・・・・・・  
 
 
あぁ・・・あったけぇなぁ・・・。すごく気持ちいい・・・  
俺、寝てるんだよな。  
最高だなぁ、こんなに気持ちよく眠ってるのなんて、いつ振りだろ。やたらぽかぽかしちゃって、  
いい匂いするし。特に左半身。なんていうのかな、この、「ぷにょ」とか「ぴたっ」っつーの?  
肌に吸い付いてるんだ。あったかくて、しっとりとした物が。布団じゃないよな・・・だけど、  
おっ、これ・・・何だ?左手に・・・  
「う・・・んぁ?」  
あー、何か手のひらに当たってるんだ。ぷくっと。そこだけ手触り違うなぁ。  
「ふぁ・・・ん!」  
この手ごたえ、本能に訴えかけるものがある。弾力があって、すべすべで。さわさわ・・・  
「あっ!にいさま!」  
「んぉ・・・?」  
元気の良い声が、温かい感触がする方の耳元で弾けて、俺のまぶたを内側から叩く。  
「にいさまぁ!起きたんだね?」  
ぼんやりと霞む視界が晴れて、いつもの部屋の中に一輪、笑顔を咲かせたリムルルが横にいた。  
「リム・・・ルルか・・・?」  
「うん、うん!」  
名前を呼んだぐらいで、リムルルは大きく首を振った。何かがいつもと違う。リムルルに  
起こされる日が、最近少なかったからだろうか?そうではない。昨日の夜、リムルルが眠りに  
落ちる姿を見た覚えが無いのだ。その前に玄関の鍵は閉めたか、ヒーターは止めたか、風呂場は、  
窓は・・・。そもそも、  
「あー、俺・・・何で寝てるんだっけ?」  
「覚えてないんだ・・・昨日のこと」  
リムルルが心配そうな顔をして言った。まだ意識がはっきりしない。寝覚めが悪いのはいつもの  
事だが、いつ寝たのかも、それ以前に遊びに行ったきり、いつ帰ってきたのかさえ覚えていない。  
どこかで酒でも浴びたのか、それとも転んだりでもしたのだろうか?考えれば考えるほどに、  
抜け落ちた自分の人生に何があったのか気になって仕方が無くなって、俺は頭の中をひっくり  
返したがやはり、その抜け落ちた空白を埋めるはずの1ピースは、存在さえしてないようだった。  
 
「・・・」  
「にいさま・・・」  
「・・・ん?」  
いつまでも呆けている俺を見つめていたリムルルが、眉間にしわを寄せた。  
「心配・・・したんだからね?」  
「え、何を?」  
「にいさま・・・うぅ・・・良かったよぉ!!」  
言うなり、リムルルは目を潤ませながら、掛け布団からはみ出た白い肩を震わせた。  
小さな両手が、紛れも無いリムルルの手が、俺の手を布団の中でしっかりと握ってくれている。  
まるで俺の記憶がこれ以上どこかに飛んでいかないようにしてくれているようでも、ぼんやり  
した俺を沼から引きずり出してくれているようでもあった。  
どちらかと言えば後者だったのだろう。魔法にかかったように俺は頭がすっきりして、何だか  
よく分からないけれど心配されているのは嬉しいとか、リムルルは時々急に大人っぽい表情に  
変わるとか、露出した肩ってセクシーだとか、リムルルの手を握る前まで一体俺は布団の中で  
何を触っていたのかとか、なんやかんや一気に噴出して、  
「いやっ、リムルル・・・ちょ・・・待て」  
「なに」  
俺はお化けの名所を覗くような気持ちで、布団の中で俺とリムルルの身体の間に出来た僅かな  
暗い隙間に目をやった。シーツの白にほの暗く照らされているのはパジャマではなく、真っ裸の  
リムルルの肌だった。耳やら頬やらが、驚きと恥ずかしさで熱くなる。  
「お前、肩・・・ふっ、服は?」  
「だからっ!にいさまが海に落ちちゃって!それで冷た〜くなっちゃって!」  
「お、おう」  
顔の赤いのがばれやしないかと心配する俺をよそに、リムルルの目はいたって真剣だ。  
状況が状況だというのに昨日の話が突然始まって、何が何だか分からないまま俺は返事をした。  
「寒くて寒くて、このままじゃ死んじゃう!って思ったの!」  
「そだな、海に落ちたら死ぬな」  
 
