「あぁ・・・にいさま、起きて」  
部屋に戻るなり、リムルルは横たわる大きな兄の身体を揺すった。  
浜辺から家までは約10キロだ。その距離を、リムルルは自転車を引き、  
兄をコンルに運んでもらって、持ち前の脚を生かし超特急で帰ってきた。  
道を行く通行人たちを猛スピードで追い抜くたびに、「はやッ」とか何とか  
言われたような気がする。  
「うぅ・・・ダメだ・・・起きないや」  
起きる気配一つ見せず、兄はリムルルの手の動きに合わせて身体を揺さぶられる  
がまま、ぐにゃぐにゃと左右に動かすばかりだ。  
その様子を見て、心配ない。ちょっと気絶してるだけだよと、優しいアドバイスを  
くれるコンルにリムルルもそうだよねと頷いたが、目の前をふと横切った心優しい  
相棒の変わり果てた姿に眼を見張った。  
「ちょ・・・コンル!大変、小さく?!」  
コンルは、手のひらに収まってしまうぐらい小さくなって、水滴をぽたぽたと  
畳に滴らせていた。帰り道に聞いた話では、兄の身の危険を察知して、  
一瞬で海中に発現したのだという。その上、海から家まで大人一人の搬送だ。  
如何に一人前のカムイとはいえ、さぞ重かったに違いない。  
「コンルぅ・・・だいじょぶ?」  
相当に力を消耗したらしく、気丈にきらきらと輝いてリムルルの声に  
返事をする姿がなお痛ましい。  
「これ・・・氷できたらどんどん食べて、早く元気出して!」  
台所で適当に調達したボールやら食器に水を張り、リムルルは冷凍庫の  
スペースが許す限り並べた。氷が出来上がるのにはしばらく時間はかかると  
思うが、これだけ食べれば少しは元気になるだろう。  
「それじゃ、休んでてね・・・おやすみね、コンル。今日はありがとう・・・  
コンルが居なかったら、わたし・・・」  
こうやって兄の命をつなぎ止めて家に戻ってこれたのも、パニックに陥った  
リムルルに適切な指示を与え導いてくれたのもコンルのお陰だったが、  
「う、うん。そだ。わかった。おやすみ!」  
ほら、思い出している暇なんて無いよ。早くお兄さんの面倒をみなきゃ・・・  
コンルはいつでも冷静だ。言われて、リムルルはぱたんと冷凍庫を閉めた。  
 
「とにかく、あっためなきゃ!」  
部屋の方を振り返ったリムルルが、所狭しと飛び回る。  
洗面所からは大きなタオルを3枚。ポットからお湯。ヒーターをオン。  
一気に手際よく揃えたリムルルは、早速、兄の身体を包んでいたびしょ濡れの  
衣服を脱がせる事にした。  
「よいしょ・・・重いぃ」  
脱力しきった兄の身体は、石のように重く、冷たかった。ジャケットを  
脱がすだけで、汗をかきそうだった。その下には、さらにトレーナー。  
襟元を引っ張って中を覗けば、もう2枚も着込んでいる。  
「んもー!にいさまの寒がり!!」  
口では不平を垂らしてはいたが、本当は心配で仕方なかった。今は意識が  
無いだけだから良い。これがもし、一歩でも手当てが遅れたせいで衰弱して、  
悪い流行病にでもかかってしまったら一大事だ。実際、そういう人々を  
リムルルは過去の世界で幾度か目撃していた。手厚い看病を重ねても、  
助かる人、助からない人。病気に詳しいコタンのおばさんは、ほんの僅かな  
処置の差が、大きく人命を左右するのだと言っていた。  
「にいさま、しっかりね!しっかりだよ?」  
聞こえるはずも無い兄への応援で、自分の心も一緒に奮い立たせる。  
なるべくなら話しかけ続けろ。確かこれも、人命救助の方法の一つとして  
おばさんが教えてくれたような気がした。言われてみれば、もしかしたら  
こちらが発した何かの言葉に反応して、急に意識が戻るかもしれない。  
「にいさま、今日は・・・楽しかった?」  
とりあえずリムルルは、今日の思い出を話しかけることにした。  
これなら話す内容に事欠くことは無いし、二人が共有するものだけに  
意識を取り戻す「きっかけ」が多いと思うのだ。  
「わたしはねぇ・・・楽しくて、嬉しくて、だけど怖くてちょっと悲しくてね、  
それにびっくりした!こんなにいっぱいの気持ち、一日で感じちゃったんだね。  
明日は一日中、ずぅーっと寝てよっかな!」  
あははと笑ったが、一緒に笑ってくれる人はいない。リムルルはついむっとして、  
「もう、にいさまだってびっくりしたでしょ?おにぎりしょっぱかったし、  
海鳥に囲まれちゃったり。それに・・・急に蹴られたりして」  
出だしこそ元気だったが、急に気が重くなってトレーナーを脱がせる手が止まる。  
 
