「暮らす・・・・・・意味・・・・・・にいさま・・・・・・ねえさま・・・・・・」  
 
優しげな老人の言葉が、何の抵抗も無くするすると心の中に降りていく。  
その言葉に掴まって、洞窟のように暗い心の奥底に一人ぽつんと降り立ったリムルルは、  
老人の言葉を今度は手の平の上でともし火に変え、底知れない、答えの見えない闇の中、  
自分自身に問いかけ続ける。  
 
共に暮らす意味は。  
兄と。レラねえさまと。コンルと。シクルゥと。  
そして、昔と同じようにナコルルねえさまと。  
 
共に暮らす意味は。  
それは、家族だから。大好きだから。ずっと一緒にいたいから。離れたくないから。  
 
共に暮らす意味は。  
それは、家族の誰をも失わないために。兄を守るために。姉を守るために。  
そう。そうだよ。  
 
――自分が。  
 
自分がみんなを守らなくちゃいけない。ねえさまを探し出さなくちゃいけない。そうじゃ  
ないと離れちゃう。二度と会えなくなっちゃう。  
そんなのは嫌だ。絶対に、嫌なんだ。  
にいさまは、きっと癒してくれる。この前海辺で言ってたみたいに、わたしの事を「守って  
くれる」んだ。ねえさまを探している間、もしもまた戦う事があったとしても私の一番近く  
にいつだって居てくれて、いつものように笑いかけてくれる。だからもしも変な奴に襲わ  
れて、怪我したって平気だ。にいさまがそばに居てくれれば、何も怖くなんかない。  
どんなに傷ついたって、優しくて大好きな兄と家族のためなら、どうなっても・・・・・・。  
 
(ホントに?)  
 
リムルルが老人の問に、自分なりの結論を付けようとしたその時だった。  
突然、自分しかいないはずの暗い洞窟の奥から、別の誰かの声がした。  
(ホントにどうなってもいいの?)  
「うん。わたし、頑張るよ」  
リムルルは誰とも構わず、黒くて見えない壁に反響しながら再びここまで届いた、妙に  
聞きなれたその声に答えた。  
(そっか。でもさ、死んじゃったら、命が失われたら・・・・・・どうしよう?)  
声の主は遠くにいるのか、洞窟に響くリムルルの答えが完全に消える頃になって、やっと  
その返事がこちらに届いてくる。  
「それは・・・・・・少し悲しいけど、それでみんなを守れるならそれでいいって思う」  
(にいさまもねえさま達も助かって、自分は死んで、それで嬉しいの?)  
変な事を聞く奴だなあと、リムルルはいぶかしく思いながら肩を少しすくめた。  
「だって、助かったんでしょ?それでみんな助かったんでしょ?だったら、だったら!」  
洞窟の奥に自分の声が弾みながら消えて行き、その代わりに、吹き抜けるようなため息が  
戻ってきた。  
「いないじゃない」  
そしてしばしあって、よりはっきりとした輪郭のある「声」が突然リムルルの耳に届いた。  
「えっ」  
リムルルは闇の中に目を凝らした。だが姿は見えないままだ。「声」は暗い心の深淵から、  
足音も立てずにこちらに近づいていたらしかった。  
「わかる?いないじゃない、って言ってるのよ」  
「え・・・・・・?」  
「声」が何を言いたいのか、そしてどこにいるのか。ちっとも分からないリムルルはつい  
戸惑って、頼りない返事しかできない。  
「『あんた』がいないでしょう?にいさまとねえさま達、あんた無しで暮らすんだよ?」  
そんなリムルルに漬け込むように「声」はどんどん迫力を増し、矢継ぎ早に攻め立てる。  
「そ、それは・・・・・・でも」  
「バカっ!それで共に暮らすなんてよく言うわよ!」  
「共に?」  
老人のくれたともし火が、怒声と変らなくなってきた「声」に反応してゆらりと揺れた。  
 
