「アル、お願い。 やっぱり、私に優しくしないで」  
 目の前のソファに腰掛けている少女は、済んだ緑色の瞳からポロポロと涙を流しながら、苦しそうに言った。  
 いつもはタラール族特有の髪飾りでまとめられているアラゴンオレンジの髪が、今は肩まで下ろされている。  
 アルベルトの指がその場で止まった。    
 喉の奥が凍りついたように痛む。  
 彼が何も言えなかったのは、アイシャの言葉に衝撃を受けたからだけではなく、  
それをいう彼女の瞳が、言葉とは裏腹にアルベルトを求めているからだった。  
 相反するものを同時に見せられ、困惑した。  
 何度もつばを飲み込んで、凍った部分を溶かそうとする。  
「どうしてだい? 前にも言ったはずだよ。 私はアイシャのことが大好きだって…」  
「でも、それは仲間としてでしょう!?」  
 痛みをこらえ、なんとか声を出したアルベルトを遮ったのはアイシャの悲痛な叫びだった。  
「…みんなみたいに……」  
 緑の宝石からこぼれる涙は透明だが、膝上の拳に落ちて砕け散るしずくは、瞳と同じ色に思えた。  
「他のみんなと同じみたいに、私もアルのこと仲間として好きだったら、それでもよかった。  
アルが言ってくれた“好き”って…言葉だけでも…よかった」  
 髪を下ろした少女はうつむくと、ふるふると力なく首を振って言葉を震わせる。  
 ゆるやかに癖のついた豊かな髪はアイシャが首を振るたびに、ゆらゆらと不安げに踊る。  
 いつもの、まっすぐに前を見て歩く少女とは正反対な不安定さがそこにはあった。  
「でもね、私はアルのこと、仲間としてだけじゃなくて、好きなの。 アルは、特別なの…」  
 うつむいたアイシャの表情は、前髪に隠れて見えない。  
 それはまるでアイシャの心を守るかのように、アルベルトの視線から彼女を隠す。  
 喜怒哀楽をはっきりとさせて、泣くときも子供のように泣いていたアイシャが、  
今は、許されぬ恋に苦しむ乙女として涙していた。  
 
 せっかく溶けかけた喉の氷が、再び強固に張り付く。  
 喉から立ち込める冷気は口内を強張らせ、そのまま唇も凍てつかせてしまった。  
 アルベルトはかすかに口を開いたまま、そこに立ちつくす。  
 ただ目を開いて、アイシャの細い肩が震えるのを見つめるだけだった。  
(アイシャも私のことを…?)  
 アイシャ“が”ではなく。  
 アルベルトもまた、アイシャのことを憎からず思っていた。  
 だが、生まれ故郷が崩壊し、姉の行方も分からない今の状態の中で、  
個人的な感情、それも甘い恋愛事に気を向けるなど、彼の気性が許さなかった。  
 だからアイシャに対しても、出来るだけ他の仲間と同じように接してきた。  
「わかってる。 アルは、私のことを他のみんなと同じ意味で好きなんだって。  
だから、これ以上、優しく…して欲しくない、の。   
で…でないと、私、もっと…もっとアルのこと、好きに…好きになって…ひっく…」  
 アルベルトの沈黙を告白への拒否と受けって言葉を続けていたアイシャだが、  
せりあがる感情に耐え切れなくなったのか、だんだんとしゃくりあげるようになってきた。  
 膝に置いていた手を顔に当てて涙をぬぐおうとするが、切なさと苦しさの代弁者である涙は  
アイシャのそんな行為を欺瞞だと言い捨てるように、次々と自らを解き放つ。  
「わ…私…、仲間でいたい… アルの仲間でいたいから、これ以上…好きにさせないで…  
お、おね…がい…。 こいび、と…じゃ…ひっく…なくて、いいから… 仲間に…」  
 嗚咽を漏らしながら、彼女の内に存在する、決して綺麗ではない感情を吐露した。  
 アルベルトの中にある恋情が、指を丸めてくしくしと涙を拭くアイシャの姿に反応する。  
 深いところで押さえつけられていた火種は涙に反応して、激しい炎となって燃え上がった。  
 炎は喉の氷を溶かしていく。  
「アイシャ…」  
 ようやく自由になった喉から、絞り出すような声で少女の名を呼んだ。  
 震えていた肩が、一瞬、びくりとこわばる。  
 瞬間だけ収まったアイシャの震えが、また、始まる。  
 涙と悲しみのためではなく、決定的な言葉がやって来るのを覚悟してのものだった。  
 