闇に紛れるように染められた服を着た、もう一人の姉の顔が思い出されて、  
声のトーンが少しだけ下がった。しかし、今日の出来事はそれ無くしては語れなかった。  
「ごめんね、にいさま。辛い事ばっかり・・・わたしのために」  
万歳をしたままの兄のトレーナーを捲りながら、リムルルは再び口を開いた。  
「レラねえさまは酷いよ、あんなににいさまの悪口ばっかり言うんだもん」  
レラ。姉であるナコルルの心から発現した、曰く戦いを司るという半身の存在。  
にわかには信じがたい話だったが、リムルルには心当たりが幾つもあった。  
ある春の日、一緒に夕食を囲んでいたナコルルが急に立ち上がり、チチウシを  
携えて森の奥へと消えてしまった事があった。すぐに近隣の人々が寄せ集められ、  
森の中での大捜索が始まったのである。  
「ねえさまあの時、お話の途中で急にご飯がまだ入ったままの食器落としてね、  
わたしもおじいちゃんもおばあちゃんも、すごくびっくりしてね・・・」  
一晩中の捜索の結果、朝日が蘇る頃になってやっと、ナコルルは森の奥深くで  
倒れているのを発見された。その目の前では巨大な熊が、チチウシに深々と  
その身を突き刺され絶命していたのだという。  
闘いはただ一刀で決していた、と。そういう事らしかった。  
「わたしがねえさまを直接見つけたわけじゃなかったんだけど、  
コタンに引きずられてきた熊、見たこと無いぐらいの大熊でね、  
近くのコタンを襲ってた、人喰い熊だったみたいなの。でも・・・」  
家に帰って来た姉に話を聞けば、何も覚えていないと呟くばかりで、  
うな垂れた首を横に振ってはただ震えていた。そんな事が、何度か。  
「闘ったり、殺したり・・・そういうの、ねえさまは何より嫌ってた。わたしも  
嫌いだよ?だから、レラねえさまが出てきて闘ってたんだと思うの。たしか昔、  
わたしもどこかで直接会ったような気がするんだけどなぁ」  
姉を探して遠くまで旅に出たときだったか、それともコタンの近くでか。  
確かに顔を会わせた気がするのだが、その思い出にはどうしても触れることが  
出来なくて、頭の中を探るリムルルの手は、すかすかと空を切るばかりだった。  
 
