広々とした草原、刻は朝、天気は快晴。少女は元気に傍らに居る相棒に話しかけた。  
少女の名はリムルル、青空の様な色をした衣装を纏い、やや短めの茶色の髪の毛を  
上手く布で括っている。國の北端、アイヌのカムイコタンで生活をしていた少女だ。  
そして傍らにいるのは、リムルルの生涯の友達であり守護者の、氷の精霊「コンル」  
である。さて、その少女らが何故里に居ずに旅をしているのか、話は五日ほど前に  
遡る。  
 
 
「あはははっ、待って、コンルー!」  
雪の照りかえしが眩しい晴れの日、リムルルは姉を横に、コンルとじゃれあっていた。  
「ほらっ、捕まえた!」  
ふよふよと逃げ回る相棒を捕まえたのは家の前、遊んでいたのは家の裏。  
追い掛け回している内に、いつのまにか反対側まで来てしまっていた様だ。  
「あ…表まででちゃったのかぁ…戻ろっか、コンル。」  
と、引き返そうとくるりと方向を変えた時、不意に後ろから飛び込んできた声にまた振り返った。  
声の主はリムルル、ナコルルの祖母であった。  
「リムルルや、ちょっとおいで。」  
ニコニコと笑顔で手招きされ、リムルルはなすがまま祖母の方へ駆け寄った。  
「はーい!どうしたの?おばあちゃん。」  
孫の元気の良い質問を受けると、祖母は檜皮色の紙包みを取り出し、手渡した。  
 
「これをナコルルとおあがりなさい。」  
「…なぁに?これ…。」  
急に手渡された紙包みをまじまじと見つめる、くるっと返したり、逆さに見たりする。  
「おやおや、もう少し優しくしておあげ、二人の大好きなラタシケプが  
だめになってしまうよ…」  
依然として、興味津々に紙包みをみつめていたリムルルだったが、  
祖母が放った一つの単語を聞いた途端、明るい顔が更に明るく弾けた。  
「えっ!?ラタシケプ作ってくれたの!?やったぁ〜♪」  
ラタシケプとはアイヌの伝統料理で、ナコルルがよく作ってくれる物だ。  
ナコルルの作るそれも十分美味しいのだが、その作り方を教えたのは  
祖母であって、その味は絶品の一言である。  
「やったぁ〜♪おばあちゃん、有難う!」  
何にせよ、リムルルにとって嬉しいおやつなのは間違い無いのである。  
「はいはい、元気なリムルルや…」  
祖母は歓喜する孫を笑顔で見送り、明るい日差しを布団に転寝を始めるのだった。  
 
「ねぇさまぁ〜っ!おばあちゃんがラタシケプ作ってくれたよぉ〜!」  
物凄い速さで家の裏に、姉の名を呼びながら走るリムルル。  
「一緒に食べようよ〜、姉様!…あれ?」  
裏に戻ったリムルルは、予想外の出来事にきょとんとした、先程まで当たり前  
の様に居た姉、ナコルルの姿が見えないのだ。これには流石にリムルルも考える。  
「あれぇ〜…?姉様?何処ぉ〜?」  
厠や軒下などを探ってみるが、一向に見つかる気配が無い。暫く悩んだ末に  
少女が出した結論は…  
「分かったぁ、かくれんぼだ!姉様ってば、もう!」  
こうだった。自分なりの便利な解釈で納得し、相棒にイキイキと話しかける。  
「コンル、姉様遠くに隠れちゃったみたい、探しに行こっか!」  
 
 
という経緯で今に至る訳だが、今まで呑気にただ旅をしていたわけでは無い。路が違う故に、  
幾度もの人とぶつかり合い、幾度もの死線を越えてきたのだ。精霊の声が聞こえ、剣術の心得がある事以外で、何ら普通の少女と変わり無いリムルルがここまで姉探しの旅を続けて  
来られたのは、やはり姉に対する純粋な情と、彼女きっての明るさがあっての事だろう。  
しかしながら、真実は残酷な物で、未だに姉に関する情報は無し、未だに相棒頼りで進んで  
行くしかないのだ。  
そして、今日もまた歩き詰めのみで日が傾こうとしている時、通りがかった竹林で妙  
な二人組みが道を陣取り、通せん坊をしているのであった。一人は女、長い黒髪を  
後ろで括り、朱色の着物を着込み、手には腰上までの長さの刀を抱えている。  
もう一人は男、がっしりとした体躯に肩ほどまである藤色の波打った髪、手には木槌を携え、  
いかにもな悪人面。その内、女性がリムルルの存在に気付き、声をかけてきた。  
「…?まだ子供ではありませんか、申し訳ありませんがここからは日輪に続く道  
早々にお引取り下さい。」  
礼儀正しく、それでいて威厳の効いた声で女が言う、が、一方的な拒絶にリムルルが  
納得できる訳も無く、ここぞと反論する。  
「駄目っ、わたしは姉様を探さなきゃいけないんだからね!邪魔しないでよ!  
それにわたし、子供じゃないっ、リムルルって名前があるんだからね!」  
拒絶と、ついでにコンプレックスを突かれ、憤慨し反論するリムルル、しかし  
聞こえないが如く平然と受けて返す女。  
「あくまで通る、と…?ならば致し方有りませんね、返り血で服が汚れてしまうのは  
好ましくありませんが…。」  
 
と、ここまで言った所で男が始めて口を開いた、それも大声で。  
「ちょっと待ったぁ、夢路!いい加減俺様にやらせやがれ!」  
どうやらこの男、先程までじっと座っていた所為で相当気が立っている様だ。  
そして、夢路と呼ばれた女はその男の方に向き直り、話し始めた。  
「三九六殿…、分かりました、この場は貴方にお任せいたします。私は一先ず  
日輪に戻りますが、次にお会いした時は私と同じく、我旺様に仕える  
同志と判断致しますよ。では、御免…。」  
これだけ言うと、夢路はこの場を後にした。残るはリムルルと、三九六と呼ばれた  
悪人面だけだ。暫くして先に口を開いたのは三九六だった。  
「餓鬼ごときが舐めた真似しやがって…、まぁ仕方無ぇ、この世界で最強の  
 萬 三九六様が相手してやるぜ、ガハハハハ!!」  
男が纏う狂気に脅えながらも、腰の刀「ハハクル」に手をかけ、戦闘体制に入る。  
「コンル…、うん、絶対、絶対やられないんだもんね…!」  
リムルルの声に共感する様に、コンルも上下に揺れる。  
そして、この言葉が三九六の闘争心を大いに掻き立てたのだ。  
「やられないだぁ!?じゃぁ誰が死ぬんだ、え!?世界最強の俺様が!?  
 そんな事有り得ねぇよ!死ぬのは手前だぁ、ガキィィッ!」  
こう言うと、三九六は思い切り飛び上がり、地上のリムルルに向かって木槌を振り  
降ろした、しかし、リムルルはそれを受けようとも避けようともする様子が無い。  
「へっ、動けねぇかぁ!?なら…死ねぇぇぇ!!」  
突如、リムルルがきっと空中の三九六を見据え、一声。  
「コンル、行っけぇ!!」  
こう叫ぶと、地面から、三九六に向かって、氷の塊が飛んで行った。その先には  
三九六の恐怖と驚愕の表情があった。  
「な、馬鹿な…!!グガァッ!!」  
氷の塊が三九六の体を突き刺し、どしゃっと言う音を立て、三九六の体もろとも  
地面に落ちた。三九六はそこでぴくりとも動かなくなった。  
 
「くっ……!」  
暫くそれを見つめていたリムルルだったが、急に走り出した。コンルも  
ただ事ではない相棒の様子に、慌てて付いていった。  
雨が降り出していた、そしてリムルルは木の側で顔を伏せて泣いていた。  
「うぇっ…!何で…、何でよぉ…、わたしは、わたしはただ…!」  
これまで幾度か体験した死闘、偶発的な物だったとしても、彼女には  
それが耐えられなかった、それに対する不安と恐怖が、一気に爆発  
してしまったのだ。  
「うぇっ…、ねぇさまに…、ひっく…、あいたいだけ…なのに…。」  
一人で雨の中を、声を出して泣いた。泣き声は雨音にかき消されていた。  
「うえぇっ…!ねぇさまぁ…ねぇさまぁっ……!。」  
泣きじゃくる中、ふと、自分の体に当たる雨粒が無くなったことに気付く。  
しかし雨はまだ降り続いている、自分にだけ当たらないのだ。  
「つめたく……ない、何で……?」  
驚き、ふと顔を上げてみると、海の様な綺麗な色をした番傘が、  
リムルルを包んでいた。そしてその横に目をやると、番傘と  
対照的に、これも綺麗な緋色の髪の毛、長いので後ろで纏めている。  
背丈は自分と同じ位、幼さのある穏やかな顔立ちで、体に不釣合いな  
大きな刀を背負った少年が立っていた。  
「体…冷え切ると駄目ですから…。」  
少年は不器用に笑いながら、ボーイソプラノで話掛けた。  
突然の事で、何を考えて良いか分からないリムルル、しどろもどろで  
やっと言葉を搾り出した。  
「あ、き、きみ……だれ…?」  
不意に尋ねられ、こちらもしどろもどろになる、面白い光景である。  
「あ、ぼ、僕は…緋雨閑丸……閑丸と言います。」  
ぺこりとお辞儀をしながら名乗るその姿は、リムルルには何故か面白かった。  
「ぷっ…、ふふふっ…!あははははっ!」  
大笑いした、先程の悲しさが何処かへ吹き飛んでしまった。  
リムルルと緋雨閑丸、この二人はこうして出会いを果たしたのであった。  
 