(私は…)  
 何を彼女に言うつもりなのだろう、と、紅蓮の炎の中でアルベルトは思う。  
 運命に絡めとられるようにマルディアス全土を旅しているアルベルトだが、  
ずっとこの旅を続けられるとは考えていない。  
 いずれはローザリアに戻り、イスマスの再建に全力を尽くす。  
 アルベルトは自分の人生を、そのように定めていた。  
 アイシャと二人で誰も知らない場所へ旅立つなどという選択肢は選べない。  
 そんな自分が、今、恋心を告げてくる少女に己の本心を言ったとして、どうなるのだろうか。  
 愛があればどんな障害でも打ち破れると無責任に思える時期は、とうに過ぎ去った。  
(…余計に、アイシャを苦しめるだけではないのか…?)  
 アイシャのことを思うなら、炎と化した恋情を再び奥にしまいこみ、彼女が望むようにすべきなのでは、  
彼女が自分への感情をただの思い出にするのを、黙って見守るべきなのではないだろうか。  
 理性が告げる“正しい道筋”を理解はしている。  
 ならば、それに従うのが今のアルベルトのあるべき姿のはずだった。  
 はずなのだが。  
(私は…私は…)  
 光に導かれた道理は確かに正しくはあるが、アルベルトの炎は既に、光を散らしてしまうほどに激しくなっている。  
(……私は…)  
 最大まで燃え上がった炎が綺麗に消えたに残ったのは彼の真実だけだった。  
 アイシャの告白に気圧されて一時はとどまっていた指先が、ゆるゆると細い肩に近づく。  
「――――っ…」  
 指に触れたアイシャの肩は見かけ以上に細く、かわいそうなほど頼りなげだった。  
 他人の体温と皮膚の柔らかさが、少し触れただけの部分から染み渡る。  
「アイシャ」  
 呼ぶ声にはいたわりがこめられていた。  
「…………」  
 
 思いもしなかった声色にアイシャがゆっくりと顔を上げる。  
 アルベルトを見上げる瞳は相変わらず揺れていたが、そこに恐れの感情はない。  
 だが、恐れが混じっていた部分には、新たにとまどいの感情が入り込んでいる。  
 アルベルトは大きく息を吸うとゆっくり吐き出し、もう片方の手もアイシャの肩へとかけた。  
 肩から掌の熱さが伝わる。  
 普段から高いアルベルトの体温だが、いつもよりも格段に高い。  
 アイシャは先を急がせずに、じっとアルベルトの言葉を待つ。  
「アイシャは、私のどこが好きなのかな」  
「え…?」  
 開口一番、完全にあきらめざるをえない返事が来るだろうと覚悟していたアイシャには、思ってもみなかった質問だった。  
 問いかけの意味が理解できなかったのと、それに対する答えを言葉にするのに、しばらく時間がかかった。  
 目元から離れた指先は、どこを頼っていいのか分からないといった感じでしばらく宙をさまよった後、  
再び、膝上を落ち着き先と定めてそおにたどり着いた。  
 二人は目線をそらさずに、じっと見つめあう。  
「わ、私…」  
 アイシャの唇がふるりと動いた。  
「私、アルの優しくて、真面目で…誠実なところが好き…。   
アルはいつもまっすぐで、人を騙さない。 悪い人には悪いって、ちゃんと言うでしょう。 だから、私…」  
 今まで道程を思い出しているのだろう、時々、瞳がアルベルトから離れて違うところを見ている。  
 もっとも、アルベルトから逸れた視線の先にも、過去のアルベルトの姿があるだが。  
「誠実…」  
 他者から受ける評価が、常にそれに似た言葉であるのはアルベルト本人も自覚していた。  
 彼としては自分の気持ちに従って行動しただけなのだが、それが、人からは誠実、  
たまに“世間知らずのおぼっちゃん”と評される。  
 だが、アイシャに対してはどうだったのだろうか。  
 アルベルトは苦しげに目を細めると、首を横に振ってアイシャの言葉を否定した。  
 
