翌朝。二人は近くに少し大きな町が有った事に気付き、
そこへ向かう途中の道を歩いていた。
白い筋の流れる青い晴空。輝くほどの緑の森。
白と青。そして緑の見事な調和はいつ見ても
綺麗で、心が洗われる様な気分にさせてくれる。
尤も、そんな気分にさせてくれるのは、それが目に入ればの話なのだが。
「…リムルル?」
「………ふぇ?」
閑丸が何の気無しに呼びかけてみると、隣から気の抜けた返事が返って来た。
発したのは他の誰でもなく、リムルルだ。
彼女は何故か今朝から様子がおかしかった。
少なくとも、閑丸には様子がおかしいと思えた。
そう思う理由は二つあり、一つは歩いている途中でうつむいたり、
少しにやけたり、色々な表情の変化を短い間でやってのけて
いる事。表情がころころ変わる分にはそこまで珍しい事でも
なかったが、その中に悲しげな表情を浮かべる姿は、
いつも笑顔を絶やさない少女には、あまり似合う姿ではない。
閑丸もいつもじっとリムルルの表情を見ている訳ではないので
こればかりでは何とも言えないが、これだけではない。
二つ目。朝からずっと、リムルルを呼びかけても気の抜けた返事しか
しない事である。呼びかけた所で先程の様な「ふぇ?」とか「へ?」
と上の空な返事しかしなかったし、答える時も「え〜…」や「う〜ん…」
みたいな曖昧な返事以外の言葉が返って来たのを聞かなかった。
これには閑丸も困った。何を言っても素通りなのだ。
一応意味は通じているらしいものの、こんな一方的な会話を
続けるばかりでは埒が明かない。
かといって正面からぶち当たっても同じ結果が待っているだけだ。
それに、もともとそういった事は得意ではないのだ。
そしてあれやこれやと考えている内に、妙な雰囲気で町に到着した。
町は大きさはそれなり、そしてそれに見合う賑やかさを備えていた。
そこら中に垂れるのれん。そこら中に出ている屋台と、それに集まる人。
それに二人は正直に驚いていた。リムルルは郷の事以外はあまり
知らなかったし、閑丸は何事にもあまりなので、これだけの人の多さにも、
所々で目にする見た事もない物にも興味を奪われっぱなしだった。
その中でリムルルは、すっかり元の調子を取り戻していた。
「ねぇ〜っ、閑丸〜!こっち、こっち〜!」
今も新たに見る珍しい物に興味を示し、閑丸にも見せてあげようと
彼の名を呼んで手招きをしている。
結局あの妙な様子は何だったんだろうと思いながらも、それに答えて
向かう閑丸。その顔は少し嬉しそうにも見える。
つまる所、二人は楽しんでいるのだ。
いくら刀を振ろうとも。命を危機にさらす目に遭おうとも。
二人は間違いなく幼い少女と少年なのである。
暫く町の中を散策した二人は、町の少し外れの何もない所で
一休みしていた。
「面白いねぇ〜、変わった物がいっぱいあって〜。」
「うん、そうだね。」
興奮冷めやらぬ様子で話しかけるリムルルに対して、
少しトーン低めで答える閑丸。
勿論、今度はリムルルが問いかける番である。
「どうしたの?少し…元気ないよ?」
「…うん、ごめん。慣れてないから少し疲れちゃって…。」
少し人込みに酔ったらしく、閑丸は浮かない顔をしていた。
しかし、それより、と閑丸が言葉を続ける。
「リムルルは大丈夫なの?」
「え…わたし?」
「ほら、今朝から様子が変だったから…。」
「あ……。」
リムルルはこの言葉を聞いて、ひどく申し訳なく思った。
閑丸は自分の事をずっと心配してくれていたに違いない。
しかし、自分ときたら、いくら考え事とはいえ上の空な態度ばかりとって
しまって、閑丸を傷つけてしまったのかも知れない。
そう考えると何かとてもやるせない思いがこみ上げてきて、
少女の顔から笑顔が消える。
「あ…あの…ゴメン、閑丸…。わたし…昨日ね、とても嫌な夢を見て…
それだけじゃないんだけど…朝からずっとぼーっとしてて…」
少女の心からの弁解を少年はうん、うんと頷いて聞く。
「それで…閑丸が呼んでもいいかげんな返事ばっかりで…。
ごめんなさい…、閑丸…。」
そこまで言ってリムルルは下を向いてしまった。
閑丸はこんなつもりではなかったのに、と後悔しながら、
何とか少女を慰める言葉を探す。
「ううん、僕はリムルルが大丈夫なら…」
こう言ってみるが、相変わらずにリムルルは下を向いている。
震える肩が今にも泣き出してしまいそうな様を思わせ、痛々しい。
何もしてあげられないのかと少年が思ったその時。頭の中に
リムルルの陽光の様な明るい笑顔が浮かんだ。
そうだ。僕はこの笑顔が好きなんだ。
閑丸は直感的に思った。元々、自分では旨く笑えず、
それが時に錘となって自分にのしかかって来ていた。
しかし、それがリムルルと出会った事で、少しずつ変わってきていた。
今では、まだ不器用ながらも以前よりいい笑みを浮かべられる様になったと
自分でも思う。この傾向はリムルルのお陰での事なのだ。だから―
「笑って?リムルル。」
「…え…?」
きょとんとするリムルルを正面に、閑丸は続ける。
「僕、リムルルは笑顔の時が一番好きだから。
だから笑って欲しいんだ。」
といい、笑顔を作って見せる。お世辞にも満面とはいえないその笑顔は
しかし、旨く笑えない少年が少女の為に作ってみせた頑張りの証だった。
「…し…閑丸……! …うん、有難う…!」
ほんのりと顔を紅潮させて、リムルルは満面の笑みを浮かべる。
感謝と、喜びの気持ちをいっぱいに表情に表す。
「よかった。元通りになってくれて…。」
暁の光を思わせるその眩しい笑み。
安堵の言葉と共にそれを見てほっとすると、閑丸は疑問をもう一つ挙げた。
「…所で、悩み事って…夢だけじゃないんだよね?」
うん、とリムルルは頷き、もう一つの悩みを閑丸に打ち明ける。
「うん。あのね…、この近くに来てからなんだけど、
たまに姉様みたいな気を感じるの…。」
「姉様…って、ナコルル…さん、だよね?その人が近くに?」
「あ、ううん。姉様によく似てるだけなの。
でも…同郷の人には間違いない…と思うの…。」
思わぬ手掛かりに出会い、喜んでいても良い筈のリムルルだが、
生憎とそうには見えない表情をしている。
「でも…郷の人で外にいるとすれば、姉様だけの
筈だし…それに―」
と、そこまで言い終えた所で、二人の会話は中断を余儀なくされた。
何か物を壊した様な『がちゃぁん!』という音が二人の耳に
飛び込んで来た。
「何だろ…!?」
「行ってみようか、リムルル…!」
「うんっ!」
二人は一目散に音のする方向に向かっていった。
二人が二人、憑き物が落ちた様な顔をしていた。