小さな物音に気がついて、俺は暗闇の中に目を覚ました。  
部屋が暗い。まだ夜明けの遠い時間らしい。がさがさとした物音は夜に静まり返った外  
からではなく、俺が眠っていたコタツの横、リムルルとレラさんが仲良く揃って眠る布団の  
方からだった。  
昨日俺は結局、テレビを見ていたらすぐに睡魔に襲われ、リムルル達が風呂から戻るのを  
待たずにコタツにはまったままぶっ倒れて眠ってしまった。夜中に起きると、枕代わりに  
座布団を頭の後ろに挟まれ、コタツから出ていた肩には余ったタオルケットを被せられて  
いた。食器やら何やらは、全部きれいに片付いていた。  
そのまま二人が縦にした「二」の字になってちゃんと布団の中で眠っている事を確認し、  
戸締りを確認して再び床に着いた。だから、これが二度目の目覚めと言う事になる。  
コタツに身体を突っ込んだまま、ころんと音の方へ頭を転がしてみると、二人が眠って  
いた布団の足元に立った人影が、下半身だけ白く強調されて浮かび上がっているのが見えた。  
上半身が動いているのも見えるには見えるのだが、得に腰から下だけが白い残像を俺の  
目に残しながら動いている。  
――ん〜〜?幽霊?まぁ最近は色々あるからね・・・・・・カムイとか魔界とかね。幽霊とかも  
スタンダードだね。むしろノーマル。いやデフォルト。  
寝ぼけた頭ですっかり非日常を受け入れながら、俺は闇に慣れつつある目で、部屋に立つ  
白い人影に目を凝らした。  
途端、俺はばちーんと脳のスイッチをONに叩き込まれ、一気に完全な目覚めを迎えた。  
――ややっ、やややあ?!  
白い白いと思っていたのは幽霊どころか、背中をこちらに向けた女性の――昨日から同居を  
始めたばかりのレラのお尻と脚だったのだ。目をぎょろんと動かして布団の頭の方を見れば、  
布団の中で眠っているのはリムルルだけだった。  
――やべやべやべ!つーかレラさん何してるんだ?着替え?ストリッ・・・・・・馬鹿か俺は!  
ストリップなんぞ本物は見たことも無いし、阿呆としか言いようの無い発想だったが、  
俺の「男の頭」に、直感的にそう思わせるだけの艶かしさがレラにはあったと断言できる。  
 
――すげぇ・・・・・・何つーか美しい!  
とにかく肌が美しい。明かりの無い部屋だからこそ特にそう見えるのだといえばそうだった  
かもしれないが、部屋に存在する、ありとあらゆる光をそこに集めていると感じさせる程の  
きめ細かい肌だった。  
そして丸く切り抜かれた張りのある足腰と、初めてリムルルと会った時と同様、下着を  
何も着けていない突き出たお尻のシルエットは、まるで女神のようだ。  
――目を避けろ。蹴られます。あの足に。下手すれば斬られます撃たれます。あああ、  
無理だ。これを見逃すなんて――というよりもこれを見つつ死ねるなら本望・・・・・・ッ!  
男を魅了して止まない絶対的な女性の肢体の美しさに、俺は理性の天秤を完璧に煩悩側へと  
傾かせ、息をする事さえも忘れて釘付けになっていた。  
のぞきも同然だったが、どうしても目を離す事は出来ない。背中を向けているのだから、  
こちらを振り向いた瞬間に目を閉じればバレようが無いし、俺は起きてから悟られるような  
音を一つも立てていないから、起きたとも思われているはずが無いという事もあった。  
俺は気持ちを都合よく騙し、観察を続けていた。  
二本の長い脚が交互に動く。布団の横をしずしずと歩いている。その向かう先に置かれて  
いた黒いズボンを手に取ろうとレラがその場にしゃがむ事でお尻がこちらに突き出され、  
流麗なラインがさらに強調される。明かりがついていたとしたら、下手すればあんな部分  
やらまでも見えそうな状態である。  
そしてレラはズボンを両手で拾い上げ、ぱたぱたと二回ほど手で払い、右足を上げて、  
「コウタ、起きてた?」  
抑揚を抑えた声を発した。  
もう俺は堪忍するしかなかった。隠したところでもっと酷い事になるだろう。  
「・・・・・・はい起きてました」  
「見ていた?こっちの方」  
ズボンを穿きながら、さっきとなんら変わらない小さな声でレラが問う。  
「すんません。ごめんなさい。物音したんで、つい・・・・・・」  
俺はコタツの中に沈みこみながら、さしあたって腕一本と肋骨二本程度を覚悟した。  
そうこうしているうちにもズボンが雪のように白かった肢体を多い尽くし、闇色の服が  
レラの後ろ姿を忍者のごとく闇に溶かす。  
そしてレラは女も男も関係ない、リムルルを越える最強の戦士へと変身した。  
 