 アイシャの顔がきょとんとなる。  
「どうして? アルは私にもあんなに優しくて…」  
「アイシャ」  
 ひた、とアイシャを見据える瞳には、いましがたの苦しげな様子は微塵も感じられなかった。  
 アイシャへの呼びかけが魔法の言葉となったのか、毅然とした光彩が宿っている。  
 少女の小さな胸がとくりとなった。  
「私は、君に対しては誠実ではなかった。 その事を、今、正直に告白しよう」  
 いつもの、親しみのある喋り方とは違う物言いにアイシャの小さな手が白くなるまで握りこまれ、  
可愛らしい唇は哀れな力で引き締められる。  
 愛しい少女の姿に肺を潰されそうな思いにとらわれながら、アルベルトは跪くと、  
血の気を失った指に自分の指を重ねて行った。  
 アイシャの上にあったアルベルトの瞳が、今度は下から見上げる形となる。  
「…私は、ずっと君のことが好きだった。 好きなのに、そのことを言わなかった。  
あえて、ただの仲間として接していたんだ…。 アイシャ。 私は、君を騙していたんだよ」  
「―――…っ!」  
 誠実ではないという言葉とは正反対の声で、アルベルトは告げる。  
 その姿はまるで、守るべき女性に誓いをたてる騎士のようでもあった。  
 突然降ってわいた告白…見上げてくる男からの告白なので言葉自体は  
上から降っているわけではないが…に、アイシャはただただ、目を開いている。  
「アルが…私のこと…?」  
 最初に思いをやったのは、アルベルトが本心を隠していたことではなく、隠されていた本心そのものだった。  
 自分ひとりが抱いていたはずの恋心を、実は、思い人も隠しながら持っていたという。  
 心臓は嬉しさで満たされ、脳は驚きでいっぱいになる。  
「え…? え…? え、え?」  
 何を言っていいのか、どう考えればいいのか分からずに、思考もその場に留まるだけ。  
 アルベルトはわずかに顎を引くと、アイシャの小さな手をとると両手で包み込み、そのまま自分の唇へと持っていった。  
 アイシャの指が、唇の柔らかい感触を知る。  
 
「アイシャ」  
「……」  
 たったそれだけの短い言葉なのに、アイシャには、唇の動きがやけに生々しく感じた。  
 目の前にいる青年が、いつもと違う人に見える。  
 アイシャは、早鐘を打つような心臓の音がこの人に聞こえてしまわないだろうかと、恥じるようにもぞもぞと尻を動かした。  
「アイシャ、私は君が好きだ。 君に今日告白されたからじゃない。 ずっと、君が好きだった」  
「アル…」  
(夢…じゃないよね?)  
 思いを通わしあうことなど絶対にないと思っていただけに、その一言だけで涙があふれそうになる。  
 だが。  
「…そして、今まで君に対して不誠実だった私は、今もこうして、君に対して不誠実な真似をしている」  
 今、跪いて行われている告白が不誠実だというアルベルトの言葉に、胸の早鐘は、一回大きく打ち鳴らされた。  
 みぞおちの辺りが冷える。  
「…え…? どういうこと…?」  
「君のことを思うなら」  
 アイシャの指に寄せていた唇を、ことさら感じさせるように押し付けた後、名残惜しそうにゆっくりと顔をあげた。  
 その瞳は、告白を始めた時と同じく不誠実とは相容れない力強さだった。  
 目の前にいる男が不誠実なら、世の中の人間は全て不誠実で大うそつきになってしまうと、  
アイシャは泣きそうになりながら、心で思う。  
「私は、私の気持ちを隠したままこの部屋を出て行くべきだった」  
「…! ど、どうして!?」  
 みぞおちの冷たさは鋭い手となり、アイシャの心臓をわしづかみにする。  
 再び瞳を揺らし始めたアイシャをみつめながら、アルベルトは包み込んでいる手に力をこめた。  
 自分の体温と気持ちを、密着した手に伝えるように。  
「私はイスマスへ、ローザリアへ戻らなければならない。 アイシャとずっと一緒にいられない。  
そして、アイシャも私とずっと一緒にいられない…旅が終わればニザム氏のところに戻る。  
…そうだろう?」  
 途端、アイシャは、どんっと、大きな拳で胸の辺りを殴られたような衝撃を覚えた。  
 アルベルトがそうであるように、彼女もまた、故郷を捨てることなど出来ないのだ。  
 