「けど、これで」  
兄が着込んだシャツの裾をジーンズから引っ張り出しながら、リムルルはこれ以上  
考えても仕方ない思い出から、意外なほどあっさり気持ちを切り替えた。なぜなら、  
「ねえさまがちゃんとこっちにいるって事、はっきりしたんだよ?良かったぁ。  
ホントに、ホントにありがとうね、にいさま」  
姉の所在を突き止めるまであと一歩。目標の達成が近づき、当然心は踊る。  
しかし今はそれよりも何もまず、ここに至るまでずっと自分を支えてくれた  
兄への感謝の方が、リムルルの心の中では大きく勝っていた。  
「にいさまは優しくって、おかしくて。コタンの人たちよりずっとわたしの事と  
ねえさまの事を心配してくれて・・・わたし、頼りっぱなしだった」  
リムルルは正直な気持ちをそのまま言葉にしながら、また一枚、湿った兄の服を脱がす。  
この作業にもだいぶ慣れて、さっきよりもスムーズに袖を抜かせられた。  
「今日だってあんなに悪口言われたのに、にいさまは怒らなかった。  
それで、ちゃんと自分の気持ちをレラねえさまに伝えられたんだもん。  
レラねえさまが先に手を出したちゃったのは絶対、にいさまの言葉が強くて  
叶わなかったからだよ。とうさまもねえさまもそうだけど、わたし、本当に強くて  
立派な人は、暴力を振るう人じゃないと思う。言葉を交わして、相手と気持ちを  
通じ合わせる事の出来る人だって思うんだ。だからわたし、にいさまがお兄さんで  
嬉しい・・・ううん、誇りに思っちゃうな」  
リムルルは少しだけ笑っていたが、内心自分が自分じゃないような心地がしていた。  
どうして今日は、いつにも増してこんなに兄が格好良く、立派に映るのだろうか。  
それに、こんな大事な自分の気持ちを、伝えたい思いを、起きている兄の目の前で  
言わないのも変だった。伝わらないときに限って、どうして。起きるまで待てば  
良いだけなのに。そこまで分かっていても、気持ちが溢れて言葉は止まらないし、  
せっかちなだけかもしれないが、今じゃなくちゃいけないのだと感じていた。  
 
「わたし、全部聞いてたんだよ?にいさまの顔は見てなかったけど、あの時の言葉。  
あの時の・・・守ってやりたかった、って・・・言ってくれたの、ちゃんと」  
 
守ってやりたかった。  
 
そうだ、とここでリムルルは理解した。この一言を海辺で聞いてからというもの、  
自分は変わってしまったらしいのだ。今もその言葉を思い出して噛み締めるほどに、  
心が幸せの水で一杯になって溺れそうになって、深い水の中で、苦しいぐらいに  
気持ちが水圧にぐぐっと押しつぶされて、切なくなる。なのにその切なさが、  
この上ない安心と愛しさをリムルルにくれるのだ。  
あの時、海辺で兄にそう言われた瞬間も今と一緒だった。動くことも出来ず、  
胸が高鳴って、大きな手を掴んでいるのが精一杯になって、いつものように  
抱きつくことはおろか、顔も見ることが出来なかった。幸せで人が死ぬのなら  
こんな時なのかもしれない、と柄でもない事まで頭に浮かんだ。  
とにかく、他の誰のどんな言葉よりも胸に響く、特別な贈り物だったのだ。  
「だからっ、ね?ホントに嬉しくて・・・あの時は無理だったけど、わたしも  
言いたくて。だから、今、ちゃんと言うよ」  
ランニングシャツとズボンを脱がす作業を中断したまま、リムルルは  
兄の横ですっとかしこまった正座をした。  
守ってやりたかった。  
もう一度胸の中で繰り返す。その言葉に、兄の言葉に嘘は無い。そう信じて、  
リムルルは兄の手を取った。今は冷たく凍えたままの、大きな手を。  
「にいさまが守ってくれるなら、わたしは・・・」  
リムルルの瞳の中で、兄の顔が静かに揺れる。死の危険を冒してまで、自分を守って  
くれようとした兄。見つめたままの決意は固く、揺るがなかった。  
言葉にして、今こそ気持ちに応えなくては。  
言った。はっきりと聞こえる声で。  
「わたしはにいさまに守ってほしい。ずっと、ずっと」  
ありったけの大好きと、心を締め付ける切なさと、リムルルの本当の気持ちが  
部屋の空気を満たして、すぐに壁へと消えた。  
「・・・・・・」  
しばしの沈黙があって、リムルルは兄の手をそっと戻した。  
 