「だから・・・ね?わたし、一生懸命にいさまのことあっためたんだよ?」  
「え?」  
「こうやって・・・」  
眠っていた俺。海に落ちて死にかけた俺。その上、裸で涙目のリムルル。全ての事態が頭の中で  
横滑りしたままだったが、リムルルは布団の中でもぞもぞと動いて、俺の上によじ登ってきた。  
下を向いても形の変わらないリムルルの平たい胸が、なぜか同様にはだけていた俺の胸元に  
近づいてくる。  
「おーっ、ちょ、ばかっ!リムルルやめろ!」  
「こうして・・・ね?」  
ぴたり・・・。耳元で静かに囁くリムルルの、ピンク色をした胸の先が俺の胸板を突き、そのまま  
僅かな抵抗を残して潰れた。それは、布団の中でまどろみながら楽しんだあの感触と一緒だった。  
「うぁ・・・!」  
「ね、あったかいでしょ?」  
「・・・もうやめろ!よせって」  
俺は焦って身をよじったが、なぜか四肢に殆ど力が入らない。リムルルを身体の上から転げ  
落とす事も、押し返す事さえも出来ない。告白するならば、確かにリムルルの乳首の感触は  
どきりとするものがあった。しかしそれで腑抜けになるかといえば、絶対にノーだ。なのに、  
もがけばもがくほどに頭がのぼせて、どんどん身体が言う事を聞かなくなってゆく。自分の身体が  
誰かに乗っ取られるような心地がして、そいつが俺に向かってこう言っているかのようだった。  
――このままでいてしまえ。  
「あ、にいさま・・・昨日より心臓、どきどきしてるよ・・・?」  
リムルルは俺の胸に寄り添って、緩い視線を泳がせながら聞き耳を立てている。  
「ばっ、聞くなよそんなの!」  
「あっ、また・・・どき、どき、どき・・・ふふ」  
あまりに図星で、俺はもう抵抗する気力も無かった。胸の音が分かりすぎて頭が痛い。鼻血が  
今にも押し出されそうになる。身体の真ん中からがぁーっと熱くなって、一度は回復したはずの  
思考がまたもオーバーヒートを起こす。  
 
「はぁ、はぁ・・・頼むから、やめろ・・・な」  
「息まで荒くなってきたよ・・・って、にいさま?どうしたの?」  
「いや、何か・・・ダメ」  
俺の顔にもきっと目に見える変調があったのだろう。まん丸いリムルルの目に見つめられながら、  
俺はたまらずうんうんと喘いだ。部屋の空気が、自分の吐いた息でどんどん湿っぽく、重く  
なっていくようだ。  
「にいさま、ちょっといい?」  
「あぁ・・・」  
リムルルが俺の額に手を当てて、自分のおでこの温度と比べてくれた。  
「やだ、にいさますごい熱!!」  
途端に神妙な顔つきが驚きに変わって、仰天の声を上げる。やっぱりか、と思う。  
「風邪かな・・・風邪だぁな」  
「やっぱり海に落ちたから?!」  
「それがホントなら・・・」  
「う、うん」  
「原因はそれでしょー・・・ぐは」  
目を開けているのもおっくうになって、俺は身体の上にやたら温かいリムルルを乗っけたまま  
唸った。さっきまでは気持ち良かった気がしたのに、このままでは釜茹でになってしまいそうだ。  
「にいさま!どど、どーしよ!?」  
「と・・・とりあえず・・・降りろ。ふぃ〜、風邪感染るし、熱いわ」  
「あっ、ご、ごめんね」  
「あー・・・」  
リムルルは俺の上からごそごそと降りて、どうやら服を着ているところらしい。いつもなら  
ちょっと目の保養をと思うところだが、身も心も萎えきった今、そんな気力が湧くはずも無かった。  
「にいさま・・・・・・起きてる?」  
「うん・・・」  
頭の上からリムルルの声が聞こえた。目を開くと、フリースを着てさかさまになった心配そうな  
顔が俺を見つめている。枕元に座っているのだ。前髪がつららのように俺の方を向いている。  
やっぱり伸びてきていると思う。  
「どうしよぉ〜・・・昨日わたしがもたもたしてたから・・・」  
また額に手を当てて熱を測ってくれるが、言いながらオタオタしている。  
 
