「ここ…何処だろう…?」  
辺りを見渡してみる。何も無い。  
白い筋の通った綺麗な空も、足元で生い茂る緑も、何も無い。  
確かに自分はそこに居て、眠りについていた筈だった。でも今はどうだろう?  
暑いも寒いも無い、ただそこにいるだけで孤独と恐怖に襲われるそこは、  
今まで自分がいた場所とは全くに違っていた。  
「なに…?ここ…気持ち悪い…。」  
おそるおそる前に進んでみるが、やはり何も無い。  
この景色を敢えて言葉で表現するならば、闇という一文字が  
一番近いものだろう。声を出したりしてみるが、それに対する反応は  
やはり無く、こらえきれずに出口を捜す為に全力疾走で前へ進む。  
が、ちょっと走った所で正面にあった何かに思い切りぶつかり、  
反動で仰向けに倒れてしまった。  
「あいたっ!」  
咄嗟の事に声を上げると、それに呼応する様にぶつかった何かから  
声が帰ってきた  
「いたたた…。……? リムルル…!?」  
聞き覚えのある声にはっとして顔を上げると、一見すると  
少女と見間違いかねない赤い髪の少年が一人、驚いた表情で  
こちらを見つめていた。  
「…し、閑丸…!?」  
リムルルは腰から上を起こし、驚き、喜びの入り混じった表情で少年の名前を呼んだ。  
すると、少しばかり安堵の表情を浮かべた閑丸が、ほっとした様子で  
喋り始めた。  
「よかったぁ…、ここ、何処だか分からないし、リムルルもコンルもいない  
 しで、どうしようかと…」  
聞く所によると、閑丸もリムルルと同じ様な状態だったので、  
辺りを探っていて、そこで猛進して来たリムルルにぶつかったのだそうだ。  
 
そこまで話して、リムルルがまだ地に腰を下ろして居る事に気付き、  
手を差し伸べる閑丸。  
「はい、大丈夫?」  
「うん、平気だよっ!」  
少年の優しさに笑顔で答える少女。  
そしてその手と手を結ぼうとした時、予想だにしない変化が起こった。  
今まで柔らかかった急に少年の顔が硬くなり、少女の出した手を素通りし、  
どさりと地面に伏したのである。  
「…ぇ……?」  
突然の事でまだ何があったのか理解出来ず、手を出したままの格好で  
細い声を上げ、固まっていた。しかしその少年の背中に刺さっている  
銀色の刃に気付き、か細い声は悲鳴に変わった。  
「閑丸…? 閑丸…!?」  
閑丸の名を何度も呼びかけると、幸いまだ意識があるらしく、  
咽びながらリムルルの名を呼び返す。  
「う…ぁ……、げほっ!リム…ル…ル…。」  
リムルルは閑丸の只ならぬ変化に、軽く錯乱状態に陥っていた。  
ただ涙を走らせながら、安否を気遣う言葉をかける。  
「閑丸!?ねぇ、大丈夫!?しっかり…、しっかりしてよぉ!」  
しかし、少年からは、望んだ答えは帰って来なかった。  
それどころか、少女が予想しなかった答えをつきつけてきた。  
「リムルル…、がはっ…!なん…で、ぼくを……?」  
「なんで…?どういう事…?わたしが、閑丸に何を…―」  
そこまで言った時、はっとある物が目に入った。目に入ってしまった。  
無常にも少年の背中に突き立てられる銀色。それはさっきも抽象的には見た。  
しかし、今気付いたのは、その銀色が『誰』の物であるのかだ。  
 