 
翌日、昨晩とはうって変わり、優しい日差しが体を包み込む様な、  
そんな心地良い真昼、二人は道中の茶屋で一休みしていた。  
この茶屋、辺境に建っている事以外を除けば、茶もそれを受ける  
菓子も上々な味なので、昼時にもそれなりに賑わう様だ。そんな中、  
先程から訝しげにお品書きを覗き込んでいるリムルルが口を開いた。  
「ねえ、閑丸?」  
リムルルは既に彼の名前を躊躇無く呼んでいる、元々、歳もそれ程  
離れていないし、昨日の事もありなおさら、彼女は閑丸に良い感情  
を抱いていたので、スムーズな関係に収まっている。  
先程からお品書きとにらめっこリムルルが面白いのか、閑丸は  
微笑しながら返した。  
「何ですか?リムルルさん。」  
元々、今が今までは、同性、異性に関係無く人との関わりがあまり  
なかった為、たとえ歳が近くであれ、こういった言葉遣いに  
なってしまう、リムルルはあまりそれを好かない様だったので、  
昨日までは「むー、またその呼び方するー。」などとふくれる事もし  
ばしばだったが、何度も言っていると流石に諦めたのか、  
普通の反応をする様になったのだ。馴染むのが早い、それは閑丸に  
とって羨ましい事であった。そんなリムルルの質問と言うのが。  
「あのさ、あのさ、これ何?」  
とお品書きの文字を指しながら聞いてくる。彼も流石に少し驚いた、  
何せ、突然何かと聞かれても、どう説明するかなど全く  
頭に浮かんで来る筈がない。取り合えず、それを悟られない様に  
必死にその場を取り繕ってみるが。  
「え、えと…そうだな…これは…。」  
ここから先が出てこなくなり、しきりにうんうん唸った後に  
出てきた言葉が、  
「えーと、美味しいものです、甘くて美味しいもの…。」  
とかなりアバウトな説明だったが、当のリムルルは、  
「甘い物なの?なら、わたし、それがいい!」  
と言う答えだった。閑丸は、あんな説明で良かったものかと  
疑問に思いつつも、通りかかった店番を呼びとめ、同じ物を注文する。  
 
「すみませーん、これを二つお願いします。」  
「かしこまりました」と店番はきびきびと答え、奥へと戻り、  
注文を告げる。やがて、注文の品が届いた。いい焼き具合いの団子に、  
綺麗なコハク色をしたタレがかかった菓子、リムルルが先ほど  
指していたそれとは、みたらし団子だったのである。二人とも、  
予想以上の出来に絶句すること数秒、先に団子に手を伸ばしたのは  
リムルルだった。その目は団子に対する興味で爛々としている。  
「えへへー、いっただっきまぁーす♪……あむっ…  
 …んぐ…、わぁー…っ!」  
悲鳴にも似た歓声をあげながら団子を頬張るリムルル、その勢いや、  
すぐに一串を平らげてしまう程だった。そして、一串食べ終えた後、  
閑丸に向かって言った。  
「ほらっ!閑丸も食べなよ、凄く美味しいからっ!」  
その満面の笑みは、言葉よりはるか多くを語っている気がしたと  
閑丸は思った。  
「敵わないなぁ…」  
自嘲気味な笑みを零しながら、誰に言うこともなくポツリと  
そう呟く。そしてリムルルに目をやると、彼女は二本目を食べよう  
としている所だった。そして目が合うと、再びリムルルはにこっと  
笑った。氷の様に透き通ったその笑み、閑丸はそれに自然に  
見惚れてしまっていた。  
 
「はぁ〜っ、美味しいなぁ〜…。」  
リムルルは、満足気な表情をしながら、夢中で団子を食べていた。  
それこそ顔についているたれに気が付かないほどに。  
 
「こんなに美味しい物は初めて食べたなぁ…。」  
リムルルは心底そう思っていた。里から出て初めて食べた菓子、  
初めてゆっくりくつろげる時間、初めての出会い。全てが好い  
風に作用して、美味しい団子を何倍にも美味しくさせる。  
くつろげるのも、一緒に居る相手が閑丸だからである。会って  
間もないが、リムルルは閑丸にどこか姉と似た部分があると  
感じ取っていた。優しくて、歳の割に落ち着いているので、余計に  
そう感じる様だ。だから今は寂しさなどは微塵も無い、そう思い、  
自分の中に閑丸に対する、何かもやもやした感情が渦巻いている  
ことにも気付いたが、正体が分からないし、好い感情の様なので  
分かるまで下手に理解しようとはしなかった。そんな事を  
考えながら閑丸を見ると、閑丸もこちらを見ていた、何かを  
伝えたい様子で、自分の左頬を指でちょんちょん小突いているので、  
リムルルも自分の左頬に手をやると、先刻食べた団子のたれが  
ついていた、閑丸の行為の理由が分かり、顔を赤らめながら、まだ  
頬についているたれをぬぐった。  
「さて、と。そろそろ出ませんか?  
 早い所寝場所も探さなきゃいけませんし。」  
と、リムルルが食べ終わったのを確認して、閑丸が切り出した。  
「あ、うん、そだねっ、ご馳走様っ!」  
支払いを済ませて店を出ると、暁の空が広がり始めていた。  
取り敢えず、野宿できる様な場所を探そうと言う事になったので、  
それを探して二人は歩き始めた。少し歩いた所で、突然、  
リムルルが、忘れてた、と閑丸の方を向いて話し始めた。  
「あ…まだ紹介してなかったよね? おいで、コンル!」  
 
とリムルルが言うと、ふよふよと見知らぬ物体が閑丸の前に現れた。  
目を白黒させる閑丸に、リムルルが説明する。  
「この子はコンル、氷の精霊で、わたしの友達っ!」  
紹介されると、コンルは嬉しそうに横に揺れた。  
「コンル…、よろしくお願いします。」  
またぺこりとお辞儀をする閑丸、それを見て、  
リムルルもくすりと笑みを零した。  
二人が寝場所になる森を見つけたのは、既に日が傾いた後だった。  
手早く明日の支度を整え、焚き火を囲む二人、食事は、干し魚を  
湯で煮て出汁を取り、それで米を煮立てる、簡単な雑炊の様な  
物だった。簡単な味付けなので、すっと流し込めた。  
食事を終え、床に就こうとしてる所で、閑丸がそれとなく  
切り出した。  
「…そういえば、リムルルさんは何故、旅をしているのですか?」  
この質問に、リムルルは少し照れながら答える。  
「え、わたし?わたしは姉様を探してるんだっ。」  
探してると言う言葉が引っ掛かり、閑丸は聞き返した。  
「探してるって…、お姉さん、どうかしたんですか…?」  
「あ、うん…えぇと、前に二人してお庭で遊んでたんだけど、  
 わたしが少し離れた間に、姉様、居なくなっちゃって…、  
 かくれんぼかなー?とか思ったんだけど、なかなか見つか  
 らないし…。」  
そこまで言って、少し顔を落とすリムルル。閑丸は悪い事を聞いたと  
思い、謝ろうとする。  
「そうですか…、あの、変なこと聞いてごめんなさ……」  
と、全部言い終える前に、突然、リムルルの元気の良い声で遮られた。  
 
「あっ!でも、わたしは 平気だよ!きっとすぐ見つかる、  
 だから笑って探すんだっ!」  
これも彼女流の気遣いなのだろう、そう悟り、閑丸も彼女に励ましの  
言葉を返す。  
「そうですか…、あの…、お姉さん、早く見つかると良いですねっ!」  
それを聞き、笑顔に似合った元気でリムルルが答える。  
「うん、頑張るからっ!」  
ここまで言うと、今度は自分の番とばかりに、閑丸に問掛ける。  
「ねぇ、閑丸は?何で旅してるの?」  
急に立場が引っくり返って、閑丸は少し戸惑いながら答える。  
「僕は…、その…、日輪に向かおうと旅をしてます。」  
歯抜けな説明だったが、リムルルは聞き逃すまいと喰らい付いていく。  
「ヒノワ?何で?閑丸も何か探してるの?」  
説明不足だったと、自責しながら続ける閑丸。  
「ええと、今お世話になっている御夫婦に少しで恩返しをと  
 仕事を探しに。あ、今、日輪には大きな仕事があるらしくて…。」  
一息置く閑丸。リムルルは目を丸くしながら聞いている。  
「へぇー…、大変なんだぁ…。」  
感心で、短い言葉でしか喋れないリムルル。そしてまた、  
閑丸が話し始める。  
「…僕、記憶が…見寄が無くてお世話になり始めてからの物しか  
 無くて…、覚えているのは、自分の名前と…」  
ここまで言って、閑丸ははっと口をつむった。  
幸い、リムルルは気付いていない。それどころか、深入りしすぎて  
しまったと思ったらしく、申し訳無さそうな顔で喋り始める。  
「あ、あの…、ごめんね、わたし…」  
今度はそれを閑丸が静かに微笑しながら遮る。  
「あ、お互い様って事で、だから謝らないで下さいね。」  
リムルルは暫くきょとんとしながら閑丸を見ていたが、また  
笑顔に戻り、一言。  
「あ…うんっ!」  
 
「じゃあ…そろそろ寝ましょうか。」  
先程から、リムルルがうつらうつらし始めていたので、閑丸は  
そう促した。彼女も、遠慮なくそれに甘んじる。  
「あ、うんっ、お休み…」  
リムルルはそう言うと、すぐ横になり、ちょっとすると、  
そこから静かに寝息が立ち始めた。余程眠たかったのだろう。  
しかし、促した本人である閑丸は眠ろうとはせず、何故か荷物を  
まとめ始めた。  
「…危なかった…、あれだけは…、知られちゃ駄目なんだ…。」  
そう言いながら少し寂しげな顔をする。  
「もう一人の僕の事が知れたら、一緒になんか…ううん、それだけ  
 じゃない、一つ間違ったら僕は…。」  
荷物をまとめ終えると、閑丸は、消えかけている焚き火を背にして  
立ち上がる。側で眠っているリムルルは、すでに熟睡である。  
「…僕は、リムルルさんまで斬ってしまうかも…知れない…。  
 だから、だから…まだ…日が浅い内に…。一緒には…居られない。」  
閑丸は、己の中に棲む鬼の様な自分の姿を知られたくないが為、  
リムルルが万が一にもそれの犠牲にならない為、別れを選んだ。  
そして、閑丸は歩き出した、と、歩き出した所で急に背中に何かが  
ぶつかったので、振り返る、すると、そこには月光を受けてきらきら  
輝く物が浮かんでいた。閑丸はそれの正体が分かり、屈みこみながら  
話しかけた。  
「ごめん、コンル…。僕は…一緒には居られないんだ。だから…  
 リムルルさんを…護ってあげて下さい。」  
コンルを一撫ですると立ち上がり、最後にリムルルの方を向いて、  
頭を下げながら一言。  
「…ごめんなさい、もう行きます…。」  
 
