南エスタミル―。  
様々な顔を持つ賑やかでどこか憎めない、そんな町に今夜、バーバラ達は宿をとっていた。  
宿をとると自然と皆が誰かの部屋に集まり、寝るまでの時間を談笑しながら過ごす。  
いつしかそんなことが当たり前になっており、それは今日も例外ではない。  
ただ一つ違ったのは、先程部屋を出ていったジャミルが、両腕に紙袋を抱えて戻ってきたことだった。  
 
「ジャミル、あんたどこ行ってたのさ?…その袋は何?」  
 
バーバラが不思議そうに尋ねると、ジャミルはにやにやしながら袋をテーブルに置き、  
 
「へへ、この町は酒も美味いんだぜ。」  
 
と言いながら出したものは、大小様々なビンに入った酒の数々だった。  
 
「あら!いいわねぇ〜」  
バーバラが声を弾ませ手を合わせ、顔をほころばせる。  
「…お前にしては気が利くな。」  
「こんなにたくさん、どこで買ってきたの?」  
 
グレイがいつもの調子で答え、クローディアがまじまじと大量のビンを見ながら尋ねた。  
 
「ま、ちょっとした馴染みの店があってね。」  
 
ジャミルは得意そうな顔で酒を机にどかどかと並べながら、アルベルトの方に目をやると、  
 
「アル!お前も飲むだろ?」  
「い、いえ、私は、まだ成人の儀式を受けていないので…」  
 
いきなりの事態に、うろたえながらアルベルトが大きく首を振った。  
 
「っか〜、堅てぇこと言うなよ!今日くらいは無礼講でいいじゃねぇか、な!」  
「ふふ、そうよ、今日はおめでたい日でしょ?」  
 
ジャミルとバーバラに後押しされ、断るに断れなくなってしまったが、確かに今日はいつもとは違う日だった。  
そう、今日は自分達が名誉騎士となった記念すべき日だ。  
コンスタンツも無事救出し、テオドールに是非城で祝賀会をしたい、  
と言われたが、それを丁重に断り今にいたっていたのだ。  
 
「お城でのパーティよりも、こっちの方が楽でいいわね。」  
 
バーバラは楽しそうにビンの蓋を開けながら、机の上のコップに次々と酒を注いでいく。  
困った顔をしていたアルベルトに気付いたクローディアが、  
 
「アルベルトも、弱いお酒なら大丈夫でしょう?  
 私もあまり飲めないから、気にすることないわ。」  
 
そう言ってやさしく、淡いオレンジ色をした酒が注がれたコップをアルベルトに手渡した。  
 
「…そうですね。では、ご一緒にいただきます。」  
 
ふんわりと微笑むクローディアに、少し安心した様にアルベルトが答えた。  
それぞれにコップが行き渡ったことを確認すると、  
 
「じゃあ、乾杯!」  
 
とバーバラが声を上げ、酒に口を付ける。  
同時にグレイやジャミルが一気に酒を流し込むのを見て、  
つられてアルベルトもコップの中のものを勢いに任せて飲み干してしまった。  
 
今まで公式の場で軽めのワインぐらいしか口にしたことのない  
アルベルトにとっては、それはまったく未知の世界だった。  
慣れない味に舌が痺れ、喉が熱くなり整った顔が思わず歪んだ。  
 
「大丈夫?ゆっくり飲んだ方がいいわ。」  
 
クローディアが少し心配そうにアルベルトを覗き込んだ。  
 
「…ッ、大丈夫…です…」  
 
喉が焼けるように熱く、それだけ言うのが精一杯だった。  
なんだか急に顔が熱くなり、頭もぼんやりしてくる。  
 
 
それからどのくらい経ったのか。  
夜も深まり、それぞれが部屋に戻ろうと席を立った瞬間、アルベルトがバタッと音を立てて倒れた。  
 
 
「ちょっ!アル!大丈夫!?」  
「あちゃ〜ちょーっと飲み過ぎたか?おい、大丈夫か?」  
「アル、どうしたの?」  
「…寝てるな。」  
 
直ぐ様グレイがアルベルトを抱き起こすと、  
アルベルトは苦しむ様子もなく、寝息をたてていた。  
どうやら回りに回った酒のせいで、アルベルトはそのまま眠ってしまったようだった。  
 
