それは週末、仕事帰りにコンビニに寄った途中での出来事だった。  
薄暗い夜道をビニール袋を揺らしながらトボトボと歩いていると、ふと、左の植え込みの奥で人の気配がする。  
いつもならば気にも留めないのだろうが、その時の俺は違ったらしい。好奇心に負け、植え込みを覗き込む・・・と、  
信じられないものが見えた。  
そこは、平時ならば児童公園になっているはずの場所だった。  
しかし今はどうだろう。見たことも無い奇抜な衣装を着た小さな娘と、その娘に今にも襲い掛かりそうな二人の全身黒装束の男・・・そんな、まるで時代劇のような風景が俺の目の前で展開されている。  
「・・・・・・・」  
俺は思わず息を呑んだ。対峙している娘と、黒装束の男が持った長モノ―街灯の灯火を照り返すそれには、明らかに刃がついていたのだ。そこに流れているのは、どう見ても本物の「殺気」としか表現しようの無い空気だった。  
「破ッ!」  
先に動いたのは黒装束の方だった。抜き身の刀をそれぞれ真一文字に構え、目にも止まらぬ速さで左右から娘へと切り込んで行く。  
あまりにも早いその突進は、素人の俺にはとてもかわせぬ様に見えた。  
 
が。  
キン、と澄んだ音を立て、右の男の刀が娘の短刀にがっちりと受け止められた。さらにその交差点を中心として、娘の体が左に向きに大きく半回転する。バレリーナのダンスのような格好のままで投げ出された脚が一閃して、左から迫っていた男の側頭部にクリーンヒットした。  
たっぷりと遠心力を含んだ蹴りは命中するなりごん、と鈍い音が響かせ、左の男を大きく吹き飛ばした。倒れたきり、動かなくなる。  
当の娘は転がりながら着地。得物を相手に構えたまま立ち上がり、油断の無い目で残る敵を見据えた。  
凄い。  
持ち前のバネと的の小ささを生かしきったそれは、さながら完成された演舞のようで。  
俺は目の前で行われているそれが命のやり取りである事も忘れ、その美しい少女にただ、見入っていた。知らずのうちに力が抜け、とさり、と右に抱えたコンビニ袋が手から滑り落ちる。  
それがいけなかった。  
それまで娘を見据えていた黒装束の視線が、ある一点を見る。  
「あ・・・・・・?」  
傍観者である―俺のほうへと。  
仲間を昏倒させられた黒装束の苛立ちは、その視線を通して痛いほどこちらへ伝わっている。しかも、相手が相手だ。  
娘への対応から、その後の行動は台詞つきで容易に予測できた。つまり、  
「見たからには死んで貰う」  
そんな陳腐なフレーズが、頭の中でぐるぐると回る。もうダメだ、と思った。  
わずかな金属音を残して、黒装束が尖った刃物を振り出した。それはゆっくりと振りかぶられ、俺のほうへと・・・・・・。  
 
銀光が閃き、男の手から棒状の凶器―手裏剣だろう、多分―が投じられた。強力な殺気に圧され動くこともできない俺に、それはまっすぐに飛んでくる。  
尖った先端がぐんぐんとこちらに迫る。走馬灯が見える気がした。  
しかし、それが俺を捉えることは遂に無い。  
男から間合いを離していた娘が、唐突に左手を俺のほうへかざし、こう叫んだのだ。  
「コンル!」―と。  
転瞬、呆然と立ち尽くす俺の前に、薄い氷の膜が忽然と現れた。どういう原理かそれは空中に静止し、驚くべきことに俺に襲い掛かった手裏剣を、文字通りに「跳ね返す」。凶器は先端を逆に向け、本来の主である黒装束へと牙を剥いた。  
男の顔に驚愕が生じる。が、直後の行動に迷いは無かった。開いた左手の鉄甲を振りかぶり、飛来する手裏剣へとそれを思い切り叩きつける。  
ギン!と鈍い金属音を響かせ、鉄の凶器がくるくると宙を舞った。先端を頭にして落下、地面へと突き刺さる。  
その時だ。男の背後へゆらり、と踊りかかる小さな影がある。先ほど俺を救った、彼女だった。  
飛び掛るそれは既に全身のバネを収縮し、次の一撃への準備を完全に整えている。必殺の間合い。  
「・・・不覚!」  
 