「はあああ〜・・・」  
途端、さっきまでの興奮と切なさが嘘のように消えて、リムルルはへたんと正座を崩し、  
いわゆる女の子座りになった。ため息が出た。まるで大きな儀式の手伝いが終わった  
後のようだった。なのに、充実感がちっとも無い。逆立ちをしてもそんなものは  
出てきそうになかった。  
「何してるのかなぁ、わ・た・し!んもー!」  
自分の髪を、リムルルは両手でうがぁーっと掻きむしった。  
分かっていたはずだが、兄は、うんともすんとも言わなかった。  
そうなることは知っていたが、部屋には沈黙だけが残った。  
当然ながら、リムルルの想いなんぞは誰も受け止めてはくれなかった。  
「そんな言葉に意味なんてないよ・・・わたしのばか」  
あんなに切羽詰った状況でも、しっかりと自分の気持ちを口にした兄と比べて、  
自分のしている事といったら意気地なしもいいところだと思った。  
かっこ悪いやら悔しいやらで、頭を抱えたままリムルルはごろごろと部屋を転がった。  
「立派なお兄さんの妹がこんなじゃダメだよね・・・ごめんなさい。  
にいさまが起きたらわたし・・・もっかい言うから。今度こそ、ちゃんと」  
次こそは想いを受け止めてもらいたくて、リムルルは逆さまになった兄の寝顔に  
そんな約束を取り付けた。  
ただ、冷静さを取り戻した頭で考えるに、本当にそんな事が自分に出来るのだろうか?  
と一瞬だけリムルルは疑問に思った。眠った相手にさえ、あそこまでの決意が  
必要だったのに。今度こそ、間違いなく兄に自分をさらけ出す事になるのに。  
だがそれよりも、今は兄のランニングシャツを脱がせる事に尽力すべきだった。  
疑問はそれ以上追求される事無く、ぐしょぐしょのランニングシャツと一緒に  
洗い物のカゴの中へと放り込まれて、しばらく思い出されることは無かった。  
 
「さて・・・次は、下だね」  
リムルルはベルトを丁寧に外し、少しどぎまぎしながらジッパーを下げた。  
ところでこのジーンズというのは、特に兄のジーンズは厚手の布で出来ているから、  
それだけでも大変に重い。しかも綿で出来ているものだから、水をありったけ  
吸い込んだら放さないし、酷く脚にまとわりついて引っ張っても抜けづらい。  
意外な強敵が最後に待ち構えていて、何とか兄をパンツ一丁の状態に  
ひん剥いた頃には、リムルルはすっかり疲れてしまっていた。だが、  
「ふー、はー・・・にいさま、すぐにあったかくするからね、待ってて」  
荒げた息を整わせるのも煩わしい。リムルルは再び兄の顔に声をかけ、  
柔らかなタオルを取ると、今度は海水で湿った身体を拭い始める。  
まるで大きな赤ん坊の身体を拭いているようだった。  
「よし・・・これでいいよね」  
頭のてっぺんからつま先まで全身を拭き終わる頃、やっとヒーターが効き始めた。  
あとは布団を敷いて適当に寝巻きを着せればよいのだが、その前に一つだけ  
するべきことがあった。リムルルの目線が、その一点に集中する。  
「おぱんつ・・・」  
見慣れたチェック柄のトランクス。そこだけがまだびしょ濡れのままだった。  
これを取っ払わない事には、布団に寝かせる事は出来ない。おねしょのように、  
布団にお尻のマークができてしまうのは明白だが、  
「けど、これ脱いだら・・・にいさますっぽんぽんだ」  
ごく当たり前のことを、リムルルはふと口走った。顔がどかんと熱くなる。  
「ちっ、違う!・・・えーと、ひじょーじたいだよ!脱がなきゃ寝られないし!」  
恥ずかしがっている自分が、馬鹿みたいだった。  
『に・・・にいさまの裸なんて、いつも見てるでしょ!お風呂でだって、  
朝の洗面所でだって!時々おぱんつ一丁でお部屋ウロウロしてるし!  
そっ、それにお・・・お、ぉ・・・にいさまのおち、おちんちんも・・・ときどき・・・  
その、ちらっとだけど。タオル越しとか・・・その、お着替えの時・・・とか。  
おぱんついっちょで座ってると、隙間から・・・あの・・・たまたま・・・が・・・』  
 