「ああ、よかった。グレイ、そのままここで寝かしてあげてよ。  
 あたしが様子見ておくからさ。」  
「分かった。」  
 
そう言うとグレイはアルベルトをベッドに運び、  
バーバラがそっとアルベルトにふとんをかけた。  
 
「バーバラ、私も残るわ。アルに飲むよう勧めたのは私だし…」  
「大丈夫よ。気にすることないわ。  
 明日はゆっくりできるし、あたしもすぐ寝るから。グレイ、クローディアをお願いね!」  
「ああ。」  
 
まだ心配そうにしているクローディアの肩をポン、と叩き、バーバラはにこっ、と笑った。  
 
 
「ちょっと、やりすぎだったわね。」  
 
それぞれが部屋を後にしたのち、バーバラはベッドの脇に座り、  
悪乗りして度々アルベルトに酒を勧めてしまったことを反省していた。  
 
「ごめんね、アル。」  
 
さらり、と綺麗な金色の髪を撫で、バーバラが心配そうに  
アルベルトを見つめると、静かに寝息をたてていたアルベルトの顔が急に曇った。  
 
「……上、母上…!」  
「?アル…?」  
「…姉上ッ!うわあぁぁっ!」  
 
ガバッと起きたアルベルトに、驚きながらもバーバラは咄嗟に抱き留めた。  
 
「アル!?どうしたの?」  
 
肩で息をし、混乱している状態のアルベルトに問い掛ける。  
気付けば額には冷や汗が浮き出ており、目にはうっすら涙が浮かんでいる。  
 
「…ッハァッ、ハァ、……あ…バーバラ…さん?」  
 
やっと我に返ったようなアルベルトが、ゆっくり目線を合わせながら答えた。  
 
「大丈夫?あなた、うなされてたわ。」  
 
肩に手をおいたまま、バーバラはゆっくり、やさしく答えた。  
長いこと一緒に旅をしていたけれど、こんなアルベルトを見たのは初めて、  
いや、前に一度だけ、ナイトハルト殿下の前で泣き崩れたアルベルトを見て以来だ。  
住む城をモンスターに襲われ、父と母を殺され、姉も生死すら分からない―。  
普通では耐えられない過去があるにもかかわらず、  
いつものアルベルトからはそんなことは微塵も感じさせない。  
だが、きっとこんな風にうなされて起きるのは初めてではないのだろう。  
 
「大丈夫、大丈夫よ、アル…」  
 
バーバラはまるで子供をあやす様にやさしくつぶやき、  
アルベルトをゆっくり抱き締めた。  
 
「……バーバラさん…」  
 
その温もりに安心したように、アルベルトはバーバラの肩へ顔を埋めた。  
ふわり、と甘い匂いが漂い、先程の悪夢が薄らいでいく気がする。  
 
バーバラの腕のなかは心地よく、アルベルトはしばらくそこから動けなかった。  
まだ酒が回った状態の頭のなかは朦朧として、上手く考え事ができない。  
だが、ゆくゆく自分の今の状況を理解すると、カッ、と顔が熱くなった。  
 
「わっ、あっ、す…すいません!」  
 
バッ、とバーバラから体を離すと、ますます自分の体が熱くなっていくのが分かった。  
バーバラは驚いたように目を丸くし、すぐに口元を緩めるとくすくすと笑った。  
 
「ふふ、そんなに嫌わないでよ。こんな時ぐらいは、甘えていいの。」  
 
そう言うと、またバーバラの腕がアルベルトの頭をやさしく包み込み、頭を撫でる。  
多少強引な抱擁に、アルベルトの顔はますます熱くなった。  
 
やわらかな二の腕が、アルベルトの頬にぴたりと当たり、鼻先がやわらかな胸へと沈められる。  
甘い香りが鼻を通り、まだぼんやりする頭の中をすべる様に通り抜け、  
それはしびれる様な感覚へと変わり下半身に向かう。  
アルベルトが自身の変化に気付き、それを必死で押さえようとしていると、  
 
