「どうっ?にいさま?」  
すっかり修繕を施された上下を纏い、リムルルは楽しそうに笑いながら、  
座りこむ俺の前でくるんと回り、その出来ばえを披露した。紺のジーンズ  
の右脚を支柱にして、ぐるりと絡みついたツタのような模様は、大自然と  
戯れ、その只中で共に生きてきた少女の身体を守るかのように、リムルルの  
すうっと伸びた脚線を一層際立たせている。  
もう片方、無残にも切り裂かれていた左の太腿部分には、リムルルが  
呼ぶところの「モレウ」という四角い渦巻き模様のパッチワークが大胆に  
施されていた。右脚を彩る植物的な模様と、左脚を飾る幾何学的な模様は、  
それぞれが全く違う属性の図柄でありながら、驚くほどの調和を見せている。  
「う、う〜〜む」  
唸りながら視線を上に移すと、俺の目線の動きを読んだリムルルがにこっと  
笑い、こっちだよと背中を向けた。羅刹丸と一戦交えたあの時、背中で受けた  
石つぶてによって大小の破れがピンクのパーカーには生じていたわけだが、  
真ん中に元からあった横文字のプリントを囲むかたちで、ジーンズと同じ  
ようなつた模様が広がっており、豪勢なエンブレムのようになっている。  
まさか穴が開いていた古着、しかも量販店の品のリメイクとは思えない。  
「リムルル・・・お前ホントすごいな」  
俺はリムルルの腕前に心から感心し、拍手をしながらその努力を称えた。  
その一言に、リムルルは大きな瞳をきゅうっと細め、もう一度つま先で  
立つとくるり、くるりと小さな身体で円を描く。  
「かわいい?」  
「うん、可愛いよ。それになぁ、リムルルのお姉さんや婆ちゃんが  
褒めるだけあるわ。センスがいいよ」  
「せんす?」  
「おーっと、センスってのは感性って意味な。ただ教えられても、その  
勉強したことを自分なりに表現できる人って、そう居るもんじゃないよ。  
リムルルはそれが出来てる。だから上手だねって褒められたんだと思うな」  
「えへっ、えへへ・・・にいさまにも褒められちゃった」  
よほど嬉しかったのか、リムルルは顔を赤くして、やたらにこにこしながら  
あたまを照れくさそうに掻いた。  
 
「だけどね・・・わたし、にいさまに褒められるのが一番嬉しいなぁ!」  
「何で?」  
「わかーんない!ねぇ、もっかい褒めてっ?」  
「あー、ウマイウマイ」  
期待の視線を送り続けるリムルルに、俺はぽんぽんと手を叩きながら  
わざと気のない返事をした。やっぱりというか、リムルルはどかっと  
座ると俺の目前に赤いままの顔を迫らせ、ぷうっと頬を膨らませた。  
相変わらず分かりやすい妹だ。  
「んもう!もっとちゃーんと!」  
「ほらほら、可愛い顔が膨らんじゃってますよ」  
ぷにぷにのほっぺを両方から指で押すと、リムルルはぴうーっと口から  
面白い音を出しながら溜めた空気を吐き出した。その音に驚いたのか、  
リムルルはまん丸い眼をぱちくりとさせ、  
「・・・ぷっ」  
見詰め合ったまま一間置いて、俺たちは同時にぷっと吹き出した。  
「あはは!ぴうーっ、だってぇ!」  
「何だよー今の!ははは!」  
「はははっ、ははは!あっそだ、にいさま!今度はにいさまの番だよ!  
ほら、ほっぺ膨らませて!」  
「んむー」  
「はは!!ひっ、ひー・・・にいさまの顔っ、面白・・・ぷっ、あははは!」  
いっぱいに膨らんだ俺の顔がそんなに愉快だったのか、リムルルは  
息も切れ切れ、笑いすぎて涙を溜めながら俺の身体に倒れ掛かってきた。  
ごろんと押し倒さるがまま、小さな身体を受け止める。  
「んだよー、そんなに笑うなって」  
「ふふ・・・だって、だってぇ!おかしいんだもん!」  
「あんまり笑うと、咳とか出ちゃうぞ」  
「うん、はぁぁぁ〜・・・はぁ。はは、やっと止まってきたぁ〜」  
赤ら顔に埋め込まれた大きな瞳に涙を揺らしながら、リムルルは大きく  
深呼吸して息を整えた。それでもまだ息を切らしており、俺の胸の上で  
くたりと横たわった軽い身体が、呼吸に合わせて小さく震えている。  
 