「考えてもみなよ!あんたとうさまの事忘れたの?カムイコタンに居た時のことは?レラ  
ねえさまはどうして、あんたに会った時にあんなに泣いたのよっ!」  
「声」は、強い語気を持って一息にそう言い放った。  
その勢いをまともに受けたリムルルはぐっ胸を押し潰されるような衝撃を受け、足元だけを  
頼りなく照らしていたともし火も、乱暴に揺らされて音も立てずに消えてしまった。  
「あぁ・・・・・・」  
途端に靴の下に地面の感覚がなくなって、元から暗かった洞窟が真の闇へと姿を変える。  
リムルルの身体は暗闇に投げ出され、出口も入り口も分からない真っ暗な空間に漂った。  
もがいてもあがいても、指先ほども進んでいない。そもそもどこに行こうというのか。  
しかし、その落ちることも上ることも無い空間に対する恐れは不思議と無かった。無駄な  
抵抗を止め、この無重力状態を半ば心地よくさえ感じるようになった頃、リムルルはどこか  
に姿を眩ました「声」が最後に残した問いかけに、無意識のうちに答え始めていた。  
 
「とうさま・・・・・・」  
とうさま。少しだけ覚えている。  
とうさまは強かった。大きくて、おひげだった。頭が良かった。カムイを大事にしたから  
弓も罠も百発百中だった。立派だったから、どんなコタンでも認めてもらえた。いつも  
一緒だった。優しかった。あったかだった。  
でも、確か死んじゃった。それで、わたしが残ったんだった。  
優しい顔も覚えてる。だけどとうさまの事でわたしが一番覚えてるのは、白い光に包ま  
れていく大きな背中をこっちに向けた後姿と、悲しそうな・・・・・・笑顔。  
 
「カムイコタン・・・・・・」  
もちろん覚えている。わたしの暮らした場所。ねえさまに出会った場所。カムイだって  
迷う森の奥にあって、川が流れてて、山に囲まれてる。  
色んな人がいた。優しい人、面白い人、こわい人。  
 
 
色んな事があった。修行をした。裁縫も習った。ねえさまと川で遊んだりご飯食べたりした。  
たくさんの人と、たくさんの思い出・・・・・・。みんな支えあってた。一人一人に大切な意味が  
あって、お互い助け合って。  
 
 
「レラねえさま・・・・・・」  
大好きな大好きな、わたしの新しいねえさまだ。  
ねえさまよりすごーく厳しいみたいだけど、わたしにはとっても優しい。いいのかなぁって  
心配になるぐらいに。それに色々教えてくれる。料理とか、他にもいろいろ。  
そのレラねえさまも、会った時はすごく泣いた。独りは寂しかった、って。  
だからぎゅーっと抱きしめて、ずっと一緒だって約束した。  
 
寂しそうな顔をした、とうさまの後姿。  
お互い助け合っていたコタンのみんな。  
ずっと一緒だって約束して、泣きじゃくったレラねえさま。  
 
「もうわかったでしょ?」  
暗闇を切り裂く白い光が突然リムルルの頭の上から射して、その向こうから消えたはずの  
声が言う。  
「離れたくないのなんて、独りじゃ生きられないのなんて、独りじゃイヤなのなんて、  
あんただけじゃないんだ!みんな一緒に決まってるじゃない・・・・・・!」  
 
リムルルは見上げた姿勢のまま、大きく息を呑んだ。  
そうだ。  
そうだったのか。ううん、そうだったんだよ。  
どうしてこんな大事な事・・・・・・一番簡単な事、忘れてたんだろう。  
大きな瞳全てで自分に降り注ぐ光を受け止めながらリムルルは思った。  
そしてもうこんなところにはいられない、こうしちゃいられないと、慌てて辺りを見回した。  
「ちょっと!落ち着きなさいよ。そんなだからこんな当たり前な事も忘れちゃうし、足元  
だってすくわれんのよ」  
呆れきった「声」に言われて我に返れば、空中に浮いていたはずのリムルルはちゃんと  
地面を踏みしめ、しっかりと直立していた。  
そしてその明るく照らされた足元からは一本の道が伸び、目の前で段に変わり、螺旋を  
形作り、見上げるほど高い階段になって「声」のいる光溢れる空へと溶けていた。  
 