 アイシャはアイシャの理由で、アルベルトはアルベルトの理由で、それぞれが自分の気持ちを隠していた。  
 二人の事情は複雑に絡み合いい、彼らの恋を茨の蔦でがんじがらめにする。  
 アイシャは、一時は喜びに包まれた自分の心が、ゆっくりと再び底の方へと落ちていくのを感じた。  
 ふわり、ふわりと羽が暗い水面に吸い寄せられるように。  
 そんな彼女の絶望を見て取ったアルベルトは背中を伸ばして、  
『泣かないで』  
 とばかりに、口付けをする。  
 日常の思考がとめるのを無視して、ただ、体が動くままに従った。  
「!?」  
 生まれて初めて、家族以外の唇がアイシャに触れた。  
 準備のできていなかった小さな心臓が驚きの声を上げる。  
 初めての口付けは唐突で少し悲しかったが、それでもアイシャは必死にアルベルトに応えた。  
 顔を少し傾けて唇の当たる角度を変え、何度も軽く音を立てて相手の柔らかい熱を吸いあう。  
「ん……」  
 息苦しさからアイシャがくぐもった声を出すと、アルベルトはわずかに唇を離して互いの肺に空気を入れた。  
 冷たい空気と、唇の熱が同時に二人を誘う。  
「アル…」  
 ぼんやりとした呼びかけの中にじんわりと染み込む切なさが、アルベルトの下半身をそっとなで上げる。  
(……私は、これ以上、彼女を…)  
 衣服の上から指先でなぞられるような感覚に、アルベルトは背中を這い上がるものを抑えることが出来なかった。  
 自分はどこまで不誠実でふしだらな人間になるのだろうかと自嘲気味になったが、  
今、彼を捕らえている物は、そんな感情はみせかけのものだろうとあざ笑う。  
「アイシャ、こうして君に口づけをする私は、やはり不誠実な人間だよ…」  
 アルベルトが何かを言うたび、吐息が彼の感情を伴ってアイシャの唇を舐めとっていく。  
 不誠実だと繰り返す男の気持ちは恐ろしいほどにアイシャにまっすぐ向かっていた。  
 水面に浮かぶか弱い羽は波に身をとられながらも、なんとか光り差し込む場所を探して、健気にただよっている。  
 アルベルトは、アイシャの手から自分の手を離すと太ももの外側に回し、腰骨のあたりまで腕全体で包むように滑らせた。  
 大好きな人の体温がじかに触れている事実に、アイシャは声を出して泣きたくなった。  
 
「…自分の気持ちに負けて、こうして君に触れている」  
「違う…、アルは不誠実なんかじゃない…っ」  
 ひたすらにアルベルトの言葉を受け止めていたアイシャが、突然、堰を切ったように返してくる。  
 アルベルトはそこで止まった。  彼が立ち止まった隙をつくように、アイシャはたたみかける。  
「アルは本当の気持ちを言ってくれた、隠さないで言ってくれた。 そのことが、うれしいの…っ」  
「アイシャ…。 だが、私は、君とは」  
「ずっと一緒にいられないから、自分のこと不誠実だなんていうんだよね。 …アル、そういう人だものね…」  
 首を縦にも横にも振らないアルベルト。  
 揺蕩う髪がキラキラと光っていた。  
 それを視界の隅におきながら、アイシャは更に続ける。  
「でも、そう言ってくれるアルは、やっぱり、私が思ってた通りのアルだよ…」  
 アルベルトの視界いっぱいに、アイシャの顔が近づいてきた。   
 距離が近くなったのだとアルベルトが理解する前に、ちゅう、と、かわいい音を立ててアイシャが唇を吸う。  
「最後まで一緒にいられなくていい。 アルが私を好きだって言ってくれて嬉しかった。  
だから、アル、お願い。 不誠実なんていわないで。  
私を好きだって、そのことだけ言って、他のこと、言わないで…。 …お願い…っ!」  
 光を求めてもがく羽は、やっと見つけた光を離したくないと、全身を震わせて弱々しく叫ぶ。  
「……アイシャ」  
 止まることなく流れ落ちてくるアイシャの慟哭は、アルベルトの日常思考を打ち砕いた。  
 腰にあった手はアイシャの背に回り、ようやく手に入れた細い体を逃しはしないと力強く抱きしめる。  
 腕の中にある肢体は、服越しにでもその繊細な様をありありと想像させるくらいに、頼りなげだった。  
 単に、好きだ、という気持ち以上の、大声を出して何かを叫びたくなるくらいの痛みが、アルベルトを襲う。  
「私も、アイシャと一緒にいたい。 ずっとは無理でも、せめて、この旅の間だけは君と…」  
 本当はずっと触れていたい相手だけれども、それを言うことは出来ない。  
 胃の辺りがギリギリと切れそうになるのをこらえながら、なんとか、言葉としてそれを吐き出す。  
 
「うん…、うん…。 一緒に、居よ…。 ね? 今日も、一緒に居よ…? 居ようね…」  
 アイシャもアルベルトも相手の肩口に顔をうずめている為にお互いの表情は見えていないが、  
耳をなぞる声で、自分がどれだけ思っているか思われているか、十分に分かった。  
 
