「クリスタルシティ、ね」  
 窓から見える景色を見ながら、クローディアは小さく呟いた。月明かりに照らされた街はその名に相応しく美しい。歴史ある、と言えば聴こえはいいが、古ぼけた感じの否めないメルビルに比べるとその差は歴然としている。現在の国力の差そのままに。  
 軽く溜息をついて、真っ白なシーツの敷かれたベッドに座った。  
 ローザリアの皇太子が臣下の為に用意した部屋も、外に劣らず美しく豪華だ。シーツのさらりとした手触りは絹だろうか。そのままとすんとベッドに体を預けると、柔らかく沈み込みクローディアの体を支える。これまでの宿とは大違いだ。瞳を閉じるとすぐに眠ってしまいそう。  
 でも。  
「ここは、嫌いだわ」  
 つい、そう言葉が出ていた。ブラウとシルベンと別れても、彼らに話しかける癖はなかなか抜けきらない。直した方がいいのだろうが、クローディアはあまり気にかけてはいなかった。  
「王宮なんて、大嫌い」  
 漸くクリスタルシティに辿り着いたと言うのに、この旅を続けるとアルベルトは主張した。世界で起こる様々な事件、それをこの目で確かめたいと言うのだ。  
 皇太子はその願いを聞き入れたが、せめて今晩くらいはクリスタルパレスに泊まって疲れを癒せと勧めたようだった。城育ちのアルベルトには有難い話だろうが、やはり私たちは外に宿を取ればよかったと今更ながら思った。  
 同じように豪華な部屋を与えられて戸惑っているに違いないバーバラの所にでも顔を出そうか、それともこのまま寝てしまおうか、迷っていると。  
 扉を叩く音がした。  
 
「失礼する」  
 返事を待たずにナイトハルトは部屋へと足を踏み込んだ。この時間に若い女性の部屋を許可もなく訪ねるなど、まず許されない振る舞いだ。この場所の主であるナイトハルト自身を除いては。  
 中にいた女性は驚いたように目を見開き、まじまじとナイトハルトを見上げた。寝ていたのかその直前だったのか、ベッドの上で半身を起こして。  
 そのままずかずかと歩み寄る。慌てて立ち上がった彼女の顔を見て、ナイトハルトは初めて見た時に感じた既視感の理由に気づいた。  
「ああ」  
 突然の出来事にまだ言葉も出ない程驚いているクローディアに、ナイトハルトは笑いかけた。  
「お父様によく似ておられる。一目で解った」  
「な……」  
 クローディアは夢でも見ているのだろうかと、部屋に乱入して来た男を呆然と見上げていたが、その言葉を聞いて漸く我に返った。  
「な、何の御用ですか、ナイトハルト殿下」  
 一瞬、暗殺者に襲われた記憶が蘇り武器に手を伸ばしかけたが、声を聞いて先程ほんの僅か顔を合わせただけのこの国の皇太子だと気づいたのだ。  
「驚かせたようだな、すまない」  
 ほっと安堵の溜息を洩らし、それからまた気づく。いや、そもそも。こんな時間に一国の皇太子が部下の友人に会いに来るなんて、おかしいではないか。  
 再びクローディアが問いかける前に、ナイトハルトは応えた。  
「姫に会いに来た」  
 
 そう簡潔に言い切ると、じっとクローディアを見つめる。既に寝支度を済ませていたクローディアは、自分が薄手の夜着しか纏っていないことに気づいてかっと頬が染まるのを感じた。ナイトハルトはいっそ不躾と言っていいような眼差しでクローディアの全身を検分している。  
 その視線の遠慮のなさに、漸く口が滑らかに動くようになって来た。  
「姫、とは一体どなたのことでしょうか?」  
 じりじりと後ろに下がるが、後ろにはベッドしかない。その様子を面白そうに眉を上げて見遣った後、ナイトハルトはクローディアの質問に淡々と答えた。  
「勿論、そなたのことだ。バファル帝国皇女、クローディア」  
 何故それを、と問うまでもない、アルベルトだろう。あの真っ直ぐな坊やは今まで知った全てのことを主君に洗いざらい話したに違いない。勿論、クローディアに悪いことをしているとはこれっぽっちも思わずに。  
 アルベルトのあの真っ直ぐさはクローディアの密かに憧れる所ではあったが、それがこういう事態を招いたのかと思うと思わず歯噛みしてなってくる。  
「……で、どういったご用件でしょう?」  
 掠れた声で尋ねる。夜、男が女の部屋を訪ねる。秘め事には疎いクローディアでも、その意味は何となくわかっていた。それが碌なことではないことくらいは。  
「結婚を申し込みに来た」  
 ナイトハルトは、だが、クローディアの予想以上の返答を淡々と述べた。  
「……は?」  
 クローディアは思わず耳を疑った。今何と?  
 
