 
 そこいらの凡百な男に体を許すような安い生き方はしていないし、  
快楽だけをお手軽に求めて誰かとセックスするつもりもない。  
 寡黙な男はバーバラのそういった気概を分かっているらしく、  
また、彼自身の淡白さも原因にあったのだろうが、他の男にありがちだったベッドへの誘いを口にすることはなかった。  
 そんな人間は、かえって彼女の関心を引く。   
 誘ったはバーバラの方だ。  
 
 抱かれる前にバーバラは、この取りすました男は一体、自分をどうやって抱くのだろうかと、  
やや下世話な想像をめぐらせてた。  
 いつもと変わらぬ冷静な視線で見下ろした後は、何も言わずにベッドに押し倒すのか、  
あるいは、互いに黙々と服を脱いだ後、そのまま、ただのセックスをするのか。  
 いずれにせよ、毛先を染める赤以外のほとんどが寒色で占められている、  
見た目どおりの淡々とした行為を想像していた。  
 それが。  
 
(参ったね。本当に予想外だよ)  
 
 バーバラの隣に座ったグレイが最初に行ったのは、  
無骨ではないがしっかりとした男の掌で彼女の頬をそっと包み、唇を寄せてくる事だった。  
 
 予想もしなかった柔らかさと温かさを唇に感じ、バーバラは柄にもなく狼狽する。  
 いつもならすぐにでもやり返してやるというのに、瞬間、驚きで体が硬くなった。  
 グレイがそれをどうとったのかは分からないが、わずかに唇を離すと、  
「バーバラ」  
 いつもと同じ声でありながら、普段よりも高い温度で彼女の名を呼んだ。  
 かすかに触れ合う唇がくすぐったくて心地よい。  
 バーバラの背筋を、何かがするりと走りぬけた。  
 
 耳から入ってくる声はバーバラのこわばりを解き、見開いた瞳をゆっくりと閉じさせる。  
 そっと入り込んできた柔らかい物が、バーバラの舌を求めて口内を犯す。  
 彼女はそれに不快感を感じることもなく、じんわりと熱を帯びはじめた脳が命じるまま、舌を差し出した。  
 胸の中にある気配が柔らかくなったのを感じたらしく、グレイは再び唇を重ねてきた。  
 
 バーバラがグレイの背中に腕を回すと呼応するかのように、  
頬に添えられていた掌の片方が、彼女の白く柔らかい皮膚を上から下へとゆっくりと滑り出した。  
 頬から首筋、形のよい乳房の脇をなでるようにすり抜け、腰へ回る。  
 舐られるような感覚がグレイによって与えられた。  
 離れることなく体を蹂躙していった掌の熱さと、口の中で絡み合う舌が同時にバーバラを満たしていく。  
 
 わずかに開かれた唇からグレイの舌が出て行き、心地よい口付けはそこで途切れた。  
 バーバラは我知らずそれを惜しんだが、グレイが空いて方の手で器用に自分の服を脱がせにかかると、  
背中に回していた腕を前に戻し、焦り気味にそれを静止する。  
 グレイの片眉がひそめられた。  
 言葉にはしないが、何故拒否するのかと瞳が問いかける。  
(何故って…ねぇ?)  
 誰に語りかけているのかは本人にもわからないが、バーバラは誰かに同意を求めて首をかしげてみせた。  
 が、グレイはバーバラの可愛らしい所作にかまうことなく、そのまま肩紐を落とし始める。  
「ちょ…、ちょっと、まってよ。 ほ、本当に、このまま脱がせるつもりなのかい?」  
「いかんのか?」  
 灰色の瞳に、やけに人間くさい感情がこもっている。  
 手馴れた口付けと掌の動きに反して、そこにあるものは年齢よりも幼く感じた。  
「いかんわけじゃないけどさあ…」  
 思わず釣られて、奇妙な言葉遣い。  
(まさか、恥ずかしいからだなんて言えないしねぇ)  
 脱がされるのは初めてではないが、今回はしょっぱなから不意打ちで甘く攻められすぎたせいか、感情がなかなか追いつかない。  
 口付けを通して送られた熱は体を疼かせるが、それは同時に、バーバラに気恥ずかしさを抱かせるのだった。  
 年上の矜持として、口に出して恥ずかしいなどというのは、なんとなくためらわれる。  
(……あ…、服…)  
 バーバラの瞳に、グレイの白いシャツが鮮やかに飛び込んできた。  
 不意に思いついた、その行為。  
 バーバラは本当のことを言う代わりに、  
「あたしにもさ、あんたの服を脱がせてくれないかな?」  
 一番の理由ではないが全くの嘘でもない考えを、ウインク付きで口にする。  
 その顔は、グレイから見ればいつものバーバラそのままだった。  
 よもや、バーバラが恥ずかしさを感じているとは思いもよらないだろう。  
「………」  
 一瞬だけ目を丸くしたグレイだったが、目元に柔らかさを湛えると、軽い接吻をひとつ唇に落とす。  
 