「おいおい、大丈夫か」  
「ふぅー・・・うん、平気ぃ。へへ、笑いすぎちゃった」  
「人の顔をそんなに笑いやがってぇ〜、俺は傷ついたぞ。フン」  
「えーっ?ごめんなさい・・・わたしそんなつもりじゃ」  
「嘘うそ、うーそ」  
「わ・・・」  
俺の意地悪を真に受けて、しまったと顔をしかめながら慌てて弁解する  
リムルルの柔らかな頬に、俺は言いながらちゅっとキスをした。  
一瞬きょとんとして、んもーっとすぐに再び口を尖らせる。  
「びっくりするでしょ!にいさまってばぁ」  
「悪い悪い、ついね・・・ほらっ、一日は短いぞ」  
「それに、にいさまだけ・・・きゃ!」  
何かを言いかけようとしたリムルルをころんと身体の上から転がし、  
手を取って一緒に起き上がった。  
「お昼前には出かけるか!その服着てな」  
「えっ?」  
「お出かけだよ。お弁当作って行くぞ」  
「わーっ!いい考えだね!わたしも手伝うよ!」  
さっきまでの難しい顔はどこへやら。窓からの日差しに負けない笑顔を  
輝かせながら、リムルルはうきうきと肩を躍らせながら声を弾ませた。  
大した用では無かったらしく、言いそびれた事も忘れてしまった様子である。  
「ねぇ、今日はどこ行くの?ねえさま居そうなトコ、他にある?」  
「う〜ん、そうだな・・・あ、リムルルはこれ着けな」  
「あっ、えぷろんだ!やってやって!」  
時々皿洗い程度なら手伝ってくれるリムルルだが、せっかくの服が汚れては  
一大事と、エプロンをさせるのが常だった。そして、俺が着させてやる  
ことも、いつの間にか当たり前のことになっていた。ほっそりとした腰に、  
ぎゅっと紐を結わくと、その殆どが余ってしまう。リムルルは、それほどに  
小さくて可憐な身体をしているのだった。  
 
『どんな事情があっても、強い心を持っていても・・・リムルルはまだ子供なんだ』  
俺は小さな背中の後ろで、だらんと垂れ下がった長い蝶結びを眺める  
たびに、リムルルのことを思い、またあの日の誓いを噛み締めていた。  
『俺が・・・リムルルを守ってやるんだ。大事な妹だから』  
「ん、よし」  
「ありがとっ!さーっ、やるぞぉ!」  
小さなお尻をぽんと叩くと、リムルルは腕まくりをしながら、よしっと  
意気込んだ。そんないつもと変わらない妹の姿に幸せを感じながら、狭い  
台所に二人並んで弁当の準備をしつつ、俺たちは今日の予定を立て始めた。  
 
・・・・・・  
 
リムルルを自転車の後ろに乗せ、今日は近所の川のそばを通るマラソン  
道路を走り、海岸まで行くことにした。冬の海に別段楽しいことがあるとは  
思わないが、緑地公園もあるし、小さいながらヨットハーバーもある。  
それに何より、リムルルがどうしても海を見たがった。  
「何で海がいいんだ?」  
磯の香りがする向かい風を受けながら、俺は背中のリムルルにもう一度尋ねた。  
「ん?こっちに来て、海はまだ見てないでしょ?だからー。それにね?」  
「それに?」  
「コンルがね、もしかしたらって言うの。ねえさまがいるかも・・・って」  
「そっか・・・と、話しているうちに!ほらっ、見えてきたぞ〜」  
「えーっ、どこどこ?見えないよぉ」  
「うぉっ危ないから揺らすな!ほら、見てごらん」  
「わぁ・・・」  
先走るリムルルが、どうしても背中の影から覗き込もうとするので、俺は  
キッと自転車を斜めに止めた。数百メートル先で鈍く波を光らせる海を  
見ると、リムルルはため息を漏らしながら荷台からぴょんと降りた。  
その目は、ただ真直ぐに銀色の水平線を食い入るように見つめている。  
 