「姫よ、我が妻となってくれないか?」  
 ナイトハルトはもう一度、同じ言葉を繰り返した。クローディアはただただ呆然とナイトハルトを見上げた。見つめている内に部屋着も真っ黒なのね、とそんなどうでも良いことに気づく。  
 そうこうしている内にナイトハルトは手を伸ばしクローディアの手を取った。クローディアがびくりと体を竦ませるのにも構わず、そのまま膝を付き優雅に口付ける。  
「我が命、そなたに捧げよう」  
「……」  
 思わず見入ってしまったナイトハルトの青い瞳から、クローディアは視線を無理やり逸らした。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それからぴしりとその手を払った。ナイトハルトは面白そうに膝を付いたままクローディアを見上げる。  
「殿下、殿下は何か勘違いをなさっておられるようです」  
「勘違いとは?」  
「殿下が私に求婚されるのは、恐らくバファルが目当てなのでしょう」  
「その通り」  
 
 悪びれもせずナイトハルトは頷いた。やや気勢を削がれながらもクローディアは続ける。  
「私はバファル皇帝に認められた身ではありません。私を娶った所で、バファルの跡継ぎの座が転がり込んでくる訳ではありませんわ」  
 だから、こんなことをなさっても無駄です。そう言い終える前に、ナイトハルトは立ち上がりクローディアの細い体を抱き寄せた。油断していたクローディアは抵抗する間もなくその腕に転がり込む。  
「私が認めさせる」  
「で、殿下」  
 クローディアの手首を掴み、もう片方の手を豊かな栗色の髪に差し込む。その瞳を見つめながら、ナイトハルトはゆっくりと囁いた。  
「あなたにとっても、悪い話ではないと思うが?」  
「なにを……」  
 クローディアが抗議の言葉を発する前に、その柔らかな唇を塞いだ。  
 
 腕の中の少女――少女と言うには相応しくない年齢のようだが、その反応は少女としか言い様がないほどに初々しい――の抵抗など、ナイトハルトにとっては無いも同然だった。  
 多少の武芸に嗜みがあろうと、所詮は女性。武人である自分にかなう筈は無い。  
 どころか口付けられた時、唇を閉じることすらしなかった。そうすることも思い浮かばなかったのだろう。ただ瞳を見開いたまま掴まれていない方の腕を無闇に振り回していた。  
 悠々とナイトハルトの舌はクローディアの唇を割り、敏感な内部へと侵入を果たす。クローディアの瞳が更に大きく見開かれた。  
(これは、何?)  
 自分の口の中を他者に思う様に嬲られる。外部の者と交わることなくずっと森の中で暮らして来たクローディアにとって、初めての男性との口付けだった。ぼんやりと夢見たことがなかったわけではないが、あまりにもそれは想像とは違っていて。  
 ぞろりと歯列を舐め上げられて嫌悪と羞恥で身が竦む。けれどその中には何処か甘さも潜んでいて、舌と舌が触れ合う度に体の一部が溶けていくようだった。応じることも拒むことも出来ずに、ただその感触に耐えた。  
 この舌を噛み切ればいいと思いついた時にはもう遅かった。長い口付けが終わった時、クローディアはいつのまにかベッドの上に倒れこんでいる自分に気づいた。上に屈み込んでいる男の長い髪がさらりと頬を撫でる。  
 
「そう緊張なさるな」  
 ナイトハルトは上気した頬で自分を見上げるクローディアに僅か同情した。  
 バファルの跡継ぎが行方不明になったと言う噂がマルディアスを駆け巡ったのは、確か二十年と少し前のこと。  
 つまりはこの少女の年齢だが、それにしてはあまりに何も知らないようだった。  
「ただの儀式だ。すぐに終わる」  
 勿論、その方が好都合だが。囁きながら、夜着の上から優美な曲線を抱く胸から腰にかけて軽く手を這わす。  
 それだけでびくりと震えるクローディアを見て、ナイトハルトは微笑んだ。  
「あまり辛い思いをせずに済むよう、私も努力しよう」  
 そうしてもう一度口付けようと頬に手を当てた時。  
「……失望しました」  
 腕の中から、氷のように冷たい声がした。  
 驚いてその顔を見る。赤く染まった顔はそのままに、燃えるような瞳だけがナイトハルトを射るように見つめている。  
 その眼差しに一瞬、見蕩れた。  
「失望とは?」  
 頬をなぞりながら先を促す。触れた指先から微かに震えが伝わって来るが、怯えを気取らせまいとますます睨みつけて来るその態度が、好ましいと思った。  
「ローザリア皇太子ナイトハルトは、武勇に優れその統治は公平にして無私、ローザリア全ての民の信を集めていると。アルベルトはよく言っていました、あなたが義兄となることを、心から誇りに思うと。私もどんな方かと楽しみにしていたのです」  
 それが、とクローディアは今まで何とか冷静さを保とうとしていた声を荒げて、目の前の男を非難した。  
「それが、このような卑劣な男だったとは。私がバファルの皇帝の娘である、ただそれだけのことで婚約者を裏切る。ローザリアの王子としての誇りはないのですか!」  
 