「わかった。俺が脱がせた後でな」  
 
 
 結局。   
 唇の感触を楽しみあう口付けを繰り返しつつ、グレイはバーバラの服を脱がせていた。  
 宥めのキスを途切れることなく与え続けられたバーバラには、それに文句を言うことなど出来ない。  
 唇が離れた後も言われるままに腰を上げ、尻でずりあがり、  
気がついたら下着まで全て取り払われてしまっていた。  
 
 形良く豊かな乳房と、男の腕に抱かれれば折れてしまいそうな細腰、  
下品なものを感じさせないしなやかな脚が、男の前にさらけ出される。  
 それは、男なら誰しも"この体を乱れさせてみたいと"思う美しさと気高さだった。  
 何も言わずにじっと見つめるグレイの瞳には、彼女にのみ向けられる情が宿っていた。  
 今までとは違う色をそこに感じ、バーバラは思わず脚を閉じてしまう。  
 グレイが首をかしげた。  
「……あんまり、じろじろと見られるのもね?」  
 閉じた部分の上に両腕を重ね置き、視線からそこを隠すようにして、  
薄く紅潮した頬にそぐわぬ気丈さでバーバラが言う。  
「なるほど」  
 確かにそうだと、バーバラの心境を察した男は一つうなづくと、しかし、  
承諾はしないと言わんばかりに、膝頭から上に向かって太ももをさわりとなで上げた。  
 普段は冷たいグレイの手はもうずっと熱いままで、それは確実にバーバラの性感を刺激する。  
(やば…)  
 下半身の奥から沸き起こった、覚えのある甘い痛みにバーバラは眉を寄せ、唇を閉じた。  
 ややうつむき加減になったバーバラの顔を覗き込んだグレイは、  
彼女の耐えるような表情を見ると、口元に笑みを浮かべてその手をとった。  
 バーバラの指先にグレイのシャツが触れる。  
「どうした。 俺の服を脱がせるのだろう?」  
「もちろん?」  
低い挑発に微笑を返すと、熱のこもった指で釦を一つ一つはずしていく。  
 