「ま、まあ・・・死ななかっただけ、良くやった」  
「死なないのなんて当たり前だもん!にいさま絶対、死なせないもん!!」  
正直なところを言ったつもりが、逆にリムルルの抗議を買ってしまった。俺を思って言って  
くれているのだ、内容は嬉しかったが、元気有り余った声がお寺の鐘のようにぐわんぐわんと  
頭の中で何重にも響いてしまう。目の前では一人のはずのリムルルが、視界の外では俺を取り  
囲むように何人も座っているに違いなかった。  
「ぐぇ・・・わ、わかった!言葉は有難いんだが、大声・・・出すなよな」  
「ごめんなさい、でも、だって」  
「と、とりあえず・・・はぁはぁ・・・コンル呼んでくれぇ」  
「うん、ちょっと待っててね」  
リムルルのぱたぱたという軽い足音が台所に消え、向こうで冷蔵庫の開く音がかすかにして、  
すぐにきぃんという澄み切った音が頭上で鳴った。それだけで頭の中に青く涼やかな情景が  
浮かぶ。脳が冷える。  
「あ・・・うぁ」  
コンルは、額の上や火照った首筋をなぞったり、ゆるやかな冷気を放って俺の身体に無理が  
無いよう冷やしてくれた。  
「ふうぅ・・・気持ちいぃ」  
「良かった・・・。コンルね、昨日もにいさまの事、海から拾い上げてくれたんだよ?」  
「それじゃ俺、助けてもらってばっか・・・か。ありがとな」  
額の上に居座るコンルを、俺は指で撫でた。手ごたえが小さかった。何かと思ってよくよく  
見れば、いつもの半分ぐらいの大きさになってしまっている。  
「だから、こんな小さくなっちゃったんだな・・・わりぃ・・・コンル」  
「これでも、昨日の夜より大きくなったんだよ?」  
「あぁ、そうなのか・・・すまん。ありがとう、もうだいぶ冷えたよ」  
俺のために、これ以上力を使ってもらうわけにもいかない。そう思って指で上に向かって  
押して帰らせようとしても、コンルはどいてくれなかった。  
私の役目は、あなたとリムルルを守る事。  
落ち着いた、だけど芯の通ったコンルの声が、どこからか聞こえたような気がした。  
 
「ありがとう・・・」  
思い出す。いつだったろうか。独りきりだった頃、風邪を引いてぼろぼろになった事があった。  
コンビニやら薬局までへろへろと自転車をこぎ、風邪薬と食料を買って、何も無い天井を  
見つめたままの三日間だった。苦しくて、寂しかった。二日目の夜にはついに眠れなくなって、  
それでも気持ち悪くて、独りで死ぬのってこんな感じなのかな、とか思いながらカッコ悪い  
べそをかいた。  
しかし今はどうだ。コンルがいて、リムルルがいる。看病してくれる家族たちが俺の元に駆け  
寄って、心配しすぎなぐらいに心配してくれている。それだけで元気が身体に戻ってくるようだ。  
家族は、温かい。  
「リムルル・・・?」  
「なあに?にいさま」  
何となく名前を呼んだだけで返ってくる可愛い返事。上から聞こえるその声は、まるで空から  
降り注ぐ天使の声を思わせた。  
「・・・手を、握っててくれ」  
「うん、いいよ!おてて出して」  
布団の中から外に差し伸べられた俺の無骨な手が、上と下から、二枚の小さな手の平ですくう  
ようにして包まれる。リムルルの手は同じ人間とは思えないぐらい、すべすべで、優しくて、  
小さかった。そして、何より心強かった。  
家族は、やっぱり温かい。  
「にいさま・・・お祈りするね?にいさまが早く元気になるように、って」  
俺はうんと返事をしたか、それとも頷いただけだったか、ともかく枕元に座ったリムルルが  
にこりと笑い、手をさするリズムに合わせた、ゆっくりとしたアイヌの歌が始まった。  
相変わらず、リムルルは歌が上手いと思う。鼻からふぅーっと息を吐いて俺は目を閉じ、  
その耳当たり優しく、可愛い歌声に聞き惚れた。  
「〜〜〜」  
リムルルは、歌が好きだ。歌番組を見ていて気に入った曲は簡単に覚えてしまって、二日間は  
鼻歌が止まらない事もある。しかも、その鼻歌がまた上手い。正直なところ歌手よりも上手くて、  
メロディがリムルルの歌声に乗って、息を吹き返しているようにも聞こえた。将来は歌手が  
いいかもしれない。  
 