 クローディアは全て言い終えぬ内にはっと息を飲んだ。ナイトハルトが突然手首を鷲掴みしたのだ。  
「”ただそれだけのこと?”」  
 ナイトハルトはゆっくりとクローディアの科白を繰り返す。  
 ぐいと体を引き起こされ、そのまま後ろから抱きすくめられた。  
 がっしりと腰を抱かれ、クローディアの背中とナイトハルトの胸がぴたりと密着する。  
 ベッドの上に座り込み後ろから抱かれた格好で、男の声がクローディアの耳を柔らかく嬲った。  
「婚約者を裏切る、か。君は本当に父親によく似ている」  
 低く囁くその声に今までなかった危険な物を感じ、クローディアは振り向こうとしたが、瞬間乳房を力任せに掴まれ、動きを封じられた。  
 愛撫などではない、ただの暴力だ。  
「知っているか? バファル皇帝は妻を亡くし世継ぎが行方不明となった後も、頑なに独り身を貫いた。愛妾すらも拒んだそうだ。妻を裏切りたくはないと」  
 痛みに涙が滲んでくるが泣き出すのは絶対に嫌だった。  
 クローディアが唇を噛んで耐えていると、掌に篭っていた力が緩み、やがて柔らかく揉みしだくような動きに変わっていった。  
 痛みが和らいだと同時に、親指が薄手の夜着の上から乳首を探し出し形を確かめるようになぞり出す。じん、と甘い痺れが体を走った。  
「や、やめなさい」  
 掠れた声を上げるクローディアの首筋を甘噛みしながら、ナイトハルトは淡々と言葉と愛撫を続ける。  
「皇帝が死んだ王妃との麗しい愛情を貫いた結果、どうなったか? 君も少しは見て来ただろう、故郷の有様を。跡継ぎがいないせいで皇帝が病に臥せっただけで大騒ぎだ」  
 空いている方の男の指がクローディアの衣を捲り上げ、太腿を撫で上げながら徐々に上っていく。  
 それでもナイトハルトの言葉に縛られ、クローディアは動けなかった。  
 
「今、皇帝が倒れたら間違いなくバファルは割れる。そして大勢の民が死ぬ」  
 妻を裏切らなかった結果がこれだ、と。言ってナイトハルトは笑った。  
「そうして、唯一の直系の君は自分の国のことなど何一つ考えず、敵対するローザリアの貴族に加担し、尚且つその王宮までやって来た。  
君の存在を明らかにすることで、バファルに安定をもたらすことも可能だというのに」  
 ナイトハルトの指は既にクローディアの秘められた箇所に辿り着き、下着の上から優しくなぞった。  
 その動きの優しさとは裏腹に、ナイトハルトの声はあくまで冷たく、ただその呼気の熱さだけがクローディアの耳を焼いた。  
「私には義務がある。ローザリアの民を守り国を栄えさせる義務が。君は、気にしたこともないようだが」  
 クローディアは叫びたかった。  
 私は、そんなことは知らないと。自分がバファル皇帝の娘であることを知ったのはつい最近のことなのだ。  
 ナイトハルトの怒り――確かにこれは怒りだった――など、ただの森の番人である自分には理解できるはずもない。  
 だが、口から洩れるのは甘やかな喘ぎだけ。自分でも触れたことのない場所を、男の指が這い回っている。  
 なのに嫌悪よりも快楽の方が勝り、そんな自分の体に絶望を感じた。  
 暖かく湿ったクローディアの中にゆっくりと指を差し入れながら、ナイトハルトはその喘ぎを吸い取るように口付けた。  
 ねっとりと舌を絡ませると、恐る恐るクローディアが応じて来た。自分でも自覚がないままに。  
 たっぷりとした口付けの後、ナイトハルトは漸く熱を帯びてきた声で囁いた。  
「君が要らないというのなら、バファルは私が貰おう」  
 君と共に。  
 言葉と、指と。両方に犯されてクローディアは拒絶の言葉さえ上げることが出来なかった。  
 