 滑り落ちたシャツの下から出てきてのは、細身ではあるが、しっかりと筋肉のついた男の体だった。  
 グレイがバーバラの裸をみつめたように、バーバラもグレイをまっすぐに見やる。  
「本当に男だったんだね」  
「…何を言ってるんだ」  
 まさか俺を女と思っていたのでもあるまいと、やや呆れた声のグレイに、バーバラは首を横に振る。  
 過剰なほどに胸筋をさらしているホークや、鎧からたくましい腕を出しているガラハドと違い、  
指先までも手袋でしまいこんだグレイからは、普段、性的なものを連想する機会はない。  
 あの少し変わった服の下にどのような躯体があるのかなどと、想像することもなかった。  
 だが、今。   
 バーバラが暴いたグレイは、紛れもなく雄を感じさせる存在だ。  
 幾多の冒険を潜り抜けてきた体は、衣服をまとっている時よりも生命力を感じさせた。  
 指先で胸の筋肉を押すと、程よい弾力でそれを迎え入れ、同時に跳ね返す。  
 再び、先ほど感じた甘い痛みがずくりずくりと奥から沸き起こった。  
 体の中を通っていった痛みは、こらえ切れない吐息となってバーバラの唇から悩ましく零れ落ち、  
グレイの肌に助けを求める。    
 バーバラはグレイの肩口に額を当てると、少し唇を突き出して軽く吸い付いた。  
 グレイの指が、バーバラの髪の毛に差し込まれる。  
 恋人同士のような行為に、バーバラは脳の奥が痺れるような感覚を覚えた。  
「…今日は…あんたに驚かされて、…ばかりだね」  
 吐き出す息に熱がこもっているのが、自分でもわかる。  
「俺は何もしていない」  
(嘘じゃないから始末に終えないのよね、この男は)  
 グレイとしては当たり前の事をしているだけで、殊更バーバラを驚かせるつもりなどないのだろう。  
 内心苦笑しながらも、バーバラは自分がグレイに付けた跡を満足げに確認し、  
顔を少し上に向けて自分から唇を押し付けた。  
 受け入れる側になった男はバーバラがそうしたように、温かく柔らかい舌を絡ませていく。  
 そして、そのままゆっくり、彼女をシーツの上へ倒していった。  
 
 右手で乳房全体を包むように優しくなで、時折、軽く揉みしだく。  
 揺らすように弄んだかと思うと、刺激を欲しがって立ち上がりかける乳首には触れずに、  
その周りだけを指先でソフトになぞった。  
「ん…、は…ぁ…」  
 焦らされる感覚に、バーバラの腰がわずかに動く。  
 ゆっくりと首を左右に振り、じりじりと這い上がる心地よさに唇を震わせた。  
 バーバラの体が先を求めているのを知り、彼女から見えない位置でグレイが口元をほころばせる。  
 何度か円を書いたあと、人差し指でくすぐるようにピンク色の乳首をひっかき、爪先ではじいた。  
「ふ…ぅ…、ぁ…」  
「感じやすいのだな」  
「…悪いことじゃ、ない…でしょう?」  
 途切れ途切れの呼吸の中に混じる声が、男を取り込んでいく。  
 グレイは何も言わずに、放っておかれたままだった右の乳房に舌を這わせ、愛撫を待っていた乳首を舌先で舐った。  
 押し付けるように掘り起こすように何度も吸い、硬く立ち上がったそこを唇でついばむ。  
 もう片方も人差し指と中指で挟み、すり合わせて引っ張った。  
 両方を同時に責められたバーバラは、息をのんでかぶりを振る。  
 柔らかい髪の毛が、うっすらと汗ばんだ皮膚にまとわりついた。  
「…んん、ん…」  
 いくら体をよじっても、グレイは胸への愛撫をやめてくれないどころか、  
バーバラが声をもらした分だけ、ぷくりと赤くなった場所を更に責め立てる。  
 グレイの肩を掴んでいた白い指は苦しげに折り曲げられ、次に灰色の豊かな髪に絡んだかと思うと、  
先をねだるように拒絶するかのように彼の頭をそっと抱きかかえた。  
 絶え間なく漏れ続ける声を抑えるため、手の甲を唇に押し当てたが、  
何かを掴んでいないとますます与えられるものに流されそうで、最後は波打つシーツにたどり着いた。  
 その間も、グレイは丹念にそこを育てあげていた。  
 息を吹きかけられただけでも痺れが走るほどに、無防備な器官となっている。  
 時々触れてくるグレイの髪すら、バーバラを責める道具となっていた。  
 
