「おぉ〜〜〜い、リムルルぅ〜〜っゲホッエホッ!ぐえ、リっ、リムルル〜〜!!」 
やっとの事で俺はサイクリングロードの真ん中に突っ立っているリムルルの後姿を発見し、 
咳混じりのありったけの大声でその名を叫んだ。 
眩しい光の中、最後にリムルルが公園から消えた方向から、走っていったのは恐らく 
サイクリングロードではないかと踏んではいたのだが正解だったらしい。 
「ひー、ひぃー、リムルッゲホホーッ!」 
俺はリムルルに突き飛ばされた後、しばらく動く事が出来なかった。何せあの衝撃ときたら、 
地面にアメリカのカートゥーンばりの俺の人型が出来上がる程だったのだ。 
そこから何とか立ち上がって追いかけたものの、いかんせん動けなかった時間が長すぎた。 
その間にもリムルルはどんどんと道を下っていたのだから、激しい修行の後に居残りマラ 
ソンを命ぜられたようなもので、確実に襲い来るであろう壮絶な筋肉痛を思い浮かべて 
憂鬱になりながら、右に左にふらふらと走る事20分、ついにここまでやって来たのだ。 
「はぁー、はぁー、や、やっと・・・・・・追いつい・・・・・・た。ぐはっ」 
リムルルの背中にたどり着くや否や、俺は道端にどすんと尻餅をついた。膝までどろんこ 
になったジャージがみっともない。もっとも、さらにみっともないのはリムルルの格好だが。 
「リムルル・・・・・・はぁ、ひぃ、なあっ、リムルル・・・・・・」 
俺は落ちつかない呼吸の合い間をみては、リムルルの名を呼んだ。だが、返事も無ければ 
こちらを向いてもくれない。ずり下がったどてらと、そこから覗く肩は深い失意を感じさせ、 
どこからか枯れ草が舞う中に独り佇む寒そうな背中は、頑なに沈黙を守るばかりである。 
公園に姿を見せた時は確かに頭を飾っていた鉢巻もどういう訳か解かれていて、まとまりを 
失った、少し癖のある茶色がかった後ろ髪が寒風に撫でられては横に揺れ、それが俺には、 
リムルルが首を横に振り続けているように見えた。 
まるで俺が話を始める前から、その全てを否定するかのように。 
「あ――、その、何つうか・・・・・・リムルル。本当に悪気は無くて、その・・・・・・」 
走って追いつく事だけを考えていた俺に、どんな言い訳が思いつくはずがあるだろう。 
露出した自分の愚かさが、寒風にさらされ身に染みる。 
リムルルと、いつまでも。 
昨日、あの夕陽に思った事が、遥か遠く昔の事のように思い出される。 
これこそがたった一度の、そしてその一度さえも犯してはならない失敗だったのか。 
やっぱり、許されなかったのか。 
俺は思い上がっていただけだったのだろうか。 
リムルルの心は、俺から離れつつあるのだろうか。それとも、元から―― 
「ごめん。俺はただ・・・・・・リムルルがさ、大事で、一緒にいたくて」 
手を伸ばして背中からリムルルを抱きしめる事も出来ぬまま、気づいた頃には遠ざかる 
彼女の気持ちに向かって、俺は必死に本心を伝えていた。 
「ずっと一緒に・・・・・・いるためにな?俺は、弱いけど、リムルルを・・・・・・」 
もう一度、振り返ってもらおうと。 
「俺は、俺はリムルルを守りたい!絶対離れたくないんだよ!だから」 
「にいさま、ありがとう」 
空から枯れ草が舞い落ちる中、リムルルはくるりと振り返って静かに言った。 
泣き顔でも怒り顔でもなく、少しはにかんだ笑みを、鉢巻の支えを失って垂れ下がった 
前髪の奥で輝くつぶらな瞳に浮かべて。 
「さっきはわがまま言って、ごめんなさい!」 
リムルルはぺこりと頭を下げた。 
「わたし、にいさまの言う事全然聞こうとしないで・・・・・・それでこんな所まで来ちゃって」 
予想の斜め上、急に文字通り「大人」しい態度をとるリムルルに、俺は戸惑った。 
「えっいや、いいんだ。その、だから俺も悪かったんだよ。何も言わずに出て行っちゃって。 
リムルル、寂しかっ」 
驚きながらも謝るチャンスを失うものかと、言いかけたその時だった。 
「違うよ、寂しくないよっ!」 
リムルルはどてらのポケットから白い何かを取り出したかと思うと、俺の唇にかぽっと被せ、 
俺の言いかけた言葉を口の動きごと奪った。 
「むぐぅ?」 