 
 優しく抱く気など、疾うに失せていた。  
 
 薄手の夜着はいつの間にか取り払われ、クローディアは一糸纏わぬ姿となりナイトハルトの胸の中にぐったりと倒れ込んでいた。  
 羞恥を感じる余裕は、もうない。  
 男の指はゆっくりとクローディアの奥へと進む。  
 柔らかな襞を割り、くちゅりと微かに湿った音を響かせて。  
 もう一方の手は、男を知らぬにしてはあまりに豊かな乳房の感触を存分に楽しんでいた。  
 尖り立つ乳首を気紛れのように摘み上げ、同時に肉芽を刺激する。  
 大きく跳ね上がり掛けた腰をナイトハルトはがっしりと掴んだ。  
「動くな。怪我をする」  
「……?」  
 とろりとした目でクローディアが問い掛けて来る。  
 いいように弄ばれ、それでもせめてみっともない声だけは出すまいとでも決意したのだろうか。  
 唇を噛み締めている様を見ると、苛立ちと、いとおしさの両方を感じた。  
 
「此処は傷付き易い」  
 ぷっくりとしたその部分を軽く指の腹で擦る。  
「不用意に動いて、爪でも当たっては」  
「……っ!」  
 言う端から、押さえ切れない快楽にクローディアの腰が揺れた。  
 苦笑しながら指の位置をずらす。  
「こちらの方が好みか?」  
 止め処なく溢れる液体の中でナイトハルトの指が上下に、左右に泳ぐ。  
 クローディアはナイトハルトの膝頭を掴んで何とか耐えたが、限界の時は近い。  
 唇を開くだけで、あられもない声を上げてしまいそうだった。  
(どう、すれば……)  
 クローディアの眦に浮かんだ涙を男の唇が拭う。  
 やがてその指が更なる奥への入り口を見つけ出し、ぞろりと周囲をなぞった。  
 本能的に恐怖を感じたクローディアは思わず息を呑んだ。  
「怖い、か?」  
 何も知らなくとも、やはり女は女。この先にあるものを予感しているのか。  
 腕の中の彼女が急に身を強張らせるのを感じて、ナイトハルトはふと動きを止めた。  
 
 男の動きが止まったことに気づいて、漸くクローディアは息を吐いた。  
 勿論、これで全てが終わった訳ではないだろうけれども、少なくとも話をする余裕は出来る。  
「ナイト……」  
 振り向きその名を呼びかけた唇は、だが、再び男に塞がれた。  
「ん……っ」  
 思わず目を閉じてしまう。最初の時と同じように舌先が擽るように口内を舐る。  
 ただ、今度はそうされると下腹部にじんとした甘い疼きが走った。  
 気づくと自分からその口付けに応えるように舌を差し出していた。  
 ただ一方的に嬲られていただけの先程までとは違い、舌先が触れ合うたびに何か優しく温かいもの湧き上がってくるかのような錯覚に囚われる。  
 唇を離した時、より名残を惜しんだのは果たしてどちらだったのか。  
 再び上がった息を整え、改めて話を始める前に、男は位置を変えた。  
 とさり、とベッド上に仰向けにクローディアは倒される。  
「殿下、」  
 見上げる男の顔はランプの明かりの加減で、酷く冷たい顔をしているようにも、優しく微笑んでいるようにも見えた。  
「もう少し、楽しませてやろう」  
 言うなり、ナイトハルトはクローディアの足を開き、その下腹部に顔を埋めた。  
 
*  
 
「!」  
 一瞬何が起こったのかわからず、クローディアの頭の中は真っ白になる。  
 我に返る暇もなく、ナイトハルトはクローディアの花芯を責め立てた。  
 音を立てて熱い蜜を啜り、敏感な肉芽を柔らかな舌で舐め上げる。  
「何を……殿下、殿下ぁ……!!」  
 今まで耐えていた全てが吹き飛び、クローディアは言葉にならない悲鳴を上げた。  
 何とか逃れようと体をねじるが、男の手はがっちりとクローディアの太腿を掴んで離さない。  
 尽きることの無いかのように溢れる泉の源を見つけ、強引に其処へ舌を捻じ込んだ。  
「やめ、あ、あ!!」  
 閨事など全く知らぬクローディアにとって、この責めは過酷に過ぎた。  
 今まで何とか保って来た誇りも冷静さも音を立てて崩れ、ぼろぼろと涙をこぼしながら陵辱者に許しを乞う。  
 このままでは体の奥から湧き上がる感覚に、何もかもが飲み込まれてしまいそうだった。  
 無我夢中で腕を伸ばし、男の髪を掴む。  
「も、もう、やめ……んんっ!」  
 引き剥がそうと必死に手に力を込めるが、不意にきつく吸われて力が抜けた。  
 指に絡んだ金の髪を力なく引っ張るが、何の効果もない。  
 ナイトハルトはクローディアを存分に味わい尽くしている。時折淫らな水音を響かせて。  
 