 小さな場所から入ってくる大きな快楽は、血液の流れに乗って指先にまで染み渡り、  
指一本触れられていない下半身を内側からずくずくと突き上げる。  
 バーバラは、隠しておきたい場所がすでに濡れていることを自身の変化として、  
グレイは、彼女の体から雌の香りがしてきたことによって、それぞれに気付いた。  
「バーバラ」  
 グレイが顔を上げ、バーバラを見つめる。  
「な…によ…」  
 まさか、グレイがそれを揶揄するような性癖を持っているは思わないが、囁かれた自分の名前に、  
バーバラは熱に浮かされながらも体に緊張を走らせた。  
「…いや。 なかなかいいものだな」  
(な、何がいいって!?)  
 真意を問おうとしたが、グレイの指先がバーバラの薄い茂みをかき分け更に奥へと入り込んだため、  
開きかけた唇は言葉ではなくただの声を繋いだ。  
 指で開いた中にある、小さな芽を中指で押さえつける。  
「……っ、ん!」  
 胸への快感以上に大きな痺れが、一気に背筋を支配した。  
 バーバラは大きく体をのけぞらせる。  
 グレイは体をわずかに離すと、今まで胸を責めていた唇で今度はバーバラの唇をふさいだ。  
 バーバラの体を片腕で抱き込みながら、口の中も全て犯す。  
 そして、ふさぎながらも、愛液にまみれた芽を押しつぶすように指先でこねくり回した。  
「んん! ん…ん、ふ…!」  
 遠慮のない仕打ちに、バーバラの腰は彼女の意識とは無縁に大きく跳ね上がった。  
 グレイの肩や背中を拳でたたくが、彼女の口も体も、普段は隠されている場所も、  
全てがグレイによって翻弄されている。  
 
 指先が動くたび、クリトリスが押さえつけられるたびに突き上げられるような衝動が走る。  
 あっさりと大きくなった芽は、もっと激しい刺激を待っていた。  
 だが、望むとおりの快楽が与えられて苦しくなるのはバーバラの方だ。  
 コリコリと回され続ければ、泣き出したくなるというものだが、  
「ふぅ…、ん、ぅぅ…」  
 唇をふさがれたままのバーバラには、その叫びをグレイの口中へ吐き出すしか出来ない。  
 バーバラが声を出すたびに、つながった唇から痺れに似た振動が伝わった。  
 体の叫びそのままの振動にグレイが何を感じたのか。  
 ゆっくり唇を離すと、バーバラの目じりから伝い落ちていた一筋の涙を舐めとった。  
「あ…、はぁ…、グレ…イ…! あ…。 グレイ、…グレ…」  
 バーバラはグレイにしがみつき、何度も名を呼ぶ。  
「だめだよ、グレイ、だめ…だって…」  
「駄目なわけが、ない」  
 掠れ気味の声で囁くとグレイは、透明な液を溢れさせている穴の中へ指を進めた。  
 愛液でまみれた場所は濡れた音を立てつつ指を受け入れ、中へと引き込んでいく。  
 一本、二本、三本と埋め込まれたグレイの指は、熱く潤った内壁を分け入りながら、バーバラの体内をグルグルとかき乱した。  
「……ぃ…あ…! あ…はぁ…!」  
 グレイの手首を掴んでなんとか止めようとするが、無防備な粘膜を蹂躙されるバーバラには声を上げて泣くしか出来ない。  
 すがる物を求めて、結局、自分を狂わせる腕によりかかるしかなかった。  
 好き勝手に動いているように思える指は、バーバラを悶えさせる箇所を責めていた。  
 一見乱暴な動きだが、丁寧に、確実に彼女を頂点へと追い上げる。  
「はあ、あ…、あ、あ…、グレイ…」  
 喘ぎとグレイの名と、拒絶の言葉しか紡ぐことが出来なくなったバーバラは、快楽の中に放り込まれていた。  
 目を開けようにも、息が苦しくなるほどの気持ちよさが全身を支配して、外界を見せることを拒む。  
 体の中にあるグレイの指と、それが与えてくる波にだけ身を預けたかった。  
 心臓の鼓動が聴覚を支配する中、それよりもはるかに静かで低い音がバーバラの耳に入り込んできた。  
「バーバラ…」  
 声にいざなわれて、涙に濡れたまぶたを開く。  
 うっすらと見えた世界には、灰色の瞳があった。  
 