「ほら、あんた足の速いのが自慢でしょ?それならほら!ここまで上っといでよ!」  
「い、言われなくたってわかってるよ!すぐに上ってやるんだから!!」  
挑発的だけどどこか優しい「声」のする真上を指差して笑うと、リムルルは猛ダッシュで  
目の回りそうな螺旋階段を駆け上がっていった。  
目指す先は光、ただ一点。  
高く膝を上げ、腕を振って、リムルルは何段も階段を飛ばしてどんどん上昇していく。  
自分でも不思議なぐらい身体が軽くなっている。背中に翼が生えたのか、気づかぬうちに  
足に絡まったままだった重い鎖が取れたのか、それは分からなかったが、声が待つ光の  
世界は思っていたよりもずっとすぐに訪れた。  
螺旋最後の段が見えると、リムルルは迷い無く、階段の上に浮かぶ光の塊目掛けて飛び  
上がった。  
地面は見ないし怖くない・・・・・・いや、地面などもう無いし、怖がる以前に落ちるはずもない。  
なぜならそこは、リムルルの帰る場所ではないからだ。リムルルが進むべき道は、手を  
伸ばした光の先だけである。光の向こうから伸びてきた、その光と同じ色をした温かな手を  
しっかりと掴んで、リムルルは明るくどこまでも柔らかな海の中に身を委ね、そのまま  
目を閉じた。  
 
 
・・・・・・小さな川のせせらぎ。風が揺らす草のざわめき。久しく通らなかった自転車の音。  
「そうだ・・・・・・」  
閉じたまぶたをゆっくり開き、大きな瞳にまばゆいばかりの光を取り戻したリムルルは、  
握った手・・・・・・肩に乗っていた老人の手指に触れながら、思い出すように話し始めた。  
「みんな、離れたくないんだ。独りじゃ戦えないんだ。独りじゃ、イヤなんだ」  
リムルルはゆっくりと老人の方を振り向いた。  
「わたし、怖かったんだ。また独りになっちゃうのが。だけどそれは・・・・・・にいさまもレラ  
ねえさまも一緒なんだね」  
「うむ」  
老人はリムルルの言葉に嬉しそうに微笑み、急かすことなく次の言葉を待った。  
 