「あ、ふぅっ」  
 やがてクローディアの口から鼻にかかったような喘ぎが洩れ始める。  
 自分でもそれに気づいたが、押さえることも出来なかった。  
 クローディアの嬌声を耳にしたナイトハルトは、動きに緩急を付けて更に責め立てる。  
 それに合わせてクローディアの体も揺れた。  
「おねが、もう、ゆるし……っ!」  
 きつく男の髪を掴み、だが引き離すことは出来ず、かと言って引き寄せることも出来ず、  
クローディアは自分の中を暴れまわる熱に耐える。  
 もう限界だと、叫び出しそうになったその瞬間。  
 一定のリズムを刻んでいたその動きが不意に止まり、男は漸く顔を上げた。  
「辛いか?」  
 静かな、余りにも静かな声でそう問われて、クローディアはすすり泣きながら頷いた。  
 その表情を見て、何かを感じたのか。  
 ナイトハルトは再び顔を埋め、クローディアの最も敏感な部分を激しく責め立てた。  
 唇で挟み込み、舌で優しく弄ぶ。  
 そうして人差し指で緩みかけた入り口の辺りをくにゅりと弄った。  
「ひゃぁっ!!」  
 単調になり掛けていたリズムに慣れたクローディアはその動きに付いて行けず、  
舌と指とその両方に追い詰められ。  
 びくびくと体を痙攣させるようにして、絶頂に達した。  
 
 くしゃりと衣擦れの音がした。  
 ぐったりと倒れ込んでいたクローディアは、そのまま閉じてしまいそうな瞳を何とかこじ開けた。  
 快楽で霞んだ視界に映ったのは、ナイトハルトが黒い衣を脱ぎ捨てている様。  
 普段なら感じるはずの気恥ずかしさは既になく、  
 生まれて初めて見る男性の裸をぼんやりと観察する。  
 自分の倍はありそうな腕、幾つか傷跡の残る胸、引き締まった腹筋、そして……。  
 その部分を観察し終える前に、ナイトハルトはクローディアの足を広げ体を割り込ませた。  
 下から見上げる男の顔は何処までも冷静そのもの。だが、それを悔しいと思う間もなく。  
 一気に最奥を貫かれた。快感の残滓を吹き飛ばすかのように。  
「!!」  
 先程とは違い、純粋に痛みに因る悲鳴がナイトハルトの耳を打つ。  
 前戯にはたっぷり時間を掛けたつもりだが、それでもどうにもならぬものらしい。  
 仕方ないかと苦笑しながら、けれど動きを緩めることはせず、きつい内部へと侵入を果たす。  
「やぁ……っ!」  
 シーツを濡らすほどに溢れていた愛液とは別に、  
 奥へ進むごとに流れ出る液体を繋がっている部分から感じ、ナイトハルトは我知らず笑みを刻んだ。  
 
 思った通り、処女だったようだ。余計な小細工をする必要がないのは有難い。  
「……姫」  
 腕の中の彼女はきつく目を閉じている。ナイトハルトは気にせず、耳元に低く囁いた。  
「婚姻は成立した。証立ても済んだようだ。辛い想いをさせてすまない」  
「……っ」  
 クローディアはやはり瞳を開けず、固く身を強張らせている。  
 既に目的を果たした今、ここで止めてしまってもよかった。  
 だが。ナイトハルトも既に歯止めの効かない所まで来ていた。  
「……力を抜け」  
 交わった部分だけでなく体中を強張らせるクローディアを宥めようと乳房に触れ脇をなぞりあげると、  
ぴくりと反応するものの、それでも腕の中の彼女はまだ固い。  
 愛撫を続けようと手を伸ばしかけた所で、ナイトハルトは僅か躊躇って動きを止め。  
 何かに惹かれたように、耳元に口を寄せその名を呼んだ。  
 クローディア、と。  
 