男の言は誰に向けられた物であったのだろうか。それに思い至らぬうちに、娘の飛び蹴りは黒装束の延髄にめり込んでいた。  
そのまま、まるでワイヤーアクションの様な挙動でもう一段。体を捻りながらの飛び後ろ回し蹴りが、後ずさった男の鳩尾に命中する。  
超人じみた怒涛の攻撃は、二倍ほどもある体格差をものともせず、冗談のように男の体を吹き飛ばした。とさっ、と軽い音を立て娘が着地するのとほぼ同じタイミングで、黒装束の体が大地に叩きつけられる。小さくバウンドした後、ぴくりとも動かなくなった。  
「・・・凄い」  
思わず、言が口をついて出た。気づいたのか、娘が俺の方を見やる・・・こちらを真っ直ぐに覗き込んだ瞳は、驚くほど澄んだ色をしていた。  
「あ・・・・・・・・・」  
それを見た俺は、何故か二の句が告げなくなる。少女の瞳に写ったものが、現在の我々のそれとはあまりに違う輝きだったせいだろうか。  
―そうだ、礼を言わなくては。  
「あの、ありがとう・・・助けてくれて」  
不可解な現象ではあったが、彼女が俺の命を助けてくれたのは確かだ。頭を大きく下げ、娘の瞳を覗き込む・・・しかし、  
「?」  
彼女は大きく首をかしげた。言葉が通じていないのだろうか。そういえば、先ほどの彼女の叫びは聞きなれない響きではあったが・・・はて、どうしたものだろう。  
 
「・・・?」  
そんな俺の様子を見て、娘が両の拳を肩の辺りに上げ、もう一度首をかしげる。可愛げな仕草は、大丈夫?と俺に問うているようにも見えた。いや、おそらくそうなのだろう。  
「ああ、うん。大丈夫だよ、ありがとう」  
がっくんがっくんと首を大きく上下させ、彼女に頷きかける。笑いかけた。  
「♪」  
推測は当たった様だ。彼女は俺の挙動を見て、笑顔を浮かべた。嬉しげに頷く。  
そしてそのまま、彼女は踵を返した。手を上げ、  
「じゃあね」  
とでも言うように俺に一瞥をくれる。ふと見返したその目に、何か寂しげなものが見て取れたのは、俺の目の錯覚だったのだろうか。  
しかしそれを問う間もなく、小さな背をこちらに向け、少女はゆっくりと向こうへ歩き始めた。  
多分、あの黒装束達に追われているのだろう。俺の胸に何か、言いようの無いものが去来する。だが、彼女を呼び止めたところで何が出来る?  
おそらく、何も出来ない。そう、それは本来、俺にはどうする事もできない事のはずだったのだ。しかし、  
「待って!」  
気がつくと彼女を反射的に呼び止めていた。きょとんとした表情で、小さな影がこちらを振り返る。  
俺は咄嗟に胸に開いた手を当て、  
「俺は、179郎」  
ハッキリとした声で、名を名乗った。さらにその手を彼女のほうに伸ばし、大きな声で問いかける。  
「キミの、なまえは?」  
問われた彼女は一瞬きょとんとしたものの、すぐに意図を察したのか(聡明な娘だ)俺と同じように胸に手を当て、笑顔で  
「り・む・る・る」  
と。  
さらに大きな声でもう一度、  
「リムルル!」  
つられて、俺も笑顔になる。言葉に込めた想い、それが通じた事が嬉しかった。  
満面の笑顔は、春に咲いた大きなタンポポのようで。  
 
それは、初秋の出来事。  
まだ暖かな、月夜の晩の事だった。  
 

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