良く見るとそれは、日本酒を一杯あおるのに丁度良いぐらいの大きさをした、見た事の 
無い白い杯だった。少なくとも俺の持ち物ではない。 
目を白黒させていると、リムルルがこちらをじっと見つめながら言った。 
「寂しくないよ、もう。・・・・・・だってね、これからもずっと一緒だから」 
杯をポケットに戻し、今度は何も持たない見慣れたリムルルの手が座り込んだままの俺に 
差し出される。 
「リムルル・・・・・・その、俺は」 
「もう、そんなイチイチいいから!にいさま早く立ってよ!またお口塞いじゃうよ?」 
「あ、あぁ!ごめん」 
前髪を揺らしながら屈託無い顔をするリムルルは、本当に今朝の事を許してくれたらしい。 
それならと俺はリムルルとの絆が解けぬように願いつつ、しっかりとその手を握り、立ち 
上がった。握手の感触が普段と違う。リムルルの握力がいつも以上に強く熱く伝わってくる。 
だが、違ったのはそれだけではなかった。前髪を下ろしただけでどこか大人びた雰囲気を 
纏ったリムルルが、固く繋ぎあった手を見ながら言った。 
「こうやって手を繋いでてもね、もし離れちゃってても・・・・・・絶対一緒なんだから。ずっと 
一緒に、共に・・・・・・暮らすんだから」 
それは静かだったが、強く深い確信と願いが込められた声に聞こえた。 
「さっ、行こっ!にいさま!!」 
だが大人だったリムルルは一言だけ残して変身を解いてしまったらしい。すぐにいつもの 
リムルルの顔と口調に戻って、取り残されかけた俺の手を勢い良く引っ張って家路へと導く。 
「な、なあ?」 
問答無用に俺を引きずりながらずんずんと道を上るリムルルに、俺は後ろから声をかけた。 
「なーあーに!」 
声もうきうき、リムルルは弾んだリズムをつけて背中で答える。 
「あ、いや。何でもない」 
これ以上なんやかんやと聞くのは女々しいと思い、俺は質問をやめた。 
「でもちょっと待て、その格好マズいからさ・・・・・・ほら、リムルルこれ着なさい」 
質問の代わりに俺はジャージを脱ぐと、リムルルに差し出した。 
「えっ、寒いよ?」 
「大丈夫だって。俺、ずーっと走りっ通しで汗だらけだから。それにまだ歩くしな。ここ、 
海の方に学校があるんだよ。だからもうすぐ自転車も増えるからよ、ほら、早く」 
「う、うん!ありがとう」 
ジャージを前に迷いを見せるも、リムルルはどてらを脱ぎながら、そのポケットからさっきの 
物と同じ杯を四つも取り出してパジャマのズボンのポケットに移すと、俺のジャージにすっと 
袖を通した。腕丈が余りすぎて手と指が全然出ないので、俺がジッパーを上げてやる。 
「そのカップ、何なのさ」 
「さっきね、親切なおじいちゃんが、あっ、えへへ・・・・・・」 
何となしに聞きながらジッパーを上げ切ると、リムルルがどてらを抱える余りに余った袖を 
ぶらぶらさせながら、いきなりえへえへとやたら緩んだ顔をした。 
「うん?何かおかしいのか?」 
「ううん。このジャージあったかで、お風呂の時のにいさまの背中の温度がするから、えへへ」 
「あ・・・・・・あぁ、そうか」 
「うん。何だか嬉しくてね。温かくて、それににいさまってやっぱり大きいんだね。ほら、 
こんなにぶかぶか。何だか尊敬しちゃうよ。わたしよりずっと長く生きてるんだもん・・・・・・」 
お尻が全部隠れるぐらいにだぶついたジャージに包まれて笑う、愛しい笑顔。 
俺の体温が嬉しいのだと、その笑顔は言う。 
さっきだってあれだけ手を取り合っていたはずなのに。 
俺のジャージの大きさに尊敬するのだと、その笑顔は言う。 
どてらを着ていたのだから、そんなの分かり切っていたはずなのに。 
小さくて、可愛くて、少しずつだけど大人になりつつある、俺の愛する人。 
一瞬離れかけた心同士はまた近づいて、前に比べて硬く結びついたと感じる。 
人生に試練はつき物と言うが、リムルルとだけはもうこんな事は二度とごめんだ。 
「リムルル」 
心の中がリムルルへの愛しい気持ちだけでいっぱいになって、他の事はもう何も考えられ 
なくなって、そっと名前を呼びながら俺はリムルルに近づいた。 
そして手を広げ、ぎゅっと抱きしめた。やわらかで軽い・・・・・・ 
 