「な、もう少しだろ。ほら乗って」  
「わたし、走る!」  
「えぇ?!」  
「ほらっ、行くよー!」  
呼び止める俺の声を背にしたまま、リムルルは待ちきれない様子で海への  
道を走り出した。相変わらずの俊足だ。ぼーっとしていたら、みるみる  
うちに小さな身体がより小さくなってしまっている。  
「はーやーくー!」  
道の向こうでリムルルが振り返り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらこっちに  
向かって声を張り上げたところで、俺は再びペダルに足をかけた。  
「おりゃっ、待てー!」  
ぐっと力を込めてペダルをせわしなく踏み込むと、小さかった背中が  
今度はぐんぐん近づき、ついに俺はリムルルの前へと躍り出た。  
「ふうっ、ふぅ・・・自転車ってやっぱり速いねー!」  
息が少し上がっているが、リムルルは余裕たっぷりに笑っている。しかし  
まだまだ浜辺までは遠かった。行く前から疲れられては困るので、俺は  
減速してリムルルの横に自転車をつけると、荷台を指差した。  
「まだ遠いぞ、乗れよ」  
「だ、大丈夫だよ!」  
「これから楽しむ前にヘトヘトじゃ意味分からないだろ?ほらっ」  
「わかった・・・よいしょっと!」  
やっとのことで提案に応じたリムルルは、俺のジャケットの背中を  
はしっと掴むと、ひらりと荷台に飛び乗った。  
「はぁーっ、はぁー・・・」  
「思い切り、走りすぎだぞ」  
「だって・・・嬉しくて!自分で直した服を着て、にいさまと一緒にお出かけ  
出来るんだもん!」  
リムルルが嬉しい一因に自分が含まれているのが、俺も嬉しかった。  
ペダルを蹴る足にも、がぜん力が入る。  
「よおぉぉぉっし!もうちょっとだ、行くぞ!」  
「おー、速いよ!頑張れ!にいさまー!」  
 
冬にしては寒くもなく、太陽もまだ高いというのに、冬の砂浜には人影が  
少なかった。犬の散歩をする人や、屋根の付いた浜辺の休憩所で読書に  
いそしむ人などが居るぐらいだ。リムルルは俺が自転車を置くや否や、  
わぁっと歓声を上げると靴を脱ぎ捨て、ジーンズの裾を膝まで捲ると、  
穏やかな白波を立てる冬の砂浜と駆け出した。  
「ひゃっ、冷たいよー!にいさまぁ!!」  
くるぶしの辺りまでを銀色の波打ち際に浸したリムルルが、波が迫って  
は逃げ、逃げては詰めを繰り返しながら、靴を拾い上げる俺に向かって  
良く通る声で叫んだ。  
『あー、失敗。カメラ持って来ればよかったなぁ』  
まばゆい小さなフラッシュを敷き詰めたように輝く海辺を背にして、  
はしゃぎながら遊ぶリムルルの姿は、切り取れば写真集の表紙を飾れ  
そうなほど絵になっていた。仕方なく指で作ったファインダーに  
その姿を収め、脳に焼き付けながら、俺は自分の不覚を呪った。  
「まあ、しょうがないか・・・おーいリムルル!ご飯にしよう」  
「はーい!」  
リムルルは、俺の声にくるりと振り向き返事をすると、もう一度こちらに  
背を向けしばらく海を眺めた後、人が降りてくる様子の無い浜へと続く  
階段に座り込んでタオルと昼食の準備をしていた俺の方へと、砂浜に  
小さな足跡を残しながらとことこ歩いて戻ってきた。  
「さ、足拭いて」  
「ん、大丈夫だよ?乾いてから叩けば、砂は落ちちゃうから」  
リムルルは裸足のまま俺の横に座り、タオルを差し出す俺の手を押し返した。  
「けど寒いだろ」  
「ぜーんぜん!カムイコタンはもっと、もーっと寒かったから」  
「あー、それもそうだな」  
「それよりにいさま、お昼ごはん!」  
リュックの中から取り出した銀色のホイルで包まれたおにぎりの包みに、  
リムルルの視線はさっきから注がれっぱなしであった。がさがさと包みを  
解くと、大小二種類のおにぎりが顔を出した。大きくて三角形をしている  
のが俺の作ったもの、小さくて俵の形をしているのが、リムルル作だ。  
 