次の瞬間には俺の上に馬乗りか、コタツから引きずり出されて関節技か、それとも。  
だが、覚悟に反してレラは背中を向けたままそこから動かなかった。  
その代わり半分だけ顔をこちらに向け、見えない唇を動かして言った。  
「コウタ、私の身体は・・・・・・」  
「は?」  
「私の身体は、どんなだった?」  
「は、はぁ?」  
蹴るでもなく、のしかかるでもなく、代わりに飛んできたのは意図不明の質問。  
「何を言って・・・・・・?レラさん、どんなって、どういう事ですか?」  
転がったままコタツの中で身構えていた俺はよいしょと起き上がり、意図不明な質問を  
逆に聞き返した。  
レラは手近のハンガーに吊るしていたマントのような外套を掴み、肩に引っかけながら  
こちらを振り向いて、神妙そうな顔つきから一転、切れ長の目を細めて薄く笑う。  
「何でもないわ、気にしないで。それより寝起きいいのね、あなた」  
「いやそれは、無理もないというか、だって」  
「しっ。あの子が起きちゃう」  
レラは真剣な面持ちでぴたりと人差し指を俺の口に当てて、大きくなりかけた声を封じた。  
リムルルを見ながらうんうんと大げさに頷くと、レラは俺の口から指を離し、表情を再び  
和ませる。  
「ごめんなさい・・・・・・。本当に、何でもないの。変な事をして悪かったわ。忘れて」  
そうとだけ言うと、レラは台所に向かって身を翻した。  
「さあ、約束どおり修行を始めるわよ。水をもらうわ。待ってるから、早く着替えて頂戴」  
「はい、わかりました」  
「コウタ、風邪は?」  
「おかげ様で」  
「そう」  
短いやりとりを遮るように、たぱたぱとステンレスの洗い場を叩く水道の音だけが聞こえ、  
鈍い銀色をした細い水の筋に向けてレラがガラスのコップを傾ける。  
 
――どういう事だったんだろか。  
スウェットとジャージを着込みながら、俺はさっきの出来事を思い返した。  
言い方は最悪でしかもオヤジだが、俺が知る限りの最大級の賛辞をレラに送るなら、まさに  
あれは「いいケツ・いい脚」だった。  
文句なしだった。プレイボーイの表紙だって飾れる。あの脚線美を手に入れるために、世の  
女性がどれだけ苦労し、そして挫折していることか。  
なのにレラが謝った時に見せたのは、何かを半ば諦めたような感じの物悲しい笑みだった。  
加えて言えば、「変な事をして」とは。わざと下半身を見せたとでもいうのだろうか。  
「どんなだった」って、俺に何を言わせたかったのか。  
素直に褒めようとしたら止めてと言うし、本当にワケが分からない。寝起きのせいではなく  
理解に苦しむ。これぞいわゆる女心なのだろうか。  
ぼん、と薄い洗い場の上にコップが置かれる音がして、俺は大きな疑問を解決させぬまま  
音の鳴る方へ振り向いた。  
「着替え、終わったの?」  
「はいっ」  
ジャージのジッパーをえりまで一気に上げて、俺はぺんぺんと頬を叩いた。  
「それじゃ行くわよ。マキリは・・・・・・今朝はいいわ」  
言い残して、レラは靴だけを持って暗い廊下へと消えた。  
朝日を待つ狭く暗い部屋に残されたのは、俺とシクルゥとリムルルだ。  
――リムルル・・・・・・。  
玄関に行ってしまったレラさんには悪いなと思いつつ、俺はどうしてもリムルルの寝顔を  
もっとよく見ないではいられず枕元にしゃがんだ。  
「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」  
横を向いて可愛い寝息を立てているリムルルは起きる気配さえ無い。黒いまつ毛に飾られた  
まぶたは二枚貝の様にぴったり閉じて、楽しい夢を映し続ける瞳を守っているようだ。  
「どうしよっかなぁ」  
迷っているような台詞だが、この寝顔の前に「起こす」という選択肢が浮かぶはずは無い。  
とすると、リムルルは置いてけぼりだ。  
 