どてらを。 
 
「ぶー!残念でしたぁ!あははは!」 
素早くどてらだけを残して俺の腕の中から忍者のように消えたリムルルが、笑い声を弾け 
させながら道をたったと走っていく。 
「にいさま変なのー!どてら抱きしめちゃってるー!あははは!!」 
リムルルが言うとおり、俺はどてらだけをさも愛しそうに抱えていた。それこそ胸の中で 
潰れるぐらいに、だ。 
リムルルは間抜けな格好で立ち尽くす俺がすぐには追いつけないだろうという距離まで 
逃げると、こちらを振り返った。 
そして手でメガホンを作ると、大声で叫び散らした。 
「皆さん聞いてくださいっ!にいさまはどてらが大好きでーす!おかしいでーす!!」 
「だっ、こら!リムルルっ!アホ!やめろっつの!!」 
川の対岸まで聞こえそうな大声。俺はリムルルのあまりの仕打ちに本気で顔から火を出し、 
底を突きかけた体力だけで小さな背中をどたどたと追いかけた。 
「わー、どてら大好きのにいさまが怒ったぁ!逃げろっ!!」 
小学生みたいな事をわざとらしい大声で叫びながら、リムルルはきゃーっと逃げていく。 
 
――素直に抱きしめてもらえばよかったのになぁ、わたしのばか! 
 