 だが、いつもと全く同じ貌では無く、バーバラと同じように苦しげに眉を寄せている。  
 冷静な男の見慣れない表情に、今ある愉悦とは別の疼きがもっと奥のほうから溢れてきた。  
 他者から与えられるものでなく、バーバラ自身が生んだものだ。  
「グレイ…?」  
「俺もだ」  
 と、いって太ももに押し付けられた物は、見ずとも分かる、グレイの雄だった。  
 硬くなったそれは、バーバラの中へ入りたいと主張している。  
 バーバラを好きに泣かせつつ、この男は自分の熱を押さえつけていたのだろうか。  
 あ、と小さな声を漏らしてから、バーバラといとおしげに指先をそれに絡めた。  
 男の弱点である場所に触れられ、さすがのグレイも耐えきれずに吐息を漏らす。  
 その様子は、バーバラの胸に、ある種の痛みを生んだ。  
 さんざん自分を責め立てていた男が、再び年下らしく見えた瞬間でもある。  
(愛しい)  
 そんな、この二人の間に生まれるはずも無い言葉が浮かんだ。  
 こっそりと、白い指先をその場で遊ばせてみる。  
「!」  
 グレイの眉が、ますます苦しげにゆがんだ。  
(…面白い…かも…?)  
 未だ、愉悦は体の中で渦を巻いているが、そんなバーバラにいたずら心が芽生えだす。  
「…そろそろ…限界に近、い」  
 バーバラが先端やら裏筋やらを弄び始めた事に何かを感じたのか、グレイは声をつまらせながら、  
 バーバラの中で好き勝手に動いてた自分の指をずるりと抜き出した。  
「……!」  
 引き出される感覚に、太ももがわななく。  
「かまわんだろう?」  
「お互い、限界に近いよね…」  
 汗ばむ体を寄せ合いながら熱にうかされた相手の瞳を見合って、二人とも唇を笑みの形に崩した。  
 
 
 グレイはバーバラの太ももに手を当てると、体が間に入る程度に開かせて自身を濡れた場所へとあてがった。  
 あふれ出る液体はグレイの先端を濡らし、粘着質な音を立てる。  
 触れるだけで熱さが伝わる硬い物。   
 それがもうすぐ入ってくるという喜びに、バーバラは体の奥…女の本能がつまっているという場所が震えるのを感じた。  
 グレイの肩に細い腕を回し、薄く笑うと“早く。 あなたを待っている”と、官能的にグレイを誘う。  
「…そんな唇で、誘うか…」  
 元から囁くような声の男が、色事に相応しい息遣いで苦く笑った。  
 今日何度目かになるかわからない口付けを落とすと、太ももに宛がっていた掌を腰まで滑らせ、  
そのまま腰を進めていく。  
 こらえ性の無い子供のような激しい挿入ではないが、内壁を押し分けて入ってくる塊にバーバラは息を漏らした。  
「あ…、は、ぁ……」  
「く…、ぅ…」  
 予想以上にバーバラの中は温かく、驚くほどねっとりと彼自身を包みこもうとする。  
 あつらえられたような器官に、グレイはかすかに首を左右に振る。  
「参ったな…」  
(何が…?)  
 グレイの一人ごちを疑問に思う前に、彼は己の存在と形をバーバラに教え込むように奥へ進めた。  
「ぁ…、あ…、…、ん…ぅ…」  
 完全にバーバラの最奥までを支配した、グレイ。  
 そんなグレイが、どうしようもなく愛おしい。  
 肩に回していた腕の力が、無意識に強くなる。  
 内と外の両方から満たしてくれる男に、今、自分が抱いている気持ちを伝えたかった。  
 グレイの頬を、口元を、顎を、小さな音を立てて軽く吸う。  
「…バーバラ…」  
 バーバラの熱さと、自身に纏わりついてくる粘膜に、グレイの声が完全に変質した。  
 雌の性的な部分を刺激し、えぐる雄の吐息。  
 飾り気のない情欲そのままの呼び声に、バーバラの内側が大きくひくつき、収縮する。  
 それは彼女を犯しているグレイにも直接伝わった。  
 
