コタツに入って結構時間が経つ。もう夕方だ。
リムルルはといえば、紙と鉛筆を渡してやったら喜んで
絵やら模様やらを描いていたが、まだ疲れが残っていたのだろう。
鉛筆を握ってコタツに入ったまま、座布団の上で寝息を立てている。
リムルルの手元にあった紙を拾い上げて、しげしげと眺める。
アイヌ特有の、幾何学的なようで違う独特の模様だ。
俺、結構これ好きなんだよね。
それからこの絵は・・・髪の長い女の子?あんまり上手くないけど、
恐らくは姉だろう。その隣にいる茶色い髪の子はリムルルだな。
会いたい気持ちがひしひしと伝わってくる。
さて、レポートもひと段落したし、夕飯の用意をしなくては。
どんなものを食べていたのかと聞いたら、汁物やら鍋料理やららしいので、
暖かいうどんを作ることにした。コタツから出て、台所に向かう。
鶏肉、しいたけ、にんじん、ごぼう・・・いわゆる俺のお袋の味というやつだ。
鼻歌まじりで材料の下ごしらえをしていく。
だしを火にかけてしばらく。においがしたのか、
リムルルがまぶたを重くしながらこちらにふらふらとやってきた。
「にぃ〜たまぁ〜」
「あ、起きたのか」
「ん〜・・・ん〜」
心ここにあらず、といった感じであたりをきょろきょろとしている。
「ん〜〜」
リムルルはドアの方にふらふらと向かっていくと、
そのままガチャリと外へでてしまった。
「おいおいおいおい!」
車に轢かれでもしたら大変だ。鍋の火を止め、慌てて後を追う。
階段を下りて道路を挟んだアパート正面の、
雑草だらけの空き地へとリムルルは歩いていく。
俺は二階の廊下から見ていたが、
リムルルは空き地の隅の茂みへ着くと、ジーンズを下ろしその場にしゃが・・・
「待ったー!」
あっという間に階段を駆け下り、リムルルの元へ駆け寄る。
「待て・・・はぁ、待て・・・便所はそこじゃ・・・なぶぁ」
べちーん!スナップの効いた平手が飛んできた。視界がぐるりと天を仰ぐ。
「にいさま!おしっこするとこ覗くなんて最低だよ!」
腰に手を当てて、リムルルはぷんぷんと倒れた俺を見下ろしている。
「悪かった・・・が、聞いてくれ・・・おしっこは外でするな・・・」
「へ?」
リムルルはぽかんとした表情に変わって、俺に手を差し伸べた。
「いだだ・・・トイレ・・・もとい便所は家の中にあるんだよ、この時代は」
「えー?!ご、ごめんにいさま、ちょっとわたし寝ぼけてて・・・」
「いや・・・まあいいさ・・・教えて・・・なかったしあだだ」
脳みその
芯まで届く
リム平手 兄
二人して、トボトボと部屋に戻る。
家に着くと、リムルルがほっぺを撫でてくれた。はあ。
「・・・でな、便所はここだよ」
パタとドア開ける。見慣れた普通の洋式便所だ。
「えー、女の子の場合は、こう座っておしっこ。うんちも一緒」
実際に座って見せる。
「終わったらこの紙をこう巻いて、拭くの。で、流す。分かったか?」
「わかった」
「いや、だから!トイレの中でズボンは脱ぎなさい!」
「ごっ、ごめんなさい!」
バタン!
また怒られると思ったのか、慌ててリムルルはドアを閉めた。で、しばし。
「リムルル〜、ちゃんとできたか?」
「うーん」
「ちゃんと拭けよ」
「うん」
「ちゃんと流せよ」
「わかったってばぁ!にいさましつこい!」
怒られてしまった。
ジャアアアア・・・
「あの、流れるの面白いね!水がぐるぐるーって!」
「あぁ、すげえだろ」
俺が作ったんじゃないけどね・・・
「ところでにいさま?女の子の場合は座って、
って言ってたけどにいさまはどうしてるの?」
「・・・」
「ねえ、にいさまってば」
黙殺。
これでやっとメシの準備の続きができる。
リムルルには配膳をしてもらった。
朝は気にしなかったが、どうやら箸は使えるらしい。
今夜のメニューは、うどんとおひたしと、まあそれだけだ。
湯気の立ち上るどんぶりをお盆に載せ、コタツへと運ぶ。
リムルルの目がキラキラと輝いて、そわそわと肩を上下させている。
「ごはん!ごはん!!」
「はいはい、おまちどお」
「うわー!おいしそう!!」
「熱いからな、気をつけて喰えよ」
「はーい!」
そういえば、アイヌ語には「頂きます」ってあるんだろうか?