「ねぇアル。私でよければ、いつでも話は聞くし、いつでも慰めてあげるからね。  
 私にだったら、もう弱いとこ見せても平気でしょう?」  
 
 と、アルベルトの耳元でバーバラが囁いた。  
 
「…本当ですか?」  
「ええ。」  
 
顔を上げバーバラの目の前で尋ねるアルベルトに、バーバラはにっこり微笑んだ。  
バーバラにしてみれば、自分より8歳も年下のアルベルトはかわいい弟みたいなもので、つい子供扱いしてしまう。  
さっきアルベルトに対して自分が言ったことも、そんな気持ちからだった。  
だから、次の瞬間、自分の身に何が起こったかが一瞬分からなかった。  
 
「!?」  
 
ドサッ、と音がしたかと思うと、目の前に細い金の髪と、伏せられた長いまつげが見える。  
口には、やわらかな自分以外の感触、そして背中に伝わるベッドの弾力―。  
まだ状況が飲み込めず、アルベルトに押し倒され、キスをされたことを理解するのには数秒かかった。  
 
「ア、アル!?」  
 
いきなりのことに驚いて、バーバラが大きな声を出す。  
しかし、アルベルトは無言でバーバラの手首を掴んだまま、  
ゆっくりと首筋に口付けをするとそのまま舌を這わした。  
ピクッ、とバーバラの肩が無意識に反応し、声が出そうになるのをぐっ、と堪えた。  
 
「ッ…ちょっ、アル、アルってば…!」  
 
必死に問い掛けるバーバラに、アルベルトが首から顔を離すと  
、口元を緩めバーバラを見つめながら静かに口を開いた。  
 
「…慰めてくれんじゃなかったんですか?」  
 
「…え?」  
 
大きな目をさらに大きくして、バーバラが聞き返すと、  
アルベルトはクスッ、といつもの無邪気な顔で笑い  
 
「冗談ですよ。バーバラさん。」  
と付け足した。  
「冗…談?」  
「ええ、すみませんでした。  
 ただ、あなたが不用意に慰めるなんて口にするもんですから。」  
「それは…ッ!」  
 
―意味が違う。  
と言いかけて、バーバラは押し止まった。  
自分の言動で、彼の自尊心をこれ以上傷つけてはいけない。  
以前としてアルベルトに組み敷かれたまま、  
目の前にいるのは、無邪気な少年ではなく、  
一人の男だということをバーバラは悟った。  
 
「…こんなこと、どこで覚えたの?」  
 
できるかぎり、平静を装いバーバラが尋ねた。  
意外な問い掛けに、アルベルトは少し驚きながらも、  
 
「貴族たるもの、いかなる時も女性に恥をかかせてはなりません。  
 信じられないかもしれませんが、これも嗜みの一つなんです。」  
「えっ、なん…んっ!」  
 
聞き返そうとした瞬間、再びアルベルトの口がバーバラの口をふさぎ、言葉を遮る。  
 
「んっ…」  
 
甘くて強い酒の匂いと、差し込まれる柔らかい舌の感触。  
必死で抵抗しようとすれば、抗えれるはずなのに、何故か身体が思うように動かない。  
いたわるようなアルベルトのキスは、バーバラの頭の中をじわりと痺れさせていく。  
不意に、アルベルトが顔を上げ、掴んでいた腕を放すとくるりと後ろを向いた。  
 
「アル…?」  
 
バーバラは突然のことにまたも混乱しながら、  
ゆっくりと上体を起こすと、少し乱れた呼吸で背中を向けたままのアルベルトに呼び掛けた。  
 
「…ッすみません。こんなこと、するつもりは…。もう、部屋に戻ります。」  
 
表情は見えないが、アルベルトがどんな顔をしているのかバーバラは分かった。  
ああ、いつものかわいいアルだ―。  
バーバラはホッとし、懐かしさからくる様な愛おしい気持ちになり、  
立ち上がろうとするアルベルトを後ろからやさしく抱き締めた。  
アルベルトの身体が強張るのを感じながら、また耳元で囁く。  
 
「女に恥はかかせないんでしょ?だったら、途中で止めないで。…ね?」  
 

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