かと言って、連れて行くのはどうかと思う。眠りを妨げるのがかわいそうなのはもちろん  
だし、修行をいきなり見られてどうするのか。リムルルの事だ、きっと「そんな事しなくて  
いいよ!」とわめくに違いない。  
それに、安直ながら俺にも「男の意地」とかいう物はある。弱い俺をあまり見られたくない。  
いつかはバレるにしたって、ちょっとでもレラさんに鍛えられてからの方がいい。その方が、  
俺が剣を習うという事に対するリムルルの抵抗も少しは減るかも知れない。  
つくづく、優しい子だと思う。  
だけど、リムルルのその優しさに頼りっぱなしじゃいけない。  
その優しさが、いつリムルルを滅ぼしてしまうかも分からないのだから。  
俺はそんなリムルルとずっと暮らす権利を得るために、戦う事を選んだのだから。  
――コンルもシクルゥもいるし留守は安心だ。俺はまずこの寝顔を守るよ。だから・・・・・・  
「行ってくるよ、リムルル」  
柔らかいほっぺにそっと軽いキスを残し、俺は扉の開く音がした玄関に急いだ。  
 
 
・・・・・・  
 
 
――おべんじょ・・・・・・行かなきゃ。  
カーテンを透かす朝日が昇る直前の早朝。まだ薄暗い部屋の中でリムルルはふと尿意を  
覚え、深い眠りから這い出し、貼りついた上下のまぶたをぼんやり半分だけ上げた。  
カムイコタンには程遠いが、それでも冬の朝は寒い。この温かな布団を引きずったまま  
トイレに行けたらどんなにいいか。それとも、トイレに布団があるのも良いかも知れない。  
にいさまにはきっと怒られるけど。  
リムルルは、まだ外からの光が殆ど射さないために墨を流したように暗い、見るからに  
寒そうな部屋の天井をまだ開き切らない目で見つめながら、そんな馬鹿な事を本気で考え  
ていた。  
――でもそんなにたくさん布団無いしなぁ。これ引きずっていったら、にいさま寒くて  
寝られな・・・・・・あれ?  
まだ続いていた妄想の中で、布団を剥ぎ取られてがたがた震えている兄の事を気遣った  
ところで、リムルルは昨日、いつ眠ったのか覚えていない事に気がついた。  
 
「むにゃ・・・・・・」  
――ご飯食べて、レラねえさまと一緒にお風呂に入って、お風呂に入って・・・・・・入って?  
長湯でもして、のぼせて目でも回したのだろうか。そこから先がどうも良く思い出せない。  
「んんっ・・・・・・」  
だが、まだ殆ど眠ったままの頭に浮かんだささいな疑問は、体の奥から再び響いてきた  
「おしっこ警報」にかき消されてしまう。  
リムルルは渋々ながらもこれ以上我慢はできず、もぞりと布団の横から転がり出た。  
途端、しーんと音も無く、冷たい雪のように降り積もった冬の部屋の空気が、薄いパジャマ  
から一気に夢心地の暖かさを奪っていく。  
「〜〜〜ッ!さむっ、さむぅ!」  
さぶいぼがぞぞーっと立ったのが分かって、布団の上にかけられていた兄愛用のどてらを  
引ったくり、肩にのせた。  
正確には、のせようとして落とした。  
「・・・・・・にいさま?」  
二人で超満員の布団の中に、兄の姿が無い。  
「にいさま?」  
とっさに振り返ったが、コタツの中にもいない。  
「レラねえさま?」  
見回したが、今度は姉まで姿を消している。シクルゥだけが、部屋の隅に敷かれたタオル  
の上で身を丸めて眠っている。  
「・・・・・・」  
言葉を失ったリムルルを中心に、薄暗い部屋の壁がどんどん広がっていく。  
だだっ広くなった部屋に漂うさっきよりも冷たい意地悪な空気が、寝起きの神経を鋭く  
貫き、知りたくもない事を教えてくれる。  
――お前は今、独りだ。  
「ど・・・・・・こ?にいさま!レラねえさま!!どこぉ?!」  
決して寒さのせいではなく、頭から背中にかけてが冷水をぶっかけられたように冷たく  
なって、リムルルはあたふたと部屋を出た。  
 