そして、一気に走り出す。後には眠っているリムルルと、心配そうに  
揺れるコンルの姿、そして、すっかり火が消えて、炭だけになって  
いる焚き火だけだった。  
 
そして、夜が明けて。  
「…ふぁ……うーんっ…!おはよう、コンル!」  
リムルルは目を覚ました。相棒に挨拶をし、体を伸ばして周りを  
見回すと、昨日と殆んど変わらない光景が広がっていた。しかし、  
彼女は、一つだけ異なる点がある事に気付いた。そして、それを  
口に出す。  
「……あれ…?閑…丸…?」  
在るべき姿がそこには無かった。赤髪の少年は、はじめから居ない  
かの様に、そこには何一つ形跡が無かった。  
「…変…だなぁ…?」  
辺りを探ってみるが、まるで見つかる様子が無い。不意の事態を  
不審に思い、リムルルはコンルに慌てながら話し掛ける。  
「ねぇっ、コンル!閑丸が…閑丸がいないのっ!」  
不審を訴え掛けるリムルルに対し、コンルは何も答えない。  
彼女は相棒の様子が変なことに気付き、直感から推測した。  
「コンル…まさか……何か、何か知ってるの…!?」  
完全にコンルの動きが止まり、リムルルは絶対に何か知っていると  
確信する。  
「ねぇっ、お願い!閑丸は何処なの!?教えて、コンル!教えてっ!」  
相棒の必死な様に観念し、コンルはリムルルに言う。  
"もうここにはいない、としか言えない…"  
頭の中に響く声、リムルルにしか聞こえない、コンルの声、  
その声が曖昧な言葉でそう言った。  
「……!? それ、どういう意味…?」  
リムルルは問う、しかし、それに対し返事が帰ってくることは無い。  
これ以上は無駄と判断したリムルルは、荷物を担ぐと、走り出す。  
「じっとしてらんない!わたし、探しに行くから!」  
 
"あ…リムルルっ…!!"  
放っておける筈がない、と言わんばかりにコンルも後を追う、  
夜を明かした森は、山の麓にある森だったらしく、道は山道に  
さし変わっていた。森は結構広く、山の周りをすっぽり覆いこんだ形に  
なっていた。恐らく、なんらかの事故で迷えば見つけるのは相当な  
骨になるだろう。しかし、今のリムルルにはそんな事を気にする余裕は  
無かった。何故、閑丸は急に姿を消したのか、何故こんなに必死になる  
自分がいるのか、全く分からなかった。閑丸に対するもやもやとした  
感情が原因の大半である事は分かっている。しかし、正体は未だに  
分からない、その事で余計に頭がこんがらがっている。  
それこそ、周りの様子が目に入らないほどに。  
"リムルル、危ないっ!!"  
「えっ……!?きゃあっ!!」  
コンルの声が聞こえ、彼女は我に帰るが、既に遅く。リムルルは  
崖から落下せんとする所だった。コンルが氷の柱で助けようとするが、  
とっさの事で、か細い物しか作れなかった。それでもしっかりそれを  
掴んでいた彼女だったが。  
「駄…目…!これじゃ…持たない…よ…っ!」  
やはり、支えきれなかった。氷は パリン と乾いた音を立てて砕け、  
少女の体は宙へと踊らされた。  
"リ、リムルルーーーっ!!"  
「コンルーーーっ!!」  
互いを呼び合う二人だったが、距離はどんどん離れていき、がさっ  
と葉の擦れる音がすると、少女の姿は、緑に消えていった。  
 
冷たい物が頬を打つ感触で、リムルルは目を覚ました。  
「あ…れ…?わたし…。」  
と、先程の情景がフラッシュバックする、落下する自分、助けようとし、  
しかしすることが出来なかったコンル。  
「そっか…、やっぱり落ちちゃったんだ、わたし…。」  
木々がクッションになる、と言うのはよくある話だが、それでも  
擦り傷程度で済んだのはやはり運が良かった。リムルルは  
川縁に落下した様で、岩に当たって弾ける水の飛沫が、頬に  
当たってくる。彼女は周りを見渡すが、やはりコンルの姿は無い。  
自嘲的で、寂しげな顔をしながら、リムルルは言う。  
「はは…、また…わたしが…ドジな所為で…  
 わたし…、また独り…。」  
最早泣く事も出来なかった。自分で自分を独りにしてしまった。  
行き場の無い、憤りと情けなさ、どうする事も出来ない。  
一度に色々な事が頭を通り過ぎ、錯乱寸前だった。そして、  
リムルルは何を思ったか、川岸に座り込む。地面からひやりと  
した感触が伝わってくる。座り終えると、半袴の紐を緩め、  
そこにおもむろに手を入れる、手は彼女の秘部に向かって伸びていく。  
彼女は、この自分への感情への対処に、本能的に自慰を選んでいた。  
手が秘部へ到達すると、蕾の周りをゆっくりと指でなぞり始めた。  
「……っ、あ…はぁ……。」  
なぞる度に体を走る奇妙な痺れ、経験した事の無い感触。  
しかし、したこと自体は始めてでも、見た事はあった。  
姉だ。大分と前に、たまたま部屋を覗いた時、目にしたのが  
姉のそれの最中の姿だった。顔を紅く染め、恍惚の表情で息を荒げ、  
誰かの名前を呼びながら夢中で手を動かしていた。名前までは  
聞こえなかったが、少なくとも、リムルルや自分の名前だけではない  
事は確かだった。それを見ていると、自分まで  
恥ずかしくなって来る。姉のはしたない姿を見た様な気がした。  
 
「…ぅあ……、あんっ…!」  
段々と息が荒くなり、下肢に力が入らなくなっていく。  
彼女の秘部がひくひくと動き、透明な液体が溢れ、  
指を動かすことでくちゃくちゃと淫靡な水音が立つ。手は  
休むことを知らない、しかし、頭では色々な感情が渦巻き、  
ぶつかりあっている。  
「…んっ!…こ、んな、はしたない事……ぅあっ!  
 駄目……なのに…。」  
はしたない、しかし、言葉とは裏腹に、体は確実に求めている、  
その奇妙な感触を。体は快楽と認識しつつある。  
「な…のに、…はぁんっ!て、てがぁ…とまらないよぉ…!」  
頭の中で、理性と本能が、自制心という鍵をめぐり闘っている。  
「な…に、これぇ…、ふぁっ…、こんな……の…。」  
そして、手は同じ場所が飽き、一番敏感な、蕾に狙いを定める。  
指が蕾をきゅっと摘むと、リムルルの体がびくんと跳ねる。  
「ひあぁっ!…ぅあぁん!こ、んなの……初めてだよぉ…っ!」  
やがて、意識が混濁して来る、理性が快楽の本能に呑まれようと  
している。そして、とうとう口から本能が紡ぎ出される。  
「ぁんっ!い、いい…よぉ…ふはぁっ!!」  
喘ぎと共に出たいいと言う言葉、それは本能に呑まれたと言う  
証だった。そして、鍵はそれによって粉々に破壊された。  
「うぁ…、し、閑…丸……。」  
何故彼の名前が出てくるのか、快楽に溺れている最中、何故  
彼の名前が出るのか、彼女自身大いに驚いていた。  
しかし、呼ばずにいられないその名前。  
 
「…っ、ひゃぅっ!いいのぉ…、閑丸っ…!」  
蕾も飽きてしまった手が、最後に狙いを定めた所、それは  
秘部の中、膣内であった。指は彼女の愛液を潤滑剤に、  
一気に入っていった、とたんに、すさまじい快感が襲い来る  
「ひゃぁぁっ!らめぇ…、入っちゃぁ…!!」  
既に呂律は回らなくなり、目もはっきり像を写していない。  
指はくちゅくちゅと膣内を容赦なくかきまわす。  
「らめぇ…、閑丸っ…、わたし、…はぁっ!」  
限界が近づくと共に、指の動きは、鼓動と共に速まる。  
「っあぁん!ゆびがぁ……らめぇ…、とまらないよぉ…!」  
そして、とうとう限界を超え、絶頂を迎えるリムルル。  
「し、ず…まる…ぅ…、ぅあっ、ああぁぁぁぁぁっ!!!」  
秘部が愛液を出しながら、入れていた指を締め付ける。  
視界は白濁し、全身から力が抜け、果てる。  
行為の余韻で上手く動けないリムルル、しかし、頭は冷えてくる。  
すると、彼女の頬を一筋の涙が通り過ぎた、何故、  
あれ程必死だったのか、何故、本能に呑まれるままでも閑丸の  
名前を呼んだのか、それがやっと理解出来た。  
「……っ…ぅっ、わたし…、わたし…!」  
一筋が何筋にも変わる。ぽろぽろと涙を流しながら叫ぶリムルル。  
と、空からも一筋、二筋、何筋もの水滴が降って来た、雨だ。  
その雨はすぐに勢いを増し、少女の心を象った様な、大雨になった。  
「…うっ…、わたし…閑丸の…事……。」  
加減を知らないとばかりに、少女の体を打ち付ける雨。  
少し前にも泣いた。そしてその日も、今と同じ様に大雨だった。  
「好きに…、なってたんだ…。」  
しかし、同じ様に、番傘を差し伸べる赤髪の少年は、  
そこにはいなかった。  
 
 
同じ時、閑丸は日輪への道を急いでいた。雲の落ちる空は、いかにも  
一雨来そうな様子を醸し出していた。  
「…降り出す前に良い場所を見つけないといけない。」  
傘の心配は無用だが、行動出来る範囲が著しく制限されるのは  
苦しいから。そう考えながら走る閑丸は、浮かない顔をしていた。  
浮かない顔をしている理由は分かっている、そして、原因も  
分かっている。リムルルに黙って別れて来た事だ。思えば、閑丸は  
初めてリムルルに会った時から彼女に見惚れる事がしばしばあった。  
快活な性格も好いていた。しかし、だったら、何故別れたのか?  
それは、自分に負け、彼女を傷付けるのが怖かったからだ。  
苦渋の選択だったには違いない、割り切ったつもりだが、  
何か納得がいかない様だった。故に今、閑丸は浮かない顔をして  
いるのである。しかしながら、その選択が今、リムルルを  
苦しませている事には、彼はまだ気付いていない。と、  
急いでいた足をふと止め、上を見る閑丸。すると、鈍色の曇り空から、  
水滴が降って来ている。  
「あ…、降って来ちゃった…。」  
雨はすぐに勢いを増し、視界も遮られる程になった。ざあざあ  
という音が、静かだった周りを埋め尽くしていく。予想以上の  
雨量に、これ以上進むのは芳しくないと判断したのか、  
仕方なく、道端に腰掛け、荷物を下ろして傘を斜めに差す。  
殺風景な道に、青い傘が鮮やかに開いている。と、下を向いて  
目を閉じると、強烈な眠気が襲って来た、気付かない内に  
無理をして疲れ果てていたのであろう。と、まどろむ顔をゆっくり  
上げ、雨を見て一言。  
「リムルル…さん…。」  
と、置き去りにして来た少女の名前を呼び、また下を向き、  
眠りについた。やっぱり気になる、これが好きって事なの  
かも知れない。そこまで考えて、閑丸の意識は夢の中へと  
消えて行った。後には雨音だけが響く道が続いていた。  
 