アメリカへ行ったとき、何も言わずに食事を始めるホストファミリーに
違和感を感じたものだった。
「そうだ、リムルルちょっと待って」
「あぇ?」
はやくもうどんを箸で挟み、ふぅふぅして今まさに口へ運ぼうとした
リムルルが、口をあんぐりしたままぴたりと止まる。
「いただきます、って・・・言ってた?その、飯を食う前のあいさつ」
リムルルの表情がはっとした顔になり、ぺろりと下を出して笑う。
「失敗失敗・・・ねえさまに怒られちゃうよ。フーンナ」
「ふーんなぁ?なんか面白いな・・・よし、フーンナ!」
「うん!あ、にいさまはイヤイライケレ」
「え、男と女で違うのか?」
「えとね・・・にいさまはこの家の主だから、ちゃんとカムイに感謝するの!」
なるほど。家族を代表する、みたいな意味かな?
「よーし。では、イヤイライケレ!」
リムルルは今度こそと、下げたうどんをもう一度ふぅふぅし、
つるん、と口に運んだ。
「んんん・・・おーいっしーぃ!」
某人気アイドルグ番組の料理コーナーを思い起こさせるほどの歓声。
この子の食事のときの幸せそうな顔といったら、もう・・・!
額に軽く汗をかいた、湯気の向こうの顔がほころびっぱなしだ。
料理を作る醍醐味ってのは、やっぱり誰かに食べてもうらうことだよなぁ。
「どうやったらこんなに上手に料理できるの?」
「ん?ひーみーつ。ずぞぉ〜」
「も〜!にいさまのけちぃ!」
そう言いながらも、リムルルはニコニコ顔でうどんをすすった。
食事は人に、幸せと活力をもたらす。それは今も昔も変わらないはずだ。
リムルルに、少しでも幸せに、少しでも元気になって欲しい。
そんな願いを込めたのが幸いしたのかもしれない。
飯を食い終わり食器を下げ、一息つく。
リムルル・・・この子がうちに来て、これで一日。
何というのか、久しぶりに日曜らしい日曜を過ごしたような。
しかし、この子にはれっきとした目的がある。
「で、リムルル?これからの事だけど」
サッカーの中継をぼんやりと眺めていたリムルルが、
こっちに視線を向ける。当然ながら試合の内容はわかっていない。
「うん・・・姉様の事ね。わたし、明日にでも探しに」
やっぱりそうか。しかしあまりにも無謀じゃないだろうか。
「探すあてはあるのか?言ったとおり、ここら辺には
自然は一握りしかない。災いを封じ込めて自然を守っているのなら、
姉さんは自然の中にいると考えるのが普通じゃないか?」
「うーん・・・たぶん、そう。お昼に行った広場で、姉様を感じた」
「感じた、ってことは近所か?」
「わかんない・・・けどにいさまの言うとおりだ。多分どこかの山奥か、
森か・・・にいさまお願い!この近くでどこかそういう場所・・・」
「待て、リムルル」
少し厳しい口調で諭す俺に、リムルルはびくっとして口をつぐんだ。
「早まるんじゃない。確かに早く姉さんを見つけたい気持ちもわかるし、
自然の中で生活する方法も知っているんだろ。だけどな、お前一人じゃ・・・」
「・・・」
リムルルの表情が少し曇るが、黙って俺の話を聞いている。
「そもそも、ここまであてが無いとなると・・・
ホントに手がかりは無いのか?自然の中で姉さんを『感じる』以外に?」
「あるよ、コンルが教えてくれる。コンルもカムイだから。
コタンの近くで、山の中を探せって教えてくれたのもコンルだし。
わたしがこっちに着いたとき、コンル、結構近くだって言ってたの。けど・・・」