「にいさまっ!ねえさま?」  
トイレかもしれない・・・・・・いない。洗面所、まさかふたりでお風呂・・・・・・いない。台所の隅、  
洗濯機の中、下駄箱の陰、押入れ・・・・・・いるわけがない。  
いない、いない、いない。  
「・・・・・・?!・・・・・・!?」  
3分ぐらい、ありとあらゆる場所を探した。  
そして全部の場所を探して、もうこれ以上家の中にどこも探すところが無くなった。  
玄関に続く真夜中色を残したままの短い廊下で、リムルルはしつこくきょろきょろと首を  
動かした。天井まで見た。  
「いない・・・・・・どうして?」  
静かに眠っていて、トイレに起きてみたら、二人はどこかに姿を消している。  
――変だな、おかしいな・・・・・・どうして、どうして、わたし・・・・・・だけなの?  
裸足の指先がひりひりして、肩も霜が降りたみたいに冷たくなってきた。  
どんどん体温を失ってゆく身体に反して胸の辺りがぎゅうと苦しくなって、目の辺りだけ  
が熱くなってくる。  
ただでさえおしっこを我慢してるのに、これ以上何を我慢しなくてはいけないのか。  
「まさか・・・・・・変なヤツに・・・・・・」  
まともな思考も働かない起き抜けの頭にショックが降り注ぐ。  
リムルルの思考があらゆる可能性をすっとばし、いきなり物騒な結論を導き出した。  
「やだ・・・・・・やだぁ・・・・・・うああ」  
絶対になりたくない独りぼっちと、昨日の夜の記憶が無いという二つの重圧がさらにその  
上にのしかかって、「小さなリムルル」はとうとう堪えきれなくなりそうに無くなった。  
その時、リムルルは気づいた。  
涙に沈みかけた玄関に、兄の靴が無い事に。  
「!!」  
涙をちぎり、慌てて部屋に戻った。シクルゥが足音に驚いてがばっと首を上げる。  
「あっ、やっぱり!」  
部屋にかかっているはずの兄の外用ジャージが、ハンガーから取り外されている。  
同様に姉の靴も、外套も無い事も確認した。  
 
「二人でどこかお外に出かけたんだ。でも・・・・・・危ない事じゃないみたい」  
そう判断したのは、チチウシと鉄砲がちゃんと壁際に残されていたからだった。戦士の  
姉が戦いに挑むのに、武器を忘れるはずが無い。  
目の前に残された証拠から推理するだけの落ち着きと思考力を取り戻したリムルルは、  
シクルゥの横にしゃがみ込み、切羽詰った雰囲気で聞いた。  
「ねぇシクルゥ、レラねえさまとにいさま、どこに行ったか知ってる?何かあったの?」  
どんな小さな物音、どんな小さな変化も見逃さない狼のシクルゥなら、絶対に知っている  
はずだと踏んだのである。  
「・・・・・・」  
だがシクルゥは落ち着き払った瞳でこちらをじっと見つめ、頑なな態度を崩そうとしない。  
「や、やっぱり知ってるんだ!お願い!シクルゥ教えて!!」  
「・・・・・・」  
沈黙の中、騒ぎを聞きつけたコンルがやって来た。リムルルは振り向かない。  
「お願い・・・・・・にいさまとレラねえさまから、わたし離れたくない!だから・・・・・・だから!」  
振り切ったはずの涙が、二人の身を案じるほど、勝手にこぼれてしまう。  
銀色のシクルゥがふわふわと形を変え、雫に閉じ込められ、頬を伝ってぽろりと落ちた。  
――また・・・・・・泣いてる。私。  
すぐに涙を流すのは心が弱い証拠だと、涙を拭いながらリムルルは思う。兄も、二人の姉も、  
ちっとも泣かないのだから。強い家族の中で、リムルルはその弱さを感じずにはいられない。  
だがそんな「泣き虫」のリムルルだが、痛くても苦しくても泣く事は殆ど無かった。  
苦しい修行もへっちゃらだった。負けん気と頑張りと憧れで乗り切れるのだから。  
気絶するぐらい痛いと有名な刺青を大人になって身体に施す事になっても、きっとへっちゃら  
に決まっている。  
そこまで自負するリムルルが泣くのは、家族や友達の身が案じられる時だった。  
ただ、みんなとの繋がりが失われるのが恐くて、辛くて、涙になってしまう。  
止める事が出来ない不安が目から溢れてしまう。  
しかし弱い自分をせめる一方で、それは仕方ない、自然な事なんじゃないかとも思う。  
家族や友達がいなくなって泣かない人などいないし、そんな人にはなりたくない。  
――そんな強さだったら・・・・・・いらない!  
 