部屋の温度が、リムルルの真っ赤な顔のおかげで一度は上がっただろう。  
思い出せば思い出すほど、リムルルは溶けるように兄の横で小さくなった。  
最近になってやたら兄の「それ」が気になって、何かといえばそこに目を  
やってしまう自分を恥じている気持ちが半分。残りは、逆らえない好奇心だ。  
「む・・・むむむ・・・」  
いつまでも兄をこんな状態にしておくわけにはいかない。さっきより  
顔色が悪くなっているような気がしなくもない・・・が、そう見えるように、  
自分で勝手に思い込んでいるだけの気もしなくもない・・・ぐるぐるぐる。  
「べーっつに、なーんにも!恥ずかしくなんかないもん!!」  
思考も眼もぐるぐるさせ、耳から蒸気が出そうな勢いで、リムルルはついに迷いを  
頭から叩き出した。ただ、それは誰がどう見ても「恥ずかしくないよ!」と自らに  
言い聞かせているようにしか見えなかっただろう。  
「すーはーすーはー・・・よっ、よぉ〜し・・・」  
満足するまで深呼吸して、正座のまま、リムルルはがしりとパンツのゴムに両手をかけた。  
どきどきどき。  
異常なぐらい胸が高鳴り、頭の上から湯気が出そうになっているのが自分でも分かる。  
深呼吸はこれんぽっちも役に立っていなかった。  
「う・・・ぅ〜」  
またもや停止したリムルルの頭の中で、緊急会議が始まる。  
修羅『リムルル!どうしたの!にいさまが苦しんでるんだから!』  
羅刹『起きたらどうすんの!そしたらきっと恥ずかしがるよ!ほら急ぐ!!』  
2つの意見のうち後の方がひらめくや否や、会議は即座に閉会した。  
両手にちょっとだけ力を入れて、下げる。  
すると、トランクスはリムルルの予想をはるかに上回る勢いで、意外なほどすんなり  
膝まで落ちてしまった。  
「・・・ぃ!」  
覚悟ままならぬままに、目に飛び込んできたそれ。生まれて初めてじっくりと  
見ることになる異性の部分に、興奮しきりのリムルルはぐわーんと頭が痺れ、  
鼻血が出そうだった。うぅ、と鼻をつまみながら唸って天井を仰ぎ、  
一旦落ち着いてから、もう一度視線を落とす。  
 
「ほぇー・・・」  
半開きの口から、感心とも驚きとも取れる声を出しながら、リムルルは  
とろんとした瞳を輝かせた。  
これが、男の人の。  
自然と顔が近づいていく。  
「おちんちんて・・・あ、こうやってくっついてるんだ・・・うわっ、うわぁ・・・」  
股の間からぶら下がっているというのは知っていたが、じっくり観察して  
みるとあらためてよく分かる。根元には、  
「もじゃもじゃしてる・・・」  
自分も姉も足元に及ばないほどの陰毛が茂り、絡み合っていた。  
ここまでくれば、流石に動揺は無い。吹っ切れた勢いでリムルルはトランクスを  
すぱっと全部脱がし、ついに真っ裸になった兄を前に、あらためて新しいタオルを握った。  
「拭かなきゃ・・・ね。にいさまのここ、ちゃんときれいに拭いてあげますからね」  
保護者気取りのセリフを口走りながら、まず遠慮がちにおへその下から周辺を拭いた。  
しかしこれは無意識のうちにやっている悪あがきと変わらず、大して拭くべき  
面積が無いのも相まって、すぐにリムルルの手は兄の一物へと到達してしまった。  
「・・・ごくり」  
緊張と好奇心に、喉が鳴った。リムルルはゆっくり左手を伸ばし、まるで何か危険な罠を  
解除するような手つきで、いわゆる「おちんちん」の部分の先っぽをそっとつまんだ。  
「わ、ぷにょぷにょだ・・・へぇ〜」  
冷え切り縮みきったそれは、見た目通りの頼りない手ごたえだった。脂肪とも筋肉とも  
つかないおかしな感触に緊張がほぐれ、リムルルの顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。  
とりあえずつまんだまま、もう片方の手でタオルを被せ、握るようにして拭いてみる。  
「こんななんだ、おちんちんって・・・ふふ、柔らかくって、なんだか面白いな。  
それに変な形だなぁ・・・」  
いつもは大人っぽくしている兄の寝顔を見ながら、こんなちっちゃなものを  
お風呂ではあんなに熱心に隠しているかと思うと、リムルルは余計おかしくなった。  
手の中で大事そうに握ったそれが、本当の機能を発揮している場面に出くわした事の無い、  
無垢な少女ならではの感想だった。  
「おっとと・・・起きたら大変だもんね」  
一物全体をくまなく拭き終わる頃には、手にはいつしか力がこもってしまっていた。  
リムルルは慌てて兄のそれを手離し、タオルを取り払った。  
 