「・・・・・・なのにわたし、自分だけで戦う事ばかり考えてた。わたしひとりの力なんて大した  
事ないのに、全部が全部を自分ひとりで抱えようとしてたんだ。へへ、当たり前だよね!  
そんな事考えてたらね・・・・・・誰だって自然と独りぼっちになっちゃうよね」  
自嘲気味な笑顔で、リムルルも老人の笑みに答える。そして老人のかさかさした指を掴むと、  
吹っ切れた様子で朝の空を見上げ、大きな声で言った。  
「共に暮らすって事はね?たぶん・・・・・・苦しい事とか悩みとか、全部みんなで一緒に乗り  
越えて、それでみんなで幸せになる事だと思う!」  
老人は快活なリムルルの声の響きに一瞬目を見開き、すぐにまた細めて、ほうほうと  
ひげを撫でた。  
「そうか・・・・・・。それがお嬢ちゃんにとっての『共に暮らす』か」  
「うん!にいさまが剣の修行をしてたのも、あのね」  
太陽に照らされてかどうか、リムルルは空に向けた顔を少し赤らめ、照れ笑いを浮かべた。  
「にいさまね、この前ねえさまを探しに行った時にわたしに言ったんだ。独りは誰でも  
嫌だから、わたしが独りにならないように守ってやるんだって。だから一緒にいるんだって」  
まつ毛をぱちぱちとしばたかせながら、リムルルは兄が言ってくれた事、忘れもしない  
言葉を自分に言い聞かせるようにして老人に話した。  
「守ってやるって言われた時、わたしすごく嬉しかったの。何だかね、分からないけど  
・・・・・・にいさまがわたしをずっと守っていてくれたらどんなにいいかって思った」  
「うむ」  
ところどころ曖昧な表現しかリムルルは出来なかったが、その中にこそ老人はリムルルの  
本当の気持ちの揺れ動きを感じているらしく、深く頷きながら話を聞く。  
「だけどそう思ってもね、にいさまが剣を取るなんて全然考えなかった」  
リムルルは老人の手を離して空から目を背け、川に向かってぽつりと言った。  
「さっきも言ったけど、戦うのはわたしだっていう考え、それは消えなかったの」  
リムルルの告白に、老人は意外そうな顔をした。  
「ということは、お嬢ちゃんは兄上の言う『守る』ということを?」  
「うん、にいさまにはね?いつも一緒にいて、わたしがもし傷ついてもずっとそばで見守  
ってくれるだけでね、それで良いんだって・・・・・・刀で守るんじゃなく、わたしの心の盾に  
なってくれればいいって、そう思ってた」  
 
ふと足元の草むらに何かを見つけたのか、地面に手を伸ばし、しきりに何かを探しながら  
リムルルは答えた。  
「にいさまには、わたしがずっとわたしでいられるようにね、そばにいてくれるだけで  
良かったの。戦うにいさまの姿なんて、想像もした事無かった・・・・・・」  
「左様か・・・・・・」  
「でもねっ、わたし思うんだ!」  
言って、リムルルは突然弾かれるように元気よく立ち上がった。  
手の中には、小さめの平たい石がいくつか握られている。草むらをいじっていたのは、  
どうやら何の変哲も無いそれを足元からほじくり出すためだったらしい。  
「お嬢ちゃん?何を――」  
老人が不思議そうに事の成り行きを見守る前で、リムルルは「ふふん」と鼻を鳴らして  
にやっと笑うと、平たい石をぽーんぽーんと二回手で躍らせ、いきなりの低い構えから  
川の水面に向けてその石をぴゅっと投げた。  
ぱしっ、ぱしっ、ぱしぱし、ぱしししっ。  
回転をかけられた石は水面を掠めるように飛んでいき、七段もジャンプする間ずっと  
勢いを失わず、最後に川の中へと突っ込むようにぽちゃんと消えた。  
それに構わず二投目。今度は六段。三投目。四投目・・・・・・  
投げながら、リムルルは言う。  
「にいさまはもしかしたらっ、わたしが考えるのと同じようにっ・・・・・・よいしょ、わたしと  
一緒に生きる事のっ、意味をねっ?考えてくれてるのかもしれない!それっ!おしまい!」  
結局六つも石を投げ、リムルルは驚いた顔をしている老人の横の椅子にどすんと腰かけた。  
「にいさまはわたしの悩みを――わたしがこの世界に来てしなきゃいけない事をね、全部  
分かって、本当に心から受け止めてくれてるのかもしれない。だからもしもね、そんな事  
無いのがホントは一番だけど、にいさまが・・・・・・自分が戦う時の事を考えて、それでホント  
にわたしと一緒に、戦いの中でも生き抜いて、ねえさまを一緒に探し出して、それで幸せに  
なるために剣術を習ったのかもしれない。レラねえさまに剣を教えてってにいさまが頼んだ  
のも、きっとわたしじゃにいさまに手加減しちゃうと思ったから、それじゃ修行にならない  
から・・・・・・違うかな?」  
 