「うわー、美味しそう!それじゃわたし、にいさまが作った鮭のおにぎりー!」  
リムルルが手に取ったのは、その中でも一際大きく作った鮭むすびだった。  
「大きなおにぎり作って!」とせがまれて面白半分で作ったは良いものの、  
果たしてあの小さな口でどうやって食べるのだろうか。  
「んじゃ俺は、リムルルのおかかにしようかな・・・」  
一抹の不安を覚えつつ、俺はリムルルの作ったおにぎりに手を伸ばした。  
これまた、作っている最中にリムルルから「わたしが作ったの、食べてね  
食べてね」と何度も念を押されていたのだ。お手玉のような楕円形のおにぎりを  
一回転するように海苔が巻きつけられているが、ご飯粒の付いた手で触った  
のか、海苔の上にさらにご飯が付いており、まだら模様になってしまっている。  
だが、これを作った当の本人はそんな事を気にするそぶりも見せない。  
「よーし、にいさまも準備完了だね!せーの!」  
「いっただっきまーす」  
息巻くリムルルの号令に合わせ、俺は声を合わせて食事の挨拶をした。  
「あーん・・・ばくっ!!もむもむ・・・」  
箸でご飯を口に運ぶときの何倍あろうか、という程の大口を開くと、  
リムルルは大きなおにぎりにかぶり付き、一口で頬張れるだけ頬張った。  
とても味わっているようには見えないが、顎を元気良く動かすその顔は  
幸せそうだ。やっとの事で最初の一口を飲み込むと、リムルルはまだ  
一口も昼食に手をつけていない俺を不思議そうに見つめてきた。  
「どうしたのにいさま?心配しなくても、おにぎり美味しいよ?」  
「え、うん。いやさ、リムルルがあんまり一生懸命食べるもんだから、  
嬉しくてつい見とれちゃったんだ」  
「そうだったんだ・・・あっ、そうだ!それじゃあ、今度はにいさまが  
わたしの作ったおにぎり食べてよ!見てるから」  
「ど、どれどれ」  
あれ程楽しみにしていたおにぎりを食べる手を休め、リムルルは俺の顔と  
小さなおにぎりの間に視線を通わせている。  
 
『形は少しいびつだけど・・・問題ないよな』  
中身の具を作ったのは俺だし、何を心配する必要があろうか。  
「んじゃ、いただきまーす。ばくっ」  
じゃり・・・  
「うが、うぐ・・・!」  
口の中で砂を噛んだような感触が頭全体に響いたかと思うと、おかかの  
風味さえ吹き飛ばす強烈な塩辛さが舌を突いた。  
「な、何?!どうしたのにいさま!!」  
思わず渋い顔をした俺に、リムルルが不安そうに尋ねた。口の中を塩漬けの  
ようにしている物を飲み下さない事には返事も出来ず、俺は水筒のお茶で  
無理矢理に残りを洗い流した。  
「ごくん。はぁぁぁ〜・・・リムルル?」  
「何?大丈夫?」  
「おにぎりに塩をつけ過ぎだ。固まってた」  
「えっ、そんなぁ・・・ホントに?」  
黙って頷きながらお茶を飲む俺を前に、リムルルは食べかけのおにぎりを  
片手に、自分の作ったおにぎりをもう片方の手で掴むと、ぽいっと口に  
放り込んだ。  
「ぐ・・・」  
もぐっ、と顎を動かした途端、リムルルはがっくりとうな垂れた。あまりに  
素直な反応に笑いながら、慰めるように肩を叩きお茶を渡すと、リムルルは  
しおれた顔を上げ、ぐっと一気に飲み干した。  
「ぷは〜。はぁぁぁ〜・・・失敗だぁ・・・ごめんなさい」  
「料理を手伝ってもらったのは初めてだしね。しかし裁縫は上手なのにな」  
「あ、ねえさまにも同じこと言われたなぁ。裁縫はいいから、リムルルは  
もっとお料理の練習しなさいね、って」  
「・・・・・・」  
「これじゃあ、また会えても笑われちゃうよね・・・へへへ」  
リムルルはもう一杯、自分で水筒から注いだお茶を飲みながら、なかなか  
会うことの出来ない寂しさからか、下り調子の声色で少し笑った。  
 
「まあ・・・裁縫だって、リムルルはたくさん練習したから出来るように  
なったんだろ?」  
「うん。わたし、模様大好き!」  
「ほら。好きなことは、いくらでも出来ちゃうもんだよ。だから上達する」  
「あー、そう言われてみれば・・・」  
「だからお料理だってさ、簡単なヤツから練習すれば好きになるよ。  
そしたら・・・」  
「上手になれるんだ!そっか!そうだね!!」  
基本中の基本ともいえる簡単なおにぎりも上手く作れないリムルルだったが、  
俺の励ましでにわかに元気を取り戻したらしく、鮭のおにぎりを再び美味そうに  
食べ始めた。俺も食べないと、すぐに残りがなくなってしまいそうだ。  
別に競い合ったわけではなかったが、残りの(俺の作った)おにぎりは  
ひょいひょいと売れ、すぐに無くなってしまった。リムルルの作った方は、  
残すのも忍びないので具と内側のご飯だけをつまんで食うことにした。  
「う、内側はさすがに平気でしょ?ね?」  
「お、おう」  
「にいさまねえさまみたいに、お料理できるように頑張らなくちゃ・・・」  
「そうだな。これからは少しずつ教えてやるよ」  
「うん!」  
リムルルは指に付いたおかかをちゅぱちゅぱとやりながら、良い返事をした。  
 