「……!」  
 普段なら他人に知られるはずもない変化を知られる。   
 肺の奥が、ぎゅうと締め付けられそうになった。  
「バーバラ…?」  
「…!!」  
(また、そんな声で…)  
 バーバラの中にある疼きと痛みと甘い衝動が、蔦のように絡み合いながら膨れ上がる。  
 彼女の体は呼びかけに素直に反応し、そのたびにグレイの雄を締め付けては、彼に新たな愉悦を与えた。  
 それはバーバラの意思で止めることは出来ない。  
「バ−…バラ…」  
 グレイの苦しげな声が続く。   
 硬くなっていた男の雄がバーバラの中で更に大きく成長し、腰をつかむ指に痛いほどの力がこもる。  
「グレイ…、もう、あんたの好きなように…ね?」  
「…そうさせて、もらう…」  
 お前相手には普段どおりにはいられないようだと、観念したように呟き、  
バーバラの腰を掴んだまま激しく揺さぶった。  
「…っ、あ…ああ…!!」  
 入って来るときとは正反対の、乱暴な動きにバーバラは背中をのけぞらせて声を上げる。  
「あ、あ、あ…、ゃ、あ…、は…! そん、な…、」  
「お前、が…言ったんだ、ろう…?」  
 好きにしろと。  
「んん…、ん! だ、って…こん、…な…!」  
 上下に揺さぶられたかと思うと、突然、細かく綿密な動きになった。  
 先ほどと違う場所を刺激され、バーバラは更に混乱する。  
 呼吸を整えようにも、グレイが与える快楽はそれを許さない。  
 浅く繰り返される呼吸もだんだんと追いつかなくなる。  
 
 グレイの背中にあった手が、救いを求めるようにせわしなくさまよい、決して厚いとは言えない背中に爪を立てる。  
 細い腕で強く抱きしめ、あるいは頼りない力で突き放そうと悶えるバーバラをグレイは逃さない。  
 冷静沈着が服を着て歩いているような男の激しすぎる衝動に、バーバラは押し流されそうだった。  
「バーバラ…」  
 細かく途切れる呼吸の中で繰り返される呪文のようなその言葉は、  
彼女を今までと違うところへと連れ去ってしまう。  
 このまま気をやってしまってもいいとすらバーバラが思った時、最奥をいじめていた雄が、不意に、一気に引き抜かれた。  
 未練を残して纏わりつく粘膜を振り切りながら、  
ずるりと音を立てそうな程の強さでそれは、入り口まで走り抜ける。  
「――――っ!」  
 その瞬間、気丈なバーバラが口にした、助けを求める切ない声がグレイの鼓膜から脳へと伝わる。  
 冷静な判断力も強靭な理性も必要ない、相手を思う気持ちが大切とされるこの場所で、  
グレイは己の気持ちに従って、バーバラの名を途切れる息の中に織り込んで呼び続けた。  
 バーバラも名を呼ばれるたびに、全身でグレイに応える。  
 入り口ちかくまで戻された雄が、鳴き喜ぶ体を更に追い詰めるながら、熱く潤った道を進む。  
 最奥まで行ったかと思うと、今度は中ほどまで引き戻る。  
 中に入ってくる感覚と中にあるものが外に出て行こうとする感覚を絶え間なく与え続けられ、  
バーバラは幾度となく逃げを打ったがそれも叶わず、グレイが与えるものをその白い体でひたすらに受けとめ続けた。  
 意識を全て持っていかれそうになる中でも、彼女をこんな風にしている男の声だけは聞こえる。  
 さんざんバーバラを泣かせた男は、最奥の少し手前の、今、触れられては狂ってしまいそうな場所を力強く攻め始めた。  
「あああ…、あ…、そ、こ…は…!!」  
 痛みにも似た悦楽が、大きなうねりとなって彼女を突き動かす。  
 一瞬の緩みもなく生み出される愉悦は、体の中をかけめぐる。  
 上ずった声でグレイの名を呼んで少しでも快楽を外へ逃そうとするが、  
それに覆いかぶさってくるように、グレイはバーバラを責めあげる。  
 苦しげにもがく脚を抑え、自分の体を挟み込む形で伸ばしたまま固定した。  
 ぴん、と指先まで伸びる体勢のせいで、より感じやすくなる。  
 