 名を呼ばれた。  
 気のせいだろうかと思う間もなく、もう一度低く通りの良い声で名を呼ばれた。  
「クローディア」  
 まるで愛しい恋人の名を呼ぶように、ナイトハルトはクローディアの耳元で囁く。  
「力を抜け。このままでは互いに辛い」  
 クローディアは閉じていた瞼を開き、真上にある男の顔を見つめた。  
 体でも心でもなく、ただこの身を流れる血だけを求めて自分を抱いた男は、  
 やはり優しい顔をしているようにも、冷たい顔をしているようにも見えた。  
 不意に憎悪が込み上げてくる。何故今更この男は、優しい恋人を演じて見せるのか。  
「ここまで来て、初めて」  
 搾り出すように声を出す。  
「初めて私の名を呼ぶのですか、殿下は」  
 突然言葉を発したクローディアに驚いたのか、ナイトハルトの動きが止まる。  
 瞬間、二人の視線が絡まった。この長い夜の中で初めて、間近に互いを見つめ合う。  
 
「……君も」  
 ナイトハルトは知らず苦く笑う。  
 未だ解ろうとしない皇女を憐れんで。そんな彼女を強引に犯した自分を自嘲して。  
「私の名を呼びはしないではないか」  
 思いもしない返答を返されて、クローディアは目を見開いた。ナイトハルトは静かに続ける。  
「我々は、そういう存在なのだ」  
 名前ではなく、その役割でしか呼ばれない存在なのだ。  
「この身に流れる血が全てを決するのは、私とて同じだ」  
 生き方も、立場も、結婚も……恋ですらも。  
「……」  
 やはり返す言葉を見つけられず、クローディアは視線から逃れるように再び瞳を閉じた。  
 その体から緩やかに強張りが溶けていく。ナイトハルトは腕を掴み自分の首へと絡ませた。  
 クローディアも逆らわずその動きに従う。  
 ナイトハルトはクローディアの瞼に一つずつ口付けを落とし、それからゆっくりと体を動かし始めた。  
 
 
 
 アルベルトは深夜呼び出された理由を何も知らなかったし、想像もしていなかった。  
 王子がお呼びだと従者に言われ、何の疑いもなくその後ろに付いて行く。  
 すまないが夜中に呼び出すかもしれない、とは前もって言われていたのだ。  
 いつ呼ばれても大丈夫なように身支度は整えてあったので、すぐに対処出来た。  
 ただ、途中で合流した人物に目を丸くしたが。  
「どうされたのですか、こんな夜に?」  
 ニーサの神殿を司る神官はアルベルトを見て、固い表情を僅かに緩めた。  
「こんばんは、アルベルト。……王子に呼ばれたのです」  
「あなたもですか? 一体何なのでしょうね?」  
 何も解っていない風のアルベルトに困った顔をして、神官は曖昧に頷いた。  
 やがて従者が足を止めた部屋が、かつて王妃のものだったことはアルベルトも知らない。  
「中でお待ちです」  
 アルベルトは何の疑問もなく扉を開き……中を見てぽかんと口を開けた。  
 
「扉を閉めてくれ、アルベルト」  
 既に服装を整えたナイトハルトはアルベルトにそう言った。  
 呆然と立ち尽くしていたアルベルトは、慌てて言われた通りに扉を閉める。  
「……何のつもりかしら、ナイトハルト殿下?」  
 ベッドの上に腰掛けていたクローディア――こちらも既にきっちりと服を着込んでいた――は  
いつもの穏やかな声で問い掛けた。  
 その穏やかさに、アルベルトは何故かひやりとさせられたが。  
「先程説明した通りだ。アルベルトなら証人として不足はないだろう?」  
 あなたも夜分遅くに申し訳ない、と神官に丁寧に礼をし、ナイトハルトは二人を傍に呼んだ。  
 ベッドに近づくと嫌でも目に入る。  
 くしゃくしゃに乱れたシーツ、所々に残る血の後、そして僅かに上気したクローディアの頬。  
 流石のアルベルトも何が起こったか漸く理解した。  
「で、殿下!」  
 狼狽した声を上げるが、それ以上何と言ってよいのかわからず、アルベルトは黙り込むしかなかった。  
「まさか本当にこのような……ニーサがお許しになるかどうか」  
 一応の事情は知らされていたらしいニーサの神官が代わりのように後を続けた。  
「互いに好意を持った男女の契りに、何の問題があるのだ?」  
 ナイトハルトは平然とそう言い、笑みを浮かべてクローディアの手を取った。  
「我々の婚姻は成立した。証人はローザリアイスマス侯爵アルベルト、及びニーサの神官アデル」  
 それから神官に向き直り告げる。  
「ニーサ神殿での儀式はもう少し先に延ばしたいと、姫はお望みだ。構わぬな」  
「構わぬも何も……このようなこと、前例がありませぬ!」  
「そこのアルベルトの両親もそうだったではないか。駆け落ち後に許しを得て式を挙げた。  
我々もそれに倣いたい」  
「しかし……!」  
 何やら言い争い始めたナイトハルトと神官をやはり呆然と見遣って、  
アルベルトはもう一度視線をクローディアに向けた。  
 