 
「………ん………うぅん………。」  
目を開けた時に最初に見えたのは、木々の間から見える、曇り空がかかる空だった。リムルルは小さな体をゆっくりと  
起こすと寝惚け眼を手で擦る。頭も一緒に起こし、今日を  
どう行動すべきか考えてる途中、昨日の事を思い出して、  
溜め息をひとつ、苦悩を表すそれは、彼女にしてみれば滅多に  
ない事であった。閑丸が急に姿を消してしまった事、考えなしに  
突っ走った故に、相棒と離れ離れ、独りになってしまった事、  
本能的にとはいえ、昨日してしまった行為…、それが溜め息の  
大半の原因だった。が、今は考えてもどうにもならない。  
「今は、コンルを探すのが先だよね。」  
取り敢えず出発すべく、虚脱感で重い足を引っ張り、  
立ち上がる。幸い、落下による怪我は大した事は無いらしく、  
普通に動くにあたっては支障は出ない。とにかく、先ずは  
一刻も早く相棒と再会しなければならない。しかし、この様な  
森では自分が何処にいるのかを知らせるのが難しい、それどころか、  
自分が迷ってしまうかも知れないので、気を抜くことが出来ない。  
「ふぅ〜っ、結構歩いたなぁ…、ん?」  
と、暫く歩いた所で、奇妙な物を見つけるリムルル、  
何か大きな塊が道に転がっている。  
「ん〜?これ、何だろう……?   ………えっ………!?」  
覗き込み、正体を確認した所で、絶句するリムルル。  
彼女が見つけた物は、少し前までは生きていたと思われる、  
人間の亡骸だった。若い男で、ほぼ一撃、肩から腰にかけて、  
大きな袈裟形の傷があり、血が着いている。  
「と、とにかく…、落ち着かなくちゃ…。」  
気をつけて死体を見ると、妙な点に気付いた。傷口に近い部分だけ、  
何故か水に濡れている。恐る恐る触ってみるリムルルだが、  
やはりそれは血ではなく水であった。日の光を受けて、怪しげに光っている。  
「これ…、やっぱり水だよね…、でも何で……?ついてるの傷に近い所だけだし…。」  
色々と頭を捻って考えてみるが、やっぱり原因なんて分からない。  
「あー、もうっ!訳分かんないよぉ〜っ!とにかく、何とかしてあげなくちゃ!」  
と、死人を弔ってあげる為に、道具を集めに駆け出すリムルルだった。  
 
 
「ん〜と、よし!とりあえずはこれ位でいいかな〜?」  
暫くして、周りで枝を集めていたリムルルは、一旦戻ろうと  
考え、死体のあった場所に引き返そうとしていた。  
両手に木々を抱えて森を走るリムルル、と、急に何故か  
その足が止まった。  
「…………!?」  
かすかに、ほんのかすかに葉のすれる音が聞こえた。  
本来ならば聞き取る方が困難な音だったが、  
自然で養われた感覚は、どんな些細な音でも逃さない。  
キッと音のした方の茂みを睨み、音の止むタイミングを  
見計らって、手に持った枝を勢い良く茂みに投げつけた。  
「たぁーっ!」  
カコン、といい音がしたと思ったら、茂みからよろよろと  
何かの姿が現れた、そして、隙を与えまいと、間髪入れず  
鞘から刀を抜き、斬り付けた。すると、ここで  
予想だにしない事態が起こった。  
"わ…!わわっ!?ちょ、と、止めて〜!"  
と、急に頭の中で声が聞こえた、リムルルは驚いて、  
とっさに刀の軌道をずらす、幸いにも、刀は曲者の  
すぐ横で地面にめり込んでいた。そして、  
今一度曲者を見ると、その正体に気付き、唖然とする。  
「あ………、え……?えぇ………!?」  
驚きでまともに喋れないリムルル、先程からの曲者の正体  
は、森の中を、リムルルを探し続けて、泥まみれ  
木の葉まみれになった相棒、コンルの少し情けない姿  
だった。相棒との急な再会に喜び駆け寄るリムルル。  
「コ、コンル〜!会いたかったよぉ〜!」  
と、コンルを抱き上げて頬擦りするリムルル、しかし、先程  
から散々な目に遭わされたと言わんばかりに、少女の頭に氷を一粒こつん、とぶつけた。  
 
「い、痛いよぉっ!何するの〜!?」  
不意打ちに講義するリムルルだが、それはこっちの台詞と  
言わんばかりにコンルも猛反撃。  
"何じゃないよっ!いきなり物投げたり、  
 斬りつけようとしたくせに!"  
全て理の通った言い分なので、リムルルとしては何も  
言うことができない。何かを言おうと口を  
ぱくぱくさせているリムルルに向かって、コンルが  
これまでの事を説明して欲しいと言ったので、リムルルは  
これまでの経緯と、これからのおおよそを、道を戻りながら話した。  
 
「大体、こんな感じだよ。………あれ…?」  
死体があった所まで戻ったリムルルは、大きな異変に  
気付いた。その死体があった場所に残っていた物は、  
それの物と思しき薬師の服と、その周りにまとわり  
付く大量の泡だけだった。呆然とするリムルルの姿に  
不審を覚え、コンルは声を掛けた。  
"どうしたの?リムルル。これがさっき話してた事?"  
その問いに、どことなく不安げに答えるリムルル。  
「う…うん、そうなんだけど…、何か変だよ…。」  
そう言って、まるで人間の仕業ではないと言いたげに  
周りをきょろきょろと見回す。それにつられてコンル  
も周りを警戒する。すると、コンルは急に違和感を  
覚えた、人外の気配を察し、その方に向き直る。  
"あ…………!!"  
唐突に驚いた様な声を出し固まるコンル、  
それを見てつられてリムルルも振り向いた。  
「コンル………?」  
と、目の前に急に飛び込んできた驚きに、  
はっと息を飲むリムルル。  
 
「え……!?いつ……から……!?」  
振り向いた先には、水色で、地に着かんばかりの  
長い髪の毛に、袴だけを身に着け上半身を青空の下に  
さらす、男の姿があった。腕には、青白く光りながら  
水を滴らせる奇妙な腕輪をつけている。  
「ふむ…、これしきも気付かぬとは、愚かだな…小娘よ。」  
静かに口を開き、厳格で威圧的な口調で、男は  
口を開いた。すると、その声にびくりと肩を震わせる少女、  
それを見て、男は尚も威厳を効かせた声で、付け加える様に言った。  
「我が名は水邪…、神なる者だ…。」  
そういうと、その男、水邪は不気味な笑みを浮かべた。  
 
一方、閑丸はというと、いつもより少し遅起きで、  
遅い出発となっていた。目の前には昨日と同じ街道。  
昨晩の雨で、ところどころが日の光を浴びて、  
鏡の様にきらきら輝いている。最近よく降るな、などと  
他愛の無い事をえながら、足を前に進める閑丸、が、  
事態は突然に起こった。急に何者かが背中を勢いよく突き飛ばしたのだ。  
「うわぁっ!?」  
為す術無く、閑丸は前のめりになって倒れてしまい、  
それでも、ぶつかって来た物の正体を確認すべく、  
後ろを振り向いていた。するとそこには、泥まみれの  
物体が転がっていた。一見すると泥団子だが、  
それにしては少し大きいし、形が整っている。  
 
何かと思ってそれを両手で拾い上げてみると、  
それは勢いよく跳ね上がり、宙に浮かび始めた。両手を  
胸元まで上げたままの格好で止まる閑丸の頭めがけて、  
泥団子もどきが再び突進を繰り返す。勢いで  
着いている泥が飛び跳ねる。ふと、額に違和感があった。  
泥の感触は勿論だが、またそれとは別の感覚、  
まるで氷を当てる様な感触が伝わってくる。  
そして、泥がはがれて本来の姿が現れ始めた時、  
ようやく全てに合点がいった閑丸だったが、それにただ  
驚く事しか出来なかった。  
「き、きみは…コンル…なの…!?」  
泥団子もどきの正体は、リムルルの相棒であり、  
氷の精霊の、コンルであった。そして、コンルがいると  
いうことは、本来ならばリムルルが近くにいる  
という事だ。閑丸は、この場から離れたい気持ちで  
一杯だった。どう顔を合わせれば好い?  
どう説明すれば好い?どう謝れば好い?頭の中に  
そんな問いをぐるぐると巡らせていると、突然、  
コンルが袖を引っ張った。危うくまた転びそうになるが、  
御構い無しに袖を引っ張り続けるコンル、その様は  
「ついて来い」と言ってる様にも見える。そういえば、  
先程からリムルルが現れる気配が一向に無い、  
彼女の身を案じて、コンルに問いかけてみる。  
「もしかして、リムルルさ…、リムルルに何かあったのかい…?」  
するとコンルは、細かく縦に二回揺れ、  
来た道を戻り始めた。閑丸は迷わずその後に従う。  
本当に彼女が心配だから、先程まで巡っていた  
問いなど気にならなかった。そして、コンルを  
絶対に見失うまいと、全力で走っていった。  
 
その少し前、リムルル達は水邪なる男と、沈黙の  
睨み合いを続けていた、今にも飛び掛らんばかりに  
警戒するリムルルと、余裕そのものの表情で  
立ちすくむ水邪。リムルルの格好を観察している  
様子も見て取れる。視線を元に戻すと、水邪が沈黙を破った。  
「…ふむ、近頃は似た格好をよく見るな。確か、昨日見かけた輩も、  
同じ様な格好の女であったか。尤も、昨日の女は動物を連れておったが…。」  
その一言で、リムルルも、慌てた様子で口を開く。  
「…動…物!?姉様に会ったの!?」  
その様子を見て、面白そうに口の端に笑みを浮かべて、水邪が続けた。  
「ほう…?小娘、あれは貴様の姉なのか…?」  
ここに来て急な手掛かりに出会って、感情を  
抑えようともせず、問い続けるリムルル。  
「お願い、ずっと探してたの!どこに行ったのか…  
 知ってるのなら、教えて下さい!」  
そんな必死なリムルルに構わず、水邪はあっさりと答える。  
「さて、知らぬな、私の気配に気付いて逃げられた様であった  
 からな。それとも、貴様はまだ気付かぬと言うのか?」  
リムルルは、水邪が何の事を言っているか分からず、  
聞き返す事しか出来なかった。  
「え……?何の事?」  
"人間じゃ、無いんだよ"  
隣で浮かんでいたコンルが、静かに、そして  
かすかに震えの混じった声で答える。  
"体は人間の物みたいだけど…、違う…"  
頭の中に、唐突に、その答えを続ける。  
 