「はああ…!! っ、あ、あ…! ぃ、あ…っ! ああ…ぁ…!」  
「…ぅ…、ふ…、んっ…」  
 バーバラはグレイに攻められながらも、健気に腰を自分から動かす。  
 締め付けるその動きは、またたくまに彼を追い詰めていった。  
 グレイは、小さな喘ぎをもらして左右に首を振ると自らを外へ抜き出そうとしたが、  
バーバラはそんな男を抱きしめ首を振って拒絶した。   
「いいから…、そのままで……っ」  
「…バーバラ…」  
「だい、じょうぶ…だって…、……っ、はぁ…っ!!」  
 バーバラは、その後の言葉を続けることは出来なかった。  
 遠慮なく突き上げてくる雄は、全てを性急に奪い去る。  
 目を閉じているのに、外は夜だというのに、バーバラの瞼の中の世界は眩しく、白い。  
 体の中で暴れている快楽が皮膚を食い破り、内側から出てきて彼女を食らい尽くしそうだ。  
 自分が何を言っているのか、どのような嬌態をさらしているのか、バーバラには分からない。  
 ただ、グレイが与える物を受け入れて彼に返すだけだ。  
 二人の汗はシーツに飛び散り、銀色の髪は乱れ、男はひたすら彼女を追いつめる。  
 濡れた音と女の香りがベッドを満たし、こぼれ落ちる涙と溢れる愛液と一筋の唾液が女を汚していく。  
 
 快楽が呼吸を完全に上回った瞬間、自分の中でグレイが果てたのを、バーバラは感じた。  
「あ――――…、あ…ああ…! …はぁ、あ……!」  
「く…っぅ…!!」  
 腹の中に熱い物が吐き出される。 子宮やら何からを突き刺されるようだった。  
 伸ばしきった全身をそのままわななかせ、脳天まで槍に貫かれながらバーバラも果てる。  
 それでも、体の疲労を無視してガクガクと腰は激しく揺れ、なおもグレイの精を吐き出させるようとする。  
 バーバラの誘いに応えるように、痙攣する細い腰を掴むとグレイは背を丸めながら、更に彼女の体内を汚した。  
 いつもより長い吐精の時だった。  
 精液以外の物が、バーバラを満たしていく。  
 