 黙り込んでいた彼女はアルベルトと視線が合うと、いつものように微笑む。  
「夜遅くに、ごめんなさいね」  
「いや、それは、構わないけれど……」  
 クローディアは昨夜までのクローディアと何の変わりもないように、アルベルトには思えた。  
「明日は早いから、早く寝た方がいいわ」  
「え……」  
「私も、もう休むから」  
 クローディアのその言葉を聞いて、ナイトハルトが割り込んで来る。  
「やはり発つのか?」  
「ええ」  
 クローディアは頷き……それから不意に顔を怒りに燃え立たせた。  
「ええ、発ちます。あなたには関係のないことです」  
「妻の出立が関係ないことはないだろう?」  
 クローディアはぎらりと怒りに燃えた瞳でナイトハルトを一瞥すると。  
 指に嵌めていた指輪を乱暴に抜き、男に投げ付けた。  
 クローディアがその指輪を外す所を、アルベルトは初めて見た。  
「あなたの妻はバファル帝国皇女なのでしょう? 私はただの森の番人、クローディア。  
あなたが求める方とは、何の関わりもない人間です」  
「……」  
 投げ付けられた指輪を綺麗に受け止めると、ナイトハルトは何も言わず肩を竦めた。  
 それからアルベルトに微笑みかける。クローディアと同じく、いつもの通りに。  
「夜分遅くに済まなかった。もう休め」  
 私もそうするとアルベルトに言う。  
 それからクローディアに優雅に一礼し、そのまま立ち去った。  
 この場に残るか後を追うか一瞬躊躇うが、神官がクローディアへの傍へ行き何か話し出したのを見て。  
 自分はナイトハルトを追うことにした。  
 
「殿下!」  
 すぐに追いつき、その隣より一歩下がった場所を歩く。  
 言いたいことは山のようにあったが、何と言えばよいのか、わからなかった。  
 ナイトハルトは自室へと戻りかけていた足を止め、アルベルトを見た。優しい瞳だった。  
「ディアナには申し訳ないと思っている」  
 一瞬何故ここで姉の名が出て来るのかわからず、しかしすぐに思い出した。  
 そうだ、この人は姉の婚約者だったのだ。  
 アルベルトは更に混乱し、もう少しでその混乱が怒りに繋がろうとした時、ナイトハルトは言葉を続けた。  
「だが、彼女ならわかってくれるはずだ」  
「殿下」  
「イスマスが落ちた今、これがローザリアにとって最も有益な選択だと」  
「……っ」  
 ”有益な選択”と言う表現に、アルベルトは返す言葉を失った。  
 この人はローザリアの皇太子、ナイトハルト。この国を統べる方なのだ。  
 クローディアの嘆きもアルベルトの怒りも、国という大きなものの前では何の意味も持たないのだ。  
 立ち尽くすアルベルトに、ナイトハルトは静かに告げた。  
「明日は早くに発つのだろう? ゆっくり休め」  
 そのまま立ち去る後姿に、それ以上声を掛けることも出来なかった。  
 
 
 翌朝。  
 前日示し合わせた通り、謁見の間の前で皆落ち合った。  
「やっぱりこういうとこは肌に合わないねえ。よく眠れなかったよ」  
 シフが零すとバーバラは笑う。  
「そお? たまにはこんな所もいいじゃない? 命の洗濯させてもらったわ」  
 それからクローディアを見て、少しだけ心配そうな顔をする。  
「大丈夫、クローディア? 顔色、あんまりよくないみたいだけど?」  
「シフと一緒よ。豪華過ぎてあまり眠れなかったの」  
 クローディアはそう言って微笑んだ。  
 顔色が多少悪い以外は、いつものクローディアだった。少し安堵する。  
「久しぶりに国に戻った割には、あんたも冴えない顔だね」  
 そんなアルベルトを見て今度はシフが突っ込んだ。アルベルトは慌てて答える。  
「え、ええ、王宮は初めてで緊張してよく眠れなかったんです。それより早く行きましょう」  
 そうね、と皆頷く。  
「お礼は言わないとね。あーあ、一晩の夢だったわねえ、王宮暮らしも」  
「そんなに言うならあの王子に頼んでみたらどうだい? あんたなら心を動かすかもよ」  
「んー、そうね、王子様は魅力的だけど、あたしみたいのはお好みじゃないでしょ」  
 冗談を交わすバーバラとシフを内心冷や汗をかきながらアルベルは促した。  
「そ、そんなこと、兵士たちのいる所で言わないでください。早く中へ」  
 アルベルトはそう言い、謁見の間へと入っていった。  
「おはよう。よく休めたか?」  
 ナイトハルトは既に待っていたようだ。アルベルトたちが入って来るのを見るなり笑顔を浮かべ、  
王宮内にいる時にしては珍しく、名高い黒い鎧姿でアルベルトたちを迎え入れた。  
「はい」  
 パーティーを代表してクローディアは答えた。傍目からは特に変わった所はない。  
「殿下にはお世話になりました。また、アルベルトの同行を許可してくださったこと、感謝いたします」  
「広い世界を見ることは、きっと将来本人の、ひいてはローザリアの為になる」  
 なあ、と親しげにナイトハルトはアルベルトに話し掛ける。  
「は、はい!」  
 ナイトハルトとクローディアをちらちらと交互に盗み見ていたアルベルトは慌てて返事をした。  
「では私たちは、これで」  
 クローディアは再度一礼すると、そのまま背を向けた。  
 