「嘘…、人間じゃ、無い…?」  
よく注意してみると、周りに渦巻く邪な  
気に混じって、水邪からもかすかに妖気が感じられる。  
「…漸く気付いたか、…しかし、このまま逃がすつもりなど、  
 毛頭に無い。」  
水邪は冷たく言い放ち、腕を前に突き出すと、  
腕輪から先の手指の部分が、五本の水の  
触手に化け、蛇の様にうねりながらリムルルに襲いかかった。  
咄嗟の反射でなんとか避け、ハハクルの  
鞘に手を回し、構える。ふと、元の場所に  
目をやり、触手の通った後の草が、ざわざわと  
不気味な音を立て、泡となって消えるのを見て、  
先程の光景が目の奥に戻って来た。  
「…!?これ、まさか……!」  
気付いたか、という様な顔で水邪は返す。  
「薬師の様だったが、しつこく楯突くのでな。」  
一息おいた後、水邪はリムルルが思った通りの答えを口にした。  
「そうだ、私が殺してやった。」  
その言葉が、戦闘開始を示す合図となった。  
リムルルの目つきが怒りの形に変わり、膝を  
軽く曲げると、反動で跳躍する、そして、  
不意をついて一瞬で水邪の懐に飛び込むと、  
鞘から抜いたハハクルで横一文字に斬り付ける、  
手応えは確かにあった。が、切られたはずだった  
水邪の体が水の触手になって弾け、腕にまとわり  
ついて来た。じっとりとした感触が服を通して、  
腕に広がる。しかし、冷静に、返す刀でその水を  
降り払い、後ろに注意しながら飛び退く。腕に  
ついた水からは、普通の水とは違い、粘着性が感じられる。  
 
「…ほう、只の小娘かと思ったら、存外出来るではないか…。」  
水邪の嘲り言葉など気にもせず、袖に着いた  
水を払い落として、きっと水邪の方を睨み据えながら言った。  
「そうだよっ!姉様に一生懸命教わったんだから、負けるもんかっ!」  
強気な台詞を放つリムルルだが、心の中には  
焦りがあった。何せ、相手の方が何枚か上手  
である。全力でかかってもどうなるか  
分からない、故に、好機は水邪が油断している  
今しかない。そんな事を考えながらも、体は  
水邪との間合いをじりじりと詰めていく。幸い  
こちらの手の内は完全には明かしていない、  
先程の様な力押しの奇襲ではなく、確実に  
詰める奇襲をしかけるにはもってこいである。  
リムルルがちらりとコンルに向けて目をやると、  
コンルもこちらを向き、縦に一揺れ。どうやら考えている事は同じらしい。  
「行くよっ、コンル!」  
と相棒に合図を送り、リムルルは  
水邪めがけて全力疾走する、そして最初に、  
刀を腰だめにして、突きを繰り出す。  
が、鋭い金属音と共に、初撃はあっさりと  
弾かれてしまう、しかし、リムルルは  
すぐに次の攻撃動作に移っている。動揺や  
迷いといった物は微塵も感じられない様子で、  
正確に自分の考えを動きとして表していく。  
「たあっ!」  
反動をつけて、思い切り逆袈裟に斬り付ける。  
が、これは飛んでかわされる。  
 
「ふん、鈍い刃だな。」  
こうも簡単に避けられてしまっているのに、  
まだリムルルは冷静である。何故なら、  
攻撃を避けて飛び上がっている水邪に、最後の一撃を用意しているからだ。  
「コンルーっ!お願いっ!!」  
そう叫ぶと、コンルは水邪の頭上から、  
水邪の二倍はあるかという氷の塊を落下させた。巨大な氷塊が水邪に襲い掛かる。  
「何…!?」  
水邪の眉がかすかに動いた、この体位ならば  
絶対に避ける事などできない、その回避  
できない体位まで追い詰め、止めの一撃。  
それが、出鱈目に刀を振るっていた様に  
見えたリムルルが考え出した奇襲だった。  
氷は水邪ごと地面に落下すると、地を  
揺るがすかの様な音を立てて割れ、土埃を  
巻き上げる。リムルルは、固唾を飲んで  
それを見つめる。暫くたつと、土埃が  
晴れてくると同時に、予想外の光景が目に  
飛び込んだ。氷の下敷きになった筈だった  
水邪が、こちらを向いて立っている。水邪の  
周りには薄い水の膜が、水邪を包む様にして、そこにある。  
「あ……そ…んな…!?」  
あれだけ手を尽くしたのに、あちらはそれを  
更に凌ぐ手を持っていた、円月。自分の周りに  
水の防壁を巡らせ、全ての攻撃を無にする防御方法。  
水邪の目は先程とは違い、不機嫌そうに眉が少し釣っている。  
「これだけ、か。退屈させてくれるな…。」  
一瞬の少女の動きが止まる、その隙を敵が見逃してくれる筈が無い。  
 
「行くぞ…、翔月…!」  
水邪の腕輪から、水が刃の様に形を作ると、  
水邪が両腕を広げ、凄い速度で回転しながら  
リムルルに向けて突っ込んで行った。辛うじて受け止めるリムルルだが、受け止め方が浅い。  
「…う……わ……っ!」  
キィン、という金属音と一緒に、  
ハハクルが中に舞う。そして、咄嗟に  
前を向くが、そこに水邪の姿は無く、  
まさか、と思い上を向いた時には、既に  
遅かった。水邪はリムルルに向かって、  
上空から突進を放っていた。  
「甘いな…、そして、鈍い。」  
水邪はリムルルの体を掴み、落下の勢いで振り投げる。  
「きゃぁぁぁっ!!」  
為す術もなく、体を宙に舞わせる  
リムルル、少女は、水邪の思惑通りに、後方にあった木に体を打ち付け、止まる。  
「うぁっ…!!い…た…っ…。」  
激しい痛みが体中を駆け巡り、立つ  
こともままならない。何かとてつもなく  
大きな物に踏み潰された様な気分だ。  
「姉様……ぁ…、閑丸…っ……」  
そして、大切な人の名を必死で声にし、  
意識は闇に飲まれていった。それに水邪は歩み寄り、気を失っている少女に言う。  
「絶えられなんだか…、やはり見当違いか…?」  
そう言い、水邪は手を水の触手に化かし、  
木ごとリムルルを縛り上げる。  
「さて。この小娘、どうしてやるかな…。」  
その言葉だけが、森に静かに響いていた。  
 
意識が戻り、体をゆっくり起こすと、そこには  
いつもの風景が広がっていた。「いつもの」と  
言っても、先程まで自分がいた風景とは全く違う。  
木々生い茂る森ではなく、真っ白な雪野原が写り、  
あの妖魔の姿はなければ、やられた時に負って  
いるはずの痛みも無い。なのに周りは、何故か人  
はおろか、生物の気配すら無い。変だと思い、  
暫く歩くことにしたリムルル、ざくざくと雪野原を  
裂く様にして進んでいく。空が晴れ渡っている分、  
余計に生き物がいないのが不気味で仕方ない。  
そうこう考えている内に、見慣れた我が家に  
戻って来た。が、やはりそこにも人の影などない。  
不安が心を覆い、リムルルは誰かの名を呼ばねば絶えられなかった。  
「おばあちゃん?姉様?ねぇ、いないの!?」  
必死に叫ぶが、その言葉は再び沈黙に飲み込まれていく。  
それでも、まだ必死に名を叫ぶリムルル。  
「おばぁちゃんっ!姉様っ!ねぇっ、返事してよぉ!」  
すると、急にそこに現れたかの様に、目の前に人影が現れた。  
「あ…………!」  
その姿に唖然とするリムルル、綺麗に揃った  
長い黒髪に、リムルルのと似た赤い装束に、  
黒髪に映える赤の髪飾り。少し幼さの残る、  
柔らかな表情の顔立ちが、優しそうな様相を  
思わせる、それは、リムルルが、慕い続ける姉、  
今まで探し続けていた姉、ナコルルの姿だった。  
「……ね……、姉様ぁっ!!」  
我を忘れ、一目散に目の前の姉に抱き寄る少女、  
瞳には涙が光っている。妹の突然の行動に  
唖然とするナコルル。  
「リ、リムルル…、一体、どうしたの…?」  
 
まるでそこに居るかが当たり前の様な物言い  
にふと、ある考えが頭をよぎった。  
「ううん、何でもない、夢、だった…の…!」  
またしても腑に落ちないと言いたげな仕草の姉に、  
リムルルが付け加える。  
「悪い夢…、姉様が…、居なくなって…、閑丸も…」  
そこまで言って、ふと考える。閑丸?あれも夢の話?  
だとしたら…、もう二度と会えないのだろうか?  
自分の中の架空の人でしか無かったのだろうか?  
だとしたら、寂しい。それに、コンルは何処に行った  
んだろう?さっきから居ない、などと考え事をし、  
ポカンとしているリムルルに、ナコルルが  
、いつのまにか、目付きの鋭くなり、冷たい目を  
している姉のが、思いも寄らない言葉を呟いた。  
「…悪い夢…、そうね、夢…。」  
急な言葉に驚き、不意に意識が引き戻される。  
普段からは想像も出来ない、澱んで、冷たい声。  
何を言っているのか?、その言葉を敢えて  
口に出さず、次の言葉を待った。豹変する様子に、  
その恐怖に、握りしめた小さな拳は小刻みに  
震えていた。ナコルルは、笑みの消えた顔で更に、冷たい声で言った。  
「本当に夢だったら…、良かったのにね…。」  
一番、言われたくなかった事を、信じたく  
なかった事を、誰よりも、何よりも慕う姉の  
口から言われた。何か大事な物を叩き壊された  
様な、そんな感覚だった。それに駄目押しをする様に言葉を発する姉。  
「私も、ここも、全て貴女の想像…、幻…。」  
 