思いつめた赤い顔と赤い眼でシクルゥとにらめっこする事、しばし。  
はたりと尻尾を揺らしてシクルゥが立ち上がり、すたすたと玄関の方へと向かっていく。  
「シクルゥ・・・・・・教えてくれるの?」  
もう一度袖で顔を拭い、リムルルも続いて立ち上がった。  
――準備を・・・・・・早く。  
顔だけこっちを向いたシクルゥの瞳がそう言って、暗い廊下の向こうに消えた。  
「あ、ありがとうシクルゥ!コンル、にいさまとレラねえさまを探しに行くよ!」  
コンルは既に状況を把握していたらしい。リムルルの身体の周りを合点承知とばかりに  
くるりと一回転して、その足元、地面すれすれを通った。そして床に落ちていた青い鉢巻を  
しゅるんと身に絡ませて素早く浮き上がり、勢いに乗せてふわっと鉢巻を宙に放つ。  
「ありがとっ!」  
がしりとそれをキャッチして、リムルルは頭の横でぐるぐると両腕を動かす。  
すると、あっという間に大きな蝶のようなリボンが頭の左右にふわりと咲き誇った。  
「ん〜、急げ急げ〜!あーもー着替えてる時間無いよ!これでいいや!」  
だぶつくパジャマの上に大きなどてらを羽織り、リムルルは玄関の扉の前で待つシクルゥ  
の後を追う。  
「おまた・・・せ・・・うゃッ!」  
だが、玄関で靴を履く直前でリムルルは素っ頓狂な悲鳴を上げ、急ブレーキをかけた。  
泣いて赤かった顔がさーっと青くなって、お腹のあたりを押さえたかと思うとまたまた  
赤くなる。  
顔色を忙しく変えながらその場でぴょんと飛び上がると、リムルルは部屋の方へとばたばた  
折り返した。  
「おしっこっ!忘れてたっすすすすぐだからっ!すぐううう〜〜ッ!」  
 
バターン!  
 
 
ふあぁぁ〜〜・・・  
 
扉一枚向こうから響く気の抜け切った声に、シクルゥとコンルががっくりとうなだれる。  
 
 
白い朝もやが明るいオレンジ色の太陽に貫かれ、徐々に姿を消してゆく時間。  
まだ六時を回るか回らないかのこの時間帯、バスが通る表通りから離れた住宅街の路地を  
行く人は殆どおらず、いたとしても朝早いお疲れサラリーマンと、散歩途中の健康なお年  
寄りぐらいである。  
長い通勤時間を今から憂鬱に思うおじさんは缶コーヒーを飲みながら寒さに背を丸め、  
新しい朝が来た希望の朝だと、光り輝く余生をバリバリ生きるおじいさんは胸を張って  
ウォーキングに勤しんでいた。  
静かな朝に照らされるそれぞれの思い。  
眩しい朝日を背中に受け、何の変哲も無い一日が今日も始まる・・・・・・はずだった。  
しかし、その日に限っては違った。静寂が、穏やかな朝が微妙に打ち破られていた。  
なぜなら。  
 
たたっ たたっ たたっ たたっ・・・  
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち・・・  
 
人気の無い道路の上を、パジャマにどてらという出で立ちの少女がサンダルの音を響かせ、  
白い息を弾ませながら大きな犬と共に散歩、いや、全速力で走り抜けているのだから。  
「はっ、はっ、おはよーございますっ!」  
「え、あ、お・・・おはよう」  
正面から突進してきた赤ら顔の少女にすれ違い様にあいさつをされ、おじさんは驚いた。  
「はっ、はっ、はっ、おはよーございますっ!」  
「元気じゃねーお嬢ちゃん。運動会の練習かのう?」  
異様な足音に振り返った途端、元気な子供と犬に追い抜かされ、おじいさんは目を細めた。  
爆走少女は走り抜けるのみならず、行く人来る人に向けて、元気な笑顔と朝のあいさつ  
まで振りまいていたのである。  
温まるにはまだまだ時間のかかるこの時期の空気の気温を何度か上げ、冬に咲く透明な  
花の香りを残し、少女はそのまま走り去った。  
勢い良く走り抜けた、犬連れ太陽少女。残された、二人の男。  
「さむっ・・・でもがんばろ」  
おじさんは彼女の健康的な笑顔と弾む息に、思わず背筋を伸ばしてコーヒーを飲み干した。  
「運動会か?それならわしな、あの、町内会のさーくるでな、ほーくだんすを・・・・・・おりょ?」  
おじいさんは、ちょっとボケていた。でも、やっぱり元気だった。  
 

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