「待ってくれ。一つ頼みがあるのだ」  
 ナイトハルトは呼び止める。クローディアは足を止めたが、振り向かないまま答えた。  
「何でしょう?」  
「私を冒険に連れ出してくれないか?」  
「……何ですって?」  
 クローディアは、いやアルベルトもシフもバーバラも驚いて、皇太子を見遣った。  
 ナイトハルトは鎧の音を響かせて立ち上がる。  
「君たち一行に私を加えてほしいと言っているのだ。構わないだろう?」  
 腕には自信があるつもりだ、と朗らかに言う。それはそうだろうがしかし。  
「……ご冗談を」  
「冗談ではない」  
 冷たくクローディアが言うと、ナイトハルトは彼女の傍に歩み寄りそう答えた。  
クローディアは不意に激昂する。  
「……王子としての義務とやらがあるでしょう、あなたにはっ!」  
「立派に義務を果たしているつもりだが」  
 言い争いを始めた二人を、おやおやとバーバラとシフが見守っている。  
薄々勘付いたのかどうなのか。  
 アルベルトは何故か本人たちよりも狼狽し、二人の間に割って入った。  
「殿下も、クローディアも、落ち着いてください!」  
「無茶苦茶を言うあなたのご主人様に言って頂戴!」  
「私は落ち着いているぞ」  
 ナイトハルトはそう言った後、真剣な顔でクローディアの手を取り、跪いて恭しく口付けた。  
「傍にいさせてくれ、クローディア」  
 それからクローディアににっこりと微笑みかける。  
「今度は一人の男として、私は君を守りたい」  
 その笑顔を見てクローディアは暫し呆然とした後、顔を真っ赤に染めてくるりと背を向けた。  
「……勝手にすればいいわ」  
 ナイトハルトと。小さく呼ぶ声をアルベルトは確かに聞いた気がした。  
「そうさせてもらう」  
 ナイトハルトは笑って立ち上がり、では行くかと陽気に皆に声を掛けた。  
 
 
 
※おまけ その頃のディアナ  
 
「ディアナー」  
 アイシャは土に塗れた顔を上げて、掘り起こした岩石を持ち上げた。  
「ねえねえ、これ、アビスクリスタルじゃない?」  
 呼ばれたディアナはアイシャの傍に寄り鉱物をまじまじと確認する。  
「その通りよ。よくやったわ、アイシャ! これでやっと武器を鍛えられるわ」  
「ほんと!? よかったー、ずっと探してたもんね、ディアナ」  
「ありがとう、アイシャ。あなたこそ早く家族を探したいでしょうに……」  
「ううん、いいのよ! ディアナが喜んでくれるとあたしも嬉しい!」  
 ほのぼのと会話を交わす女性二人を見ていると、ここが魔のカクラム砂漠の更に奥だとは信じ難い。  
 ぼそぼそと男性陣は言葉を交わす。  
「何で海の男のこの俺が、こんな所で穴掘りしてんだぁ?」  
「知らん……あの女に聞け」  
「大地の神殿にはお宝いっぱいって噂聞いて、ついてきたんだけどよぉ……」  
 ディアナはにっこりと微笑みながら、ホークにグレイにジャミルを見遣る。  
「さあ、先を急ぐわよ。アイシャがこんなに頑張ってるんだもの、私たちも協力しなきゃ」  
 協力するのは吝かでないが、しかしこの鉱石探しには何の意味が、と三人の頭をよぎったが。  
 勿論文句を言うのは控えておいた。  
(アルベルト、殿下……ディアナは決してモンスター如きに負けない騎士となりローザリアへ帰ります)  
 それまでどうかお待ちください、とディアナは祈るように目を閉じ。  
 手にした竜槍ケレンドロウズを握り締めた。  
 

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