 本来はアイシャとクローディアが使うはずだった部屋は、その夜、アイシャとアルベルトの為の部屋となった。  
 ツインの部屋にはランプが二つ用意されているが、今はその二つともが一つ所にまとめ置かれている。  
 太陽の光には全く及ばない橙色の光は、しかし、精一杯の力を出して、  
かすみ硝子に包まれた筒の中からアルベルトとアイシャを照らしていた。  
 しっかりとたたまれた衣服は、誰も使っていないベッドの上に。  
 そして、もう一つのベッドには裸の二人の姿がある。  
 ベッドの上で、両手を広げて寝ているアイシャと、アイシャの太ももの上にまたがるようにして腰を落としているアルベルト、  
二人の影がランプの光によって壁に浮かび上がった。  
「アル、どうしてズボンを脱がないの? 私だけ全部脱ぐなんて…」  
 初めは小さく抵抗したアイシャだが、実際にアルベルトが太ももに体を密着させると、  
それに関しては何も言わなくなった。  
 自分の皮膚が、男のそれに直接触れることにまだ抵抗があったのだ。  
   
 アイシャの体はいささか女性としての自己主張は控えめで、  
細い肩、首筋、浮いて見える鎖骨が、ますます幼さを際立たせていた。  
 掌の中に納まる…ほどではないが溢れるほどもない乳房が、アルベルトの視線を受けてぷるりと小さく揺れる。  
 オレンジの髪をシーツに広げながら、唇に指を当てて気恥ずかしそうに体を動かすアイシャを見ながら、  
アルベルトは、今までの学習と経験をなんとかフル回転させなければ、と人知れず決意していた。  
 貴族の子としてそれなりの事を学習させられてきたが、今までの相手は、  
経験において『信頼のおける』人間として用意されたものだった。  
 だが、アイシャは違う。    
 彼女を汚した人間は、今まで誰もいない。   
 外も中も、そこに触れるのはアルベルトが初めてだ。  
 
「アル…。 あんまり、見ないで…」  
 あまりにも熱いアルベルトの視線に耐え切れず、とうとうアイシャが両手で胸を隠した。  
 アルベルトは、あ、と思うと、反射的に手首を掴んで、アイシャの左手を胸の上から外した。  
 左側の乳房と、小さな乳首が再びアルベルトの目に映る。  
「キャ…っ!」  
 自分の小さな胸がまた視線にさらされたことを知ったアイシャは、  
残った右腕で胸全体をふさごうと身を縮こまらせた。  
 が、またもや本能が勝ったアルベルトは咄嗟に右手首を掴み、アイシャの腕をシーツに押さえつける。  
「ア、…アル…やだ、見ないでって言ってるのに…」  
「見られるのが恥ずかしいのかい?」  
 実は結構な言葉責めなのだが、それとは気づかず尋ねるアルベルト。  
「…うん…。 恥ずかしい…」  
 そして、やはり気づくはずもなく素直に答えてしまうアイシャ。  
 少女の顔が赤らんでみえるのは、何もランプの明かりが不確かなためだけではない。  
「だって、私、胸、ちっちゃいから…。 クローディアやシフみたいに、すごくないし…」  
 両手の自由を奪われたまま上半身を動かすたびに、アイシャの胸が何度もぷるぷると揺れる。  
(すごい胸ってどんななのだろうか)  
「だから…見られるの、恥ずかしいの」  
 見ないで、見ないでと、子供のように体を小さくよじるアイシャがとても愛しくて、  
「だめだよ、アイシャ」  
 アルベルトは掴んでいた手首を離すと、今度は柔らかそうな乳房を左右から包み込んだ。  
 初めて触れる男の手の感触に、アイシャがわずかに声を漏らす。  
 少し指に力を入れるだけで、掌の中にある小さなそれはアルベルトの思い通りに弄ばれる。  
 四本の指と親指ではさんで優しく揉んでやれば、乳首を突き出すようにして山の形を変えた。  
「あ…、ん…。 や…、くすぐった…」  
 突然訪れた愛撫に、開発されていないアイシャは性感よりもくすぐったさを感じて、  
両腕でアルベルトの肩を押そうとする。  
 