「これでよー・・・し・・・?!」  
次は、おちんちんの下にぶら下がっている袋を拭かなきゃな、と思っていた  
リムルルは眼を疑った。つまんでいた左手も離した。頭を振って、もう一度  
よくよく見た。が。  
「にいさまの・・・おっきくなってる?」  
ほんの一回りだったが、どう見ても大きくなっている。先っぽが膨らんで、  
全体が長くなっている。タオルを被せていたから手応えも大きさもごまかされて、  
ちっとも気づかなかったのだ。  
「・・・?」  
獲物を狙う猫のように、息で陰毛が揺れてしまいそうな距離でじーっくり見ると、  
ぴくっ、ぴくと、兄のそれはかすかに律動していた。  
まさかと思って顔を見ても、兄の顔には何の変化も無い。無意識を保っている。  
「なんでだろ?」  
もう一度、指でちょんちょんと先端をつつく。するとまたぴくりと動いて、  
むくっと少しだけ膨れた。  
「わっ、わぁ〜・・・変なのぉ」  
原因不明の男性器の変化に、思春期の少女は興味津々だった。  
男の人は、誰でもこうなのか。いじくると大きくなってしまうのは、もしかして  
自分の兄だけに限った、いや、この時代の男の人だけに限った事なのかもしれない。  
あまりに乏しいリムルルの性の知識では、男の生理現象さえ謎が謎を呼んでしまう。  
「ぴくぴく・・・してる」  
変わらず小さな動きを続ける兄の一物をひょいともう一度指でつまんで、  
今度は裏がどうなっているのかを観察しながら、リムルルは男性器に関して  
知っている事を、沸騰しっぱなしの頭の中でとにかく列挙した。  
ひとつ、おしっこをするときに使う。これは男も女も変わらない。  
ひとつ、むやみに見せたら恥ずかしいし変だ。これも当たり前だし、第一そんな事を  
すればコタンから追放されてしまうだろう。  
ひとつ、大人と子供で大きさと形が違う。身体が大きくなれば、おちんちんもきっと  
そうに違いない。顔も変わるのだから、形も変わるのかもしれない。  
 