「さてさてそれはどうか」  
老人は、リムルルが求める答えを知っている素振りを見せた。  
リムルルは固唾を飲み、老人の口元をじっと見つめる。  
「あなたー・・・・・・」 「師匠ぉー・・・・・・」  
だが、川の上を行くサイクリングロードの遠く向こうから微かに聞こえた呼び声に二人の  
会話がぷっつりと途切れた。時間が来たのだ。  
「む・・・・・・そろそろ朝げの準備が整ったようだな。よいせっ、今行くぞ――!」  
川から引き上げた竿を手早く片付けると、老人は斜面を到底お年寄りには見えない速さで  
登り、家に向け張りのある返事をした。  
今日は元気なお年寄りによく会うなぁと思いつつ、リムルルも椅子を畳み、老人が残した  
荷物を持って後を追う。そして道路に立って畑の真ん中にある老人の家の方を見たが、  
奥さんやお弟子と思しき人影は無かった。家の中から直接呼んだらしい。  
「さて、そういう訳でな。家内にも示しがつかぬ故、わしはそろそろ行くが」  
「あのっ、あの・・・・・・ありがとうございました!」  
すぐにでも立ち去りそうな老人の雰囲気に、リムルルは質問の答えを聞く事も忘れ、慌てて  
頭を下げた。  
「わたし・・・・・・おじいちゃんに会わなかったら、ずっと大事な事を忘れたままだったかも  
しれない。わたし、にいさまをちゃんと応援する。一緒にいられるように、一緒で頑張る!」  
「そうかそうか。こんな年寄りでも役に立てたのなら本望。それにな、わしとしてもお嬢  
ちゃんの笑顔が最後に見られて大変に幸福な気分だぞ?その笑顔を毎日見られるとは。  
兄上や姉上が羨ましい限りだ」  
「えへへ・・・・・・おじいちゃんもかっこいいよ?おひげがとっても素敵だもん」  
「ほほぉ。日頃の手入れのし甲斐があるというものだな」  
白い息の弾む楽しげな笑いを交し合い、老人はリムルルから椅子と荷物を受け取った。  
「うむ・・・・・・有難う。よし、これで全部だ」  
「えっ、おじいちゃんこれを忘れてない?」  
荷物を確かめる老人に、リムルルは小さな手の中に収まったままだった白磁の茶器を  
差し出した。  
 
「おっ、おお。これはいかんいか、ん・・・・・・ん」  
老人はリムルルの手の平の上に置かれた茶器に手を伸ばしかけた。だが短い黙考の後、  
何を思ったかその手を引っ込めると、老人は荷物袋の中から茶器を一つまた一つと取り  
出し、カチャカチャとリムルルの手の上に重ね始めた。  
「えっ、おじいちゃん?」  
驚くリムルルに構わず、老人は指差して杯の数を数える。  
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・・これで四つだな。良し。ふむ、大したものでは無くて恐縮だが  
・・・・・・この杯はお嬢ちゃんに差し上げよう」  
「えっ!だめだよそんな、悪いですいけません、だよ」  
リムルルが妙な敬語遣いで遠慮すると、老人はふっと笑って静かに言った。  
「遠慮は要らん。わしはこの杯、是非お嬢ちゃんとお嬢ちゃんの家族に捧げたいのだ」  
「わたし達に?」  
「左様。お嬢ちゃんの家にも急須はあろう?そこでな、これを使ってお嬢ちゃんの手で  
美味いお茶を家族に振舞って欲しいのだ。食事の後でも、仕事や修行の後でも構わん。  
ささやかな日々の団欒、お嬢ちゃんが言う共に暮らす人々との『一緒の幸せ』の時間の  
ために、わしはそれを捧げよう」  
「おじい、ちゃん・・・・・・」  
言葉も無いリムルルを前に老人は少し澄ました顔をして笑うと、うやうやしくこう重ねた。  
「そしてその四つの杯全てに温かな家族の笑顔が浮かぶ、お嬢ちゃんの良き未来に捧げよう」  
「あっ、ありがとう・・・・・・おじいちゃんありがとう!!」  
自分とは直接関係無い、しかもあったばかりの子供とその家族を思いやる心優しい老人に、  
リムルルは言葉も見つからぬままただただ感謝を何度も口にし、最大級の笑顔を輝かせた。  
「わたし、頑張るよ!ねえさまを探すのも頑張るけど、みんなで・・・・・・みんなが幸せに  
なれるように頑張る!今日の事、おじいちゃんにあった事もここで言った事も全部、絶対  
みんな忘れないから!おじいちゃんも幸せになれるように祈るから!」  
白い息と共に放たれるリムルルの頼もしい言葉に、老人も満足そうにひげを撫でる。  
「うむ。その玉の如き笑顔と魂の輝き、いつまでも失わぬようにな」  
「うん・・・・・・あっそうだ、今度わたし達のおうちに遊びに来て!お茶、ご馳走するよ!」  
 