「あ………あぁ……!」  
怖じているのか、認めたくないのか、力無い声を絞り出しながら  
リムルルはその正体を口にした。  
「ハハ……クル…!」  
少年の背中に突き立てられて居た物。それは、世に一つしかない  
少女の宝で、命を預けるもの。紛れも無く世に一つしかない、少女の  
刀。それが正体なのならば、閑丸がさっき言った言葉は。  
「…ち、違う…!違うよぉっ!わたしじゃ…、わたしじゃ無いよぉ!」  
全てを理解できた頃にはもう手遅れだった。少年は誰の声も届かない程に  
弱っていた。そして、その最後の力を振り絞ってリムルルの膝に、少女が  
握り締める筈だった手を置いた。本人しかその意が分からぬその手は、  
少年がこと切れると共に、冷たい地面に音も無くしなだれ落ちた。  
後には嗚咽を上げる少女の声以外、何も音を上げる物は無かった。  
「いやぁ…、ち…が…、わたし…、わたしじゃ…。  
 お…きて…、おきてよぉ…!しずまる…! しずまるぅぅぅっ!!」  
 
 
 
「……っ!?」  
リムルルは夢から覚め、それと同時に、勢いよく跳ね起きた。普通なら夜を通して  
乾いている筈の瞳には、溢れんばかりに涙がたまり、頬にはそれのつたった感触が  
残っている。風に撫でられ、気付いた所でぐしぐしとそれらを袖で拭うと、  
不安を表す顔色で周りを見回してみる。が、当然ながら、寝る前に見たのと全く同じ  
景色が、薄暗く広がっている。  
「………ぅ…。」  
まだ気分が悪かった。閑丸には隠していたが、ここ最近、郷を出てからと言うもの  
リムルルは悪夢に襲われることが度々あった。カムイコタンにいた頃も見ない訳  
では無かったが、今ほど生々しくはなかった。 せいぜい崖から落っこちかける  
程度の物だった。なのでリムルルには余計に最近の悪夢は堪えるのである。  
中でも今のは最悪。今まで見た物で群を抜いて堪えた。  
 
「酷いよ、あんなの…」  
なるべくは思い浮かべない様にしようと思ってはいるが、あれ程衝撃の強いもの  
となると、記憶から消し去るなど不可能に近かった。そしてそれを思い出し、  
曇った顔になる自分を思い浮かべて、ため息を一つ。  
「ふぅ……。」  
ごろん、と仰向けに寝転ぶと、どうやら良い時間なのか空が暁がかっている。  
ふと隣に目をやると、閑丸が横になって寝息を立てている。いくら閑丸が  
早起きだとは言え、流石にまだ早過ぎる様だ。  
「あ…そうだ!」  
何かを閃き、リムルルは閑丸がこちらを向いて寝ている事を確認し、  
寝転がっている閑丸へ、起こさない様に近付いた。  
そして、小さな両手で閑丸の右手をぎゅっと握り締めた。  
「あたたかい…」  
すごく暖かくて、気持ちよくて、自分と同じくらいしか大きくないけれど、  
でもたくましい閑丸の手。  
思わず夢中なってしまっていたが、閑丸が突然、両の目をぱちりと開いたので、  
心臓が危うく飛び出そうになった。リムルルはあっという間に赤面し、急いで  
惜しみながら手を離し、閑丸に顔が見えない方に正座で向き直って、  
胸元で指をぐるぐるしながら、さっきまでの事をうやむやにした。  
「あ、あ、あああの、しず、閑丸っ!これっ、これはね?あのその、な、なんでも、何でもないの、えへへっ!」  
きょとんとリムルルを見る閑丸と、あさっての方向を向きながら、  
明らかにどぎまぎしているリムルル。顔も湯気が立ちそうな程に真っ赤である。  
何が何なのか分からず、閑丸は暫くリムルルの反応を待ってみたが、  
何故かリムルルは急に大人しくなった。  
はてなと思い、反対側に回ってひょいとリムルルの顔をのぞきこむと、  
先程の動揺は何処へやら、リムルルは穏やかに寝入っている、正座のままで。  
くすりと閑丸は微笑むと、そのままそっと横倒しにしてあげると、  
自分もぎゅっとリムルルの手を握り締め、そのまま再び浅い眠りにつく。  
しかし、閑丸の後に起きてくるリムルルが、うやむやにしたつもりの事が、しっかり  
ばれていたことと、自分の手が閑丸によって暖められていた事を気付く事は、  
この先閑丸が話すまでなかった  
 

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