あたりの景色が急に禍々しいものになり、形を失っていく。  
「あ……、やだ……、姉…様…」  
あまりに凄惨な光景に吐き気がし、  
よろよろと下がると、いつの間にやら  
現れた木に背中を取られ、離れようと  
足を動かそうとするが、足が動かない。  
足を引っ張ったりばたつかせてみようとするが、やはり動く気配が無い。  
「え…、な……?」  
ふい、と足元に視線を落とすと、  
生え出した根っこが足に絡み付いている。  
足だけではない、いつの間にか、長々と  
生え出した木の根が腕を、胴をも縛り上げる。  
「や…、やだ、何よ、これ…っ!」  
体の自由をあっという間に奪われたリムルルに、  
助かるべく残された道は、姉に助けを求める事  
だけだった。  
「ね、姉様…、助けて…!」  
必死で腕を突き出し、姉に助けを求めるが、  
聞こえなかったかの様に身を翻すと、そのまま  
ゆっくりと、消えていった。  
「やだぁっ!姉様っ、行かないで、行かないでぇっ!」  
やがて、根は体全体を包み込み、そこで、  
夢から覚めた。  
 
目が覚めて最初に見た物は、目の前の男から  
伸びる触手に、んじがらめにされた自分の  
姿だった。今まで敵と戦っていた事を思い出し、  
水邪をきっと睨みつける。  
「フン、やっと目が覚めたと思ったら…。」  
「あんたの仕業じゃないのっ、離してよっ…!」  
恐怖心を悟られまいと、強気に出てはみるが、  
やっぱり怖い。声が震えているのが自分でも分かる。  
「ククッ、威勢が良いのは結構だがな…、相棒とやらは  
 とっくに逃げてしまったぞ?どうにも出来まい?」  
コンルがどこかへ行ってしまったのには、  
気付いていた。目を覚ましてから居ないのに  
気付いた。第一にいたのなら、この状態の  
自分を放っておくわけが無い。でも―  
「…じゃあ、何で私に何もしてないの? これなら、  
 殺そうと思えばいつでもできたし、それに…」  
 
「五月蝿い、喋り過ぎだ。」  
と、突然水邪が割り込み、リムルルの  
口に薬瓶と思しきものをねじ込む。  
突然の事に、つい中の液体を飲み込み、咽る。  
「んっ…!?む…ぅ…!んぐ…、かはっ…!けほ、けほ…!」  
鼻をついて離さない甘ったるい匂いと、  
吐き気のする位に口の中に広がる甘い味。  
リムルルは咽こみ、瞳を潤ませながら、水邪に問答する。  
「けほっ!なに…のませたのよぉ…っ!けほ…っ!」  
「ふ…、即効性だ、直ぐに分かる、さて、どれ程の物か…。」  
水邪の言う通りに、リムルルの体には、  
すぐに変化が現れ始めた。体が、  
熱湯にでも放り込まれた様に、じわじわ  
熱を帯び始め、それと同時に、何か甘い様な感覚と、疼きが体を満たしていく。  
 
「な、なに…?ぼーっと…、する…、力も、入ら…ない…」  
息も荒くなっていき、頬を桜色に染めながら、もう一度水邪に問う。  
「はぁ…、はぁっ…、な、に、のませたのよっ…!」  
水邪は楽しんでいるかの様な笑みを作ると、淡々と言い放つ。  
「気付いていないのか、認めたくないのか…。  
それは媚薬、だ。薬師の持ち物だった様だがな。」  
媚薬?聞いた事の無い言葉だった。何か  
如何わしい薬なのは確かなのではあろうが、  
免疫のない少女にそれ以上の事は分からない。  
「び…やく…?」  
頭がぼぅっとしているせいで、単語単位の  
質問を絞り出すのが限界だった。体の火照りと、  
何かの疼きは体を走り回り、考える力を更に添いでいく。  
「そうだ。貴様ら人間どもの言葉を借りると、飲ませた物を  
 性的な興奮状態に誘う薬、だそうだが…、成る程。」  
一人で納得する水邪と、何が何だか分からないリムルル。  
そして、その言葉を全部納得した頃には、水邪が  
抵抗できない自分ににじり寄って来るところだった。  
「せいてき…?ちょ…、や、めて…、やめて…!」  
「聞こえんな。」  
リムルルの必死の抗議を一掃すると、  
再度腕を触手に化かし、胸倉から  
するりと服の中に入り込む。リムルルは  
その様を見る事しか出来なかったが、それが素肌触れた瞬間。  
「…ひゃぁっ!!」  
思わず声を上げてしまった。異様な痺れが、体中を走り回ったのである。  
 
「な、なに…今の…、前みたいな…」  
それを見て、尚もにやついた顔の水邪がリムルルに、  
「ふっ…、これしきで声をあげるとはな…。」  
などと呟くが、当の本人は未だに状況が整理出来ていない。  
「…?な、んのこと、よぉ…。」  
片手を服の中に突っ込んだまま、話を続ける水邪。  
「ふむ、分からぬ様だな、では、これならどうだ…?」  
と、そう言い、服の中にある触手を動かし始めた。  
胸の辺りを中心に、上半身の至る所をまさぐる  
様子が、服越しに確認できる。  
「ぅ…あ…、き、気持ち、悪いっ…、やめてよぉ…!」  
やっぱり、さっきから確実に体が変だ。  
不気味なほどひんやりする触手に  
撫でまわされているのに、気持ち悪いはずなのに、  
体が触られた部分からじんじんと火照り、意識がぼんやりする。  
「は……ぅあ……んっ…!」  
そしてとうとう、口が勝手に言葉を  
紡ぎ始める、既に頭の中は、敵が眼前に  
いるのに靄がかかったかの様になっている。  
あの晩の時の様に。そうすると、  
自分の体はやっぱり、あれを快感と認識し、  
求めてしまっている。そう考えている最中、水邪が言葉を呟く。  
「さて、…馴れ合いも終いだ。」  
 
一瞬、その言葉が何を意味するか  
が分からなかった。が、次の瞬間、  
水邪が起こした行動で、いやという程に  
その意味を思い知る事になる。  
水邪は、少し間をおくと、服の中に  
潜り込ませた触手を、一気に体中に這わせた。  
「う…あぁぁ…!」  
押し寄せる強烈な快楽が意識を  
呑み込みそうになる。気を失って  
しまいそうになるのをどうにか堪えるが、  
次々に襲い来る触手の感触を、どこまで押さえ切れるか等時間の問題だった。  
「い…、嫌ッ!や…め…、やめっ…!んぁっ!」  
もはや、限界だった。澄んでいる  
はずの瞳が、虚ろになり始めた。身に  
襲い来る快楽に身を任せれば、きっと楽になれる。  
「もう…、わたし…、駄目…だよ……。」  
禁断の思考が頭の中で騒ぎ始めた時、  
何かの音が確かに聞こえた、聞こえている。  
草のすれる様な音、枝を払いながら  
突き進んでくる物音と、軽く速い足音。  
目の前の敵はまだそれに気付いていない。  
水邪がそれに気付いたのは、まさにそれが  
眼前まで迫った時だった。水邪の後ろに  
聳え立つ木が、なぎ倒された瞬間の水邪の顔は、  
驚きのそのものだった。拍子に、水邪の体が  
元に戻り、がんじがらめだったリムルルの  
体が解き放たれた。体が自由になり地面に  
ぺたり、とへたりこむリムルル。触手に  
這われた跡が水気となって服に残っている。  
突き進んで来た物は、鋭く回転し、弧を描いて  
持ち主の手へと帰っていく、綺麗な青を基調にした番傘。  
 
「傘、だと…!?何者…だ…!」  
そして、それとは対照的な、一房にまとめた、赤い髪の毛。  
「しず…まる……!」  
少女の顔に笑みが戻った。閑丸はそれに  
にこりと微笑み返すと、水邪に向かって傘を突きつけ、鬼気迫る迫力で言う。  
「リムルルさんを…、リムルルを…よくも…、許さない。」  
そう言うと、片手で傘を構え、だらりと  
足元にたらす。傘と刀を存分に扱う為の、閑丸独自の戦闘スタイル。  
「何の関わりかは知らぬが、あまり調子に乗らぬ事だ…。」  
虚を突かれた事で、少し不機嫌な水邪がそう言う。  
しかし、閑丸はたじろぐ様子もなく、続ける。  
「例えあなたの力が僕より上でも…、それでも関係無い。  
 僕は…僕のたいせつな人の為に…負けない。」  
リムルルはぽぉっとした表情で、閑丸の  
横顔を見つていめる。この状況で不謹慎、  
と思われるかも知れないが、嬉しかった。  
先程、普通に呼んでもらった事も、確かに  
嬉しかった。けど、目の前で堂々と  
「たいせつな人」とか言われると、嬉しさの  
反面、ものすごく照れくさい。  
"シアワセだねぇ、リムルルは" とコンルが  
言ったのが聞こえた気がした。頬を染め、  
ぎゅっと両手を握り締めて、強く思った。閑丸は、絶対に勝ってくれる、そう信じている、と。  
「調子に乗るな、と言った筈だ…!」  
水邪が口調を強めて叫ぶ、水邪の肩ごしに  
リムルルがびくりと震えたのが見えた。  
が、閑丸の方はまたも同じもしない、そして  
閑丸の方から死合い始めを口にした。  
「いくよ…、いざ、尋常に…!」  
「凡愚の分際で、神たる私に抗うか…!」  
憤慨した水邪が、始めに一撃を繰り出した。  
 
「己が分を知れぇっ!翔ォ月ッ!」  
水の刃を自分の体ごと回転させて、  
自ら突っ込む、リムルルの刃を弾き飛ばした  
技、翔月。それを背の大太刀で受け止める。  
その刀、大祓禍神閑丸。今まで閑丸の命の  
繋ぎとなってきた刀である。その大太刀で  
上手く衝撃を流すが、また次の攻撃が飛んでくる。  
水邪の猛攻、そう呼ぶに相応しい攻撃だった。  
水を巧みに操り、まるで、蛇がうねり、  
噛み付く様に、受けるので精一杯の攻撃を繰り出してくる。  
「く………っ!」  
閑丸が何とか浅くなった所を弾き飛ばす、すると、  
その反動で宙に舞った水邪が、更なる追撃を行う。  
「小僧、拍子抜けだな!…シャアァッ!」  
両手を閑丸に向けて振りかぶると、両手の腕輪、  
屡堵羅の環が鈍く光り、鞠ほどの大きさの  
青い球が2、3個程閑丸に向けて飛びかかる。  
「…たぁっ!」  
閑丸は傘を大きく開いてそれらを打ち落とし、  
ふと視線を戻すと、先程と同じ場所に、息一つ  
乱していない水邪が立っていた。  
これはまずいな、あれだけ攻めて息一つ  
乱していない。受けるのが精一杯だったのに。  
やはり、自分で語る事はあり、相当のやり手  
である。それでも何とか、勝機を見出さない訳  
にはいかない。  
「はぁ…はぁ…、何か、無いのか…!?」  
 