「あれ以来、姿を見せないってわけか・・・
だったら、まずコンルを探した方がいいんじゃないのか?」
「うん、そうする。えへへ・・・ちょっとわたし、慌てすぎたかな」
リムルルは照れ笑いを浮かべた。これで一安心だ。
「えーと、それじゃ火のカムイにお願いしなきゃ・・・」
「火?」
「うん、コンルに連絡をしてもらうの。早く帰ってきてー、って」
「よし、火だな、火・・・」
ホントは囲炉裏の火に向かってお願いをするらしいのだが、
さすがにそれは無理な相談だ。
かといってコンロの火では感慨も有難みも何も無い。
非常用袋からロウソクを取り出すと、部屋の電気を消し、
火をつけてコタツの上に乗せる。まるで誕生会だ。
儀式には変わりないが、囲炉裏に比べたらあまりにも頼りない。
「これでいいか?こんな火でも、神様に願い、通じるか?」
申し訳なさそうにしている俺をよそに、
暗闇に赤々と浮かぶリムルルの顔がほころぶ。
「わあ、きれい…大丈夫だと思う。それじゃ始めるね」
瞳を閉じると、リムルルはアイヌ語でゆっくりと独特な歌を始めた。
なるほど、歌詞がお祈りになっているというわけだ。
息遣いにあわせ、ロウソクの火がゆらり、ゆらりと揺れる。
リムルルの口から紡ぎ出される言葉の一つ一つに、呼応するかのようだ。
儀式が進むと同時に、頼りなかったロウソクの火が大きく、強く輝き始めた。
時折、火花を散らしたり、宙に不思議な模様を描いているようにも見える。
俺の視線は、リムルルとロウソクの間を行ったり来たりしていた。
はたから見れば、こっけいな様子だったに違いない。
しかし、やはりこれも夢などではない。
ロウソクの光の加減だろうか、まるでこの部屋の空間がねじ曲げられ、
やさしい夕日の中に溶け込んだような錯覚さえ感じられた。
・ ・ ・
ロウはどんどんと溶け、リムルルの祈りが終わるころ、ロウソクは姿を消した。
「・・・ふう。これでだいじょうぶかな」
ゆっくりと目を開けたリムルルは、ほっとため息をついた。
またもや俺の目の前で起きた不思議な現象に、
彼女自身は気づいていないようだ。
「うん、きっと大丈夫だろ。
こういうお祈りとかあんまり見たこと無いけど、
ちゃんと火がリムルルの言ったこと、聞いてたみたいだった」
「コンル・・・早く帰ってきて・・・」
もう一度目を閉じるリムルル。心からその帰りを願っているのだ。
大丈夫、俺がいるじゃないか
・・・などと陳腐なセリフを吐くような状況ではないし、
俺が一体この子に何をしてやれるだろう?
この子をしばらくの間養ってやること、それが俺のできること。
・・・なんかだらしないな。
サッカーの中継が終わった。
「色の違う服を着た2つの仲間同士が、球を蹴って相手の陣地に入れるんだよ」
と説明してやったら簡単にわかったらしい。
どちらを応援するわけでもなかったが、随分と一生懸命見ていたようだ。
「にいさまー、こんどこれ・・・サカーだっけ?一緒にやろうよ!」
「妙に発音が良いな。フフン、いいだろう!俺に勝てるかな?」
「ふふっ!わたしのほうが足速いもんね〜だ!」
ぎく。確かに・・・。
さて、時間も時間だ。風呂も沸いたしお風呂にしよう。
「リムルルー、お風呂」
「?」
こっちこっちと手招きして、風呂に案内する。
ふたを開けると、ぼわりと白い湯気が立ち上った。
リムルルの目が食事のときと負けず劣らずらんらんと輝き、
歓喜の声を上げる。