そして何より、男を男たらしめる大事な部分であり、一番の急所である事。  
これがあるから、男なのだ。しかしそれがどうして必要で、何のために付いて  
いるのかを、やっぱりリムルルはよく知らなかったし、男との接点に乏しい  
これまでの生活の中で、あまり気にした事も無かった。  
「そういえば・・・」  
あともう一つ、男性器の話題で忘れられないことがリムルルにはある。  
今でもひやっとする思い出。男に襲われたときの護身術として最高の方法だと、  
かつてナコルルの父から直々に「金的」を教わったときの事だ。  
自分ではかなり手加減したつもりで放った蹴りを食らった、あの時の父の  
痛がりようといったら。  
「そっと拭かなきゃ・・・」  
リムルルは、陰茎を拭いたときとは比べ物にならないぐらい優しい手つきで、  
玉が入っているという袋に下から手を差し伸べ、お手玉のようにして感触を調べた。  
「あ・・・ホントだ。2つ入ってるんだぁ」  
ぶよぶよとした皮と何かに守られるようにして、話の通り2つの玉が――これまた  
何の目的で入っているのかをリムルルは知らない――が入っているのを確かめ、  
リムルルは「そっと、そっと」と心の中で念じながら、丁寧にタオルを沿わせた。  
しわしわの袋をいじるたび、その上で兄のものがぷるぷる揺れておかしかった。  
「・・・」  
そのままお尻を軽く持ち上げ、その下を拭く。これが最後の仕上げだ。  
だがこれが終わって、明日になって兄が起きればおちんちんともお別れである。  
あの兄が見せてくれるわけが無いし、そんな破廉恥なお願いをしていいはずが無い。  
ここまでいじくっておいて、リムルルは最後の最後で真面目だった。  
「うーん」  
何かいい方法はないものか。そんな事を考えている間に、海水の感触はお尻から  
すぐに消え失せてしまった。もう、兄をこんな格好にさせておく理由は一つも無い。  
つんつんともう一度兄のものを触ったり、軽く握ったりした。最初に見たときと  
比べて、やけに迫力が出たと思う。いじると大きくなるらしい。  
「あっ!それって・・・」  
嫌な思い出が、目の前に置かれたコタツと一緒に蘇った。味わったことの無い  
快感をただただむさぼる事に負けて、コタツにお股を押し付けていたら、  
見るのも恐ろしい変化が自分のあそこに起きた、あの日のことを。  
 
「やだ・・・」  
自分の手で、兄にも同様なことをしてしまったのだろうか。いじると大きく  
なるのも一緒で、ということは、しばらく触らなければ元に戻るのだろうか。  
それなら兄もやっぱり、気持ち良いのだろうか。  
「だめだめ!そんなの!!」  
同じ失敗をまた繰り返すのがリムルルは怖くなって、ばっと顔を上げた。  
「きゃ!」  
兄の顔が真っ青になっている。今度は気のせいではない。いや、やっぱり気のせい  
かもしれない。もう、右も左も上も下も分からない。  
「にいさま!た・・・大変!!」  
あれ程兄の身を気遣いながら、興味に打ち勝てなかった自分のおろかさに  
リムルルは気が動転しそうだった。兄の胸元に手を触れると、冷たくなって  
しまった肌の向こうで、か弱く心臓が鳴っている。どれだけの間、自分は  
おちんちんと睨めっこをしていたのだろうか?命からがら帰ってきた兄を  
裸にひん剥いてそのまま放っておくのと同じではないか?  
「ごめんなさい・・・ふえぇ・・・ごめんなさい!」  
リムルルは慌てて布団を敷き、兄を寝巻きに着替えさせると、どさどさと  
ありったけの毛布と布団を被せた。これでやることは全部やったはずだが、  
「うぅ、ごめんなさい、にいさまぁ・・・」  
まだ処置をしてから一分も経っていない。そんなに簡単に回復するはずも  
無いというのに、リムルルは青白い兄の顔を覗いては途方にくれた。  
気持ちばかりが焦って、一秒が一時間にも、一日にも感じられる。  
「うー、あー・・・どうしよぉ〜」  
手術室の前で事が終わるのを待つ家族のように、落ち着かないリムルルは  
部屋を行ったり来たりした。何往復かしたところで、ポンと手を打つ。  
「そだ!」  
とにもかくにも、温めればいいのだ。混乱しきった頭の上にぴこんと電球が  
ひらめいて、リムルルは迷う事無しに服を全部脱いだ。そして、するりと  
兄の眠る布団の中に忍び込み、兄の服をごそごそとはだけさせ、覆いかぶさる  
ようにしてぴたりと身体を寄せた。  
 