 体を投げ出し余韻に浸っているバーバラの後始末をしたのは、グレイだった。  
 自分ですると彼女は言ったのだが、軽い口付け一つで黙らせると汚れを拭いた。  
 グレイの指がタオル越しに、愛液と精液にまみれた所に触れる。  
 途端、バーバラはわずかに息をのんだ。  
「もう一回、するのか?」  
 からかうように口角を吊り上げてみせるグレイの唇を、人差し指の腹で軽く抑えると、  
「馬鹿…」  
 と、一言だけ返した。  
 情事の名残は、体にもシーツにもまだ残っている。  
 本来ならすぐに体を洗いに行くところだろうが、このまま眠りにつきたかった。  
 グレイも同じらしく、  
「…今日は、このままでいい」  
 低い声でつぶやいた。  
 どちらとが言うでもなく体をぴたりと密着させる。  
 バーバラの体をグレイはゆっくりとなでていったが、それは、  
再び彼女をあの嵐にいざなうためではなく、眠りと安堵を与えるためのもの。  
 誰かの手に触れられながら心地よい疲労に身を任せるというのは、  
言葉に出来ないほど満たされる行為だった。  
 早く眠りにつきたい気持ちと、少しでもこの時間を感じていたいという思いが心の中でせめぎあう。  
 バーバラはゆっくりと瞼を閉じた。  
 グレイの鼓動が、皮膚を通して自分に伝わってくるようだ。  
「ねえ、グレイ。 あんた、前に聞いたことがあるよね? あたしにとって踊りとはなんだって」  
「…ああ…確かに聞いたが…」  
 グレイの声に冴えが無い。  
(眠いのかな?)  
 そう思うと、なんとなく抱きしめたくなった。  
 グレイの体へ回した腕に、力がこもる。  
 バーバラの体をなでていたグレイの掌が止まった。  
「どうした?」  
 それが質問に対してなのか、腕に力をこめたことに対してなのか、バーバラには判断出来ない。  
 
「んー…。 なんで、そんなことを聞いてきたのかなって思ってね」  
「ああ」  
 グレイは薄手の上掛けを掴むと、それを肩まで引き上げた。  
 昼は暑いとはいえ、やはり夜になると気温は下がる。  
 少し肌寒いと思っていた彼女にとっては、二人の体温が逃げない今の状態は丁度いい温かさだった。  
「そうだな…」  
 少し考えた後、グレイが、  
「踊っている時のお前が、綺麗だったからだ」  
 淡々といつもと同じ声で告げる。  
 あまりにもいつも変わらない調子なので、バーバラはそれがとても大きな意味を持つ事にしばらく気づかなかった。  
「…………」  
「…………」  
 意味ありげな沈黙が、数秒ほど続く。  
「って、…きれいって…!?」  
 グレイの言った意味に気づいたバーバラは、顔を上げてその先を問おうとしたが、それを押しとどめるように、  
「踊っている時のお前は綺麗で、お前をそれほど綺麗にする踊りとは一体なんなのか、気になった」  
 だから聞いたのだと、グレイは続けた。  
 あの冷静な面構えの下で生み出されていた“綺麗”という言葉は、  
他の男から受けてきたどどの賞賛の言葉よりも、遥かにバーバラを揺さぶる。  
 肺の辺りに、熱い塊を口移しで吹き込まれたようだった。  
 踊っていない時はどうなのだろうかと思わなくもないが、今はそれを問いただす気にはなれない。  
「聞きたいことはそれだけか?」  
 バーバラは何も答えることが出来ずに、無言でうなづく。  
「なら、寝るぞ」  
 そう言ったグレイは、瞳を閉じて完全に眠りに入ることを決め込んだ。  
 疑問には答えているが全てを吐露していないであろうグレイを、バーバラはじっとねめつける。  
 が、これだけ間近から視線をぶつけられているにも関わらず、  
グレイの瞼は震えることなく落ち着き払ったままだった。  
(…絶対に目をあけないだろうね)  
 形の良い鼻をつまんでフガフガ言わせてやろうかと思ったが、  
さすがにそれは大人げないので、グレイの体に密着させていた腕はそのままにしておいた。  
 
 セックスをする前に想像したグレイと、実際に肌を重ねたグレイはあまりにも違いすぎる。  
 自分たちが思う以上に、この男には色々なものがあるのかもしれない。  
(もっとたくさん、この男と話をしたいもんだね…)  
 バーバラは眠りに落ちる直前、無防備になった心の声を確かに聞いた。  
 そして、夢か現か、今日もっとも耳にした男の声で、  
『…お前の話をもっと聞いてみたいものだな…バーバラ』  
 と、優しく囁かれたような気がした。  
 
〜〜〜〜終  
 

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