「キャー!温泉?!わたし、これだーいすき!」
正しくは温泉じゃないんだけど・・・まあいいか。
「で、リムルルひとr」
「にいさま早く!一緒に入ろ!」
ひとりで入れますかー、と聞こうとした俺だったが、
完璧に出足をくじかれてしまった。
またしても、目の前でぽいぽいと衣服を脱ぎだすリムルル。
あっという間に素っ裸になってしまったリムルルを、呆然と眺めている俺。
「にいさま?どうしたの?早く早く」
リムルルが俺のズボンのウエストに手をかけて、
ぐいぐいと引っ張った所で正気に戻った。
「どわっ、たっ!やめなさい!入る入る!自分で脱ぐ!先に入ってな!」
「うん!」
ガララ・・・ピシャ。
ふう・・・恐るべしリムルル。
まあシャワーとかの使い方も教えなきゃならんし、
今日だけ、今日だけ・・・と念じつつ、タオルを腰に巻く。
ガラリと戸を開けると、リムルルは湯加減を確かめるように
片手をお湯に突っ込んでぐるぐるとお湯をかき混ぜていた。
「リムルル、いすに座ってごらん。背中流してあげるから」
桶でお湯をすくうと、小さな背中にさらさらとかけてやる。
「うぁ〜、あったかーい!」
リムルルは、お腹の底から気持ちよさそうな声を出した。
肩、腕、首筋・・・お湯がキラキラと輝きながら、
細くしなやかな若い肢体を滑り落ちていく。
「疲れが・・・お湯にとけてくみたいだよぉ・・・ふぅ〜」
お湯の気持ちよさは、歳も時代も関係ないようだ。
何度か背中を流したところで、
リムルルがすっと立ち上がり俺から桶をひったくると、
「はーい、今度はにいさまの番でーす、座って座って!」
と、俺の後ろに回りこんで背中を押す。
「おいおい、あんまり押すなって。狭いんだから」
「いーのいーの!」
狭い風呂場だ。大人と子供でぎりぎりの洗い場。
リムルルの息遣いさえ、体中で感じ取れるようだ。
「いっくよー」
ざばー。
「はぁ〜」
「あははっ、にいさまってば、おじいさんみたい!」
「わしも歳をとったでのう・・・」
リムルルと俺の笑い声が、天井にこだまする。
「おっきい背中・・・よいしょ」
ざばー。
温かいお湯が、疲れとともに背中を流れてゆく。
こうやって誰かに背中を流してもらうのも久しぶりだ。自然と礼も出る。
「ありがとうな、リムルル」
「にぃ〜さまっ!」
「んぉ?」
突然、リムルルが両腕を首に回し、俺の背中にその身体を預けてきたのだ。
「ぉ・・・」
あまりに唐突な出来事に、声が出ない。
おんぶのような体勢だ。少女の瑞々しい柔肌が背中へと密着し、
小さな2つの突起が、ツンと背中を優しくつつく。
「こうすると・・・ね、あったかいでしょ?姉さまにやってあげてたんだ・・・」
リムルルは静かに、俺の肩にあごを乗せてささやいた。
俺の全神経が背中と首筋に集まったようだ。
今や俺の精神を占めるているのは、少女の感触。それが全てである。
「あったかいね、にいさまも・・・。はぁ、姉さまよりおっきくて、たくましいや」
耳元で甘く潤んだ声が再び聞こえると、
リムルルはさらにぎゅっと体を寄せてきた。
僅かに漏れる少女の吐息が耳元を妖しく撫ぜ、
可憐な乳首が、2人の間でふにっと形を変えていくのが感じられる。
「ん・・・にいさま、気持ちいい?」
リムルルの声色は、うっとりとした雰囲気さえ醸し出し始めた。
そして、すり寄せる体は絹のような滑らかさで俺を包み込んでゆく・・・
いくら姉さんに抱き着いていたからって、俺にまでしなくても!