リムルルには何で自分がこんな事をしているのか、自分でも分からなかった。 
抱きしめてもらえば、きっと何か、もっと深い所で分かり合えたのかもしれなかった。 
兄の真剣な面持ちに、そう直感していた。 
だが、その自分へと向けられた純粋すぎる兄の纏う雰囲気に、リムルルは急に耐えられ 
なくなってしまった。強すぎる眼差しを受け、心臓がどくんと高鳴ったと思った時には、 
リムルルは身代わりを残して一目散に逃げてしまっていた。そして意地悪な言葉を、兄を 
困らせるような冗談を連発していた。しかもかなりの大声で。 
――今日のわたし、やっぱりちょっと変だよ! 
兄に追いつかれないよう、結構な速さで走りながらリムルルは思う。 
説明のつかない、自分の本心とはかけ離れた行動だった。だけどそうせずにはいられない。 
もし言い表すなら、「失礼。突然ですが、ちょっと意地悪したい気分になったのです」。 
そうとしか言いようが無い。本当に心の中に降って湧いた気持ちに従っただけだった。 
ポケットの中の茶杯が、リムルルが走るたびにかちゃかちゃと軽快な音を鳴らす。 
リムルルは走って逃げながらも、顔全体で笑っていた。白い息は幸せなだけぽんぽんと 
口から弾んだ。本当に、嬉しかった。 
兄は、へとへとになってもここまで追いかけて来てくれて、あれほど身勝手な態度を取った 
妹の自分を許し、迷う事無くリムルルが知りたい事全部を話して聞かせてくれたのだから。 
リムルルとずっと一緒にいるために、本当の意味で守るために、剣術を習うのだと教えて 
くれたのだから。やはり、心は通じ合っていたのだ。 
しかしそれを聞いてはしゃぎ回りたいぐらい嬉しい反面、リムルルは同時にとても申し訳 
無く、辛い気分にもなった。 
老人が言っていたように、この世界には、少なくともリムルルと兄の周りには戦いという 
ものは存在しない。遠く海を越えたどこかではまだ争い合い、血を流している人々がいると 
兄は言っていたものの、それもリムルル達には直接関係の無い話だった。 
そんな戦いの無い世界に、姉探しという全く個人の理由で剣を持ち込んだのはリムルルだ。 
そして偶然にもこの世界で自分を救ってくれた兄は、その自分の領域に足を踏み入れよう 
としている。全く戦いを知らない人が、義理の妹のためだけに危険に近づこうとしている。 
平和な人生を捨て、命まで賭して。 
兄を想えば想うほどリムルルは幸せであり、辛くもあった。心は躍りながらずきずきと 
痛みを訴えた。 
そんな兄を想う気持ちの膨らみに合わせて歩調はだんだん遅くなり、リムルルはついに 
立ち止まってゆっくりと後ろを振り返った。ポケットの中で刻んでいた杯の爽やかなリズム 
が、一段高い音を発してぴたりと止んだ。 
雲を乗り越えた朝日が輝く冷たい空気の中、冗談ぽい怒りの形相を半笑いの中に混ぜた兄が、 
もたもたと走ってこちらに近づいてくる。苦しそうな息をしながら、何かを大声で言って 
いる。どてらを小脇に抱え、もう片方の手に掴んだ枯れススキをぶんぶん振り回している。 
その時、こちらに近づく兄を瞳に映したままのリムルルに、空白にも似た瞬間が訪れた。 
嬉しいとか悲しいとかそういう感情ではなく、一緒にいたいとか離れたくないとかそういう 
理屈とも違う何かが、怒涛のように迫り来る瞬間だった。 
その「何か」は勝手にリムルルの胸を高鳴らせ、頬を赤く染めさせ、異常なまでに兄を 
求めさせる。視野を狭まらせて兄と自分しか見えなくする。兄しかいない世界に自分を 
置き去りにする。兄の身体にいつまでも触れていたいと思わせる。兄の肌着の匂いに 
頭を痺れさせる。兄と仲良くする姉に嫉妬にも似た感情を抱かせる。 
傷つこうとしているにもかかわらず、そんな兄を止めたいと思わせなくする。 
そして今、あらゆる歯止めを効かなくさせるその何かが訪れた瞬間の後、リムルルは兄 
めがけて走り出し、気付いたときにはその大きな懐に自ら抱きついていた。 
兄は何か言っていた。抗議しているようだった。 
それでも数秒もすると言葉を止め、自分をぎゅっと抱き寄せてくれていた。 
 
静かだった。 
静か過ぎて、恥ずかしいぐらいに止まらない胸の高鳴りが、世界中に聞こえていそうだった。 
でも兄と自分しか世界にはいないのだから、リムルルには何の不安も無かった。 
 