「ひゃ!冷たっ!」  
コンル程ではもちろん無いものの、冷たい兄の身体がリムルルの柔らかい肌を  
ぴりりと刺激した。一瞬身体が逃げる。あの暗くて冷たい海の眺めが見えた。  
「だめ・・・にいさまのためだもん!わたしを守ってくれた・・・にいさまの!!」  
今こそ、しっかりと恩を返すべき時だ。言葉がダメでも行動でなら伝えられる。  
勇気が湧いたリムルルはもう一度、兄の上半身にゆっくりと身体を密着させていった。  
可愛らしいおへそ、少しだけ浮き出たあばら、今も息づく心臓を収めるには、  
余りにも頼りない胸・・・  
「ふぁ・・・あ・・・」  
ひやひやとした冷たさを感じる部分が増えていくに連れて、熱の交換が行われるのが  
リムルルにはよく分かった。薄い肌を通して、自分の温もりが兄へと移って行き、  
混ざり合う。やがて同じだけの体温を共有する頃、リムルルの肌は総毛立ち、  
乳首が尖った。それは、決して寒さだけのせいではなかったように思えた。  
「にぃさまとわたし・・・一緒になったみたい・・・」  
いつまでも守ってほしい人の中に入り込んでいく。埋もれてゆく。  
リムルルは細い身体を湧き上がる喜びに震わせながら、顔と手を兄の胸に寄せた。  
とくん・・・とくん・・・  
「にいさまの心臓の音・・・するね。とく、とく・・・って」  
小さな耳を打つ、穏やかに刻まれるそのリズムこそが、世界を統べる時計のようだった。  
少なくともリムルルはその深く力強い鼓動に支配され、目をつむり、兄が生きている  
事の実感を得て、帰ってきてから初めて心から幸せそうな笑みを浮かべた。  
「刺繍が終わったからって、少し調子に乗っちゃったかも・・・疲れたなぁ・・・ふぁ・・・あ」  
ここ何日か睡眠不足が続いていて、リムルルは大きなあくびを一つした。  
身体の中の空気が、すべて入れ替わったような気がした。  
「あっ、あったかくなってきたね。わかる?ふぁ・・・」  
小さなあくびをもう一つ。それにつれて、リムルルの身体から発せられた熱で、  
少しずつだが布団の中には眠るにふさわしいだけの温もりが生まれ始めていた。  
折り重なるようになった二人の身体の境目が曖昧になって、さらに溶け合ってゆく。  
 
「あぁ・・・にいさま・・・にいさま・・・」  
自分の身体の下で眠る兄への耐え難い想いにかられ、リムルルは兄の胸元に  
添えていた手を、太い腕へと伸ばした。手首を掴み、今度は逆に兄の手を、  
自分の左胸へ――新たな薪を得たように、高らかに燃え上がる心臓の上へと導く。  
「今度は、にいさまの番だよ・・・。ほら、わたしの胸の音・・・感じる?」  
乳房と呼ぶにはあまりにささやかな膨らみが、兄の無骨な手ですっぽり覆われた。  
リムルルの顔に紅が浮かび、唇が少しだけわなないた。  
「わたしの心臓がどきどき動いてるから、温かくなってるんだよ・・・?  
わたしの元気を、にいさまに分けてあげてるんだよ・・・?だから、早く起きて・・・ね」  
海辺でやっていたように、大きな手をリムルルはしっかりと握りしめた。  
布団の中は幸せなぐらいに温かくなって、兄の顔色も良くなってきたようだ。  
体中を包む優しい感触とぬくもりが、あらためてリムルルを眠りの世界へと誘う。  
「よかった・・・あとはゆっくり、寝よう・・・ね、にいさま」  
上に乗っかったままでは流石に重いだろうから、兄の腕を枕にして寄り添った。  
大きな抱き枕のように兄の身体に横から抱きつくという、いつになく甘えん坊な  
寝姿に、リムルルは嬉しくてふふっと静かに笑った。  
「これなら、まだまだ・・・ずっと・・・あったかいでしょ?」  
兄の世話が終わってしまい、緊張の糸がぷつりと切れた。その糸で上から  
やっとのことで吊り下げられていたまぶたが、ひとりでに下がってゆく。  
「あ・・・服・・・着てないや・・・。おふろも・・・。ちょっと・・・寝てから・・・んん・・・」  
幾つか自分の事でやり終えなかった事をむにゃむにゃ考えたまま、リムルルは  
すとんと落ちてしまった。  
消し忘れの白い蛍光灯だけが、微かに弾む二人の寝息を聞いていた。  
 
 

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