ドキドキと高鳴りを始める胸を悟られる前に、この状況をなんとかせねば。
「リムルル!湯冷めするから早く風呂に入りなさい!」
「あーっ、それ、姉さまもいってた!」
俺からぱっと腕を離すと、リムルルは一目散にお湯へ飛び込んだ。
背中に残る少女の感触を惜しみつつ、俺は前かがみで体を洗い始めた。
「おぉ〜、どんどん乾いてくよ」
ヘアドライヤーで、リムルルの髪を乾かしてやる。
少し茶色がかった癖っ毛が、ふわふわと温風になびく。
「こんなもんだろな」
「あっという間に乾いちゃった!うわ〜、サラサラだし、いい匂い!」
初めてのシャンプーに、感動しきりといった感じだ。
やはり年頃の女の子だ。おしゃれが重要なのは言うまでもない。
まぁ、サラサラと言っても癖っ毛は直ってはいないのだが・・・。
俺もついでに髪を乾かし、ドライヤーをしまい居間に戻ろうとしたが、
リムルルがついて来ない。
鏡の前で、自分の髪やら顔やらをいつまでも眺めているのだ。
「にいさま、そっちから鉢巻持ってきて!」
「鉢巻って・・・あぁ、これね」
リムルルに鉢巻を手渡すと、手馴れた手つきで
あっという間に頭に巻きつけた。
来たときと同じような大きなリボンが広がる。
「へぇ・・・上手いもんだな。よく似合ってるよ?」
「う〜〜ん」
率直な感想を述べたにもかかわらず、
リムルルは鏡の前で渋い顔をしたままだ。
「ちょ〜っと・・・ここが・・・」
右の結び目をしきりに気にしたかと思うと、
「あれぇ、髪が・・・」
ほんのわずかに鉢巻からこぼれた前髪をしまい込む。
「よし!どう?にいさま」
自信満々の表情で、その場でくるりと回って見せた。
ほとんど変わってないんだけど・・・しかしここは当然、
「うん、かわいい、かわいいぞ」
少し大げさに首を縦に振ってやる。
正直な話、ぶかぶかパジャマにリボンていう取り合わせが妙に可愛い。
ちょっと照れたような笑顔を浮かべながらも、リムルルは満足げだ。
「えへ・・・ふぇ・・・へっくち!」
ついでにくしゃみも可愛い。けど風邪なんぞ引かれたら目も当てられない。
「ほら〜、寝巻き姿でそんなところにいるからだぞ?早くこっちきなさい」
「はぁ〜い」
鉢巻を外し、コタツへと一目散に滑り込むリムルルだった。
・ ・ ・
コタツの中で、文字の少ない京都の写真集を見ているリムルルが、
こっくりこっくりと始めたのを見て、夜も遅くなってきたのに気づく。
と言ってもまだ9時半なのだが。
リムルルが慣れない生活を始めて1日。
適応能力が高いからといって、疲れないはずがない。
かく言う俺も、今日は走り回って疲れた。素直に寝ることにしよう。
部屋の隅に追いやっていた布団をコタツの隣に静かに敷き、
紅葉の写真の上に突っ伏している、リムルルの肩をつつく。
「リムルル?りーむるーるさん」
「・・・んにゃ」
あら、完璧に眠っている。そっと脚と背中に腕をまわし、お姫様だっこ。
俺の腕の中で静かな寝息を立てる、小さくて柔らかい温かな体。
かわいい寝顔に見とれつつ、布団の中へと静かにリムルルを降ろす。
残った俺はまあ、今日もコタツで寝ればいいだろう。
明かりをスタンドに切り替え、コタツに潜り込み小説を読む。
しかし視線は、赤い電球の光がうすぼんやりと照らす、
突然現れた不思議な隣人、リムルルの寝顔へと移った。
すう、すうという寝息だけが部屋の中を浮かぶ。
これからどうなるんだろう。
ちゃんとこの子は目的を果たせるのだろうか。
そして俺は、何をしてやれるんだろうか・・・
そんなことを考えたり、考えなかったり。目を閉じてまどろんでいると
「さま・・・ぇさま」
小さな声が聞こえる。リムルルだ。寝言を言っているらしい。
「ねぇ・・・さま」
姉さま・・・やはり姉さんの夢を見ているのだろうか。
が、表情から言って幸せとはかけ離れた内容のようだ。
眉間にしわを寄せ、への字に結んだ口からは、時折うめきが漏れる。
シーツを握りしめる手は、少し震えているようにも見えた。
「んうぅ・・・ねぇ・・・ねえぇ・・・どこぉ?」
寝返りをうち、横になってこちらに顔を向けると同時に、
頬を一筋、光るものが伝った。たまらず小さな手をぎゅっと握る。
「・・・は・・・ねぇ・・・さまぁ・・・やっと・・・」
リムルルの顔から険が取れ、少し微笑んだような寝顔に戻り、
しばらくするとまた規則正しい寝息を立て始めた。
ピンク色の頬に残る涙の跡を優しく拭う。
いつかその願いが叶う日が、
本当の笑顔を見られる日が来るまで・・・せめて夢の中だけでも。
リムルル 第一章「妹が家に降ってきた」 おしまい