そうしていると、どこからか急に声が聞こえる。  
『簡単な話さ…。』自分の様で、違う様な  
気もする声。その声は答えを知っていると  
言う、しかし、空耳なのだろうか、何故か  
目の前の男には聞こえていない。その時。  
―ドクン――  
「…がぅっ…く……!」  
急な動悸が襲い来た、こらえ切れずに膝をついてその場に屈む。  
「閑丸…!?」  
「……?  
「ぅ…く、……!」  
水邪が怪訝そうな顔をし、リムルルが  
心配そうな声をあげるが、その声すらも  
届かない。やがて、また頭の中にあの声が聞こえた。  
―ドクン――  
『殺すんだ。』  
その声ははっきりとそう言った。  
「殺…す…?」  
―ドクン――  
「うっ……殺す………ぐ……!」  
『そう、僕が手伝ってやる、僕達であいつを殺すんだ。』  
その声が終わったと同時に、動悸が一段と激しさを増す。  
―ドクン――  
「う……ぐ…あぁぁぁ!!」  
頭の割れる様な痛みで、閑丸の意識は闇へと飲まれた。  
 
 
 
「………る……、……ずまる………、閑丸……!」  
誰かが、自分を呼んでいる。  
声が聞こえる。一体、誰の……?  
「閑丸!ねぇっ、しっかりしてよぉ、閑丸!」  
あぁ、リムルル、無事だったんだ…。  
「ぅ……う……。」  
ゆっくりと目を開けると、泣き腫らして目の周りを  
赤くしたリムルルが、こちらを向いていた。  
コンルも身を案じて、こちらへ乗り出している。  
「閑丸…!よかったぁ……」  
少しして、閑丸はようやく、自分が意識を失って  
いた事に気付く。リムルルが必死にゆさぶった  
証拠に、服に少し泥がついている。しかし、  
自分が暫く気を失っていたとすると、二人が  
二人無事なのは妙だし、何故かさっきの男も  
見当らない。リムルルに聞いてきちんと  
整理しておこうと、ゆっくりと立ち上がると、  
また頭痛が起こる。  
「あ…痛ぅ……。」  
ズキズキとする痛みと共に、何かが頭の中に  
見える。始めは砂嵐のかかった様に、  
ハッキリしなかったが、砂嵐がだんだん晴れて  
くるかの様に、頭の中に像が映し出される。  
二人の人間が、死合っている様が見える。  
一人の人間が、一人の人間に、一方的に  
押されている様が見える、しかし、まだ  
誰かというまでははっきり見えない。  
 
やがて決着がつく、振りぬいた斬撃が、  
さっきまで押されていた方の人間の体に、  
刃がつき立てられる。そして、その体から  
血が飛び散る。やられた方の人間が辛くもその  
場から逃げ出し、倒した方の人間がこちらを向く。  
その瞬間、砂嵐が完全に消えて、像がはっきりする。  
「あ…馬鹿な、あれは…  あれは、僕…」  
像が晴れて見えた人間は、確かに、水邪と  
対峙していた閑丸そのものだった。が、  
当の本人の意識は闇の中だった筈だ。解せない事態を、リムルルに説明して貰う事にした。  
「リムルル……、僕、どうなったの…?」  
いきなりの質問に、リムルルは「へ?」と驚きながら答える。  
「えぇと、閑丸が思い切り叫んだ後、何か、  
 とても凄く、怖くなって、あっという間に  
 あいつを倒して…、でも、あいつは逃げちゃった  
 けど…それで、…それで、その後すぐに倒れて……、  
 わたし、どうしたらいいか分からなくて、一生懸命に……  
 呼んだんだけど…ひっく…、う……返事してくれなくて…  
 うぅ……、わたし、死んじゃったかと思って…、すごく、  
 うぇ…、すごく心配して…、ひっく、でも…さっき目が  
 さめて…、う……、本当に…目がさめて…よかった…  
 よぉ…!」  
途中から、涙声になり、しゃくりあげながら、  
リムルルが説明を終えた。その目には、また  
大粒の涙が光っていた。涙をこぼす相棒の周りを、  
コンルも心配そうに回っている。  
 
やっぱり…、あれは僕…。初めて見た…、あれが…  
僕の中の僕…。鬼の様な自分…。  
危機に瀕した事で、覚醒した、もう一人の自分。  
しかし、未だにその正体はよく掴めてはいない…。  
が、今はそれより…。  
閑丸は目の前で、今まで自分を心配してくれて、  
今は必死に涙を抑えてうつむく少女に言った。  
「リムルル…、…ごめん、心配かけて……それと……。」  
次に言おうとしている言葉が何か分からず、  
不思議そうにちらを見つめるリムルル、  
閑丸はその少女の肩の後ろに手を回し、強く、温かく、抱きしめた。  
「…遅くなって、本当にごめん。」  
リムルルは少し驚いた様な顔をするが、  
すぐに顔は涙に染まり、頬に涙を伝わせながら、閑丸の胴に腕を回し、返す。  
「…ぅ…、ふぇ…、許さないん…だからぁ…」  
溢れる涙を隠そうともせず、少女は続ける。  
「わたし、ひぅっ……すごく悲しくて…、  
 寂しくて…。でも、ひっく…やっぱり、  
 うぇ…来てくれて…嬉しかった…!わたし、  
 やっぱり閑丸のこと、好き…だから…!」  
自分が愛する人の前で、全ての気持ちに正直になる。  
とても綺麗で、素晴らしい事だと思った。  
だから、閑丸も、自分に正直になる事にする。  
「僕も…、ずっと引っかかってた…。  
 なんで考えるだけでこんなに苦しいんだろうって。  
 でも、もう一度会ってはっきり分かった。  
 僕もリムルルが…、好きなんだって。」  
抱きしめる力を少し強める。すると、自分の胴にも  
少し強い力が伝わってくる。  
 
「もうずっと、一緒だよ?絶対に、いなくならないで…!」  
二人は絶対の約束を交わし、顔を序々に近づけ、  
「うん、ずっと、一緒にいるから。」  
唇を重ね合わせ、自然と地に倒れ込んだ。  
「ん……、リム…ルル…。」  
一度唇を離し、少女の名を呼び、本能に従ったまま、  
羽織を脱がせていく。  
「え、えへへ…、ちょっと、恥ずかしいなぁ…」  
頬を桜色に染め、恥じらいながらリムルルが言う。  
やがて、絹の様な肌が露になる。  
すると、また唇を重ね、舌を絡める。  
そして、片手で、発展途中の胸に手を近づけ、  
乳首に触れる。  
「ん……ふ…ぅ…。」  
リムルルが体を少し捻り、口の中で甘い声を漏らす。  
成長途中で敏感なのに、媚薬の効果が相まって、  
前の何倍もを感じてしまう。  
それに気付いた閑丸は、乳輪をゆっくりなぞったり、  
乳首を少し強く摘み上げたりする。  
「は…ふぅ…、んぁっ…!」  
やはり刺激に耐えられず、体を捻らせるリムルル。  
今度は下に手を伸ばしていき、半袴に手を入れる。  
「や…ぁ、まだ、そっちは…!」  
リムルルは抵抗を試みるが、胸への愛撫と、  
少し残っている薬の効果で、弱々しいものに  
なってしまう。やがて、手が下着に到達すると、  
そこはもう、少し湿り気を帯びていた。  
試しに下着の上から秘所を刺激する。  
 
刺激しながら、問うてみる。  
「どう、気持ち良いかな…?」  
「い、言ぇない…よぉっ!ひぁっ!う……あぁっ…!」  
喘ぎながら、腰を動かすその淫らな仕草が、  
閑丸を余計に興奮させる。今度は秘所を  
直接、それと、口を使って胸を刺激する。  
「え…ちょ…!両方、なんて…!」  
「駄目なの?それとも、気持ち良いの?」  
などと意地悪めいた質問をしてみる閑丸。  
「い、そ、恥ずかしいよぉ…」  
指を秘所に好き勝手に潜らせていたが、  
ある所に当たった瞬間、リムルルの反応が変わる。  
「ふあぁっ!き、気持ちいい…よぉ…!」  
閑丸が触れた場所は、彼女の一番敏感な部分、秘所の  
中にある蕾に触れたのだ。  
「む、胸も…ここも…、気持ち…いい…!」  
理性の鎖が外れ、ありのままの気持ちを口に  
し始めるリムルル。これを好しと見て、閑丸も愛撫をいっそう強くする。  
「綺麗、だよ、リムルル……!」  
「ぁんっ!うぁあ!閑丸、凄い、よぉ…!」  
やがて、限界を超えたリムルルは、絶頂を迎える事になる。  
「んはぁっ!し、閑丸…、も、う……だ…め…!うあぁぁぁぁ!」  
体がびくりと弓なりに跳ね、秘所がら大量の愛液が出る。  
そして、しばらく余韻に浸った後、リムルルが唐突に言う。  
 
「はぁっ…、はぁっ…、閑丸も、気持ちよくならなきゃ…」  
突然の言い分に、少し戸惑う閑丸。  
「え…、それってどういう…?」  
そういうと、また、始めの様にうつむきながら喋る。  
「わ、わたしに言わせないでよぉ……   
 その…………れて…………。」  
自分なりに真剣に聞き取ろうとしたが、最後の方  
が小声すぎて、聞き取りづらい。  
もう一度、繰り返してもらおうと質問する。  
「…?ちょっと、よく聞こえなかったよ。」  
「ぇ…!?その…、閑丸の………を、  
 わたしに入れて……。」  
小声だったが、大方の内容は聞き取れた。でも、それは…  
自分で矛盾を生む事になる、自分で彼女を穢す事になる。  
「でも…、でも、僕は…!」  
思わず、少し叫んでしまう。  
しかし、それを上回らんかの声で、リムルルも言う。  
「わたしはっ、閑丸に…閑丸にいて欲しいの!  
 もう、何処にも…行かないでっ…!」  
初めて気付いた。頭を鈍器で殴られた様だった。  
自分がよかれと思ってやった事で、リムルルは  
こんなに傷ついてしまっている。姉と離れてしまった事で、  
誰かと離れる事に敏感になっている事は  
気付いている筈なのに、それでも、彼女の為と自分に  
言い聞かせながら、自分の弱さから逃げていた。  
「僕は……ばかだ……。」  
閑丸は、リムルルを静かに地に抱き伏せる。  
「閑丸……?」  
リムルルが少し心配そうに尋ねると、閑丸は  
静かに、そしてはっきりとこう言った。  
 