それから俺たちは、浜辺の道をゆっくりと移動しながら遊んだ。遠くに霞む  
タンカーの想像をはるかに超えた大きさにリムルルが圧倒されたり、この前と  
同じように鳥にやたら好かれるリムルルが浜辺の鳥と戯れる姿に今度は俺が  
驚かされたりと、楽しい時間はどんどん過ぎ、やがて空が赤く染まる頃、  
俺たちは沖の方へと長く張り出した防波堤の上に続く歩道を、手を繋いで  
渡っていた。毎日来ているのか、冬だというのに皺だらけの顔を黒くした  
釣り客のじいさん達が、すれ違って帰って行く。防波堤の先端まで  
行き着く頃には、もう人の姿は無かった。  
 
「はぁ〜、楽しかったね」  
手すりを掴み鉄棒のように足をぶらぶらさせながら、リムルルが言った。  
「あ、まだヨットで遊んでる人たちがいるよ?」  
だいぶまばらにはなったが、絶好の波を逃すまいと食い下がるヨットの  
群れをリムルルは見つめている。  
「たまには海もいいな」  
「ねー。綺麗な夕日だね・・・」  
辺りに溶け込むようにオレンジに染まったリムルルの横顔の方が、ずっと  
綺麗である。俺は今日何度目になるか分からないが、カメラが欲しくて  
仕方なくなった。海に沈んでゆく夕日が一段と赤く輝き、世界が燃える  
ように煌々と輝きだす。夕暮れもピークだ。いつしか俺も、リムルルが  
食入るように見つめる雄大な日没のショーに心を奪われていた。  
「すごいな・・・なぁ、リムルル」  
「・・・」  
俺が相槌を求めると、リムルルはしおれるようにその場にしゃがみ込んだ。  
「リ、リムルル・・・?」  
「今日も・・・終わっちゃうんだ」  
ぽつりと言うリムルルの足元、波を砕くコンクリートには、涙の跡が  
出来ていた。その涙の理由は、聞かずとも分かっていた。  
「ねえさま・・・いなかった・・・」  
「あぁ、俺も探したんだけど」  
楽しそうに振舞う反面、リムルルはすれ違う女性の顔を見ては、時折  
ため息をついていたのだった。コンルの教えという事もあり、俺も内心  
期待していたのだが、残念なことに、ついにその姿を探し出すことは  
出来なかったのである。  
「コンル、まだ力が戻らないのかな・・・頼りっぱなしじゃ、やっぱりダメ  
だって事なのかな・・・ねえ・・・さま・・・うっ、うう・・・」  
「・・・」  
波の音に隠れ、リムルルはすすり泣いた。俺はただ、黙ってその横に座り、  
背中をさすりながら悲しげな嗚咽に耳を傾けることしか出来ない。  
 
「会いたい・・・ねぇ、にいさまぁ・・・ねえさまに会いたいよ、会いた・・・い」  
「リムルル・・・」  
「どうすればいいのかな、わたし・・・」  
「う・・・む・・・」  
とうに夕陽は水平線に姿を消し、空も幕を引くように暗くなってきていると  
いうのに、俺はリムルルの問いかけに途方に暮れてしまっていた。  
「どうすれ・・・ば」  
「私に着いて来るのよ」  
だが、俺の代わりにその問いかけに答える声が不意に横から聞こえると、  
俺たちははっと顔を上げた。のしのしと近づく大きな狼の背中に揺られる女。  
光と闇が入り混じる海辺で、あの晩と同じ鋭い眼光が俺たちを貫いている。  
女は、紛れも無いレラだった。  
「リムルル、ずいぶんと早く良くなったのね」  
「レラ・・・さん?」  
しゃがんだままのリムルルの、放心した声色で自分の名を呼ばれたレラは、  
少し顔を綻ばせながら狼の背中から静かに降りた。そしてその横に立つと  
手を差し伸べながら、優しくも有無を言わさない口調で言った。  
「リムルル、さあ、約束よ。行きましょう」  
「・・・約束?」  
「えぇ。ナコルルに会いたいんでしょう?私と来るのよ。会わせてあげる」  

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