「〜〜〜〜」  
気づけばここは武道館。  
昭和のアイドルをほうふつとさせる、少しレトロなデザインのパステルカラーが眩しい衣装に  
身を包んだリムルルが、ステージでファンを前に元気に歌い踊っている。リズムに合わせて  
蛍光グリーンのビームがスモークを切り裂いて、リムルルがキメのポーズをとる。ステージ  
最前列の巨大クラッカーがどうんと腹に響く音を立てて、金色の紙吹雪を撒き散らす。割れん  
ばかりの大歓声。ペンライトとうちわとペットボトルが暗闇を飛び交う。ヒートアップした  
ファンがフェンスをぎゅうぎゅうと押す。ステージ警護のアルバイトをしていた俺は力尽き、  
ついに押しつぶされて、  
「〜〜〜〜〜〜」  
押しつぶされて重くて熱いはずのファンの身体は、軽くて温かな布団に変わった。頭の悪い  
空想が終わり、代わりに静かな眠りがまた近づいて来ている。  
本格的に眠ってしまう前に、リムルルにお礼を言おう。  
そう思ってぼんやり目を開くと、リムルルが微笑みながら、宙に向かって言葉を乗せた歌を、  
小さな口で紡いでいるのが見えた。少し単調で、繰り返しの多い独特のメロディがリムルルの  
口を離れては、歌声に彩られ・・・  
 
光を放って輝いていた。  
 
もうその時、本当は俺は眠ってしまっていて、夢を見ていただけだったのかも知れない。  
気がつけば、部屋の中は本当に光に染まっていた。夕暮れとも朝焼けともつかない、なのに  
目を閉じていれば気づかなかったように、眩しさと刺激の無い、全てを包み溶かす不思議な光。  
リムルルの顔が、身体が光に溢れ、神秘の光に照らされて透き通るように輝く髪とリボンが、  
そよそよと風になびいている。  
「・・・・・・!」  
少しだけ首を動かして部屋を見回せば、狭い部屋の四隅が曖昧になって、消えていた。  
家具も扉も、何も無い。あるのはどこまでも続く、金色の草原だけだった。  
その真ん中で、俺は眠っていた。リムルルに寄り添われて。  
 
リムルル・・・  
声も、息も出ていなかった。俺の唇だけがその名を形作ったのだったと思う。  
それでもリムルルは気づいて、歌いながら俺の方を向いてにっこり笑ってくれた。さすられて  
いる手の方から光と温かさが伝わってきて、身体が軽くなる。心の中にあった不安と焦りが  
染みこんできた光に照らされて、涙に形を変え瞳を濡らす。  
「ありがとう・・・」  
うまく声に出せない。感謝の気持ちが強すぎて。  
「ありが・・・とう」  
やっぱり、うまく言えない。目の前の光景が、あまりに神々しくて。  
「・・・ありがとう」  
リムルルは、家族で。妹で。不思議で。大事で。小さくて。可愛くて。  
俺の――  
「・・・・・・・・・!」  
今度は確かに声に出せたはずだった。リムルルに感謝が届いた事を祈りつつ、俺は再び目を閉じる。  
その拍子に熱い物が、目尻からつうっとこぼれたのが感じられたがような気がしたが、  
恥ずかしくも何ともなかった。それが俺の、正直な気持ちだったからだ。  
 

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