 もちろん、そんな弱い力で引き下がってやるほどアルベルトは聖人ではない。  
「アイシャはくすぐったがりだね」  
「…うん…。 触られたり、くすぐられたりすると…ダメ…」  
 そんな言葉を聞きながら、くいくいと押してくる弱い掌をそよ風として、かまわず、胸への愛撫を続ける。  
 指先で乳房の丸みをなぞり、くるくると円を描きながら乳輪の周りを揉み、撫で、また、掌全体で揺らして揉む。  
「やぁ…、ア、アル…、ん…、くすぐったいって…ぇ…、ん…」  
 手を伸ばし続けることに疲れたのか、それ以外の何かが生まれたのか。  
 アルベルトの肩を押していた腕が、突然、シーツの上に投げ出された。  
 太ももに力を入れ、股間を閉じて下半身を恥ずかしげに動かす。  
 泣きそうに潤んでいた瞳も、今は違うもので濡れていた。  
 もしかすると、と、アルベルトは尋ねてみた。  
「くすぐったいだけ?」  
「…ん…、わ、わかんない…」  
 分からないというその声には、アイシャ以外になら誰でもわかる答えがはっきりと浮かんでいた。  
「気持ちよくないかな?」  
「…わかんない…。 ん…、でも…」  
「でも?」  
 優しく愛していた手の動きを止めると、アルベルトは、じっとアイシャを見据える。  
「あ…、やめ、ちゃうの…?」  
 何故、そんな事を聞いてしまったのか、今のアイシャには理解できないだろう。  
 アルベルトは目を細めて微笑むと、丸く立ち上がっていた乳首をつまんで、指先ではさむ様にくりくりと回した。  
 アイシャの体が、大きくくねる。  
「はぁ…あ、ん…」  
 見慣れた器官が、感じたことのない感覚を体に教えてきた。  
 アルベルトが指に力を入れるたび、くすぐったさに似た何かがそこから生まれ、同時に下腹部の辺りを押さえつける。  
 自分の体に突然訪れた変化を、アイシャは恐ろしく思った。  
 目を瞑って懇願する。  
「や…、アル、やめて…お願い…。 何か、変…、私、変…」  
「やめない。 それに、大丈夫、変じゃないから」  
 
 アルベルトはアイシャにまたがったまま背を丸め、舌先でおびえる少女の目元を舐めて慰めた。  
 その間も指先は、アイシャに新しい感覚を送り続ける。  
「ほ…本当に…? 変じゃない…の…? ん…、だって…」  
「変じゃない。 アイシャは初めてだから知らないだけだよ。 みんなそうなるし、アイシャだって…」  
「私だって?」  
 吸われていた感覚が不意になくなる。  唇が離れていったのだ。  
 アイシャは寂しくなり、目を開いてアルベルトの唇を捜してしまう。  
 ほんのすぐ近くに、アルベルトの唇ではなく瞳があった。   
 じっと見つめらる恥ずかしさには、いまだ慣れない。  
「私だって…、何…?」  
「アイシャだって、何回も僕とこうしていれば、それが変じゃないってわかるさ」  
 何回も、という言葉の意味するところを瞬時に理解し、アイシャは今度こそ顔を真っ赤にした。  
「アルのバカ…ぁ…。 あ…ん、はぁ…、ん…」  
 指先でさんざんにこねられた胸が、今度は温かくて柔らかい舌で舐られる。  
 アルベルトの舌はきめ細かい肌を味わい、 音を立てて舐め、少し痛いくらいに吸い上げる。  
「ん、ぅ…、ん…、アル…、アル…や、やだ…、や…」  
 舌で掘り起こした乳首を指でつまみ、唇ではさむ。  
 赤ん坊がするように吸い、吸いながら掌で形を変えて揉んだ。  
 アイシャの胸は、アルベルトが抱いてきたどの女性よりも小さかったが、誰よりも柔らかく手触りも良かった。  
 ぴたりと手にすいついてくるような質感と、多少無理をしても素直に従う柔軟さ。  
「ああ、…あん、や…、アル、ねぇ、アル…、いぁ…。 やっぱり、私、おかしいよ…アル…」  
 くすぐったさしか感じなかった胸が、いつのまにか女の気持ちよさを感じるようになっていた。  
 完全に変わってしまった部位に、アイシャはなすすべもなく泣かされる。  
「アイシャ…、私は、君の胸が好きだよ」  
「んん、…や、こんな時に、言わないで…、バカ、バカ…」  
 自分が自分でなくなっていく感覚にさらされる中、とんでもなく恥ずかしいことを言われて、  
アイシャは両手で抱えていたアルベルトの頭を、ぽかぽかと力なくたたいた。  
 

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