「本当に……良いんだね…?」  
その言葉に、リムルルはにっこりと笑顔で答えた。  
「…うんっ!」  
閑丸は順々に服を脱いでいく。やがて、服を全て  
脱ぎ終えると、先程リムルルへの愛撫に興奮  
した様で、いきり立つ男性のそれが見える。  
初めて見るそれに、関心をしめす少女。  
「ふえぇ…これが……」  
まじまじと見られると、やっぱり少し恥ずかしい。  
と言っても、先程自分がしてた事を考えると、  
おあいこ、と言うかおつりが来てしまう。  
とはいえ、やはりこの仕打ちは耐え難い物が  
あるので、行為に移る事にする。リムルルを  
仰向けにし、再び手を下に下ろして半袴を脱がせる。  
すると、上半身と同じ、絹の様な綺麗な下肢が  
露になる。秘所は既に先程の事で濡れている。  
閑丸は一息、息を大きく吸うと、リムルルを  
腰から抱える様な状態で、自分の物を挿入する。  
「う……っ、く……は……!」  
思いも寄らない事態が起こった。  
挿入を始めた所で、リムルルが苦しそうな  
声を上げ始めたのだ。  
「り、リムルル……!?」  
閑丸はまだ知らなかった。最初に入れる時に、  
少女が表し様のない痛みを伴う事を。  
心配そうに少女の名前を呼び、入れている  
物を抜き出そうとするが。  
「…や…めないで…!」  
とそれを制止するリムルルの声。  
「で、でも…!」  
と驚きの混じった閑丸の声。  
 
「わ、わたしは…大丈夫。大丈夫だから…  
 い、一気に…お願い…」  
苦しそうにそう言うリムルルの言葉を、  
今は只聞き入れる事しか出来ない。  
そして、少し入れたままになっている  
状態から、奥まで一気に入れた。  
「くぅ…っ、ぐ…ぁ…あぁぁ!」  
全身に何とも言えない痛みが迸る。  
さっきより苦しそうな少女を、心配そうに  
見つめる閑丸。背中に強い力で爪が立つのを  
肌で感じる。やはり男たる閑丸には分からないが、  
相当痛い物なのだろう。などと考えながらも、  
閑丸は同時にある感覚と戦っていた。  
先程は驚いて感じている暇など無かったが、  
二度目に入れた時は、危うく入れただけで  
限界を迎えそうになった。今までに感じた事の  
無い快感。四方八方から自分の物を締め付けられる。  
「ぁ……っ。」  
思わず声が漏れてしまった。自分も驚いていたが、  
少し気持ちに余裕が出来たリムルルも、驚いて  
聞いてくる。  
「はぁ…、はぁ…、閑…丸?へ…いき…?」  
息も絶え絶えに話す少女の姿を見て、  
リムルルの方が平気で無い事が分かる。  
が、それを口にはしないことにした。  
痛みを何とか紛らわしてあげようと、  
閑丸は胸を愛撫したり、舐めたりしてあげる。  
「はぁ……、ん…くぁ……。」  
痛みと快感の双方が、体を駆け巡る奇妙な感覚。  
しかし、時間を置くにつれ、だんだん快感の  
方が上に出てくる。  
 
「ぅあ……はぁんっ…!」  
再び艶のある声で喘ぎ始めるリムルルの様子に  
少し安心しながら閑丸が聞く。  
「リム…ルル…?大丈夫なの…?」  
もう大丈夫だと思った。体からは  
痛みの殆どが抜けていっているのが分かる。  
「うん、もう大丈夫。痛くないよっ。」  
少し涙の滲む目で、リムルルが答えた。  
そして、閑丸は、唐突に自分の物を入れたまま、  
腰をつき動かす。すると、淫靡な水音、  
愛液がかき混ぜられる様な音と同時に、  
物凄い量の快感が、リムルルに向かい雪崩れ込む。  
「ふぁっ!…ちょ…急に…!…んぁっ…!  
 ジンジン痺れて…、はぁん…!」  
しかし、それは腰を動かしている閑丸も同じ。  
「く……、リムルル…!凄い…!」  
後を本能のままにまかせる二人の姿。  
「ぅ…はぅ…!閑…丸、気持ち…いい…!」  
「ぼ、僕も…、凄く気持ちいいよ…!」  
そして、先に秘所が敏感になっているリムルルが  
限界を迎えた。  
「閑…丸…!わ、わたし…、またぁ…!うぁ、  
 ああぁぁぁぁっ!!」  
絶頂を迎えると同時に、大量に分泌される液と、  
更に強く締め付ける秘所に、閑丸も一気に限界を  
迎えてしまう。  
「く…、僕も…、駄目…だ…!うぁぁっ!」  
二人の目の前の視界が、真っ白になる。  
 
そして急な脱力感に、動くこともままならずに  
閑丸は図らずも自分の精液をリムルルに  
移し込んでしまう。受け止め切れなかった分が  
リムルルの秘所から少し逆流しているのが見える。  
「…ねぇ、閑丸…?」  
余韻に浸っている所、最初に口を開いたのはリムルル  
だった。行為の後の少女は、普段の天真爛漫さより、  
色気がよく見て取れる、と閑丸は思った。  
「ん?何、リムルル?」  
閑丸がそう言った後、しばらくためらった様子を  
見せて、リムルルは答えた。  
「え…と、これ…で…わたし達、ずっと、  
 ずっと一緒だよね…?」  
その質問に、閑丸は笑って答える。今までで  
一番自然な笑顔だ、と自分なりに思った。  
「うん、もう離れたりしない。…ずっと守るよ。」  
少女は「えへへ」と恥ずかしそうに受けると。  
何を思ったか小指を立てて閑丸に指し出す。  
閑丸が首をかしげると、リムルルが元気に言う。  
「ゆびきりっ!」  
一瞬素の顔に戻る閑丸だが、またすぐに元に戻り、  
リムルルの小指と、自分の小指を堅く結ぶ。  
繋がった小指は、夜明けまで離れる事が無かった。  
 
 
翌日、閑丸が少し速く起き、出発の拵えをしていると、  
リムルルが目を覚ました。こちらも少し早い。  
「あれぇ…?閑丸、早いねぇ〜、わたしの方が  
 早く起きたと思ったのに〜…。」  
ややのんびりした口調と、寝惚け眼でそう言う。  
どうやら、まだ少し眠たい様だ。  
「無理しなくて良いよ?まだ時間あるし。」  
きびっと答える閑丸に対し、まだのんびり答える  
リムルル。  
「うぅ〜ん、でも、折角起きたし、起きてる〜。」  
しかし、やはり眠たそうな少女の様子に、閑丸は  
苦笑しながら答えた。  
「なら、先に顔を洗っておいでよ、目も覚めるし。」  
そう言うと、リムルルは「ふわぁ〜い」と返事をし、  
近くの川へとふらふら歩いていった。  
暫く歩くと、少し浅く、しかし綺麗な川が見えた。  
冷たい水で顔を洗ってさっぱりすると、どこからか  
ともなく、コンルがやってきた。  
「あ、コンル、おはようっ♪」  
"おはよう〜"  
頭に聞こえる声が、少し眠たげである。  
やはり精霊でも、眠くはなる様だ。  
それを見て、何か良い事でも考え付いたのか、  
少女が悪戯っ子その物の笑顔で言う。  
「ねぇ、コンル?眠たいならこうすると好いよ?」  
 
と言うと同時に、コンルに両手の水を  
勢い良くぶつける。  
"はわぁっ!?"  
突然の事に、少しバランスを崩すが、すぐに  
立て直して、憤慨する。  
"リムルルっ!?"  
「あはははっ!コンル、怒った〜!」  
突進をしかけて来る相棒を、笑顔でひらりとかわす。  
すると、ころっと物憂げな声が心に響く。  
"ふぅ…、やっと、本当に元のリムルルだね"  
「あ…、その…、ありがと。  
 心配かけて、ごめんね…?」  
閑丸がいなくなって、落ち込んでいる少女を、  
一番心配し、励ましたのは、コンルであろう。  
影ながら支えてくれる相棒に、侘び礼を言う。  
が、それをコンルが予想外の行動に出る。  
ばしゃ、と言う勢いの良い水音が起こる。  
全身びしょ濡れで、川に座りこんだまま、  
ぽかんと口を開けるリムルル。次第に、  
状況が整理でき、一瞬で頭に血が上る。  
「……コンルぅっ!?」  
しかし、さっきまでいたはずの相棒は、  
こつぜんと消えている。はっと  
目をやると、一目散に元の場所に逃げる  
コンルの姿。  
「あ、こらぁー!待てぇ〜!」  
それを一目散に追う少女の顔には、  
自然と笑みが浮かんでいた。  
 
 
二人は森を後にし、日輪への道を進む。  
日輪はまだまだ遠い、二人の旅はまだ、  
始まったばかりと言う事だ。  
「閑丸ぅ〜、まだぁ〜?疲れちゃった…」  
「もう少し、もう少しで休憩できるよ。」  
「むー、早くお団子食べたぁ〜い…」  
「さ、さっきからそればっかりだね…」  
「でも、閑丸も楽しみでしょ?」  
「う、うん…」  
「じゃぁ、駆け足〜!」  
「え!?ちょ、待ってよ、リムルル!」  
漫才の様な会話をしながら駆けて行った  
二人を見つめる、一人の女性。  
黒と紫を基調にした装束に身を包み、  
首には赤い首飾り。凛とした顔だちに、  
きりっとした瞳、肩より少し長い髪に、  
傍らには、立派な狼。  
「…出てきてしまったのね…、  
 …リムルル…。」  
落ち着いた口調で、心配そうに話す主人の様に、  
狼が喉を鳴らす。  
「…大丈夫よ、あの子は強いわ。  
 できれば…、巻き込みたくなかった、  
 …それだけよ、行きましょ?シクルゥ…。」  
そう言うと、一人の女性と、一匹の狼は、  
風の様に姿を消した。  

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