「はっはははは!それは有難い。わしの魂が、いつかお嬢ちゃんの魂に再び惹かれる事が  
あれば、自ずと足もそちらに向かおう。そう・・・・・・あの兄上のようにな」  
からからと笑っていた老人が、リムルルの背中の後ろ、公園の方へと続く道に目を移す。  
リムルルがつられて振り向くと、遠く向こうからよろよろと頼りない足取りで走りながら、  
こちらに近づいてくる人の姿が見えた。  
小さくたって、あれが誰だが分かる。もしかしたら顔を隠していたって。  
「ああっ!にいさまだ!」  
「さらばだお嬢ちゃん――いや、美しき大自然の戦士よ」  
「えっ?なん・・・・・・うわぁっ!」  
なぜ自分の正体を知ってるのか。そう尋ねようと老人の方に振り返ったリムルルの前に、  
薄いパジャマでは防ぎようの無い冷たい風が突如として吹き荒れ、枯れ草をちぎりながら  
遥か上空へと緑色の渦を巻いて昇ってゆく。  
「うぅぅ〜ッ!おっ、おじいちゃんっ!?」  
吹雪に似た冷たさと驚きに、反射的に目をつむったリムルルが老人の身を案じて叫ぶと、  
最後に緑色の風はごうっと空の真ん中に吸い込まれるような音を立てて虚空へと消えた。  
老人との触れ合いで安心しきっていたリムルルの不意をつくよう異変。それが過ぎ去った  
事を耳と肌で確認し、リムルルは目を開けて辺りを見回した。だが、老人の姿はどこにも  
見当たらず、畑の向こうに鎮座していた立派な平屋までもが消えていた。  
「おじいちゃん・・・・・・」  
道端に残されたのは、風に揉まれたせいで鉢巻を失いどてらとパジャマを肩からだらしなく  
ずり下げて立ちつくすリムルルだけだった。  
 
――もしかして、夢だったのかなぁ。  
リムルルはそう思わずにはいられなかった。  
都合よく現れた、あまりに立派で親切な老人、魂を見透かすちから、真っ暗な洞窟と  
自分の中のもう一人の声。そしてやっぱり最初から感じていた違和感通りの、幻だった  
老人の家。  
一連の出来事を夢と思わせるだけの要素は揃っているといっても過言ではなかった。  
だがそれでも、全ては現実の世界でリムルルの身に起こったのだという証拠がポケットの  
中には残されている。  
老人との特別な時間が存在した確固たる証――小さくて冷たい四つの杯。  
リムルルは確かにこの川辺で老人と出会い、悩み、そして活路を見開いたのだった。  
「おじいちゃん、ありがとう・・・・・・」  
リムルルは手探りで杯の一つをポケットから掴み取り、両手でぎゅっと握りしめ、自分の  
上だけに、それこそ自分のためだけの様にぽっかりと曇り空の中に開いた青空に向かって  
言った。  
 

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