 
・・・・・・・・・ 
 
 
「うううう〜〜!シクルゥ、見た聞いた?シクルゥ、聞いた見たわね?」 
二人が手を繋いで去っていった道の横、群れ生い茂る背の高い枯れススキ。 
その根元が、がさごそと揺れたかと思うと、家に戻ったはずのレラとシクルゥ、それから 
リムルルとはぐれたコンルが顔を出した。 
「リムルル、リムルル!嗚呼!立派になって!そうよ、私達はいつでも一緒なんだからね!」 
カモフラージュのために頭と両手に装備していたススキを道端に打ち捨てて、レラはおん 
おんと涙と鼻水を大量に流しながら、どこからか取り出した白い手拭いをぎーっと噛んだ。 
シクルゥはといえば、レラの手で背中にススキを幾本も突き立てられていて、不憫なこと 
この上ない。まるで剣山の様になった姿のまま、ふらふらと歩道に出たレラに続いて迷惑 
そうに立ち上がると、体を何度も震わせてススキを背中から取り外す事に専念している。 
コンルもススキでぐるぐる巻きにされ、空飛ぶ昔の納豆状態だ。 
「共にっ、暮らずっで事は・・・・・・ずびっ、苦しみと悩みっ、ずるっ、全部一緒に・・・・・・ 
乗り越えでっ、ずるるる、ぞででびんだでじあばぜぢ・・・・・・おろろろろろぉ〜〜ん!!」 
通行人がいないのをいい事に、レラは道の真ん中でリムルルが老人に言った言葉を繰り 
返しては、この地方の平均降雨量を遥かに超える勢いで感涙の雨を降らせ続けた。 
「頼り無いと思ってたのに、あんなに、あんなに真っ直ぐで強い、こっ、心を・・・・・・!」 
なかなか取れないススキに混乱し、ぐるぐると自分の尻尾を追い回して不自由にしている 
シクルゥの背から伸びたススキをぶちぶちとむしりながら、レラはさらに顔を歪めた。 
「あの御老人!明らかに人間じゃないし物騒な雰囲気だったけどっ、感謝するわ!リムルル 
の良い所を引き出して下さったんですからねっ!コウタも感謝なさいよっ」 
感謝しつつも、乾く事の無いレラの涙腺からは、だばだばと涙が流れっぱなしである。 
それは大自然の戦士らしからぬ姿だったが、シクルゥもコンルも、いつになく感情を露に 
して喜ぶレラの姿はどうしても憎めないし、彼女も戦士である以前に自分達カムイの同胞 
だということも分かっていたから、特に何も言わぬまま、レラが自分達の身から枯れ草を 
取り払ってくれるのを黙って待っていた。 
何しろ地面に池が出来そうなぐらいの涙の分、レラはリムルルの事を思っているのだ。 
だがそうしてシクルゥがレラからふと目を離したその時、悲劇は起こった。 
「キャイィィン!?」 
枯れ草をむしられたのとは違う、尻尾の根元に強烈な痛みと妙な喪失感を感じて、シクルゥ 
はもんどりうって倒れた。 
「えっ?!」 
突然のシクルゥの悲鳴に驚いたのはレラである。 
手に握っていたススキを宙に放り投げ、身体の回転で涙をちぎり、隙だらけになっていた 
気持ちを慌てて尖らせ、空気の流れに異変が無いかと気を張り巡らせる。だが、背を向けた 
シクルゥが発する、混乱からとげとげしい怒りへと変りつつある感情以外は何も感じられない。 
「シクルゥ?何も無いわよ?」 
背中越しに問う。だがシクルゥは構えを解かない。何か自分の方を見て、牙を剥き出しに 
屈み込んでいる。 
「シク・・・・・・ルゥ?」 
一体全体どうしたのだろう。なぜか少し涙目になっているシクルゥの目を見つめていた 
レラがそう思っていると、自分が高く放ったせいで、さっきから頭の上から落ちてきて 
いるススキに紛れて、細い、何か別なものが漂ってきた。 
左手の指で摘んでみる。見慣れた銀色の毛。 
そしてなぜかそれと同じ毛が、もう片方の手の指の間にごっそりと。 
「あららっ、えっ、あっあら・・・・・・尻尾の毛!?」 
「ぐるるるるるるぅ」 
これを見ろとばかりに持ち上げられたシクルゥの尻尾の根元は、見事に禿げ上がっていた。 
「あ、ああ、あ」 
レラの右頬が引きつる。 
「あのっ、シ、シクルゥ、あの、ちょ・・・・・・シクルゥごめんなさいっ!」 
「ぐあぁぁおっ!」 
 
この後、尻尾の一部の毛をごっそり失った大きな犬が、もの凄い勢いで若い女性を追い 
掛け回し、宙を漂う枯れ草の塊がその後を追うという怪奇現象が、川辺のサイクリング 
ロード上で多数の高校生達に目撃されたのは言うまでも無い。 
 
 

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